(“イラン政府は世界中で流行中のスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」を他の多くのインターネット規制同様、即座に禁止したが、テクノロジーに精通した若者たちは禁止令などお構いなしで夢中でプレーしているようだ”【8月6日 AFP】)
【核開発の野心を持ち続けるイラン】
イラン・ロウハニ大統領は2013年8月に就任後、「対話外交」を実践し、昨年7月に核問題で欧米などと最終合意し、制裁は今年1月に解除されました。
「核合意」でイラン経済が改善し、「対話路線」「改革路線」のロウハニ政権の政治基盤が強化され、核以外の問題においても、イランと欧米の協調体制が強化される・・・というのが期待された「筋書」でした。
実際、制裁解除による景気回復の期待を追い風に、2月及び4月(決選投票)の国会議員選で支持勢力の改革、穏健両派が躍進し、ロウハニ大統領は事実上2期目の信任を得たとも見られていました。
しかし、どうもこうの「筋書」も怪しくなってきています。
ひとつは、イランが合意内容は遵守しているものの、核開発への取り組み自体は依然として続けているのではないかとの疑念が深まっていることです。
****イラン「核開発継続」の証拠続出 オバマ「外交遺産」は早やご破算****
イランと米欧など六カ国が結んだ核合意から一年を経て、イランが核開発のみならず、大量破壊兵器開発の野心を持ち続けていることが明らかになった。
イランが期待した経済交流も停滞気味で、イラン国内では保守派から、「合意に縛られる必要はない」との強硬論も強まる。オバマ政権下の唯一の中東での外交成果は、空中分解の危険が高まっている。
七月初旬、ドイツの情報機関「憲法擁護庁」が爆弾報告を発表した。イランが核合意後も、核開発に必要な物資調達を、国際市場で画策しているというのだ。
憲法擁護庁は昨年一年間の動向を分析した中で、「イランは極秘の手法により、ドイツから武器技術を違法に獲得しようとしている」と結論づけ、国際的な標準から見て「(調達の試みは)かなり量的に高水準である」と評価した。(中略)
ドイツは国連安全保障理事会の五常任理事国に加わり、イラン核合意をまとめた。それだけに、ふだんは慎重な独外務省も、「イラン国内の核合意に反対する勢力が、核合意を骨抜きにしようと試みている」(報道官)とイラン側の暗躍を厳しく批判した。
国益むき出しで地域覇権を目指す
さらにAP通信は七月中旬、イランの核開発に関する規制が、当初想定よりずっと早く解除される見通しであることを特報した。
昨年の核合意は、「規制は十五年で解除」としたが、未公表の付随文書では、「十年後には、ウラン濃縮計画を拡大する」旨が明記されていた。この報道について、米、イラン両国政府が直後に事実であることを認めた。
米保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」のジェームズ・フィリップス上級研究員は、「そのころになれば、ずっと高性能の遠心分離機を堂々と使える。濃縮ウランは二倍の効率で生産できるから、核武装化を止められない」と言う。同上級研究員は元来、核合意に反対の立場だが、「状況は一年前より悪くなっている」と指摘する。(後略)【選択8月号】
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イランが核開発を完全に放棄した訳ではなく、“イランは核の野心を延期しただけで、次の15年を高度な遠心分離機やミサイルの開発に使うつもりだ”というのは中東湾岸諸国などイランと対峙する国の見方でしたので、上記のような話はある程度“想定内”のことではあります。
【制裁解除への失望が保守強硬派台頭を招く】
それより冒頭「筋書」を怪しくしているもうひとつの要因は、制裁解除が実質的には進んでおらず、イラン経済は相変わらず疲弊したままで、国民にロウハニ政権への失望感が広がっていることでしょう。
****核合意を脅かすイランの失望****
・・・・イランが核合意を忠実に履行していることは確かなようです。IAEAは、イランの行動は「文句無し」と言っています。
問題は、核合意の結果、イランが期待したような経済効果を上げていないことです。大規模な航空機購入の契約は結ばれましたが、それ以外にイランに対する投資は停滞したままです。
我々が妥協しても米国は破壊的役割を止めない
この状態に対し、ハメネイ最高指導者は今月初め、「米国は信用できない。核協議は、我々が妥協しても米国は破壊的役割を止めない」と述べました。これは政治的発言ではありますが、イラン人の感覚を代弁している面もあります。
なぜ、欧米諸国が制裁を解除したのに、このような状態なのでしょうか。
それは、米国が、核開発がらみの制裁の他にも、イランの人権、ハマス、ヒズボラなど米国がテロ組織と指定したものへの支援、それに長距離ミサイル開発に関しても制裁を課しており、これらの制裁は核合意の対象ではなく、合意後も継続しているからです。
特に、制裁の対象組織に指定されている革命防衛隊は、広範なビジネスに関与しており、革命防衛隊の関与している企業と取引すると制裁の対象となります。
そのため、欧州の銀行はイランとの取引に躊躇しています。2014年、仏大手銀行のBNPパリバが、米国の制裁に違反してイランとスーダンと取引をしたとして90億ドルの罰金を払わされました。この前例がある以上、欧州の銀行が躊躇するのも無理はありません。(後略)【8月1日 WEDGE】
