
(ネパールDhunche マオイストの軍司令部
“flickr”より By tearsxintherain
http://www.flickr.com/photos/tearsxintherain/2405979072/)
日本の選挙では結果発表がどんどん早くなり、最近では、投票締切後すぐに出口調査による結果予測が各TV局から発表されます。
それはまだしも、開票0%で“当選確実”が次々に報告されます。
結果がわかっている選挙というのは、“何のための選挙だったのか・・・”とも思われ、空しいものを感じます。
先月10日に行われたネパールの総選挙は、結果確定に随分時間をかけていました。
投票から2週間以上たってようやく“確定”という言葉が見られるようになりましたが、4月28日段階でも「選挙管理委員会は全ての開票が終了したことを発表した。残る作業は推薦による26議席と比例代表の各党の候補者割り振りだけである。」と、“まだ、終わっていないの?”という具合でした。
最初、ヒマラヤ山間部に村々が点在する地形上の問題かと思いましたが、それ以上に比例配分システムが複雑なことや内閣指名枠の存在などによるもののようです。
あまりにゆっくりとしているので、“確定してからとりあげよう”と考えているうちに時期を失してしまいましたが、結果は周知のように、大方(私を含め)の予想に反して、全議席の4割近くを獲得する“共産党毛沢東主義派(マオイスト)”の地滑り的大勝利でした。
武装闘争では約1万3000人が死亡し、経済の停滞や国土の荒廃を招いたとされ、武装闘争停止後も力を背景にした恐喝まがいの行為も多いと言われており、人々の支持がどのくらいあるのか、特に“地盤”を持たない小選挙区でどこまで票を伸ばせるか・・・大方は厳しい見方をしていました。
もし、マオイストが大きく敗北するようなことになると、選挙結果を受け入れず再び混乱状態に戻るのでは・・・とすら懸念されていました。
マオイスト自身が、厳しい選挙結果を予想して、何かと理由をつけて選挙実施を遅らせてきたぐらいですから、結果に一番驚いているのは彼等自身でしょう。
この結果の背景として、「マオイストが負けた場合、結果を不服として過激な抗議行動をとることを心配した面もあるのではないか」といった声もありますが、やはり基本的には、有権者は新しい党としての期待が強く「既成政党に汚職がはびこり、国が発展しなかった」との不満が強かった、特に若い世代に“変革”を求める声が強かったということでしょう。
マオイストは「農村から蜂起して都市を包囲する」との毛沢東思想を実践する、ペルーの武装組織センデロ・ルミノソなど南米左翼ゲリラの闘争スタイルを手本にしてきたと言われています。
「一党独裁」などのマルクス主義革命にはこだわらない柔軟な姿勢を示しています。
「毛沢東主義派」を名乗っていますが、王政との関係を重視してきた中国共産党はマオイストとの「無関係」を強調し、毛派を名乗ることを非難してきました。
(恐らく、見込み違いに臍をかんでいるのでは。)
ただマオイストは、王制廃止と共和制への移行、武装闘争の放棄と民主化路線の堅持以外に、具体的な政策を示しておらず、今後どのような政策を打ち出すのか、「誰にも分からない」(地元記者)のが現状のようです。
カトマンズの選挙区で当選したマオイストのある候補は、「我々は新しい党で選挙の経験はなかったが、このような結果になってとても興奮している。国民が我々に負託してくれるのであれば、この国を率いる用意がある」と語っています。
“初々しい”気負いみたいなものも感じられます。
今月28日に制憲議会の初会合が開かれることが12日発表されました。
この場で、王制廃止が決定される予定です。
なお、マオイストだけでは過半数に達しないので連立工作が焦点になりますが、具体にどのような動きになっているのかよくわかりません。
第2党のネパール会議派、第3党の統一共産党は協力を渋っているとも伝えられていました。
また、王制廃止後、大統領を置く方針ですが、大統領と首相の権限分担など、詳細はいっさい白紙の状態で、共和制の内容については議会でのさらなる審議が必要とされています。
