(投票のため並ぶ人々、12日撮影 【7月14日 ロイター】)
【多大な批判・リスクは承知で香港完全支配に踏み切った習近平政権】
中国・習近平政権が香港の「一国二制度」を終わらせ、実質的な完全支配に乗り出したことは周知のところ。
香港のみならず、国際社会からの批判も強まっていますが、多大なリスクを承知でここまで踏み込んだ以上、習近平政権は後には引かないでしょう。
****国際的な批判より香港完全支配を選んだ習近平****
6月30日の夜、中国政府により「香港国家安全維持法」が香港住民と国際世論の強い反対を無視して強引に香港に適用されることとなった。これは香港における「一国二制度」を実質的に終わらせるものである。
1997年の香港の中国への返還に先立ち、1984年中英共同声明が調印され、「従来の資本主義体制や生活様式を返還後50年間維持する」ことが明記された。
しかし、香港では行政長官が民主的に選出されないなど、必ずしも西側の民主主義体制ではなく、民主化を求める若者を中心とした市民の要求が時折高まり、中国政府は神経をとがらせていた。
2014年には行政長官選挙の民主化を求め、若者らが道路を占拠するいわゆる雨傘運動が4か月にわたり行われ、2019年6月には香港の容疑者を裁判のため中国本土に送りうるという逃亡犯条例の改正案に反対する大規模デモが繰り広げられ、香港政府は11月に改正案を撤回している。
習近平指導部は国家安全維持法の制定に動き、5月下旬の全人代で導入方針を承認してから全人代常務委を2度開催し、わずか1か月で審議を終えるという異例の速さで可決した。
習近平指導部はこれまで香港に与えられてきた自治と自由は許せないと判断し、国内の厳密な専制体制を香港にも適用することとしたものである。
国家安全維持法は、「国家の分裂」「中央政府の転覆」「テロ活動」「外国勢力などと結託して国家の安全を脅かす」の4種の行為を禁止し、最高終身刑を科す、中国の治安当局の出先機関を香港に設置し、一部事件で直接管轄権を行使する、裁判官は香港行政長官が指名する、ことを内容としている。中国政府の権限が大幅に強化され、香港政府の頭越しの法執行が可能となる。
これで「一国二制度」が有名無実化することは明らかであり、従来のような民主化要求デモはできないこととなった。習近平指導部は中英共同声明という国際約束を破っても、香港の自治を認めないという決断を下したものである。(中略)
国家安全維持法の制定を急いだのは、7月18日から立候補の届け出が始まる9月の香港立法会(議会)選挙があるためと思われる。民主派グループは選挙で過半数を取るべく運動を始めていたと言われる。中国政府としてはこの選挙で民主派が躍進するのを阻止しようとしたとしても不思議ではない。
国家安全維持法の設定に対し、西側は強く反発した。
旧宗主国の英国は、ジョンソン首相が「国家安全維持法の施行は 中英共同声明に明確かつ深刻な違反であり、香港基本法に反する」と厳しく批判するとともに、「英国海外市民」の資格を持つ香港市民が英国に5年滞在でき就労も認めるという特例措置を発表、1年滞在すれば市民権を申請できるとした。約300万人が対象となる。
米国では、トランプ大統領が5月29日、関税や渡航の優遇措置を取り消すと発表した。ポンぺオ国務長官は7月1日、国家安全維持法はすべての国に対する侮辱であると述べ、トランプ大統領が命じた優遇措置の撤廃を進めると表明した。
また、米議会は、香港の自治の侵害に関わった中国共産党員や金融機関への制裁に道を開く「香港自治法案」を7月1日に下院本会議で、2日には上院本会議でともに全会一致で可決した。トランプ大統領の署名を待って成立する。
これに対し中国政府は強く反発し、米国に新たな制裁を科すと述べている。今回の動きにより米中の対決が一層強まるとともに、制裁合戦で米中の経済的デカップリングが一段と進むことになる。
EUは議長国ドイツのマース外相が7月1日、「非常に憂慮すべき事態で、最終的には中国とEUの関係に影響するだろう」と述べ、日本政府は6月30日菅官房長官と茂木外務大臣が「遺憾」の意を表明した。これは5月28日に政府が表明した「深く憂慮」や6月17日のG7の共同声明の「重大な懸念」より強いトーンである。
中国政府は、いくら国際社会が非難しても香港政策を変えることはないだろう。それでも、国際社会は中国政府が国際約束を踏みにじり強引なやり方で香港の自治と自由を奪ったことを糾弾し続けるべきである。
