孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア・イラク  「IS後」の焦点となるクルド人勢力の動き

2016-08-20 22:11:39 | 中東情勢

(空爆後に救出され、救急車の中でぼうぜんと座っている少年。アレッポで17日撮影されたとされるソーシャルメディアに投稿された動画から【8月19日 ロイター】)

シリア空爆で負傷した男の子の映像がSNSで拡散
激しい戦闘が続くシリアの惨状を象徴するものとして、主戦場となっているアレッポの建物のがれきから救出された子供の動画が話題となっています。

****シリア空爆で流血の5歳男児映像、SNSで動揺と非難広がる****
顔中が血とぼこりにまみれた小さな少年が、静かに腰かけ、ただぼう然とまっすぐに前を見つめている。シリアの都市アレッポで、空爆とみられる攻撃が起きた後のことだ。

救急車の中にたった1人で座っているこの少年は、医師らが確認したところによると、オムラン・ダクニシュちゃん(5)で、頭から流れる血をぬぐおうとしている。受けたけがには気づいていない。

空爆に直撃された建物のがれきから救出された子どもたちの動画がソーシャルメディアで拡散し、5年にわたるシリア内戦の悲惨な現実に動揺と非難が沸き起こっている。

アレッポは反体制派と政府が支配する地域に分かれており、激戦地となっている。

2週間前に奪われたアレッポ南西の地域を奪還すべく、政府軍は連日のように反体制派が支配する地域を激しく空爆している。

動画は17日、市内の反体制派が支配する地域で撮影された。

動画には、救急隊員が建物から少年を救出し、救急車の座席に座らせる様子が映し出されている。2人の子どもがさらに救急車に乗ってくるまで、少年は放心した様子で1人座っている。その後、救急車には顔中血だらけの男性も乗ってくる。

昨年は、溺死したシリア難民のアイラン・クルディちゃん(当時3歳)の写真がソーシャルメディアを駆け巡り、シリア内戦の犠牲者に対する同情が世界的に高まった。【8月19日 ロイター】
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溺死したシリア難民のアイラン・クルディちゃんの写真は世界に衝撃を与え、難民保護への同情的な世論を喚起しましたが、その後の熱の冷めた欧州受入国の状況は周知のところです。

こうした写真や動画に人々が大きく反応するというのは人間性の一面ではありますが、一方で、現地ではもっと悲惨な悲劇が普段から数えきれないほど起こっているにのもかかわらず、私を含め多くの人々はそうしたものに目をむけることなく暮らしており、たまたま印象的なものを目にした時だけ・・・・というのも現実です。

シリア政府軍がクルド人勢力初空爆 内戦の構図複雑化
そのシリアやイラクでは、イスラム国(IS)の劣勢はすでに明らかとなっており、各勢力のIS崩壊後を見据えた動きも表面化しています。

そうしたなかで、大きな問題となるのが、再三取り上げているように現在は国家を持たないクルド人の動向です。

シリアの要衝マンビジュ制圧でも、また、今後のイラクのモスル攻略においても、アメリカの支援を受けたクルド人勢力が対IS戦略において大きな役割を担っていますが、シリア・イラクの中央政府にとっては、将来的にクルド人勢力が独立国家を目指すようになるのではとの懸念もあります。

そうした懸念の表面化でしょうか、シリア政府軍がクルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」に対する空爆を実施し、これに米軍主導の有志連合に属する複数の戦闘機が緊急発進するという複雑な状況ともなっています。

****シリア軍がクルド人部隊を空爆、有志連合戦闘機が緊急発進****
米国防総省のジェフ・デービス報道官は19日、シリア北東部の都市ハサカでシリア軍機がクルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」に対する空爆を実施したため、YPGと行動を共にする米国人の軍事顧問を保護する目的で、米軍主導有志連合の戦闘機が緊急発進したと述べた。

