(【6月28日 産経】)
【オーストラリア・中国の“微妙”な関係】
リオデジャネイロ五輪では、競泳で金メダルを獲得したオーストラリアのホートン選手が、2位になった中国のライバルを指して決勝レース前に「ドーピングの詐欺師に付き合っている時間はない」などと発言したことに中国ネット世論が激怒するという“騒動”がありました。
(中国側の話では、指摘された孫楊選手は、体調不良の際に謝って禁止薬物が入った薬を飲んでしまっただけで、処分も出場停止3カ月と軽微なものだったとのことです。)
****豪州に強まる反発=ドーピング発言、「南シナ海」影響―中国〔五輪〕****
リオデジャネイロ五輪の競泳で金メダルを獲得したオーストラリアの選手が、2位になった中国のライバルを「薬物違反者」と呼んだ問題で、9日付の中国各紙は反発を強めた。豪州が、南シナ海問題で中国と対立していることも影響し、メディアの豪州非難は激しさを増している。
発端は6日に行われた競泳男子400メートル自由形。中国国営新華社通信などによると、豪州のホートン選手は競技前に、中国の孫楊選手の過去のドーピング問題に言及した。
これを問題視した中国の水泳協会は、豪州側に抗議文書を送り謝罪を求めた。しかし、豪州側は「(ホートン選手には)自分の意見を表明する権利がある」として、中国側の要求をはねつけた。
最近、南シナ海問題で中国の領有権主張を否定した仲裁裁判所の判決に従うよう豪州が求めたため、中国で豪州のイメージは悪化している。
謝罪拒否の対応に、9日付の中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は「中国人は激怒している」と反発。かつて英国から豪州に囚人が送られていたことなどを挙げ、「恥ずべき歴史」を持つ国だと主張した。(後略)【8月9日 時事】
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ホートン選手の発言・意図は別にして、記事にもあるように、最近のオーストラリアと中国は“対立”が見られますが、一方で、経済的には中国に期待するところが大きいのも事実です。そうした両国の“微妙”な関係について。
【中国との経済関係に期待する「親中派」ターンブル政権】
オーストラリアでは昨年9月、安倍首相を「最高の友人」と呼んで日豪の蜜月関係を築いたアボット前首相に代って、中国について「豪州と抗日で戦った最も長い同盟者だ」と述べるなど、「親中派」とも言われるターンブル氏が首相となりました。
ターンブル首相の義理の娘の父が中国共産党関係者であるといった関係もあるようですが、そういうことは別にして、オーストラリア経済が中国の鉄鉱石輸入など中国に大きく依存する関係にあり、その中国の需要減退でオーストラリア経済が不振に陥っているという現状を考えれば、「親中派」ターンブル首相ならずとも、中国との関係を重視するのは当然とも言えます。
****ターンブル豪首相が就任 経済政策立て直しが急務****
・・・・豪統計局が今月上旬に発表した4〜6月期の国内総生産(GDP)は、前期比0・2%増と、1〜3月期の同0・9%から減速が鮮明になった。失業率は6%台で高止まりし、労働組合が基盤の野党・労働党が支持を得やすい状況が続く。
豪州経済の減速の主因は、最大の輸出相手国である中国が予想を上回るペースで資源需要を減らしていることだ。主力の鉄鉱石輸出価格は昨年、約50%も下落した。ただ、問題は中国経済にあり、「豪州の首相が何とかできるものではない」(英タイム誌)。
一方、豪州国内に流入したチャイナ・マネーは不動産などの物価上昇を招き、住宅が購入できない若者が不満を募らせるなど、さまざまな弊害を招いている。
このため、ターンブル氏は、産業構造改革や技術革新などを重視すると強調。高い人気を支えに、アボット氏が廃止した資源や環境関連の税制復活など、国民に負担を求める政策にも踏み込む姿勢を示す。(後略)【2015年9月15日 産経】
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今年4月には、ターンブル首相が過去最大の約千人の企業関係者を随行して中国を訪問し、貿易や投資でトップ・セールスを展開すしています。
一方、オーストラリアを訪れる中国人観光客も急増しています。その経済効果に期待するのは日本もオーストラリアも同じです。
****オーストラリアを訪れる中国人観光客が増加、初めて100万人を突破―中国メディア****
2016年1月12日、オーストラリア統計局が発表したデータによると、2015年11月30日現在、オーストラリアへ出かけた中国人観光客が初めてのべ100万人の大台を突破し、前年同期比21.6%増加した。
オーストラリアのリチャード・コルベック観光・国際教育相は、「中国はオーストラリアで最も価値のある観光客源だ。過去1年間に、オーストラリアに来た中国人観光客の増加ペースは観光客全体の増加ペースの3倍になった。消費額は前年に比べて43%増加し、増加ペースは2014年の2倍だった。
