孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

米軍撤退のイラク  宗派対立再燃の動き スンニ派副大統領に逮捕状 増大するイランの影響力

2011-12-21 20:31:26 | 中東情勢

(イラクにあるイラン反体制派の拠点ともなっている難民キャンプ・アシュラフが、イランの要請もあって、年内に閉鎖されることが決まっています。イラン政府は反体制組織メンバー引渡しやキャンプ閉鎖を求めてきましたが、キャンプには子どもも含む一般の難民もおり、両国政府の懸案事項となっていました。
今年4月にはイラク治安部隊と同キャンプのメンバーとのあいだで衝突が起こり、30人以上が死亡しています。
【flickr】より By SabaHaft http://www.flickr.com/photos/28353822@N07/5613140490/in/photostream/ )

ハシミ副大統領に対し、爆弾テロなどに関与した容疑で逮捕状
18日にはイラクからの米軍撤退が完了したばかりですが、治安はいまだ不安定で、特に、シーア派とスンニ派の宗派対立の再燃が懸念されています。イラクでは宗派間対立の激化で06~07年には、最大で月間3000人以上が死亡する混乱状態が続きました。

当初、治安などを考えると米軍残留も想定されていましたが、大統領選挙を控えたアメリカ・オバマ政権は外交上の成果として年内撤退を世論にアピールしたいという思惑があり、また、イラク国内ではイランとの関係が深いシーア派サドル師が米軍残留に強く反対したという双方の国内事情もあって年内撤退という形になっています。
結果、イラクの現状は、そうした「早過ぎた撤退」の懸念を裏付けるような危うい情勢となっています。

****イラク副大統領に逮捕状、政権内の宗派対立再燃か****
イラク当局は19日、タリク・ハシミ副大統領に対し、爆弾テロなどに関与した容疑で逮捕状を出した。ハシミ副大統領は20日に記者会見を開き、容疑を真っ向から否定した。
イラクは挙国一致政権の発足から21日で1年を迎えるが、18日に駐留米軍の撤退が完了したばかりで、宗派間対立を内包した脆弱(ぜいじゃく)な連立政権のほころびが早くも表面化した。

ハシミ副大統領が属する世俗派とスンニ派の政党連合「イラキーヤ(イラク国民運動)」は逮捕状発行に反発し、閣議をボイコットする構えだ。
ハシミ副大統領の周辺では、この数週間で少なくとも13人のボディガードが当局に一時身柄を拘束された。ハシミ氏側によると、このうち逮捕されたのは3人。国営テレビでは、内務省がハシミ氏のボディガードだとする人物がテロ計画を自供し、ハシミ氏の援助と資金を得ていたと語る映像が放映された。

しかしクルド自治区アルビルで会見したハシミ氏は、この映像について「政治的にねつ造された」ものだと非難し、自己のテロ関与を一切否定するとともに、アラブ連盟首脳らに問題とされたテロの捜査への介入を求めた。また、ボディガードの自供についても、政治的な陰謀に基づく虚偽の自供だと語った。
会見以前にハシミ氏側は、ボディーガード拘束の件に加え、治安部隊がハシミ氏の自邸前を数週間にわたって封鎖するなど「意図的な嫌がらせ」を受け続けているとしてマリキ政権を批判している。 

前週末には、ハシミ氏と同様にイラキーヤ内部のスンニ派であるサレハ・ムトラク副首相が、シーア派のヌーリ・マリキ首相率いる連立内閣を「独裁」と呼んだことで、マリキ首相がムトラク氏に辞任を求めた。この時点ですでにイラキーヤは、連立から離脱はしないものの、閣議をボイコットする構えを示していた。【12月21日 AFP】
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イラクでは副大統領は3人で、宗派・民族構成を考慮してシーア派、スンニ派、クルド人から1人ずつ選出されています。
今回逮捕状が出されたハシミ副大統領はスンニ派で、実権を握るマリキ首相は多数派のシーア派です。
現在、ハシミ副大統領は北部クルド人地区に逃れています。クルド地域政府のバルザニ大統領は各派に対話を呼びかけており、同地区で逮捕状が執行される可能性は低いとされています。【12月20日 朝日より】


宗派対立にイラン・サウジがテコ入れ強化
多数派シーア派とフセイン時代に実権を握っていた少数派スンニ派の対立は従前からですが、特に、米軍撤退を控えた最近活発化しているように見えます。

****イラクを待ちうける次の占領****
・・・・イラク人指導者は宗派閥対立を抑えるどころか、むしろあおっているように見える。ヌーリ・マリキ首相の現政権はここ数週間、中央政府転覆の陰謀に関係した容疑でフセイン政権時代の政権党だったバース党の関係者とされる600人以上を逮捕してきた。

ただでさえシーア派主体の現政権に懸念を抱いている多くのスンニ派は、この大量逮捕を全面的な「魔女狩り」と見なしている。「極めて暴力的な衝突が起きないか心配だ」と、スンニ派のサレハ・ムトラク副首相は言う。

それだけではない。宗派閥対立が再燃すれば、中東全域で激しい勢力争いを繰り広げているイランやサウジアラビアの介入を招きかねない。両国は米軍撤退後のイラクでの「対決」に備え、既に準備を進めている兆候がある。
大量逮捕に猛反発したスンニ派指導者は、独自の自治区創設を要求し始めた。この自治区にはサラハディン、ニナワ、アンバルの3州が含まれる可能性があり、アンバル州には油田とガス田の候補地がある。これに対してマリキを含む政府当局者は、中央政府の弱体化を図る試みだと批判している。(後略)【12月14日 Newsweek日本版】
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スンニ派自治区が誕生すれば、イラクは事実上の分裂状態になるだけでなく、シーア派を後押しするイラン、スンニ派を支援するサウジアラビア、両地域大国が介入しての代理戦争状態も懸念されます。

一方、これまでイラク各派は政権のポストを分け合うことで連立を保ってきましたが、ここにきてシーア派マリキ首相はスンニ派のポストだった国防相を任命せず、決定権限を自らに集中しています。
こうした動きにハシミ副大統領らスンニ派と世俗派からなる議会会派イラキーヤが反発し、17日に議会のボイコットを表明しています。
イラキーヤ所属のスンニ派ムトラク副首相はマリキ首相を「サダム・フセイン以上に悪質な独裁者」などと批判、これに対し、マリキ首相は18日、国民議会に対しムトラク副首相に対する不信任決議を要請しています。

アメリカは事態を憂慮
こうしたムトラク副首相に対する不信任決議要請、ハシミ副大統領に対する逮捕状・・・という宗派対立再燃の動きにアメリカも懸念を強めています。

****イラク首相に懸念表明=米副大統領****
バイデン米副大統領は20日、イラクのマリキ首相と電話会談し、駐留米軍撤退が完了したばかりのイラクでハシミ副大統領への逮捕状発行など政治情勢が混乱していることに懸念を示した。ホワイトハウスが明らかにした。
バイデン副大統領は、マリキ首相と他会派の指導者が協議し、緊急に政治対立を克服する必要があると強調した。【12月21日 時事】
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アメリカ・オバマ政権としては、来年大統領選挙までは何とかこの積み木の城が持ってほしいところでしょう。
宗派対立による内戦状態再燃、イランの影響力拡大・・・という事態は何とか避けたいところですが、共和党からは「出口戦略を急ぎ過ぎた」との批判が出ています。
また、スンニ派のムトラク副首相は、「アメリカによるイラク占領は災難だったが、無責任な撤退はそれ以上の災難だ。彼らが全面撤退した後のイラクは、イランに占領されてしまう」と語っています。

なお、イラクはシーア派・スンニ派の対立以外に、北部のクルド人問題も抱えています。宗派対立で政情が不安定化すれば、クルド人問題の方も表面化することが予想されます。難題山積です。
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女性の権利  強姦加害者と結婚するしかない女性 大学教育を受け夫に指を切断された妻

2011-12-20 20:28:29 | 女性問題

(「女は派遣を望んでいる? NO!」。国会近くでのぼりを立て、抗議する「オンナ・ハケンの乱」。派遣切りにあった女性らが、「派遣法を修理しろ~」と替え歌でアピールした=11月29日、東京・永田町、仙波理撮影【12月9日 朝日】)

【「男を逮捕してと政府に請願したけれど、捕らえられたのは私だった」】
世界各国において、女性の基本的人権及び社会的地位が著しく侵害されている現実が今も続いていることは、今更言うまでもないところで、このブログでもそうした話題をしばしば取り上げてきました。

内戦などで社会が混乱・崩壊すれば、女性に限らず生命の維持すら容易ではない状況となり、女性の場合は性的暴行の対象ともなります。
内戦で荒廃したコンゴ民主共和国(旧ザイール)では、“毎日1100人以上”の女性たちがレイプ被害に遭っているとする調査結果もあります。【6月25日ブログ「コンゴ  後を絶たない“集団レイプ”事件  毎日1100人以上の女性たちがレイプ被害」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110625)】

そうした極端な事例ではなくとも、多くの社会で、欧米や日本の常識では理解できないようなことが普段に起きています。最近目にしたアフガニスタンとバングラデシュの話題です。

****強姦された女性「加害者と結婚するしかない」、アフガン****
アフガニスタンのグルナスさんは、親類の男に性的暴行を受けて姦通罪で有罪となった後、赦免され釈放された。だがグルナスさんは、兄弟から殺害の脅しを受けており、自分に性的暴行を加えた男と結婚せざるをえなくなっている。

自分の正確な年齢を知らず、20~21歳くらいだというグルナスさんは、青いブルカ(イスラム教徒の女性の顔や体を覆う衣装)を身につけて、静かな口調でAFPの取材に応じた。取材中、グルナスさんの足もとの床では、加害者との間に生まれた娘が遊んでいた。

「私は、彼と結婚しなければならない。子どもの父親が必要です。娘の世話をして、私たちに住むところを与えてくれる人が必要です」と、グルナスさんは語った。
「住むところがありません。私の兄弟たちは、私と私を襲った男と娘を殺すと誓いをたてました」

■性的暴行受け、「道徳上の罪」で有罪に
グルナスさんはいとこの夫に性的暴行を受け、「道徳上の罪」をおかした罪で2年間服役し、13日に釈放された。アフガニスタンのハミド・カルザイ大統領が1日、国際社会からの批判を受けてグルナスさんの赦免を決定したが、実際の釈放までにはそれからさらに2週間がかかった。

グルナスさんは現在、超保守的なアフガニスタン社会で、娘と自分の安全を確保し、家族の名誉を取り戻すために、自分を襲った男と結婚することを余儀なくされている。
グルナスさんを支援する活動家らは、アフガニスタンにありふれているこういった迫害を「(旧支配勢力の)タリバン時代の遺物」と呼び、アフガニスタンの民主化を目指して行われた米軍主導の進攻から10年が過ぎても続く、女性の権利の低さを訴えている。

グルナスさんは、警察に性的暴行を受けたことを申し立て、拘束された。
「男を逮捕してと政府に請願したけれど、捕らえられたのは私だった。私は無実なのにどうして拘束されたの?」と、グルナスさんは語る。

■「加害者と結婚」が唯一の選択肢か
グルナスさんはカブールの刑務所内で赤ちゃんを育てた。釈放後の今も、身の危険をおそれ、非公開の場所にある女性用の避難施設の中での生活を強いられている。
グルナスさんの弁護士を務める米国人のキンバリー・モトリー氏は、「(グルナスさんは)自分自身と娘を守るための最善の方策を模索している」と語る。だが、加害者の男は5年先まで服役中の見通しで、男と結婚して先に進むことも難しい。

