孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ジンバブエ  拡大するコレラ 機能しない政府 “辞任すべき時は過ぎている”

2008-12-10 18:57:27 | 災害

(国境なき医師団(Médecins Sans Frontières MSF)によって治療を受けるジンバブエのコレラ患者 上下水などの衛生環境の悪さが感染を拡大します。11月22日撮影
“flickr”より By Sokwanele - Zimbabwe
http://www.flickr.com/photos/sokwanele/3092811870/)

アフリカ南部のジンバブエにおける政治・経済崩壊についてはこれまでもたびたび取り上げ、11月29日ブログでは、同地で更にコレラの被害が拡大していることについても書いたところです。
何度も同じようなことを取り上げるのは「またか」と言われそうなのですが、いかんせん事態が改善せず悪化するばかりなので、再度今日もジンバブエの話題です。

経済崩壊で水道水給水もままならない状態で、これがまたコレラ感染拡大を拡大しています。

****コレラ流行のジンバブエ、首都で給水停止*****
コレラ感染が拡大するジンバブエで、国営メディアが1日に報じたところによると、首都ハラレでの給水が停止された。また、保健相は、感染防止のため握手をしないよう呼びかけた。

ハラレでは過去数年間、崩壊寸前の経済状況のため、広範囲で電力不足となり給水ポンプが停止し、断続的に給水が止まることがあった。
しかし、今回のハラレ全域での給水停止は、周辺の未処理の水の流れを止める目的があるとみられる。ハラレはコレラ流行の中心地で、8月下旬以来425人の命が奪われている。その大部分は前月1か月で亡くなっている。

給水が完全に停止したため、住民の多くは驚いて容器を手に井戸や貯水タンクに水を探しに出ている。ロバート・ムガベ大統領統治下での生活苦に新たな困難が加わった。
水を見つける望みを込めて庭に井戸を掘りつつ、トイレ代わりに別の穴を掘るという手段に出る住民もおり、コレラ感染拡大の原因となった衛生状態の悪さに拍車を掛ける恐れがある。
一方、政府系日刊紙ヘラルドによると、水を消毒する薬品を入手できないため、ジンバブエ水道当局は給水を停止したと報じている。【12月2日 AFP】
*********************

断水については“首都ハラレでは、浄水に用いる硫酸アルミニウムが不足したため、前月29日から断水が続き、市民らは水を確保するため井戸を掘り、自主的に水を売買するなどしてしのいでいたが、政府関係者によると、3日に断水は復旧したという。”【12月4日 AFP】とも報じられています。

【医療制度も崩壊】
ジンバブエ政府は3日、コレラ感染拡大による死者が560人を超え、病院での患者受け入れが限界に達したとして非常事態を宣言し、国際社会に支援を要請しました。
保健・児童福祉相は「わが国の中央病院は機能していない。わが国の医療スタッフはやる気をなくしている。医療スタッフを職場に戻し、保健システムを再び機能させるため、わが国はあなたがたの援助を必要としている」と述べています。
確かに、断水によって、主要病院の職員らが欠勤しているとも報じられています。

しかし、“首都ハラレで3日、銀行預金の引き出し制限に抗議する労働組合員らによる抗議デモがあり、警棒などで武装した機動隊が出動し、抗議デモ参加者ら数十人を拘束した。また、同国の医療システムが崩壊している現状を訴える請願書を届けようとしていた医師や看護師らも警官隊に解散させられた。”とも報じられています。【12月4日 AFP】
医療を崩壊させているのは“医療スタッフのやる気”といった問題ではなく、ムガベ政権の無策・機能麻痺の問題です。

また、首都ハレラでは複数の店舗で軍兵士による略奪が起きたとも報じられています。
軍の広報官は「何があったにしても軍の公式な行動ではない」と語っているとか。【12月3日 AFP】
ムガベ大統領と政治的に対立している野党MDCのツァンギライ議長は1日夜、セネガルの首都ダカールで記者団に対し、「ジンバブエは崩壊しつつある」と述べています。

【拡大するコレラ、更に炭疽病も・・・】
国連は5日の時点で、ジンバブエではコレラで589人が死亡、1万3960人が感染していると推定しています。
しかし、ユニセフは「これらの数字はジンバブエの保健所への報告を基にしており、多くの保健所はもはや機能しておらず、実際の数字はもっと大きいだろうと」と話しており、また、WHOは“ジンバブエでは最悪の場合、最大6万人がコレラに感染する可能性がある”とみていると報じられています。

悪い知らせはまだあります。
英国際援助団体セーブ・ザ・チルドレンは、“ジンバブエ北部で炭疽病の感染が確認され、これまでに3人が死亡し、家畜が全滅する恐れがある”と発表しています。
炭疽病は通常家畜にのみ被害を及ぼしますが、感染した動物を飼育したり食べたりすることで、人間にも感染することがあるそうです。
セーブ・ザ・チルドレン責任者は、ジンバブエは深刻な食料不足で、住民は炭疽病で感染死したと知っていてもその動物の肉を食べざるを得ない状況にあると語っています。【12月2日 AFP】

【インフレ率は推定2億3100万%!】
ジンバブエでは“歴史的”なハイパーインフレーションが続き、経済は崩壊しています。
“ジンバブエ中央銀行は4日、深刻な紙幣不足に対応するため、新1億ジンバブエ・ドル札と新5000万ジンバブエ・ドル札を発表した。深刻なインフレが続くジンバブエでは、人びとが預金を引き出すために銀行窓口に長蛇の列をつくっている。だが、数時間かけて並んでも、紙幣不足のためほとんどの場合まったく引き出せない状態で、引き出せても片道分のバス運賃程度にしかならないという。”【12月5日 AFP】

こうした事態に抗議する労働者のデモを警官が警棒で蹴散らしている・・・というのは先述のとおりです。
なんとも、希望の見えない状況です。
確かに、海賊騒ぎでやっと国際社会が目を向けてくれた無政府状態のソマリア、紛争が続くコンゴ、忘れられたのか最近あまり状況が報じられなくなったダルフール等々・・・もっとひどい場所がない訳でないですが。

【国際批判、されど居座るムガベ大統領】
ジンバブエ・ムガベ大統領に対する厳しい批判は以前からありますが、いくら言っても“国家主権”の前では力を持ち得ない現実に苛立ちも感じます。

****ジンバブエ大統領に国際社会が辞任圧力****
欧州各国首脳は8日、コレラの流行や深刻な食糧不足による国民の困難を無視しているとしてジンバブエのロバート・ムガベ大統領に対する辞任圧力を強めた。
ボツワナやケニアなどアフリカ諸国や米国は前週、ムガベ大統領は辞任すべきとの見解を示していた。欧州連合(EU)やフランス、英国もそれに続いた。
ニコラ・サルコジ仏大統領はパリで、もはや交渉の余地はないとし「ムガベ大統領は辞職すべきだ」と発言した。
(中略)
米国のコンドリーザ・ライス国務長官は前週、「ロバート・ムガベ大統領が辞任すべき時はとうに過ぎている」と述べた。また、コフィ・アナン前国連事務総長は前週末、ジンバブエ現政権は危機を終わらせる能力がないと述べていた。(後略)【12月9日 AFP】
********************

ムガベ大統領は辞任を拒否しており、ムガベ大統領の報道官を務めるGeorge Charamba氏は、欧米諸国が、ジンバブエを国連安全保障理事会に持ち込むために、コレラ流行と食糧不足によってムガベ政権が機能不全に陥ったと主張していると非難しています。
また、ジンバブエの国営メディアは7日、コレラの発生についても、ムガベ政権に対する欧州の制裁措置のせいであると伝えています。

ミャンマーの場合もそうですが、頑な国家主権の前では、国際世論には限界があります。
こうしている間も大勢がコレラによって死んでいきます。
ユニセフは9日、ジンバブエで感染が拡大しているコレラに対処するため、1750万ドル(約16億円)が必要だと発表して協力を求めています。


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オーストラリア  “改革”を断行するラッド首相 支援金支給で高支持率維持

2008-12-09 18:17:06 | 世相

(オリンピックのセレモニーで中国の子供達となごむオーストラリア・ラッド首相
中国語が堪能で中国寄りとも言われる首相ですが、中国の人権問題については「一歩後退、二歩前進」とのことです。
“flickr”より By publik16
http://www.flickr.com/photos/publik16/2745531668/)


【発足1年 なお6割超の支持】
アメリカ・オバマ大統領が“チェンジ”の代名詞になっていますが、昨年12月に登場したオーストラリア・ラッド首相(労働党)も、それまでのハワード保守党政権からの“チェンジ”を国内外に強く印象付けました。

京都議定書を批准、イラクからのオーストラリア軍部隊撤退、そして一番印象的だったのは国会で行った先住民アボリジニへの公式謝罪、「歴代の議会・政府の法や政策によって、われわれの仲間であるアボリジニに多大な悲しみ、苦しみ、損害を負わせたことを謝罪する」という言葉でした。
自らの過去の過ちを認め、きちんと謝罪することは、自虐でも“自国を悪い国だと言うこと”でもなく、“良い国”の証だと私は思います。

いずれもハワード保守政権が拒み続けていたもので、「時代が変わった」と強く国民に印象づけ、支持政党を超えた支持を獲得しました。
その国民の強い支持を獲得したラッド首相、依然6割を超える支持を維持し続けているそうです。

****金融危機、素早い対応で高支持率保つ 豪ラッド政権*******
オーストラリアのケビン・ラッド首相(51)率いる労働党政権は発足から、3日でちょうど1年。クリスマス前の「支援金」支給策など素早い金融危機対応が評価され、首相は支持率が6割を超えて好調だ。ただ、相次ぐ景気刺激策に財政赤字への転落を危ぶむ声も出始めている。
ニューズポール社による11月下旬の世論調査では、首相の支持率は63%。野党・自由党のターンブル党首の21%を大きく上回った。就任以来、首相は6割前後の支持率を保っており、同社も「調査開始以来初めて」と驚いている。(中略)
金融危機が表面化すると、最初の住宅購入への最大2万1千豪ドル(約130万円)の補助や、クリスマス前の1人あたり1千~1400豪ドル(約6万~8万円)の支援金支給など総額104億豪ドルの緊急経済対策を発表。11月には追加策として、向こう5年間で教育や医療分野の公共事業に151億豪ドルの拠出を決めた。
 バラマキともとられかねない矢継ぎ早の対策に、自由党は「根拠や効果が不明確で、場当たり的だ」(党首)と批判を浴びせるが、ラッド首相は「行動しなければ、この危機には対応できない」と動じない。政権発足当初の諸施策が一段落し、支持率が息切れしかけた矢先の金融危機が「追い風」となった形だ。
【12月4日 朝日】
**********************