シリア軍に対するYPGへの攻撃で、シリアで続く内戦は新たな展開を見せたことになる。
 
デービス報道官によると、シリア政府は18日にSU24攻撃機2機を出動させ、米軍特殊部隊の軍事顧問と共に戦闘訓練を行うYPGが駐屯する同国北東部のハサカ付近の地域の空爆を行った。
 
シリア軍機を阻止するため米軍主導の有志連合に属する複数の戦闘機が緊急発進したが、到着した際には既にシリア軍機は現場を離れた後だったという。
 
デービス報道官は、「(戦闘機の緊急発進は)有志連合軍を保護するために行われた」と述べ、「われわれは有志連合軍の安全を確保する。シリア政府には、彼らに危険を及ぼす行為をしないよう忠告する。われわれは有志連合軍を危険にさらすいかなる行動も極めて深刻に受け止め、自己防衛のための行動を起こす」と付け加えた。
 
しかし、シリアは米国防総省による警告を無視し、19日にはハサカで2日連続となる空爆を行ったという。
 
18日の空爆が開始された直後、地上にいたYPGは無線を使用して空爆を停止するよう連絡を試みたものの、シリア軍機に無視されたという。

米軍はその後、シリアのバッシャール・アサド統領を支援するため同国内の一部地域で空爆を続行しているロシアに連絡したものの、ロシア軍当局者は、ハサカの空爆を行ったのはシリア軍機であると述べたという。
 
デービス報道官は、「シリア政府がYPGに対する今回のような行動を起こしたことは前例がなく、非常に異例だ」と述べた。

18日の空爆で有志連合軍の負傷者は報告されていないが、デービス報道官は詳細には言及せず、米軍は安全な場所に移動したと述べた。
 
同報道官はまた、米軍主導の有志連合軍は、現在周辺地域でさらに戦闘空中哨戒(CAP)を実施していると述べた。
 
米政府はYPGを米軍の対イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」作戦における重要な同盟部隊とみなしており、YPGに武器や、軍事顧問として米軍特殊部隊を送っている。【8月20日 AFP】
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有志連合軍兵士の負傷者は出ていませんが、空爆で民間人数十人が死亡し、数千人規模の避難者が出たとも報じられています。クルド人民兵組織YPGのスポークスマンは「武器を手に取れる者は全員、アサド政権と戦う」と述べ、徹底抗戦の姿勢を示しています。【8月20日 時事より】

トルコ・ロシアの思惑も?】
これまでアサド政権は反体制派との、クルド人勢力はISとの戦闘に重点を置いており、双方の間で大規模な戦闘は起きていませんでした。

アサド政権側には、内戦の混乱に乗じる形で勢力を拡大してきたクルド人勢力に打撃を与えたい狙いがあるとみられています。

ただ、アレッポでの反体制派との戦闘で手いっぱいのはずのアサド政権が、この時期に敢えてクルド人勢力攻撃に乗り出したのはどうして?という疑問はあります。

クルド人勢力の拡大をアサド政権以上に警戒しているのが、クルド人勢力支配地域と隣接するトルコです。

トルコは国内にクルド系反政府勢力PKKを抱え、その対策に躍起になっていますが、シリアで勢力を拡大するクルド人勢力YPGは国内反政府勢力PKKとつながる組織でもあり、国境に隣接する地域にYPGが勢力を拡大し、国内PKKの活動が刺激されることを非常に警戒しています。

トルコの関心はISではなくYPGにあるとされ、場合によってはトルコ自身が対YPG攻撃に乗り出すのでは・・・とも見られています。ただ、実際にそうした行動に出ることは、YPGを支援するアメリカとの決定的な対立を生じます。

そのトルコとアサド政権を支援するロシアは、これまでの対立を水に流して急接近していますが、シリア問題での立ち位置は大きく異なることも指摘されているところです。トルコはアサド政権に抵抗する反体制派を支援しています。

****<露トルコ協議>シリア問題で政府間委員会を設立****
関係正常化を進めるロシアとトルコは、両国間で懸案のシリア問題に関する政府間委員会を設立した。トルコのカリン大統領報道官が10日、明らかにした。軍、情報機関、外務省の代表者がメンバーとなる。
 
