
(8日のバグダッド中枢部を襲った連続爆弾テロであがる噴煙
“flickr”より By cvrcak1
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【米新戦略 イラクに連動するアフガニスタン】
オバマ米大統領が今月1日に発表した、駐留米軍の3万人の追加増派と2011年7月までの撤退開始を柱とするアフガニスタン新戦略は、イラク情勢とリンクしています。
“(オバマ大統領の)計算高さは、イラクからの米軍撤退計画と重ね合わせれば、さらに鮮明だ。来年夏、アフガンへの3万人派遣完了に伴って戦闘は激化するだろう。ただ、イラクでは同年8月末までに戦闘任務が終了することになっており、国民の反戦ムードを抑えるカードになる。
また11年7月までにアフガンの一部都市から撤退を始めたとしても、他の場所で治安が改善しなければ、「出口」という長いトンネルは続く。一方でイラクとの地位協定に基づき、米軍は同年末までに完全撤退する。イラク戦争終結は、翌年の次期大統領選に向けた格好のアピール材料だ。”【12月7日 毎日】
要するに、アフガニスタンの戦闘に対する国民の不満を、イラクでの戦闘任務終了や完全撤退で覆い隠してしまおうという作戦のようですが、そのようにいくかどうかは当然ながらアフガニスタン、イラク双方の今後の推移次第でもあります。
アフガニスタンについては、ゲーツ米国防長官は「増派部隊は(反政府勢力)タリバンが支配する地域に投入されるため、犠牲者は恐らく増え続ける。ただ、最終的にはイラクの増派同様、成果を挙げ、(死傷者は)減少に転じるだろう」と、当面の犠牲者増大について予防線をはっています。
アフガニスタン駐留米軍のマクリスタル司令官は8日、アフガン戦略に関する議会の公聴会で、今後1年間で反政府勢力タリバンなどの武装勢力が勢いを失うことは明確になると、強気の発言(司令官としては当然でしょうか)をしています。
【根深い宗派・民族対立】
一方のイラクでは、連邦議会選挙に関する審議が遅れ、駐留米軍撤退スケジュールへの影響も懸念されていましたが、なんとか来年3月7日実施ということでまとまったようです。
****イラク:連邦議会選挙ようやく決定、10年3月7日に実施*****
イラクの大統領評議会(正副大統領3人で構成)は8日、連邦議会選挙を来年3月7日に実施すると発表した。選挙法改正をめぐる議会審議の長期化で当初予定より2カ月弱遅れるが、日程が確定し駐留米軍撤退への影響は当面回避される見通しとなった。
選挙は1月16日に設定されていたが、民族・宗派間の議席配分で審議が紛糾。法案承認権を持つ評議会メンバー、ハシミ副大統領の拒否権発動もあり決着が遅れた。国連は「2月27日実施」を勧告していたが、評議会事務局幹部は毎日新聞に、「(多数派であるイスラム教)シーア派の祝日を避けて3月に設定した」と説明した。
選挙前後は治安悪化が予想されるため、日程の大幅な遅れは、駐留米軍の引き揚げスケジュールを先送りさせ、米軍の追加増派が決まったアフガニスタン戦略に悪影響を及ぼす可能性もあった。マレン米統合参謀本部議長は「現状では問題なし」と説明している。【10月9日 毎日】
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この間の経過は“選挙法案は11月8日に議会でいったん可決されたものの、イスラム教スンニ派に属するハシミ副大統領が「(スンニ派が大部分を占める)国外のイラク難民の意思を十分に反映できない」などと主張して拒否権を行使。その後の協議で、スンニ派やイスラム教シーア派、クルド人の各会派が議席配分をめぐって綱引きを繰り広げていた。ロイター通信によると、修正案では議会定数を275から325に拡大。このうち310議席は国内の18州に配分され、残りはキリスト教徒など少数の宗教各派に配分される。スンニ派とクルド人は、それぞれの地盤で修正前よりも議席数を増やした。”【12月8日 産経】ということで、「話がまとまった」と言うよりは、「相変わらず宗派・民族間対立が根深い」と見るべきでしょう。
