
(8月6日 広島で、「核兵器のない世界」に向け努力を積み重ねていくことを誓う安倍首相 【8月6日 朝日】)
【オバマ大統領の核先制不使用宣言検討に対し、日本など同盟国から強い疑義】
来年1月に退任するアメリカ・オバマ大統領が、自身のレガシー(政治的遺産)として、核兵器の先制不使用宣言を検討しているとのことです。
“オバマ氏は広島訪問で改めて発信した「核兵器なき世界」の段階的実現に向け、核攻撃への反撃を除いて核兵器を使わない政策を検討している。核実験を禁止する国連安全保障理事会決議を採択する構想もあるという。
先制不使用は通常兵器や化学兵器などによる攻撃への反撃として核兵器を使わず、対核兵器に限ることで核使用を限定する。核保有国の中では中国が先制不使用を宣言している。”【8月16日 日経】
しかし、国内外の反対が強く、実現は困難と見られています。
****「核抑止依存」という現実の厚い壁 オバマ米大統領の核先制不使用宣言は頓挫の見通し****
オバマ米大統領が検討している核兵器の先制不使用宣言は、政権内外からの反対に遭い、頓挫する見通しが強まってきた。「核兵器なき世界」を一段と進めるという理想は、国際社会がなお、核抑止力に依存している現実という厚い壁に阻まれている。
2009年4月、プラハ演説で「核兵器なき世界」を初めて目標に掲げたオバマ氏は、今年5月の被爆地・広島での演説で、この理念の実現を目指す決意を表明した。
その後、具体策の一つとして検討されてきたのが、核兵器の先制不使用だ。核政策の大幅な変更であり、これには(1)核実験禁止を確認する国連安全保障理事会の決議採択(2)21年に期限切れとなるロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)の5年間延長(3)核兵器の改修・更新計画の縮小−なども含まれている。
来年1月に退任するオバマ氏には、核兵器の役割低減を図る政策を進展させ、レガシー(政治的遺産)を形にする狙いがある。
だが、北朝鮮は核・弾道ミサイルの開発に邁進(まいしん)し、中国も北米を射程に収める多弾頭型の移動式長距離弾道ミサイルの開発に余念がない。ロシアは戦術核を強化し欧米を脅かしている。
これら核戦力が強化されている中で、日本をはじめとする同盟国などから強い疑義が呈されることは、自明の理だといえよう。
オバマ政権内でカーター国防長官らが「米国が先制不使用を宣言すれば、同盟国に米国の核抑止力に対する不安を抱かせ、独自に核開発に走る国が出てくる可能性がある」と反対していることも、うなずける。
米軍や野党・共和党にも「核政策の柔軟性を、急速かつ著しく損なう」との反対論が強い。核保有5大国では中国が唯一、先制不使用を宣言しているが、うのみにできないのが実情だ。【8月16日 日経】
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アメリカ国内では、ケリー国務長官やカーター国防長官が反対の意向を示しているほか、空軍長官が公の場で懸念を表明しています。
****核先制不使用に懸念=「個人的には疑問」―米空軍長官****
ジェームズ米空軍長官は17日、ニューヨークで記者会見し、オバマ大統領が検討中とされる核兵器の先制不使用宣言について、「懸念する」と述べた。
核先制不使用をめぐり、米メディアはケリー国務長官やカーター国防長官、日本を含む同盟国が反対していると報じているが、米政権幹部が公の場で懸念を表明するのは異例。
ジェームズ長官は、潜在的な敵国に明確なメッセージを発したい場合もあれば、「あいまい戦略」が最善策の場合もあると指摘。核兵器の先制不使用を事前に明言する政策に関し「個人的には疑問だ」と語った。【8月18日 時事】
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通常戦力でアメリカに劣るロシアは核を中核とした軍備に固執していますが、欧州のミサイル防衛計画や韓国へのTHAAD配備などでアメリカへの不信感も強く、先制不使用宣言についても現実味を疑う見方が強いとのことです。
****露、核戦力の近代化に邁進 米の兵器高度化、MDを警戒 核先制不使用****
オバマ米大統領が検討している核兵器の先制不使用宣言について、ロシアではその現実味を疑う見方が強く、これまでに公式反応は出ていない。
米国や北大西洋条約機構(NATO)に通常戦力で後れをとるロシアは、核兵器を「中核」とする軍備増強に邁進(まいしん)。また、米国による高度通常兵器の開発やミサイル防衛(MD)システムの配備、核兵器の更新計画に対する警戒感を強めている。
