
(6月23日、中国との対立の舞台となっている南シナ海にあるインドネシアのナツナ諸島を訪れ、軍艦に乗るジョコ大統領=大統領府提供【AFP=時事】【時事】 就任直後は与党党首でもあるメガワティ元大統領の“操り人形”とも揶揄されましたが、最近は野党も取り込んで政権基盤を強めているようです。)
【シャリア(イスラム法)を適用するアチェ州 異教徒・外国人にも】
最近はバングラデシュでおきたイスラム過激派のテロで示されたようにアジアにおけるイスラム原理主義の台頭が懸念されていますが、東南アジアのイスラム国、インドネシアやマレーシアでも近年、イスラム原理主義の拡大、宗教的保守化が指摘されています。
インドネシアにあっては、今年1月14日、首都ジャカルタ中心部で自爆テロが発生、テロがアジアに拡散していることを世界に印象付けました。
世界最多のイスラム教徒を抱えるインドネシアでは、外国人観光客を含む202名が死亡した「2002年バリ島爆弾テロ事件」を起こした「ジェマ・イスラミア」が活動していましたが、「ジェマ・イスラミア」は厳しい掃討作戦で弱体化したものの、その分派・残党による小規模テロが拡散しています。
従来はアジアのイスラム教は従来は宗教的多様性に対し寛容であるとされてきましたが、近年の原理主義拡大、宗教的保守化、テロ事件発生は、社会全体の経済成長のなかで格差も拡大し、成長の恩恵が及ばない人々の政治・社会に対する不満も大きくなっていることが背景にあるように思われます。
(1月14日ブログ“インドネシア ジャカルタ中心部で爆破テロ イスラム原理主義台頭の土壌も”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160114)
ただ、バングラデシュのダッカ・テロ事件の犯人が比較的裕福な家庭の出身であったように、テロ事件は必ずしも貧困そのものが原因という訳でもなく、社会に対する不満がインターネットのような情報手段の発達によって増強・組織化されやすくなっている側面もあります。
“インドネシアは人口の9割がイスラム教徒だが、1945年の独立以降、政治や法律に宗教を持ち込まない「世俗主義」を国是としている。1万3000以上の島々で構成される多民族国家で、イスラム教を優先すれば国の統一を保つのが難しいためだ。”【1月14日 毎日】というインドネシアですが、イスラム教徒が大多数を占める北部アチェ州ではシャリア(イスラム法)が適用されています。
****未婚の若者、異性交際で公開むち打ち刑 インドネシア・アチェ州****
インドネシア・アチェ州で1日、異性と交際した未婚の若者1人に対する公開むち打ち刑が行われた。刑が執行された州都バンダアチェにあるモスク(イスラム礼拝所)前には、大勢の見物人が集まった。
イスラム教の厳格な地域で、近年ますます保守色を強めるアチェ州ではインドネシアで唯一、シャリア(イスラム法)が適用されている。【8月1日 AFP】
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“未婚の若者”という表現になっていますが、画像からすると女性のようにも見えます。
公開むち打ち刑がどうこうと言う以前に、こうした処刑に大勢の見物人が集まるということへの生理的抵抗感を感じます。別にインドネシアに限らず、古今東西どこでも、いつでも見られることですが。人間というのは他人の不幸を喜ぶ生き物ですから仕方がないのでしょうが・・・。
アチェ州におけるシャリア(イスラム法)は、イスラム教徒、あるいはインドネシア人だけに限定されるものではなく、キリスト教徒・外国人にも適用されます。
****酒販売の女性キリスト教徒に公開むち打ち刑 インドネシア****
インドネシア・アチェ州で12日、キリスト教徒の女性(60)がアルコール飲料を販売したとして、むち打ち刑を受けた。同州では、イスラム教徒以外に厳格なイスラム法を適用して処罰を与えるのは今回が初めてとなる。
当局によれば、女性は集まった数百人の見物人を前にして、むちで30回近く打たれたという。
イスラム教徒が大多数を占めるインドネシアで唯一、厳格なシャリア(Sharia、イスラム法)が適用されているアチェ州では、シャリアに違反したかどで公開のむち打ち刑が日常的に行われ、刑を執行する様子を群集が見物することは珍しくない。
AFPの取材に応じたアチェ州の検察当局によれば、シャリアが適用されるのはこれまでイスラム教徒のみだったが、昨年に発効した条例により、状況によっては非イスラム教徒にも適用されることになったという。【4月13日 AFP】
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同性愛や婚外交渉もむち打ち刑の対象となりますが、アチェ州一部地域では、女性がバイクの後部座席にまたがって乗ることは「シャリアに反する」と禁止する規則が導入されるなど、シャリア適用の厳格化の傾向があります。
【ジョコ政権で相次ぐ麻薬犯罪者の死刑執行 その大半が外国人】
シャリアの外国人適用はアチェ州だけの話ですが、インドネシアにあっては麻薬犯罪に関与した外国人への死刑執行が国連等の反対を振り切る形で実施されています。
****インドネシアで薬物犯4人死刑執行…国連反発も****
インドネシア司法当局は29日、麻薬などの違法薬物犯罪で死刑判決が確定していたナイジェリア人2人、セネガル人1人、インドネシア人1人の計4人の死刑を執行した。
