(3月5日、開幕した全人代で薄熙来氏(右)と温家宝首相(左) “flickr”より By bill751105 http://www.flickr.com/photos/bill_soong/6963487609/ )
【任命責任はあるが、「個別の問題」】
側近の王立軍副市長が2月に四川省成都の米総領事館に駆け込んだ事件に絡んで、中国重慶市トップの薄熙来(はく・きらい)共産党委書記が秋の党大会で次期政治局常務委員に任用されるかどうかは、薄熙来氏が経済政策的には国家の役割を重視する「ニューレフト(新左派)」の旗手的な存在であり、市場経済を重視した改革開放路線と異なる立場にあること、薄熙来氏が進める紅歌(革命歌)を歌うキャンペーンなど保守色の強い政治手法は文化大革命時代を想起させるものでもあり、胡錦濤国家主席や温家宝首相が不満を抱いているとされること、派閥的には次期国家主席の習近平氏と同様、高級幹部子弟の「太子党」の有力メンバーであり、胡錦濤国家主席などの中国共産主義青年団(共青団)グループと対立関係にあること・・・などから、次期習近平体制の基本姿勢にも影響する問題として注目を集めています。
背景にある権力闘争的側面や、温家宝首相などの改革開放を更に推し進めようとする勢力の動きについては、これまでも取り上げてきたところです。
3月1日ブログ「中国 党大会・権力移譲を控えて、改めて表面化する政治体制改革論議」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120301)
2月10日ブログ「中国 重慶副市長失脚事件の“改革開放路線からの転換”への影響」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120210)
2月6日ブログ「中国 温家宝首相、改めて改革開放の必要性強調 安定維持重視の保守派との路線対立か」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120206)
薄熙来氏の去就については、共産党内部の権力闘争の結果ですので、外部の人間には窺い知れないところです。
同氏は、王立軍副市長を任命した責任を認め「反省が必要」としながらも、「監督不行き届きだった。重慶で起きた問題はすべて私に責任があるが、どの地方でも個別の問題や突発的な事件は起こるものだ」と、あくまでも「個別の問題」として、自身とは切り離す考えを語っています。
****中国:重慶市トップ責任認める…米総領事館駆け込み事件****
中国重慶市トップの薄熙来(はく・きらい)共産党委書記(政治局委員)は9日、国会にあたる全国人民代表大会が開かれている北京の人民大会堂で内外メディアの取材に応じた。側近の王立軍副市長が2月に四川省成都の米総領事館に駆け込んだ事件について監督責任を認めた。
薄氏が内外メディアの取材に直接応じたのは2月上旬の事件発覚後初めて。薄氏の処遇は今秋発足する最高指導部の布陣にも影響するとみられているが、「調査は受けていない」と語り、責任は限定的との見方を示した。
薄氏は「事件は予想もしないことだった。王氏を任命したことは非常に心が痛む。反省が必要な点は認める」とする一方、「個別の事件」とし、自らが王氏を起用して進めてきた「打黒」(暴力団や市幹部の摘発)の政策は正当化した。
最高指導部である政治局常務委員入りが取りざたされる中で起きた事件が自らの処遇にどう影響するかについては「考えていない」と述べた。重慶での政策は、薄氏とは一定の距離があるとみられる胡錦濤国家主席の考えにも合致し「最後には(胡主席が)視察することになる」との期待を示した。
事件の責任を取って政治局委員の辞職を申し出たとの報道や親族のぜいたくな生活ぶりが伝えられたことは「完全な作り話」と否定。8日の全人代全体会議で異例の欠席をしたが、理由は「せきが出たため」と説明した。全人代期間中、省や直轄市のトップが会見に応じているが、この日は事前に取材申請をした約200人に限られた。薄氏に関してNHKニュースが国内で数度中断されており、政府にとって敏感な問題とみられている。【3月10日 毎日】
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【温首相、上層部の責任を追及】
しかし、政策的に「ニューレフト(新左派)」の薄熙来氏と対抗する関係にある改革開放路線の温家宝首相は全人代閉幕時の記者会見で改めてこの問題を取り上げ、厳しい口調で薄熙来氏率いる市党委・政府に「反省」を求めています。
****温首相、重慶市党委書記らを批判…異例の口調で****
温家宝首相は14日の記者会見で、重慶市の王立軍・元公安局長が米総領事館に駆け込んだ事件について、「重慶市の歴代政府と多くの市民は、改革建設の事業で実績を上げたが、現在の市共産党委と市政府は必ず反省し、真剣に事件の教訓をくみ取るべきだ」と、異例の厳しい口調でトップの薄熙来同市党委書記らを批判した。
同事件については、13日に閉幕した人民政治協商会議の趙啓正報道官が2日、会見で「孤立して発生した事件」とだけ言及。温首相はさらに踏み込んで上層部の責任を追及したもので、「事件の調査と処理の結果は必ず国民に回答する」と強調した。
温首相は、文化大革命を発動した左派の誤りも指摘。薄書記が推進した「唱紅(革命歌を歌う)」運動を暗に批判したものだとする見方も広がっている。【3月14日 読売】
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【「共産党・国家の指導制度改革を進めなければならない」】