【オーストラリアの支援金支給】
こうした大盤振る舞いが躊躇なくできるのは、オーストラリアの国家財政がハワード前政権時代に黒字になっており、石炭や石油、鉄鉱石などの資源輸出国であるオーストラリア経済が世界的な資源高の恩恵を受けて好景気だったことが背景にあります。
10月に発表された景気刺激策にかかわる出費はすべて、5月の予算案発表時に明らかにされていた217億豪ドルの黒字幅から拠出されます。
しかし今後については、昨今の資源価格下落、輸出先である中国経済の減速という今後の環境で、これまでのような政策が続けられるのかは疑問を呈する向きもあるようです。

そのオーストラリアのクリスマス前の支援金支給が開始されました。
“給付対象となるのは、一般家庭200万世帯と年金受給者400万人で、クリスマスまでの2週間以内に給付金を受け取る。障害年金受給者や単身の老齢年金受給者には1人1400豪ドル(約8万7000円)、夫婦で年金を受け取っている家庭ではあわせて2100豪ドル(約13万円)、低中所得家庭については子ども1人につき1000豪ドル(約6万2000円)が支給される。”【12月8日 AFP】

年金受給者と家族優遇税制や各種福祉手当の対象となる低中所得家庭世帯を対象にした給付金ですが、ラッド首相は給付金を貯蓄にまわさずに子供や孫のクリスマスのための買い物で使ってほしいと訴えています。

【日本の麻生総理は】
他方、日本では麻生総理の支持率がここひと月で暴落状態です。
原因としては資質の問題もありますが、政策的には2次補正予算の先送り、その主要項目である定額給付金をめぐる一連の問題があります。

かたや、クリスマス前に給付金政策を断行して6割の支持率を維持、かたや、二転三転・先送りで支持率暴落・・・と、つい比較もしたくなりますが、まあ、先述のようなオーストラリア財政の好調といった事情など、それぞれ異なった環境での決定ですから単純比較は麻生総理に気の毒でしょう。

ちなみに、給付金支給的な政策は日本・オーストラリア以外にもアメリカ、イタリア、台湾、ドイツなどでも実施、あるいは検討されています。

【アメリカの小切手】
アメリカ・ブッシュ政権は今年1月、所得税を還付する形で、個人には最大600ドル(夫婦合算申告の場合は1200ドル)、未成年の子供がいる場合は1人に付き300ドル追加支給する、所得税を支払っていない世帯でも、3000ドル以上の勤労所得、年金所得又は退役軍人手当てをもらっている場合には300ドル(夫婦合算申告の場合は600ドル)を受領出来るという内容で決定し、対象となる1億1700万世帯への小切手の送付を5~8月に実施しました。
家電業界団体(CEA)調査では、74%の消費者が還付金を受領後4ヶ月以内に使う考えで、家電製品購入を考えている人の内、53%がコンピュータ、39%がテレビ、23%が携帯電話を購入すると回答しているそうです。
【「カーク船長4761」さんのブログ http://plaza.rakuten.co.jp/kirkhanawa/diary/200809140000/

【イタリアのカード】
イタリアでは、低所得者層約130万人に対して、クリスマスに120ユーロ入りの「キャッシュカード」が支給されます。
このカードは「ソーシャルカード」と呼ばれ、年金生活者、子どもが多い家庭については、追加支給分が後日「チャージ」される仕組みになっております。
この政策は、原油価格の高騰により大きな収益を上げている企業から企業所得税を超過徴収し、「低所得者層」への給付金の財源とする、いわゆる「ロビンフッド税」と称されるものです。
年金生活者への支給については年齢と年金支給額で制限が設けられています。
(65~69歳は6000ユーロまでの人、70歳以上は8.000ユーロまで、他に持ち家、自動車などについての規定もあり)
追加支給対象者にも制約があります。
((銀行口座の残金が15000ユーロ以下、持ち家、車なしなどの条件あり)
使えるのは、食料品店でのみ。ただし店に売っていれば、食料品以外も購入は出来るとか。
この支給政策について国民の76%が支持しているそうです。
http://blog.h-h.jp/investnews/2008/11/28/economic-measures-in-major-countries/  投資経済データリンク、 http://nikitoki.blog.so-net.ne.jp/2008-11-25-3 トクダス】

【ドイツも】
ドイツは10、11月に合計総額500億ユーロに上る景気対策を決めていましたが、不十分との声もあって、日本が進める定額給付金と同じようにばらまき型の「消費券」の配布計画を検討していることが報じられています。
総額は150億ユーロ(約1兆8千億円)に上るとみられ、配布が検討されている消費券は500ユーロ分、配布対象はサラリーマンなど約3千万人、早ければ年明けにも詳細を決定する可能性があるそうです。【11月27日 朝日】

【台湾の消費券】
台湾は日本で99年に交付された地域振興券に似た消費券を発行します。
当初、所得制限を設けるとされていましたが、「所得再分配が目的ではなく、消費を喚起して経済を刺激する施策なのだから、所得制限を設けるのは趣旨に反する」との考えで、全国民を対象とすることになったそうです。
消費券は国民一人当たり台湾元3600元(10,400円)のチケットで、旧正月にむけて1月18日に発行され、来年9月30日まで使用可能だそうです。
台湾の物価水準で考えると、日本円で2万5千円から3万円ぐらいの価値観だそうですから、世帯合計すればそれなりの金額になります。
大統領選挙で全国1万4千ヶ所余りに投票所が設けられたのと全く同じ場所を来年1月18日の1日間、消費券の「発券所」にして、通知葉書と引き換えに消費券をもらうことになるとか。
なお、1月18日に「発券所」へ行けない者は、2月中旬以降、4月末までに最寄の郵便局の窓口へ通知葉書と身分証明書を持っていけば消費券がもらえるそうです。
【国際派時事コラム「商社マンに技あり!」
http://archive.mag2.com/0000063858/20081127003000000.html?start=220

【日本の定額給付金】
所得制限有無、小切手・商品券・カードなどの支給方法、支給額等々、各国様々です。
当然、国によって生活習慣も異なりますし、消費性向も異なり効果も異なります。
これだけ一斉に実施すれば、おそらく来年あたりは定額給付金とその効果に関する詳細なリポートがたくさん出そうです。
ただ残念ながら、それを待っていては遅いので、やるのであれば早くきちんと決めないと・・・・。



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偽電話、パキスタン空爆情報も飛び交うインド・パキスタン関係

2008-12-08 16:49:30 | 国際情勢

(インド側カシミールのトラック・・・とは言っても、これはラダック地方のヒッチハイクの様子のようです。 印パ国境での交易にあたるトラックもこんな感じでしょう。 “flickr”より By deeptrivia
http://www.flickr.com/photos/deeptrivia/214129641/)

いま最もホットな話題のひとつが、インド・ムンバイでのテロ後のインド-パキスタン間の関係悪化がどこまで行くのかということでしょう。
“偽電話”なども登場して賑やかです。
ただ、両国とも核保有国であることを考えると、由々しい事態でもあります。

****空爆警告電話は本物? 印パ非難合戦、事態悪化も***
インド・ムンバイでの同時テロを受け、パキスタンがインドに対する牽制を強めている。
ハッサン駐英大使は6日、英BBC放送とのインタビューで、インドがテロ直後、パキスタン国内のイスラム過激派の訓練キャンプを急襲する計画を持っていたと語った。大使は「パキスタンに教訓を与えるために、インドがパキスタン国内にある訓練キャンプなどに対し、空爆などを計画していた証拠がある」と述べた。

また、パキスタン政府高官はロイター通信に対し、ザルダリ大統領が11月末、インドのムカジー外相からパキスタンへの軍事行動を示唆する電話を受け、パキスタン軍がその後24時間、厳戒態勢を敷いたことを認めた。パキスタン情報相は6日、電話は間違いなくインド外務省からだったとしている。
これに対し、ムカジー外相は7日、改めて声明を発表し、そのような電話はしていないとしたうえで、「一連の動きは、ムンバイのテロを実行したパキスタンに拠点を置くテロリストグループから、注意をそらしたい人間によるものだろう」と述べ、パキスタン側の姿勢を批判した。

ただ、7日付のインド紙ヒンズーによると、インドのシン首相は先週訪印したマケイン米上院議員に対し、パキスタン政府が容疑者引き渡しに応じない場合、パキスタンに空爆を加えると伝えたという。同議員が6日、パキスタンのラホールでの講演で明らかにした。
いまのところ、インド、パキスタン両国とも部隊の国境地帯への移動などは行っていないが、非難合戦から事態がエスカレートする可能性もある。【12月8日 産経】
*****************************

【非難の応酬】
インド当局は、パキスタンを拠点とするイスラム過激派「ラシュカレ・トイバ」の犯行との見方を示していますが、5日付のインド各紙はインド情報機関筋の話として「事件にパキスタン軍情報機関(ISI)が関与した」と報じています。
ニューヨーク・タイムズ(電子版)も3日、米政府の複数の情報機関が、パキスタン国軍、特にその傘下の情報機関「軍統合情報局(ISI)」の元将校らが実行犯を訓練、支援していた、との判断に達したと報じています。

こうした報道に対し、“パキスタン各紙はこぞって反論。「パキスタンへの非難は、インド情報機関(RAW)が事件を防げなかった無能力ぶりを隠ぺいするため」(英字紙ドーン)などと応酬する。民間テレビ「ジオ」は、ISI元長官の「アフガンの対テロ戦にインド軍を参加させるため、米国が事件を起こした」とする謀略説まで放送した。”【12月6日 毎日】という状況です。
パキスタン政府は、パキスタンを拠点とする過激派による犯行であるとの具体的な証拠を提示するようインド側に求めています。

【アメリカによる調整】
悪化する両国関係を憂慮するアメリカはライス国務長官を派遣して、事態の沈静化をはかっています。

****「テロに国内組織関与なら摘発」 パキスタン大統領*****
パキスタンのザルダリ大統領は4日、イスラマバードを訪問したライス米国務長官と会談し、インド・ムンバイの同時多発テロに国内組織が関与していることが判明すれば取り締まることを表明した。ライス長官はパキスタン政府の協力を評価し、テロ後に緊張が高まっている印パ両国が協力してテロに対処する必要性を強調した。
ライス長官がインドに続きパキスタンを訪問したのは、同時テロを機に関係が悪化している両国に自制を求めるのが狙い。
パキスタン政府によると、ザルダリ大統領はインド側への捜査協力を改めて表明し、「パキスタン領土をテロ活動に使わせない」と述べた。また「攻撃に関与したことが判明したどのようなパキスタンの組織に対しても強い措置を講じる」と説明した。同時テロにはパキスタンのイスラム過激派「ラシュカレ・トイバ」の関与が疑われている。 【12月4日 朝日】
**********************