国家安全維持法の制定で香港の国際金融センターとしての地位が危うくなる可能性がある。中国は香港を窓口に世界から資金を取り込んで高度成長を可能にしたと言っても過言でない。今回の法の制定と米国の制裁で世界のマネーが香港から逃げていく可能性がある。外国企業が香港に居続けるかどうか再検討することにもなろう。
しかし、習近平政権はそのようなリスクを承知の上で今回の措置に踏み切った。習近平政権は、そのようなリスクよりも香港を完全に中国の支配下に置くことを優先したのである。【7月13日 WEDGE】
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【民主派とにって“かすかな希望”となった立法会(議会)選挙】
そうした習近平政権の強固な意思表示に、香港住民は反発というより、あきらめムードのところもありますが、そうした中で“かすかな希望”とも言えるのが、9月の立法会(議会)選で過半数を制して政府予算案を否決し、林鄭月娥(りんていげつが)行政長官を辞任に追い込むこと。
そのために候補者を絞るということで行った予備選挙は、中国・香港政府が威圧を強めるなかでどのくらいの有権者が参加するか危ぶまれていましたが、主催者が想定した以上の有権者を動員することができ、わずかな希望をつないだ形にもなっています。
****香港予備選終了 61万人以上が投票 「香港人は奇跡を起こした」と主催者****
9月6日の香港立法会(議会)選に向けた民主派の予備選が12日、2日間の日程を終えた。主催者によると、投票者数は有権者全体の約13%に当たる61万人を超えた。市民は投票を通じて、中国が導入した「香港国家安全維持法」(国安法)への反対を表明した形だ。
今回の投票は、香港政府高官が「予備選は国安法違反の疑いがある」と警告する中で行われた。
12日、400人以上の行列ができた新界地区で投票をした女性(39)は、「もし投票することが罪になるなら、今ここで整然と並んでいる全員を、そして香港で投票した数十万人全員を逮捕すればいい」と憤っていた。投票の権利までも国安法で規制しようとする政府の対応に反発する市民は多かった。
民主派は投票者数の目標として、昨年の区議会選で獲得した票数の1割に相当する17万人を掲げていた。実際には3倍以上の市民が投票した。2日目の投票者数は初日(約23万人)を上回る約38万人だった。
予備選の準備に当たってきた元立法会議員の区諾軒(おう・だくけん)氏は12日夜、「香港人は再び奇跡を起こした」と述べ、政府が威嚇する中で投票所に足を運んだ市民の勇気をたたえた。
民主派は前回2016年の立法会選で、定数70のうち30議席を獲得。今回は昨年11月の区議会選の圧勝を追い風に、初の過半数を目指している。13日以降に発表する予備選の結果などを踏まえ、候補者を絞り込む。
立法会選への立候補の届け出は18日に始まる。親中派から「国安法に反対する者に立候補資格はない」との声が上がる中、政府の対応が注目される。民主派候補が今回の予備選を経て出馬しても、立候補資格を剥奪される可能性がある。【7月13日 産経】
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【事態を座視するとは思えない中国・香港政府】
ただ、中国・香港政府がこの事態を座視するとも思えません。
「予備選は国安法違反」という立場で、民主派候補者の立候補資格はく奪などの強硬な手段で、民主派潰しを行ってくることが予想されます。
****香港民主派実施の予備選「国安法違反の疑い」 中国政府出先機関が警告****
香港民主派が実施した立法会(議会)選挙の予備選について、中国政府の香港出先機関「中央政府香港連絡弁公室」(中連弁)は13日夜、「国家安全維持法(国安法)違反の疑いがある」と警告した。
香港政府も同法違反容疑で調査を始め、力ずくで抑え込む姿勢を鮮明にしている。
予備選では急進民主派が躍進した結果、当局との対立が先鋭化する一方で、当局側も多数の民主派候補を出馬禁止とする可能性が大きくなっている。
予備選では予想を大幅に上回る約61万人が投票したことから、当局は民主派が勢いづくことを警戒している。民主派は9月6日に行われる立法会選で過半数を獲得し、政府予算案を否決することを目標に掲げる。
中連弁は13日の声明で「香港政府を困難に陥らせ、政権を転覆する行為は国安法22条に抵触する疑いがある」と指摘。「違法な選挙は絶対に狙い通りの結果を得ることはできない」としている。香港政府も同日、予備選について「政府は調査を進めており、違法な状況が確認できれば関連の部門で対処する」との声明を発表。政府トップの林鄭月娥(りんていげつが)行政長官も「十分な証拠があれば行動を取る」と強調した。
