孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  なお続く『奇妙な分裂』

2009-12-13 13:50:48 | 国際情勢

(11月10日、カンボジアのプノンペンでフン・セン首相(前列中央)と会談するタクシン元首相(前列右から2人目)“flickr”より By Ricebeanoil
http://www.flickr.com/photos/41164896@N06/4155020403/)

【マッチポンプ】
タイでは相変わらずタクシン元首相を支持する勢力と現アピシット首相・民主党政権を支持する反タクシン派の対立が続いています。
タクシン元首相は汚職罪で有罪判決を受け海外逃亡中ですが、11月には、タイと国境紛争で揉めている隣国カンボジア政府顧問に任命されるという“奇策”でカンボジアに入国しました。
このときタクシン元首相のカンボジア到着時間などをタイ側に流したとして、タイ人男性がカンボジア政府からスパイ罪で拘束されています。

****カンボジア:スパイ罪のタイ男性に恩赦 タクシン氏側要求*****
カンボジア政府は11日、同国入りしたタクシン・タイ元首相の渡航情報をタイ当局に手渡したとしてスパイ罪で禁固7年の有罪判決を受けたタイ人男性、シワラク・チュティポン被告(31)の恩赦を発表した。フン・セン首相と太いパイプを持つタクシン元首相側の恩赦の求めに応じたとみられる。
カンボジアの航空管制業務はタイ系民間企業が請け負っており、被告はこの会社の従業員。11月に元首相が自家用機でプノンペン入りした際、被告はタイ大使館1等書記官の求めに応じて元首相の到着時間などを教えたとされ、カンボジア政府はこの1等書記官を国外退去処分にしている。
今月8日の1審の有罪判決後、タイ外務省も「(政府として)カンボジアに恩赦を求める」と表明したが、被告の母親が「(タクシン派に任せており)邪魔をしないでほしい」と拒否。タイ国民が成り行きを注目する事件で、アピシット政権は、スパイ事件のきっかけを作ったはずの元首相が、被告の恩赦を勝ち取り得点を挙げるのを見守るしかない立場に追い込まれた。【12月11日 毎日】
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タイ外務省が母親から「(タクシン派に任せており)邪魔をしないでほしい」と救出行動を拒否されるというのが、この話の面白いところですが、タクシン元首相は14日プノンペン入りし、カンボジア政府が恩赦を決めたチュティポン被告の釈放を出迎える予定だとも報じられています。
もともとはタクシン元首相自身の行動から起きた事件であり、世間で“マッチポンプ”と呼ぶ類のひとつではないでしょうか。

【『奇妙な分裂』】
自国民の救済を母親から断られたアピシット政権は面目を失した形ですが、そもそもタクシン派の地盤であるタイ第2の都市チェンマイにアピシット首相が立ち入れないという状況のようですから、事態は深刻です。

****タイ首相:チェンマイ入りを断念 タクシン派を恐れ?*****
タイのアピシット首相は26日、同国第2の都市、北部チェンマイで29日に開かれる商工会議所年次総会への出席を断念すると表明した。対立するタクシン元首相の出身地チェンマイでは依然として元首相の影響力が強く、タクシン派は「来るなら空港を封鎖する」などと警告。ステープ副首相ら政権内部からも「行けばタクシン派に騒ぐ口実を与えるだけ」と首相に訪問断念を求める声が出ていた。
南部が地盤の反タクシン派・民主党に所属する首相は、昨年12月の就任後一度もチェンマイを訪れたことがない。首相は当初、29日の訪問に強い意欲を燃やしたが、チェンマイのタクシン派幹部が自派のラジオ放送で「来れば暗殺されるだろう」と発言。幹部は後に「冗談だ」と修正したものの、首相は「情勢を見て決定する」と決意を後退させた。
チェンマイにある米国総領事館は「暴力的な抗議行動が起きる恐れがある」として、自国民に対し29日にチェンマイに滞在しないよう警告。バンコクの地元記者は「自国の第2の都市に首相が容易に入れないという現実が、タイの『奇妙な分裂』を象徴している」と指摘している。【11月26日 毎日】
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もっとも、タクシン元首相のほうも、来年1月にも最高裁がタクシン元首相の760億バーツ(約2050億円)に上る国内資産没収を命じる判決を下すことが予想されており【11月25日 毎日】、いつまで今のような状態を続けられるか、焦りを深めているとも。(資産家であるタクシン元首相にとって、760億バーツ(約2050億円)がどういう意味を持っているのかはわかりませんが。)
そうした情勢もあって、カンボジア入り直前に掲載された英国紙のインタビューでタイ王制を厳しく批判するなど政府に戦いを挑む姿勢を強めているとも報じられています。【11月24日 毎日】