こうした流れのなかで、インドからの批判をかわす狙いか、パキスタン軍は7日、同国が実効支配する北部のアザド・カシミールの拠点都市ムザファラバード近郊で、インド・ムンバイの同時テロに関与したとされるイスラム過激派ラシュカレ・トイバのアジトを急襲、爆破したと報じられています。【12月8日 時事】

【偽電話】
ここ数日の主な動きは以上ですが、いくつか思うこともあります。
先ず、第一に、“偽電話”の件。
インド・ムカジー外相が電話したのか、しなかったのか、真相はわかりません。
どちらかがウソをついているならいいですが、これが本当に“偽電話”だったとしたら、つまり、インド・ムカジー外相の名をかたる偽電話が実際にザルダリ大統領のもとにあったとしたら、それは非常に怖い話のように思えます。

パキスタン・ザルダリ大統領がどの程度パキスタン国軍を把握しているのかは心もとないところですし、パキスタンで核使用がどのようになされるシステムなのかは全く知りませんが、いずれにしても核保有国大統領のもとに、対立国外相の名前で偽電話がかかる・・・そんなことが実際ありえるのなら、とんでもない事態を引きおこしかねない危険性を孕んでいると言えるでしょう。
もし、今以上に軍事的に緊張した事態で、不審者による偽電話があり、その内容が“インドはイスラマバードに核攻撃を行う”というものだったら、パキスタン側もニューデリーへの攻撃態勢にはいるのでしょうか?
そのとき電話の真偽を確認する時間的余裕はありません。

偽電話と言えば、昔の田中前首相逮捕がらみで三木首相にかけられた鬼頭判事補の事件を思い出します。
中曽根幹事長逮捕という嘘の情報を伝えて三木首相から指揮権発動の言質を取ろうとしたもので、会話は1時間に及んだそうです。
最近では“偽”ではありませんが、アメリカ共和党下院議員がオバマ次期大統領からの電話を、いたずら電話と間違えて一方的に切ってしまったなんて話題もありました。

【テロリストの思う壺】
緊張する印パ情勢に思うことの二点目は、両国の対立はテロリストの思う壺にはまっているように思えることです。
印パ関係はこれまでも何度も危機を経験しましたが、今年10月21日からは61年ぶりにカシミールでの印パ交易が復活したばかりでした。

****カシミール地方の印パ貿易、再開*****
インドのジャンムー・カシミール州とパキスタン領カシミールの間で10月21日から再開される越境貿易に関して、両国の当局は20日、最終確認を行った。
19日には、停戦ラインにかかる「平和の橋」を意味する橋「Aman Setu」が大型トラックの重さに耐えられるか確認するため、両側からトラックをテスト走行させた。
パキスタン政府が承認したトラックが21日に、「Aman Setu」を渡って、インド側に新鮮なフルーツやそのほか日用品を運んでくる。カシミール渓谷で、双方から輸送用トラックが往来するのは、実に61年ぶりのことである。

分断前に両側の見本市で商売をしていた、現在85歳になるライナワリ出身の男性は、「これでジャンムー・カシミール州の歴史も新しく塗り替わるのだろうけど、思い出すのは、60年余りの間にパキスタン領で亡くなったカシミール地方の人たちのことだ」としみじみ話した。彼らは1947年にパキスタン側で拘束されてから、家族にも会うことができなくなったと、その老人は語る。(後略)【10月21日 インド新聞】
*********************

今現在この交易がどうなっているのかは分かりません。
ただ、61年ぶりの“雪解け”ムードが吹き飛んだことは間違いないでしょう。
テロリストの目的は知りません。
もし報じられているようにカシミールで活動していた「ラシュカレ・トイバ」が関与しているのであれば、彼らにとって自分達の施設への政府軍攻撃以上に受け入れ難いのは印パ間の友好関係進展でしょう。
その意味で、最近の両国の対立には大喜びしているところでしょう。

あるいは、インド国内では事件の衝撃から、アフガニスタンでのイスラム武装組織を掃討する米国主導の対テロ戦に参加すべきだとの声が出始めているとも言われています。
しかし、印パ国境をはさんでインドと長年対峙するパキスタンにとって、自国の“背中側”のアフガニスタンにインドが軍事展開することは容認しがたい事態です。
そうなれば、印パ関係が更に緊張するだけでなく、アメリカの主導するテロとの戦いの枠組みが崩れてしまいます。
これまた、テロリストが喜ぶ展開でしょう。

【煽り立てるマスメディア 激昂する世論】
もひとつ思うことは、マスメディアの対応、それによって誘発される“世論”というものについてです。
インド、パキスタン双方の国内紙は、こぞって相手側を非難する記事を掲げています。
もともと対立の根が深い両国のことですから、国民の間で“パキスタンの起こした事件だ!”“インドはいつもパキスタンのせいにする!”という非難・不信感は容易に燃え上がります。

センセーショナルに煽るのがマスコミと言うもので、強硬な論調ほど読者に喜ばれるものだと言ってしまえばそれまでですが、政治家は世論の動向をみながら政策決定する“民主的社会”にあって、煽られた“世論”は国を危険な道にも導きます。
激昂する世論をなだめ、落ち着かせるようなメディアのあり方・良識はないのでしょうか?
まあ、今回は政治家自体が最初からパキスタンを非難する方向で誘導していましたので、マスメディアだけの責任ではありませんが。
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中国  進む経済情勢悪化 懸念される社会不安増大

2008-12-07 11:42:02 | 国際情勢

(中国・南京での就職フェア 就活が厳しいのは日本も中国も同じですが、中国は膨大な新卒者、農村の潜在的労働力を抱え、一定のスピードで成長しないと求職者を吸収しきれません。写真は2年前の様子ですが、最近は成長鈍化を受けて格段に厳しさ増しています。 “flickr”より By evadedave
http://www.flickr.com/photos/evadedave/308752203/)

【ドバイ、そして中国】
金融危機、世界不況の波は中東をも巻き込み、11月30日にはアラブ首長国連邦・ドバイの政府系不動産開発大手、ナキールが金融危機を理由に従業員の15%に当たる500人を解雇したことを発表しました。
ナキールは、ドバイ沖の巨大な椰子の木型の人工島「パーム・ジュメイラ」プロジェクトを手がけたUAE最大手の開発業者で、10月には高さ1000メートルの高層ビルの建設計画を発表したばかりでした。【12月1日 AFP】
また、先月20には「パーム・ジュメイラ」プロジェクトの一環である超大型複合リゾート施設「アトランティス・ザ・パーム」の正式オープンを、北京五輪をしのぐ打ち上げ花火で祝ったばかりですが、ホテルのスイートルーム1泊が2万5000ドル(約240万円)だとか・・・。
ドバイは外国人が人口の約7割に達するところですので、この不況で一番のしわ寄せを受けるのは外国人労働者でしょう。

一方、中国からはこんな威勢のいい話も。

***高さ632メートル・中国一高い「上海タワー」、29日に建設開始****
中国・上海の浦東地区で11月29日から、高さ632メートルの高層ビル「上海タワー」の建設が始まる。完成すれば中国一の高層ビルとなるこのビルについて、27日行われた記者発表の席で、地元当局者は「金融危機時代の希望の象徴」と呼んだ。(中略)関係者は、「金融危機で傷ついた中国人民の自信回復の一助となる」と期待を寄せる。【11月28日 AFP】
*****************

オリンピック後の北京では、不動産市況が高騰した時期に着工したビルが次々に完成したもののオフィス需要が冷え込み、空室が増え始めていると伝えられていますが、上海はまだ元気なのでしょうか?
多分、そんなことはないでしょう。

【危機感を強める中国経済】
世界経済の先頭を疾走してきた中国経済も急速に悪化しています。

****2009年中国経済が減速、成長率7.5%に 世銀予測****
世界銀行は25日、2009年の中国経済の成長率が7.5%と、19年ぶりの低水準になるとの見通しを発表した。
今年6月の報告では9.8%としていたが、しぼむことがないかに見えた輸出が世界的な金融危機の影響で伸び悩むと予測し、下方修正した。07年の成長率は11.9%で、2ケタ台の減速を中国経済が見せたのは2002年以来。
中国経済が前回、同様の減速を経験したのは天安門事件によって国際社会から孤立した1990年代で、当時の成長率はわずか3.8%だった。世銀のLouis Kuijsシニア・エコノミストは、中国国内での最大の減速要因は住宅部門だと述べた。【11月25日 AFP】
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****中国経済、悪化ピッチが加速=国家発展改革委****
中国国家発展改革委員会(NDRC)の張平主任は27日、中国経済は11月になって悪化のピッチが加速している、との認識を示した。記者会見で語った。
張主任は「世界の金融危機はまだ底を打っていない。その影響は世界的に広がっており、中国では深刻化している。一部の国内指標は、11月になって鈍化ペースが加速していることを示している」と述べた。(後略)【11月27日 トムソンロイター】
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****「中国経済、競争力が低下」胡総書記が危機感****
30日付の中国各紙によると、中国共産党の胡錦濤総書記は29日、北京で開かれた党政治局の学習会で演説、「(国際市場での)競争における我が国の伝統的な優位が次第に弱まってきている」と述べ、中国経済の競争力が低下しつつあるとの極めて厳しい認識を示した。
現在、金融危機による「外需の明らかな減少」(胡氏)のほか、人民元レートや労働コストの上昇、食の安全などを巡る問題の続発などによって、中国経済の発展を支えてきた輸出の伸びが急速に鈍化している。成長率も鈍り、社会的な不安定要因が増している。
胡氏は、国際競争力を「全面的に高める」よう指示しながら、成長維持の必要性を強調。「(競争力低下などの)圧力を動力に変え、安定してかなり速い発展を保てるかどうかは、我が党の執政能力を問うものとなる」と訴えた。【11月30日 読売】
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【雇用状況悪化】
このような経済不況を反映した社会不安も増大しています。

11月25日、広東省東莞のおもちゃ工場が216人の雇用契約を終了しようとしたころ、出稼ぎ労働者が解雇補償金の金額が少なすぎるとしてデモを起こし、警官隊と衝突。
国営新華社通信によると、労働者が警察車両と小型パトカーの計5台をひっくり返し、事務所を襲い、パソコンなどの機器を破壊。デモは最大約2千人に達し、警察との衝突で6人がけがをしたそうです。【11月26日 朝日】