新憲法成立までは、プラチャンダ書記長が首相となる見方が有力で、同書記長は市場経済を発展させ、外国からの投資促進をはかりたいとしています。
もちろん、「毛派では経済改革はできない」との冷ややかな見方もあり、マオイストによる“独裁”を警戒する声も依然、強くあります。
その他の選挙結果としては、南部の平野部のインド系住民らが結成した新党の「マデシ人民の権利フォーラム」と「タライマデシ民主党」が、それぞれ52議席、20議席を獲得したことも注目されます。
なお、日本国籍を捨てて新党「ネパール国家発展党」を率いて、この選挙に挑戦した長野県出身のホテル経営者(ホテル・エベレスト・ヴュー)宮原巍さんは落選におわりました。
ネパールの経済発展政策をマニフェストに掲げ、30歳代の若者を中心に小選挙区選に11人、比例代表選に42人(自らは比例名簿第1位)を擁立しましたが、1人の当選者も出せませんでした。
比例代表は有効投票総数の0.29%程度で1議席が配分されますが、「ネパール国家発展党」の獲得票数「8,026票」は、0.07%に過ぎず、議席獲得に必要な票数の4分の1程度にしか届きませんでした。
宮原さんは敗因について、「(1)私たちの政党の存在を一般の人たちに知ってもらうことができなかった、(2)若者に焦点をしぼったが、若者の票はマオイストに流れ、全く得られなかった、(3)全員が政治も選挙も素人で、選挙への取り組みが甘く、戦略も細かい詰めもできていなかった」と反省を込めての分析を明らかにしています。
今後については、「次の選挙に向けて活動を継続して行きたい」と引き続き2年後に国会議員を目指すことを明らかにしています。
**********************************
予想に反した選挙結果という点では、先日のセルビアの総選挙も、EU加盟推進派の苦戦が予想されていましたが、結果は周知のように、親欧米派タディッチ大統領率いる「民主党」中心の政党連合が、得票率38.7%(103議席)で議会第1勢力を獲得しました。
コソボ独立を認めないという点では多くのセルビア国民の意見は一致しており、コソボ独立を進めるEUに対しては厳しい視線があります。
そのため、コソボ独立を機に、EU加盟交渉を凍結すべきだと主張するコシュトニツァ首相のセルビア民主党が、EU加盟と独立問題は切り離すべきだと主張する親欧派のタディッチ大統領の民主党と対立し、連立政権が崩壊したことを受けて今回の選挙となりました。
今回の選挙結果は、国民の多くが「コソボ問題はさておき、今日・明日の暮らしを考えると、国際的孤立を避け、EU加盟に道を見出すしかない」という現実的な判断を示したことを窺わせます。
セルビア国民の64%がEU加盟を支持する一方、セルビアがコソボ独立を認めるという条件付きならば71%が反対を表明するという調査結果があるそうで、国民感情は複雑です。
今後の政権運営という点では、結果の数字はかなり微妙です。
コソボ独立にも賛成している自由民主党やその他諸派を集めても過半数にわずかに届きません。
逆に、かつての第1党である極右民族主義的なセルビア急進党は得票率29.1%、獲得議席77に止まりましたが、コシュトニツァ首相率いるセルビア民主党(30議席)、旧ユーゴスラビアの故ミロシェビッチ元連邦大統領のセルビア社会党(20議席)と連立すれば、定数250の過半数を制することが可能です。
EU加盟推進のタディッチ大統領・民主党が政権獲得するためには、セルビア社会党を取り込むとか、セルビア民主党からの協力者を釣り上げるとかが必要です。
もし、セルビア急進党を軸とした民族主義政権が誕生した場合には、年30億~50億ユーロの外国投資が逃げるともみられています。
コソボ問題も更に混迷しそうです。
セルビア国民は今慎重な選択を迫られています。
日本では国会の“ねじれ”がとやかく言われていますが、世界各国の政治状況を見れば、独裁・軍事政権国家でもなければ安定多数支配などは稀のようにも思えます。
国民の多様な民意を反映すれば議席配分も当然に複雑な結果になるとも言えます。
それを前提にした政権運営・政治活動が望まれます。