(設立記念日にインド北部パンジャブ州アムリツァルを行進する同国のヒンズー至上主義団体「民族義勇団(RSS)」のメンバーら(2016年11月13日)【5月22日 AFP】)
【モスル・ラッカ奪還で各地に拡散するイスラム過激主義】
シリア・イラクにおけるイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に対する掃討作戦はモスル・ラッカ奪還作戦の進行で大きな節目を迎えつつあります。
イラク・モスルではイラク軍によってISが残るのは西部地区旧市街の一部のみを残すだけとなっています。5月中にも制圧が完了する・・との見通しも言われていましたが、まだそこまでには至っていないようですが、時間の問題でしょう。
シリアのISが“首都”とするラッカでも、クルド人勢力を主力とする部隊による市街地内への侵攻作戦が始まったようです。
****IS“首都”へ進攻作戦開始 シリア北部ラッカ 米国支援の部隊、3方面から攻勢****
米国の支援を受けるシリア民主軍(SDF)は6日、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が“首都”と称するシリア北部ラッカ市内への進攻作戦開始を宣言した。市街地の北、東、西の3方面から攻撃を仕掛けるとしている。
対ISでは、イラクで同国軍などが進める北部モスルの奪還作戦も「最終段階」(司令官)にあり、東西でISの最重要拠点への攻勢が並行して進められる形だ。(後略)【6月6日 産経】
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こうした奪還作戦については、現在の問題として、ISが住民を“人間の盾”として使用することもあって多数の民間人犠牲者を出していること、今後の問題として、面的な支配地域を有するISが崩壊した後、イラク・シリアでは“IS後”をめぐる各勢力・関係国の勢力争いが表面化する懸念があること・・・などの問題がありますが、今日の主旨ではないのでその件はパスします。
ISがシリア・イラクでの面的支配地域を失ったとしても、ISに参加していた戦闘員の多くがイラク・シリア国内、あるいは紛争などで権力の空白状態にあるリビア・イエメンなどでテロ活動を続けることが予想されています。
また、シリア・イラクから脱出した戦闘員が各地に散らばって、世界各地で新規の参加者のリクルート、“現地”におけるテロ活動が活発化することも予想されます。
世界最多のイスラム教国でもあるインドネシア、ミンダナオ島など南部でイスラム教徒が政府への抵抗運動を続けるフィリピンなどは、ISにとって恰好の標的ともなります。
****東南ア、IS拠点化に懸念=劣勢の中東から波及か****
過激派組織「イスラム国」(IS)が一定の支配権を確立していたシリアやイラクで劣勢を強いられ、新たに東南アジアに拠点を設けようとする動きが顕在化している。
イスラム教徒が世界最多のインドネシアではIS支持者のテロや襲撃が頻発しているが、政情が不安定なフィリピン南部でも活動の活発化が伝えられ、ISの過激思想の浸透が懸念されている。
ロレンザーナ比国防相は1日、治安当局が南部ミンダナオ島での交戦で殺害した、ISを支持するイスラム過激派マウテの外国人戦闘員8人がサウジアラビア人やイエメン人、チェチェン人ら、少なくとも5カ国の出身者だったと公表。
ドゥテルテ大統領もマウテによるとされる病院占拠やカトリック教会焼き打ちなどについて「純粋なISの仕業だ」と非難した。2日に起きた首都マニラのカジノ襲撃もISが犯行声明を出した。
ISがイスラム教徒の多い東南アジアで勢力を伸ばす危険性はかねて指摘されてきた。米情報当局者は米紙ワシントン・タイムズに「ISはフィリピンのさまざまな集団からの忠誠を受け入れ、東南アジアの信奉者らに『シリアに行けなければフィリピンに赴け』と呼び掛けていた」と説明する。
ISが首都と称するシリア北部ラッカは米軍が支援する民兵組織「シリア民主軍(SDF)」に包囲され、イラク最大拠点モスルは、イラク軍などの奪還作戦が最終局面にある。
敗走したISは一時、内戦状態のリビアで勢力を盛り返そうとしたものの、昨年8月に拠点だった中部シルトを制圧され、新たな拠点探しに躍起になっているもようだ。
ISに詳しいイラク人ジャーナリスト、アブドルガニ・ヤヒヤ氏は「モスルで敗れてもISが消えるわけではない。将来、新たな形で組織が生まれ変わる恐れはある」と述べ、ISが拠点を移しつつ勢力を保ちかねないと警戒している。【6月3日 時事】