ロシアが2010年2月に改定した軍事ドクトリンは、通常兵器による大規模攻撃にも「核兵器の使用を辞さない」とうたっている。米国が高度通常兵器で世界各所への短時間攻撃を可能にする「グローバル・ストライク」構想も打ち出す中、ロシアは核兵器によってしか米国との戦力格差を埋められない事情がある。
プーチン露政権は11〜20年の長期的な軍備刷新計画を進めており、戦略核兵器はその根幹を成している。米MD網を突破できるとされる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の「ブラバ」や、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の「ヤルス」、新型のボレイ級原子力潜水艦や戦略爆撃機の配備を進め、核戦力の近代化を図りつつある。
米露の新戦略兵器削減条約(新START)に基づく3月時点のデータによると、ロシアの配備済み核弾頭数は1735と11年以降で200近く増え、米国の1481を上回っている。
ロシアは他方、米国が、命中精度や制御力を高めた新型爆弾「B61−12」の製造準備を進めていることについて、「核兵器使用のハードルを下げることにつながる」(露外務省高官)と批判。米国による「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備にも、米MD網強化の一環だとして反発を見せている。【8月16日 産経】
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米ロのレベルからは大きく劣る自国の核事情から先制不使用を宣言している中国にとっては、アメリカの先制不使用宣言は“好都合”とのことのようです。アメリカの先制使用の危険がない間に、せっせと大陸間弾道ミサイルなどの開発を進めるつもりとも。
*****米国の核先制不使用は中国の“宿願”核弾頭約260発保有も米露に及ばず*****
中国は原爆実験に初成功した1964年以降、核兵器の「先制不使用」を表明している。米国やロシア(旧ソ連)と比較すると核戦力に著しい差があり、自ら先制不使用を宣言することで両大国に核軍縮を求める外交カードとして利用してきた。米の軍事介入を防ぎたい中国にとって先制不使用政策は“宿願”だ。
同時に中国は、米国の核戦力に対抗するため大陸間弾道ミサイルの開発に多大な資源を投じている。昨年9月に北京で開かれた抗日戦勝70年記念の軍事パレードでは、米国に直接届く東風(DF)31A型と5B型を見せつけた。
昨年末には戦略ミサイル部隊の第2砲兵部隊を「ロケット軍」に格上げ。核弾頭保有数は非公表だが、米露などが核削減を進める中で中国は増加傾向にあるとされ、ストックホルム国際平和研究所によると今年1月時点で約260発を保有している。
中国が南シナ海で軍事拠点化を進めているのは、海洋権益の確保と米国への軍事的な対抗が主眼にある。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載した潜水艦が海南島から南シナ海の深海部を通り西太平洋に出ることで米国への核抑止力は飛躍的に強化される。
茅原郁生・拓殖大名誉教授は米国の先制不使用政策について「中国にとってみれば大変好都合なこと。中露は平気で国際秩序を無視して現状を変える国であり、米国の核抑止力がそれを止めうる唯一の手段だ」と指摘する。【8月16日 産経】
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どのみち、米ロ、あるいは中国といった報復能力のある国の間では、「先制不使用」を宣言しようが、しまいが、実際には核兵器は“使えない兵器”となっているとも言えます。
報復覚悟で核攻撃に出ることは考えられませんし、米中ロの間で核攻撃を必要とするような通常兵器による大規模侵略が起こるとも思えません。
紛争の可能性があるのは、アジアで言えば、朝鮮半島とか台湾、そして日本といった地域でしょう。
ただ、(どういう事情か想定は困難ですが)仮に中国あるいはロシアが東京に大規模攻撃をしかけた、あるいは、核攻撃をしかけたといった場合、アメリカが先制であろうが報復であろうが、ニューヨーク・ワシントンが消滅する危険をおかして北京やモスクワに核攻撃をしかける・・・・というのはあり得ないでしょう。
ましてや尖閣諸島などの“小競り合い”で核使用が検討されることは100%あり得ません。
そういう意味で、やはり先制不使用宣言の有無は現実問題には関係がなさそうです。
唯一、関係がありそうなのが北朝鮮の動向です。
