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(パキスタン北部の都市ラホールにあるパール・コンチネンタル・ホテルのロビーに掲げられた「中国パキスタン経済回廊(CPEC)」計画を促進するための会議を告知する横断幕には「パキスタンと中国の友情よ、永遠なれ」 「我々の友情はヒマラヤよりも高く、世界最深の海よりも深く、蜂蜜よりも甘い」と。【5月29日号 日経ビジネスより】)
【「一帯一路」構想の中核「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」 その重要拠点グワダル港】
中国・習近平国家主席が「中華民族の偉大な復興」を掲げて推し進める現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」、その中核事業のひとつが「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」です。
****中国・パキスタン経済回廊(CPEC)****
中パ経済回廊は、中国北西部の新疆ウイグル自治区カシュガルからパキスタン南西部のグワダルまでの約3000キロに沿う地域をいいます。
これは、両国間をつなぐ、道路、鉄道、石油・天然ガスパイプライン、光ケーブルなどを含む貿易回廊で、「一帯一路(1ベルト1ロード)構想」を構成する重要な一部となっています。
本地域で、中国は、道路・鉄道・工業地帯などのインフラ建設を支援し、印パ両国が領有権を争うカシミール地方を縦断するカラコルム・ハイウエーやグワダル港などを開発する計画となっています。(中国はインド洋への玄関口を得ることになり、パキスタンは経済開発の足掛かりを掴むことができる)【iFinance】
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昨年11月には、中国から中パ経済回廊を通ってパキスタン・グワダル港に運ばれた積み荷が初めて貨物船で輸出され話題ともなりました。
****中国、パキスタン・グワダル港から貨物初輸出 「一帯一路」経済回廊運用で存在感****
中国の支援で建設されたパキスタン南西部バルチスタン州のグワダル港で(2016年11月)13日、中国から中パ経済回廊を通ってパキスタンに運ばれた積み荷が初めて貨物船で輸出された。
中国の新シルクロード(一帯一路)構想で一帯と一路の合流点と位置づけられるこの回廊の本格運用が始まったことになり、中国はインド洋周辺での存在感を強めている。
中パ両政府や現地報道によると、コメや中国製機械を載せたトラックは、中国西部カシュガルを10月29日に出発し、30日にカシミール地方のパキスタン支配地域の町フンザに入った後、軍の警護を受けて中パ経済回廊を通り、今月12日にグワダル港に到着した。コンテナ66個を載せた貨物船は、スリランカのコロンボ経由でアラブ首長国連邦のドバイへ向けて出港した。
グワダル港ではパキスタンのシャリフ首相らが出席して記念式典が行われ、孫衛東中国大使は、グワダル港から大量のコンテナが輸出されたことや、中パ両国がパキスタン国内を通ってグワダル港へ至る通商車列を編成したのは初めてだと強調し、「2つの兄弟国にチーム精神と、両者に有利な協力をもたらした」と宣言した。
ただ、バルチスタン州では12日、イスラム教の聖廟を狙った爆弾テロで55人が死亡し、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出すなど治安状況は悪い。地元紙ドーンはグワダル港の需要に疑問を呈している。【2016年11月14日 産経ニュース】
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グワダルは“もともとパキスタン西部のバローチスターン州にある小さな漁村で、パキスタンとイランの国境まで約120キロメートル、南はインド洋のアラビア海に面し、ペルシャ湾の喉元に位置し、アフリカやヨーロッパから、紅海・ホルムズ海峡・ペルシャ湾を経て、東アジアや太平洋エリアに向かう海上の重要な航路を押さえる位置にある。”【2016年8月4日 莫 邦富氏 DIAMOND online】という戦略的に極めて重要な位置にあります。
【回廊の将来を左右する治安問題】
この「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」の中国・パキスタン両国にとっての重要性などは後述するとして、実際にこのルートが物流としてどこまで活用されるのか? また、今後の回廊開発が順調に進むのか?ということに関して、この回廊一帯(特に、入口のカシミール地方と、出口のバルチスタン州)の治安に関する問題が指摘されています。
中国の支援で開発されたグワダル港のあるパキスタン南西部バルチスタン州では、先月中国人2人が武装した男たちに拉致され殺害される事件が起きています。
****パキスタンで拉致された中国人2人、ISが殺害と声明****
パキスタン南西部バルチスタン州で先月に中国人2人が武装した男たちに拉致された事件で、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」は8日、2人を殺害したとする犯行声明を出した。(中略)
