(5月27日 先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)でのメルケル首相とトランプ大統領【5月30日 ロイター】)
【「同盟国だけに依存できる時代はある程度終わった」】
先進7カ国(G7)首脳会議を受けて、アメリカ第一の姿勢を崩さず国際協調を軽視したアメリカ・トランプ大統領の姿勢に、ドイツ・メルケル首相が「同盟国だけに依存できる時代はある程度終わった」と異例の強い調子の不満を表明。これにトランプ大統領も応戦する形で、これまた異例の“罵りあい”の様相を見せていることは周知のとおりです。
****同盟国だけに依存できる時代終わった=メルケル独首相****
ドイツのメルケル首相は28日、先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の終了後、欧州が同盟国だけに依存することはできないと述べた。
首相は、北大西洋条約機構(NATO)同盟国を批判し、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」への支持を表明しなかったトランプ米大統領への名指しを避けた。ただ、欧州が同盟国だけに依存できる時代は「ある程度終わった」と言明。「欧州が本当に自分たちの運命を自分たちの手で握るべきだとしか言えないのは、そのためだ。もちろん、米国や英国との友好関係や、ロシアとであっても、他国との良い隣国としての関係に基づいてだ」と話した。
さらに「ただ、自分たちの将来のため、欧州人としての運命のため、自分たちだけで戦うべきだと理解しなければならない」と述べた。(後略)【5月29日 ロイター】
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****トランプ米大統領、貿易とNATOで独批判****
トランプ米大統領は30日、ツイッターに「われわれは対ドイツで巨額の貿易赤字を抱えているのに加え、ドイツは北大西洋条約機構(NATO)に対し、必要額よりはるかに少なくしか支払っていない」と書き込んだ。その上で「米国にとって非常に良くない。変わることになる」と主張した。
トランプ氏は先週のNATO首脳会議に出席した際、国防費を国内総生産(GDP)比2%とする目標を達成していない加盟国が多いことに不満を表明した。また、トゥスク欧州連合(EU)大統領らとの会談で、対米貿易黒字が大きいドイツを「ろくでもない」と批判したと伝えられ、波紋を広げた。【5月30日 時事】
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メルケル独首相は大きな反響をよんだ28日の発言のあと、29日には、自身は(アメリカとの関係を重視する)完全な大西洋主義者とも語り、前日の率直な発言をやや軌道修正はしましたが、「ここ数日の動向は、他人に完全に頼れる時代はある程度終わったことを示している」と重ねて述べ、同盟国としてのアメリカの信頼性に対し、あらためて懐疑的な見方を示しています。
こうしたメルケル独首相の発言は、“ドイツ国内では「反トランプ感情」が強く、ライバルで連立与党の社会民主党は巻き返しのため、トランプ氏への反発を強める。トランプ氏が求める国防費支出の増大にも、言うなりで従うことに批判的だ。メルケル氏としてはトランプ氏と距離を置く姿勢を見せる方が得策で、国防支出増大も米側への妥協でなく、「欧州の自立」のためと訴えられる。”【5月31日 産経】という国内選挙対策の側面もあるとの指摘もありますが、基本的には、トランプ大統領への不信感・失望感がベースにあることは間違いないでしょう。
【ドイツを軸とするEU域内の軍事力統合へ向けた動き】
「同盟国(アメリカ)だけに依存できる時代はある程度終わった」「欧州が本当に自分たちの運命を自分たちの手で握るべきだとしか言えない」という話になれば、ドイツが寄って立つ基盤はEUの強化・深化ということになるでしょう。
そうでなくとも、イギリスのEU離脱に加え、欧州各国で高まる反EU感情は各国の政治を揺るがし、EUの存続を危ぶませるほどになっており、今後のEUをどのように改革していくかという視点は避けて通れません。
ある意味では、これまで何かとEU統合深化の足を引っ張てきたイギリスが抜けることで、EU内の議論はリードしやすくなったとも言えます。
新たなEUの枠組みとしては、安全保障面における「EU軍」創設に向けて、ドイツが動き始めているということがあります。
これまでのNATOはアメリカ主導の仕組みで、財政負担でトランプ大統領にあれこれ文句を言われているだけでなく、その活動もアメリカの視点で決まることが多かったことへのドイツなどの不満があります。
