汲む~Y.Yに
茨木のり子
大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立ち居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは
私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました
初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を
何人も見ました
私はどきんとし
そして深く悟りました
大人になっても
どぎまぎしたって いいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ 難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと
わたくしも
かつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそりと汲むことがあるのです
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青梅街道
茨木のり子
内藤新宿より青梅まで
直として通ずるならむ青梅街道
馬糞のかわりに排気ガス
いきもきらずに連なれり
刻を争い血走りしてハンドル握る者たちは
けさつかた がばと跳起顔洗いたるや
ぐずぐず絆創膏はがすごとくに床離れたるや
くるみ洋半紙
東洋合板
北の誉
丸井クレジット
竹春生コン
あけぼのパン
街道の一点にバス待つと佇めば
あまたの中小企業名
にわかに新鮮に眼底を擦過
必死の紋どころ
はたしていくとせののちにまで
保ちうるやを危ぶみつ
さつきついたち鯉のぼり
あっけらかんと風を呑み
欅の新芽は 梢に泡だち
清涼の抹茶 天に喫するは誰(た)ぞ
かつて幕末に生きし者 誰一人として現存せず
たったいま産声をあげたる者も
八十年ののちには引潮のごとくに連れ去られむ
さればこそ
今を生きて脈うつ者
不意にいとおし 声たてて
鉄砲寿司
柿沼商事
アロベビー
佐々木ガラス
宇田川木材
一声舎
ファーマシイグループ定期便
月島発条
えとせとら
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吉良町の宮崎医院と詩人茨木のり子さん - 阿智胡地亭のShot日乗
茨木のり子の伝記「清冽」を読んでいます。 2011年02月13日(日)「阿智胡地亭の非日乗」掲載 - 阿智胡地亭のShot日乗
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自分の感受性くらい 茨木のり子詩集「自分の感受性くらい」から - 阿智胡地亭のShot日乗
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