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(オスロのノーベル平和賞授賞式でスピーチするオバマ大統領 “flickr”より By aktivioslo
http://www.flickr.com/photos/aktivioslo/4174350023/)
【Just War】
いささか旧聞に属する話となってしまいましたが、アメリカ・オバマ大統領は10日、オスロでノーベル平和賞を受賞し、その授賞式で「平和の理想」と「戦争の現実」とのはざまで、平和を希求しながらも「正しい戦争(Just War)」を戦う苦悩を吐露しました。
世界最大・最強の軍隊を率い、現にイラク・アフガニスタンで戦争を行っており、授賞直前にはアフガニスタンへの3万人増派を決定した最高司令官が、世界最高の権威ある平和賞を受賞するという恐ろしく皮肉的な状況で、自らの行う戦争の意味を自問自答したものでした。
この受賞演説については多くの論評のあるところですが、“オバマ氏が語る「正しい戦争と正しい平和」 大量破壊兵器を作った男の平和賞を受賞して(gooニュース 加藤祐子)”
(http://news.goo.ne.jp/article/newsengm/world/newsengm-20091211-01.html)は、参考になりました。
オバマ大統領は現在の心中について、「我々は戦争を戦っている最中です。そして私は、何千人もの若いアメリカ人を遠い国の戦地に派遣する、その責任を負っています。私が戦地に送る若いアメリカ人の何人かは人を殺すでしょうし、何人かは殺されるでしょう」「なので私は、武力紛争の代償について深く感じ入りながら、ここへ参りました。戦争と平和の関係、そして一方でもう片方を置き換えるためにどれほど努力しなくてはならないのか、そういう難問でいっぱいになりながら、私はここへやってきたのです」と語っています。
そして、マーティン・ルーサー・キング牧師やガンジーの非暴力主義を称えながらも、自らの行う戦争の必要性について語っています。
「しかし自分の国を守り防衛すると誓った国家元首として、私はガンジーやキングの先例にばかり倣っているわけにはいきません。私は、ありのままの世界に直面している。そしてアメリカ人を脅かす危険を前にして手をこまねいているわけにもいかないのです。なぜなら、この世に悪は存在するからです。この点を、決して誤ってはなりません」
「非暴力の抵抗運動ではヒットラーの軍隊を食い止めることはできなかった。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を捨てるよう説得することはできません。時には武力も必要だと言うのは、決してシニシズムの呼びかけではありません。武力は必要だというのは、歴史を認識した上でそう言うのです。人間が不完全な存在であり、人間の理性には限界があると、認識した上でそう言うのです」
「第2次世界大戦後の世界に安定をもたらしたのは、国際機関だけではなく、条約や宣言だけではありません。世界はそれを忘れてはならない。我々はいくつか間違いを犯したかもしれない。しかしアメリカ合衆国が60年以上にわたり、自国民の血と武力でもって、世界の安全を裏書きしてきたことは、これは厳然とした事実なのです」
【辛いときに掲げてこそ、理想は守れる】
一方で、正しい戦争であったとしても、戦争がもたらす悲惨さを常に直視する必要があることを戒めています。
「なので確かに、戦争のための道具には、平和を守るための役割があります。しかしその真実の横には、いかに正当な戦争であっても、戦争は人間に悲劇をもたらすのだという真実も、常に並存しているのです。兵士の果敢な犠牲は、国への献身、大儀への献身、戦友たちへの献身に溢れ、栄光に充ち満ちています。しかし戦争そのものに決して栄光などなく、決して戦争をそのように持ち上げてはなりません」
また、理想を求める正しい戦争における規範・自制についても語っています。
「武力が必要な場合、私たちは一定の行動規範で自分たちを縛らなくてはなりません。それは道徳的な要請、かつ戦略的な要請です。何のルールにも従わない凶悪な敵と対決する時でさえ、アメリカ合衆国は、戦争遂行のふるまいにおいて世界の手本にならなくてはならないと考えます。それこそが自分たちと敵を分け隔てるものなのだと。それこそが私たちの力の源泉なのだと。」
