(カタールの首都ドーハ【7月6日 TRT】 豊富な石油と天然ガスの富で、“国民は所得税がかからない。さらに、医療費、電気代、電話代が無料、大学を卒業すると一定の土地を無償で借りることができ、10年後には自分のものとなる。”【ウィキペディア】)
【フェイクだか本物だかはともかく、カタールの独自外交を示した「タミム首長発言」】
サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、エジプトなどアラブ諸国が、同じ中東にあってやや独自の外交路線もとってきたカタールと国交を断絶した件については、6月7日ブログ「アメリカ・トランプ大統領の“軽すぎる”言動 独自の道を模索し始めた同盟国」で、簡単に二つの記事だけ紹介しました。
ひとつは、“小さなカタールがここまで目の敵にされる背景にはテロ支援などの他に、父を退けて首長の座を奪ったり、女性が自由に運転できる文化など、湾岸諸国の体制を危うくしかねない要素がある”【6月7日 Newsweek】という、そもそもサウジアラビアなどがカタールを疎ましく見ていた事情。
もうひとつは、今回騒動のきっかけとなったタミム首長の発言とされるものについて、“米CNNは6日、ロシアからのサイバー攻撃でカタールの国営通信がハッキングされ、偽のニュースが流された可能性があると伝えた”【6月7日 毎日】との報道。
後者の“ロシアからのサイバー攻撃”云々については、ロシアとして今騒ぎを起こしてなんのメリットがあるのだろうか?・・・とも思ったのですが、下記のような報道も。
****ロシアの雇われハッカーが暗躍、カタール断交、米にも事前に相談****
ペルシャ湾岸のカタールとサウジアラビアやエジプトなどとの対立は一段と激化してきた。断交の引き金になったカタール首長の発言はロシアのハッカーが暗躍してフェーク・ニュースに仕立てた疑いが濃厚になったほか、トランプ米大統領がサウジなどから事前に相談を受けていたことも分かり、陰謀の様相が一層深まっている。
フリーランスのプロ
この問題を追っている米ニューヨーク・タイムズによると、カタール政府からの依頼で捜査をしていた米連邦捜査局(FBI)や英国のサイバー・テロの専門家は、カタール国営通信QNAのハッキングがコンピューターに外部から侵入され、「バハムト」というフリーランスのロシア人ハッカー集団によって実行されたことをほぼ突き止めた、という。
タミム首長が5月23日に軍士官学校の卒業式で行ったとされる発言が断交の直接的な引き金とされてきたが、その発言自体が仕組まれたものであったことになり、カタール批判を強めるサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)などがこのハッカー集団を極秘に雇ってハッキングさせた可能性も取り沙汰されている。
問題となったタミム首長発言は6月5日の真夜中過ぎにQNAのウエブサイトに掲載された。その内容は、カタールと米国が緊張した関係にあり、トランプ政権が短命かもしれないこと、パレスチナの原理主義組織ハマスの称賛、サウジと敵対するイランとの友好関係の推進など、GCCの一員としては驚くべきものだった。
ニュースの掲載からわずか20分後には、サウジのメディアなどで反カタール・キャンペーンが始まり、識者のインタビューを流す用意周到ぶりで、前もってカタールに対する断交の決定が準備されていたことをうかがわせている。
このロシアのハッキング集団はこれまでにもサイバー攻撃事件で再三にわたって浮上した組織。特定の人間を標的にしたフィッシング詐欺が得意なことで知られていたが、その実態は謎に包まれている。(後略)【6月12日 WEDGE】
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ロシア政府ではなく、誰かがハッカー集団を使ってサイバー攻撃を仕掛けた・・・というのなら、ありえる話かも。
そうなると、“誰か”というのはカタールに制裁を加えたいサウジアラビアなど・・・と思うのが自然な流れでもありますが、そもそも「バハムト」が関与した攻撃だったのかどうかは定かではありません。(FBIが断定したような記事ではありますが)
もっとも、フェイクだか本物だかはともかく、タミム首長が「ハマス」をパレスチナ人の正当な代表と指摘し、イランについても「湾岸地域の安定のための大国」と呼んだとされる「タミム首長発言」(5月23日に軍士官学校の卒業式で行ったとされる演説)について、上記記事は“GCCの一員としては驚くべきもの”と評していますが、これまでのカタールの外交、タミム首長の主張するところに沿った内容でもあり、本音を語った・・・とも考えられます。