「不幸なことに、女性が暴行された被害者だったとしても、自分を襲った男を受け入れて結婚することが、女性が自分の身を守るための最善の方策であると考える文化がある」と、モトリー氏は語る。「残念ながら、このようなタリバン時代の遺物が今もなおアフガニスタン文化に影響力を持っているのだ」

国際NGOオックスファムが10月に発表した報告書によると、アフガニスタン女性の87%が、肉体的・精神的・性的暴力または強制結婚の被害に遭っている。
モトリー氏は、赦免を決定したことで、カルザイ大統領や検察当局は、性的暴行の被害者の女性たちを起訴するべきでないと認識したことになると指摘する。

■「娘を学校に通わせたい」
グルナスさんは、自分の事件に関心が寄せられたことに感謝しているという。多くの女性はそのような幸運に恵まれない。
「私は恐れていません。彼は私を受け入れました。私も彼を受け入れました」と、グルナスさんは語る。
「娘を学校に通わせたい。彼女に医師になってほしい」【12月20日 AFP】
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若干補足すると、加害者との結婚は釈放の条件としてつけられたものです。
“グルナスさんの釈放を求める請願が5000人以上から寄せられたことを受けてカルザイ大統領が会議を開き、その席で司法当局者によって赦免の決定が下されたという。ただし、そのまま釈放すると超保守的なアフガン社会では密通者の烙印を押されてしまう恐れがあるとして、加害者との結婚を条件に付けた。
グルナスさんは、自分の兄弟が加害者の姉妹と結婚することを条件に、これに同意したという。報道官は、自分が強姦されたわけではないとの保証を得たかったのだろうと述べた。” 【12月2日 AFP】

暴行被害者が逮捕されてしまうこと、加害者との結婚が釈放の条件となることなど、よく理解できない話です。
“タリバン時代の遺物”とありますが、女性の権利・活動を著しく制約したタリバンによるものだけでなく、アフガニスタン社会に以前から存在する女性軽視・男性優位の考え方の表れのようにも思えます。

アフガニスタンでは2年前に女性を暴力から守る法律が施行されましたが、国連は、加害者が起訴された例は100件ほどに過ぎないと非難しています。

****求婚を拒んで硫酸をかけられる****
先月27日には、武装組織の元司令官からの求婚を拒んだ17歳の少女が硫酸を浴びせられるという事件も発生している。マスクをかぶった武装集団が深夜、北部クンドゥズ州の少女の自宅に押し入り、少女と姉妹と母親に暴力を振るったのち、少女の顔に硫酸を浴びせたという。少女は重傷で、4人の姉妹と母親もやけどを負った。
内務省によると、ビスメッラ・モハマディ内相が警察に、事件の捜査と犯人の逮捕をじきじきに命じたという。【12月2日 AFP】
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【「右手は切られたけれど、まだ左手が残っている」】
バングラデシュの事件は、おぞましいものがあります。

****大学での学位目指した妻の指を夫が切断、バングラデシュ****
バングラデシュ警察は15日、大学の学位取得のために無断で勉強を始めた妻に腹を立て、妻の指を切断した容疑で、男を逮捕したと発表した。永続的な障害を負わせた容疑で送検する考えだという。

警察当局のモハマド・サラウディン署長によると、アラブ首長国連邦(UAE)で出稼ぎ労働者として働いていたラフィクル・イスラム容疑者(30)は、バングラデシュに帰国して数時間後に、妻のハワ・アクテルさん(21)を縛り付け、口をテープでふさいでから、右手の指5本を切断した容疑が持たれている。
「容疑者は8年間の基礎教育しか受けていなかったが、妻は高等教育を受けるために大学に通っていたため、激昂して犯行に及んだ」と、サラウディン署長はAFPに語った。

イスラム容疑者は、ダッカで逮捕され、容疑を認めているという。警察当局は捜査を終え、イスラム容疑者を送検する準備を進めている。永続的な障害を負わせた罪で起訴されて有罪となれば、最高で終身刑が言い渡される可能性がある。
妻のアクテルさんは、治療を受けて実家に戻っている。アクテルさんは、同国英字紙デーリー・スターに対し、「右手は切られたけれど、まだ左手が残っている」と語り、大学教育を修了したいとの考えを述べた。

イスラム教徒が国民の大半を占めるバングラデシュでは、教育を受けた女性に対する恐ろしい家庭内暴力(DV)事件が次々に発生している。
6月には、無職の夫が、名門ダッカ大学助教授の妻がカナダの大学でさらに高い教育を受けようとしたことが許せず、妻の両目をくりぬくという事件があった。【12月18日 AFP】
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個々の事件の背景には、第三者の窺い知れない事情も多々あると思います。
妻が大学通っていることを、海外出稼ぎ中の夫は知らされていたのか・・・とか、よくわからない部分もあります。

一般論で言えば、男性優位の考え方を疑うことなく受け入れている男性は、多くの場合、自分自身は高い教育を受けておらず、自分の所有物のように見なしていた妻が教育を受けて世界を広げることを、自分の優位性を脅かすものとして嫌い、暴力でその根拠なき優位性を確認しようとすることが多くあります。
今回事件もそうした事例のひとつではないでしょうか。
アフガニスタンで学校に通う女性が、タリバン支持者から酸を浴びせられる・・・といった事例も同様でしょう。

アフガニスタンにしてもバングラデシュにしてもイスラム社会です。
イスラム社会の女性に対する考え方は一様ではなく、その教義の本質とどのように関わるのかは難しい問題でしょうが、どうしても欧米・日本の常識・価値観と相いれない事例が起きやすいことも事実です。
多くの女性はそうした社会的制約を当然のこととして受け入れ、幸せを築いているのでしょうが、従来からの制約に収まらない女性に対しても寛容さを示してほしいものです。

【「孤族の国 女たち」】
毎回言うように、私自身は日本の男性優位社会にどっぷりつかっており、女性の地位・権利について特別の考えも持っていませんが、そんな私でも世界の事例を見聞きすると、いろいろ考えてしまいます。

日本の女性に関する記事では、【朝日】の「孤族の国 女たち」が気になりました。
****単身女性、3人に1人が貧困 母子世帯は57%****
勤労世代(20~64歳)の単身で暮らす女性の3人に1人が「貧困」であることが、国立社会保障・人口問題研究所の分析でわかった。2030年には生涯未婚で過ごす女性が5人に1人になると見込まれ、貧困女性の増加に対応した安全網の整備が急がれる。(後略)【12月9日 朝日】
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台湾総統選挙 支持率拮抗 中国は「空母キラー」発射実験で牽制? 五輪開催公約も

2011-12-19 22:27:10 | 東アジア

(台湾総統選直前に中国が発射実験を行う可能性も報じられている「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「東風21D」の射程範囲 台湾海峡の他、九州沿岸まで含まれます。このミサイルが実戦配備されると、アメリカの空母もこの海域にはうかつには近づけないことにもなります。)

馬総統、蔡主席の支持が横並びの状況
台湾では来年1月14日に行われる総統選に向けて、国民党の馬英九総統と民進党の蔡英文主席が激しい選挙戦を展開しています。

****台湾総統選、横並びで終盤へ 馬総統と蔡主席****
来年1月14日投開票の台湾総統選に向けた国民党の現職、馬英九(マー・インチウ)総統、民進党・蔡英文(ツァイ・インウェン)主席、親民党・宋楚瑜(ソン・チューユイ)主席の3候補者による2度目の公開討論会が17日、台北のテレビ局で行われた。同日、総統選の選挙活動も正式に始まり、各陣営は台湾全土での集会、街頭活動を活発化させる。今のところ馬総統、蔡主席の支持が横並びの状況だ。

この日の討論会は消費者団体、人権団体などから質問を受ける形で進んだ。
このところ選挙戦は対中政策などの論点がかすみ、国民党政権による蔡主席個人への攻撃が軸となった。蔡主席が民進党政権で行政院副院長(副首相)だった2007年、政府系基金の資金をバイオ企業に投入、家族にも出資させ、副院長退任後には自身がその企業のトップに就いたことを取り上げ、「地位を利用して利益を得た」とイメージダウンを図った。
ところが、当時の経緯を示す文書を政権側が公開する際に文書偽造と疑われる不手際があり、選挙直前に問題を持ち出した手法への反発もあって、得失不明の泥仕合になっている。【12月17日 朝日】
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有権者は対中政策への評価を投票行動に反映させることが多い
“対中政策などの論点がかすみ”とはありますが、やはり台湾にとっては中国との関係は避けて通れない問題です。
国民党・馬英九総統は中国との経済関係強化を重視していますが、中国依存によって将来的に政治的にも台湾が中国に呑みこまれてしまう不安があります。
民進党・蔡英文主席は過度の中国依存を警戒して台湾の主権を強く主張しており、「1つの中国」についても見直しを主張していますが、経済的にはもはや不可欠の存在となった中国との関係悪化の不安があります。中国との関係悪化は安全保障のうえでも問題となります。

選挙戦序盤では、対中政策における自己の立場を主張すれば中間層の反発を、招き却って不利になるといった判断もあって、あまり対中政策は争点となってきませんでした。しかし、争点として表面化する、しないに関わらず、有権者の判断にはこの問題が強く影響します。

****台湾総統選:あと1カ月支持拮抗 米中動向が不確定要素****
台湾総統選は来年1月14日の投開票まで残り1カ月となった。再選を目指す与党・国民党候補の馬英九総統(61)と政権奪回に意欲を示す最大野党・民進党候補の蔡英文主席(55)の支持率は(拮抗きっこう)し、野党・親民党候補の宋楚瑜主席(69)を大きく引き離している。

馬、蔡両氏とも、最も敏感な問題である対中国政策論議は遠ざけて失点を回避してきたが有権者は対中政策への評価を投票行動に反映させることが多く、情勢は依然流動的だ。
各機関の最新の世論調査では、国民党寄りの台湾紙・中国時報が馬氏43%、蔡氏36%、宋氏9%。民進党系のシンクタンク・台湾智庫は蔡氏35・9%、馬氏35・4%、宋氏10・8%。
現時点での選挙戦の争点は▽クリーン政治▽弱者対策▽農業政策--などが中心だ。

馬氏は今年10月、中台間の戦争状態を終結させる平和協定に関する政策発表が性急な印象を与え、不評を買った。「中国寄り」「台湾の主権を軽んじている」と見られるのを避けるため、今は中台関係で踏み込んだ発言を控えている。

一方、独立志向の強い蔡氏は、馬政権と中国が関係改善の基礎とする「92年合意」(中台それぞれが「一つの中国」の原則堅持を口頭で表明する)を承認せず、民主的な方法による新たな対中交渉の枠組み「台湾の総意」の形成を呼び掛ける。
中国側は蔡氏の考えを否定しており、民進党と中国側の対話の糸口は見えないままだ。

米国がアジア・太平洋の安全保障を主導する姿勢を強めていることも台湾情勢に影響を与える。「中国の学者は、米国がアジア戦略や国民党の過度な中国傾斜を懸念する立場から蔡氏に肩入れしていると見る」(台湾紙「旺旺」)のが一般的で、米国に対する中国の不信感は強い。

さらに不確定要素として、11月21日付米軍事専門誌「ディフェンス・ニュース」は、中国が米空母を標的として開発中の「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「東風21D」の発射実験を総統選3日前の1月11日に実施する可能性を報じた。
台湾を直接威嚇するのではなく、民衆に「台湾海峡有事の際、米国の軍事介入は難しくなる」と認識させる目的だという。同誌は実験が敢行された場合、「台湾の民衆が(中台関係の安定を求めて)独立志向の低い候補者を選ぶ可能性がある」と分析している。【12月13日 毎日】
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中国指導部:馬英九総統再選を支持
中国は、「アメリカが独立志向の強い蔡氏に肩入れしている」と、アメリカへの不信感が強いとのことですが、中国自身は国民党・馬英九総統支持ではっきりしています。
中国にとっては台湾は「1つの中国」として一体のものである以上、口を出す資格が当然にあるというところでしょう。

****台湾総統選、中国が馬氏再選支持を示す談話****
中国共産党ナンバー4の賈慶林・政治局常務委員(人民政治協商会議主席)は16日、来年1月の台湾総統選を前に談話を発表した。

談話は、中台が「一つの中国」原則で歩み寄ったとされる1992年の「92年合意」を否定すれば「中台双方の利益が損なわれる」として、合意を否定する野党・民進党候補の蔡英文主席をけん制する内容で、国民党の馬英九総統再選の支持を中国指導部として初めて示すものとなった。

総統選への介入とも言える談話発表に踏み切ったのは、独立志向の強い蔡氏が当選する可能性が排除できない現状への焦りから「中台交流停滞の可能性をちらつかせて台湾世論に揺さぶりをかける」(台湾メディア関係者)狙いだったとの見方が出ている。【12月17日 読売】
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【「空母キラー」で「台湾海峡有事の際、米国の軍事介入は難しくなる」】
【12月13日 毎日】にある“中国が米空母を標的として開発中の「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「東風21D」の発射実験を総統選3日前の1月11日に実施する可能性”については、その効果はどんなものでしょうか?