日本・安倍首相もそのあたりを配慮して、宣言には反対の意向を伝えています。
****安倍首相、米の核先制不使用検討に反対伝達 ****
15日付の米紙ワシントン・ポストは、オバマ米大統領が核兵器を最初に使わない先制不使用宣言を検討していることについて、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に反対の意向を伝えたと報じた。北朝鮮などへの抑止力が低下し、紛争リスクが高まる懸念があると伝達したとしている。(後略)【8月16日 日経】
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いかに北朝鮮といえども、日本との間で、核兵器使用が考慮されるような事態というのは想定しづらいところがあります。
仮に北朝鮮がノドンを東京に打ち込んでくるとしたらもはや“正気の沙汰”ではなく、そうした“狂気”(北朝鮮の場合は“狂気”にもやや現実味があります)に対し核兵器の先制不使用宣言がどういう影響を持つか考えても仕方がないところがあります。
アメリカの先制使用に対する恐怖から、核を先に撃ってくることも考えられます。
もっと現実性があるのは北朝鮮の韓国への侵攻(あるいは中国の台湾侵攻)ですが、そうしたケースを想定すると、日本としては、アメリカに核の先制使用などされたら困るのではないでしょうか。
先述のように中国にアメリカが核攻撃することは考えられませんが、報復能力の殆どない北朝鮮に対してならありうるでしょう。
しかし、おそらくそうした事態に至るまでには、アメリカに同調する日本との関係も悪化しているでしょうから、核兵器が飛び交うような事態となれば、その一部は日本にも飛んできます。
日本としては、38度線侵攻があろうと、台湾進攻があろうと、核兵器が使用されるような状況をつくらないことが重要なのでは。
そういた意味で、東アジアの核に関する緊張緩和を促す「先制不使用宣言」ということであれば、日本にとっては検討に値するのではないでしょうか。
核抑止の話は、ブラフをかけながら相手の出方を想定するゲームのようで、いかようにも想定できます。
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先制不使用宣言は核抑止力に影響を与えるとして日本や韓国、英国、フランスなどの同盟国が反対。ケリー国務長官やカーター国防長官らも、核抑止力への不安が広がると同盟国で核開発が加速すると懸念しているとの報道もある。このため実現は不透明だ。
同紙(米紙ワシントン・ポスト)は会談日時について触れていないが、日本の外務省によると、訪日したハリス氏は7月26日、首相官邸で安倍首相と約25分間会談した。日米同盟を一層強化することなどで一致したとしているが、発表文では先制不使用宣言について協議したかどうかは言及していない。
田上富久長崎市長は8月10日、松井一実広島市長と連名で、米の先制不使用の実現を後押しするよう日本政府に求める要請書を安倍首相らに出している。【8月16日 日経】
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【「核軍縮に反対している真の敵はここ(会議場)にいる」】
核兵器に関するもうひとつの動きは、国連における「核兵器禁止条約」に関する議論です。
唯一の被爆国として核軍縮をアピールする日本ですが、やはり「核抑止力」「核の傘」を重視する現実論から、早急な「核兵器禁止条約」には反対する立場をとっています。
そうした「漸進的アプローチ」を主張する日本のような国々に対しては「核軍縮に反対している真の敵」との評価も。
****<国連・核軍縮>「17年中に核禁止条約交渉開始を」****
◇100カ国以上が表明、条約推進派が勢い
スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開会中の核軍縮国連作業部会で16日、100カ国以上が地域機関代表などを通じて、来年中に核兵器禁止条約の交渉を開始すべきだとの立場を表明し、条約推進派が勢いを見せ付けた。段階的な核軍縮を主張する少数派は守勢に立たされている。
中南米、アフリカ、東南アジア、南太平洋などの国々が「核廃絶は急を要する」(ドミニカ共和国)、「核兵器がある限り事故や爆発の危険が残る」(ラオス)などと交渉開始を支持。キューバやコスタリカなどは「来年中の交渉開始」を作業部会として国連総会に明確に勧告するよう求めた。
交渉開始への支持表明が相次いだ理由について、推進派のオーストリアのトマス・ハイノツィ国連代表部大使は毎日新聞に「サイレントマジョリティー(物言わぬ多数派)が声を上げた」と説明。「来年中の交渉開始を支持する国が100カ国以上に上ったのは明白だ」と指摘した。
