
(2007年に崩落したミネソタ州ミネアポリスの高速道路橋【6月6日号 Newsweek 日本語版】 アメリカ運輸省は10年以上前の1990年に構造的な問題を指摘していました。)
【「1日で組める鉄筋の量」を知る大統領が知るべきこと】
アメリカの多くのインフラが老朽化しており、早急・大規模な対応が必要とされていることは2013年12月13日ブログ「アメリカ 進むインフラ劣化 財政難の要因に“節税の進化”」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131213でも取り上げました。
インフラ劣化による大規模事故・災害危険も相次いでいます。
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07年にはミネソタ州ミネアポリスで州間高速道路の橋が崩落し、9人の死者が出た。今年2月にはカリフォルニア州のオロビルダムが決壊寸前になった。補修は明らかに急務だ。
ワシントンのアーリントン・メモリアル橋は大幅な修理が必要だし、ニュージャージー州の鉄道橋ポータル橋は開通から107年がたち、一部には木が使われている。
ASCE(アメリカ土木学会)によれば、構造に欠陥のある橋は全米で6万本に上る。【6月6日号 Newsweek 日本語版「トランプは崩壊インフラを救えるか」】
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そのASCE(アメリカ土木学会)は先ごろ“4年ごとのインフラ「成績評価」を発表し、現状を「Dプラス」と判定した上で、この評価を適切な「B」にまで引き上げるには4.6兆ドルほどかかるだろうと指摘した”【同上】とも。
そういう現状にありますので、トランプ大統領は大統領選挙出馬表明のときから大規模インフラ投資を約束していました。
しかし、具体的な計画は示されず、“2月末の上下両院合同本会議での施政方針演説でも、1兆ドルのインフラ投資計画を口にしただけで、政府がどれだけ金を出すのかも、どれだけの減税で民間によるインフラ投資を刺激するのかも明らかにしなかった。”【同上】
また、注目された予算案でも“インフラ関連の1兆ドルという数字は見当たらなかった。 予算案に盛り込まれたインフラ関連の支出額は現行よりも少なく、コミュニティー開発包括補助金といった生活環境改善プログラムの予算は大幅に削減されていた。”【同上】ということで、「(インフラ投資)法案はどこにあるのか?」(民主党のナン
シー・ペロシ下院院内総務)といった批判・疑問が出されていました。
ここにきて、ようやくトランプ政権のインフラ整備対策がわずかながら出てきました。トランプ大統領は先週を「インフラ・ウイーク」と位置づけていたとか。
トランプ米大統領は6月5日、アメリカ国内の空港の航空管制業務を民営化する計画を発表。この計画により、管制システムが近代化され、遅延などの問題を軽減できるとしています。
しかし、実現性については疑問も。
****トランプ氏の航空管制民営化案、実現は望み薄か****
トランプ米大統領が発表した航空管制システムの改革案には、トランプ氏らしからぬ具体的な方策が盛り込まれた。内容は2000語余りに及び、簡略だった4月の税制改革案とは見違えるほどだ。永続的な問題に対する賢明な解決策にもなっている。
しかし、この案でさえ実現は困難とみられ、もっと曖昧な政策に至っては推して知るべしだろう。
多くの米国の航空交通技術は時代遅れで、過密状態や遅延を悪化させている。連邦航空局(FAA)による現状の運営と設備更新は、税金と料金徴収を組み合わせて賄われている。多くの先進国は航空管制業務を分離し、自主的な運営と資金調達を可能にしている。
カナダは1996年、ナブ・カナダと呼ばれる非営利会社に航空管制業務を移管した。航空会社や労働組合、政府などの利害関係者からなる取締役会によって経営されている。トランプ氏の政権チームが具体的な提案を行えたのは、この実例によるところが大きい。提案はまた、下院運輸経済基盤委員会のビル・シュスター委員長が昨年出した法案にも立脚している。
非営利モデルにすれば、納税者が負担する必要はなくなる上、航空交通に対する責任の所在を明確にし得る。新会社は必要とされる技術開発投資の費用を賄うために、資金を借り入れることも可能となる。また、営利企業に利益が吸い取られるのではないかという、インフラ民営化に付きものの懸念も払拭できる。
これらは全て理にかなっており、現状は誰にとっても受け入れがたい。しかし、だからといってこの計画が具体化するということを意味しない。
トランプ氏の計画はシュスター案に比べ、非営利会社の取締役会に送り込む航空会社の代表が少ないため、航空会社の抵抗も予想される。
民主党議員らは、航空の安全と併せ、連邦政府職員ではなくなる従業員の保護について懸念を示している。
一方、地方空港や非商業便の運営者はアクセス減少や費用上昇を恐れている。カナダが非営利方式に移行してこのかた議論が続いてきたにもかかわらず、米国でいまだに何も進展していないのには理由があるのだ。
トランプ氏は他のインフラに関する発表も今週行う。多くは明確なものではないだろう。うわべだけはアピールするかもしれないが、詳細抜きでは明快な支持を得られないし、反対論の噴出も避けられない。航空交通ですら離陸できないのなら、他の提案はゲートで止まったままかもしれない。【6月6日 ロイター】
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7日には、インフラ投資計画全体に関する発表もありました。