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ISなどのイスラム過激派の浸透・拡大が懸念されているのは東南アジアだけではありません。アフガニスタンや中央アジア、その延長線上にあるロシア・中国(新疆ウイグル)などでも強く懸念されています。
タリバンとの抗争が続くアフガニスタンでは、ISによるテロ活動が激化し、最近悲惨な爆弾テロが相次いでいます。
十分な統治がなされていない地域・国では、住民の不満が宗教的大義名分を掲げる形で、容易に宗教的過激主義が広まります。
【インド・カシミール 強まるISの影響 「カシミールをイスラムの国にする」】
アフガニスタンの状況などはまた別機会で取り上げるとして、今日は“インド”です。
ヒンズー教徒が多数を占めるインドですが、イスラム教徒も約12%を占めています。全体が13億人ですから、その12%というと約1億5千万人という大変な数です。多数派ヒンズー教徒と少数派イスラム教徒の対立は、インドが建国以来抱える最大の国内問題であることは改めて言うまでもないことです。
一方、カシミール地方はパキスタンとの領土をめぐる争いという、建国以来のインドの抱える最大の対外的問題ですが、最近はイスラム教徒を主体とするこの地域におけるISの勢力拡大によって、イスラムを前面に掲げた住民抵抗とインド治安当局の“衝突”の色合いが濃くなっているようです。
****インドで広がる「イスラム国」****
インド北部ジャンムー・カシミール州で「イスラム国(IS)」の黒い旗を掲げる若者が相次いでいる。
三月には中心都市スリナガルの反政府デモで若者たちの集団がISの旗を持って参加。五月一日にはプルワマ地区の学生によるデモ隊がISの旗を掲げた。
「カシミールの若者には二つの選択肢がある。ツーリズムかテロリズムか。過去四十年間、テロは何も与えてこなかったはずだ」。インドのモディ首相は四月二日、カシミールでこう演説し、若者に暴力の放棄を訴えた。
だが、若者たちとインド治安部隊との衝突はおさまらない。インド情報機関の元幹部は「インド軍を挑発するために旗を掲げているだけで、ISとのつながりはない」とみるが、治安部隊へ投石を繰り返す現地の十代の少年たちは口をそろえる。「ISに参加する準備はできている」。
グローバル・ジハードへと傾倒
政情不安が続くカシミールで、イスラム過激主義が急速に広まっている。同州には七十万人規模のインド治安部隊が駐留し、カシミールの独立やパキスタンへの編入を主張する「分離派」の取り締まりを行っている。
こうした「抑圧」に苦しむ多くの若者がいま、ISなどの過激思想に引き寄せられているのだ。カシミールではISによるテロ事件は起きていない。だが「リクルーターが来ればあっという間に戦闘員が集まる状況」(地元記者)であり、近い将来、インドの治安を脅かすテロの震源になる可能性を秘めている。
カシミールに過激主義の種がまかれたのは、武装闘争が激化した一九九〇年代にさかのぼる。本来、カシミールはイスラム神秘主義が主流で、厳格なワッハーブ派やタリバンに通じるデオバンド派とは一線を画していた。
しかし、パキスタンの諜報機関ISIが支援するラシュカレ・タイバ(LeT)や、アフガニスタンで旧ソ連と戦ったハルカトゥル・ムジャヒディン(HUM)などが続々とカシミールに戦闘の舞台を移した。
インド治安関係者によると、これらの組織は九〇年代からインド側のカシミールで各村にリクルーターを潜伏させ、若者の勧誘を続けてきた。
彼らがカシミールの地元武装組織と決定的に異なるのは、闘争の中心に「イスラム」を掲げていることだ。イスラム法の統治をもたらすことを目標とし、「ジハード」と称して治安部隊を攻撃する。
現在、これらの組織に加わっているのは、武装闘争の中で育った十代~二十代の若者たちだ。九〇年代にまかれた過激主義の種を刈り取るように、武装組織が地元の若者たちを吸収している。
さらに、インターネットの普及が若者の過激化を加速させている。昨年カシミールで大規模デモが続いたのは、地元住民の間でカリスマ的な人気を博していたヒズブル・ムジャヒディン(HM)の司令官、ブルハン・ワニ(二十二歳)がインド軍に殺害されたのがきっかけだった。
ワニは過激派の「ポスター・ボーイ」(広告塔)と呼ばれ、武装蜂起を呼びかける動画をひんぱんに発信していた。こうした動画はフェイスブックで瞬く間にシェアされ、若者たちを駆り立てた。