ロシア通信によると、プーチン露大統領、エルドアン・トルコ大統領が9日の首脳会談で同委設立に合意。両軍間のホットラインも再開したという。

トルコのチャブシオール外相は11日、「過激派組織『イスラム国』(IS)に対する共同作戦についてロシアと議論する用意がある」と地元テレビで語った。【8月11日 毎日】
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ここから先は何の根拠もない全くの憶測ですが、今回シリア政府軍がクルド人勢力YPG空爆を行ったのは、YPGを叩きたいトルコの意を受けたロシアがアサド政権に何らかの提案・指示を行った・・・ということはないのでしょうか。

直接には手を出しにくいトルコは、ロシアを通して代わりにシリア政府にYPGを空爆させ、そうしたトルコの要望を受け入れることで、これまでアサド政権と対立していたトルコをロシア・アサド政権が懐柔する・・・という図式は?まったくの憶測ですが。

なお、ロシアはこれまでクルド人勢力にも接近していますが、その相手はYPGではなく別のクルド人勢力と言われています。

ロシアはイラン領内の基地からIS空爆を開始したように、イランとの関係を強化しています。
更にトルコとの関係も改善できれば、中東における発言力は更に高まることになります。

ロシア・プーチン大統領は、直接関与を最小限に抑えたいアメリカ・オバマ大統領とは異なり、良くも悪くも大胆にシリアに関与を強めています。

****露、巡航ミサイル発射・・・シリアの過激派組織拠点****
ロシア国防省は19日、地中海東部に展開中の黒海艦隊所属のミサイル艦2隻からシリアに向け、巡航ミサイル3発を発射したと発表した。
 
この攻撃で、シリア北部アレッポ県のイスラム過激派組織「レバント征服戦線」の拠点や武器庫などを破壊したという。ロシアが艦艇から巡航ミサイルを使って攻撃するのは今年に入って初めてとみられる。
 
アサド政権を支援するロシアは16日から3日連続でイラン西部ハマダンの空軍基地を使用して、爆撃機による空爆を強化している。
 
露国防省は、アサド政権と反政府勢力との戦闘が激化するアレッポで、国連の呼びかけに応じ、人道支援を行うため来週にも48時間の停戦に応じる意向を示している。巡航ミサイル攻撃を加えることで、停戦を前に戦況を有利にし、シリア和平で対立する米国主導の有志連合をけん制する狙いがありそうだ。【8月20日 読売】
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ロシアはシリアにおける影響力を高めながら、ロシア主導でシリア情勢を自国に都合のいい形に持って行きたいところでしょう。

****アレッポの戦闘 ロシア「毎週48時間の停戦応じる****
アサド政権軍と反政府勢力の戦闘が続いているシリア北部の都市アレッポについて、政権軍を支援するロシアは、危機的な状況に陥っている市民に飲料水などの物資を供給するため、毎週48時間の停戦に応じる用意があると明らかにしました。

シリア北部の都市アレッポでは、アサド政権軍やそれを支援するロシア軍、それに反政府勢力による戦闘が続き、包囲された地域に取り残された200万人余りの住民が飲料水などの供給が十分に受けられず危機的な状況に陥っています。

このため、国連は物資の輸送のため、戦闘を停止するよう呼びかけてきましたが、ロシア国防省のコナシェンコフ報道官は18日、地元メディアに対し、「住民に食料や医薬品を届けるため、毎週48時間、戦闘を停止する用意がある」と述べ、来週から停戦に応じる考えがあることを明らかにしました。

アレッポをめぐっては、ロシアは今月10日、毎日3時間、戦闘を停止すると発表しましたが、国連は「十分ではない」と戦闘停止の拡大を求めていました。

一方で、ロシア軍がイランの基地からシリアの空爆を行っていることについてはアメリカが懸念を示していますが、ロシアは18日もこれを行ったと発表し、シリア問題をめぐり、硬軟織り交ぜた姿勢を示しています。【8月19日 NHK】
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イラン、トルコに接近したり、巡航ミサイルを打ち込んだり、停戦を提案したり・・・・実に目まぐるしいロシアの対応です。