中国人観光客の現在のオーストラリアでの消費額は77億オーストラリアドル(約6400億円)を超え、このうち買い物による消費額が約13億オーストラリアドル(約1100億円)で、海外からの観光客のオーストラリアでの買い物消費全体の37%を占める」と話す。
オーストラリアの観光産業研究機関の予測によると、オーストラリアを訪れる中国人観光客は今後も力強い伸びを維持し、24年から25年にかけて、2倍に増えてのべ200万人に達する見込みだ。その時には中国人観光客による消費額が137億オーストラリアドル(1兆1400億円)に上る。【1月14日 Record China】
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これも日本でも同じですが、ひと頃の「爆買い」はオーストラリアでも影を潜めたようですが、それでも観光大臣が道路上に中国語の標識を設置するよう呼びかけるなど、中国人観光客誘致に取り組んでいます。
また、最近は中国の顧客のためにオーストラリアの食品やダイエットピルを購入するいわゆる「代購(代理購入)」が盛んで、代購業者は4万人にものぼるとか。ブームの「代購」は、育児用粉ミルクなどの消費財が対象となっているようです。【8月15日 ロイターより】
【世論調査では「アジアの親友」は中国がトップ】
そうした中国との強い関係を反映して、オーストラリアの世論調査では、「アジアで最高の友人」に日本を抑えて中国が選ばれる結果ともなっています。
****「アジアの親友は?」に中国トップ 豪の世論調査、若年層ほど親近感 「親中」鮮明に 日本は2位****
日本が「準同盟国」と位置付けるオーストラリアの世論調査で「アジアの親友は」との質問に、30%が中国を挙げて首位となり、日本は25%の2位だった。
18〜44歳では中国が36%で日本が21%と、とくに若年層が中国に好感を抱いている実態が浮かんだ。
ローウィ国際政策研究所(シドニー)が2月26日〜3月15日、18歳以上の1202人を対象に電話で実施し、21日に発表した。
今回「親友」の3位はインドネシア(15%)、4位はシンガポール(12%)、5位はインド(6%)、6位は韓国(4%)だった。
もっとも「友好的な感情を抱く国」との調査では、日本の数値は70で10年前調査と比較すると6ポイント上昇。米国(68、同6ポイント上昇)、中国(58、同3ポイント下落)よりも高かった。
同研究所のアレックス・オリバー氏は「オーストラリア人はいつも中国よりも日本に友好感情を抱いてきた」と指摘。一方、07年より最大の貿易相手国である中国にオーストラリア人が持つ感情には「厳格な留保が付く」とも指摘する。
実際、回答で中国への肯定的評価は「あった人」(85%)、「歴史と文化」(79%)、「経済成長」(75%)の順で高かった。
一方、否定的評価では「人権」(86%)、「地域での軍事行動」(79%)、「制度と政府」(73%)が上位を占めた。「多文化主義」の移民国家として中国に寛容な姿勢を示す一方、政治や軍事拡張に警戒感を抱いている実情が浮かぶ。
また、豪州にとり同盟国の米国と中国のどちらが重要かとの問いには、米中がいずれも43%で並んだ。前回14年調査では米国が48%で、中国の37%を上回っていた。米国との同盟が「非常に重要」「まあ重要」との回答は計71%と、前年から9ポイント減少した。
ただ、南シナ海で中国の人工島周辺に艦船を航行させる米国の「航行の自由作戦」には74%が賛成を表明(後略)【6月28日 産経】
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“「多文化主義」の移民国家”ということに関しては、オーストラリアが移民国家であることは間違いありませんが、寛容な“多文化主義”が今も維持されているかは議論のあるところです。
それはともかく、オーストラリアの中華系住民は2011年の推計で86万人(豪州生まれ含む)、人口の約4%を占め、現在は100万人を超すとの見方もあり、政治・社会的にも大きな影響力を有しています。【7月1日 産経より】
【南シナ海問題など、安全保障面での懸念も】
上記意識調査にも反映されているように、オーストラリア国民の中国に対する感情は、経済関係に基づく親近感と、政治や軍事拡張に対する警戒感が併存しています。
政策的にも、その二面性で悩ましい選択を迫られます。最近では南シナ海問題などでの“対立”が前面にでることが多くなっています。
****豪州、安保か経済か苦悩 南シナ海で緊張/中国、景気回復に必要****
オーストラリア空軍が主導する合同軍事演習「ピッチ・ブラック2016」が8月19日まで同国北部で開かれ、米国やシンガポールなど過去最多の10カ国が参加している。
最大の同盟国・米国と密接な関係を保ちつつ、南シナ海問題を視野に入れて空軍強化にも乗り出した豪州は最近、中国との関係がぎくしゃくする場面も。安全保障と経済の間でジレンマに陥っている。(中略)
