
(爆発で上がる煙 【8月30日 朝日】)
【「中央アジア随一の民主国家」キルギスで増えるイスラム過激派 卒業しても国内では就職困難】
中央アジアのキルギスで中国大使館を狙ったとも思われる自爆テロが起きています。
****キルギスの中国大使館に自動車が突入し爆発、自爆テロか****
キルギスの首都ビシケクの中国大使館で30日、自動車が門を破って突入しようとして爆発。自動車を運転していた男が死亡したほか3人が負傷した。自爆攻撃とみられている。
内務省報道官は、自動車が中国大使館の敷地内で爆発したとし、ラザコフ副首相が爆発を「テロ行為」と述べたとしている。
事件は0400GMT(日本時間午後1時)ごろ発生した。警察と国家治安当局が調査している。
イスラム教徒が大半のキルギスでは、過激派組織「イスラム国(IS)」との関連が疑われる武装メンバーが当局によって頻繁に拘束されている。
また、キルギスを含む一帯では、ウイグル族で構成する反中国武装集団も活発に活動している。2014年には中国・キルギス国境を不法越境した武装集団のメンバーとみられる11人をキルギス国境警備隊が殺害している。【8月30日 Newsweek】
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キルギスをを含む中央アジア一帯は、かねてよりイスラム過激派の活動が報じられているエリアです。
“中央アジアのキルギス、ウズベキスタン、タジキスタンにまたがるフェルガナ盆地はイスラム過激派の温床として知られる。キルギスで1999年、日本人技師4人の拉致事件を起こした「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓ったとされている。”【8月30日 産経】
昨年末にはユニセフ関係者から、キルギスで中東イスラム色が濃くなっていることへの懸念も報じられていました。
背景には、まずは経済問題。働き口がない状態では過激思想が容易に拡散します。
更に、民族問題などもあります。
****キルギスで強まる「中東イスラム色」、過激派にリクルートされる若者も!****
中央アジアのキルギスで、イスラム武装勢力にリクルートされる若者が現れ始めた――。これは、国連児童基金(UNICEF)の杢尾雪絵キルギス事務所代表が10月30日に都内で開かれた活動報告会で語ったもの。
「キルギスでは年々、中東のイスラム色が濃くなっている。経済や教育、民族対立などさまざまな要因がそこには絡み合っている」と語った。
イスラム武装勢力に入る若者が増える最大の要因は、大きな産業がないことだ。キルギスの1人当たり国内総生産(GDP)は1299ドル(約16万円、2014年)で、パキスタンと同じぐらい。
GDPの約3割を海外出稼ぎ労働者からの送金に依存しているのが特徴だ。学校を卒業しても、富裕層やコネをもつ者以外は国内で就職することは厳しい。
就職難に、「やりがいのあることがしたい」「自分の力を試したい」といった思いが加わって、若者はイスラム武装勢力に入隊する。
杢尾氏は「正確な数字は出ていないが、一部の調査では200~300人といわれる」と指摘する。
UNICEFは若者の武装化を阻止するために、キルギスの情勢を安定させたい考えだ。経済や教育、他民族理解など複数の分野を支援する「平和構築事業」を手がける。主なターゲットは青少年と幼い子どもたちだ。
教育分野では「青少年センター」を設置する。このセンターでは、コンピュータや英語、ロシア語などのスキルのほか、平和や他民族との共存をどうやって実現できるかなどについても学ぶ。「若いときから教養を身につけ、平和を考えることで、社会で活躍できる人材を育てられる。ひいては国の情勢安定にもつながる」と杢尾氏は効果を強調する。
またUNICEFはかねて、平和構築事業の一環として、コミュニティを基盤とする幼稚園を設置してきた。物件探しや家具作りなどを地域住民と一緒に進めることで、その地域が一体となる。すでに64の幼稚園を立ち上げた。地域の安定につなげる狙いがある。
キルギスの情勢を悪化させる潜在的な要因のひとつになっているのが民族対立だ。キルギスは、人口の7割を占めるキルギス人のほか、ウズベク人、カザフ人などが暮らす民族複合国家。民族対立が起こることも少なくない。2010年にはキルギス人とウズベク人の間で大きな暴動が発生。470人が死亡、40万人が避難を余儀なくされた。