1996年に行われた台湾総統選挙で、独立志向の強い李登輝氏が優勢との予測に対し、中国は “恫喝”として、台湾の基隆沖海域にミサイルを撃ち込むなどの軍事演習を強行しました。このため一気に緊張が高まり、“台湾海峡有事”が現実問題として懸念される事態となりました。
中国はアメリカに対しても、「台湾問題に米軍が介入した場合には、中国はアメリカ西海岸に核兵器を撃ち込む」と威嚇しました。【ウィキペディアより】
これに対しアメリカは、台湾海峡に空母を派遣し、圧倒的な軍事力を誇示する形で、中国の力の行使を抑え込んだことがあります。

中国の「空母キラー」開発は、この時アメリカに抑え込まれた屈辱が土台になっているとも言われますが、それはともかく、台湾総統選挙への影響という点では、中国の威嚇への反発が高まり、独立志向の強い李登輝氏が地滑り的勝利を収める結果となっています。

当然に中国はこの96年の失敗を忘れてはいませんので、今回は「空母キラー」発射実験によって、“台湾を直接威嚇するのではなく、民衆に「台湾海峡有事の際、米国の軍事介入は難しくなる」と認識させる目的”とのことです。これからは96年のようにアメリカが助けに来てくれることはない・・・と言いたいのでしょう。
ただ、どうでしょうか・・・・やはり、対中警戒感を刺激することになる可能性もあります。

【「選挙チャーター便」と「子豚の貯金箱運動」】
安全保障面を離れて経済面に限っても、国民党・馬英九総統が進めてきた中国との関係強化は、大企業には利益となっているが、資本の中国進出で台湾経済の空洞化を招き、一般労働者の生活は苦しくなっており、経済的格差が拡大する結果となっている・・・との批判が民進党側からはあります。
そうしたこともあって、両候補の支持層に大きな差が見られるようです。

****台湾総統選:馬氏は大企業、蔡氏は庶民が支持層****
台湾総統選(来年1月14日投開票)に立候補する与党・国民党の馬英九総統(61)と最大野党・民進党の蔡英文主席(55)の支持層に明確な違いが出ている。
馬氏には中台間の経済安定を期待する大企業トップ、蔡氏には労働者や農民らが主な支持層になり、陣営をもり立てる。

電子製品の生産受託で世界最大手の鴻海グループの郭台銘会長は今月1日、南部・高雄の研究施設着工式に馬氏も招待し、「来年に経済危機の大波が来る。熟練によるかじ取りが必要だ」と馬氏支持を表明。従業員が故郷に戻って投票できるよう選挙チャーター便を飛ばして側面支援する計画も立てている。
他に、電源ユニット大手・台達電子工業(デルタ)の鄭崇華社長、自動車大手・裕隆グループの厳凱泰CEOらも馬氏支持だ。

一方、民進党は少額献金を募る「子豚の貯金箱運動」を通して一体感を強めている。今月10日、配布した子豚の貯金箱の回収集会「子豚の里帰り」を開いたところ、約7万個が届けられ、蔡氏は手応えを感じた。巨額の資産を持つ国民党を「大怪獣」に例え、それに対抗しようと始まった子豚貯金箱運動は、予想外の成果を収めているようだ。蔡陣営は「陳水扁前政権の汚職事件で民衆の支持を失った。子豚の貯金箱は、党がどん底からはい上がり、改めて団結する象徴となっている」と分析する。【12月17日 毎日】
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【「24年の五輪開催をめざす」と「25年までに脱原発をめざす」】
ここにきて、国民党・馬英九総統は「24年の五輪開催をめざす」との公約を発表しているそうです。
****馬氏「24年に五輪」 台湾総統選で公約****
・・・・討論会で馬氏は中国との関係改善や外交実績を強調した上で、先月、2017年のユニバーシアード夏季大会の開催権を台北市が獲得したことを踏まえ、「24年の五輪開催をめざす」との公約を初めて明らかにした。五輪は国家ではなく都市が主催する。
一方の蔡氏は、「25年までに脱原発をめざす」と従来の主張を展開。両氏の論戦の間に立った宋氏は、「国民党と民進党の政争に人々は疲れている」と訴えた。【12月18日 産経】
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公約なんて景気づけのアドバルーンだと言ってしまえばそれまでですが、台湾での五輪開催・・・・難しそうです。
台湾が中国と一体化して「1つの中国」を実現することを確約すれば、中国も後押しするでしょうが・・・。
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核保有国パキスタン  奇々怪々な「メモゲート」で、文民政権崩壊の可能性も

2011-12-18 21:54:37 | アフガン・パキスタン

(ザルダリ大統領(右)の妻ブット前首相が爆殺されたのが07年12月末でしたが、今年2月、ザルダリ大統領がドバイでアメリカ在住の女医、ザマニ(左)さんと再婚した・・・との報道がなされました。与党PPPはこの結婚を否定していました。その後の報道も目にしていませんので、真偽のほどはわかりません。 

そもそも与党PPPはブット家の所有物のようなもので、ザルダリ大統領が政治的力を持てるのもブット前首相の夫という立場があってのことでしょうし、大統領当選も暗殺されたブット前首相への国民の思いがあってのことです。それを任期中に再婚なんて・・・と、つい思ってしまいます。
もちろん愛を阻むことはできませんが、国内メディアは再婚の背景として、政治的思惑や財産目当てといったことを報じていたようです。 “flickr”より By zardarizamani http://www.flickr.com/photos/zardarisupportgroup/6151967275/ )

【「極秘メモ騒動」で軍の怒りを買った大統領、帰国できず
パキスタンのザルダリ大統領が12月初めに入院治療のためとして中東ドバイに出国したまま帰国のめどが立たず、国内で軍との関係が悪化する中、亡命や辞任の観測が飛び交う事態となっているそうです。

****パキスタン大統領、帰国できず…軍と関係悪化*****
・・・・ザルダリ大統領はドバイで6日に入院し、14日に退院した。パキスタン政府は「左腕のマヒと一時的な意識の喪失」があったと大統領の症状を説明したが、退院後もドバイで療養を続けているとしている。

大統領は、11月に駐米パキスタン大使の辞任に発展した「極秘メモ騒動」で軍の怒りを買ったとされる。
このメモは5月に、在米パキスタン人男性の仲介でマレン米統合参謀本部議長(当時)に渡ったもの。ザルダリ大統領がパキスタン軍によるクーデターを懸念し、米国による抑制を求めているとの内容だが、差出人名は書かれていない。
メモ作成への関与を取り沙汰された大使は辞任し、大統領との関連についても12月に入って最高裁が究明に乗り出している。【12月18日 読売】
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突然の出国当時から、辞任の準備ではないか・・・との憶測報道はありました。
「いくらなんでも・・・」とは思っていたのですが、まんざらその可能性がなくはないようです。
それにしても、パキスタンは核保有国です。核管理体制はどうなっているのでしょうか。
帰国できない大統領に核攻撃権限があるのも怖いですが、大統領にその実権がなく、軍が管理しているのはもっと怖いです。

パキスタンはアメリカにとって、アフガニスタン戦略のうえで欠くことができないパートナーですが、無人機誤爆による民間人犠牲者の増大もあって国民の反米感情が強い上に、パキスタン潜伏中のウサマ・ビンラディン容疑者を4月末に米軍が“無断で”強襲殺害したことで主権が侵害され、パキスタン国軍の面子が潰れてしまった事件や、11月26日、NATO主体の国際治安支援部隊(ISAF)のヘリコプターが軍検問所のパキスタン兵24人を死亡させた越境攻撃で両国関係は悪化し、後者の事件への報復として、アフガニスタンに展開するISAF向けの物資輸送が遮断されていることは周知のところです。

【「軍からの圧力が強まれば文民政権は耐えきれない」】
上記記事にある「メモゲート」とも呼ばれる「極秘メモ騒動」は、ISAF越境攻撃事件の前に起きたもので、同越境攻撃に対する国軍の姿勢を硬くする背景ともなっています。

****パキスタン大統領側の極秘メモ暴露 軍との関係悪化****
パキスタンのザルダリ大統領が、軍による政治介入を恐れ、軍首脳に釘を刺すよう米軍トップに要請していたとされる極秘メモが暴露された。政権側はメモを否定しているが、同国の政治に強い影響力を持つとされる軍との関係は極めて悪化。最大野党が18日、最高裁に調査を求めるなど政権への風当たりは強まっている。

極秘メモは今年5月に国際テロ組織アルカイダ指導者オサマ・ビンラディン容疑者が同国北部で米軍により殺害された直後に、パキスタン系米国人男性の仲介でマレン米統合参謀本部議長(当時)に渡された。この男性が先月明らかにし、マレン氏側も今月16日に「受け取ったが信用性が疑わしかったため無視した」とメモの存在を認めた。

地元メディアが全文を報じたメモによると、ビンラディン殺害作戦直後、責任の所在をめぐり軍と政権が対立した。メモは「軍からの圧力が強まれば文民政権は耐えきれない」と危機感を示し、キアニ陸軍参謀長を抑えるようマレン氏に要請。米国の介入があれば、国防幹部チームを刷新し、対テロ戦での米国への協力を強化すると約束した。

仲介した男性は地元紙の取材にザルダリ氏の意を受けたハッカーニ駐米大使から依頼されたと暴露。ハッカーニ氏は否定しているが、辞意を表明しており、事情説明のため米国から近く帰国する。【11月20日 朝日】
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【「ボスの承認は得ている」】
駐米パキスタン大使であるハッカニ氏から米軍トップ(当時)のマレン米統合参謀本部議長へのメモを仲介したのが、パキスタン系米国人のビジネスマン、マンスール・イジャズ氏ですが、同氏が事件の全容について12月14日Newsweek日本版に寄稿文を送っています。

それによると、メモ作成の経緯については
****米パ「密約」の動かぬ証拠****
念のために言っておくと、ハッカニは5月9日に私に連絡してきた。私からではない。彼は私に(最初は口頭で) マレンにメッセージを送るのを手伝ってくれと言った。ハッカニは今、この事実を否定している。

メモの内容と構成はすべて彼が考えたもので、16分間に及ぶ最初の電話で説明を受けた。そしてその日のうちに電話、メール、ブラックベリーを使って中身を練り上げた。
その晩、私はメールで第1稿を送った。彼は「微調整(tweak)」して翌朝に電話するとブラックベリーで連絡してきた
そして私が最終稿を送った15分後の翌朝9時6分16秒に電話をよこし、11分間にわたって内容を確認した。そうして私に計画の続行を指示した。ハッカニは現在、こうした事実を否定している。しかし事実は嘘をつかない。

