(ミャンマー中部モンユワ地区で5月6日、中国企業によるレパダウン銅山開発再開に抗議する住民 【5月7日 時事】)
【横行する中国への人身売買】
スー・チー氏が牽引するミャンマー民主化については、アメリカはこれを支援する関係にありますが、6月28日、アメリカ国務省は人身売買に関する今年の報告書において、ミャンマーを人身売買状況が懸念される国のリスト中最悪となる「ティア3」に格下げしました。
イスラム教徒で少数民族のロヒンギャ族に対する迫害が続いていることへの米国の懸念を伝えるメッセージの意味合いもあるとのことです。
****米、人身売買問題でミャンマーを「最悪」国に格下げ****
米国は、ミャンマーを人身売買状況が懸念される国のリスト中最悪となる「ティア3」に格下げした。民主的に選出された政府と、依然力の強い軍に対し、子供の兵士や強制労働の抑制に一段と尽力するよう求めるためという。
この格付けは、売春や強制労働のための違法な人身売買を含む近代の奴隷状態を回避する目的があり、報告は国務省から30日に発表される。「ティア3」にはほかに、イラン、北朝鮮、シリアなどが含まれている。
今回の格下げは、イスラム教徒で少数民族のロヒンギャ族に対する迫害が継続していることへの米国の懸念を伝えるメッセージの意味合いもあるという。
アウン・サン・スー・チー氏主導の新政権が今年発足して以来、この問題が放置されているとして、同氏に対する国際的批判が高まっている。
「ティア3」の国は、人身売買状況が最低基準を満たしておらず、満たす努力もしていないことから、米国や国際社会の支援に対するアクセスが制限されるなどの制裁を受ける可能性がある。
ミャンマーは、最大期限となる4年間「ティア2」に格付けされており、期限を迎えたことから、格上げが正当化されるか自動的に格下げされるかのどちらかだった。【6月28日 ロイター】
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ロヒンギャの問題、仏教徒が多数を占めるミャンマー国内のロヒンギャへの強い反感があって、民主化運動の象徴でもあったスー・チー氏もこの問題については多くを語らないことなどは、これまでも再三取り上げてきたところです。
また、その良し悪し、あるいは「実態」は別として、国連や国際機関でもない一国家に過ぎないアメリカが、世界各国の人権状況に関する報告書を定期的に発表するということが、民主主義・人権の「守護者」としてのアメリカの世界に対する姿勢を示してもいますが、トランプ氏のような「自国第一主義」ということになれば、こうしたものもそぐわなくなるのでしょう。
アメリカ国務省のミャンマーにおける人身売買への批判は、上記記事にあるロヒンギャ問題にとどまらず、中国との間での人身売買にも及んでいます。
****ミャンマー人身売買の実態、「職ある」とだまされ中国で強制結婚*****
ミャンマーの貧しく若い女性が、働き口があるとそそのかされていった先の中国で会ったこともない男性と結婚させられそうになり、遠く離れた母国へ必死の思いで逃げ帰ろうとする例が後を絶たない。
貧困に苦しむミャンマーの最大都市ヤンゴンから約1時間離れた場所に、家のない人々が集まりテントや粗末な竹の屋根を張って暮らす地域がある。チー・ピャー・ソーさん(22)は今年4月、その一帯から姿を消した。(中略)
ソーさんともう1人の女性は、中国で家政婦の職があるという誘いに乗った。月給は210ドル(約2万1500円)。ミャンマーでの稼ぎの数倍に上る額だ。
仲介業者が無料でソーさんらをミャンマー北東部シャン州にある中国国境沿いの町ムセまで運び、そこから2人は合法的に越境した。しかし中国に入った途端に、約束はたちまちほごにされた。
ソーさんの地元の警察官は匿名を条件にAFPの取材に応じ、「2人はある中国人女性の家に連れて行かれた。そこに、複数の中国人男性が彼女らを見にやって来た」と明かした。「2人は、中国人男性と結婚しなければならないと告げられた」という。
ミャンマーは近年、その民主改革で国際社会から称賛を浴びてきた。抑圧的な軍政を終結させ、民主化運動の象徴アウン・サン・スー・チー氏が、選挙で選ばれた政府を事実上率いていく道が開かれた。
ただ、誕生間もない文民政権に6月30日、外交上の難題が突き付けられた。米国がミャンマーを、世界最悪の人身売買の中心地の一つと名指ししたのだ。