****ドイツが独自の「EU軍」を作り始めた チェコやルーマニアなどの小国と****
<過去の戦争の反省か軍備増強はタブーだったはずのドイツが、ルーマニアやチェコやオランダなどドイツの「傘」が要る国と部隊統合をし始めた。目標はヨーロッパ統合軍だ>
「EU軍」の構想は、数年ごとに浮上しては論争を巻き起こす。それは夢の計画であると同時に厄介な難題でもある。
ブリュッセルを中心としたEU(欧州連合)内の欧州統合推進派は、ヨーロッパの世界的地位を向上させるためには統合された防衛力が必要だと考えている。一方、ロンドンなど他の地域には、EU軍がいずれNATO(北大西洋条約機構)の対抗勢力になるのを警戒する声もある。
だが2017年に入り、ドイツとチェコ、ルーマニアが、実質的な「EU軍」の設立に向けた大きな動きを進めている。メディアは大きく取り上げなかったが、3カ国共同で兵力統合を発表する記者会見も行っている。
この方法なら、EU軍創設について回る果てしない論争や官僚主義を回避できる。
と言っても、ルーマニア軍が完全にドイツ連邦軍に統合されるわけではなく、チェコ軍がドイツ軍の一部隊に格下げになるわけでもない。
今後数カ月のうちに両国は、それぞれ1個旅団分の兵力をドイツ軍に統合させる。ルーマニアの第81機械化旅団がドイツ連邦軍の即応師団に加わり、チェコの第4緊急展開旅団がドイツ軍の第10機甲師団の一部となる。(中略)
軍事力統合へ大きな一歩
オランダ軍は、すでに1個旅団がドイツ連邦軍の即応師団に、もう1個旅団が第1機甲師団に統合されている。
ミュンヘン連邦軍大学教授で国際政治学が専門のカルロ・マサラは、たとえヨーロッパの他の国々が時期尚早と考えているとしても、「ドイツ政府はヨーロッパの軍事力統合に向けて進もうとしている」と言う。
欧州委員会委員長のジャン=クロード・ユンケルは、EU軍構想を繰り返し提言しているが、これに対する反応は常に、冷笑か気まずい沈黙かのどちらかだった。
EU軍に断固として反対のイギリスがEU離脱を決めた後も、その雰囲気は変わっていない。
EU軍がどのような形態を取るのか、統合の結果として各国軍がどのような能力を放棄することになるのかについては、EUに残る加盟国の間でも、ほとんど議論が行われていない。統合軍に向けた動きは当然、鈍い。
EUは2017年3月に合同軍司令部を立ち上げたが、その担当任務はソマリア、マリ、中央アフリカ共和国での軍事訓練に限られており、人員もわずか30名。
ほかにも、EU内で多国籍軍が構想されたケースはある。バルト3国と北欧諸国、オランダで結成する緊急対応部隊の北欧戦闘軍(人員2400名)や、バルト3国、スウェーデン、フィンランドなどが加わり「ミニNATO」とも呼ばれるイギリスの統合遠征軍が挙げられる。しかし、このような作戦ベースの連合軍は、具体的な軍事力展開の機会がなければ、存在しないも同然だ。
そこでドイツは、独自の構想を推し進めている。すなわち、ドイツ連邦軍主導により、欧州各国軍の部隊を結ぶネットワークの創設だ。
ポーランドのシンクタンク、東欧研究センターに所属する北ヨーロッパ安全保障アナリスト、ユスティナ・ゴトコウスカは、「この計画は、ドイツ連邦軍の弱点を補うものとして構想された」と指摘する。「ドイツは、NATO内での政治的・軍事的影響力を強めるために、(中略)連邦軍における陸上部隊の戦力不足を補う必要があるとの認識に達した」という。(後略)【5月25日 Newsweek】
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ドイツ連邦軍の軍備不足は深刻な状態にある一方で、防衛費の増額は、軍事大国となった20世紀に2度戦争を仕掛けて敗れた反省から、国民の間で大論争になるのは必須・・・という現状で、“ドイツにとって、EU域内の中小国から支援を仰ぐ取り組みは、手っ取り早い軍事力強化の手段としては最良のものだろう”【同上】という、ドイツ側の事情があります。
また、“小国である相手国にとっても、ドイツの軍事力拡大という政治的に微妙な問題を回避しつつ、ドイツが欧州の安全保障により深く関与する道筋をつけられるメリットがある。”“さらに相手国にとって決定的に重要なのは、部隊統合で自国の軍事力を増強できること。しかも万一ドイツがそうした部隊の実戦配備を決めても、相手国の合意がなければ実行できないことになっている。”【同上】とも。
この“欧州各国軍の部隊を結ぶネットワーク”の相手国となる小国の軍備は、ドイツ以上に貧弱であるという現実、軍事大国フランスは“、NATO域内の多国間連携にはいつも及び腰”という事情もあります。
反響等については、“今のところ本格的なEU軍にはほど遠いが、今後は規模が拡大しそうだ。”“今のところ、ドイツの統合軍構想は地味で限定的なイメージが功を奏し、オランダやルーマニアの軍がドイツ師団と統合しても、欧州内で反対する声はほとんど聞かれない。今後参加国が増えれば政治的な反動に見舞われる可能性はあるが、見通しははっきりしない。”【同上】とのことです。