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イラン側が特に問題視するのは、喫緊の課題である航空機購入がブロックされたことです。
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制裁下では部品さえ輸入できなかったため、イランの航空会社は毎年のように大惨事を起こしていた。
ロウハニ大統領は今年一月、フランスを訪問した際、「エアバス百十八機を買う」という超大型契約を結んだ。三兆円を超す買い物だが、それだけイラン側は困っていた。
しかし、エアバスは部品の一〇%以上が米国産で、引き渡しには米側の承認が必要。半年たっても米国はその兆候さえ見せない。米ボーイング社に発注した八十機購入(百七十六億ドル)の計画は、米下院が圧倒的多数で「認められない」と決議してしまった。【選択8月号】
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経済全般の数字も一向に改善されていません。
一年前の「核合意」のとき街頭に繰り出して合意を熱狂的に歓迎した国民の期待は失望に変わり、ロウハニ大統領の好感度は急落しています。
代って台頭しているのが、政権を追われたはずの保守強硬派アフマディネジャド前大統領です。
****イラン経済、続く停滞 残る米の制裁、外資戻らず 欧州の銀行も及び腰****
昨夏のイラン核合意=キーワード=を受けた今年1月の制裁解除から半年あまりが過ぎたが、イランでは経済の回復に足踏みが続く。
米国が核関連以外の制裁を続け、欧州が取引に及び腰になっているからだ。強まる不満を背景に、反米色の強いアフマディネジャド前大統領が復権を狙う。来年5月の大統領選で再選を目指すロハニ大統領は厳しい立場に置かれている。
「核合意後も景気は変わらない。むしろ悪くなったよ。客足は伸びず、財布のひもは固いままだ」。首都テヘラン中心部のバザール(市場)でカバン店を営むアフマド・アリラシカリさん(70)はぼやいた。
制裁が終われば外資は戻り、経済も回復――そんな国民の期待はしぼみつつある。3月の失業率は11%で前年同期より0・4ポイント悪化。物価の高騰も続き、3月の消費者物価指数は前年より7・4%上がった。
経済評論家のプヤ・ジュベルアメリ氏は「制裁で失われたイランと外国企業の取引は、5%しか回復していない」と指摘する。
主な原因は、米国による制裁の継続だ。1月に解除されたのは核問題に絡む制裁だけ。米国は1984年からイランをテロ支援国家に指定し、ほとんどの米企業が今なおイランと取引できない。銀行も対象で、送金に米ドルは使えない。
そこでイランはもう一つの国際通貨、ユーロに頼ろうとしたが、欧州の大手銀行はそろって慎重だ。米国がかつてイランとの取引などへの罰金として、14年にフランスのBNPパリバに計89億ドル(約9千億円)、15年にドイツのコメルツに計14・5億ドルを科したことが尾を引いているとされる。
ロハニ大統領が1月の訪欧で署名したエアバス118機、総額250億ドルの巨額契約も決済をめぐって紛糾。イランは制裁下で機体を更新できずに老朽化したため大量調達を試みるが、まだ1機も届いていない。
米国は大統領選を11月に控え、対イラン政策がさらに強硬になる可能性もあり、「模様眺めの空気が広がっている」(日本外交筋)という。(中略)
■反米の前大統領、台頭
イランの最高指導者ハメネイ師は今月1日、「制裁解除後、生活に目に見える変化は皆無だ。米国は信用できないと改めて証明された」と憤りを示した。
ロハニ大統領はひたすら核合意の実現に努め、インフレや失業問題は「制裁解除で解決する」と答えてきた。今は「核合意は無意味だった」と批判を浴びる。
米メリーランド大などが6月、イランの約1千人に行った世論調査では、核合意で暮らしが改善したと答えた人は26%。ロハニ氏の好感度も、「非常に良い」が昨年8月の61%から38%まで下がった。
台頭するのが、アフマディネジャド前大統領だ。次の大統領を尋ねる質問で、1年前はロハニ氏と27ポイント差があったが、今回は8ポイント差に詰めた。7月から各地のモスクで演説を始め、「時が来れば私は戻る」と発言している。今月8日にはオバマ米大統領に資産凍結の解除などを求める書簡を送り、イランメディアの話題をさらっている。
また、イラン司法府は7日、原子力科学者のシャハラム・アミリ氏を「国家機密を米国に渡した」として死刑に処したと発表した。司法府と前大統領は政治的に近い。
アフマディネジャド氏が政権にあった05年からの8年間、イランは核開発を強行し続けた。返り咲けば、核合意を破棄しかねない。【8月12日 朝日】
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イラン国民の対米不信も強まっています。
“在カナダの調査会社が今年六月、イラン人約一千人に電話で聞き取りをしたところ、「米国はやがて全制裁を解除する」と信じる人は、二三%しかいなかった。一年前には同じ問いに、六二%が「そう信じる」と答えていた。
「米国は義務を守らない」と思う人は七二%、「米国は他国が関係改善をしようとするのを邪魔している」と思う人は七五%と、大多数が対米不信を強めていた。”【選択8月号】