米国務省は人身売買に関する年次報告書で、「ミャンマー人女性らは中国に移送されて中国人男性との結婚を強要され、性労働や奴隷並みの家事を押し付けられている」と指摘。さらに、政府関係者らが「時にこの種の人身売買に加担している」と信じるに足る理由さえあると糾弾した。
■人身売買の被害者は数千人規模
公式なまとめによると、2006~2016年の中国への人身売買の被害者は3000人を上回っている。ヤンゴンに拠点を置く人身売買対策班の警察幹部は、「被害者のうち2000人は女性で…400人は18歳未満の未成年者だ」としている。
ソーさんら2人には運が味方してくれた。中国で出会った高齢のミャンマー人女性の助けで、見知らぬ男と結婚させられる前に自国へ戻ることに成功した。
2人は現在、ヤンゴンにある国営の女性支援施設に保護され、就業訓練を受けている。一度も学校に通ったことがないというソーさんにとって、再び同じ道をたどらないためには就業支援は不可欠だ。【8月9日 AFP】
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同様の“高い給与を餌に中国へ連れて行き、現地に到着すると売春や結婚を強いる”というような人身売買は、ベトナムと中国の間でも横行しています。
ベトナム側発表では“11〜15年の5年間に摘発された誘拐事件は2200件、拘束された容疑者は3300人に上るという。救出された被害者は4500人で、7割が女性。だが、それ以前の5年間と比べると、事件数は11.6%増えている。”【7月31日 Record China】とのことです。
“政府関係者らが「時にこの種の人身売買に加担している」”ということでミャンマーも厳しく批判されるべきですが、まず第一には、ミャンマーやベトナムなどで大規模に不法行為を続ける中国こそが、その責任を問われるべき問題でしょう。
【中国との関係見直し】
軍事政権時代、経済制裁にあったミャンマーに大きな影響力を行使するようになった中国ですが、すでにテイン・セイン大統領の頃から、中国との関係の見直しは始まっています。
2011年、テイン・セイン大統領が中国出資の巨大ダム「ミッソンダム」の建設を「任期中は開発を認めない」と中断したことは、中国との関係見直しの象徴として注目されましたが、スー・チー政権にあっても、同様の“見直し”が行われているようです。
****シャン州政府が中国のダムにNO! 大型公共事業見直しへ****
2016年7月13日、ミャンマー東部のシャン州で、中国が進めるダム水力発電などの大型プロジェクトの見直しが進んでいる。
シャン州のソー・ニュン・ルイン財務計画大臣が、中国企業との合弁で進めるナウンパ水力発電所を例に挙げて、再検討を行うため事業を凍結すると明らかにした。英字紙ミャンマータイムズなどが報じた。
ナウンパ水力発電所は、シャン州のサルウィン川に計画されているもので、中国の中国水利とミャンマー側との合弁企業が手掛ける。1200メガワットの発電量の90%を中国に送電することになっているとされ、ミャンマー側から不満の声が上がっていた。
同紙によると、ナウンパのほか、7つの水力発電や石炭火力発電所、ホテル開発など前政権で認可された大型事業が差し止められている。今後、情報公開を進めながら収益性などを再検討するという。同大臣は「国民の声は書類よりも重要だ」として、世論を重視する方針を示している。
今春に政権の座についたアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相率いる国民民主連盟(NLD)政権は、シャン州など地方政府のトップを独自に任命。地方行政の主導権を握っている。NLD政権は、外国との不当な条件にある契約を見直す方針を示している
ミャンマーでは軍事政権時代、欧米の経済制裁下で影響力を伸ばした中国の援助で公共事業や資源開発を進めた経緯がある。その契約の中にはミャンマー側に不利なものもあるとして、見直しを求める声が上がっていた。
発電所についても、ヤンゴンなど大都市でも停電が頻発する中で、中国などへ送電する割合が多いために不満が出ている。
一方、ミャンマー経済は最大の貿易相手国の中国に大きく依存しており、中国の反発を招く大型事業の見直しをどこまで行うことができるのかが焦点となる。テイン・セイン前大統領もカチン州のミッソンダム計画を凍結し、中国から一定の距離を置く姿勢を取っていた。【7月13日 GLOBAL NEWS ASIA 】