「EU軍」に関しては、イギリスのEU離脱で流れが加速しています。
昨年6月のイギリスがEU離脱を決める国民投票の結果が判明してからほどなく公表された「EU外交・安全保障の為のグローバル戦略」というEUが歩むべき外交と安全保障の施政方針を示したプランにおいて、NATO軍とは別にEU加盟国だけによる「EU軍」を創設する意向が示されています。
****イギリスのEU離脱が、EU軍創設の動きを加速させた****
・・・・EUのリーダー国のドイツやフランスがEU軍の創設の必要性を感じるようになったのは、特にウクライナ紛争からである。NATO加盟国は28か国あるが、その維持費の75%は米国が負担している。即ち、NATOは実質ヨーロッパの米軍のようなものである。しかも、最高司令官は常に米国の軍人が就くことになっている。
NATOのブリードラブ前最高司令官は、米国からウクライナに武器が十分に供給される目的でロシアからの脅威を捏造していたことが、ハッカーによって、彼の1096通のメールの分析から判明している。彼の提供していた情報が疑わしい情報元からのものであったことも明らかとなっている。
また、メルケル首相もロシアと戦争を急ぐ当時のブリードラブ最高司令官と常に対立していたという。その結果、EUは米国と一緒になってロシアに制裁を課すことに繋がった。
しかし、その影響は米国ではなく、EU加盟国に多大の損害となって表れた。ロシアがEUからの大半の輸入を禁止したからである(「SLAVYANGRAD」)(「Sputnik news」)。
この出来事を教訓に、EUは独自の連合軍を創設して国境のコントロール、イスラムテロやそして敵対するロシアとの取り組みなどに米国の為ではなく、EUの為の連合軍の創設の必要性を強く意識するようになった。
米国とロシアの対立の犠牲になったのがEUであると、EUは受け止めたのである。
しかし、この創設の妨げになっていたのが英国であった。そして英国のEU離脱が決定したことによって障害が取り除かれたことになったのである。しかし、英国はEUから離脱するまで、このプランに反対する意向である。
EU軍の創設の軸となっているのはドイツとフランスである。オランド仏大統領は、「米国に依存することなく、EUは自ら守らねばならない」と9月のEU首脳会議に臨む前に述べた(後略)【2016年10月14日 白石 和幸氏 The News Standard】
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アメリカに頼れない(頼るに値しない)という考えは、何もメルケル独首相に突然降ってわいた訳でもありません。
(トランプ大統領への不信感が、そうした考えを著しく助長していることは確かでしょうが)
もちろん、前出のドイツを軸とした軍事力統合にせよ何にせよ、EU軍的なものを作っていく試みは、反EU感情が強い中で、国家主権との調整を含めて、様々な現実課題をクリアしていく必要があるでしょう。
【フランスが進めるユーロ圏共同債券発行】
一方、経済面における統合深化の動きはフランスが乗り気なユーロ圏共同債券発行の話です。
特に、フランスのマクロン大統領誕生で期待が膨らんでいるとのことですが、こちらについてはドイツには以前から慎重論・反対が根強くあります。
****マクロン氏勝利で再燃するユーロ圏共同債への期待*****
フランス大統領選でのマクロン氏の勝利は、ドイツの強硬な反対を突き崩しユーロ圏としての共同債券発行へと向かう大きな一歩となるかもしれない─。選挙結果を受け、ジャック・デルプラ氏はロイターにこうした受け止めを語った。
デルプラ氏はユーロ圏の中で財政状況の悪化しているメンバー国がの債務危機に陥るのを防ぐため、2010年にユーロ圏共同での借り入れに関する計画を取りまとめた1人だ。
ユーロ圏での国政選挙におけるポピュリスト支持の高まりは、2011─12年の欧州債務危機以来の試練だ。
7日の大統領選で欧州連合(EU)支持のマクロン氏が極右政党・国民戦線(FN)のルペン候補を大差で破ったことは、EUが財政・経済上の結びつきを強めることに期待を抱かせる結果となった。(中略)
マクロン氏のユーロ圏債に対する姿勢は明らかではないが、マクロン氏に近い筋によると、同氏はユーロ圏としての予算の枠組みを創設することを望んでおり、これは共同での借り入れにつながるとみられる。マクロン氏はこうした見方を2015年6月の英紙ガーディアンで、ドイツのガブリエル現・外相との共同コラムで示している。(中略)
<ドイツの反対>
マクロン氏の勝利はドイツでは喝采を持って迎えられ、ドイツのユーロ圏債に対する反対は弱まるとの見方も出ている。(中略)