原子力科学者のシャハラム・アミリ氏の処刑については、下記のように報じられていますが、真相はよくわかりません。
****イラン、核科学者を処刑「米国のスパイ」****
イランの司法府報道官は7日、米国に「機密かつ極めて重要な」情報を提供したとして有罪になったイラン人核科学者シャハラム・アミリ氏(39)を処刑したと発表した。
同報道官はテヘランで記者団に対し、「シャハラム・アミリは敵に国家の最高機密を漏えいしたため絞首刑となった」と述べた。
アミリ氏は2009年にサウジアラビアでその行方が分からなくなり、一年後に米国で生存が確認された。イランの核開発計画をめぐる国際的な緊張がピークに達していた当時、アミリ氏の失踪については、拉致と亡命との間で見解が分かれていた。
その後、アミリ氏は2010年7月にイランに帰国。テヘランの空港では英雄として歓迎を受け、自分はサウジアラビアのメディナで、ペルシア語を話す米中央情報局(CIA)員に銃を突き付けられ拉致されたと説明していた。
また、米国当局からは、「自ら亡命し、イラン核開発計画の機密を含む重要な書類とラップトップを携行した」とメディアに話すよう圧力をかけられたと述べ、「だが、神の御意思により抵抗した」と話していた。
イラン当局は、この説明を受け入れなかったとされ、その直後にアミリ氏は再び公の場から姿を消した。同氏の逮捕に関する公式な情報はなかった。
司法府報道官は、イランの情報機関は米情報機関の裏をかき、アミリ氏の行動をすべて監視していたと述べ、「国家の機密、高度な機密情報を入手することができたこの人物は、わが国第一の敵である米国と結託し、イランの決定的な機密情報を敵に渡した」と記者団に説明した。
米国務省は7日、同件についてのコメントを拒否している。【8月8日 AFP】
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アメリカ側では大統領選挙ただなかにあって、「当選したら、核合意を破り捨てる」といった有権者受けするイランへの厳しい姿勢がトランプ氏からアピールされています。
これに対し、イランの最高指導者ハメネイ師は「それならこっちは焼き捨ててやる」と応じたそうで、“「歴史的合意」を軌道に乗せようという熱意は、双方の側ですっかりしぼんでしまった。”【選択8月号】という状況です。
アメリカ側がイランに「身代金」を支払ったのではないか・・・という件も報じられており、アメリカ世論のイラン及び「核合意」への見方を厳しくしそうです。
****米、イランに「身代金」400億円・・・・米紙報道****
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは3日、イランが今年1月、スパイ容疑で拘束していた米国人5人を釈放した時期に、米政府がイラン側に4億ドル(約400億円)を支払ったと報じた。
米政府は「釈放と資金の支払いは無関係だ」と説明しているが、共和党は「秘密裏の身代金」と批判しており、米大統領選の新たな争点になりそうだ。
釈放は今年1月、米英などとの核合意に基づく制裁解除に合わせて行われ、同紙によると米政府は、現金4億ドルを輸送機でイランに運んだ。
米ホワイトハウスのアーネスト報道官は記者会見で資金について、「イランが1979年の革命前に武器調達費として米国に支払った金額の一部を返金した」と説明したが、共和党全国委員会は「巨額の資金がテロ組織の懐に入りかねない」とする声明を発表。同党の大統領候補ドナルド・トランプ氏もツイッターで「スキャンダルだ」と批判した。【8月4日 読売】
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イランが周辺地域のシーア派勢力を支援して、その影響力拡大を狙っているのは事実ですが、それを言うなら、アメリカの「同盟国」であるサウジアラビアのイスラム過激派支援や、パキスタンのタリバン支援の方がもっと深刻な結果をもたらしています。
イラン以上に非民主的・人道軽視の国は山ほどあります。
79年のテヘランでおきたアメリカ大使館占拠・人質事件のトラウマでしょうか、アメリカ議会のイランへの厳しい姿勢は合理性に欠けるように思われます。
かつての民主派ハタミ大統領のときも、アメリカはイランとの関係改善を進めず、結局民主派政権を見殺しにし、保守強硬派アフマディネジャド大統領への道を開き、対立と核開発を促すことになりました。
アメリカは再び同じような道を歩もうとしているように見えます。
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現状の打開のために何がなされるべきでしょうか。米国がテロ組織支援、長距離ミサイル開発などを対象にした制裁を緩和、解除することは考えられません。
そうとすれば、欧州の銀行の対イラン投資を促すためには、米国政府が、外国の銀行がどうすれば制裁違反にならないかについての明確なガイドラインを示すことが必要でしょう。
オバマ政権にとって、イランとの核合意は、功績として残るような成果です。オバマ政権がその成果が無にならないようにするのは当然です。【8月1日 WEDGE】
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