雇用情勢も深刻化しています。

****潮流:「大卒余り」就職氷河期=中国総局長・堀信一郎****
 米国発の金融危機の影響が、中国の大学生にも忍び寄っている。中国はすでに高学歴化が進み、「大学生余り」現象が起きており、学生が「卒業と同時に失業者」と自嘲(じちょう)するほどの就職難だ。そこに今回の金融危機で、企業は新卒採用をさらに控え始めた。就職氷河期をやり過ごすため、大学院に進学する大学生もいる。大学生受難の時代は、当分続きそうだ。(後略)【11月25日 毎日】
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****就職フェア会場に入れないほどの人殺到、中国****
中国経済が11月も一層減速するなか、河南省鄭州では就職フェアに求職者が殺到し、入れない人たちが押し合う騒ぎとなった。中国では毎年2400万人が職を求め、現在のところその半数の需要しか満たせていない。【12月6日 AFP】
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【当局の強権的対応】
中国当局の社会問題に対する対応については、オリンピック期間中は国際世論も考慮して強権的手法は控えていましたが、オリンピック後はその復活も伝えられています。

****中国当局、人権活動家の自宅をブルドーザーで破壊****
中国当局に身柄を拘束されている人権活動家、倪玉蘭氏の北京の自宅が21日、当局に取り壊された。
当局は市内中心部にある倪氏の自宅を200人あまりの警察官で包囲し、自宅前の道路を封鎖して、身分証の提示のない者の通行を禁止。倪氏の夫の薫継勤氏(56)の目の前で、ブルドーザーで住居を完全に破壊した。(中略)
生家を破壊された衝撃に身を震わせながら、薫氏は「家よりももっと重要なことは、妻の釈放だ」とAFP記者の取材に涙ながらに訴えた。薫氏によると、倪氏は不法に逮捕されたうえ、殴るなどの暴行を受けて強制的に自宅取り壊しに同意させられたという。【11月24日 AFP】
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拘束されている妻の倪玉蘭さんは、各地でおきる開発に伴う立ち退き問題で抗議活動を展開してきた人物です。

****100人以上の陳情者拘束 北京、土地強制収用抗議で****
北京市中心部にある中国国営の中央テレビ前で4日、各地で相次ぐ不当な土地強制収用や公安当局者らによる市民への暴行などに抗議するため、地方から集まった100人以上の陳情者が拘束され、バスに強制的に乗せられて連行された。4日は、中国で法治徹底を図るため制定された「法制宣伝日」だが、逆に北京五輪後もデモ行為に対する厳しい規制が続く現状が浮き彫りになった。【12月4日 共同】
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“広東省深セン市で民主活動家グループが「国家改革建議書」と題する民主化要求の文書を街頭で市民に配った活動に対し、当局は配布を妨害せず、事実上黙認した”とか“「ウィキペディア」の「六四天安門事件」のページが12月1日までに、北京で閲覧可能となった。”といった“軟化”を示すような対応も一部にあるようですが、強権手法の基本線はまだ変わってはいないのでしょう。
経済の失速がさらに強まると、社会不安の増大、それを強権的に抑えようとする当局、それに対する国民の反発・・・と、社会が不安定化することも考えられます。

【自由貿易堅持】
****米中、保護貿易主義と戦う決意を表明=戦略経済対話が閉幕****
北京の釣魚台迎賓館で開かれていた米中戦略経済対話は5日、2日目の協議を終え、閉幕した。両国は、世界的な金融危機の中で保護貿易主義と戦う決意を表明した。(中略)
2日間の協議では、低迷する世界の経済成長を押し上げるため貿易を自由化することが主要議題の一つになった。中国側議長の王岐山副首相は記者団に対し、「金融危機によってもたらされ難局に直面し、あらゆる形の保護貿易主義に全面的に反対しなければならないと双方とも確信している」と語った。
王副首相はさらに、「繁栄ならびに世界経済の成長と貿易を促進するため、われわれは世界の他の諸国と積極的に協力して世界貿易機関(WTO)の多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)の早期再開を推進する用意がある」と述べた。
ポールソン財務長官は会見で、世界的な景気減速の中で通商を拡大するため、米国と中国は貿易金融で200億ドル(約1兆8400億円)を活用できるようにすると語った。〔AFP=時事〕 【12月5日 時事】
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いまや世界経済の枠組みの中にある中国経済ですから、成長鈍化、それに伴う社会不安増大を避けるためには、なんとしても自由貿易体制を堅持することが必要との中国当局の認識でしょう。
WTOなどの国際交渉の場でそのように中国が認識してくれることは、世界経済のためには望ましいことではあるでしょう。

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ASEAN  タイ混乱で首脳会議開催延期  “新生”ASEAN、スタートでつまずく

2008-12-06 15:40:18 | 国際情勢

(タイ首相府を占拠していたPADの炊き出し風景 手前の緑のものは葉っぱでつくったお椀でしょうか?
まあ、これがミャンマーなら銃弾が飛び交い、あたりは血の海になりますので、その意味では、この混乱は“民主主義のもとでの国民の権利行使”であり、軍・警察もそれを尊重したということでしょうか・・・・
“flickr”より By euke_1974
http://www.flickr.com/photos/8560588@N04/2910358724/)

【場所変更、そして延期 噴出す不満】
タイ・ソムチャイ政権は、当初首都バンコクで12月15日から開催が予定されていたASEAN首脳会議及びそれに伴う一連の国際会議について、バンコクにおける反政府団体PADの首相府・空港占拠という混乱を避けて、与党支持者の多い北部チェンマイへ開催地を変更するなどの対応で乗り切ろうとしていましたが、結局、憲法裁判所による解党命令に伴うソムチャイ政権自体の崩壊という状況で、今月の開催そのものが不可能となり、来年3月に延期する方向で調整しています。

この延期は、東南アジアにおける“地域大国”としてのタイの威信・信用を大きく傷つけるところとなっています。
マレーシアのライス外相は「タイがASEAN加盟国に首脳会議の開催を確約できるかどうかを見極めるため待たなければならない」「タイの次期政権あるいは次期当局が首脳会議を開催できるよう願うばかりだ」と述べています。

シンガポールは「世界的な金融危機の影響についての協議を緊急に必要としていることを考えれば、できるだけ速やかに、できれば1月に開催するのが望ましい」「ジャカルタのASEAN事務局で首脳会議を開催するのも可能だろう」と開催国変更を求めています。【12月3日 時事】

また、かつて民主党(現在はタイの最大野党)主導の連立政権下でタイ外相を務めたピッスワンASEAN事務局長は5日、「金融危機を受けて首脳たちが討議すべき問題が山積している」「タイ政府は議長国として確実に開催できるよう、最大限の努力をすべきだ」と述べ、3月以前の早期開催実現への努力をタイ政府に求めています。

プミポン国王の訓話取りやめ、与党内での新首相選びの難航、そして昨夜(5日)には海外に逃亡中だったタクシン元首相の元夫人(偽装離婚とも言われています)が空路帰国したとか、タイ国内情勢は現在進行形でいろいろありますが、今回はパスしてASEANの話です。

【ついに憲章発効・・・】
関係国・関係者が開催延期に苛立つのは、今回のASEAN首脳会議がASEANにとっては、2015年の共同体創設に向けた基本法となるASEAN憲章発効とEU同様の「法人格」を持つ地域機構しての“新生”ASEANを世界に宣言する重要な会議であるという事情があります。
ASEANは昨年1月、“当初目的より5年前倒しし、2015年に「政治・安全保障」「社会・文化」での連携を深める、ASEAN安全保障共同体、ASEAN経済共同体、ASEAN社会・文化共同体の3つからなるASEAN共同体の設立を目指す”【ウィキペディア】ことを採択し、11月には最高規範となるASEAN憲章を制定しました。

この憲章の発効には全加盟国で批准される事が条件とされています。
ミャンマー軍事政権による人権侵害を理由にフィリピン上院が一時、批准に難色を示し、発効が危ぶまれたこともありましたが、今年10月21日、インドネシア国会がASEAN憲章の批准を全会一致で承認し、加盟10カ国すべての批准手続きが完了、12月14日には発効します。
当初予定では15日からの首脳会議で憲章発効を祝う運びとなっていました。

ASEAN憲章の内容等については、
昨年11月21日ブログ「ASEAN “憲章”で合意、そしてミャンマーは?」
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20071121
今年7月20日ブログ「ASEAN マレーシアの不法移民強制退去問題など」
(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080720
でも取り上げたところです。

憲章では加盟国が順守すべき基本原則として民主主義や人権の保護、法の支配などを列挙していますが、ASEAN加盟国の中には、軍事政権ミャンマーをはじめ、共産党一党独裁のベトナムなど、民主化の態様にかなりの幅があります。

そのため、憲章案作成段階で検討された“安全保障や外交政策のようなセンシティブな分野以外については、全会一致が得られない場合は投票によって多数決で決定することや、重大な違反や不履行に対しては除名を含む権利・特権の停止などの措置をとるといった罰則規定を設ける”という考え方は結局退けられ、内政不干渉を前提にした全会一致方式は基本的には変っていません。

【人権機構は強制力なし】
今回改革の目玉として、新たに人権機構が設置されることがあります。
ただ、これについても、加盟国の人権問題に対し強制力を持たない諮問機関とする方針であることが報じられています。

****ASEAN 「人権機構」強制力なし 枠組み草案 監視の実効性不透明 ****
東南アジア諸国連合(ASEAN)が来年末の新設を目指す「ASEAN人権機構」について、加盟国の人権問題に対し強制力を持たない諮問機関とする方針であることが21日、ASEANの内部文書で明らかになった。
共同通信が入手した人権機構の枠組みに関する草案は、内政不干渉の原則をあらためて強調、人権侵害への具体的な対応策にも踏み込まない内容となっている。

軍事政権による人権弾圧が続くミャンマーや、1党独裁のベトナムなどを抱えるASEANの現状を反映。12月にタイで開く首脳会議に合わせて「民主・人権」を掲げる最高規範「ASEAN憲章」も発効するが、機構新設が域内の人権状況改善に直ちに結び付く可能性は低そうだ。
人権機構の枠組み草案は加盟国代表でつくる準備委員会が作成。人権尊重を機構の目的とするが「国や地域の特性に留意する」と明記。人権保護の責務は一義的には加盟国にあるとしている。
人権機構の役割も啓発や提言、関係機関との協力に重点を置く。人権状況の訪問調査をするとしたが、加盟国の同意が前提で、実効的な監視ができるかどうかは不透明。
別の内部資料によると、「人権問題について加盟国に勧告できるが、法的拘束力は持たない」との位置付けでほぼ合意。草案は12月の首脳会議に先立つ外相会議に提出されるが、市民団体などから見直しを求める声も出そうだ。
【11月22日 西日本】
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加盟国ミャンマーは最近、野党NLDの関係者、昨年9月の反政府デモを主導した元学生運動家や僧侶、今年5月のサイクロンの被災者に無許可で救援活動をしたとされる人たちを中心とした160人ほどに、家族の傍聴や弁護人の立ち会いも許されない「秘密法廷」で、禁固65年など殆ど終身刑と変わらない長期刑を含む禁固刑を言い渡すなど、やりたい放題の状態です。【11月25日 朝日】