この声明に先立ちパキスタン軍は同日、今月初めにIS掃討作戦を実施し、ISと連携してバルチスタン州に拠点を築こうとしているイスラム過激派組織「ラシュカレ・ジャンビ・アルアルミ」の戦闘員ら15人ほどを殺害したと発表していた。
駐パキスタン中国公使によると、中国人2人はバルチスタン州の州都クエッタで拉致された。2人は現地の語学学校でウルドゥー語を勉強していたという。
中国政府は2015年、新疆ウイグル自治区のカシュガルとパキスタン・バルチスタン州のグワダル港を結ぶ「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」構想を発表。構想の一環として対パキスタン投資を増額して、電力網や交通網をはじめとするインフラ改修を進めている。
一方、ISは「ラシュカレ・ジャンビ」や「ジャマートゥル・アフラル」など地元の武装勢力と連携することでパキスタン国内に浸透しているが、同国政府は概してこれら武装勢力の存在を軽視している。【6月9日 AFP】
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この中国人2人は5月24日に拉致されていますが、5月13日には、“グワダル港近郊で13日、道路建設に従事していた作業員10人が武装グループの銃撃を受けて死亡した。地域の分離独立派の犯行とみられる。(中略)道路建設は、回廊整備の対象事業ではなかった。”【5月13日 産経ニュース】という事件も起きています。
更に、今月23日にはバルチスタン州クエッタで爆弾テロも。
****パキスタン南西部でテロ、警官含む11人が死亡****
パキスタン南西部クエッタで23日、爆弾テロがあり、地元警察によると、警官5人を含む少なくとも11人が死亡し、20人以上が負傷した。
警察署長事務所近くで車に仕掛けられた爆弾が爆発したといい、犠牲者のうち5人は警官だった。
クエッタがあるバルチスタン州では地元のイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」や、イスラム過激派組織「イスラム国」が活発に活動している。【6月23日 読売】
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なお、イスラム過激派による爆弾テロはバルチスタン州だけでなく、パキスタン全土で頻発しており、クエッタでテロが起きた23日には、パラチナル市の市場で2度の爆発があり、37人が死亡、150人以上が負傷しています。ラマダンの終了を祝う「イード・アル・フィトル」のための買い物客を狙ったテロです。
また、同日、南部の港湾都市カラチでもバイクに乗った男4人が道路沿いのレストランに座っていた警察官4人を射殺して逃走する事件も起きています。パキスタンではテロは“日常的”なものになっている・・・と言うと言いすぎでしょうか。
こうした状況で、中国人拉致事件を受けてパキスタン政府は「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」関連中国人を保護するための大規模な軍部隊展開を発表しています。(おそらく、中国側の強い要請によるものでしょう)
****パキスタン、中国人保護に兵士1万5000人動員 拉致事件受け****
パキスタンのマムヌーン・フセイン大統領は25日、国内のエネルギー、インフラ部門で働く中国人を保護するため、総勢1万5000人の軍部隊を展開したと明らかにした。同国では中国人男女の拉致事件が発生し、安全への懸念が高まっていた。
大統領府の声明によると、フセイン大統領はパキスタンの首都イスラマバードを訪問中の中国の王毅外相と会談し、国内で働く中国人を守ることは政府の「最優先事項」だと述べた。(後略)【6月26日 AFP】
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【CPECをめぐる中パ両国、インドの思惑 さらにイランも・・・】
中パ両国の「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」の狙いに加えて、カシミール地方とバロチスタン州の治安問題、それへのインドの関与、グワダル港に対抗してイランの港湾を開発するインド、しかしイランは中国との関係を強めていること・・・等々の関係国の絡み合いについては下記【South Asian Review http://kitagawa.hatenablog.com/entry/2017/03/04/141519】が詳しく論じています。
****南アジア分析(上)中国パキスタン経済回廊CPECは勢力関係の縮図****
・・・・CPECにおいて中パの思惑はエネルギー政策の一点で合致しています。
