孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  国民投票で「新憲法」承認 問題は多いものの、「民政復帰」で国民和解と政治安定を目指して

2016-08-10 22:42:57 | 東南アジア

(新憲法案に対する一票を投じるインラック前首相。「タイの民主主義にとって重要な日」と語ったが、憲法案への見解は口にしなかった=7日午前10時すぎ、バンコク、大野良祐撮影【8月8日 朝日】)

内容も、手続き的にも、民主的とは言い難いタイ新憲法
タイの軍事政権主導の新憲法案については、7月27日ブログ“タイ 自由な議論や批判、広報活動を封殺した状況での「国民投票」という「茶番」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160727 で取り上げたように、「民意」を背景としたタクシン派の勢力拡大を封じ込めることを狙いとし、今後も軍部の政治への影響力を維持して、既存の伝統的社会秩序を維持していこうとするものとなっています。

また、国民投票も、政党などによる反対運動が許されず、軍事政権側の情報だけが流されるなかで行われました。

****タイ憲法草案、あす国民投票 軍政が「信任」迫る 選挙制度めぐり元首相派など反発****
2014年5月のクーデター以降、軍事政権が続くタイで7日、新憲法草案の是非などを問う国民投票が実施される。草案は、来年中の実施を予定する総選挙後も軍の政治介入を保障する内容が盛り込まれており、実質的な軍政への「信任投票」となる。
 
憲法草案は、軍政が設置した憲法起草委員会がまとめた。国会は上下両院の二院制を維持し、下院議員(500人、任期4年)は選挙で選出するが、上院は新憲法制定後の最初の議員(250人、同5年)を軍政が任命する。
 
下院は350人が小選挙区制で選ばれ、150人は比例代表制。比例では中小政党に有利に議席が配分されるため、大政党による単独過半数獲得が難しくなる。このため、従来の選挙制度で躍進してきたタクシン元首相派は反発している。また、同派と対立してきた民主党党首のアピシット元首相も、民主的でないと反対を表明している。
 
国民投票では、従来は下院が単独で行ってきた首相選出投票に、上院の参加を認めるかも問われる。承認されれば、議員以外からでも、軍が意中の人物を首相に据えやすくなる。
 
選挙管理委員会によると、有権者は約5000万人で、投票率は約80%を予想。投票時間は午前8時〜午後4時(日本時間午前10時〜午後6時)で即日開票される。国際機関などの監視は受け入れず、出口調査も禁止されている。
 
軍政は4月、「草案に関し歪曲(わいきょく)した情報を広めた者」に最長で禁錮10年を科す法律を制定。タクシン派を中心に、政治集会への参加者などを次々と逮捕し、草案に関する討論会なども事実上禁止してきた。
 
東南アジア研究所(シンガポール)のタームサック研究員によれば、「軍政が内務省を使い、地方首長に投票を促進するよう圧力をかけている」とされるなど、軍政が草案の承認に血道を上げている様子が指摘されている。【8月6日 産経】
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“国際機関などの監視は受け入れず、出口調査も禁止されている”ということで、万一、反対票が多いようなときには、軍事政権は何らかの「操作」を行ってでも「賛成多数」を演出するつもりなのでは・・・とも邪推していましたが・・・。

約6割の賛成で承認 厳しい締め付けと「安定」を求める声の結果
結果は周知のとおり、約6割の賛成で新憲法案が承認されました。

****賛成6割で承認確定=「独裁助長」と人権団体―タイ新憲法案****
タイ選挙管理委員会は10日、新憲法草案の賛否を問う7日の国民投票の公式結果を発表し、賛成61.35%、反対38.65%で草案承認が確定した。

5年間の経過措置として、首相指名投票に軍事政権が任命する上院が加わることも賛成58.07%、反対41.93%で承認された。投票率は59.4%だった。
 
タイではクーデターなどにより憲法の改廃が頻繁に行われてきた。今回制定される新憲法は、絶対王制から立憲君主制に移行した1932年の立憲革命以降20番目の憲法となる。プミポン国王の署名などを経て公布・施行される。【8月10日 時事】
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反対運動を許さない状況での“61.35対38.65”ですから、おそらく自由な広報活動が許されていれば逆の結果になったのではないかと思われます。

また、賛成にしろ、反対にしろ、内容・問題点についてあまり理解できていない投票者も多かったのではないかと思います。

そいうことはあるにしても、今回結果はタクシン元首相支持層の農民や低所得労働者の相当数が、賛成票を投じたことを意味します。それだけ“締め付け”が厳しかったと言えます。

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軍主導の最高機関、国家平和秩序評議会(NCPO)は投票前に憲法案に関する意見表明などを禁じたが、取り締まりは赤シャツに厳しく、反発も強かった。このため、「軍が作った憲法は論外」という空気が支配的だった。
 