このメッセージが書面化されたのは、アメリカ側がパキスタン人の口約束を信用しないからだ。最終的に、このメモはジョーンズ経由でマレンに渡った。
ハッカニは午前9時6分の電話を切る直前に、「ボスの承認は得ている」と確約した。そこで私はパキスタン政府最高幹部がこのメモを承認していると書面に記し、ジョーンズに伝えた。この場合の「ボス」は明らかにザルダリのことだ。【12月14日 Newsweek日本版】
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とのことです。
なお、文中の“ジョーンズ”とは前大統領補佐官のジェームズ・ジョーンズ氏でしょうか。
イジャズ氏はメモについて、「私はザルダリ本人の発案だったとにらんでいる」としています。

【「どっちに転んでもザルダリとハッカニには有利だ。計画としては悪くない」】
また、ビンラディン殺害の背景として
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ザルダリもハッカニも、アメリカがパキスタンの主権を侵害してでもビンラディン殺害を実行することを事前に知っていたはずだ。CIAがパキスタン領内にいるビンラディンの潜伏先を見つけ出した後、決行を了承していた可能性もある。

アメリカが単独で作戦を決行すれば、なぜこれまでビンラディンを国内にかくまっていたのかと、国民の間で軍部や情報機関への非難が高まると踏んだのかもしれない。そうなればアシュファク・キヤニ陸軍参謀長とアハメド・パシャー軍統合情報局(ISI)長官を辞任に追い込み、自分たちに好都合な人物を後釜に据えることもできる。

思惑が外れても、ザルダリはアメリカに非難の矛先を向け、パキスタン国民の間で反米意識をあおればいい。うまくいけば、ザルダリは文民(もちろん自分の仲間だ)を軍のトップに据えるという念願も果たせるだろう。
アメリカはビンラディンを、ザルダリは目の上のたんこぶであるキヤニとパシャーを「葬る」ことができるわけだ。どっちに転んでもザルダリとハッカニには有利だ。計画としては悪くない。【同上】
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と、記しています。
このあたりは、「そんなとこかもしれないな・・・」という感はあります。

【「ハッカニは致命的なミスを犯した。それは計画を私に託したことだ」】
イジャズ氏の事件暴露の真意については
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ハッカニは致命的なミスを犯した。それは計画を私に託したことだ。私はパキスタン軍と情報機関の脅迫まがいの政策と強圧的な姿勢を嫌い、そのことをたびたび表明してきた。暴力にものをいわせる情報機関がコントロールしている警察国家に民主主義はあり得ない。
だが権力を乱用し、国の命運の懸かった問題でも私利私欲を追求するためだけに民主主義を擁護するふりをしてきた文民政治家はもっと嫌いだ。

このメモが思いもかけず世界中のメディアの関心を呼び、事実関係が明らかになれば、パキスタン社会は強くなる。メディアは今回の一件を大々的に取り上げ、脅迫に屈することなく報道を続けた。パキスタン国民が本当に白分たちのために働いてくれるリーダーを選べるようにするには、こうした透明性の確保が欠かせない。

パキスタン国軍が、あっさり文民統制を受け入れるとは思えない。だが、軍部と文民政府が対等な立場で渡り合えるような制度への移行は、既に始まっているのではないか。
いつの日か、こうした真の文民政府が確立され、パキスタンの真の国益を守ってくれることを私は願う。大事なのはカシミールでもアフガニスタンでも、核爆弾でもない。真の国益は教育の普及や貿易関係の拡大、そして国民の求める十分なエネルギーの確保にこそある。【同上】
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としていますが、意味不明です。

再び軍政復活の可能性も
事件がイジャズ氏の言うとおりであれば、確かにハッカニ駐米大使はイジャズ氏に計画を託すという“致命的なミス”を犯したことになります。
しかし、アメリカ側に太いパイプを持つハッカニ駐米大使が、どうしてイジャズ氏のような自称ベンチャーキャピタリストといった人物に、こんな重大なメモを託したのかはよく分かりません。

また、イジャズ氏がメモ暴露で目指すものが何なのかもよくわかりません。
確かに、過去のブット、シャリフの文民政権はいずれも汚職にまみれ、国民の支持を失って崩壊しており、国民の間には、文民政権よりも軍事政権に信頼を寄せる人が少なくないという事情はあります。
また、ザルダリ大統領はブット政権当時“ミスター10%”とも呼ばれた、腐敗・汚職の張本人でした。

しかし、イジャズ氏によるメモ暴露が“軍部と文民政府が対等な立場で渡り合えるような制度への移行”“真の文民政府”にどのように繋がるのでしょうか?
確実なのは、ただでさえ軍の支持がなく、党内基盤も弱いザルダリ大統領の立場が、この事件でガタガタになったということです。
そして、再び軍政復活の可能性も増したということです。
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ミャンマー  “「民主化」に置き去りにされた”少数民族 政権側譲歩で停戦合意も進展

2011-12-17 20:40:44 | ミャンマー

(両親もなく、二人で暮らすカチン族の姉と弟 11年7月 この二人にも「民主化」が届くのでしょうか? “By Steve Gumaer”より http://www.flickr.com/photos/stevegumaer/6009223491/ )

来年の補選がNLDの「党勢」を占う最初の試金石
テイン・セイン大統領のもとで、意外なほどのスピードで“民主化”に向けた変革が進むミャンマーですが、政党法改正によって、民主化運動指導者、アウンサンスーチーさん率いる最大民主化勢力「国民民主連盟」(NLD)の政党としての再登録が承認されました。

****ミャンマー:「国民民主連盟」の政党再登録を承認****
ミャンマー選挙管理委員会は12日、民主化運動指導者、アウンサンスーチーさん率いる最大民主化勢力「国民民主連盟」(NLD)の政党としての再登録を承認した。国営紙が13日報じた。NLDは1年7カ月ぶりに合法政党として復活し、来年前半に実施見込みの国会補選に候補者を立てて国政参加を果たす見通しだ。

NLDは昨年5月、旧軍事政権が制定した「スーチーさん排除」を狙った政党登録法に反発して総選挙参加を拒否し、解党処分となった。
3月の民政移管で就任し民主化や国民和解に積極姿勢を示すテインセイン大統領は、NLDの政党再登録を促すため政党法からスーチーさんを排除する条項を削除。これを受けてNLDは11月、選管に再登録を申請していた。

補欠選挙は欠員になっている上下院計約50議席を巡って争われる。NLDはすべての選挙区に候補者を立てる方針で、党のニャンウィン報道官は、スーチーさん自身はヤンゴン市内の選挙区から立候補するとしている。
スーチーさん自身の当選は確実だが、補選が実施される選挙区は現政権関係者が多数住む首都ネピドーが多い。首都を含めた補選全体で何議席を獲得できるかが、NLDの「党勢」を占う最初の試金石となる。【12月14日 毎日】
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スー・チーさん自身の国政参加とともに、“首都を含めた補選全体で何議席を獲得できるかが、NLDの「党勢」を占う最初の試金石となる”と注目されているところですが、あまり勝ちすぎると軍部・保守派を刺激し、民主化への動きが止まってしまうのでは・・・という不安も感じます。杞憂でしょうか?

政権側譲歩で進む少数民族との停戦合意
その狙いがアメリカなどの経済制裁解除にあるにしても、テイン・セイン政権の変革が評価に値するものなのか・・・という点では、不完全な形になっている政治犯釈放の問題と、少数民族との和解の問題があります。

ミャンマーの民族事情については、“ミャンマーの民族は大きく八つに分けられ、多数派のビルマ族が主に中心部、少数民族は主に国境周辺に住む。1948年に英国から独立した当初から、東部のカレン族が独立闘争を続けてきた。シャン州、カチン州などでも国境貿易で資金を得た少数民族が武装勢力を組織し、独立や自治を求めて中央政府と対立してきた”【12月16日 朝日】ということですが、スー・チーさんなどの民主化運動も多数派ビルマ族を主体とした活動であり、歴代政権による武力弾圧以外にも、一般民衆の感情として、ビルマ族とその他の少数民族の間には微妙な隔たりがあると言われています。

スー・チーさん自身は、「(政権と少数民族)両者の和平交渉の仲介役を務める用意がある」としていますが、
“「私たちはアウンサン将軍を信じた。娘のスーチーは民主化勢力の指導者だが、少数民族の指導者ではなかった」(カチン軍のスンムルット副参謀長)
スーチーさんが政府を評価する半面、少数民族を守る言動を後退させたと疑っている。
記者はヤンゴンでスーチーさんに会った。政府の取り組みを評価したが、少数民族問題は「少数民族の指導者と話したいが、うまく連絡が取れない」と言葉少なだった。強権支配に共闘してきたビルマ族主体の民主化勢力と少数民族。その隙間(すきま)に、かつてない冷たい風が吹き始めている”【11月17日 毎日】といった報道もあります。

その少数民族問題についても、政権側の動きが報じられています。

****ミャンマー、少数民族と和解路線 政権、次々と停戦合意****
ミャンマー(ビルマ)のテイン・セイン政権が、独立や自治を求める少数民族の武装勢力と次々に停戦合意を結んでいる。軍政時代から続く対立解消をはかる国民全体の「和解」だ。恒久的な和平に向けた交渉が今後の課題となる。

14日の国営メディアによると、テイン・セイン大統領はミン・アウン・フライン国軍最高司令官に、カチン独立軍(KIA)への攻撃を、自衛の戦闘を除いて停止するよう命じた。
数千の兵力を持つKIAは、北部カチン州が拠点の少数民族武装勢力の一つ。1990年代に軍政と停戦で合意したが、今年6月以降は国軍との武力衝突で多数の死傷者が出ていた。

軍政時代に定めた憲法が国軍を「唯一の軍」とし、少数民族の武装勢力を国軍傘下の国境警備隊に編入するよう求めて関係が悪化したためだが、これを政府の側から見直す。
新政権は3月の発足以降、少数民族武装勢力との間で停戦合意を進めた。東部シャン州では約3万の兵力を持つワ州連合軍(UWSA)や南部シャン軍(SSA―S)と、東部カイン(カレン)州では民主カイン仏教徒軍(DKBA)の第5旅団と、矢継ぎ早に合意した。他の主要勢力のカレン民族同盟(KNU)とも交渉を続ける。

譲歩するのは政権側だ。国境警備隊への編入要求をいったん取り下げ、少数民族地域の経済発展の推進を約束。合意を重ねることで、「政府が各勢力と和解を進め、戦闘を続けるメリットはない」(武装勢力の関係者)状況をつくった。

テイン・セイン政権は、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD)の国政復帰に道を開き、国民融和策を続ける。経済制裁を続ける米国もオバマ大統領が「改革が進めば、米国との関係は新しい局面を迎える」と親書を送って高く評価した。

少数民族への攻撃は、民主化運動弾圧と並んで国際社会から批判を浴びてきた。「和解」は制裁解除につながる。国内の対立が解消すれば、権力基盤も安定させられる利点もあり、政府は恒久和平に向けた交渉を続けている。
とはいえ、少数民族は独立や自治を望んでおり、政府との溝はなお大きい。これまでも停戦合意と破棄が繰り返された経緯があり、本格的な和平の進展はこれからだ。【12月16日 朝日】
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【「民主化」に置き去りにされた人々・・・・
今回、政権側が攻撃を停止したカチン族については、先月段階では下記のような報道もありました。
****ミャンマー:民主化進める中 少数民族の弾圧強まる****
民主化運動に携わった政治囚を釈放するなどアウンサンスーチーさん率いる民主化勢力との和解を進めるミャンマーのテインセイン政権。東南アジア諸国連合(ASEAN)の14年議長国就任が内定し、国際社会からも「民主化の進展」と評価を受けるが、一方で自治権を求める少数民族への弾圧を強めている。
政府軍と少数民族との衝突が続く国境地域では、避難民が2万人を超えた。現地に潜入し、「民主化」に置き去りにされた人々の届かぬ声を拾い、この国の知られざるもう一つの顔を追った。