平和構築事業には、民族対立を防ぎ、政情安定を目的とする「複合言語教育」がある。少数民族も、国語であるキルギス語、公用語であるロシア語を学び、加えて自らの言語も維持できるプログラムだ。それぞれの少数民族がアイデンティティを保ち、ともに学ぶことで異なる民族同士の対話が生まれることを目指す。
キルギスは、実は、中央アジアで随一の民主国家だ。独裁体制を強めるウズベキスタンやタジキスタンなどの周辺諸国とは対照的。中央アジアの「希望の星」と称される。【2015年11月8日 ganas】
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独裁体制国家が多い中央アジアにあって、キルギスは“中央アジア随一の民主国家”とされています。
ただ、いろいろと紆余曲折はありました。
2005年の「チューリップ革命」でアカエフ大統領が辞任に追い込まれ、民主化を掲げるバキエフ大統領が就任。
しかし、「民主化の希望の星」だったバキエフ大統領も“プーチン流独裁に陥ったとされ”【ウィキペディア】、国民の不満が高まりました。
その後の政変・混乱については、2010年12月20日ブログ“旧ソ連、ベラルーシはルカシェンコ支配継続、キルギスは中央アジア諸国で初の議会制民主主義実現へ”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20101220で、以下のように。
*****政変、人道危機を超えて****
従来からの南北の政治対立を背景に、(2010年)4月、南部出身のバキエフ前大統領が追放される政変が起きましたが、その政治混乱のなかで、ウズベク系住民が多い南部では、これまた以前からあるキルギス系とウズベク系の民族対立が表面化し、400人以上の死者を出す民族衝突に発展。隣国ウズベキスタンに越境したウズベク系難民は10万人以上に達しました。
また、キルギス国内の避難民も約30万人に達し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、キルギスに「人道危機」が迫っていると警告を発する混乱状態にもなりました。
そうした混乱を収束させるべく、6月27日にはオトンバエワ暫定大統領の信任と新憲法案の是非を問う国民投票が行われ、投票総数の約9割の賛成で承認され一応の安定に向けて動き出しました。
10月には、他の中央アジア諸国が独裁体制を敷くなかで、中央アジア諸国で初の議会制民主主義を実現するための議会選(1院制、定数120)が実施され注目を集めました。
再度の民族衝突なども懸念された選挙でしたが、大きな混乱なく実施されました。【2010年12月20日ブログより再録】
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2010年の政変後、中央アジアで初の議院内閣制に移行。憲法改正により、大統領権限の多くが首相や議会に移されるなどの政治改革が進められました。
2011年10月30日実施された大統領選挙では、連立与党の社会民主党を率いるアルマズベク・アタムバエフ首相(55)が当選。2代続けて市民の抵抗運動で大統領が失脚してきたキルギスにあって平和的な権限移譲が初めて実現しました。
非常に残念な言い方ではありますが、キルギスのこうした民主的で自由な政治状況が、イスラム過激派の跋扈を許した側面もあるのかも。中央アジアの独裁国家は人権侵害が問題視されていますが、その独裁で過激派の流入・活動を抑えているという側面もあります。
もちろん、経済問題や民族対立にきちんと対処できていれば、民主的社会にあっても問題は生じないのですが。
アラブの春の発端となったチュニジアが、地域では随一の民主的国家である一方で、経済不振から多くのイスラム過激派を生んでいるのとも似ています。
【中国の抑圧的政策に反発したウイグル族過激派による犯行との見方も】
今回の自爆テロが中国を標的にしたものだったのかはまだ定かではありませんが、“ワゴン車が大使館の門に突っ込もうとし、その際に爆発した”【8月30日 産経】とのことで、中国大使館の壁が崩れたとか。
当然ながら、中国は「極度に暴力的な攻撃」と非難し、キルギス当局に対し「事件の真相解明」を求めています。
中国との関連では、冒頭記事にもあるように“ウイグル族で構成する反中国武装集団も活発に活動している”【8月30日 Newsweek】状況があります。
“中央アジア諸国の治安当局はまた、中国新疆ウイグル自治区の独立派が域内に浸透を図っているとの見方を強めてきた。”【8月30日 産経】とも。
ソ連が崩壊すると、中国は直ちに旧ソ連から分離独立した中央アジア諸国を歴訪し、国交を結んでいます。