トランプ氏が“短命大統領”であるとの見方(期待)は、ある程度世界に流布している考えでしょう。
【強硬姿勢を崩さない双方 イランがカタールへ食料支援 「イラン包囲網」に亀裂】
サウジアラビアなどの対応は強硬で、国交を断絶し、食料品などの輸出も停止することで、食料を輸入に頼るカタールを“兵糧攻め”にするもので、カタール市民の生活にも動揺が起きているとも報じられています。
しかし、カタールも、こうした圧力に抵抗する強硬姿勢を崩していません。
カタール・サウジアラビア等の双方が強硬な姿勢を崩さないなかで、長期化の様相も見せています。
****カタール強硬、収拾見えず=アラブの「イラン包囲網」亀裂****
サウジアラビアやエジプトを含むアラブ諸国が「テロ支援」やイランとの融和を理由に断交に踏み切ったカタールが、強硬姿勢を貫いている。
サウジなどはカタールに拠点を置くとされる個人や組織をテロリストに指定して締め付けを図るが、カタールは「事実無根。決して降伏しない」(ムハンマド外相)と反発。アラブ諸国が目指す「イラン包囲網」にも亀裂が生まれている。
カタールと断交した国は中東、アフリカなどの9カ国。いずれもアラブとの友好を重視し、サウジが強く働き掛けたとみられる。
断交の引き金となった「イランと敵対するのは賢明でない」とするカタール首長発言について、同政府は7日、「サイバー攻撃による偽ニュース」と断定した。
それでも、収拾に向かう兆しは全くない。潤沢な天然ガス収入を基に、カタールが中東で独自外交を進めることがアラブ諸国の不信感を増幅させ、ムスリム同胞団やハマスなどのイスラム組織への支援疑念も晴れないためだ。
各国はカタールとの陸海空の往来を停止し、地続きのサウジは国境を封鎖。ヒトやモノの行き来を止める「兵糧攻め」で、カタールの軟化を促したい考えだ。
しかし、イランでの報道によると、カタールはペルシャ湾を挟んで向き合うイランから、食料空輸の受け入れを開始。アラブ諸国の思惑とは裏腹に、関係縮小に追い込むはずのイランとの接近を招く結果となっている。【6月10日 時事】
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サウジアラビアが敵視し、今回騒動のもとにもなっている“アラブの敵イラン”からの食料供給を受け入れるというのは、サウジアラビアの反発をさらに強めそうです。サウジラビアは今回断交の理由として、カタールが過激派組織に加えて「イランの支援を受けてサウジやバーレーンで活動するテロ組織」を支援していると説明しています。
****カタール、イランから生鮮品空輸=両国の接近鮮明に****
国営イラン航空の当局者は11日、AFP通信に対し、サウジアラビアなどアラブ諸国が断交を表明したカタールに向け、野菜などの生鮮食料品の輸送を行ったことを明らかにした。1機当たり約90トンの食料を積んだ貨物機5機が既にカタールに飛んだという。
カタールは食料需要の8割を輸入に依存し、断交による貿易の停滞で市民生活への悪影響が懸念されている。当局者は「需要がある限り、輸送を続ける」と説明。1隻につき約350トンの野菜や果物を積載した船舶3隻も今後、イランを出港する予定。
カタールのムハンマド外相は10日、訪問先のロシアのメディアとのインタビューで「イランは隣国だ。われわれは前向きな関係を望んでいる」と指摘。断交を機に、アラブ諸国が反目するイランと接近する動きを鮮明にしている。【6月11日 時事】
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カタールにとって対岸の大国イランは、成長の源泉である天然ガスをシェアする重要な国です。“イラン憎し”でイラン包囲網を強化したいサウジアラビアとは立場が異なります。
“カタールの急速な経済成長を支える天然ガスのほとんどは、イランとシェアする沖合のガス田に眠っている。カタールはイランを上回る量の炭化水素資源を生産している手前、イランをへたに刺激したくないはずだ。”【6月8日 Newsweek】
イランとしては、この機にカタールとの関係を強化し、サウジアラビア主導の「イラン包囲網」にくさびを打ち込みたいところでしょう。そのための食糧援助なら安いものです。
“イラン航空の当局者は11日、航空機4便が野菜を含む食料をカタールに運んだと述べた。南部ファルス県当局者は「毎日カタールに果物や野菜など100トンを輸出する」としており、今後も食料空輸を継続する意向を示した。カタールの首都ドーハのイラン外交筋によると、小型船での物資輸送も行った。”【6月12日 産経】