「武器はどこだ。地雷はどこに埋まっている」。ミャンマー政府が政治囚約200人を釈放した4日後の10月16日、中国国境カチン州。少数民族カチンの人々が住む人口約9000人のナムサンヤン村で早朝、牧師のジャンマ・アウンリーさん(47)は、教会に突然押し入った政府軍兵士に両手を縛られ、額をコンクリートの床にたたきつけられた。
カチン戦闘員を捜すため、無差別に家宅捜索する兵士は容赦なかった。戦闘員はいなかったが、村は焼き払われ、4人が死んだ。
11月上旬。記者は国境の町ライザに避難していたジャンマさんと会った。ジャンマさんは「なぜこんな仕打ちを受けるのか」と訴えた。当局は、少数民族地域への外部の人間の立ち入りを規制することで、弾圧状況を事実上隠している。(後略)【11月17日 毎日】
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【12月16日 朝日】で報じられた政権側の少数民族対策と、【11月17日 毎日】で報じられている現地の実情・・・どちらも現実ですが、どちらが今後の大勢となっていくのかが注目されます。
できるだけ政権側が“停戦合意”の方向で進めるように、国際社会は足りないところをあげつらうのではなく、更に前進するようにサポートしていくことが必要だと思われます。

対外的な面では、先月末から今月初めにかけてミャンマーを訪問したクリントン米国務長官の動きに代表されるように、これまで制裁という形で対立していたアメリカとの関係が動き出す気配がしています。

関係立て直しを模索する中国
その一方で、これまでミャンマー軍事政権を支えてきた中国としては、これまで同様、自国の側にミャンマーをつなぎとめておきたい思いでしょう。
温家宝のミャンマー訪問も予定されていましたが、“時期尚早”としてとりやめになったようです。
裏事情はわかりませんが、中国が期待する成果に関する調整がうまくいかなかったのではないでしょうか。

****温首相、ミャンマー訪問中止 関係改善、尚早と判断か****
中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相は19日から予定していたミャンマー(ビルマ)訪問をとりやめた。ヤンゴンの外交筋が14日明らかにした。訪問は、ミャンマーが9月に中国向けの発電ダムの建設凍結を発表して以来、悪化している両国関係の改善に向けた動きと見られていただけに、突然の中止決定をいぶかる声が上がっている。

温首相は、19、20の両日に首都ネピドーで開かれる第4回メコン川流域開発計画(GMS)首脳会議に、流域のインドシナ5カ国首脳とともに出席する予定だった。関係者によると、ヤンゴンの中国大使館から先遣隊がすでに首都に入り、首相訪問の準備が進められていたといい、中止は急に決まったと見られる。会議には、外交担当の戴秉国(タイ・ピンクオ)国務委員(副首相級)が代わりに出席するという。

民主化が進展するミャンマーをめぐっては、米国のクリントン国務長官が今月初めに訪問し、関係改善に乗り出すなど、欧米や日本などが急接近をはかっている。インド洋からのパイプラインや鉄道、港湾の建設などを通じて軍事政権とは緊密な関係を保っていた中国は、今回の首相訪問で関係の立て直しを目指すとともに、欧米の動きを牽制(けんせい)する狙いがあると見られていたが、「時期尚早という判断があったのではないか」(外交筋)との見方が出ている。【12月15日 朝日】
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なお、中国側とスー・チーさんとの接触については、内容抜きで、下記のように伝えられています。
****中国大使がスー・チーさんと面会=ミャンマー****
中国外務省の劉為民報道局参事官は15日の記者会見で、李軍華・駐ミャンマー大使が民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんとこのほど面会したことを明らかにした。
劉参事官は「スー・チーさんは何度も中国側との接触を求めてきており、それに応じた。われわれは内政不干渉の前提で、両国の友好協力を支持するミャンマー各界の人と交流することを望んでいる」と述べた。【12月15日 時事】
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パレスチナ自治政府解体論も 「もし自治政府が独立を達成できないなら、いっそ存在しないほうがいい」

2011-12-16 20:23:11 | パレスチナ

(12月13日 ユネスコ本部 パレスチナ正式加盟式典を果たし、祝福を受けるアッバス議長(中央) しかし、行き詰まる状況で、自治政府が“イスラエルに便利な存在”になってしまっている現状への忸怩たる思いもあるようです。 “flickr”より By Parti socialiste http://www.flickr.com/photos/partisocialiste/6506053533/

事態打開に困窮する自治政府
イスラエルとの交渉が行き詰るなか、パレスチナ自治政府・アッバス議長はユネスコへの正式加盟を果たしました。

****パレスチナの旗、ユネスコ本部に翻る****
仏パリにある国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)本部で13日、正式加盟したパレスチナの旗の掲揚式典が行われた。
式典に出席したパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は、ユネスコへの正式加盟はパレスチナが「国家」として初めて承認されたことを示す重要な事柄で、他の国際機関もユネスコの後に続くことを願うと述べた。

パレスチナのユネスコ加盟に対しては米国とイスラエルが強硬に反対したが、パレスチナの外交的勝利となった。
ユネスコへの正式加盟が、パレスチナの国連への正式加盟申請に影響することはない。国連に正式加盟する場合には、安全保障理事会の15か国中9か国の賛成票を必要とするが、常任理事国の米国が拒否権を発動する意志を明言している。【12月14日 AFP】
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“パレスチナの外交的勝利”とはいいつつも、本命である国連加盟申請のほうは、アメリカの拒否権の存在以前に、アメリカを拒否権行使に追い込むだけの賛成国を安保理で得られておらず、見通しがたたない状況です。

自治政府は、イスラエルによる占領地への入植拡大に関しても安保理に対応を要請していますが、これも、アメリカが安保理での協議には反対する構えです。

****パレスチナが安保理に対応要請 イスラエルの入植拡大で****
パレスチナ自治政府のマンスール国連代表(国連大使相当)は13日、イスラエルによる占領地への入植拡大に関して、国連安全保障理事会に対応を要請したと記者団に明らかにした。東エルサレムなどへの入植拡大の承認は「扇動的な違法行為」と強く批判。地域の平和と安定を脅かす深刻な問題として安保理に即時の行動を求めた。

イスラエルが一方的に住居や農地を拡大する入植活動は、独立国家の樹立を目指すパレスチナにとって「領土問題」となり、中東和平交渉の再開を阻む最大の要因となっている。ただ、イスラエルを擁護する立場の米国は、安保理での協議に反対する構えだ。

中東和平を仲介する国連、米国、ロシア、欧州連合(EU)の4者は14日にイスラエルとパレスチナの双方とエルサレムで協議する予定。入植問題と併せ、膠着状態に陥っているパレスチナの国連加盟問題への対処方針を協議する見通しだ。地域の緊張を緩和し、直接交渉再開への道筋をつけられるかが焦点となる。【12月14日 日経】
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国連正式加盟申請でパレスチナ住民の間では高揚感がありましたが、現実の壁は厳しいものがあります。
また、対イスラエル闘争を続け、ガザ地区を実効支配するハマスとの関係も、11月にカイロでアッバス議長とハマス政治部門最高指導者メシャール氏との間で交渉が行われましたが、後述記事によれば、これもうまくいっていないようです。
一方で、国連正式加盟申請やハマスとの交渉に対して、アメリカ・イスラエル側の報復が行われており、自治政府は財政的に追い詰められています。

脅しだと分かっている だが、はったりで墓穴を掘る羽目になることも
そんな閉塞状況で、アッバス議長がイスラエル・ネタニヤフ首相にあてて、自治政府解体を伝える書簡を書いた・・・という、興味深い記事がありました。
記事にもあるように、多分に、「もし自治政府がなくなったら、困るのはイスラエルだろう・・・」という“脅し”“はったり”ではないかと見られていますが、自治政府・アッバス議長の窮状を物語るものです。
また、「はったりで墓穴を掘る羽目になることもある」ということもあります。

****アッバス 「自治放棄」の真意****
パレスチナ もはやヨルダン川西岸はイスラエルに任せる
国連加盟の行き詰まりでPLOが「自治政府解体」を持ち出す理由

ダン・エフロン(エルサレム支局長)

パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は苦難の時を迎えている。パレスチナを国家と認めさせるため国連への加盟申請に踏み切って2ヵ月半、交渉は行き詰まっている。アメリカからの援助は干上がり、先月は政敵であるイスラム原理主義組織ハマスとエジプトのカイロで何度目かの和解を試みたが、またも失敗した。

本誌が独自に入手した情報によれば、パレスチナ側は最近、自治政府の解体を検討していた。アッバスの側近中の側近はこの1カ月の間に、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に宛ててヨルダン川西岸に関する「すべての権限と責任」をイスラエルに移管する用意がある、という内容の書簡の草稿を書いていた。

書簡は実際に送られたわけではなく、自治政府の指導者が近くそうしようとしている気配もない。
この草稿はむしろ、アッバスが万策尽きたと判断するしかないような緊急事態への対策の1つらしい。草稿を見たという情報源によれば、そこには軍の指揮権や、教育・保健など行政権の段階的移管に関する手順が記されていたという。

それはネタニヤフに宛てた2枚の書簡で、文末にアッバスの名前はあるが署名はなかったと、この情報源は言う。書いたのは、アッバスの腹心でイスラエルとの和平交渉代表のサイブ・エレカトではないか、とみられている。エレカトは本誌の取材を拒否したが、手紙の存在を否定もしなかった。
パレスチナ解放機構(PLO)の幹部2人によれば、PLO上層部で構成するある委員会は、国連加盟が果たせなかった場合の多くの可能性の1つとして自治政府の解体を議論してきたという。

イスラエルに便利な存在
ほかの可能性としては、パレスチナ自治区を構成する西岸とガザで住民投票を行い、その結果をもって自治区をパレスチナの領土として国連の信託統治に託す案もあるという。同幹部らによれば、委員会は過去1カ月で3回開かれたが、結論にはまだ達していない。

自治政府が自らの解体案を文書にしようとした理由は不明だ。自治政府は93年にイスラエルとPLOの間で交わされたオスロ合意によって94年に誕生し、最終的な和平合意が成立するまでの3~5年の間、西岸とガザの自治が認められることになった。それから7年、和平はいまだに成立していない。

アッバスの周辺のパレスチナ人の間では最近、自治政府はイスラエルにとって便利な存在になり過ぎたという声が強まっている。西岸に住むパレスチナ人を自治政府が面倒見るおかげで、イスラエルは手間も費用も省けている。パレスチナ警察が自爆テロや外部からのテロリスト侵入を防いでいるため、イスラエルは西岸に割く兵力を削減できた。

その一方でイスラエルはずっと、自治区を事実上支配し、ユダヤ人の入接地を拡大し、パレスチナ人が自分たちの領土の一部と見なしている土地を侵食し続けている。
イスラエルにとってはまさに「ウィンウィン」の状況だと、エレカトは言う。昨夏、エレカトはこう言った。「もし自治政府が独立を達成できないなら、いっそ存在しないほうがいい」