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“発電量の90%を中国に送電する”というのはミッソンダム計画と同じです。
慢性的かつ深刻な電力不足に悩むミャンマーが、どうして不足する電力を中国に送電しないといけないのか・・・当然の疑問です。
【経済開発・住民生活向上のためには必要な中国資本】
ただ、経済開発によって国民生活の底上げを図りたいスー・チー政権にとって、中国資本はその手段としては無視できません。
ミャンマー中部の「レパダウン銅山」は、中国・万宝鉱産公司が2010年に開発を始めましたたが、環境汚染や土地の強制収用があったとして大規模な抗議デモが起き、警官隊の強制排除で100人超の負傷者が出ました。
この「レパダウン銅山」は操業がストップしていましたが、今年5月から操業が再開されています。
問題が表面化した当時から、野党指導者としてのスー・チー氏が委員長を務める調査委員会が「事業は続けるべきだ」とする報告書を出していたように、スー・チー氏は開発の必要性を重視していました。
トゥレイン・タン・ジン駐日ミャンマー大使は6月7日、東京都内で講演し、3月末に発足した国民民主連盟(NLD)新政権によるインフラ開発は住民の声を尊重し、環境や民間企業の利益にも配慮しながら進むとの見解を示しています。
*****ミャンマー新政権下の開発は住民の声を尊重=駐日大使****
国際機関・日本アセアンセンターが主催した講演会でトゥレイン・タン・ジン大使は政権交代後の開発姿勢に関するNNAの質問に対し、「住民や環境、企業の3つの利害を勘案したインフラ・資源開発を行う」と回答した。
前政権下で開発が中断したカチン州のミッソンダム、ザガイン管区モンユワのレパダウン銅山については「(開発を主導する)中国企業は自らの利益優先の開発を推進していたが、住民が反発。当時野党だったNLDの党首アウン・サン・スー・チー氏が解決に乗り出し、政府と住民、民間企業の3者の利益を模索しながら開発するよう調整した」とコメント。
中国企業が住民との対話を重視するようになり、銅山開発は再開、軌道に乗りつつあると指摘した。(後略)【6月8日 Global Interface Japan】
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レパダウン銅山の操業再開にあったては住民の抗議活動も報じられており、“住民との対話を重視するようになり、銅山開発は再開、軌道に乗りつつある”とのことなのか・・・・よくわかりません。
【微妙なかじ取りを要求される中国との関係 中国は外交攻勢】
スー・チー政権にとって、中国との距離の取り方は微妙な問題です。
もちろん従来のような過度の中国依存からは脱却する方向ではありますが・・・・。
****スー・チー氏、「非同盟・中立」を強調****
・・・・一方で、ミャンマー国民の対中感情は必ずしもよくない。中国がミャンマーに投資したとしても、その果実は中国が持って行く構図になっているからだ。
例えば中国最大の投資案件である北部ミッソンのダム建設プロジェクトは、生み出した電気の9割を中国に輸出するという内容。住民の不満は大きく、反対運動が頻発。たまらずテイン・セイン政権は11年秋、同計画を凍結した。
この構図はヒスイも同じだ。開発の表向きの主体はミャンマー国軍系企業や、トゥー・トレーディングスなど旧軍政と密接だった政商になる。だが、内実は中国資本との合弁事業が多く、操業は実質的に中国人に担われているとされる。
そうして生産したヒスイは中国へ持ち出される。中国とそれに結びついた勢力だけが利権を握り、果実は一般の住民に落ちるわけではない。「経済への貢献は認めるが、中国人は大嫌い」(宝石商)というのがミャンマー人の標準的な考え方だ。
このような国民感情を考慮してか、3月末に発足した新政権をけん引するスー・チー氏の対中外交も、どこかよそよそしいものだ。
4月には諸外国外相で最初に訪問した中国・王毅外相と会談したが、中国政府の求めるミッソンダムの開発再開には応じず、新政権発足後、中国企業による大規模投資は認可されていない。
外相として対外的に情報発信する際も、かつてミャンマーの伝統だった「非同盟・中立」の重要性を繰り返すようになり、外遊もラオス、タイなど東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国に限られる。
