(チベット亡命政府の若きリーダー、ロブサン・センゲ首相 アメリカ・ハーバード法科大学院で博士号も取得したエリートですが、強硬姿勢を崩さない中国を相手に事態の進展が図れるのか・・・ “flickr”より By Central Tibetan Administration http://www.flickr.com/photos/cta-tibet/6879998249/ )
【「真の自治」を確立する「中道政策」を追求】
チベット蜂起から53年に当たる10日、チベット亡命政府主催の記念式典が、亡命政府があるインドのダラムサラで開かれました。
****チベット首相:中国側の弾圧政策を批判 蜂起記念式典****
・・・・中国でチベット僧らによる焼身抗議が相次いでいる問題に関し、亡命政府のロブサン・センゲ首相は「悪いのは中国の強硬派指導者だ」と述べ、中国側のチベット人弾圧政策を批判した。一方で、中国領内で「真の自治」を確立する「中道政策」を追求する考えを示した。
毎年恒例の式典にはチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世も臨席したが、今回初めて発言はなかった。昨年「政治引退」を表明したためで、センゲ首相は記者会見で「多くのチベット人には異例だったかもしれないが、演説しないのはダライ・ラマ本人が決めた」と明かした。
また、センゲ首相は4月初めに日本を初めて訪問する予定を明らかにした。目的など詳細には触れなかったが、日本の国会議員らの招待を受けた模様だ。【3月10日 毎日】
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自身が亡くなった後を配慮して、政治活動を引退し政治的指導力を首相に移譲しつつあるダライ・ラマ14世は、敢えて発言を控えたようです。
センゲ首相は昨年3月の首相選で初当選し、8月に首相に就任しています。インド西ベンガル州ダージリン郊外の農村生まれの「亡命第2世代」で、アメリカ・ハーバード法科大学院で博士号取得しています。
【抗議する場所すらない】
チベットでは、この1年で中国に抗議するチベット僧らの焼身抗議が20件を超えていますが、センゲ首相は今後も増加する懸念があることを「非常に憂慮している」としつつ、平和的に抗議する場所すらないチベットの現状を訴えています。
****チベット亡命政府:「抗議の焼身20件超える」首相語る****
チベット亡命政府(拠点・インド北部ダラムサラ)のロブサン・センゲ首相(43)が16日、ニューデリーで毎日新聞の単独取材に応じた。
中国四川省のチベット族自治州を中心に、この1年で中国支配に抗議して若いチベット僧らが焼身を図るケースが20件を超えたと明かした。今月22日のチベット正月や、「チベット動乱」から53年に当たる3月10日に向け、焼身による抗議運動と、これを弾圧する中国側の動きが強まる恐れがあり、「非常に憂慮している」と述べた。
昨年、中東に広がった民主化運動「アラブの春」は、チュニジアの若者による焼身自殺が発端だったが、センゲ氏は「アラブ世界には人々が抗議できる場所があった」と語り、抗議する場所すらないチベット族との違いを強調した。(中略)
中国政府は、チベット高原一帯で「高度の自治」を求めるダライ・ラマを「分離独立主義者」とみなし、自治区のチベット族たちへの同化政策として中国語教育を施したり、かつては寺院の破壊などをしたこともあった。近年はインフラ整備などを通じてチベット族たちの生活改善を図るが、抗議デモなどは事実上禁じられている。
ダラムサラの非政府組織(NGO)などによると、昨年3月から16日までに焼身を図ったのは23人で、うち14人が死亡したとみられる。1月以降の1カ月半で焼身は11人(死者は6人)とエスカレート。死者には若い尼僧も含まれ、「チベットに自由を」と「ダライ・ラマの帰郷」などと叫んで火をつけたという。
センゲ氏は「中国がチベット族自治州に大量の軍を送って事実上の戒厳令を敷いており、平和的なデモすらできない。抗議しようとすれば拘束、殺害される」と述べた。
1月26日に焼身のような過激な行動をやめるようビデオメッセージで世界のチベット人に向けて訴えた。しかし、「呼びかけとは裏腹に抗議が続いている」「今後事態がどう展開するか分からない」と危機感を示した。
センゲ氏の就任から半年が過ぎたが、最大の課題である中国との交渉については、「対話を拒否する中国の強硬政策は成功しない。平和的な対話しか解決策はない」と述べた。【2月17日 毎日】
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【「チベットの現状は、外にいるチベット人には理解できないほど深刻なのかもしれない」】
しかし、現実には亡命政府の存在は中国に無視されており、中国チベットで焼身自殺が続発するなかで、亡命チベット人社会には無力感も漂っているとも報じられています。
****焼身抗議 弾圧を受け続けるチベット人たちの悲鳴****
中国のチベット族自治州で相次ぐ焼身抗議は、中国当局の弾圧を受け続けるチベット人たちの悲鳴だ。中国の次期最高指導者とされる、習近平国家副主席の米国訪問直前にも、19歳のチベット僧が焼身を図った。中国政府はインド北部ダラムサラを拠点とする亡命政府の存在を認めておらず、亡命社会には無力感が漂う。