自治政府が弱体化し切っている事実も、そうしたムードを後押しする。イスラエルは先月、自治政府に代わって代理徴収してきたパレスチナ自治区向けの輸入関税の送金を凍結した。パレスチナの国連加盟の試みと、対イスラエル闘争を続けるハマスと和解を試みたことに対する報復だ。
毎月約1億ドルに上るこの関税収入は、自治政府予算の約半分に相当する。その送金を止められて、自治政府は政府職員への給与やその他の支払いを銀行借り入れに頼ってきたがそれも限界だった(先月末に凍結は解除された)。

理由はほかにもある。10月にイスラエル兵捕虜1人とイスラエルが政治犯として拘束していたパレスチナ人約1000人の「捕虜交換」が実現したとき、ハマスは元政治犯に月額2000ドルの俸給を支払うと約束。元政治犯の支持がハマスに集まるのを恐れたアッバスは、1人5000ドルを約束した。イスラエルはこれを一種のテロ支援と見なし、アッバスに支払い停止の圧力をかけている。

自治政府が突如としてなくなれば、その影響は甚大だ。大混乱を避けるためには、イスラエルは94年以前と同じ西岸の完全な占領者に戻らなければならない。イスラエル政府が数年前に行った委託研究の試算では、パレスチナ自治区の支配を再度確立するためには年数十億ドルの費用が掛かる。
国連のロバート・セリー中東和平特別調整容は先月、それだけの支出を行えばイスラエルも借金まみれになると語った。「何か起ころうと、国連の支援は二度と期待すべきではない」

国民の半分が撤退を要求
イスラエルの政治的亀裂も深まる。問題は費用だけでなく、大規模な占領軍を展開することにも反対は根強い。世論調査では一貫して、国民の約半分が占領地の拡大ではなく撤退を求めている。自治政府が雇った数千人のパレスチナ人治安部隊も脅威になるだろう。

パレスチナ人にとってもこれは大問題だ。自治政府は西岸とガザで約20万人を雇う最大の雇用主。その給料で自治区の人口の約4分の1が生活している。それが突然崩壊すれば、経済危機に陥る心配もある。パレスチナ政策調査研究センターが9月に行った世論調査によると、パレスチナ人の61%は自治政府の解体に反対だ。

自治政府解体はパレスチナの脅しだと分かっている だが、はったりで墓穴を掘る羽目になることもある
結局、解体などはあり得ないのだと、多くの専門家は指摘する。パレスチナ人外交官のナセル・アルキドワは、指導者は「自分から権力を手放したりしない」と言う。「解体が起こる気配などどこにも見えないし、将来も同じだ」
イスラエル側では、はったりのにおいがする、とギオラ・エイランド元将軍が言う。「ここでは多くの心理戦が戦われている。今度の件もその1つだろう」

それでも、手紙が書かれたとすればそれは自治政府の絶望を示唆している。イスラエルとパレスチナはもう3年近くまともな交渉をしていない。20年間を振り返ってもこれほど長く断絶状態が続くのは珍しい。何か危機が起きたとき、機密を託せる信頼できる裏のパイプもないと双方の幹部は言う。【12月21日号 Newsweek日本版】
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イラク  米軍年内撤退 オバマ米大統領「イラク戦争は間もなく歴史の一部になる」

2011-12-15 21:16:06 | 中東情勢

(12月12日 アーリントン国立墓地に献花するオバマ米大統領とマリキ・イラク首相 “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/6501973879/in/photostream

【「戦争の代償を肝に銘じている」】
オバマ米大統領は14日、米ノースカロライナ州の米軍基地で演説し、今月中に米軍が完全撤退するイラク戦争について「まもなく歴史の一部になる」と述べています。
バグダッドではきょう15日にも、米軍部隊の旗を降ろす式典が開かれると報じられています。

アメリカ国防総省によると、イラク戦争には約150万人の米兵が投入され、4487人(13日現在)の米兵・米文官が死亡。
一方、イラクの民間人犠牲者数は非政府組織「イラク・ボディー・カウント」が10万4080~11万3728人と推計しているが、正確な数は分かっていません。【12月15日 毎日より】

****米大統領:イラク戦争終結を宣言 陸軍基地で演説****
オバマ米大統領は14日、米ノースカロライナ州のフォートブラッグ陸軍基地でイラク帰還米兵を前に演説し、「イラクの未来は国民の手に委ねられる。今日をもってイラクでの米国の戦争は終わる」と述べ、03年3月から続いてきたイラク戦争の終結を宣言した。
旧フセイン政権による大量破壊兵器開発を理由にブッシュ前米政権時代に開始され、国際社会の分断を招いた戦争は8年9カ月を経て幕を閉じる。

来年の大統領選で再選を目指すオバマ大統領は、演説で「お帰りなさい」と帰還兵に呼びかけ、「数日中に最後の部隊がイラク出国を始め、米軍の歴史で最も特別な一章が幕を閉じる」「イラク戦争は間もなく歴史の一部になる」と述べ、公約に掲げたイラクからの撤収完了を誇示した。バグダッドでは15日に米軍部隊の旗を降ろす式典が開かれる予定だ。

大統領は09年1月の就任前にはイラク戦争に反対していたが、演説では「我々は、安定し、民衆に選ばれた政府を持つイラクを去る」と述べ、イラク民主化の成果を強調した。一方で「戦争終結は開戦より難しい」とも語り、イラク治安部隊への権限移譲が困難だったことを認めた。(中略)

大統領は演説で「戦争の代償を肝に銘じている」と犠牲者に弔意を表明、「戦争にはさまざまな困難があった。国内でも賛否両論があった」と述べ、内外で広がった反戦世論にも言及した。
開戦理由とされた大量破壊兵器は発見されず、混乱でイラクが「国際テロの温床」と化したこともあり、米国の国際的地位の低下を招いた。

オバマ大統領は就任後、14万4000人だったイラク駐留米軍の段階的撤収に着手し、昨年8月に戦闘部隊の撤収を完了した。その後、約4万人の米兵がイラク治安部隊の訓練などに従事。米政府内には駐留継続を望む声があったが、大統領が今年10月に年内の完全撤収を決断した。【12月15日 毎日】
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オバマ米大統領は12日、ホワイトハウスでイラクのマリキ首相と会談。大統領は会談後の共同記者会見で「主権国家間の正常な関係、対等なパートナーシップという新時代の幕開け」と宣言、安全保障や経済、社会面での包括的な協力を約束しています。
“一方、大統領は上院議員時代に「ばかげた戦争」と反対したイラク戦争の正当性を問われると、「イラクに進攻する最初の決定については歴史が判断する」と述べるにとどまった。”【12月13日 時事】

米軍駐留延長にはサドル師派が反対
治安が十分に安定しないなか、一時、アメリカ・イラク両政府とも、「米軍駐留延長が必要」との認識もありましたが、反米強硬派サドル師派の反発などに配慮し、マリキ政権は当初の計画通りの米軍撤退を決定しました。

****イラク:「挙国一致」を優先…米軍年内撤退*****
米政府が今年末までにイラクから米軍を撤退させることを正式に決定した背景には、イラクのマリキ政権が「挙国一致」を優先し、米軍駐留の延長を拒否した国内事情があるとみられる。
治安の改善が進まないイラクでは米軍の一部残留を求める声もあるが、反米強硬派サドル師派の反発などに配慮し、当初の計画通りに米軍依存からの「脱却」を図った形だ。

米政府は今年7月、駐留の延長をイラク政府に打診。イラク側でも国内各地でテロが収束しないことから、訓練支援要員として米軍の一部残留を要求する声が出た。
イラク政府は今月4日、イスラム教のシーア、スンニ両派とクルド人の主要会派の間で「米軍駐留延長が必要」との認識で一致したと発表した。

しかし、残留部隊の規模をめぐって両国間の交渉が難航。米側は「米兵が刑事事件を起こした際の訴追免除の継続」を要求したが、イラク側は国民感情に配慮して、この要求受け入れを拒否した。
決定的な要因となったのは、イランの影響を受ける反米強硬派サドル師派の存在だ。米軍駐留延長が浮上したことを受け、サドル師は「組織的な占領は許さない」と反発を強め、マリキ政権への協力停止も示唆した。
不安定な「寄り合い所帯」を束ねるマリキ首相は国内の結束を重視し、駐留延長拒否に傾いたとみられる。【10月23日 毎日】
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マリキ首相を狙った暗殺未遂事件も
その治安に関しては、先月末からだけで、下記のようなテロが報じられています。

***南部バスラで爆弾攻撃3回連続、19人死亡 イラク****
イラク南部バスラで24日、3個の仕掛け爆弾がほぼ同時に爆発し、医療関係者などの発表によると19人が死亡、少なくとも65人が負傷した。(後略)【11月25日 AFP】
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****イラク 爆発相次ぎ22人死亡****
イラクでは、28日、首都バグダッド中心部の政府機関や大使館が集まる地区などで爆発が相次いで、少なくとも22人が死亡し、ことし末にアメリカ軍が全面的に撤退したあとの治安の悪化が懸念されています。(後略)【11月29日 NHK】
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****イラクで車爆弾・襲撃事件、18人死亡****
AFP通信によると、イラク中部ディヤラ県ハリスの市場で1日、車に仕掛けられた爆弾が爆発し、10人が死亡した。県内の村では、国際テロ組織アル・カーイダ系武装勢力の掃討作戦に参加するイスラム教スンニ派部族の自警組織「覚醒評議会」の司令官宅などが襲撃され、8人が死亡した。(後略)【12月1日 読売】
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****イラクで巡礼者狙った爆弾テロ、33人が死亡****
イラクの首都バグダッドと中部ヒッラで5日、イスラム教シーア派の巡礼者を狙ったとみられる爆弾テロが相次いで起き、ロイター通信によると計33人が死亡した。(後略)【12月6日 読売】
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米軍撤退を前に、アルカイダ系武装勢力などが攻勢をかけたこともあって、大きなテロが続きました。
特に、首都バグダッドの警備が厳重なグリーンゾーンで11月28日に起きた爆発は、マリキ首相を狙った暗殺未遂事件の可能性があることも報じられていました。

アフマディネジャド大統領「イランとイラクは特別な関係にある」】
米軍撤退後のイラク情勢については、マリキ首相などイラク主流派がシーア派であることから、同じシーア派のイランの影響力が増すことが指摘されています。

****米軍撤退後のイラク、引き続きイランの強い影響下に 中東専門家****
・・・中東専門家らは、イランはイラクの政権中枢を中心に及ぼしている影響力を強めていくだろうと指摘している。
ヒラリー・クリントン米国務長官は(10月)23日、米CNNとのインタビューの中で完全撤退後も米国はイラクへの関与を続けていくと述べた上で、中東各地に展開する米軍の存在やトルコとの同盟関係についても言及して、この点を「見誤らないように」とイランをけん制した。

米政府は、イランがイラク政府の政治をかく乱し、イラク南部で米軍を狙う武装グループを訓練・支援してきたとして、繰り返しイランを批判してきた。イランの国教であるイスラム教シーア派はイラク政府の主流派を占めている。

2003年の米軍イラク進攻の前にはイラン・イラク戦争(1980~88年)もあったが、いまイランとイラクは二国間貿易から観光、そしてなにより宗教の分野で良好な関係を築いている。イランのマフムード・アフマディネジャド大統領も、イランとイラクは「特別な関係にある」と指摘し、両国関係に「変化が起きるだろう」と語っている。(後略)【10月24日 AFP】
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4487人の犠牲を出しながら、宿敵イランの影響力が強まる・・・というのでは、アメリカにとっては割が合わない結果ですが、石油利権などで十分もとはとれる・・・ということでしょうか。
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シリア  弾圧で死者5000人超、更なる大規模弾圧の可能性も

2011-12-14 23:11:35 | 中東情勢

(11月4日 シリア中部ホムス 治安部隊と対峙する抗議行動参加者 “flickr”より By SRGCommission http://www.flickr.com/photos/srgcommission/6384751653/