国安法22条は、中央政府や香港政府の「法に基づく機能遂行を著しく妨害し、阻害し、破壊すること」を禁じると規定する。
一方で、香港の憲法に当たる香港基本法には「議会に予算案の否決権を認めている」と明記されており、民主派は政府の動きに反発。国安法の適用範囲が際限なく拡大されているとの懸念も強めている。
11〜12日に実施された予備選では、最終結果が13日深夜に発表された。結果を踏まえ協議で候補者を決める一部選挙区を除き、立法会選に出馬する候補が出そろった。
中国との対決姿勢を鮮明にする若者らが主体となる急進派が躍進。3万票超を獲得した民主活動家の黄之鋒(こうしほう)氏は14日、フェイスブックに「有権者が(当局と)全面的に闘う議員を求めていることを示した」と投稿した。一方で穏健路線を取る民主派政党は苦戦し、現職や元職のベテランが相次ぎ「落選」した。
立法会選挙の届け出は7月18〜31日。香港政府は今後、候補者に対する資格審査で「過去に香港独立を視野に入れた主張をした」「国安法に違反した」などの理由で急進派候補を出馬禁止とする可能性も指摘されている。
14日付の中国系香港紙「大公報」は「予備選に参加した候補全員の出馬禁止を検討すべきだ」と、法律専門家の主張を報じた。
一方、予備選への出馬を断念して海外に脱出した民主活動家、羅冠聡(らかんそう)氏は13日、ロンドンに滞在していると自身のツイッターで明らかにした。【7月14日 毎日】
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【自由を求めてイギリス移住・・・とは言っても高いハードル】
立法会で過半数を獲得するという“かすかな”“わずかな”希望の糸が途切れたら、もはや香港に残された抵抗手段はないでしょう。
あとは、あきらめて当局の支配に従うか、あるいは、香港を捨てるか。
旧宗主国であるイギリス政府はすでに、イギリス海外市民(BNO)パスポートの保有資格を持つ300万人に永住権や市民権への道を開くと発表しています。
一部香港市民も強い関心を示しているようです。
****香港から未知のイギリスへ逃れるべきか 国安法で揺れる香港市民****
中国政府が香港に厳格な国家安全維持法(国安法)を制定して以来、抗議活動に熱心な香港市民の間では脱出方法がしきりに話題になっている。
イギリス政府はすでに、イギリス海外市民(BNO)パスポートの保有資格を持つ300万人に永住権や市民権への道を開くと発表した。では、対象となった人たちは本当に香港を離れるのか。そして残された人たちはどうなるのか
(一部の名前は仮名)。
マイケルさんとセリーナさんは、香港を永久に離れてイギリスに移住すると決めた。2人は一度もイギリスに足を踏み入れたことがない。
2人はBNOパスポートを保持している。BNOパスポートは1997年の香港返還以前に生まれた香港市民に与えられたものだ。
BNOパスポートは本来、イギリス領事館の一定の支援が受けられる権利付きの渡航許可証だ。従来は、香港からイギリスに行きやすくなる、欧州旅行が楽になるという程度のもので、それ以上に特に便利というわけではなかった。
それでもBNOパスポートを取得する人たちはいた。別に取っておいても損はないと、そう考える香港市民が多かったからだ。
マイケルさんとセリーナさんは香港ではごく普通の、楽に暮らせるだけの経済力を持つカップルだ。共に金融機関の中間管理職で、13歳の娘と頻繁に旅をし、何年も前にマンションを購入している。それだけのものを手放すのは、楽なことではない。
香港では昨年、犯罪容疑者の中国本土引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改定案を引き金に、抗議活動が何カ月も続いた。
マイケルさんとセリーナさんは、この抗議デモへの対応で。香港は香港ではなくなってしまったと話す。2人が見たのは市民の声を聞かない政府と、歯止めの利かない警察権力だった。
2人は中国系の銀行で働いており、抗議活動への参加は解雇につながる。そのため一連のデモには参加しなかったものの、2人の娘は抗議活動に多いに影響を受けたという。
「娘はとても怒り、混乱した。私たちに、どうして政府が私たちをあんな風に扱うのかと聞き続けた」とセリーナさんは語った。そして、海外に留学したいと言うようになった。