昨年9月に就任したターンブル首相は、最大の貿易相手国・中国との関係を重視してきた。だが最近は、南シナ海問題で緊張が高まる場面が目立つ。
中国の権利主張を否定した今年7月の仲裁裁判所の判決について、ビショップ外相が「拘束力がある」と発言。中国は発言を強く批判した。
豪州国内ではインフラ施設を中国企業がリース・買収しようとする動きへの反発も高まっているが、資源ブームが終わった豪州で、景気回復に中国の存在が欠かせないのも現実だ。
モリソン財務相は今月11日、ニューサウスウェールズ州の送電事業の売却に関し、「国益に反する」として、買収に名乗りを上げていた中国と香港の企業の承認を拒否。「安保」を優先させた形だが、中国側がさらに態度を硬化させることも考えられる。【8月16日 朝日】
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【中国企業の国内資産買収へ「市民が敏感になっている」】
国民にも中国による国内資産買収への警戒感が強まっており、オーストラリアメディアは「市民が敏感になっている」とも。そうしたことを反映して、オーストラリア政府が中国からの直接投資審査で慎重姿勢を強めているとも言われています。
中国の企業連合が韓国の国土に匹敵する広さの牧場を3億7070万豪ドルで落札しましたが、総選挙を控えたターンブル政権が売却を拒否し、中国企業側は今年5月に買収を一時断念する騒ぎも起きています。【7月20日 産経より】
今月11日には、電力公社オースグリッドの売却入札で、中国企業2社からの応札を「安全保障上の懸念」からオーストラリア政府が拒否する事態ともなっています。
****豪政府、電力公社の中国企業への売却阻止 「安全保障上の懸念」*****
オーストラリア政府は11日、最大都市シドニーなどで送電を手掛ける電力公社オースグリッドの中国企業への売却を阻止する予備決定を下した。
オースグリッドの売却入札には、中国の電力配送会社、国家電網と香港の長江基建集団が応札していたが、国益に対するリスクがあると判断した。
モリソン豪財務相は、声明で「審査の期間中に、オースグリッドが企業や政府に提供している重要な電力・通信サービスにおいて国家安全保障上の問題が確認された」と説明した。
国家電網からのコメントは現時点で得られていない。著名実業家、李嘉誠氏が率いる長江基建集団は豪政府の決定について、自社とは関係ないとしている。
オースグリッドの予想売却額は100億豪ドル(77億米ドル)超と同国最大の民営化案件になることが見込まれていた。【8月12日 ロイター】
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当然ながら、中国側はこの決定に反発しています。
****中国商務省が豪政府に懸念示す、電力公社の買収拒否で****
オーストラリアの電力公社オースグリッドの売却入札で、中国企業2社からの応札を豪政府が19日正式拒否した件について、中国商務省は同日、同国企業による豪州への投資に著しい悪影響をもたらす可能性があると述べた。
商務省はウェブサイトで声明を公表。豪政府による決定は2国間の貿易関係に悪影響を与えるとし、豪州が海外からの投資に対し公正で透明性の高い環境を提供するよう望むと表明した。【8月19日 ロイター】
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【新たに政治献金問題も】
そうした“微妙”な中国・オーストラリア関係にあって、中国からの政治献金問題も浮上しています。
****中国からオーストラリアへの政治献金拡大、「政策に影響も」懸念****
2016年8月24日、オーストラリア公共放送ABC(オーストラリア放送協会)はこのほど、中国から自国政党への政治献金が増えていることを受け「政策に影響するのではないか」と懸念を示した。環球時報(電子版)が伝えた。
中国関連企業が13〜15年、オーストラリア政府の承認を経た上で、与党オーストラリア自由党に550万オーストラリアドル(約4億2000万円)を政治献金したことが分かっている。
ABCは中国人や情報機関関係者40人以上が13〜15年、オーストラリアへ政治献金したと指摘。献金者の氏名、金額、対象、対象者との関係などを詳細に伝えた。
中国人ビジネスマンとオーストラリア政府関係者が一緒に写った写真なども複数掲載した。最も金額が多かったのは中国政府関係者による85万オーストラリアドル(約6500万円)。専門家は「中国政府はオーストラリアに対する政治的影響を拡大しようとしている」と分析した。
さらに、オーストラリア軍や安全保障部門が中国による影響拡大に懸念を示していることも報じている。【8月26日 Record China】
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違法性はないのでしょうが、「市民が敏感になっている」時期だけに注目される問題です。