****インフラ投資で「米国再建」=目玉政策アピール-トランプ氏****
トランプ米大統領は7日、訪問先の中西部オハイオ州シンシナティで演説し、公約に掲げるインフラ投資で「米国を再建する」と表明した。
ロシアとの関係をめぐる捜査介入疑惑で逆風が強まる中、経済成長と雇用拡大に向け、目玉政策を改めてアピールした。
トランプ氏は、道路や橋、水路などへの投資が不足してきた結果、「米国のインフラは朽ち続けている」と警告。「国民は世界で最高のインフラを持つべきだ」と訴え、雇用創出や税制改革によりインフラ整備を進めると宣言した。
政権は、公約に掲げた10年間で1兆ドル(約110兆円)のインフラ投資を実現するため、計2000億ドルの政府予算を投じて8000億ドル規模の民間投資を引き出す計画。
トランプ氏は「(サンフランシスコの観光名所)ゴールデンゲートブリッジ(金門橋)は4年で完成した」と語り、短期間でインフラ整備ができるよう民間投資を後押しすると表明した。
ただトランプ氏は、ロシア疑惑などをめぐりメディアや野党から集中砲火を浴びており、政権運営能力が不安視されている。議会の協力が不可欠な公約の実現は見通せない。【6月8日 時事】
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一応“計2000億ドルの政府予算を投じて8000億ドル規模の民間投資を引き出す”という数字・方向性は出されましたが、2000億ドル(22兆円)もの財源をどうするのかを含めて、詳しい計画内容はよくわかりません。
“翌日に迫った連邦捜査局(FBI)のコミー前長官の議会証言を前に、支持層である白人労働者が多い「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)で目玉政策をアピールし、国民の批判をかわす狙いもありそうだ。”【6月8日 朝日】といった対応で、差し迫ったアメリカのインフラ危機を打開できるのか、はなはだ疑問です。
特に、インフラ投資は財源手当のための議会承認が必要で、“弾劾”の声すら上がっているトランプ大統領では議会の協力を得ることは絶望的です。
インフラ事業が議会対立の標的となるのは以前から話で、オバマ前大統領が09年に成立させたアメリカ再生再投資計画(ARRP)も、共和党が縮小を求めなければ、整備の財源はもっと増えていたはずです。
共和党・民主党の対立だけでなく、政府による公共投資支出には、小さな政府を目指す共和党保守強硬派も抵抗しそうです。
民間投資をインフラ事業に呼び込むためには減税策が併用されるのではないかと思いますが、そのあたりの具体策はまだ明らかにされていません。誰が得をする減税かで議会審議は揉めるでしょう。
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トランプは建設業界で財を成した男。インフラ整備についてもなにがしかの知識はあろう。4月には建設労働組合の会合で、こう自慢していた。「1日で組める鉄筋の量を知っている大統領の登場なんて、想像したことあるか?」
たぶん、ない。だがインフラ整備の財源論さえ固まらない現状を見ると、トランプが大統領として知るべきことはほかにあると言わざるを得ない。【前出6月6日号 Newsweek日本語版】
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【規制緩和が惹起する問題】
政府投資によらないインフラ事業促進対策として、認可プロセスを加速させる取り組みも発表されています。
****トランプ氏、インフラ案件認可プロセス加速へ****
トランプ米大統領は9日、看板政策として掲げる1兆ドル規模のインフラ整備計画の一環で、高速道路建設などの一連のプロジェクトの認可プロセスを加速させる新たな取り組みを発表した。
トランプ大統領は「驚くほど緩慢かつコストや時間のかかる認可プロセスが、必要に迫られたインフラ刷新における最大の足かせのひとつになっている」と強調。ホワイトハウスが「大規模な認可プロセス改革」を進め、インフラ整備のプロジェクト担当者を支援する諮問委員会を新設する方針を明らかにした。
同諮問委員会は、認可プロセスをオンライン上で確認できるデータベースを構築し、透明性の向上を目指すとともに、期限を守れず、常時プロジェクトを遅延させる連邦政府機関に対しては、新たに導入する厳格なペナルティを課す。大統領は「お役所にしっかりと責任を負わせる」と言明した。
また、非効率性を洗い出し、連邦・州・地方政府の手続きを簡素化し、時代遅れの連邦規制にとらわれずインフラ整備を進めていく環境を整えるとした。
トランプ大統領は「(サンフランシスコの)ゴールデン・ゲート・ブリッジの建設にかかった時間は4年、(ネバダ州の)フーバーダムは5年だ。現在、主要インフラ建設の承認獲得に10年の時間がかかる状況だ」と語った。【6月10日 ロイター】
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もちろん効率化は重要ですが、環境アセスメント的な必要な事前審議も省略・簡素化されるという話になると、また別の問題を生みます。
もとより人権とか環境とかには関心がないトランプ大統領の頭の中には、地域住民を強制的に立ち退かせ、環境破壊もいとわず、急速に高速鉄道網を拡大する中国の対応のようなものが“理想的なもの”としてあるのではないでしょうか?