国連や人権団体が、インドネシア政府に死刑の中止を求めてきた経緯があり、国際的な批判が高まりそうだ。
インドネシアでは毎日30人以上が薬物で死亡しているとされる。現政権は薬物犯罪に厳罰姿勢で臨む構えを見せており、検察幹部は「薬物犯罪を止めるためだ」と正当性を主張している。今後、さらに10人の死刑執行を行う考えも示した。
インドネシアは昨年1月と4月にも、外国人12人を含む計14人の死刑を執行している。これに対し、潘基文(パンギムン)国連事務総長の報道官は声明で、国際法に照らせば薬物犯罪は死刑にあたらないと指摘。インドネシア政府に死刑制度の見直しを呼びかけていた。【7月29日 読売】
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インドネシアでは、薬物輸入犯罪に対する最高刑は死刑と規定されています。
インドネシア及び東南アジア諸国の麻薬犯罪への厳しい対応については以下のように指摘されています。
****インドネシアで死刑執行|薬物密輸と死刑の問題****
・・・・東南アジア地域は国際的な薬物密輸ルートの途中にあり、アフガニスタンやミャンマーで生産されるヘロインや覚せい剤がアジア太平洋地域に向けて密輸される際の重要な中継拠点になっています。
東西冷戦の時代には、薬物密輸によってもたらされる莫大な資金が反政府組織の資金源になり、また近年では、国際的な薬物組織の活動によって地域社会の安定が損なわれてきました。
こうした歴史的な背景から、この地域では薬物犯罪に対して厳しい法制度が採用され、とくに薬物密輸事犯に対しては、最高刑を死刑と定めている国が集中しています。
世界的に死刑廃止の流れが加速しているなかで、とくに、他人の生命や身体を直接侵害したわけではない薬物事犯者に対して、死刑を科すことの是非が問われています。
法律上、薬物の大量密輸や密売などに対する最高刑を死刑としている国は、世界で30か国ほどありますが、その半数ほどは(米国、韓国、インドなど)実際に薬物犯罪のみの被告人に対して死刑が言い渡されることはまずなく、実際に薬物犯罪者に対する死刑が適用されているのは、世界でもわずか17、8か国です。(後略)【2015年4月30日 「弁護士小森榮の薬物問題ノート」】
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死刑制度そのものへの考え方はさておいて、上記のような事情や毎日30人以上が薬物で死亡しているといわれる現状からインドネシア政府が厳しい姿勢で薬物犯罪に対応していることは分かりますが、死刑執行が外国人に偏っており、今回を含めるとジョコ政権になってから死刑が執行された18人中15人が外国人だったという点はどういう事情でしょうか?
死刑執行、それも外国人の死刑執行という“強い姿勢”をアピールすることで、国内における政治的な支持獲得を狙っているのではないか・・・という疑念もあるようです。
なお、ジョコ政権の厳しい姿勢は麻薬犯罪だけでなく性犯罪にも及んでいます。
インドネシアでは4月、西部スマトラ島で10代の少女が集団レイプされた末に殺害される事件があり、国民の間で性犯罪者に対する厳罰化を求める声が高まっていましたが、ジョコ大統領は5月25日、子どもが被害者の性犯罪者に対して、薬剤による去勢や死刑を含む厳罰を科すことを認めた大統領令を発令しています。
【違法操業漁船への厳しい姿勢で中国と対立】
薬物犯罪者への死刑執行ではありませんが、インドネシア・ジョコ政権は違法操業で拿捕した漁船を「爆破」するというショーで国内世論にアピールしています。外国違法漁船の死刑執行でしょうか。
****インドネシア、外国漁船の大量爆破を予告=独立記念日に“見せしめ”****
2016年7月21日、環球時報によると、インドネシアのスシ・プジアストゥティ海洋水産相はこのほど、これまで拿捕(だほ)した外国漁船71隻を8月17日の独立記念日に爆破処理する考えを示した。中国漁船3隻も含まれるとみられている。
今年はインドネシアの独立71周年に当たる。中国社会科学院の研究員は、独立記念日に合わせた漁船爆破について、「違法操業の取り締まりは、現政権、特にスシ氏にとっては際立った成果だ」と述べ、「8月17日の外国漁船爆破はイメージ的な意味合いが大きい」と指摘。「摘発は中国に的を絞ったものではなく、処理される漁船の多くはベトナム、マレーシア、タイなどの船舶」と説明している。
現地紙ジャカルタ・ポストによると、2014年10月から今年4月までにインドネシアが爆破処理した外国漁船は176隻に上る。前述の研究員は「インドネシアはこの先も違法操業の取り締まりに力を入れる」との見方を示した。【7月21日 Record China】
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こうした違法操業漁船への厳しい対応のなかで、南シナ海の各地で操業を強行する中国との関係が険しくなってきています。
****【緊迫・南シナ海】インドネシア、中国に対抗姿勢強める 「中立」から転換 経済水域保護へ特別班発足****
インドネシア政府は(6月)23日までに、中国が軍事拠点化を進める南シナ海での自国の権益保護に向け、国連海洋法条約に精通した専門家による特別班を結成することを決めた。