「自分たちの理想を守るために戦っているのに、その戦いにおいて自分たちの理想を曲げてしまっては、自分自身を失うことになります。理想を掲げるのが楽な時だけそうするのではなく、そうするのが辛い時に掲げてこそ、自分たちの理想を守ることになります」
最後に、キング牧師やガンジーの非暴力主義の信念を“常に私たちの旅路を導く北極星でなくてはなりません”としたうえで、「この世に戦争はあるのだと理解しながらも、平和を求めて働くことはできる。私たちにはできます。それこそが人類の進歩の歴史なので。それこそが世界全ての希望なので。そして大きな課題に直面するこの時、それこそがこの地上における私たちの仕事なのです。」としています。
(以上、上記【gooニュース 加藤祐子】より)
“日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。”(日本国憲法前文)とする日本の立場から「正しい戦争」について云々する見識は持ち合わせていませんが、平和と戦争の関係について国家の最高責任者として真摯に自問する姿勢は十分に感じられます。
【アメリカ国内では好意的反響】
各国メディアの反応を見ると、ドイツのベルリナー・ツァイトゥング紙は、“オバマ大統領が核兵器のない世界など、平和を訴える内容に絞ることができたにもかかわらず、あえて戦争の必要性に踏みこんだ点を評価した。ただ、戦争を正当化した部分は「ブッシュ前大統領が話しているように聞こえた」”、イギリスのガーディアン紙は「オバマ大統領はオスロでノーベル平和賞を受け取りながら、アフガニスタンの紛争を拡大させ、悪を打ち負かすための『正しい戦争』を訴えるなど、矛盾した演説をした」と、辛口の批評をしています。
中国共産党機関紙・人民日報系の大衆紙・京華時報は「前脚で(アフガニスタンへの)増兵宣言、後ろ脚で平和賞受賞」との見出しを付け、受賞を皮肉っています。
しかし、アメリカのメディアには概ね好評だったようです。
オバマ大統領本人の人気が欧州など外国で高く、アメリカ国内で低調なのとは逆の傾向です。
****「大ヒット作品」「雄弁」=平和賞演説に好意的反響-米*****
オバマ米大統領が10日にオスロのノーベル平和賞授賞式で行った記念演説に対し、米メディアでは「大ヒット作品」(ロサンゼルス・タイムズ)、「雄弁に持論を展開した」(ニューヨーク・タイムズ)などと、おおむね好意的な反響が目立った。
ロサンゼルス・タイムズ紙は11日付の社説で「在任期間が短く業績のないオバマ大統領にノーベル平和賞を授与するのは過ちだと今も考えているが、記念演説にはそれをほとんど帳消しにする価値があった」と指摘。演説は「大ヒット作品」で、「紛争や貧困、圧政を解決するための国際的決定を行う青写真にすべきだ」と絶賛した。
ニューヨーク・タイムズ紙の社説は、「何が正当な戦争で何がそうでないかという議論は哲学者に任せるとして、アフガニスタン戦争が非常に困難ながら必要なものだという点には同意する」と指摘。ワシントン・ポスト紙は「われわれがこうであれば良いと望む世界と現実の世界の線引きを明確にした」と評価した。【12月12日 時事】
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アメリカの“世界平和の守護者”としての立場を語ったオバマ大統領が、アメリカ国内で評価されたのは当然かもしれません。
【戦争被害者の視点】
ただ、オバマ大統領の演説には、戦争を行う側の論理なり葛藤なりは窺えますが、戦争によって苦しむ人々の視点はあまり感じられません。
非暴力の理想だけでは守れないものがあり、ときに「正しい戦争」が必要だとする“現実”を訴えるオバマ大統領の主張は、スルスルと耳を通っていくものがありますが、その「正しい戦争」が必要とされたサダム・フセイン政権やアルカイダの脅威がいかなるものだったのか、その「正しい戦争」によって現地でもたらされたものがなんだったのかという、もうひとつの“現実”にも冷静に目を向ける必要があります。
****記者の目:オバマ氏の「平和賞」不快 栗田慎一*****
米国の軍事攻撃が続くアフガニスタンとパキスタンを取材エリアに持つ私は、オバマ米大統領のノーベル平和賞受賞を、とても不快な気分で眺めている。授賞理由は「対テロ」戦と関係ないにしろ、米軍の最高指揮官の受賞である。出口の見えない戦渦の中で、アフガンやパキスタンでは罪のない市民が空爆やテロに巻き込まれ、血と涙を流し続けている。この違和感を私は整理できないでいる。