ドイツはユーロ圏メンバー国の共同での借り入れには反対し続けてきた。経済危機に陥ったメンバー国の改革意欲を削ぎ、ドイツの負担が増すことが懸念されるためだ。しかし、地域銀行がその国の国債を過剰に抱えるリスクに対応する必要性は認めている。
そこで、デルプラ氏が唱えるような共同保証によるものではないが、国債に代わって銀行が保有できるような、ユーロ圏横断的な代用合成資産としての「安全」債券の選択肢が浮上した。
ピクテのシニアエコノミスト、フレデリック・デュクロゼ氏は、フランスとドイツとの間での信頼感が増すことの方が、どういった債券にするかといった細部よりよほど重要だと指摘。
「マクロン氏がフランスの次期大統領に決まっているだけに、ドイツの国政選挙後がチャンスだ。ユーロ圏債も含めた全ての選択肢を議論するという交渉戦略で臨み、相手の主張との間を取った、安全債権的なもので決着を目指すことになるのではないか」と予想してみせた。
一方で、ユーロ圏債をどういった構成にするのかを巡る意見の隔たりは大きく、フランス、ドイツ両国の国政選挙が終わった後の今年後半にさらに突っ込んで議論される可能性があるとの見方もある。
とはいえ、たとえ独仏間で合意に達したとしても、依然としてユーロ圏のその他の17カ国の承認を得る必要があるとみられる。リトアニアのシャポーカ財務相が、共同引き受け債発行に関し、機は熟していないとロイターに語るなど、容易な道のりにならないのは確実だ。【5月8日 ロイター】
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マクロン大統領は選挙戦で、ユーロ圏には改革が必要である、独仏協力してユーロ圏を強化しないと10年後にはユーロは消滅するかも知れないと言ったことがあります。
マクロン大統領の考えについては、「ユーロ圏はユーロ共同債の発行で調達する資金で賄うそれ自身の予算を持つ必要がある。この予算で成長のための投資を行うとともに、経済困難に陥った加盟国に対する財政支援を行う。この予算の執行のためにユーロ圏の財務相を設け、財務相はユーロ圏議会に責任を負うものとする」といったものとも。【6月2日 WEDGEより】
ドイツへの負担が大きくなりかねない・・・と危惧するドイツは、従来こうした考えには否定的ですが、もしマクロン新政権が政権運営つまずけば、あるいは結果を出せなければ、次の選挙でルペン氏を阻むものはもう何もない・・・という情勢で、フランスとの協調を重視せざるを得ないということもあります。
なお、「ユーロ圏共同債」については、以下のように説明されています。
****ユーロ圏共同債とは****
ユーロ圏共同債とはドイツ、フランスなどをはじめとする欧州連合加盟国が共同して発行する超国家的な債券のことを指します。(中略)
ユーロ圏共同債は単独の国よりもっと大きな主体が発行する債券なので一般論として国債よりも更に信用力があると考えられています。
欧州連合加盟各国が超国家的にひとつになって共同の債券を出せば「借金のコスト」、つまりユーロ圏共同債の発行時の利回りが低くて済むと想定される理由はこのためです。(中略)
ユーロ圏共同債が実現した場合、ユーロ加盟各国は決められた負担率(例えば欧州中央銀行資本分担比率など)に応じて国家の税収の一定額をユーロ圏共同債の利払いや元本の返済に充当することになります。
その場合、それぞれの国の国債の利払いや元本の返済よりもユーロ圏共同債への支払いが優先すると考えるのが自然ですが、この部分は今後ユーロ圏共同債構想が具体的に詰められる過程で議論されることになると思います。
もしユーロ圏共同債への支払いが優先する(=これをシニアといいます)となるとそれは国家の財政権をユーロという超国家的上部構造が制圧する構図になります。
「財政主権を侵害される」という危惧を個々の国が抱くのはそのためです。(中略)
これまでの欧州連合(EU)は「中央銀行は持つけれど、財務省に相当する機関は存在しない」という体裁を取ってきました。ユーロ圏共同債の発行はその既成秩序をなし崩しにし、事実上、欧州財務省に相当する機能の存在を認めることになります。
つまり欧州はユーロ危機に直面して「ユーロから弱い国がどんどん脱落するのを許すか?それともいっそのこと今まで以上に緊密に連携するか?」の選択を迫られているわけです。【http://markethack.net/archives/51759960.html】
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「EU軍」同様、本格的なものとなると実現のためのハードルは越えがたい高さになりますが、“フランスとドイツとの間での信頼感が増すことの方が、どういった債券にするかといった細部よりよほど重要だ”ということでしょう。