制裁強化の足並みがそろわない国際社会
シリアでは、反政府行動に対するアサド政権の弾圧が依然として続いており、事態打開の出口が見当たらないまま、犠牲者だけが刻々と増加しています。

****シリア:人権弾圧で死者5000人超…国連が報告****
ピレイ国連人権高等弁務官は12日、国連安全保障理事会でシリア・アサド政権による人権弾圧の状況を報告した。その後、記者団に「死者数は5000人を超えた。少なくとも300人の子供が含まれている」と述べた。

犠牲者数は、230人以上の目撃者の証言に基づく「信頼すべき数字」(ピレイ氏)という。ピレイ氏はこの日、安保理に対し、人道への罪で国際刑事裁判所(ICC)にシリア問題を付託するよう改めて求めた。報告を受け、ライス米国連大使は「報告は、緊急の対応が必要だと強調している。アサド政権に残された日々は限られている」と、シリアを非難した。

シリア問題で安保理は10月、アサド政権を非難し制裁を警告する決議案を採決したが、常任理事国のロシアと中国が拒否権を行使し否決された。【12月13日 毎日】
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シリアはレバノンやイランとの関係、ヒズボラやハマスなどイスラム過激派との関係を有しており、ただでさえ不安定な中東情勢において、シリアの政治的混乱は中東情勢の一層の不安定化を招くおそれがあります。
特に、反米、反イスラエル路線をとるイランとの間で「戦略的な同盟関係」を築いていることから、もし外国勢力がシリアに軍事介入に踏み切れば、イランを巻き込んだ地域紛争に発展しかねない危険もあります。
そのため、アサド政権の人権弾圧を非難しているアメリカなど欧米諸国としても、不用意な軍事介入などはできない事情があります。

現実問題としても、イラク・アフガニスタンからの撤退に苦労しているアメリカにしても、リビアを何とかクリアした欧州諸国にしても、更にシリアに・・・という選択肢はないでしょう。

軍事介入ができないなら、国際社会が結束して制裁措置に・・・ということになりますが、それも上記記事にもあるように、ロシア・中国の反対で統一した行動がとれない状況にあり、アメリカは、イランへの圧力強化に反対するロシアへの苛立ちを強めています。

****ロシアに安保理での行動要求=シリアのデモ弾圧―米****
米国務省のヌーランド報道官は13日の記者会見で、反体制デモ弾圧を続けるシリアへの圧力強化に反対するロシアに対し、「アサド政権の手中で苦しむ罪のないシリア国民のために声を上げ、行動するよう求める」と述べ、国連安保理での対応を改めて迫った。

AFP通信によると、ロシアのラブロフ外相はこれに先立ち、欧米諸国がシリアの「反体制派の武装した過激分子」の存在を否定し、ロシアを批判するのは「不道徳だ」と反発していた。
同報道官はこれに対し、反体制派がおおむね平和的なデモを行っていると反論した上で、「不道徳なのは、自国民に暴力を振るうアサド政権の方だ」と指摘。「安保理が声を上げるべき時はとうに過ぎている」といら立ちを示した。【12月14日 朝日】
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こうした国際情勢を見越してのアサド政権による弾圧継続ですが、仲間内でもあるアラブ連盟が11月下旬に制裁を発動したことは、シリアにとっては痛手となっています。
また、地域大国として独自の存在感を示すトルコ・エルドアン政権も、アサド大統領に辞任を要求する厳しい姿勢を見せています。

****シリア:トルコ アサド政権に対する経済制裁措置を決定****
トルコは30日、民主化要求運動の武力弾圧を続けるシリアのアサド政権に対する経済制裁措置を決定した。トルコはシリアにとって重要な貿易相手国。欧米やアラブ連盟が既に制裁を加えており、シリアは国際的に一段と孤立する。

AP通信によると制裁内容は、シリアへの兵器と軍事物資の売却禁止▽シリア政府幹部の入国禁止▽シリア中央銀行政府との金融取引禁止--など。発表したダウトオール外相は「シリア政府が自国民と平和的な関係を築かない限り、戦略的な協力関係を中断する」と述べた。

昨年の両国間貿易は計約25億ドル(約1940億円)に達するなど、元々は友好関係にあった。しかし政権による武力弾圧が強まったのを受け、トルコのエルドアン首相がアサド大統領に辞任を要求。さらにアサド政権打倒を目指す離反軍人団体の一部幹部らがトルコに拠点を構えるなどして圧力を強めている。【12月1日】
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シリアはアラブ連盟の制裁圧力をかわすため、監視団を受け入れる考えを示してはいますが、“時間稼ぎ”とも見られています。

****シリア受け入れ表明 監視団派遣、制裁解除が条件****
シリアの外務省報道官は5日、同国での市民への暴力停止に向けてアラブ連盟が求めていた国際監視団派遣について、「(提案に)すぐにでも署名できる」と述べ、監視団を受け入れる考えを示した。

同国のアサド政権はこれまで、主権侵害にあたるとして受け入れを拒否していたが、アラブ諸国が経済制裁に踏み切る中、権力維持のために譲歩を余儀なくされた格好だ。
ただ、中東の衛星テレビ局アルジャジーラなどによると、提案受諾の見返りとして、アラブ連盟による制裁や加盟資格停止措置の解除を要求しており、連盟側がこれらの条件をすぐに受け入れるかどうかは不透明だ。

監視団派遣案をめぐっては、シリアが11月下旬の期限までに回答しなかったことからアラブ連盟が制裁を発動。連盟側はその後、今月4日に期限を再設定し受け入れを迫っていた。報道官によると、シリアのムアリム外相は4日夜、連盟のアラビ事務局長に「前向きな返答」をしたという。

シリアでは3月の反政府デモ発生以降、アサド政権の弾圧によって死者は少なくとも4千人に達している。10月以降、離反兵らによる政権側への攻撃が相次ぎ、本格的な内戦状態に陥る懸念が強まっていた。
アサド政権は、サウジアラビアなどアラブの有力国が公然と反体制派支援に回ることを最も恐れている。それを回避するには、外交的に柔軟姿勢をみせ、当面は交渉によって時間を稼ぐのが得策だと判断したものとみられる。
シリアに対してはアラブ連盟に先立ち、米欧も独自の制裁に乗り出している。【12月6日 産経】
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ただ、アラブ連盟の制裁といっても、レバノン・イラクがこれに反対しており、効果には疑問もあります。
****制裁 そろわぬ歩調 ****
シリアをめぐって、国連安保理は10月、弾圧をやめなければ加盟国に「対抗手段」を取ることを認める決議案を採決したが、ロシアと中国が拒否権を行使した。国連主導で弾圧防止の実効策を講じるには両国の同意が不可欠だ。
ロシアのチュルキン大使は12日の非公式協議後、「シリアの状況の唯一の解決策はシリア人主導の政治プロセス」とする従来の見解を強調し、内政干渉につながるとして安保理決議への警戒を示した。

アラブ連盟は、シリア政府との商業取引の停止や、在外資産凍結などの経済制裁の発動を決め、15日からはシリアと加盟国との航空便を半減するとしている。だが、シリアを支えるイランと近い関係にあるレバノンとイラクが制裁に反対しており、連盟が今後、さらに制裁を強化しても、シリアと国境を接する両国が「抜け穴」となって、骨抜きになる可能性もある。【12月14日 朝日】
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さらに大規模な武力行使を準備している可能性
シリアの問題は、アサド大統領の出身母体で権力を独占する少数派のアラウィ派イスラム教徒と、多数派であるスンニ派イスラム教徒の抗争の色彩が濃いとも指摘されており、アサド政権としては、ここで弾圧を緩めると多数派のスンニ派にすべてを奪われてしまう・・・という事情もあって、引くに引けないところでもあります。

多数派のスンニ派に属する兵士の離反により、内戦状態に近づいているとも言われているなかで、国連のピレイ人権高等弁務官は12日、反政府行動の中心である中部ホムスに政権側が戦車数百台を集結させ、街の周囲に塹壕を掘っているとして、さらに大規模な武力行使を準備している可能性があると報告しています。

****シリア中部に戦車数百台集結 デモ弾圧強化の準備か****
国連のピレイ人権高等弁務官は12日、国連安全保障理事会の非公式協議に出席し、反政府デモ参加者への武力弾圧を続けるシリアのアサド政権が、さらに大規模な武力行使を準備している可能性があると報告した。市民の虐殺を防ぐ措置を講じるように安保理に求めた。

ピレイ氏の報告内容を国連人権高等弁務官事務所(OHCHR、本部・ジュネーブ)が公表した。OHCHRによると、アサド政権はシリア中部ホムスに戦車数百台を集結させ、街の周囲に塹壕(ざんごう)を掘っている。ピレイ氏はアサド大統領に対し、攻撃中止命令を明確に出すよう要求した。

また、デモ弾圧による死者は、推定で子ども300人以上を含む5千人を超えるとも報告。シリアを「人道に対する罪」で裁くため国際刑事裁判所(ICC)に国連安保理が捜査を要請することも求めた。【12月13日 朝日】
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“(ホムス)近郊では同日夜、ガスのパイプラインが爆破された。ホムス周辺でのパイプラインの爆破は、この1週間で2度目。政権側はいずれも「反体制派の破壊工作」としているが、反体制派の中核組織シリア国民評議会は関与を否定し、「政権側がホムスを攻撃する口実を作ろうとしている」と反発している”【12月14日 朝日】
なにやら危うい雰囲気です。

【「シリア国民評議会」と「自由シリア軍」が連携
一方、反体制派側の動きとしては、在外反体制派組織「シリア国民評議会(SNC)」と離反兵らで作る軍事組織「自由シリア軍」との間で連携が合意されています。

****シリア反体制派、連携合意 戦闘行為「市民防衛」に限定****
シリアの在外反体制派組織「シリア国民評議会(SNC)」が、離反兵らで作る軍事組織「自由シリア軍」との間で、バッシャール・アサド政権打倒に向け緊密に連携することや、シリア国内での戦闘行為は市民防衛に限定することなどで合意したことが分かった。SNC幹部が産経新聞の電話取材に明らかにした。

同国では最近、自由シリア軍による政権への攻撃が頻発し本格的な内戦状態に発展する懸念が強まっている。SNCとしては同軍と連携して活動強化を図るとともに、戦闘激化に歯止めをかけ、「平和的なデモ」とのイメージを維持して政権打倒に向けた国際世論を喚起する狙いがある。
両者はいまのところ、別個の組織として活動しているが、SNC幹部の一人は「将来的に自由シリア軍をSNC軍事部門として統合することもあり得る」としている。

SNC最大勢力であるシリアのイスラム原理主義組織ムスリム同胞団トップ、ムハンマド・シュクファ氏らによると、SNC主要幹部が11月下旬、自由シリア軍幹部のもとを訪れ、戦闘を防衛目的に限定するほか、相互を正統な機関として承認することで合意。今後の戦略を練るため、双方から数人が参加する合同委員会を設置する方向で協議しているという。

ただ、政権のデモ弾圧が続く中、戦闘行為を「防衛」か「攻撃」かに峻別(しゅんべつ)するのは難しく、合意内容が徹底されるかは不透明だ。トルコ南部に拠点を置く自由シリア軍司令部は、シリア国内の離反兵を統制しきれていないとの指摘もあり、同司令部やSNCの思惑とは裏腹に、戦闘が泥沼化する懸念は拭えない。(後略)【12月10日 産経】
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自由シリア軍は7月に離反将校らが結成を表明した組織で、シリア中部のハマ、ホムス県などに「1万5000人以上の兵力を持つ」(副司令官、マリク・クルディ海軍大佐)とのことですが、弾圧による死者は「1万人を超えた」とも主張、シリア軍をけん制するため、国際社会に対し、飛行禁止区域の設定や武器供給を呼び掛けています。

