お湯の国 日本

美しい日本の温泉地中心の旅記録(おんせん鑑定士:監修) 【記事・映像は著作権、人権保護法等により無断使用を禁じます】

宇曽利湖(恐山)

2007年06月30日 |  🐵下北半島物語 .

 来た~、坂道を降り急に視界が開けて目に飛び込むのが宇曽利湖、霊山、三途の川、
 霊郷の地を感ずる。恐山はカルデラ湖である。霊湖の周囲の急峻な山がその特徴を
 裏付ける。火山特有の硫黄臭。敷地のあちこちから硫黄を吹き上げ日本三大地獄
 思わせる。なるほど、臭気、霊気、霊観・・・・これは地獄と思われても仕方ない。

 日本三大地獄:恐山、立山、川原毛地獄・・・筆者いまだ、立山に入獄せず。
 日本三大霊山:比叡山、高野山、恐山・・・‥筆者、三霊山を踏破したなり。

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霊山入門(恐山)

2007年06月29日 |   卍 寺院霊場探訪

道々、懐かしい地蔵をめぐり気がついたら外輪を登りきる。やや下りにシンプルな木門
が現れた。慈覚大師円仁開祖『恐山』の霊域を示す入り口。この門があの世ヘいざなう?

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覚え地蔵(恐山)

2007年06月29日 |   卍 寺院霊場探訪

恐山は霊魂の山とも言われる。そこへ向かう人は皆それぞれ亡くした人を背負う。
道々の地蔵群、一体一体は良く見ると皆それぞれ表情が違う。おじい様、おばあ
様、わが父、わが母、わが子、友、愛する人、尊敬する偉人、夢の中の乙女・・・・
何故か自分?・・路傍の地蔵はキット誰かに似ている。つい手を合わせる。合掌。

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ワーキング終了(浅虫温泉)

2007年06月28日 |  ✒連携・温泉・地域.
映像:テーブルワーク終了後全体討議で発表風景。

浅虫温泉活性化懇談会が主催のワーキングは第一回から始まって今日(6月10日)で
所定のワーキングが終了した。一回〈光と影)、二回〈今後の道筋)そして今回の『何を』
『誰が』『どうして・いつまで』のワークショップ。参加者は浅虫町内15名、青森公立
大生6名、青森市民8名、関係団体10名〈行政、会議所、旅館組合、事業者、市会議員等)
そして主催者6名〈座長、コーディネーター、アドバイザーなど)の総勢45名。
(これまでで延べ130名)

今回は
①『温泉・自然と旧跡』のワーキング・・・テーブルA
 ファシリテーターは浅虫温泉活性化懇談会アドバイザー谷口清和氏(温泉テラピスト)
②『景観・施設』のワーキング・・・・・テーブルB
 ファシリテーターは 一般参加青森市民 長内修吾氏(新建築集団会員)
③『食・特産品・観光ルート』のワーキング…テーブルC
 ファシリテーターは浅虫温泉活性化懇談会コ-ディネーター飯田善之氏(一級建築士)
の3グループに分かれてのワーキング。
 チーフコーディネータの吉原正彦氏〈青森公立大学教授)が総括を行った。

このワーキングが最終目的ではない。一つの終わりは2つ目の始まりである。浅虫温泉
地域活性化事業は地域住民・事業者が『手作りの御持て成し事業』で『夢』の実現と
『感動』を体感するまで続く。・・・それは、エンドレスワーク。
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菜の花畑(青森県 横浜町)

2007年06月28日 | 💖 感動 ‼ 青い森..

映像:横浜町山手で探し当てた菜の花美観スポット。陸奥湾越しに恐山連峰を望む。

野辺地からいよいよ、下北半島へ。途中菜の花で町興しをしている、横浜町を通過。
折しも『菜の花フェスティバル』真っ最中。テレビの映像で見る限り海辺に一面に
咲いていたが、なるほど実感。菜の花畑、陸奥湾、恐山連峰これも日本の絶景景観

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垂柳遺跡(青森県田舎館村)

2007年06月26日 |  🏰城郭史跡探訪

映像:大きい11㎡の田、畔も崩れそうな土、そのままそっくり復原。バックは岩木山

弘前市の郊外、田舎館村に驚く光景が広がっていた。弥生時代の田が復原されている。
東北で最初の弥生時代田園遺跡発見だという。発見された田の数は656枚。大は11㎡、
中で9㎡、小で4㎡なんとミニチアみたいな田だ。今から2000年前、岩木山を仰ぎ感
情語を掛け合いながらの田植えだったのだろう。田舎館村は大昔から豊な土地だった。

指定:国指定史跡(弥生時代中期田園跡)  出土:弥生式土器、炭化米200粒以上

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応接間(桜桃の家)

2007年06月25日 |  🍏津軽紀行物語 .