人権機構がこうした現実にどの程歯止めをかけられるのかが注目されるところですが、なかなか難しいようです。
ただ、中身はともかく、スタートすることに一定に意義がある・・・と言えば言えなくもないでしょう。
改善は今後の課題です。
インドネシアのハッサン外相は憲章批准後、記者団に「民主主義と人権保護をうたった憲章は、各国に対する拘束力を持つ。憲章が発効すれば、ミャンマーに民主化を促す基盤になる」と語っています。

【「チェンマイ・イニシアチブ」強化、】
一方、世界的金融危機のなかで、経済面での取り組みとしては、ASEANを中心とした対応に一定の存在感があったと評価する声もあります。

****ASEANプラス3:通貨融通を強化へ 金融危機対応で合意****
東南アジア諸国連合と日本、中国、韓国(ASEANプラス3)の13カ国は24日午前、北京の人民大会堂で非公式首脳会議を開いた。米国発の金融危機の影響がアジアにも及び始めたことを受け、域内への危機波及時の対応策などが話し合われた。同行筋によると、急速な資金流出に見舞われた域内国に外貨を融通し合う通貨交換協定の枠組み「チェンマイ・イニシアチブ」(00年5月合意)を強化する必要性で一致。日本は必要に応じて国際通貨基金(IMF)へ追加資金拠出を行う方針を表明した。

同会議は、ASEAN議長国・タイの呼び掛けを受け、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議に先立って開催された。麻生太郎首相は会議で、日本の追加経済対策について説明したうえで、危機対応で資金需要が高まるIMFへの追加資金拠出を表明した。

チェンマイ・イニシアチブは、1997年のアジア通貨危機を受けて構築された。今年5月の財務相会合で、2国間の通貨交換協定の集合体にとどまっている枠組みを多国間で一元的に運用するため、各国の外貨準備から総額で800億ドル(約7兆8000億円)以上を集めることで合意している。
こうした枠組みを強化するため、この日の会議では年内に13カ国の財務相・中央銀行総裁による会議を開催する方向で調整を進めることでも一致した。【10月24日 毎日】
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こちらの経済面も、金融危機から実体経済の減速・不況に事態が進行するなかで、その意義・効果が試されることになります。

【タイとフィリピン 政治的成熟度】こうした緊急の問題が山積するなかで“新生”ASEANをアピールしようとしていた折の開催延期。
残念なことです。
最近、タイの反政府団体による首相府や国際空港の占拠をめぐり、「ピープルパワー」など市民の街頭行動では先輩格のフィリピンが「タイ国民に政治的成熟度が欠如しているため大混乱が起きている」と批判、タイとフィリピンの間で「どちらの国民が政治的に成熟しているか」について言い争っているという報道がありました。
まあ、考えようによっては、抗議行動はタイ国民が民主主義のもとで政治的な権利を自由に行使していることを示すものであり、これを軍・警察が実力排除しなかったというのも人権尊重のあらわれ・・・でしょうか。
前途多難なASEANです。

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ポスト京都議定書に向けてCOP14開催 止まらぬ“地球の肺”アマゾンの破壊

2008-12-05 15:36:44 | 環境

(傷つき血を流す大アマゾン “flickr”より By bbcworldservice
http://www.flickr.com/photos/bbcworldservice/2848947364/)

【「今何もしなければ悪化する一方だ」】
地球温暖化対策の次期枠組み(ポスト京都議定書)について話し合う国連気候変動枠組み条約第14回締約国会議(COP14)が、ポーランド・ポズナニで12月1日から開かれています。会期は今月12日までで、最後の2日間に閣僚級会合が予定されています。

開会式で議長のノウィツキ・ポーランド環境相は「われわれはすべての国の望ましい未来のために、統一見解を見いだすことができるはずだ。この2週間(お互いに)歩み寄ろう」と協議の進展に期待しています。
また、来年のCOP15議長国デンマークのラスムセン首相も「金融危機はいずれ回復するが、温暖化は今何もしなければ悪化する一方だ」と述べています。【12月1日 毎日】

京都議定書は先進国に温室効果ガスの削減を義務付けており、2012年までの5年間平均で、日本は1990年比6%、欧州連合は8%の減などとなっています。
会議に先立ち、ドイツの環境省は、07年の温室効果ガスの排出量が90年比で22.4%減となり、京都議定書の削減目標の21%減を達成したことを明らかにしています。【11月30日 朝日】
また、欧州環境庁は10月16日、京都議定書を批准したEUの15か国が、共同で温室効果ガスの排出量削減目標を達成することができる見通しであると発表しています。

一方、日本は6%の減少ではなく、06年度では逆に6.2%増加と全く進展していません。
特に、2006 年度の家庭部門のCO2排出量は基準年と比べると30.0%も増加しています。
従って、政府や企業だけの問題ではなく、国民一人ひとりが地球温暖化防止アクションを実践することをせまられています。

各国の取組みにはこうした差がありますが、問題は京都議定書で削減義務を負っている国の排出量は世界の約3割程度に過ぎないことです。
次期枠組みでは、京都議定書を離脱した米国や、排出量が増大しているものの「途上国」に区分されるため削減義務を負っていない中国などの新興国をどのように巻き込んでいくかが課題となっています。

今回COP14ではこの点が討議されますが、現実問題としては肝心のアメリカが政権交代期にあたるため、国際交渉のヤマ場は来年1月20日のオバマ次期大統領の就任以降となると見られています。
EUは今回COP14での議論を踏まえ、来年夏に特別閣僚会合を開催して、来年末にコペンハーゲンで開かれる第15回締約国会議(COP15)での国際合意作りに向けて弾みを付けたい意向とのことです。【11月30日 毎日】

【傷つく“地球の肺”】
COP14で討議される主要テーマのひとつに森林保護の問題があります。
森林大国ブラジルとインドネシアは、途上国の森林保護の取り組みを世界が資金援助するとした「森林破壊と劣化防止(REDD)」を提唱しており、この仕組みの現実化が協議されるとみられています。

****ブラジル、アマゾンの森林伐採を今後10年で70%削減へ*****
ブラジル政府は1日、アマゾン地域での森林伐採を今後10年で70%削減する計画(朝日報道では72%)を明らかにした。地球上で最大の熱帯雨林面積をもつブラジルが、不法伐採者や農園主による森林被害に対し削減目標を掲げるのは、今回が初めて。
ダシルバ大統領とともに計画について明らかにした、ミンキ環境相によると、この森林伐採削減計画は、同日からポーランドのポズナニで開催される国連気候変動枠組条約第14回締約国会議で正式に発表されるという。【12月2日 AFP】
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これまで政府は削減数値の設定を避けてきたブラジルが政策を転換したもので、監視強化のため「森林警察」の創設を検討するとも報じられています。
結構なことですが、残念ながらアマゾンの森林破壊の実態はあまりよくないようです。

****アマゾン地域の森林伐採率、約4%上昇******
ブラジル国立宇宙研究所(INPE)が11月28日発表した統計によると、「地球の肺」として知られるアマゾン地域のジャングルが、2007年8月から7月の12か月で1万2000平方キロメートル近くも失われていることが明らかになった。
INPEによると、農地開拓の侵食による森林伐採率は、前年と比べて3.8%上昇した。
被害が最も大きいのは北部パラ州と大豆の生産地である中部マトグロソ州だった。

ブラジル当局は過去3年、アマゾンの森林伐採を大きく減少させることに成功していた。
また、ブラジル政府はこの熱帯雨林保護のための戦いを、地球温暖化対策への貢献と位置付け、資金援助という形で海外から評価を受けるべきだと主張している。援助金は、同地域に住む貧困層が森林を伐採しないための支援に使われる。
しかし、今回の統計によると、前年と比べてスロベニアやイスラエルに匹敵する面積の森林が失われたことになる。ブラジル政府は、森林破壊は今後も広がる可能性が高いと警告しており、罰金制度を含めた新たな対策を導入している。【11月29日 AFP】
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アマゾン熱帯雨林は、世界の酸素の3分の1を供すると言われ、「地球の肺」とも呼ばれています。
しかし、違法な開墾や伐採が後を絶たず、このままでは2030年までに森林の55%が消滅するとの指摘もあります。
“世界の酸素”云々の数字の真偽はともかく、こうした記事を読んでいると、酸欠状態の金魚鉢の金魚みたいな気がして息苦しくなってきます。
この時期にこうした発表をブラジル政府がするのは、“もっと援助金を出せ、出さないと・・・・”という脅しでもあるのでしょうが。

【資金的裏づけ】
何にせよ、対策には資金が必要となります。
しかし、世界的金融危機で大不況に脅えるような状態では、温暖化対策といった長期目標に対する資金供給・変革努力は鈍るのではないかと危惧されています。

****温室ガス25%削減 実現に年3500億ドル必要の試算*****
温室効果ガスを00年比で25%削減するためには、30年には年間3400億~3570億ドルの追加投資が必要になるという試算を、国連気候変動枠組み条約事務局がまとめた。開催中の条約締約国会議(COP14)では、金融危機で先進国からの資金供給が細るとの懸念が広がっており、景気に左右されない資金源を確保する仕組みづくりに関する議論の土台となる。
排出量削減のためには、低燃費車やバイオ燃料の普及、二酸化炭素(CO2)の地下貯留などの導入を進めるが、特に発電所の効率化が重要だと指摘。こうした新技術を使った設備に更新する需要が、20年ごろに途上国で急速に高まると予測している。
これとは別に、途上国で起きる海面上昇や干ばつなど、温暖化による被害を和らげる対策費が年間100億~1千億ドルにのぼるという。

この巨額な資金を得るためには、政府の途上国援助や民間投資だけでは限界があるとして、枠組み条約の中で運用する基金の拡充などが必要だと指摘している。
条約事務局のブア事務局長は「各国の気候変動担当者が毎年度、財務担当者に予算を頼みに行かなくて済むように、条約の枠組みの中で資金調達できる仕組みづくりが重要だ」と理解を求めている。 【12月4日 朝日】
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****11月の中国発電量、祝日期以外で10年ぶり大幅減****
主要送電網に接続する中国発電所の11月発電量は、前年比7%減の2530億キロワット時となった。業界筋が4日、ロイターに対し明らかにした。祝日期以外の月では、少なくとも10年ぶりの落ち込み幅となった。
また主要送電網に接続する石炭火力発電所による発電量は、前年比14%減の2010億キロワット時だった。【12月4日 トムソンロイター】
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世界的不況による経済活動の収縮は温室効果ガス排出のペースも鈍らす影響もありそうですが、話の本筋としては、やはり、新技術導入の余力を奪って進展を妨げるということでしょう。

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カナダ  野党連立政権の流れに少数与党怒る カナダ総督はどうするのか?