“これらの国は、すべてその昔、シルクロードの沿線上にあった、中国にとっての「西域(さいいき)」である。まるで「ここは私の陣地」と言わんばかりの「唾付け」であった。”【2015年10月26日 遠藤 誉氏 Newsweek】
その後も、習近平主席の掲げる一帯一路構想において、中央アジアは極めて重要な位置を占めるに至っています。
しかし、国内にウイグル族問題を抱える中国にとって、中央アジアにおけるイスラム過激派の拡大はウイグル族の反体制運動を刺激する極めて敏感な問題でもあります。
中国国内のウイグル族関連の問題については、最近はあまり報道を目にしません。中国当局が力で抑え込んでいる状況でしょうか。
6月に来日した亡命ウイグル人組織を束ねる「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長は「火炎放射器で殺害するなどすさまじく、ウイグル人は土地や家を売って難民となっている」ちょっとしたトラブルや中国人とにらみ合いなどをしたら、その場で射殺する権限が現場の警察官に与えられている」【6月2日 産経】とも語っています。
こうした「圧政」がイスラム過激派を生んでいるとの批判もありますが、中国当局は反撥しています。
****中国の圧政でウイグルから百人超がISに加入=米報告に中国反発****
2016年7月20日、中国の政策が「イスラム国」への加入を助長しているとの指摘に対し、中国の専門家が反論した。
仏AFP通信は20日の報道で米シンクタンクの報告を紹介。それによると、中国が新疆ウイグル自治区において宗教活動を制限する政策をとっているために、同自治区で100人余りのイスラム国加入者を招いたと指摘した。
同指摘に対し新疆大学中外研究院の潘志平(パン・ジーピン)教授は、「めちゃくちゃなロジックだ。この考えだとイスラム国に加入している米国人や英国人、フランス人も自国の政策が原因だということになる。政府は新疆ウイグル自治区の正常な宗教活動に干渉していない」と述べた。
さらに、中国の反テロ専門家も潘教授と同じ見解で、「イラク戦争がなければ今のイスラム国は存在しなかっただろう。米国が軍事的な干渉を世界で展開したことがイスラム国の台頭を招いた主因である。米国の政界とシンクタンク、メディアは最も自国の行為を見直してみるべきだろう」と批判した。【7月21日 Record China】
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隣接するキルギスなど中央アジア諸国でイスラム過激派が浸透すれば、いくら中国国内でウイグル族を抑圧しても限界があります。
今回自爆テロは、そうした問題を中国指導部に突き付けるものともなります。
【隣国ウズベキスタンで強権支配を続けるカリモフ大統領死亡?】
なお、“キルギスとウズベキスタンの両軍が1週間以上、国境を挟んでにらみ合い、一触即発の危機を続けた”【3月27日 時事】といった話もあった隣国ウズベキスタンでは、長期独裁を続けるカリモフ大統領の死亡報道も流れていますが、当局は否定しています。
****ウズベク大統領「死亡」報道 当局は否定、権力争い激化か****
中央アジアの通信社「フェルガナ・ルー」は30日までに、ウズベキスタンの独裁者、イスラム・カリモフ大統領(78)が脳出血のために「死亡した」と報じた。ロシアの一部メディアも「死亡」を報じたが、ウズベク当局は否定しており、情報は錯綜(さくそう)している。
ウズベク政府は28日にカリモフ氏の入院を発表。29日には、次女のローラ氏が、カリモフ氏は27日に脳出血を起こし、集中治療室(ICU)に収容されていることを明らかにしていた。ローラ氏やウズベク政府筋は「容態は安定している」と説明してきた。
フェルガナ・ルーは、「29日午後に死亡した」と報じている。
カリモフ氏は1991年のソ連崩壊前からウズベクで最高位にあり、四半世紀にわたって独裁体制を維持してきた。確固とした後継者が指名されていなかったため、権力の空白が長期化すれば、次期大統領ポストをめぐる支配層の内紛が激化する可能性がある。
カリモフ氏が強権統治で押さえ込んでいた反体制派やイスラム過激派が台頭し、地域情勢が流動化する恐れも指摘されている。【8月30日 産経】
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強権統治でいくら抑え込んでも、いつかは噴出します。それも、より大規模、より過激な形で。
それすら許さない圧政で・・・・ということになれば、過激派だけでなく、国民全体が圧殺されます。