ただ、今回のシリア政府軍のクルド人勢力空爆でシリア政府軍機と米軍機が交戦するような事態ともなれば、ただでさえ複雑なシリア情勢は更に混迷し、アサド政権を支えてきたロシアにとっても得策ではありませんから、今回の空爆は本格的なYPGとの戦闘拡大というよりは、一種のデモンストレーションではないでしょうか?

もっとも、ロシア・アサド政権がそのつもりでも、クルド人勢力側がどう反応するかは別問題です。どういう形で今後に影響するかは不透明です。

イラク:モスル攻略と「IS後」に向けて、クルド自治政府の動向は?】
モスル攻略を進めるイラクでも、イラク政府とクルド自治政府の関係が微妙です。

****イラク情勢****
・・・・モースル作戦の開始が近づくにつれ、政府側の摩擦が表面化してきて、モースルからISが駆逐された後のイラク-イラク問題が明らかになってきた

先ず、シーア派の民兵のモースル作戦参加については、彼らが人道法違反の犯罪を働くとの理由で、地元部族等が反対した

より大きな問題は、クルドとの関係で、クルド自治政府がモースルを自己の領域に居れようとしているとして、イバーディ首相はペッシュメルガがその場にとどまり、作戦に参加しないように求めた。
オベイディ国防省は、ペッシュメルガは、イラク軍の指揮命令下に入るべきだと主張した。

これに対して米国は、この主張を支持し、ペッシュメルガが対IS作戦では、最も頼りになる存在であること、これまでの貢献は認めつつも、イラク軍の指揮下に入り、一体となって戦うべきであると呼びかけた。

現在の作戦ではイラク軍がal qiyara東南部から、ペシュメルガがモースルの北東から攻撃する予定の由

しかし、ペッシュメルガは19日の声明で、同軍はクルド自治政府の指揮、命令下にあり、イラク軍の指揮命令下には入らないとした。【8月20日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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アバディ首相の言うようなクルド自治政府のペッシュメルガ抜きで、イラク政府軍だけでモスルを攻略するのは難しいのではないでしょうか。

アメリカもそうした懸念から“イラク軍の指揮下に入り、一体となって”と言っているところですが、クルド自治政府の対応は?

クルド自治政府としても、なんらかの“見返り”がなければ、大きな犠牲を払って対IS作戦に参加する意味がありません。

“独立”への動きも隠そうとしていないクルド自治政府ですが、最近の情勢は自治政府にとってはあまりよくないようです。

野口雅昭氏は7月9日「中東の窓」“つぶれたクルド共和国の夢”で、石油価格の暴落、クルド人間の対立、ISの台頭、イラク難民の流入、アメリカの反対などで、独立の夢はしぼんでしまった・・・・というトルコメディアの報道を紹介されています。

クルド自治政府とは関係が良いトルコ・エルドアン政権ですが、“独立”ということになれば話は別です。
トルコ国内クルド人反政府勢力を強く刺激することになります。

上記のトルコメディアの見方は、クルド独立に反対するトルコの思いを反映したものでもあるでしょう。

“独立”が容易でないことは間違いありません。アメリカだけでなく、周辺国も、当然イラク政府も潰しにかかるでしょう。ただ、“独立”問題は理性的判断の外にある問題でもあるので・・・。

クルド自治政府が対IS作戦にどんな“見返り”を求めているのか・・・モスル攻略が実現した後に大きな問題となるかも。

上記のように、シリアでもイラクでも、今後クルド人の動向が「IS後」の焦点ともなりますが、ついでに言うと、シリアのクルド人勢力とイラクのクルド自治政府は関係がよくないというように、クルド人内部にもいろんな問題があり、話は更に複雑になります。
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