【トルコもカタール支援の姿勢】
アラブ世界で孤立するカタールを支えるもう一つの国がトルコです。
****トルコ大統領、中東主要国のカタール孤立化を強く批判****
サウジアラビアなど中東の主要国が、テロを支援しているとしてカタールとの国交を断絶したことを巡り、トルコのエルドアン大統領は13日、カタールを孤立させることはイスラムの価値観に反し、「死刑宣告」に等しいとして、各国の対応を厳しく批判した。
大統領はアンカラで与党・公正発展党(AKP)のメンバーに対し「カタールを巡り極めて甚大な過ちが犯されている。どの地域であれ、国を孤立させることは非人道的でイスラムの価値観に反する。カタールに死刑判決を下したようなものだ」と述べた。
その上で「カタールはトルコとともに、テロ組織『イスラム国』に対し最も断固たる姿勢を示してきた」として、カタールを擁護した。
イラクのアバディ首相も13日、中東主要国の措置はカタールの指導者ではなく国民に困難をもたらしているとして非難した。
断交を受けてカタールでは食料などの輸入に影響が出ており、同国は食料や水の調達を巡りトルコやイランと協議している。【6月14日 ロイター】
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トルコはサウジアラビア、湾岸諸国とも良好な関係にありますが、エジプトの「ムスリム同胞団」やパレスチナの「ハマス」に協力的だという点ではカタールと似たような外交路線にあります。
“トルコとカタールの関係は近年強まっており、昨年にはトルコがカタール領内に軍事基地を置き、湾岸地域でのプレゼンスを保ってきた。”【6月7日 朝日】
上記記事にある13日のエルドアン大統領の発言は、かなりストレートなサウジアラビア批判のように思えます。
【“軍事オプション”はなくても“軍事クーデター”はあり得る?】
小国カタールとサウジアラビア・エジプト等では軍事力では比較にならない差がありますが、現段階では“軍事力行使はない”とされています。
****カタール断交、軍事オプションは含まれず=駐米UAE大使****
アラブ首長国連邦(UAE)のユセフ・オタイバ駐米大使は13日、カタール断交を巡るアラブ諸国の行動に軍事オプションは含まれていないと述べた。ただ、さらなる経済的圧力が加えられる可能性があるとした。
同大使はワシントンで記者団に対し「われわれが実行していることに軍事的要素は絶対にない」と述べた。【6月14日 ロイター】
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直接の“軍事オプション”はないにしても、サウジアラビア側はカタールでの“軍事クーデター”を期待している・・・との観測もあるようです。
本来は速やかに仲介に動くはずのアメリカですが、仲介を試みるティラーソン国務長官に対し、トランプ大統領はカタール批判を行うなど、例によって方針が定まりません。
****カタール、テロ支援中止を=米大統領―国務長官は和解呼び掛け****
トランプ米大統領は9日、サウジアラビアなどが断交したカタールに対し、「テロ活動に資金を提供してきた」と名指しし、提供中止を求めた。ルーマニアのヨハニス大統領との共同記者会見で語った。
トランプ氏は連日、サウジやカタールなど当事国の首脳と電話会談し、双方の関係修復に意欲を示している。9日もエジプトのシシ大統領に電話し、アラブ諸国間の結束維持の重要性を改めて訴えた。
ただ、この日はカタールの「テロ支援」を批判するサウジ寄りの姿勢を強めており、仲介役を果たせるか不透明だ。
これに対し、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦でカタールとの協力関係を重視するティラーソン国務長官は声明で、カタールにテロ対策強化を求めるとともに、「カタール封鎖は国際的なビジネスに害を与え、IS掃討作戦を妨げる」と指摘。サウジやエジプトなどにカタールへの国境封鎖を緩和するよう訴え、双方に和解に向けた行動を促した。【6月10日 時事】
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【危ういバランスを崩したトランプ氏のサウジアラビア訪問】
そもそも、今回騒動が起きた背景にはトランプ大統領のサウジアラビアを勢いづかせる発言があったとされています。
****カタール「二股外交」が岐路に****
事実上トランプがけしかけたアラブ主要国による対カタール断交宣言で中東はもっと不安定になる?