ワニの後継者となったザキール・ムーサは三月、ビデオ声明で「カシミールのナショナリズムのためではなく、イスラムのために」戦うよう呼びかけた。
さらに五月にはHMを脱退し「カシミールをイスラムの国にする」と宣言。カシミールの政治闘争を批判し、アルカーイダへの支持を明らかにした。
「カシミールの独立」を目指す武装闘争の中で、戦闘員が過激主義を強め、グローバル・ジハードへと傾倒していった形だ。
ISは拠点とするアフガン東部から越境しパキスタンでたびたびテロを起こすなど、活動を広域化させている。カシミールはテロリストの越境ルートが構築されており、彼らがインドに侵入するのも難しくない。
「ISが本物のイスラムをもたらすのか注視しているところだ」。かつてHUMで戦った三十代のある元戦闘員はこう語り、ISへの参加を検討していることを明かした。ISがカシミールに到達すれば、こうした若者たちが参加を表明することは想像に難くない。
IS関連事件は急増
深刻なのは、インドではカシミール以外にも各地でISシンパが出始めていることだ。
インドメディアによると、三月七日、中部マディヤ・プラデーシュ州で列車爆破事件があり負傷者が出た。治安部隊が北部ラクナウで犯行グループの拠点を急襲したところ、銃器や爆発物などとともにISの旗が見つかった。このグループはISを自任し、メンバーは過去にシリアへの渡航を試みていた。
また、四月四日にはインド当局が、サウジアラビアから強制送還されたインド人のイスラム教徒(三十七歳)を逮捕した。この男はISのリクルート活動を続ける地下組織「インドのカリフ軍」の中心人物の一人とされる。
この組織はすでに数十人をリクルートしたとみられ、インドでヒンドゥー教の祭典を狙った爆破テロなどを計画していた疑いがある。
地元シンクタンクのまとめでは、インド人による戦闘員のリクルートなどのIS関連事件は一四年が六件だったが、一五年は三十五件、一六年は七十五件に急増した。
米軍は四月十三日、アフガン東部で大規模爆風爆弾(MOAB)によりIS戦闘員約百人を殺害したが、このうち十三人はインド人だったとの情報もある。ISの思想はすでに多数のインド人を惹きつけているのだ。
カシミールにもリクルーターの触手が伸びている。昨年七月、シリアのIS戦闘員の指示で、コルカタのマザーハウスで外国人を狙ったテロを計画していた男が逮捕された。その後の調べで、この男は前述の「インドのカリフ軍」メンバーとつながりを持ち、一六年五月にはスリナガルの反政府デモでISの旗を掲げていたことが判明した。
また、四月二十一日にはドバイなどでISのリクルーターをしていたインド人二人に対し、デリー地裁が懲役七年を言い渡したが、このうち一人はカシミール出身だったことも判明している。
インド当局や在印米大使館は近年、タージマハルや宗教施設などでISのテロ攻撃が起きる可能性があるとして、たびたび警告を発している。五月には、シリアでISに参加したインド人が帰国する可能性があるとして、全土に警戒態勢が敷かれたばかりだ。
バングラデシュでは昨年七月、ISとのつながりを構築した地元過激派組織が飲食店襲撃テロを起こした。インドでも過激主義に引かれた若者がシリアやアフガンのIS戦闘員と連絡手段を確立し、「バングラ型」のテロを起こす可能性が現実味を増している。【「選択」6月号】
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【イスラム過激主義の温床ともなるモディ首相のヒンズー至上主義】
こうしたイスラム過激主義のインドへの浸透を加速させるおそれがあるのが、モディ首相が進める(あるいは黙認している)ヒンズー至上主義の風潮です。
****インド政府、「牛の幸福のため」牛肉規制 家畜市場での肉牛売買禁止、一部の州やイスラム教徒は反発****
インド政府は「牛の幸福を守るため」として、今月26日、食肉処理を目的とした家畜市場での牛の売買を禁止する法令を出した。牛は多くのヒンズー教徒に神聖視され、モディ首相は、ヒンズー至上主義者の顔をさらけ出している。
インドでは、3年前にインド人民党(BJP)が与党のモディ政権が発足した。連邦制のインドでは、州によって牛の食肉処理の規制が異なり、ヒンズー至上主義のBJPが州与党の一部州で強化されていた。今回、連邦政府もモディ政権発足後初めて、牛肉規制に乗り出したことになる。