温家宝首相はこの記者会見で、政治改革の必要性、文化大革命再来の危機感をも指摘しています。
****指導制度改革を推進=「文革悲劇再来」に危機感―最後の全人代記者会見・中国首相****
中国の温家宝首相は14日、全国人民代表大会(全人代)閉幕に合わせて北京の人民大会堂で記者会見し、「経済体制改革だけでなく、政治体制改革、特に共産党・国家の指導制度改革を進めなければならない」と断言した。政治体制改革を進めないと、経済発展に伴って深刻化する汚職・腐敗や党・政府への不信、富の配分不均衡といった諸問題を解決できないと強い危機意識を明らかにしたものだ。
温首相はたびたび政治体制改革を推進すると表明。今回提起した「党・国家指導制度改革」とは、共産党組織の絶対的権限が政府に介入するなど党への過度の権力集中に対する改革を指しており、1980年代に当時の最高実力者・トウ小平氏が提起したものだ。
温首相は記者会見で「文化大革命(66~76年)の間違った封建的な影響がまだ完全に払拭(ふっしょく)されていない」と指摘。「政治体制改革を進めなければ、経済体制改革で得た成果も失われるばかりか、社会で新たに発生する問題も解決できず、文革の歴史的悲劇を繰り返すかもしれない」と危機感をあらわにした。
ただ、こうした改革に関して「順序立ててゆっくりと社会主義民主政治を構築する」とも述べ、共産党の指導下で進めるとの考えも示した。
一方、温氏は首相就任以降の9年間を振り返り、「能力の問題に加え、体制などの原因もあり、私の仕事にはまだ多くの不足がある」と述べた。その上で「国家最高行政機関の責任者として任期中に発生した経済や社会の問題は私に責任がある」と遺憾の意を表明した。
温氏は2003年の首相就任以降、全人代での記者会見は10回目。今秋の共産党大会を受け、来年の全人代で新首相が誕生するため、温氏にとって全人代での記者会見は最後となる。【3月14日 時事】
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改革の必要性をしばしば語る温家宝首相には、その実行力への疑問を指摘する声もありますが、残り1年という任期終盤を迎えて、改めて自身の最後の仕事として取り組む姿勢を見せています。
温家宝首相はチベット族居住区で連続している焼身抗議については、“「極端な行動で社会の調和を妨害、破壊することには賛成しない。若い僧侶に罪はない」と批判した。”【3月14日 時事】とのことですが、“賛成しない”という表現は従来の党幹部の強硬な対応に比べると、一定にその心情は理解できるといったニュアンスも感じられます。もちろん「核心的利益」であるチベット問題への対応が何か変化することはないでしょうが。
中東諸国の民主化については、「アラブの人々の民主化要求は尊重し、適切に対応しなければならない。民主化の流れはいかなる力も阻止できない」と、「アラブの春」に肯定的な評価をしています。ジャスミン革命に神経をとがらせる当局対応とは異なるものが感じられます。
また、定年後について、「私が定年後台湾へ旅行に行くかどうかに関してだが、正直なところ、条件が揃えれば行きたいと思っている」「我々が力を合わせれば、祖国の統一と民族の復興という偉業も必ず実現できると信じている。これは中国人全員にとって誇りである」とも語っています。【3月14日 Record Chinaより】
【「新たな“革命”を期待している」】
政治改革を進めたい温家宝首相ですが、国内に「欧米式民主主義の導入」を求める声があるとの調査も報じられています。この報道が、人民日報傘下の国際情報紙「環球時報」(英語版)でなされた点も注目されます。
****「63%が欧米式の民主主義求める」と中国官製メディアが異例の報道=ただし英語版のみ―仏メディア****
2012年3月12日、中国共産党機関紙・人民日報傘下の国際情報紙「環球時報」(英語版)が中国国内の代表的人物1010人を対象にした意識調査の結果として、63%が「欧米式民主主義の導入」を望んでいることが分かったと報じた。仏国際放送局RFIが伝えた。
「党の舌」と呼ばれる中国の官製メディアがこうした報道をするのは異例。13日付仏リベラシオン紙は「この記事は環球時報の英語版にのみ掲載され、中国語版や他の中国メディアはどこも報じていない」とした上で、「恐らく、環球時報の記者が厳しく処罰される危険を冒して掲載したもの」と指摘。これは中国共産党内部でも民主化に対する意見が分かれていることを表しているのではないかと分析している。
調査結果によると、自由選挙制度と共産党の権力を分離させることの実現性について、大多数の人が「現状では難しい」としたが、「実現はすでに可能な状態にある」とした人も15.7%に上った。また、約49%が「新たな“革命”を期待している」、約15%が「すでに“革命”の縁に立っている」、34%の人が「“革命”の縁に立っているかもしれない」と回答している。【3月14日 Record China】
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調査対象の“中国国内の代表的人物”とは何でしょうか?
以前のブログでも取り上げたように、このところ政治改革の必要性を指摘する記事が中国メディアで多く見受けられ、改革派のアピールと受け止められています。
ただ、こうした改革派のアピールが目立てば、それに反発・警戒する保守派の動きも出てきます。天安門事件のときのように・・・・。