ASEAN諸国の外交は、中国に対するスタンスで大きく2つにグループ分けできる。南シナ海で領土紛争を抱えるフィリピン、ベトナムは「中国けん制」、中国の経済支援に従属するラオス、カンボジアは「親中」が基本軸だ。
南シナ海の大半の領有権を主張する中国の主張に対して、フィリピンが仲裁裁判を申し立てたのを契機に、これまで中立だったインドネシアやシンガポールが「中国けん制」に回るなど、ASEAN内でも中国への態度に変化がみられる。
そんな中、伝統的にラオス、カンボジアと並ぶ親中派と見られていたミャンマーは、あいまいな態度を取るようになった。南シナ海問題が大きな議題となった6月14日の中国・ASEAN特別外相会議(雲南省)にスー・チー氏は参加せず、カンボジアなどが仲裁裁判に関して中国支持を打ち出すなか、沈黙を守る。
「軍政時代の“親中”、前テイン・セイン政権の“脱・中国依存”から、さらに中国との距離は広がっている」(外交筋)との見方が一般的だ。(後略)【7月22日 日経】
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ただ、繰り返しになりますが、中国の存在は無視できません。
また、中国はミャンマーに対するかつての特権的影響力を取り戻そうと盛んに外交攻勢をかけています。南シナ海問題などでも、ミャンマーを一定に繋ぎ止めておく必要もあります。
経済成長のためには現実問題として中国の支援が必要なスー・チー政権は、少数民族問題も絡んで複雑な対応を迫られています。
****スーチーも苦慮する複雑な対中関係****
反感強まる中国の影響力
ミャンマーの新政権は中国の王毅外相を最初の賓客として迎え、スーチーは中国の「多額の援助」を歓迎し、王外相は両国の暖かい兄弟関係を称えた。
しかし、両国の関係は以前とは異なる。ミャンマーの軍事政権が開国に踏み切ることになった要因の一つは、増大する中国の影響力への強い反感だった。
ミャンマーの人々は、中国からの投資に伴う大勢の中国人労働者や商人の流入に、自国が中国の一省になりさがると危惧し始めていた。将軍たちも、中国の支援がリスク要因になってきたことに気づいたようで、2011年、テイン・セイン大統領は中国出資の巨大ダムの建設を突如中止、銅山開発や中国雲南省とベンガル湾を結ぶ鉄道の建設も取りやめた。この時、既にテイン・セインとスーチーは民主主義への移行を協議していた。
今や中国はミャンマーの唯一の庇護者ではなく、西側諸国と競合する立場にある。とは言え、中国は今も最大の投資国であり、ミャンマーに巨大な商業的、戦略的利害を有する。
中でも重要なのが、中東の石油・ガスを中国内陸部に送り込むための中国石油公社所有のパイプラインだ。他にも中国企業が関わる工業地区、港湾、精油所等の建設計画がある。王外相の融和的姿勢は、中国がこうした利害をより上手く運営しようとしていることを示すものだ。
これらのプロジェクトには国民の反発が見込まれるが、新政権が目指す経済成長には中国からの投資が不可欠であり、スーチーはこのことを国民に納得させようとしている。
経済問題以上の懸案
中国との関係でさらに厄介なのが少数民族問題だ。国境地帯では長年不穏な動きが続いている。1年前には、北部シャン州コーカン地区で反政府組織と戦闘中、ミャンマー軍が中国領内に入り、中国人を爆撃、殺害する事件があった。ミャンマーの反政府組織はいずれも、中国と血縁、歴史的関係がある。(中略)
もっとも、中国側もミャンマーは政治的変化を遂げ、立場が変ったことはわかっている。記者会見で王外相は、中国企業は「ミャンマーの社会的慣習を尊重」し、「地元の生態と環境」は守らねばならないと述べた。
今のミャンマーには他にも求婚者がおり、もはや中国もカネでたやすくミャンマーの好意を買うことはできない。【6月3日 WEDGE】
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インド英字紙インディアン・エクスプレスによると、中国政府は官僚、議員、記者ら100人超をミャンマーから中国に招いたほか、100人を超える学生を中国留学に招いたとのことで、ミャンマーとの新たな関係構築を進めています。
そんなこんなの状況で、スー・チー国家顧問兼外相が17日から4日間の日程で中国を訪問するようです。
スー・チー氏の訪中は野党指導者だった昨年6月以来で、3月末の新政権発足後、ASEAN域外では初となります。
恐らく、中国側は相当な“贈り物”でスー・チー氏を迎えるのではないでしょうか。