タクシン元首相の発言は“王制批判”というよりは王室側近批判のようですが、従来のタイの風土からすれば相当に踏み込んだ発言です。
“記事中で元首相は「タイには王制が必要」と強調したものの、「王室の『側近グループ』がそれ(王制)を乱用してはならない」と述べ、プレム枢密院議長ら国王側近を強く批判。「王制の改革が必要か」との質問に「その通りだ」と答えた。さらに元首相は、81歳のプミポン国王の後継者問題にも言及した。
元首相は9日、「記事は発言を歪曲(わいきょく)している」と釈明したが、アピシット・タイ首相は元首相への不敬罪適用を検討する姿勢を示した。”【11月9日 毎日】

【国王健康問題】
そんなタイの『奇妙な分裂』状況に影響しそうな問題がふたつ。
ひとつは、タイ国民から絶大な敬愛を集めるプミポン国王の健康問題です。

5日で82歳を迎えたプミポン国王は、このところ体調を崩して入院していますが、4日に予定されていた恒例の国民へ向けた演説が、昨年に続き中止となりました。
5日の王宮での拝謁式は行われましたが、式後、再び入院しています。

****タイ:プミポン国王82歳に 祝賀式典出席後再び入院*****
タイのプミポン国王は82歳の誕生日を迎えた5日午前、王宮で開かれた祝賀式典に出席し、「国の平和と安定、繁栄のため、全国民が誠実にその責務を果たしてほしい」と語った。現在の政治状況には直接触れなかったが、タクシン元首相派と反タクシン派の対立が解消されない国内情勢を意識し、国民全体に一致団結を求めたとみられる。
9月から入院中の国王はこの日、白い礼服姿で、車いすで病院を出て車で王宮へ向かった。自身で歩くことはなく声もかすれ気味だったが、自身の声で国民に呼びかけ、病状を心配する国民を安心させた。国王はこの後、再び病院に戻った。【12月5日 毎日】
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これまで、タイ国内で政治的対立が深まるとき、絶対的調停者として国家分裂を救ってきたプミポン国王ですが、高齢と体調不良で、その役割を今期待するのは難しい状況です。
国王の威信に頼らず、自分達の叡智でこの危機を克服することがタイ国民に求められており、昨年来、国王が殆ど現状にコミットしないというのも、“いつまでも自分に頼っていてはいけない・・・”という国王の思いからではないでしょうか。

【ダブルスタンダード】
もうひとつ注目されるのが、昨年末に起きた空港占拠に関する訴訟の行方です。
個人的にも、年末タイ中部のスコータイへの旅行を予定していたため、空港占拠の推移には心配しました。

****タイ国際航空:36人に損賠請求 空港占拠事件*****
タイの反タクシン元首相派組織「民主市民連合」(PAD)による昨年11~12月のバンコク国際空港占拠事件で、同空港を拠点とするタイ国際航空(本社・バンコク)は9日までに、同組織の指導者36人に対し計5億7500万バーツ(約15億5000万円)の損害賠償を求める裁判を起こした。地元紙が報じた。
PADは約10日間にわたって空港を占拠し、この間ほぼ全面的に航空機の発着ができなくなった。36人には現職閣僚のカシット外相が含まれている。【12月9日 毎日】
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タクシン元首相派組織「反独裁民主戦線」(UDD)が11月28日からアピシット政権打倒を目指して大規模な反政府抗議行動を予定していたことを受けて、タイ政府は11月24日、バンコク全域に11月28日から12月14日まで治安維持法を適用することを決めました。(その後、UDDの抗議行動は、政府側の強硬姿勢、プミポン国王の誕生日を控えていることから無期限延期されました。)

こうしたタクシン派の反政府活動を力で抑え込む姿勢の一方で、反タクシン派「民主市民連合」(PAD)による10日間近くの空港占拠で莫大な経済的な損失と国際的な信用低下を招いた件に関しては、政権を支える基盤であることから、その首謀者に対する刑事責任追及は全く進んでいません。
アピシット政権には、両派への対応を巡るダブルスタンダード(二重基準)という批判があります。



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