近い将来、米国を抜き世界第三位の人口に躍り出るパキスタンが待ち受けている深刻な電力・エネルギー不足をCPECによって解消し、一方、中国側はマラッカ海峡、南シナ海を経由せずに中東や中央アジアのエネルギー資源を確保出来るという両国のメリットが強調されたものとなり、英国からの独立以降、域内での影響力を誇示するインドを孤立させるために、中国は長期間に渡り、パキスタンとの有効な外交関係を築き、また、特に2000年代に入ってから多額の外国直接投資を行ってきました。
総投資額(予算)460億ドルのうち、約330億ドルを石炭・火力、水力、太陽光、風力発電等のエネルギー分野に投下資本され、また、今回開通したのは、なかでも治安が比較的良いとされる最東ルートとなり、首都イスラマバードからラホールを経由し、パキスタン最大の都市カラチ近郊を通るものとなります。
今後はアフガニスタン国境沿いルートでの建設も進むことになるでしょう。
同時に注目されるのは約60億ドルを鉄道建設計画に当てられていること。2016年12月2日のthe Diplomatの記事"Trans-Himalayan Railroads and Geopolitics in High Asia"によると、ヒマラヤ横断鉄道の計画が検討されており、CPECの一部となる世界で最も標高が高いカラコルム・ハイウェイが開通している地点に併設にされるものとなります。
既にパキスタン鉄道がその鉄道路線計画図の発表を行っており、最終的には、先日、中国と英国を結ぶ貨物列車が運行したアジア横断鉄道と新疆ウイグル自治区にて支線化され、中国、南アジア、中央アジア、ユーラシア、欧州と張り巡らされる鉄道網の一部となるでしょう。(中略)
その他、南アジアでは東西を結ぶインフラとしてBCIM経済回廊(BバングラデシュC中国IインドMミャンマー)とBBIN経済回廊(BバングラデシュBブータンIインドNネパール)の創設が構想されており、後者は巨大経済圏との融合を恐れる人口75万人のブータンが拒否の姿勢を貫いているものの、インドへの水力発電での売電を経済成長の柱としている同国は中国に対抗するインドに説得される形で最終的に協定に締結することになるでしょう。
1947年の英印の解体及びインド、パキスタンの独立以降、域内では印パを軸にした二項対立のもと、多くの民族・宗教紛争が見られ、長期に渡り、経済開発が着手出来ない状態にありました。
一方、中パ経済回廊CPEC構想が持ち上がった2000年代以降、中国は域内構成国に対し、開発ドナーとして、また貿易パートナーとして多くの投資を行い、影響力を高めてきた背景があります。
経済的観点では、外国直接投資及び貿易額でその内容を見ることが出来ます。上記グラフ(省略)は中印の外国直接投資残高比となりますが、残高比ではほぼ均衡するバングラデシュでさえ、貿易額では中国優位の状況になり、南アジアにおけるその高い影響力を伺い知ることが出来ます。
その中国にも不安視していることがあります。総投資額(予算)460億ドルとなるCPEC沿いにおける治安悪化であり、それは特に中国側の入口に当たるカシミール地域、そして出口に当たるバロチスタン州におけるイスラム過激派によるテロ活動や分離独立運動の高まりであり、それは安全保障への脅威のみならず、投資の減退予測が見込まれるものとなります。
またバロチスタン州においてはインドがその分離独立運動に手を貸しているとされ、その観点から、パキスタンが牽制する「カシミール」とインドが牽制する「バロチスタン」は中国にとってトレードオフの関係にあります。
中国新疆ウイグル自治区カシュガルを起点とするCPECは、インドの「ジャンム・カシミール(J&K)州」に程近いパキスタンの「ギルギット・バルティスタン州」を通過するルートを取り、それら地域はアザド・カシミールと合わせてパキスタン実効支配地域(POK)と呼ばれ、インドの実効支配地域であり尚且つ、カシミール分離独立運動が1947年以降絶え間なく続くJ&K州でのカシミール紛争の影響を強く受けます。
また、グワダル港があるバロチスタン州はパキスタン国土の4割を占めるものの、人口は5%に過ぎないためパキスタン政府から冷遇されており、グワダル港での収益やアフガニスタンとの国境沿いにある石炭や天然ガス等の豊富な資源の権益を州により還元するよう反政府運動が活発になっています。
また、同州北部最大の部族であるパシュトーン人は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて英国との間で行われたアフガン戦争の結果、その居住地がアフガニスタンとパキスタンの2つに分断され、それは主にパシュトーン人を支持組織とするタリバンのテロ活動温床地域となっています。
2016年には州都クエッタにおいて、反政府勢力「パキスタン・タリバーン運動(TTP)」による連続テロ行為があり、合計数百名の死者に上りました。
複数ルートが存在するなかで、CPECが最東ルートを取った理由はこの地域の治安悪化の影響を最小限に留めるためであり、然しながら、グワダル港がある以上、同州の治安正常化は中国・パキスタン両国にとって至上命題になるでしょう。
中国が租借したパキスタンのグワダル港に対抗するため、インドはイランのチャバハール港の港湾開発への大型投資の協定を昨年締結し、インド洋における中印の対立は一層激しいものになっています。