「頼むから聞いてくれ」。11月上旬、アフガンの首都カブール郊外にある国内避難民キャンプで、避難民たちが空爆で犠牲となった家族の遺体の写真を手に集まってきた。写真には、血だらけで地面に横たわる幼子らの姿がある。
キャンプには、米軍と反米武装勢力タリバンとの激戦が続くカンダハル、ヘルマンドなど南部州から逃れてきた約1万人が暮らしており、戦争の長期化で避難民は増え続けている。タリバン発祥の南部州には、今でもタリバンのシンパが多く、家族や親類にタリバンと関係のない人を探す方が難しい。そんな地域から来て空爆などの被害を訴える人たちの言い分を、国際支援が集中して復興が進むカブールでは、軽視する風潮が少なからずある。
私はカブールを訪れるたび、このキャンプに足を運んでいる。治安の悪化で取材活動にも命の危険が伴う今のアフガンで、戦争被害者から直接話を聞ける数少ない場所の一つだからだ。
毎日新聞の世界子ども救援キャンペーン取材班として、初めてアフガンを訪れたのは02年。カンダハルに滞在中、結婚式場が米軍機に空爆され、被害者たちが運ばれた病院を取材した。胸部などに重傷を負った5歳の少年が、麻酔薬なしで手術を受けていた。骨折で痛みに泣きじゃくる女児を抱えた父親の、悲しげなまなざしに射すくめられた。
「正義の戦争」などありえないと思うし、「この戦争は成功しない」と確信したのを覚えている。
アフガンを管轄に持つニューデリー支局に赴任したのは07年。昨年10月に市民90人以上が死亡した西部ヘラート州の空爆現場を訪ね、同じような被害が続く現実におののいた。家族を失って孤児となり、家族の肉片を拾い集めていた少年は、11歳とは思えない厳しい視線を投げかけた。
先月、ヘラート州の現場を再訪した。破壊された16軒の民家は再建されずに放置され、住民たちは米軍への憎悪に加え、米国の支援を得てきたカルザイ政権への反感をたぎらせていた。空爆で4歳の娘を含む家族12人を一度に失った警察官は、屋根の抜けた自宅跡地で涙を流し、「世界は(オバマ氏の)ノーベル平和賞をどう見ているのか」と私に問いかけた。
パキスタン北西部の部族支配地域で続く米軍の無人機によるミサイル攻撃は、オバマ政権発足後に強化された。民家をまるごと破壊する攻撃スタイルに、市民の命への配慮はまったくない。米紙は、オバマ氏が南西部バルチスタン州にもミサイル攻撃を拡大すると報じている。
今月1日に米軍3万人増派を柱にしたアフガン新戦略をオバマ氏が発表するまで、私は「平和賞効果」に期待した。市民を巻き添えにする戦争のあり方を見直す「何か」を語るのではないか、と。米国内には戦争を続ける大統領の受賞に異論もある。授賞が世界最大の戦争国家の政治指導者に「再考」を促すのでは、との皮肉な憶測もあった。
しかし、戦禍に苦しむアフガン人への配慮もメッセージもなく、8年で市民数万人が命を失った現実に何の感想もなかった。ブッシュ前大統領と同様に、アフガン戦争の原点となった01年のニューヨークでの米同時多発テロの犠牲者数などに触れ、軍事作戦継続の必要性を訴えた。
米国の事実上の主敵となったタリバンは、米軍撤退後の「再支配」をにらみ、アフガン34州すべてに影の州知事を置いて政治勢力としての地歩を固めている。政権時代に非難を浴びた極端なイスラム法の強制を見直し、女子教育の是認を議論するなど、妥協できるところは妥協している。タリバン幹部は「タリバンは8年で多くのことを学んだ」と言った。だが、米国は指導者が代わっても、同じ過ちを繰り返そうとしているように見える。
ノーベル賞委員会は、オバマ氏が米国を単独行動主義から国連中心の多国間外交の舞台に引き戻し、「よりよい未来に向けて人々に希望を与えた」と授賞理由を挙げた。しかし、戦禍に苦しむアフガンやパキスタンの人々に希望は見えない。今回の平和賞が、「オバマの戦争」を事実上是認する一方で、アフガンやパキスタンの人々の命を軽視する風潮に拍車をかけないかと、私は恐れている。(ニューデリー支局)【12月10日 毎日】
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