牛肉の消費や輸出が盛んな東部、西ベンガル州の首相は、法令について「州の権限を侵害し違憲だ」として提訴も辞さない構えで、南部ケララ州首相は「非世俗主義だ」と非難した。イスラム教徒が多い食肉業界も反発している。【5月30日 産経】
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今回の連邦政府の措置に反対している南部ケララ州では、公共の場で子牛を殺すという過激な抗議行動が市民の反発を強め、対立を煽る形ともなっています。
****野党メンバーが公共の場で牛殺す、食肉用の売買禁止に抗議 インド****
インド南部ケララ州で、最大野党である国民会議派(NCP)の青年組織メンバーらが食肉処理目的の牛の売買を禁じた法律に抗議するため公共の場で子牛を殺し、市民らから怒りの声が上がっている。
NCPの青年組織メンバーらが政府に抗議するスローガンを唱え、子牛を殺している様子が映像に捉えられている。
インドで国民の多数が信奉するヒンズー教で牛は神聖な動物とされており、牛の食肉処理や、牛肉の所有または消費は国内の多くの州で禁止されている。違反者には終身刑が科される州もある。
ケララ州は、牛の食肉処理や牛肉の消費が許されている数少ない州の1つ。(中略)
ナレンドラ・モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)が先週発令した市場における食肉処理目的の牛の売買禁止をめぐっては、デモ隊が抗議を行うなど混乱が広がっていた。
ケララ州は政府がヒンズー至上主義の政策を推し進めているとして、この禁止令に関して法廷闘争に臨む姿勢を示している。【5月30日 AFP】
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モディ政権のもとでのヒンズー至上主義拡散を示すものとしては、以下のような話題も。
****ヒンズー至上主義団体、色白の「秀でた」子づくり指南で非難浴びる****
インドのヒンズー至上主義団体が、知能指数(IQ)が高く両親よりも色の白い「秀でた」赤ちゃんづくりをアドバイスすると喧伝し、メディアが激しく批判している。
この団体の代表で、インド古来の治療法アーユルベーダの療法士であるカリシュマー・モハンダス・ナルワニ
氏はAFPの取材に対し今月9日、これから親になろうとする夫婦に子どもが完全に悪から解放される「浄化」プロセスの方法についてアドバイスしていたと述べ「まず種が良くなければならない。つまり精子と卵子の質が最上級でなければならない」と説明。「こうしたことを気に掛ければ、精神的、身体的、霊的に望ましい赤ちゃんが生まれる」と述べた。
また食事法や思考法など、この団体のアドバイスに従えば「秀でた子ども」が夫婦の間で生まれるとし、「その秘法は全て、いにしえ以来のわれわれのヒンズー文書に書かれている」と語った。
この団体はヒンズー語で「子宮の科学的浄化」を意味する名称を持ち、ナレンドラ・モディ首相の地元である同国西部グジャラート州を拠点としている。現在はおよそ400組の夫婦を指導しているという。
報道では、モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)がイデオロギー的な流れをくむとされる極右ヒンズー団体「民族義勇団(RSS)」とナルワニ氏の団体のつながりが指摘されているが、同氏はこれを否定。
だが一方で、RSSの保健部門と称されることの多い団体「アローギャ・バーティ」と協力関係にあることを認めた。
アローギャ・バーティの幹事でRSSの運動員でもあるアショク・クマール・バーシュニー氏は、同団体の技術が「IQの低い両親がIQの高い子どもを持つ」ことや「肌の黒い夫婦が肌の白い子どもを持つ」ことを可能にすると述べた。
こうした動きについてインドのメディアは「ナチス・ドイツのシナリオそのまま」だと非難している。【5月22日 AFP】
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ゲルマン人の能力的・外見的優秀さを信奉した「ナチス・ドイツのシナリオそのまま」の差別的・優生学的運動ですが、首相とも関連がある組織につながる者によって行われているところが不気味なところです。
最近のヒンズー至上主義的風潮の拡散は、イスラム教徒側の不満を刺激し、イスラム過激主義浸透の土壌となります。インドにおいてヒンズー・イスラムの対立が火を噴くと、手に負えない悲劇をもたらします。