それが変化した背景には、地方の赤シャツリーダーが拘束されたり、厳しい監視下に置かれたりして反対運動が封じられたことがある。

赤シャツ組織、反独裁民主同盟(UDD)のチャトゥポン議長は7日夜、「結果を受け入れ、国民としてやるべきことに取り組む」と敗北宣言をした。【8月8日 朝日】
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また、タクシン派と反タクシン派の政治対立から社会が混乱することを嫌い、多くの者が「安定」を求めた結果とも言えます。

****タイ国民投票、新憲法草案承認へ 民政復帰大きく前進****
軍政が2年以上も超法規的権力を握るタイで、民政復帰への一歩となる国民投票が実施された。承認される見通しの新憲法草案は、軍が実質的に権力を握り続けることを可能にする内容で、多くの政治家が反対を表明してきた。

一方、政治対立による混乱の再現を恐れ、安定の継続へ制限された「民主主義」を選択して賛成票を投じた有権者も多い。
 
バンコク中心部の小学校に設けられた投票所には、軍服姿の兵士が正面入り口で目を光らせていた。これまでの選挙などではなかった光景だという。
 
投票に訪れた民主党党首のアピシット元首相は報道陣に、「皆さんも投票を」と呼びかけるにとどめた。普段は多弁な政治家の慎重姿勢について、憲法草案に非民主的だと反対したため「軍から圧力を受けた」と、ある市民は説明する。
 
軍政は批判への発展を恐れて草案の賛否を論ずる討論会なども禁じた。そのため、内容は国民にほとんど周知されておらず、投票所では「(憲法の)中身はよく分からない」と答える有権者も多かった。
 
過去の総選挙で躍進を続けてきたタクシン元首相派は、政党の影響力を弱体化させるとして憲法草案に反対を表明。だが、同派のインラック前首相は投票後、「タイにとって極めて重要な日だ」とだけ語った。
 
ただ、タクシン派支持者が多い北部ピサヌローク県の女性(53)は、賛成に票を投じた。軍政の2年間、薬物取り締まり強化などで「治安が向上したため」で、タクシン派と反対派の対立で引き起こされた国政の混乱はもうこりごりだという。
 
軍政が権力の引き締めをはかる背景には、軍を統帥し、国民の敬愛を集めてきたプミポン国王(88)の健康状態の悪化も指摘される。不透明な王位継承問題で、既得権益層を巻き込む政治対立となれば、大混乱を引き起こしかねない。
 
「戦後でみれば、民政の時代は最近だけ。今の軍政はこれまでの中の政権で最高よ」。ある高齢女性は、皮肉交じりに賛成した理由を述べた。【8月7日 産経】
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【「いびつな民主主義」「形ばかりの民政復帰」への批判
新憲法によってもたらされる「いびつな民主主義」「形ばかりの民政復帰」を懸念する声は多々あります。
また、新憲法は改正が難しく、「タイ社会は、この制度に縛り付けられてしまう」との声も。

*****タイ、新憲法案承認へ 軍、強い影響力を維持****
・・・・タイでは、不安定な連立政権で国政の混乱が繰り返された反省から、1997年に「人民の憲法」とも呼ばれる憲法ができた。小選挙区制の導入など強い与党、安定した政権を生み出す狙いだ。その結果、タクシン派が台頭。立て続けに選挙に大勝した。
 
これが軍や官僚を中心に少数の支配層が既得権益を握る伝統的な政治システムへの脅威となった。

タクシン氏を2006年のクーデターで失脚させると、07年制定の憲法は「強い与党」路線を修正。上院に非公選の議員を登場させ、憲法裁判所などを与党や政治家を排除する手段として使った。

今回はその方向性をさらに強めた。また、新憲法は改正がきわめて難しいことが特徴だ。「タイ社会は、この制度に縛り付けられてしまう」とタマサート大学法学部のウォラチェート教授(公法)は懸念する。
 
新憲法下の選挙制度は、単独政党が過半数をとりにくい小選挙区比例代表併用制で、不安定な連立政権が生まれる可能性が高い。タクシン派と反タクシン派の対立が再燃し、混乱が起きると案ずる関係者は少なくない。(後略)【8月8日 朝日】
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****タイ憲法案承認】形ばかりの民政復帰では****
軍事政権下のタイで、新憲法草案の是非を問う国民投票が行われ、賛成多数で承認された。
 
プミポン国王の承認によって成立し、来年には総選挙が予定される。形の上では、民政復帰への大きな節目を迎えた。
 
だが、草案は民政移管後も軍の政治介入を認める内容で、国民投票も徹底した言論統制下で実施された。実態は、地方の農民や貧困層を中心とするタクシン派の抑え込みだったといえよう。
 