大正、昭和の初期、奥津軽金木にあって、このようなクリスタルな洋間は珍しい。
東京にあってもなかなかない住宅だろう。『桜桃の家』の洋間が今の世に残され
ている奇跡をこの家の持ち主に感謝をせずに居られない。しかし、時代は残酷だ。

漸く世間に公開された時は、持ち主の方が手放す気持ちになってしまったとは・・・。
ひょっとしたらこれが最後の公開かもしれない。全国の大宰ファンの方是非今度
の桜桃忌は奥津軽金木でこの貴重な文化的遺産を確認してほしい。盛夏暑中見舞。

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太宰の椅子(桜桃の家)

2007年06月24日 |  🍏津軽紀行物語 .

映像:窓際に椅子が備え付け家具同様組み込まれているなんともお洒落・モダン

太宰が疎開先で執筆活動の合間、束の間の休息をとったのがこの椅子だ。正面に
クリスタルな洋窓、ベランダがあり、津軽の陽光溢れる自然に憩ったことだろう。

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太宰の床間(桜桃の家)

2007年06月23日 |   ✒文学逍遥 紀行

映像:精緻な細工越しに庭を覗く。この離屋も母屋と同じ位資金を要した立派なもの。

太宰治は当初妻の実家甲府に疎開そこも空襲に合いやむなくの青森金木での疎開生活
だった。彼にとってやはりふるさとは遠きにありて思うものに違いない。しかし戦争
という思わぬ事由で帰れたのである。落ち着いて暮らす幸せを彼はどの様に感じたか


検証:小生は太宰治研究家ではないが、恩師相馬正一氏は小生が学生の頃、新進気鋭
   の太宰治研究家であり、今も活躍。勿論この『桜桃の家』の存在はご存知だと
   思うのだが太宰治の青森での貴重な滞在の重要研究物件とし改めて呈示したい。

   ○東京三鷹禅林寺太宰治の墓前で自殺した太宰の信奉者田中秀光の訪問。
   ○太宰治が慕ってやまない越野たけが小泊から来訪、再開
   ○芥川比呂志が『新ハムレット』上演で来訪2泊
   ○弘前、鯵ヶ沢、黒石などで座談会開催
   ○太宰を敬慕するの多くの文学青年の訪問
   ○尊敬と畏怖の家長(長兄)の衆議院選挙当選
   ○姉きやう、祖母いしの死去(葬儀)・・・・・・

   など、太宰の栄光と影はこの『桜桃の家』でも繰り広げられていたのだ。

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桜桃の家(太宰が暮らした疎開の家)

2007年06月23日 |   ✒文学逍遥 紀行

映像:現存する太宰治生家(太宰治記念館:斜陽館)に近接する津島家離家(太宰疎開)。

季節は初夏、この頃になると太宰治の桜桃忌が思われる。玉川上水での衝撃的な結末。
作家太宰治が唯一、憩った家それがこの「桜桃の家」だ。今日は現在の持ち主のご案
内で取材した。驚くほどそのまま保存されていた。住まいを転々としていた太宰はこ
の家に一年半落ち着き、友と語り、執筆をしては近隣の学校で講演までしていたのだ。