2008-12-04 15:01:29 | 国際情勢

(初の黒人カナダ総督ミカエル・ジャン氏(写真左の女性)とハーパー現首相(保守党、写真右) どうも首相の言いなりになるような総督には見えません “flickr”より By preciouskhyatt
http://www.flickr.com/photos/preciouskhyatt/3023030586/)

【縁遠い国 カナダ】
世界にはたくさんの国がありますので、名前も聞いたことのない国も少なくありません。
その点、カナダはG8にも入っている世界の主要国であり、世界有数の広い国土を持ち、また、美しい自然に恵まれた国ですが、個人的にはあまり北米・欧州に関心がないせいで、殆ど情報を持ち合わせていない国、縁遠い国のひとつです。

そんなカナダの政局を伝える記事がありました。
あまり関心のない国なので、普段は表題だけで内容も見ずに飛ばしてしまうのですが、たまたま目をとおすと、いろいろ面白いこともあります。

****「民主主義冒とくしている」、カナダ与党 野党連立に対抗*****
野党3党が連立することで合意したカナダで、与党・保守党は2日、総選挙無しに政権交代を狙う野党3党を「民主主義を冒とくしている」と全面的に対抗する構えを示した。
保守党関係者は、「法的な対応を含めて対抗する。これはカナダ国家だけでなく、カナダの民主主義と経済に対する冒とくだ」と非難した。
欧州を歴訪中だったミカエル・ジャン総督は、チェコでカナダ放送協会の取材に対し「今は国にいるべき時だ」と述べ、予定を早めて帰国することを明らかにした。

金融危機における政府の財政計画に反対の立場をとる最大野党・自由党とケベック連合、新民主党の3党は今週、自由党のステファン・ディオン党首率いる連立内閣を樹立することで合意し、12月8日にも不信任案採決を求める方針だ。
カナダでは、保守党が少数与党としての立場を維持した総選挙が10月に行われ、同党のスティーブン・ハーパー首相が再選を果たしたばかり。

 ハーパー首相は、議会で行われたディオン党首との討論中、「首相としてのわたしの責任は、このような団体に権力を譲ることではない。カナダの民主主義の最大原則は、首相となる人物がカナダ国民の信託を受けることであって、ケベック分離主義者の信託を受けることではない」と述べた。【12月3日 AFP】
*********************

先述のように情報を持ち合わせていないので、話がよくわからなかったのですが、“そういえば、最近カナダの総選挙のニュースでちょっと面白い記事があったような・・・”と思い出し探してみました。

****カナダ総選挙控え、野党党首が「英会話」に苦悩?*****
カナダ・野党自由党のステファン・ディオン党首は、10月14日の総選挙を前に大きな壁に打ち当たっているという。それは、カナダの公用語の1つである英語の壁だ。
もう1つの公用語であるフランス語を母国語とするディオン氏は、党首となってから過去1年半にわたり英会話の下手さを指摘されてきた。大多数の国民が英語を母国語とするカナダでは、英語でつまずくことは問題になりかねない。
カナダの日刊紙グローブ・アンド・メールのインタビューでは、この件について「わたしは聴覚の問題を抱えているから、そのせいかもしれない。同時に複数の音声を聞き取ることが難しいんだ。だから英語を聞き取るのにも苦労しているのだろう」と説明している。・・・(後略)【9月10日 AFP】
*************************

英語がダメな私としては、いたくディオン党首に同情した次第です。
周知のように、カナダはケベック州がフランス語を公用語として、分離独立運動も盛んですが、やはり全国的には英語がメイン。
選挙戦のカギを握る党首によるTV討論会もフランス語と英語で2回行われるそうですから、“苦手”ではすまない問題があります。
“ディオン氏も決して努力を怠っているわけではない。英語を上達させようと周囲のスタッフに英語で話しかけ、英会話のコーチもついているが、それでも悪戦苦闘している”とのことです。

【総選挙で与党は勝利しましたが・・・】
世界的金融危機後、はじめての先進国における総選挙として注目された10月14日のカナダ総選挙は、当初経済対策の不備・無策から少数与党・保守党が苦戦すると見られていましたが、その後支持を挽回し、結局ハーパー首相率いる与党・保守党勝利の結果となっています。
各党の獲得議席(定数308)は、保守党143、自由党76、ケベック連合50、新民主党37、無所属2でした。

ウィキペディアによる簡単な各党の色分けは、与党・保守党が中道右派、もうひとつの二大政党の自由党が中道左派・リベラリズム、新民主党は中道左派・社会民主主義政党、ケベック連合はケベック分離主義の地域政党といったところのようです。

英語が苦手なせいかどうかはともかく、当初有利と思われた選挙で敗北したディオン自由党首(ケベック出身ですが、ケベック分離主義には反対の立場)は辞任やむなしという状況に追い詰められましたが、勝った保守党も従前同様過半数には満たない少数与党の状態。
カナダでは以前から、過半数に満たない場合でも第一党が少数与党として政権を運営してきています。

しかし今回は、政党助成金削減と公務員スト権停止という与党の政策に野党が反発し、自由・新民主・ケベック連合の野党3党による連立構想(ケベック分離で合意がなかったケベック連合は閣外協力)が具体化。辞任しかけたディオン自由党首が今度は首相に王手をかける事態となっている、それに保守党ハーパー現首相がルール違反だと激怒しているというのが、冒頭記事です。

【悪魔との取引か】
この経緯で“面白い”と感じたのが2点、ひとつは“下位連合が民主主義の冒涜かどうか?”ということ、もうひとつは“カナダ総督の立場”でした。

確かに下位連合というのは時に、特に1位にある立場からすると、釈然としないものがあります。
ただ、日本でも、自民党総裁選挙などで2位・3位連合が話題になることがありますし、実例もあります。組閣に関しても、比較第一党である自民党をはずした野党の連立政権もあります。
カナダではこれまで少数与党政権が一般的だったようで、保守党は野党連立を“民主主義の冒涜”“法的な対応を”、あるいは“自由党は(左翼と分離主義という)悪魔と取引した”と怒っているようですが、野党連立による政権が法的に違反しているということはカナダでもないのでは?
もちろん、そのような政権が安定した政治を実現できるかどうかは別問題であり、仮に野党連立が成功しても短命で破綻するのではないかという意見もあるようです。

なお、カナダの事情を詳しく報告しているブログ“日本deカナダ史”(ハーバーセンターくん )によれば、そもそもハーパー現首相自身が2004年、当時のマーチン自由党内閣を打倒し総選挙によらず野党連合政権を樹立することに了解を求める手紙を当時のクラークソン・カナダ総督に書いた事実があるそうですから、自由党などからもそのことを指摘されているそうです。
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2008-12-02

付け加えると、ディオン自由党首は2006年末の自由党の党首選挙ではダークホース的存在で、3位・4位連合によって上位者を破って党首になった経緯があるそうです。
政策合意がある下位連合・連立政権を否定はしませんが、早い段階で総選挙により民意を確認するのが“憲政の常道”に近いようにも思われますが・・・。

【総督の判断】
もうひとつの観点“カナダ総督の立場”
英連邦に属するカナダとイギリスは同君連合の関係で、カナダ国王をイギリス国王が兼務しており、普段はイギリスいるカナダ国王の代理として、カナダ総督がカナダ首相の指名に基づき、カナダ=イギリス国王によって任命されています。
オーストラリアなども同様だと思いますが、なかなか日本人には理解しがたいところもあります。

総督には以前はイギリス人が、その後はイギリス系とフランス系カナダ人が交互に就任していたそうですが、現在のミカエル・ジャン総督は、ハイチからの難民でケベック育ちの女性キャスターという異色の経歴で、初の黒人総督です。

当然、国王・総督の権限は形式的なものに限定されているということになっていますが、今回の野党連立について、これを承認するのか、あるいは現首相から(前回選挙からわずかの間隔しかない)議会解散の要請があったときこれを受けるか、あるいは現首相からの要請で議会を停止して解散までの“時間かせぎ”をすることを認めるのか・・・そのあたりは総督の判断にかかっているようです。
そして、ジャン総督はハーパー現首相の解散や議会停止の要請は認めないのではないかと言われているようです。

そこで、総督の首を首相の言うことを聞く人間にすげかえる・・・という話すらあるようですが、実際にはそんな無茶はできません。
こうした事情をみると、カナダ総督というのはあながち形式的な名誉職とも言い切れない、場面によっては大きな権限・選択権を持つ存在のようにも見えます。

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タイ  与党解党・首相失職でひとまず混乱回避、しかし変わらぬ対立の構図

2008-12-03 17:28:44 | 国際情勢

(タイ・バンコク PADメンバーが掲げるプラカードはソムチャイ首相 その背後で怪しくパワーを発揮しているのがタクシン前首相とその夫人 “flickr”より By adaptorplug
http://www.flickr.com/photos/11401580@N03/2924250648/)

【ようやく空港閉鎖解除】
タイ・バンコクでの反政府市民団体(PAD)による先月25日から続いていた空港占拠が、ようやく“とりあえず”の解決をみました。

個人的な話ですが、この年末・正月にタイ中部のスコータイへの物見遊山の旅行を予定していますので、空港封鎖が長引く事態だけは避けてもらいたい・・・というのが正直な気持ちでした。

PADによる首相府占拠以来の過激な行動は、選挙では勝てないので社会混乱を起こすことで軍の介入を呼び込むのが狙いとも言われていました。
結局、国民の広い支持を得られず、運動長期化で運動員は疲弊し、資金的にも苦しくなっていたでしょうから、憲法裁判所による与党解党判決、プミポン国王誕生日を控えたこの時期の収束は、首相退陣という名目もたち、予定されていたところかと思われます。
すでに先月29日段階で、PAD幹部は「(国王誕生日の)12月5日までに事態を終結させる」と表明していました。

ただ、そうは言っても、非常事態宣言が出されていたものの、強制排除によって市民の犠牲者がでた場合の責任を嫌がり、政府の指示にも係わらず国軍も警察も積極的には動かないという異常事態のなかで膠着が続き、苛立つ政府支持グループからの手りゅう弾による攻撃などもあって、両者の衝突、不測の事態も懸念されていましたので、まずは“やれやれ”といったところです。