政府の公的資金をなるべく使わずに民間投資を活用する方策としては、上記の認可プロセスの簡略化のほか、いわゆる規制緩和があります。
減税や規制緩和による民間投資活用がトランプ政権の基本的な方向性になると思われますが、公共投資関連ではありませんが、非常に懸念される案件もすでに出ています。
****紛争鉱物の規制を撤廃? アメリカの強欲がアフリカで新たな虐殺を生む****
<アフリカで武装勢力の資金源になっている鉱物資源の売買を規制する決まりがなくなれば、最悪の紛争が帰ってくるかもしれない>
中部アフリカ諸国で産出され、武装勢力の資金源になっている「紛争鉱物」を規制する国際社会の動きに逆行しようとしている国がある。ドナルド・トランプ大統領のアメリカだ。
もし米政府が企業に紛争鉱物の売買を規制する現行の法律を廃止すれば、アフリカ中部の資源国で紛争や汚職が拡大する恐れがあると、米上院議員や人権団体は警鐘を鳴らしている。
2010年にバラク・オバマ前米大統領の政権下で成立した金融規制改革法(ドッド・フランク法)に定められた紛争鉱物の条項は、米企業が製造した製品にコンゴ民主共和国(旧ザイール)で調達した紛争鉱物が含まれているか否かについて、企業側に開示義務を課す。
中部アフリカ諸国には、希少で高付加価値の鉱物が豊富に眠っている。国連の推計によれば、そうした鉱物の埋蔵量は24兆ドル相当に上る。
1998〜2003年におびただしい数の住民が犠牲になった第2次コンゴ紛争も、主戦場となったコンゴ東部はスマートフォンやパソコンなどの電子機器に使われる希少金属タンタルを含む鉱石コルタンの産地だった。
資源があっても荒廃したまま
米証券取引委員会(SEC)のマイケル・ピオワー委員長代行は今年4月、コンゴや周辺諸国で採掘や調達した紛争鉱物を、米企業が自社製品に使用していないことを調査・報告する義務はもう課さないと表明した。(中略)
コンゴでは、世界で最も多い200万人の労働者が鉱山で働く。だがいくら天然資源に恵まれても、経済成長には結びついていない。国連開発計画が発表した2016年度の人間開発指数(HDI)で、コンゴは188カ国中176位だった。数百万人の国民が20年以上続く紛争で故郷を追われ、全土が絶対的なインフラ不足に苦しんでいるのもその一因だ。
1998年に始まった第2次コンゴ紛争は、隣国のルワンダとウガンダの支援を受けたコンゴ東部の反政府武装勢力が、首都キンシャサで政権転覆を図ったことから勃発。周辺国を巻き込む民族対立で事態が紛争に発展。第2次大戦後に起きた戦争で最悪の540万人以上の死者を出し、「アフリカの世界大戦」と呼ばれた。
当時、紛争で武装勢力の資金源になったのが、コンゴ東部で産出される紛争鉱物だ。(中略)
トランプ好みの規制緩和
アメリカが紛争鉱物の流通規制を敷いたことにより、「採掘現場で武装勢力の活動が激減し、武力行使に及ぶ能力を大幅に後退」させる効果があったと、東コンゴのゴマに本部があるコンゴの人権団体、反奴隷シビル・ソサエティ連合協会の会長を務めるレオナルド・ビエールはAP通信に語った。
SECと同様、共和党は金融規制改革法を抜本的に見直す構え。そうなれば、紛争鉱物に関する規制そのものが撤廃されるだろう。産業の規制緩和に熱心なトランプの、満面の笑みが目に浮かぶようだ。【6月9日 Newsweek】
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“紛争鉱物”に関する米証券取引委員会(SEC)及びトランプ政権の対応については、以下にのようにも。
****SEC、ドッド・フランク法の「紛争鉱物ルール」見直しを指示 ****
・・・・紛争鉱物ルールでは、企業に対して自社製品に紛争鉱物が含まれているかを調査する義務を課し、調査内容の簡潔な説明と結果を証券取引委員会に報告するとともに自社HP上で開示することも義務化した。
さらに、製品に「コンフリクト・フリー」「コンフリクト・フリーとは判定されなかった」「コンフリクト・フリーか否か判定不能」のいずれかを製品を記載することも義務付けた。