愛称:現持ち主白川氏によれば『津島家新座敷』『太宰の暮らした疎開の家』がこの家
   の名称として公的案内しているという。正式にはこの名称でいいとして、温泉観
   光士としては、この貴重な文化資産が太宰フアンに限らずより多くの愛好家に親
   しまれるよう『桜桃の家』と愛称する。(2007.6.8)
その理由として、
  ①何よりも世間に認知されるためには、キャッチコピー《愛称》が必要な事
  ②太宰が生まれたのも、死んで遺体が見つかったのも6月19日で現在の『桜桃忌』
  ③例年桜桃忌には東京、金木で関係者(息女園子さん含)で太宰を偲ぶ会が行われる
  ④『桜桃忌』は太宰ファンであれば忘れる事のできない日、名称である
この4点から正式名称は『津島家新座敷』『太宰の暮らした疎開の家』として、愛称
として『桜桃の家』とし、持ち主の白川さんにこの『桜桃の家』の愛称を進呈します。

参照 # ①太宰疎開の家床の間  ②太宰疎開の家寝室  ③太宰疎開の家椅子     ➃太宰疎開の家応接間

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木地山高原温泉(皆瀬村)

2007年06月23日 |  ♨とうほく忘れじ.

閉鎖:その後の調査で、震災後温泉使用不可となり、キャンプ場閉鎖

川原毛地獄からさほど離れていないキャンプ施設の中に熱湯の塔屋が
あり、熱い源泉が露天風呂に導かれていた。まだシーズン前、管理人
も居ないので、大地に許可?を頂き入湯。~ビリビリ熱湯露天風呂だ。

【Data】単純温泉 98℃ ph8.9 源泉木地山高原温泉

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菅江真澄の道 三途川 (秋田県:川原毛地獄)

2007年06月22日 |   ✒文学逍遥 紀行

その昔、菅江真澄という紀行家がいた。秋田藩に深く関わり北東北、それも秘境、
秘湯を逍遥した。温泉評論家石川理夫氏によれば日本の代表的な温泉巡礼の一人
とも。川原毛地獄には、その菅江真澄の立ち寄った記念木柱が寂しく建っていた。

参照菅江真澄も湯浴みしたろう川原毛地獄大湯滝(日本温泉地域自然資産NO.22)

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川原毛地獄 大湯滝(秋田県)

2007年06月21日 | 💜秘湯極湯探訪紀行

泥湯温泉と川原毛地獄山を挟み背中合わせにあるのが、秘湯・野湯の川原毛温泉。もう
言葉ではこの湯快感は現せない。入浴ポイントまでの難路も一度、湯壷に浸かれば何の
その。入浴者(筆者)の満足そうな表情を観て欲しい。温泉って地球の素敵な贈り物

【Data】含炭酸・鉄―食塩泉  95.5℃  pH1.41   源泉:川原毛温泉

記録:落差20m、雄物川水系湯尻沢、
学術:日本温泉地域自然資産NO.22:川原毛地獄の大湯滝(日本温泉地域学会編)

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泥湯温泉 大野天風呂(湯沢温泉奥山旅館)

2007年06月20日 |  ♨ 東北 推奨湯処.

象潟からチョイト?寄り道。温泉探査は時として遠回りして目的の温泉に入る事がある。
このまま海岸線を秋田まで北上するにはもったいない!でまた内陸部湯沢地方へ。勿論、
泥湯温泉が目的。映像を見て頂ければ、もう分かるだろう。湯は良し。多くを語るまい。

泉質:単純温泉 74℃ PH5.6  源泉名:泥湯温泉(新湯) 自然湧出
留意:一昨年、冬場の温泉で死者が出たのは記憶に新しい。危険なのは何も冬場とは
   限らない。この様な自然湯は常に換気、ガス溜まりに注意しなければいけない。

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カタクリ温泉 ぼんぼの湯(山形県)

2007年06月19日 |  ♨ とうほく 湯処.

月山スノートレッキングを楽しんだ後は残り少ない日程となってしまった。帰路は
日本海側に抜け、象潟~秋田~大館~弘前~青森。このルートは太平洋側と違い慣
れた分、楽。途中立ち寄ったのが『カタクリ温泉』旧朝日村の健康福祉施設。設備
が豪華になればなるほど、お湯は成分が抜けていく残念な温泉の法則が適用される。
しかしゆっくりできるという点ではこれもまた良し。まず汗をながして健康維持だ。

【Data】食塩泉 ℃ PH6.5  源泉熊出源泉

記録:一時、経営不振で民間委託して営業。その後どうなってるか確認したところ
   令和4年も元気で営業しているとHPで宣言、先ずは一安心。民間だと難しい。

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