今月に入り、衝撃的な焼身のニュースが相次いだ。3日、四川省北部の色達県で、遊牧民3人が一緒に焼身を図り、うち1人が死亡した。これまで抗議の焼身はチベット僧がほとんどだったが、一度に3人の一般住民による決死の行為は初めて。11日には、四川省のアバ・チベット族チャン族自治州で18歳の尼僧が焼身で死亡。あどけない顔でほほ笑むこの尼僧の写真がネットなどを通じて広く伝わり、人々は悲しみを深めた。
悲報が伝わるたび、世界に散らばる亡命チベット人社会に大きな動揺をもたらしている。ダラムサラでは、人々がろうそくをともし、祈りをささげている。
ダラムサラの社会活動家、ロブサン・ワンギャルさん(44)は、「センゲ首相ら亡命政府側がいくら訴えても焼身はやまない。中国の抑圧に苦しむチベットの現状は、我々のように外にいるチベット人には理解できないほど深刻なのかもしれない」と指摘した。
チベット支援の日本の非政府組織(NGO)「ルンタ・プロジェクト」代表でダラムサラに27年間居住してきた中原一博さん(59)は取材に、「チベット人の抗議が強まるほど、中国側は力による支配を正当化し、さらにその抗議で焼身が続く。悪循環だ」と話した。【2月17日 毎日】
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上記記事が報じられた2月17日にも、中国青海省海西モンゴル族チベット族自治州で17日朝、40代のチベット族僧侶が焼身自殺を図り、死亡しています。
****チベット族僧侶が焼身自殺=中国青海省****
・・・・中国のチベット族居住区では昨年3月以降、中国政府のチベット政策に抗議した焼身自殺が続発。同自治州では今年1月下旬の春節(旧正月)以降、寺院に軍隊を派遣するなど僧侶への管理を強化したことに抗議の声が高まり、自殺した僧侶も軍撤退を要求していたという。【2月18日 時事】
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【ダライ・ラマ14世の生存中の帰郷を実現するには時間がない】
焼身抗議が続発する背景として、「ダライ・ラマ14世が(76歳の)高齢となり、ご生存中の帰郷を実現するには時間がない。住民の焦燥感が背景にある」という声もあります。
また、中国国内では報道が厳しく制限されているため、こうした連続焼身抗議の実態は、当のチベット人にもあまり知られていないようです。
****チベット人僧侶:焼身抗議は「焦燥感」から****
中国チベット自治区から今年1月、インドに脱出した元政治犯のチベット人僧侶(26)が9日、チベット亡命政府が拠点を置くダラムサラで毎日新聞の取材に応じた。08年に中国の圧政への抗議デモに参加して拘束され、3年半にわたって刑務所などで受けた拷問の実態を語った。
四川省などで相次ぐ僧侶らの焼身抗議について「(チベット仏教最高指導者)ダライ・ラマ14世が(76歳の)高齢となり、ご生存中の帰郷を実現するには時間がない。住民の焦燥感が背景にある」と語った。
ダラムサラの非政府組織(NGO)などによると、11年3月以降の過去1年間で、焼身者は25人(未確認の3人を除く)、うち死者は19人(9日現在)。今月は3日から3日間連続で3人が焼身し、いずれも死亡した。これまでチベット僧による焼身がほとんどだったが、今回初めて、女子生徒(19)や子供のいる主婦(32)が死亡し、一般住民への広がりをみせている。
取材に応じた僧侶が脱出した1月中旬までに、焼身者は15人に上っていた。だが「口伝えに聞いた2件しか知らなかった。中国ではニュースでもまったく伝えられず、インドに来て、初めてこれほど多数に上っているのを知った」と話した。
08年からの拘束中は、刑務所の看守らから数日間にわたって直立不動でいるよう強要され、眠気で倒れると、電気ショックの棒を当てられたり、殴るけるの暴行を受けた。
昨年6月に釈放されたが、元政治犯とされたため、以前所属していた寺院に戻るのは禁じられた。仕事を見つけても、雇用主への当局側の嫌がらせで解雇されたという。「仏教や、その他の学問を身に着けるには、インドへの亡命しかない」と、脱出を決心した。
チベット自治区ラサから、複数のチベット人ガイドの案内を受けながら車や徒歩で移動。約10日間かけてネパールの首都カトマンズに脱出した。直前に30人の集団で脱出を図ろうとしたグループがいたが、ラサ郊外で当局に逮捕されたことから、単独行動を選んだ。
08年のチベット暴動以降、中国、ネパール双方で当局の監視が厳しくなったことから、ネパール到着後も、髪を染めるなど変装して移動した。ガイドへの謝礼4万5000元(約58万円)は借金で工面した。
僧侶は「今のチベットには宗教も言論も移動も自由がない。法王(ダライ・ラマ)の写真の携帯すら許されない。中国はチベット文化だけでなく、民族そのものを消そうとしている」と語った。
インド到着後はチベット亡命政府の亡命者受け入れセンターに住み、英語の研修や心理的なリハビリを受けてきた。近くインド南部のチベット仏教寺院に移り、僧侶として再出発するという。【3月10日 毎日】
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【中国当局 チベット正月を前に警戒強化】
一方の中国当局の対応ですが、2月22日のチベット正月を前に、チベット人を数百人規模で一斉拘束するなど、警戒を強めていました。
****中国当局「チベット人大量拘束」の理由****
ダライ・ラマ14世の宗教行事から帰国したチベット人を中国政府が数百人規模で拘束したと、人権擁護団体が報告。中国が警戒を高める「Xデー」とは