一方、非政府組織(NGO)からは、核実験全面禁止条約(CTBT)の早期発効などを通じた核軍縮の積み重ねによる「漸進的アプローチ」を主張する北大西洋条約機構(NATO)加盟国や日本など少数派グループへの批判が出た。
NGO「ワイルドファイア」のリチャード・レンナン氏は、オバマ米政権が検討中の核兵器先制不使用政策に日本や韓国が反対の意向を伝えたとの米紙報道を引用し、「核軍縮に反対している真の敵はここ(会議場)にいる」として「漸進的アプローチ」陣営を批判した。
作業部会は17日の議論の結果を踏まえ、秋の国連総会に提出する報告書を19日に採択する予定。タニ議長(タイ)は16日の会合終了後、合意の取りまとめについて「楽観している」と述べた。【8月17日 毎日】
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早急な対応を求める立場で議論を主導してきたメキシコのホルヘ・ロモナコ駐ジュネーブ国連・国際機関代表部大使は、議論に核保有国が参加していないことから「実効性がないのでは」といった見方に対し、”私たちは長年、「核保有国がいなければ何もできない」という考えにとらわれてきた。だが、それは保有国に力を与えることで、まさに「現状維持」だった。”【8月17日 毎日】と答えています。
確かに「現実論」に終始していては、結局「現状維持」から抜け出すことはできないでしょう。
核兵器については、戦争で使用される危険よりは、事故や人為的ミスによる爆発の方が現実味がありそうです。
これまでも、そうした危機的事例は(恐ろしいことに)多々ありますし、核保有国が大量にため込んでいる古い核兵器の管理・更新も難しくなっています。
****差し迫る核誤爆の脅威****
<トランプが核のボタンをもつよりひょっとしたら怖い話。新作ドキュメンタリー映画『コマンド・アンド・コントロール』によれば、米エネルギー省の機密資料から発掘した「核兵器運用上の事故」は千件以上。核弾頭を飛行機から落としたり、地上で失くしたり、爆風で30メートルも飛ばしたり......。今まで大惨事に至らなかったのが奇跡というべきだが、米国防総省は「核の安全神話」の上にあぐらをかいている> (中略)
そうした事故がいまだ大惨事に至っていない理由について、シュローサ―は「まったくの幸運だが、運はいずれ尽きる」と語る。「パソコンや車と同様、核兵器も所詮は機械。機械はいつか必ず不具合が生じる」(中略)
身震いするほど恐ろしかった
1980年9月18日の夜、メキシコ州のサンディア国立研究所で核兵器の研究に携わっていた科学者のロバート・ピュリフォイは、一本の電話に耳を疑った。アーカンソー州ダマスカス郊外のミサイル発射基地で、大陸間弾道ミサイル「タイタンⅡ」の保守点検作業をしていた若い作業員が、誤って重さ3キロほどの工具を数メートルの高さから落とした。それでミサイルの燃料タンクの表面に穴が開いたというのだ。
燃料漏れから大規模な爆発が起きれば、核弾頭が爆発する一触即発の危機だった。(中略)
間に合わなかった。ついに格納施設内で燃料爆発が起き、9メガトンという当時のアメリカで最強の威力を誇る核弾頭が爆風で空高く吹き飛び、30メートル離れた地上に落下した。
「自分は何としても事故現場に行かねばならないと覚悟していた。その核弾頭でいつ核爆発が起きても不思議ではなかった」とピュリフォイは当時を振り返る。
幸い、最悪の事態は免れた。安全装置が作動し、核爆発は起きなかったのだ。政府関係者の中には、大惨事に至らなかったのを良いことに、アメリカの核兵器は製造から30年以上経っても安全だと証明されたと豪語する者もいた。だがピュリフォイの危機感は消えなかった。「あの事故に関する記録を隅々まで読みあさって、身震いするほど恐ろしくなった」
1961年には、ノースカロライナ州上空で米空軍のB-52爆撃機が空中分解し、積んでいた核爆弾2発が地表に落下する事故が起きた。「うち1発は起爆のために必要なすべてのステップが実行に移され、地上に落下した時点で爆発用のシグナルが送られていた」とシュローサ―は映画で語っている。「水爆の爆発を寸前で阻止したのは、たった一つの安全装置だ」(中略)
「事故は必ず起きる。それが明日なのか、何百万年も先になるのかは分からない。確かなのは、いつか事故は起きるということだ」【8月15日 Newsweek】
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