****タイ反政府デモ沈静化 空港から撤収開始 与党は政権維持を画策*****
タイ憲法裁判所の司法判断によってソムチャイ政権が崩壊したことを受けて、反政府市民団体「民主主義のための市民同盟」(PAD)は、バンコクのスワンナプーム国際空港など2空港からの撤収を開始し、タイの混乱はいったん沈静化する見通しとなった。5日にはプミポン国王の誕生日を控えており、これ以上の混乱は避ける必要があるとの判断が働いたためとみられる。だが、解党を命じられた与党3党は受け皿政党をすでに創設、政権維持を目指しており、政情混乱の火種はなお残っている。 (中略)
同日夜には、PAD創設者のソンティ氏がケーブルテレビを通じて「3日午前10時にすべてのデモ活動を終了する」と発表した。
タイ憲法裁は2日正午、異例のスピードで判決を下した。首都の2空港が閉鎖されたまま一向に開港の目途がたたず、未曾有の政治経済危機に陥る事態を打開するための“政治判断”だったとみられる。一方、政府系市民団体からは「3党の最終弁論直後、間をおかずに判決が出された。最初から結果は決まっていた」と反発の声があがった。
タイでは8日から特別国会が招集され、新首相が改めて選出される。しかし、旧与党6党は憲法裁の判決後も結束を崩しておらず、タクシン元首相の側近であるチャカポプ氏は「われわれは依然、議会で過半数を保持しており、旧与党が再び政権を樹立する」と語るなど、政権維持に強い意欲を示している。国民の力党の受け皿となる「タイ貢献党」は中身は同じ旧政権のタクシン元首相派であり、その枠組みのなかで新首相が選出されれば、政治の混乱が続く恐れもある。
空港占拠をめぐっては、非常事態宣言が出されたものの、警察・軍とも流血の事態を回避するため、デモ隊の強制排除を目指す政府への協力を極力、回避する姿勢が目立っていた。
混乱が長期化することを懸念した軍の判断や王室の水面下の働きかけがあった可能性も指摘されている。【12月3日 産経】
**********************

【おり込み済みの与党ですが・・・】
憲法裁判所は、タクシン政権時代の与党“愛国党”の解党やサマック前首相の“料理番組出演”による失職など、タクシン派に厳しい判断を示してきていましたので、今回の与党解党・首相失職については、与党側もおり込み済みのところでしょう。

現政権とPADの対立は、タクシン時代の新興エリートとタクシン前首相によって利権を奪われた旧支配エリートの権力闘争であると見られています。
“現在の政治対立は、タクシン政権時代に利権を侵食されたタイの伝統的支配層が復権をもくろみ、市民連合を「前線部隊」として「政界からのタクシン派の放逐」を図ったことが最大の要因だ。司法界のトップエリートである憲法裁判事は、旧支配層に近い人物が主流を占めている。”【12月2日 毎日】
そうした事情に、冒頭産経記事にあるように“長期化することを懸念した軍の判断や王室の水面下の働きかけ”もあっての早期判断とも思われています。

与党側はこうした事態を見越して解党後の受け皿は準備が出来ているようです。
“与党側は解党判決を想定に入れて新党「タイ貢献党」を受け皿として準備している。政府広報官は「連立6党の結束には変化はない」と強調し、週明けにも新首相の指名を目指す方針だ。解党に伴う3与党役員の政治活動禁止により、与党6党の議員数は37人減って279議席となったが、下院(定数480)の過半数は確保し、新首相の擁立は可能だ。首相候補にはチャルーム保健相らが有力視されている。与党筋によると、海外逃亡中のタクシン元首相は与党議員らに「戦い続けるよう」指示したという。” 【12月2日 毎日】

失職したソムチャイ首相もタクシン前首相の義弟ですが、与党新党首としてタクシン前首相の親族の名前などもTVでは報じられていました。
ただ、タクシン派は2度にわたる解党判決で計148人の政治活動が禁止され、党内の人材は払底しているとも言われています。
また、市民連合側は、タクシン派色が濃い政権が続くことは阻止する構えで、今後も対立の構造が相変わらず続きそうです。
新与党による新政権が樹立されても、困難な政権運営が予想されます。

【復権を狙う主役:タクシン前首相】
政局の主役であるタクシン前首相はロンドン郊外に邸宅を持ち、亡命生活の大半を英国で過ごしていましたが、タイ国内での有罪判決を理由に英国政府はタクシン前首相の査証を無効にしました。
その後、中国などを“放浪”しているとも報じられていましたが、11月半ばには離婚。
来るべき復権を目指す政治闘争に備えて身軽になるためと噂されています。
11月には、アジアにおける次世代の経済の担い手を育成するという触れ込みで、香港とドバイを拠点に財団を立ち上げています。
これも復権に向けて健在ぶりを印象づけるためと見る向きが多いとか。【12月2日 産経】

*****タイ政治危機 陰の主役はタクシン氏****
実刑判決を受けたタクシン氏に国王が恩赦を与える可能性は当面、ないに等しい。最近の世論調査でも、タクシン氏の政治復帰に反対するという回答が6割近くに達した。
タクシン氏ほどタイ社会を分裂させた政治家はいないと言っても過言ではない。気前のいいばらまき政策は農民や地方住民の熱狂的な支持を得た。その一方で、専横と金権体質は知識人や都市住民の強い反発を招いた。タクシン氏の復権はこの分裂と対立をさらに深めるだけだ。今のタイにその余裕はない。
1991年の軍事クーデター後に政権を担い、混乱を収拾した功績で声望の高いアナン元首相は「今の対立を打開できるのはタクシン氏だけだ」と最近、語った。双方の歩み寄りに道を開くため、復権をあきらめるようタクシン氏に促したと受け止められている。
タクシン氏はかつて自らの政党を「タイ愛国党」と名付けた。事あるごとに口にするのは「国への奉仕」だ。タクシン氏にまだやり残した奉仕があるとすれば、それは復権ではなく退場の宣言だろう。【鈴木真 12月2日 産経】
*******************
非常にまっとうな意見かと思います。

【岐路に立つタイ民主主義】
考えると、短期間に立て続けにふたりの首相が司法で解任され、国内的に政治対立の構造が続くタイと、同じく立て続けにふたりの首相が辞任して、“ねじれ”が続く日本の政局は、国民不在の漂流という点でよく似ているようにも思えます。

この漂流を止めるのは、日本では総選挙という国民の声ですが、タイではプミポン国王の“一声”に期待する向きもあります。
誕生日を前にしてどのような演説がなされるか注目されますが、プミポン国王はかつて政治的対立を和解に導いたことはありますが、このところは極力政治には介入しないスタンスをとってきています。
日本でも戦前、満州某重大事件の際、田中義一首相が昭和天皇の叱責を受けて辞任することがあり、天皇はそれ以来なるべく自身の考えを表明されなくなったとも言われます。
プミポン国王も、タイの進路を高齢の自分ひとりに委ねられるのはつらいものがあるでしょうし、そうした形が本当にタイ社会の民主主義にとっていいことなのか?という疑念も持たれているかと思います。

ここは、タクシン前首相が復権をあきらめ、与党側がなるべくタクシン色の薄い人物を首班に担ぐ形でしか、対立を和らげる途はないように思えます。

【社会的責任の欠如】
それにしても、空港再開についてタイ空港会社(AOT)は公式には「15日までの閉鎖」を発表しています。
実際には数日内に運航は開始されると思われますが、外国人35万人が足止めされている状況(それも、日本的にはありえない状況ですが)で、更に再開まで2週間かかると公言して憚らない神経というのは、日本人的には理解できません。
空港閉鎖時も、事情がわからず戸惑う利用客を残して空港関係者がいなくなってしまったようなことも聞きますが、社会的責任に関する自覚のなさには「やっぱりタイという国は・・・」と言いたくなります。

ASEAN開催も延期して、東南アジアの盟主としての権威も地に落ちてしまいました。
かつて国境問題で揉めていたときカンボジアのフン・セン首相が揶揄していた事態が現実となっています。
タイの奮起・再生を期待します。


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グルジア、ウクライナのNATO加盟先送り EUの対ロ接近

2008-12-02 14:13:25 | 国際情勢

(2004年12月、ウクライナの通りには凍りつく寒さをも溶かす希望と熱気が溢れていました。あれから4年・・・オレンジ革命の主役達が互いに争う混迷に陥っています。
“flickr”より By joshuaone6to9
http://www.flickr.com/photos/saritalad/148189455/)

【ライス長官 「両国の加盟準備は整っていない」】
グルジアでの紛争以降、更に対ロ強硬姿勢を示すアメリカ・ブッシュ政権は、これまでグルジアとウクライナのNATO早期加盟実現を強く推し進めてきましたが、昨今の情勢・欧州各国の慎重姿勢を反映して、両国の加盟候補国入りを先送りする方向で止むを得ないと判断したようです。

****NATO:外相会議開催へ グルジアなどの加盟問題先送り****
北大西洋条約機構(NATO)の外相会議が2、3の両日、ブリュッセルで開かれる。焦点のグルジアとウクライナの加盟候補国入りは、早期加盟にこだわってきたブッシュ米政権が欧州主要国の慎重論に配慮し態度を変えたため、先送りが確実になった。
NATOは4月の首脳会議で両国に「将来の加盟」を約束したが、8月のグルジアとロシアの軍事衝突で状況は一変。独仏などは「加盟を急げば(加盟に反対する)ロシアとNATOの緊張を高め、地域不安定化につながる」と懸念を強めた。 

これを受け、ライス米国務長官は11月26日、「両国の加盟準備は整っていない。(加盟の前提となる)加盟行動計画を今、協議する必要はない」と表明。加盟行動計画を経ずに将来の加盟を目指す考えを示した。
メドベージェフ露大統領は11月27日、ライス発言を米国の方針転換と位置付け、「道理が通ったのは喜ばしい。米国が今後、無分別な考えを言い張らないことが肝要だ」と述べた。
 
NATO外相会議ではグルジア紛争を受けて凍結したロシアとの大使級対話の再開も協議される。欧州連合(EU)は2日、ロシアとの協力強化のための協議を再開するが、NATOを主導する米国はロシアによるグルジア和平合意の履行が不十分だとして「対話再開は時期尚早」との立場だ。 【12月1日 毎日】
******************

【グルジア大統領 「必要な措置だった」】
先のロシアとの衝突でグルジア側が先に手を出したことを認めざるを得なくなったグルジアの国際的立場、そして、サーカシビリ政権の国内的立場は苦しくなってきています。