カタールは天然ガスの埋蔵量が世界第3位の立憲君主国。22年のサッカーW杯の開催地でもある。中東と中央アジアの一部を統括する米中央軍の基地があり、アメリカにとっては中東最大の軍事拠点だ。
サウジアラビアやUAEと同じように、カタールも国民の大多数がイスラム教スンニ派だ。サウジアラビアがイエメンで進めるシーア派武装勢カホーシー派の討伐作戦や、シリアのバシャル・アサド大統領の退陣を求める戦いにも参加してきた。
ではなぜ、突然断交することになったのか。
実はカタールはシーア派の国であるイランや、シーア派のイスラム武装組織であるレバノンのヒズボラ、パレスチナのハマスと親しい関係を築いてきた。(中略)
カタールとスンニ派諸国の摩擦は、10年ほど前から続いてきた。それが急にエスカレートした一因は、ドナルドートランプ米大統領にあるのかもしれない。
トランプは先月サウジアラビアを訪問したとき、スンニ派諸国の会議で演説。スンニ派とシーア派の対立で、アメリカはスンニ派を支持する態度を明確にした。
どうやらトランプは、その発言が宗派抗争だけでなく、スンニ派内部の亀裂も悪化させる可能性があることに気が付かなかったようだ。
カタールが外交面で独自路線
を取ってきた背景には、国家元首タミム首長の意向がある。それを可能にしてきたのが、小さな国の莫大な富だ。(中略)
ところが近年、その戦略は迷走している。アラブの春が崩壊して、反体制運動はイスラム過激派に取って代わられたのに、カタールは他のスンニ派諸国が嫌悪し恐れているこうした過激な運動に資金提供し、メディアでの支援を続けたのだ。
また、サウジアラビアなどのスンニ派とイランのシーア派の対立が悪化するなか、カタールはイランに接近し続けた。
スンニ派諸国から見れば、タミムはスンニ派諸国の現体制を打倒し、自分の影響力を拡大しようとしているように見えた。
一方、シーア派諸国(と組織)も、カタールが米軍に拠点を提供し続け、イエメンにおけるホーシー派討伐を支援し続けることに対して、不信の目を向けるようになった。
「ガタールは中東の香港になろうとした」と、アラブ紙アルーハヤトのワシントン支局長ジョイスーカラムは語る。「もうそれは不可能だ」
その流れを決定的にしたのが、トランプの登場だ。
クーデターヘの「期待」
バラク・オバマ前米大統領は、中東の宗派抗争に巻き込まれないよう、主要国全てに関係構築の窓を開いた。カタールとスンニ派諸国間の緊張の高まりについては、当事者同士で解決させるべく距離を置いた。
トランプのサウジアラビア訪問は、その危ういバランスを崩した。トランプの演説は、スンニ派諸国を勢いづかせ、イランとその「代理組織」に対して強硬な態度を取らせ、カタールとの断交に踏み切らせた。(中略)
サウジアラビアは、カタールに軍事政権の誕生を望んでいるようだ。ある新聞は、「(ガタールでは)過去46年間にクーデターが5回あった。6回目も遠くない」と書き立てた。
カタールはこうした圧力に屈して、シリアで活動するシーア派過激派組織への支援を大幅に縮小せざるを得ないだろうと、軍事情報サイト「ジェーン360」の記事は予想している。(中略)
長い目で見れば、今回の騒動がアラブ諸国にとってプラスに働く可能性はある。カタールが過激派勢力への支援をやめれば、ISISなどの掃討活動が急ピッチで進む可能性がある。
その一方で、カタールがスンニ派諸国と完全に共同歩調を取るようになれば、中東の宗派抗争は悪化する恐れがある。
その二股外交に賛否両論はあるが、カタールは一種の緩衝地帯となり、危機を沈静化し、人質解放を助ける役割を果たしてきた。
カタールが敵でも味方でもない「第3の国」という在り方を否定された今、中東全体をのみ込む戦争が起こる可能性は高まったと言えるだろう。【6月20日号 Newsweek日本語版】
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