特に問題となるのは、クルド人が自治区への編入を求めている油田地帯キルクークにおける選挙実施でしょう。
“連邦政府を主導するアラブ系の議員と、北部3県を統治しキルクークの自領編入を目指すクルド系の議員が対立。両陣営は互いに「選挙を有利に運ぶため(それぞれの陣営の有権者数を増やそうと)住民を送り込んでいる」などと相手側を非難し合ってきた。
キルクーク選出議員らによると、各派は、有権者が急増している係争地の選挙結果について一定数の調査要求が出た場合、連邦議会の承認を条件に暫定結果とすることで妥協。内務省や選管、国連の関係者から成る委員会が最長1年間で結論を出し、これをもとに選挙結果を確定するという。”【11月9日 毎日】ということですが、要は選挙結果の確定を1年間先送りしようというものです。
政治アナリストの見方として、“キルクークの状況は依然として保留状態。爆発を待つ爆弾を抱えているようなもの。この問題についての合意は何もなかった”【11月9日 ロイター】とも。
【揺らぐマリキ政権の威信】
キルクークという時限爆弾に先立って爆発したのが、選挙実施への揺さぶりをかけるような、政府機関中枢部を標的にした連続爆弾テロでした。
****イラク:連続爆弾テロ127人死亡 バグダッド*****
イラクの首都バグダッドで8日朝、政府機関など中枢部を標的にしたとみられる連続5件の爆弾テロが発生し、AFP通信によると少なくとも127人が死亡、448人が負した。首都での大規模テロは8月と10月に発生したばかりで4カ月弱で3度目。来年に連邦議会選挙を控え治安悪化の懸念が強まる中、相次ぐ中枢部への攻撃でマリキ政権の威信が揺さぶられている。(中略)
8日午後の時点で犯行声明は出ていない。過去2回の大規模テロでは、国際テロ組織アルカイダ系団体「イラク・イスラム国(ISI)」が犯行を認め、イラク政府は「旧政権党バース党関係者が関与した」と主張した。8月の事件では、わいろを受け取った当局者が実行犯に検問所を通過させたとの供述も出ており、治安当局への市民の信頼は低下している。
イラクの治安は内戦状態で月間3000人以上が死亡していた06~07年ごろより大幅に改善、11月のテロなどによる死者数は122人で03年3月開始のイラク戦争後最低になっていた。一方で、少数派居住地や警備の甘い遠隔地住民などを標的にした散発的なテロ行為も続いている。
来年予定される連邦議会選挙に向け、宗派・民族間対立の激化が懸念されている。治安悪化は選挙の実施を困難にし、来年8月の駐留米軍戦闘部隊の撤退などに影響を与える可能性もある。連邦議会では選挙法改正審議が長期にわたり紛糾、7日にようやく決着した。【12月8日 毎日】
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「テロには、政府治安機関が市民を守れないことを示すことで、人々が投票へ行くのを思いとどまらせる狙いがある」(ルバイエ前国家安全保障担当顧問)というように、政府機関中枢部での爆弾テロは、マリキ政権の治安維持能力への不信感を高め、選挙実施を危うくするものです。
また、今月11,12日にはイラクが戦後復興資金を獲得するため海外企業に解放する油田開発の入札も予定されています。爆弾テロはこの油田開発の国際入札妨害を狙ったものとの見方もありますが、現段階では入札は予定通り行うとされています。【12月9日 ロイター】
長期的に見ると、前出毎日記事にもあるように、月間3000人以上が死亡していた時期から、現在の100人台のレベルに、治安は大幅に改善されていると言えますが、今後の選挙実施に向けたテロ攻勢が懸念されます。
イラクのマリキ首相にとっても、アフガニスタンをにらんだオバマ大統領にとっても、綱渡りがしばらく続きそうです。