南シナ海での中国の領有権主張をめぐっては、フィリピンの提訴を受けた常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)が近く、結論を出す見通し。「中立」を表明してきたインドネシアが法的措置に乗り出せば、中国には大きな逆風となりそうだ。
ジョコ大統領は23日、南シナ海南端のインドネシア領ナトゥナ諸島沖で海軍艦船を視察し、同行したルトノ外相など主要関係閣僚らと艦上で会議を開いた。
諸島沖合の排他的経済水域(EEZ)では17日、同国海軍が不法操業の中国漁船を拿捕(だほ)した。だが、中国外務省は19日、現場海域は「中国漁民の伝統的漁場」だと声明で非難した。
異例の艦上会議は、「中国の主張を認めることはできず、大統領は事態を深刻に捉えている」(ルフット調整相)との意思表示だ。
ジョコ氏は20日、国際法で認められたナトゥナ諸島周辺海域の権益保護のため、法律家らによる特別班の結成を指示した。中国が南シナ海の9割を管轄していると主張する根拠の「九段線」は、ナトゥナ諸島沖のEEZと重複する。この海域では、インドネシア当局が不法操業中の中国漁船を今年3月に摘発しながら中国海警局の監視船に漁船を奪われ、5月は海軍が出動して拿捕に成功した。
インドネシア海軍幹部は21日、「(不法操業は)単なる口実に過ぎない」とし、「真の狙いは(同海域には)主権があるとの主張を確立することにある」と指摘。国軍のガトット司令官は、ナトゥナ諸島周辺海域への航空機投入と艦船5隻の派遣を決め、密漁船を“保護”する中国の監視船に対応するとした。
東南アジア諸国連合(ASEAN)の「盟主」であるインドネシアは、南シナ海の領有権で対立する中国と加盟国の間で「調整役」を担ってきた。だが、不法操業をめぐる摩擦で、中国との緊張が高まるのは避けられない情勢だ。【6月23日 産経】
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6月に中国漁船を拿捕した際には、中国側はインドネシア海軍の銃撃によって船員1人が負傷したと抗議していますが、インドネシア側は威嚇射撃だけで負傷者は出ていないと否定しています。
【回復傾向の大統領支持率】
ジョコ大統領の支持率は、就任直後のガソリン価格引上げなどで物価が上昇し、成長も鈍化したことで、いったん落ち込みましたが、このところは回復傾向にあります。
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ジョコ大統領は就任直後の2014年11月、政府の補助金で価格が低く抑えられているガソリンなどの燃料価格を引き上げ、2015年1月からガソリンに対する補助金を廃止しました。
補助金削減によりインフラや教育などに予算を回す財政改革で、中長期的な経済成長の押し上げを狙った政策です。
短期的には物価上昇や成長率鈍化で支持率は低下しましたが、燃料価格引き上げの影響が一巡すると物価は落ち着き、成長率は回復に向かって支持率も上向いてきました。
発足時には少数与党であったジョコ政権は、過半数の国会議員が支持する安定政権となりました。【http://www.eastspring.co.jp/investment/files/indonesia/biweekly/Eastspring_Indonesia_Biweekly20160601.pdf】
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麻薬犯罪者や違法操業漁船への“強い姿勢”も、こうした支持率回復に寄与しているのでしょう。
ただ、“強い姿勢”の行き過ぎは国民の反発を買います。
****断食中に営業のカフェ取り締まり、警察対応に批判 インドネシア****
インドネシアの首都ジャカルタ)郊外で、イスラム教の断食月「ラマダン」の日中に営業していたとして、女性が1人で営む小さなカフェに警察が取り締まりを行ったことに対し、同国のインターネット上で批判や怒りが巻き起こっている。
ジャカルタ西郊のセランでカフェを営む53歳の女性が、食べ物を押収しないよう警察に懇願している映像が今週末、インターネット上で拡散されると、ソーシャルメディアのユーザーたちは当局を非難。女性を助けるためのクラウドファンディングも開始され、13日までに約2万ドル(約210万円)が集まった。
現地メディアによると、女性は借金があるため、少しでも売上を増やすためにラマダンの日中も店を開けていたと述べている。
世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシアだが、日の出から日の入りまで断食が行われるラマダンの期間中にも大都市では、たいていの飲食店は日中も営業している。それだけにこの女性の店に対する強硬な取り締まりに対し、多くの批判の声が上がった。
警察は女性が法律に違反していたとして取り締まりを正当化しているが、ジョコ・ウィドド大統領も警察の対応を非難し、個人として寄付を行うべく側近らに手配を指示したという。【6月13日 AFP】
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宗教的保守化も指摘されるなかで、ラマダン中の営業に世論が同情的だったことは、少しほっとしました。