対立の構図が改めて浮き彫りとなったと言わざるを得ず、混迷を収拾する糸口は見えないままだ。
 
東南アジアでかつて「民主主義の優等生」と評されたタイだが、近年はその面影もない。タクシン派と、軍や財閥など都市部のエリート層・中間層に支えられた反タクシン派との政治対立である。
 
2001~06年に首相を務めたタクシン氏は、低額の医療制度など大衆的な政策で支持を拡大した。一方の軍部は06年、14年とクーデターを起こし、力でタクシン派の体制を覆してきた。
 
14年の政変は、長年対立する両派の「和解」を名目としていたが、次第に軍事政権はタクシン派への抑圧を強めていった。
 
憲法の制定は国の方向性を決める最重要事項で、本来は民政移管への大きな一歩となる。しかし、新憲法は対立の延長線上で、軍政による既得権益の維持拡大に利用された印象が拭えない。
 
草案は、民政復帰後の5年間は上院の公選制を廃止し、軍による任命制とした。下院も大政党の単独過半数獲得が難しい選挙制度に変える。選挙に強い、タクシン派の封じ込め策だろう。
 
さらに国民投票で憲法草案とは別に、下院だけだった首相選出選挙の投票権を、上院に拡大することも認めさせた。憲法草案と合わせれば、軍人など下院議員以外からの首相就任も可能となる。
 
「合憲的」に従来の議員内閣制を骨抜きにした上、軍部の権限を温存した。これでは事実上の軍政にほかならない。
 
政争に疲れた国民が、軍のコントロール下であっても安定した民政復帰を望んだとの見方はあるが、こうした草案の問題点が国民の間で議論されたとは言い難い。
 
軍政は4月、「憲法草案に関し歪曲(わいきょく)した情報を広めた者」を取り締まる法律を制定し、反対意見を徹底して抑え込んだからだ。逮捕者は100人を超えたという。
 
民主主義社会は、民意とその形成過程を尊重してこそ成り立つ。形ばかりの民政復帰が実現したところで、文民統制の基本原則をないがしろにし、抑圧によって世論もゆがめる国が、国際社会で信頼を得られるはずはない。
 
社会の安定を力に求めるだけでは、いつまでたっても対立の構造から抜け出せない。民主主義の原点に立ち返る必要があろう。【8月10日 高知新聞社説】
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問題はあるものの、10年におよぶ政治の混迷と社会の分断の克服へ向けて進むしかない
個人的には上記社説と同意見ですが、そうは言っても決まったものは仕方がありません。これでやっていくしかありません。

いったん強権的な権力が生まれると、そこから抜け出すには長い時間をかけるか、多大な流血を覚悟するかしかありません。

現実問題としては、もし新憲法案は否決されたら、今後の道筋を失った軍事政権の強権支配が一層強まることになったかも・・・・との思いもあります。

また、タクシン派も新憲法を受け入れて、総選挙に活路を求めるしかないといった状況のようです。

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一方で、独裁体制が長引くほどタクシン派政党のタイ貢献党の弱体化が進むとの危機感もあったとみられる。

同党首脳に近い関係者は「切り崩し工作が強まり、このままでは選挙を戦えなくなる」と話した。現状ならば、来年の総選挙で少なくとも第1党になる可能性は高い。

民政に復帰すれば、軍部には戒厳令並みの治安権限がなくなり、政治的な自由は、一定程度回復するとの読みだ。【8月8日 朝日】
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新憲法のもとで民主主義がどのように機能するかはよくわかりませんが、やってみるしかないでしょう。

****タイは新憲法を生かせるか ****
タイの新しい憲法の草案が、国民投票で承認の見通しとなった。内容も制定の手続きも民主的とはいいがたいが、軍政から民政への移管に向けた一歩ではある。10年におよぶ政治の混迷と社会の分断を克服する足がかりになることを、期待したい。(中略)

大切なのは政治の安定に向けた足場として新憲法を生かすことだろう。それには、様々な意見をくみ取って社会の分断を修復する民主的な取り組みが求められる。【8月10日 日経】
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総選挙は来年の年末に予定されています。

****タイ総選挙 来年11〜12月 国民投票受け****
タイ暫定政権のプラユット首相は9日の閣議で、国民投票で新憲法草案が承認されたことを受け、民政復帰のための総選挙実施は2017年11〜12月になるとの見通しを示した。首相府報道官が明らかにした。
 
閣議後の記者会見でプラユット氏は、ロードマップ(行程表)通りに総選挙を実施して民政復帰を果たすと強調した。
 
一方、ドン外相は記者団に対し、近く各国大使らを集め、国民投票の結果と今後のスケジュールについて説明会を実施することを明らかにした。
 
選挙管理委員会は10日、国民投票の公式集計結果を発表。プミポン国王の承認などを経て新憲法が成立する。【8月10日 毎日】
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