6月30日に施行された国安法によって、我慢の限界が来た。
マイケルさんは「国安法の内容はひどいものだ」と話す。セリーナさんは、この法律が「ごくわずかな人」だけを対象にしたものだという中国政府の主張は、まったく信じられないと言う。
イギリス政府の新しい計画では、BNOパスポート保持者とその扶養家族は今後、イギリスに5年間滞在できる。就業・就学も可能となる。5年の時点で永住権の申請ができるようになり、さらにもう1年滞在することで、市民権を得る資格が与えられるという。
イギリス政府は、国安法は1985年の英中共同声明で約束された香港の高度な自治を侵害し、市民の自由を脅かしていると批判している。
マイケルさんとセリーナさんは当初、娘を海外の学校へ通わせることだけを考えていた。しかし今は、家族でイギリスに移り住むことが一番の選択肢となった。(中略)
中国政府が国安法を成立させる方針を発表して以降、マイケルさんとセリーナさんのような話はそこかしこで聞かれるようになった。
BNOパスポートを持っていない人たち
香港には現在、BNOパスポートの保有者が35万人いる。イギリス政府は、保有資格者を含めると全体の数は290万人に上るとしている。
一方、1997年の香港返還以降に生まれた市民はBNOパスポートを持つ資格はない。さらに、返還前に申請をしなかった人も、現在は申請できないという。
ヘレンさんは返還前の1997年に生まれたが、赤ちゃんだったため、両親は彼女のBNOパスポートを申請しなかった。
「イギリスに行きたいかどうかは分からない。でもこれは私の権利だ。イギリスと香港なら香港の方が好きだけど、BNOパスポートを持っているべきだった」とヘレンさんは話す。なぜ自分の分を申請してくれなかったのかと、両親を少し責めたことも認めた。
現時点でイギリスからの提案に応じる香港市民が、果たしてどれほどいるのか推測するのは難しい。しかし、関心は高まっている。特にイギリス政府が方針を発表した7月1日以降、急激に高まっている。
ドミニク・ラーブ英外相は下院で、「イギリスは香港から目を背けないし、その住民への歴史的な責任から逃げだりしない」と話した。(中略)
BNOパスポートの更新件数も、香港の政治的な混乱を受けて増加している。2018年に有効だったBNOパスポートは17万件だったが、2019年には31万件以上に跳ね上がった。(中略)
次は何が起こる?
香港の全人口750万人のうち、外国人も含めると約80万人がイギリス、オーストラリア、カナダ、アメリカのパスポートを保持している。
中国政府は、イギリスが香港のBNOパスポート保持者に市民権を与える計画に怒りを表明している。劉暁明駐英大使は6日、イギリスの提案は中国への「重大な干渉」に相当すると述べた。
また、「主権と安全保障、開発利益を保護しようとする中国の固い決意を過小評価するべきではない」と語っている。
在英中国大使館は声明の中で、「香港在住の中国系の同胞は全員、中国国民だ」と述べている。
ラーブ外相は民放ITVに出演した際、中国政府が香港市民にイギリスへの渡航を認めなかった場合、イギリスにできることはほとんどないと話した。(中略)
マイケルさんとセリーナさんはイギリスでの新生活に向けて、準備を進めている。しかし、もうすぐ18歳になる息子を説得することはできなかった。家族が香港を離れた後、息子は祖父母と暮らすことになるという。
「香港を離れたくない、香港は自分の一部だと息子は言うのです」とセリーナさんは語った。【7月13日 BBC】
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中国の厳しい報復措置が予想されるなかでイギリス政府が香港市民受け入れを実現できるのか?
それ以前の話として、自由を求めて香港を脱出するというのは、一定の資産や新しい生活を担う技能を必要とし、政治的な主張をあきらめさえすればこれまでの生活が保障されるという中にあっては、非常にハードルが高い選択肢でしょう。
ましてや、当局がイギリスへの渡航を制限するような事態になったら、非合法の亡命・難民という立場にもなって、一般市民には無理でしょう。
結局、多くの香港市民は生活と引き換えに中国・香港政府の支配を受け入れる・・・ということになるのではないでしょうか。香港を出るなら、当局の制限が始まる前に行う必要があり、時間的な見極めが重要になります。
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