****グルジア:大統領「先に軍事行動」認める****
インタファクス通信によると、グルジアのサーカシビリ大統領は11月28日、8月のロシアとの軍事衝突に関する議会調査委員会で証言し、南オセチアで先に軍事行動を始めたのはグルジアだったと述べた。大統領はこれまで「最初に侵攻したのはロシア軍」と主張していたが、それを翻した形で、大統領の開戦責任を問う声が強まるのは必至だ。
サーカシビリ大統領は「我々が軍事行動を始めたことは認める」と発言。そのうえで「(ロシア軍の)干渉から領土を守り、市民を救うために決断した」と軍事行動の正当性を主張した。
また、グルジアのキツマリシビリ元駐ロシア大使がこのほど、サーカシビリ大統領が7月にライス米国務長官と会談した直後から南オセチア攻撃を米国が容認したと考えるようになったと発言したことについて、大統領は「完全にばかげている」と一蹴(いっしゅう)した。 【11月29日 毎日】
******************

サーカシビリ大統領は「責任ある政府なら自国民の安全を守るためこうした決断をしただろう」と“必要な措置”であったことを主張していますが、5年前のバラ革命の立役者だった有力女性政治家、ブルジャナゼ前国会議長を党首とする反政権派新党「民主運動-統一グルジア」の結成大会が先月首都トビリシで開かれるなど、大統領の責任を追及する声が大きくなっています。

【ウクライナ政局混迷】
一方のウクライナもユーシェンコ大統領とオレンジ革命の同志、ティモシェンコ首相の亀裂・対立が深まっています。

****ウクライナ:最高会議繰り上げ選は来年に 混迷長期化へ****
ウクライナで12月に予定されていた最高会議(国会)の繰り上げ選挙が来年に延期されることになった。ユーシェンコ大統領とティモシェンコ首相の対立に端を発した政治混迷はさらなる長期化が予想され、北大西洋条約機構(NATO)への加盟問題も当面、棚上げになりそうだ。(中略)
大統領と首相は04年の民主化運動「オレンジ革命」で政権を握った親欧米・民主派の同志だったが、来年末に予定される大統領選で最大のライバルと目されるようになり、今夏から対立が決定的になった。このため大統領派と首相派の連立政権は9月に崩壊し、大統領は10月、議会解散と12月7日の繰り上げ選挙実施を命令。これに対し、首相が選挙費用拠出のための予算審議を拒否するなど選挙の阻止に動き、大統領は投票日をいったん同14日に延期する考えを示していたが、結局、年内実施は見送られた。
ユーシェンコ大統領は8月のロシアとグルジアの軍事衝突でグルジアを全面支援し、12月のNATO外相会議でウクライナのNATO加盟候補国入りを目指していた。しかし、テーラー駐ウクライナ米大使が今月初め、地元紙に「(決定は)来年4月のNATO首脳会議でウクライナの政治的安定を見極めてから」と表明するなど、政治混乱の影響でNATO加盟問題も棚上げになる公算が強まっている。 【11月13日 毎日】
*********************

また、ウクライナは“例によって”ロシアと天然ガス問題で揉めています。
反ロ姿勢をとるユーシェンコ政権へのロシア側の圧力ともとられています。

****ウクライナにガス供給めぐり圧力 ロシア****
ロシアのメドベージェフ大統領は20日、政府系天然ガス独占企業「ガスプロム」のミレル社長と会談し、ウクライナからの支払いが滞っているガス代金24億ドル(約2300億円)の回収を指示した。また同社長は、来年からウクライナへのガス供給料金を大幅に引き上げると明言した。 (中略)
ウクライナが希望する北大西洋条約機構(NATO)加盟問題を話し合うNATOの会議が12月上旬に近づいてきたほか、ユーシェンコ大統領がソ連時代に起きた「ウクライナ大飢饉(ききん)」の責任問題でソ連継承国ロシアへの批判を強めていることなどから、ロシア側が牽制(けんせい)姿勢を強めているようだ。
経済危機の深刻化や原油価格の下落が進んでいることから、ロシアは資金回収を急ぎ、収入増を狙っているとの見方も出ている。 【11月21日 朝日】
*************************

【EU 「警戒しつつも関係を修復せざるを得ない」】
グルジア、ウクライナともに、かつての“民主化”を推進した勢力が分裂して争う形になっていること、また、反ロ・親西欧路線をとる現政権に対し、国内には親ロ勢力も強いことなど、共通した状況にあって、ともに国内政治が不安定化しています。

一方、EUは、8月のグルジア紛争が原因で中断したEU・ロシア間の包括的な新協定の協議を再開する方向で、ロシアとの関係修復に動いています。

****EUとロシア、協議再開で合意 新安保の枠組み作りへ****
欧州連合(EU)議長国フランスのサルコジ大統領とロシアのメドベージェフ大統領は14日、当地で会談し、8月のグルジア紛争が原因で中断したEU・ロシア間の包括的な新協定の協議を再開することで合意した。
 新協定の柱である安全保障について、サルコジ氏は会見で「欧州にどんなミサイル防衛を持ち込んでも無益だ」と述べ、メドベージェフ氏も賛意を示した。両者は北大西洋条約機構(NATO)や欧州安保協力機構(OSCE)を踏まえた新たな欧州の安全保障の枠組み協議に、来年半ばから入ることで一致した。
新協定では、貿易・投資の拡大や天然ガスなどロシアからのエネルギーの安定的供給なども定める。(後略)【11月14日 朝日】
*******************

域外貿易に占めるロシアの割合は輸出入とも大幅に伸び、石油や天然ガスのロシア依存度も高まっているEUとしては、「警戒しつつも関係を修復せざるを得ない」との判断に傾いたとのことです。
ただ、EU内でも旧ソ連支配にあった国には対ロ警戒感・反発が根強く、また、イギリスも慎重な立場です。

【勢いづくロシア】
ロシアはこうしたEUの軟化、ウクライナ・グルジアのNATO加盟問題先送りで、鼻息が荒くなってきているようです。

****NATO政治家の視界は「犬同然にモノクロ」、ロシア大使が批判****
ロシアのドミトリー・ロゴジン北大西洋条約機構(NATO)大使は11月30日、英国放送協会(BBC)で、NATO加盟国の政治家の多くは世界を「犬のように」白か黒のどちらかでしか見ていないと発言した。
BBCが公開した発言の記録によると、ロゴジン大使は「申し訳ないが、NATO加盟国の政治家たちの世界観は、犬同然だ。犬の目は白と黒しか色彩が捉えられない。ロシアの加盟に道を閉ざし続けるNATOは、われわれにとってはよそ者の政治機構だ。今後もロシアに加盟が呼びかけられることはないだろう」「よそ者の政治機構がロシア国境に近づくことは、非常に危険だ」などと述べた。
また、ウクライナがNATOに加盟すれば、「国内が分裂する深刻な危機を招く」と警告した。【12月1日 AFP】
************************

「よそ者の政治機構がロシア国境に近づくことは、非常に危険だ」・・・まるで、フルシチョフかブレジネフ時代のような言い様です。


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ナイジェリア  選挙結果をめぐる宗教衝突で数百人が死亡

2008-12-01 14:06:05 | 世相

(衝突が起きたナイジェリア・ジョスのマーケット 普段は平穏な暮らしが営まれています。 それともこの平穏さのほうがかりそめの姿なのでしょうか?
“flickr”より By MikeBlyth
http://www.flickr.com/photos/blyth/154792022/)

サハラ以南のアフリカでは南アフリカと並ぶ地域大国のナイジェリア、昔の話で言えばビアフラ独立戦争の悲劇、最近では豊富な石油資源をめぐる反政府ゲリラの活動(民族対立、資源の利権争いという基本構図はビアフラ当時と同じですが)をよく耳にする国です。
そんなナイジェリアで大規模な宗教絡みの衝突が起きています。

****ナイジェリア:宗教衝突続き死者367人確認*****
西アフリカのナイジェリア中部プラトー州の州都ジョスで、イスラム教徒とキリスト教徒が衝突し、30日までに死者367人が確認された。ロイター通信などによると、当局は24時間の外出禁止令を出す一方、523人を拘束。28日に始まった衝突は沈静化しつつあるが、死者数は増える見通し。
衝突は地方選挙の結果発表が遅れたのがきっかけで、若者らが教会やモスク(イスラム礼拝所)を焼き打ちした。ナイジェリアは両宗教の信者がほぼ半数ずつに分かれる。
04年にも同様な事件がプラトーで起き、約700人が死亡した。 【11月30日 毎日】
**************************

【更に増えそうな犠牲者数】
十数年ぶりに実施された地方選挙だったそうで、結果発表が遅れたことから支持者らが対立陣営の不正を疑い、銃などで武装して衝突し始めたとのこと。
主要政党はキリスト教系の国民民主党(PDP)とイスラム教系の全ナイジェリア国民党(ANPP)の二つで、宗教対立の様相を呈しています。

ジョス最大のモスクに380体以上の遺体が収容されましたが、キリスト教系住民の遺体は運び込まれておらず、全体の死者数はさらに多くなるとの報道もあります。
地元の赤十字は1万人以上が教会などに避難したと伝えています。【11月30日 朝日】

ウィキペディアによれば“主に北部ではイスラム教が、南部ではキリスト教が信仰され、その他土着のアニミズム宗教も勢力を保っており、内訳はイスラム教が5割、キリスト教が4割、土地固有の伝統信仰が1割となっている。”とのことですので、衝突の起きた中部のジョスあたりは両勢力が拮抗している地域なのかもしれません。

【隣人同士の殺し合い】
宗教的な対立は単に宗教の問題だけでなく、民族や社会的格差、利権対立などの問題を背景に持つことが多いと思われますが、一方で、ひとたび衝突が起きると“宗教の違い”が色分けのレッテルとして対立を先鋭化させ、衝突をエスカレートしがちです。

宗教的風土が希薄な日本ではなかなかイメージしづらいところではありますが、それにしても、簡単に数百人規模で命が奪われる“命の軽さ”、しかも、それまで普通に暮らしていた隣人同士が殺しあうという“人間性への疑念”、そういう世界が自分達の暮らす世界と並存しているという厳然たる事実にはやりきれない無力感を感じます。
記事には“衝突は沈静化しつつある”とありますので、それが唯一の救いでしょうか。

それと、最近この種の選挙結果をめぐる衝突をケニアとかジンバエブとか、いろんなところで聞きます。
アフリカだけでなく、ヨーロッパなどでもときに対立が激化します。
日本でも選挙が地域を二分した争いとなり、社会問題化することもあります。

いくら民主的な形を整えても、人々の間での信頼感、端的に言えば、敗北という選挙結果を受け入れるキャパシティー、勝利という結果に驕らない自制心のないところで“民主的選挙”は機能しないばかりか、ときに争いの種になるようです。



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