しかし、証券取引委員会への初回報告期限であった2014年5月末の直前の4月に、コロンビア特別区(ワシントンD.C.)連邦巡回区控訴裁判所は「コンフリクト・フリーとは判定されなかった」との記載義務が、米国憲法修正第1条が保障する「言論の自由」に違反しているとの判決を下したのだ。
一方、それ以外の調査義務、報告義務などは正当とした。この判決を受け、紛争鉱物ルールそのものに反対する産業界等は、紛争鉱物ルールそのものの廃止も裁判所に要求したが、その訴えはすでに棄却されている。
マイケル・ピウワー委員長代行は、紛争鉱物ルール見直しの背景について、アフリカ産鉱物全体の不買運動など法律が意図しない結果を生んでいることや、義務化されたデューデリジェンスの実施や情報開示が企業コストを生じさせていること、法律が意図するコンゴ民主共和国での武装集団勢力の減退という効果を得られているのか疑いあることなどを挙げた。
関係者の間では、トランプ大統領が、ドッド・フランク法の他の規定が定める金融規制を緩和する方針を示しており、それに引きづられる形で紛争鉱物ルールの有効性についてもチェックが入ることとなったのではないかという話も出ている。(後略)【2月10日 Sustainable Japan】
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コンゴの惨状や紛争鉱物については、2016年9月20日ブログ“コンゴ 任期切れ近づくも、「居座り」を進めるカビラ大統領 「資源の呪い」と国際対応”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160920でも取り上げましたので、ここでは詳細には触れません。
【誰のための政策決定か?】
グローバリゼーションから取り残された「ラストベルト」の白人労働者などの不満を背景に選挙に勝利したトランプ大統領ですが、減税や規制緩和で勢いづく資本も、グローバリゼーションで動く資本も同じでしょう。
何より、こうしたトランプ政権の決定が誰の声を反映して決定されるのか?という疑問があります。
選挙で彼を支援した「ラストベルト」の白人労働者でしょうか?
****トランプが忖度する「ヨット階級」の力****
・・・・パリ協定離脱は、トランプの真の支持基盤のために行った選択だった。この点に関して、トランプ政権の動向をうわべしか見ていない人たちはおそらく誤解している。
トランプが今回の決断に至った本当の理由は、地球温暖化否定論を信じ込んでいるからではない。昨年の大統領選で支持してくれた石油・石炭業界の労働者たちの歓心を買おうと思ったからでもない。
確かに、こうした層はパリ協定離脱に喝采を送ったが、アメリカの有権者全体に占める割合はごくわずかだ。次の選挙で確実に支持してくれると当てにすることも難しい。その人たちのためにこのような決断を下すことは考えにくい。
しかし、強大な力を持つ資産家たちのための行動だったとすれば、納得がいく。これらの層は、資金面でトランプを生かすことも殺すこともできる。さまざまな方法を通じて、政治的に破滅させることだって不可能ではないだろう。
パリ協定離脱は、トランプの真の支持基盤が誰かをくっきりと浮き彫りにした。その支持基盤とは、「ヨット階級」とでも言うべき超富裕層である。自家用ヨットを所有するような資産家たちだ。(後略)【6月13日号 Newsweek日本語版】
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「ヨット階級」とは具体的には“その中核は、有力投資家のカール・アイカーンやアメリカ屈指の資産家であるコーク兄弟のような大富豪、それにロシアのエネルギー財閥の総帥たち。そこに、そのミニチュア版のような人たちも加わる。テキサス州やオクラホマ州で石油・天然ガス採掘の事業を行っている人たちである。”とのこと。