中国当局がチベット人を数百人規模で一斉拘束した----先週、米人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチが衝撃的な報告を行った。
同団体に寄せられた情報によれば、拘束されたのはチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世がインドで開いた宗教行事に参加した中国在住のチベット人。帰国後に拘束され、現在は中国当局による政治的な「再教育」プログラムを受けているという。
中国政府がこれほど大規模にチベット人を拘束するのは70年代末以降初めてだろうと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは言及している。
中国政府外交部の劉為民(リウ・ウェイミン)報道官は定例記者会見で、チベット自治区での焼身自殺や社会不安は中国国外の組織が招いたという従来の見方を繰り返したものの、チベット人の拘束については一言も触れなかったという。
インド東部のビハールでは、12月31日〜1月10日にダライ・ラマ14世による宗教行事が開かれた。この時、中国当局はチベット人約7000人にネパールやインドへの渡航を許可し、チベット人への締め付けが緩和される兆しとみられていたが、最近になってチベット人居住地域で暴動や焼身自殺が相次いだため、締め付け強化へと逆戻りしたようだ。
チベット自治区に大量の治安部隊を配備
ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、今回のような拘束の期間は20日〜3カ月とみられる。「この手の集会への出席を禁じる規制はない。再教育を受けさせられているチベット人たちは、文書偽造や不法入国などの犯罪で告発されているわけでもない」と報告書は記している。
一方、同じ宗教行事の参加者でも中国人は拘束されなかったとも指摘。とはいえ、帰国時にダライ・ラマに関する宗教的なものを所持していた者は、所持品を差し押さえられて拘束されたという未確認情報もあるという。
チベット暦の新年となる2月22日には、チベット人自治区周辺で再び暴動が起きる可能性がある。中国政府はそれを見越して封じ込めにかかった----チベット亡命政府のロブサン・サンゲイ首相は先週、AP通信にそうした見方を示した。
サンゲイは22日だけでなく、チベット蜂起の記念日である3月10日にもチベット人による暴動が起きるだろうと指摘。3月10日と言えば、1959年に中国軍の侵攻に対してチベット人がチベット自治区の中心都市ラサで大規模な抗議行動を起こした日だ。中国当局は既にチベット自治区に大量の治安部隊を送り込んでいる。【2月20日 Newsweek】
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【祈りと抗議のチベット正月】
2月22日のチベット正月については、四川省で数十人規模の抗議活動があったものの拘束者はなかったとのことです。ただ、青海省では自由を求める行進を行ったとして25人の僧侶が拘束されたという情報もあります。【2月22日 Radio Free Asiaより】
総じて大きな混乱はなかったようですが、チベット亡命政府のセンゲ首相が、中国当局による弾圧への抗議として祝賀を慎むよう声明を出したため、例年の賑わいは見られなかったそうです。
****中国の弾圧に抗議 チベット正月を自粛****
2月22日はチベット暦の新年「ロサル」たった。1年のうちでも重要な祝日で、3日間にわたりさまざまな祝賀行事が行われるのが恒例だが、今年はそのにぎわいは見られなかった。インドを拠点とするチベット亡命政府のセング首相が、中国当局による弾圧への抗議として祝賀を慎むよう声明を出したためだ。
中国当局は国内すべてのチベット寺院に、監視のための「管理委員会」を設置するなど容赦ない支配政策を取っている。米ワシントンの支援団体「チベットのための国際運動」によれば、こうした措置に抗議し僧侶や尼僧、一般のチベット人の焼身自殺が相次いでいる。その数はこの1年で20件を超えた。
自ら命を絶つことはチベット仏教の教えと相いれないが、僧侶らの行為をチベットの人々は非難していない。「究極の自己犠牲」と見ているからだろう。
アメリカ在住のあるチベット人は「祝賀行事の中止は私たちの団結の象徴だ」と話す。「同胞たちと苦しみや痛みを共有するという意味がある」
一方、中国国営の新華社通信は、チベット自治区の区都ラサがロサルの買い物客で混雑していると報道。祝賀が行われているかのように見せ掛けていた。【3月7日号 Newsweek日本版】
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チベット蜂起の記念日である今日3月10日については、北京五輪前の08年には大規模なチベット騒乱が発生しましたが、今年は今のところ混乱の報道は目にしていません。
ところで、このところの中国当局への焼身抗議や、当局との衝突は、チベット自治区よりは四川省・青海省のチベット族居住区で多発しているように思えるのですが、何か背景があるのでしょうか?
チベット自治区では当局の警戒が厳しくて抗議すらできないのか、チベット自治区外の方が漢族社会との軋轢が大きいのか、民族性に差があるのか、あるいは中国当局の民心融和のための経済政策がラサなどチベット自治区では一定に機能しているのか・・・。