域内投資や開発ドナーとして中国が優位に進めているなかでインドがその動きに強く対抗する理由はエネルギー供給源となる中央アジアに隣接しているアフガニスタンへの市場アクセスのルートを確立するためであり、国境を面していない以上、海上ルートしか存在しません。
2050年までにはパキスタンが現在の1億8000万人から倍増の3億5000万人に、インドは12.5億人から16億人に到達し、また、中国を抜いて世界最大の人口となり、同時に、絶対的なエネルギー不足に陥ることが現時点で危惧されています。
しかしながら、僅か72kmの距離の差に過ぎないグワダル港とチャバハール港でのアフガニスタン市場アクセスに関する中印対立も中国優勢が伝えられています。
その鍵を握っているのはイラン。
欧米が経済制裁を課すなか、将来的なエネルギー不足を見込み同国の石油や天然ガス資源の供給ルートに投資を継続してきた結果、いま現在、イランの最大の貿易相手国は中国となっているなか、イランとインドの協定は港湾開発の投資を主としており、相互依存を深めるイランが中国との実利経済を反故にしてまでインドに貿易上、加担する理由を見つけることが困難であるためです。(中略)
先日、パキスタン政府が中国が租借しているグワダル港をロシアにも開放する旨の発表を行いました。
2001年、中国、ロシア、中央アジアによる国際機関としてスタートした上海協力機構はその後、規模を拡大し、2017年にはインド・パキスタンの加盟が見込まれています。またオブザーバー国となるイランも近い将来加盟することになるでしょう。
一方、ロシアと中央アジアの経済同盟であるユーラシア経済連合は、上海協力機構と「大ユーラシア・パートナーシップ」構想を掲げ、その南アジアでの試験的な取り組みをグワダル港の中露共同での港湾開発に置きました。
インドが主導してきた南アジアは中国の「一帯一路」構想とロシアのエネルギー政策によって、将来的には中露の枠組みに取り入られることになる形でその経済連合であるSAARC(南アジア地域協力連合)は形骸化していくことになるでしょう。【South Asian Review http://kitagawa.hatenablog.com/entry/2017/03/04/141519】
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グワダル港は中国にとって、今後の軍事基地やパイプライン建設も視野にあります。
****カシュガルが中国西部の世界的な物流センターに****
グワダル港の委譲は中国・パキスタン経済回廊が「一帯一路」戦略のテンプレートとして軌道に乗り始めたことを意味している
もし中国がグワダル港に海軍基地でも建設すれば、中国のエネルギーや貿易の海上輸送上の安全は大幅にアップし、将来的に中国の遠洋艦隊がインド洋に入って国際水路の安全を守るのに大いに寄与することが可能となる。
中国・パキスタン両国は中国西部に通じる陸上パイプラインをこの地に建設しようと考えている。そうなれば、中国にとっては中東から輸入する石油をマラッカ海峡を避けて運ぶ近道が増えることになり、中国のエネルギーの安全と安定を確保することができる。
また、中国海軍がスエズ運河・地中海・アデン湾一帯での海賊討伐に加わる際に、グワダル港は大型艦隊に対して補給・修理を行う後方支援基地となる。さらに言うまでもなく、これによって中国の遠洋艦隊はインド洋やペルシャ湾を出入りするための拠点を得ることになる。(中略)
中国内陸部からヨーロッパやアフリカに輸送する貨物も、列車でまず上海に運んでから船で遠回りするのではなく、列車で直接グワダルまで運んで船に積み替えることができ、輸送距離を80%近く縮められる。
中国・パキスタン経済回廊によって、新疆ウイグル自治区のカシュガルが中国内陸部と中央アジア・中東・ヨーロッパ・アフリカを結ぶ交通の要衝となった暁には、カシュガルは中国西部の世界的な物流センターとなる。
将来的に中国には、「南部に香港、東部に上海、西部にカシュガル」と三者が鼎立する新たな経済の構図が形成されるだろう、と性急に将来の青写真を描く人も登場している。【2016年8月4日 莫 邦富氏 DIAMOND online「中国が確保したパキスタン港湾運営権の戦略的重要性」】
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しかしながら、中国のそうした思惑どおりに運ぶかは、回廊一帯の治安安定が大前提となりますが、現状では厳しい情勢にもあります。中国国内のカシュガル近郊ですら、ウイグル族問題で不穏な状況が続いています。
【中国にとっても世界の安定が重要に】
中国が世界戦略を展開するにつれ、中国にとっても世界の安定ということが非常に重要になってきます。
インド・パキスタンの対立激化、アフガニスタンの戦闘拡大、イスラム過激派の浸透などによる地域の不安定化は、中国の国益を害するものともなります。“内政不干渉”と傍観できなくもなります。
その意味で、中国が国際問題へ“安定化”の方向でより積極的に関与してことになれば、それは基本的には歓迎すべきことでしょう。もちろん“関与”の中身が問われることは言うまでもありませんが。