一方、総兵力約32万人のシリア国軍は幹部をアサド大統領の出身母体でイスラム教シーア派の一派アラウィ派が占めており、自由シリア軍のクルディ大佐も「国軍幹部の多くは今も大統領に忠誠を誓っており、兵士は殺害を恐れて離反が難しい」とのことです。【11月22日 毎日より】

なかなか、情勢は厳しそうです。
なお、宗教的には規制が緩く世俗主義的なアサド政権に対し、反政府側は保守的で、政権崩壊後はイスラム急進派の台頭も指摘されています。

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タイ洪水  現地従業員が来日して代替生産の技術指導

2011-12-13 20:22:16 | 東南アジア

(代替生産のため来日し、工場で日本人従業員の作業を見つめるタイ人従業員(左)=神奈川県横須賀市のJVCケンウッド横須賀工場で2011年12月5日、竹地広憲撮影 【12月8日 毎日】)

11月19日 タイ首相、バンコク中心部の安全を宣言
タイの洪水については、先月19日にバンコク中心部の安全宣言が政府から出されましたが、その後、あまりニュースを目にしなくなりましたので、収束に向かってはいるのでしょう。

****タイ洪水、バンコク中心部から水引く 市民が道路清掃****
2011年11月22日 18:53 発信地:バンコク/タイ
50年ぶりの大規模な洪水に見舞われたタイで、首都バンコク(Bangkok)の中心部から水が引き始めた。

タイ首相は19日、バンコク中心部の安全を宣言。バンコク中心部では20日、ボランティアも参加して大通りの清掃作業が行われた。

バンコク郊外や北部工業団地などでも水は徐々に引いているものの、浸水は依然続いている。洪水による死者は19日までに全国で600人を超えた。【11月22日 AFP】
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置き去りにされた社会的弱者
もちろん、地域差もありますし、大きな被害を受けたミャンマー人労働者やイスラム教徒貧困層など社会的弱者の復興は、もともと劣悪な状況に置かれてきたという基本的な問題が根底にありますので、対応も難しいものがあります。

****タイ洪水:長期化でミャンマーからの労働者が苦境****
長期化するタイの洪水で、ミャンマー人労働者が苦境にあえいでいる。
バンコクやその周辺部で、多くの労働者が住居を失い、職場の浸水で失職した。だが、言葉が通じないため避難所になじめず、救援物資はタイ住民に優先的に割り当てられるケースもある。帰国しても安定収入は見込めず、多くのミャンマー人労働者が行き場を失っているようだ。(中略)

タイ滞在中のミャンマー人労働者は100万人以上いるといわれる。建設工事や食品加工など、タイ人が避けたがる肉体労働を低賃金で担い、タイの経済成長を支えてきた。日本の回転ずしに使われる安価なエビを加工するのも大半がミャンマー人とされる。

ただ、ミャンマー人労働者の半数以上は不法労働者だ。サーノンさんの友人の多くも不法労働者だ。タイ当局の摘発を恐れ、狭いアパートなどに身を隠しているという。不法労働者の一部には帰国を希望する人もいるが、タイ当局に国境で拘束される例も相次ぐ。【11月5日 毎日】
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****タイ洪水:バンコク浸水、拡大の一途 排水作戦が裏目、貧困地区水浸し****
 イスラム一家、救援物資も滞り
浸水地域が南方へ拡大し、収束の気配が見えないタイの洪水。タイ政府は、北部から流れ込む水からバンコク都心を守るため、首都の東西に水を誘導する「排水」作戦を始めた。
ところが、排水路上となったバンコクの北西、ノンタブリ県ソンロイ地区は、深さ2メートル近い水につかってしまった。仏教徒が多数派のタイで、人口の5%に当たるイスラム教徒が住民の9割を占めるこの地区で、四方を水に囲まれながら、救援物資を待ち続ける貧しいイスラム一家を取材した。(中略)

地区では、いつも近隣住民が笑顔であいさつを交わし、困った時は助け合った。しかし、洪水が平和な農村を一変させ、今近隣に残るのは数世帯だけになった。「長女は十分に動けないし、当面の移動や生活に必要なお金もない。私たち貧しい市民は一体どうすればいいのか」。カニカさんの訴えは切ない。

頼りはボートで運ばれる軍や市役所の救援物資だけだが、カニカさんの自宅は大通りから離れ、支援の手が届きにくい。政府は、洪水をバンコク東西に分散させ、首都防衛を図っているが、その影響で東西の浸水対策は後回しとなり、被災者救援は十分ではない。
胸まで水につかりながら物資の配給場所まで歩く日々。何とか飲料水や食料を受け取ると「絶望の中でもアラー(神)のおかげで助かった」と感謝する。

しかし、物資配給も途切れがちになってきた。一向に引かない茶色い汚水を見つめながら、カニカさんは「今あるものを分け合って暮らすしかない。一体いつまでこんな状況が続くのだろうか」と途方に暮れている。【11月10日 毎日】
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7日現在で33社の2023人が来日
一方、日本企業の現地工場が大きな被害を受け、その生産活動が停止していること、また、一部企業は日本での代替生産を始め、生産の止まった現地工場のタイ人従業員を日本へ呼び寄せていることも報じられています。

****タイ洪水:現地従業員が来日…代替生産支える2000人****
タイの大洪水で被災した日本企業の工場で働くタイ人従業員が、政府の特例措置で次々に来日している。2カ月近く工場の操業が停止する中、作業に慣れた現地従業員を受け入れて一刻も早く日本での代替生産を軌道に乗せるのが狙いだ。法務省によると、来日者は既に2000人を超えており、さらに増える見通しだ。

「サワディーカップ(こんにちは)」。映像機器を生産するJVCケンウッド横須賀工場(神奈川県横須賀市)では5日、タイ人従業員約30人が初出勤。日本人従業員らとあいさつした後、企業向け監視カメラを生産する作業に入った。
来日したのは品質検査や生産ラインの担当者ら。同工場では約15年前から生産のタイ移転を進めており、今回代替生産する製品も国内では既に作っていなかった。

このため同社は、作業に慣れたタイ人従業員を呼び、代替生産のために新たに契約した約160人の日本人派遣社員の指導的な役割を担ってもらうことにした。来年1月にはタイの工場と同様、約70品目を月に計5万台生産する方針で、落合信夫常務は「現地従業員の技能を反映させ、少しでも早く製品を顧客に届けたい」と語る。

同社は慣れない日本の冬対策に社内で防寒具の無償提供を募ったり、専属通訳を雇うなどしてタイ人従業員を全面的に支える。製造工程管理者のポングサック・プロムクンさん(40)は「気候の違いやコミュニケーションが不安だったが、防寒具や手引書がそろっているので安心した。世界で商品を待つ人のために頑張りたい」と意気込む。

住宅設備大手の住生活グループは、被災したタイのアルミサッシ工場から最大1000人程度を12月中に首都圏の十数カ所の工場へ受け入れる。代替生産を急ぐため、同じラインで働いていた従業員を即戦力として呼び寄せる。工場近くの提携マンションや寮を準備し、管理会社の専任担当者が生活の手助けをするという。

このほか、カメラ工場が被災したニコンも5日からタイ人従業員の受け入れを開始。12月中に宮城や栃木などの工場で計約300人を受け入れ、カメラ本体やレンズの代替生産を加速させる。昭和電工も栃木県の自動車関連部品工場に約120人を受け入れた。ロームも約180人を順次受け入れるほか、車載用電子部品工場が被災したオムロンも約20人の受け入れを検討している。

今回の受け入れは、企業にとっては「現地工場の操業停止で、優秀な人材が他社に流れてしまう」(あるメーカー)ことを防ぐ意味もあるという。今回の措置は、タイ洪水を受けた特例措置で、確実に帰国させることなどを条件に半年間の就労が認められる。法務省によると、7日現在で33社の2023人が来日。査証(ビザ)発給申請の事前相談は約70社、約4500人に達している。【12月8日 毎日】
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タイ人従業員が不慣れな日本人派遣労働者を指導
こうしたタイ人従業員を日本に呼ぶという記事は、これまでもしばしば目にしていたのですが、「まあ、仕事がなくなったタイ人従業員の救済にもなるしね・・・」ぐらいの感じでとらえ、タイトルだけで読み飛ばすという感じでした。

昨日のTVニュースでこの話題を取り上げていましたが、それで気付いたのは、呼ばれて来日しているタイ人従業員の多くが日本人派遣労働者の技術指導にあたっているということです。
“技術指導”というと、これまで日本からタイなど東南アジア諸国への一方通行でしたが、洪水による代替生産という事態で、熟練工であるタイ人従業員が不慣れな日本人派遣労働者を指導する、逆方向の技術指導が出現しているとのことでした。

もちろん、タイ人従業員の給与水準がとういう扱いになっているのか・・・とか、上記記事にもあるように「現地工場の操業停止で、優秀な人材が他社に流れてしまう」という“人材囲い込み”対策の側面もあります。
また、基本的に移民に門戸を閉ざしている日本の基本政策のかでは、あくまでも特殊例外措置です。

そうした話はありますが、タイ人従業員に不慣れな日本人派遣労働者が指導を受けるという形で、双方向・対等な関係が一時的・例外的にせよ生まれたこと、そうしたことを受け入れる柔軟性が日本社会にもあるということは、なんだか面白いというか、好ましい印象を受けた次第です。
言葉・習慣の壁を乗り越えて、両国交流の一助になれば・・・とも思っています。

TVニュースのなかで、あるタイ人従業員が「会社あっての、自分の生活ですから」なんて、一昔前の日本人のような話をコメントしていました。

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ロシア  拡大する「不正選挙」批判 プーチン首相の大統領選挙にも影響

2011-12-12 21:50:00 | ロシア

(12月6日 モスクワ 抗議デモの参加者を拘束する警官 “flickr”より By hegtor http://www.flickr.com/photos/yuri_timofeyev/6472239733/

広がるやり直し選挙を求める声
4日投開票されたロシア下院選(定数450、任期5年)では、プーチン首相率いる最大与党・統一ロシアが238議席(得票率49.32%)と、現有議席の315議席を大幅に減らして惨敗したものの、過半数は維持する結果となっています。

しかし、選挙で不正が行われたとの批判が広まっています。
****不正映像」動画サイトに次々=疑惑裏付けか―ロシア下院選****
4日のロシア下院選で、不正行為を撮影したとされる映像が相次いで動画サイト「ユーチューブ」に投稿されている。地方の知事らは中央から集票を指示されたと伝えられており、映像が本物なら、政権の働き掛けによる不正疑惑を裏付けることになる。

このうち、地方都市で投票前日に隠し撮りされたという映像では、与党側の関係者とみられる女性が、束になった投票用紙の政党欄に次々とチェックを入れる様子が分かる。
別の映像には、ある投票所で、後からインクを消せる特殊なペンばかりが置いてあるのを若者が発見、立会人に報告する様子が録画されている。
さらに、男性が1人で複数の投票所を回って何度も投票している映像や、隙間の大きく空いた段ボール箱が投票箱に使われているずさんな管理の実態を指摘する動画の投稿もあった。【12月8日 時事】 
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あまりに劇的な数字で、にわかには信じ難いものがありますが、最大与党・統一ロシアの得票率が、中央選管発表の49.3%を20ポイント近く下回る30%以下だったとの民間団体による調査結果もインターネット上で発表されています。【12月9日 時事より】

こうした疑惑に対し、選挙直後からデモが続いており、拘束者も数百人規模に及んでいます。
抗議デモの拡大には、ソーシャル・メディアのフェイスブックなどのインターネットが大きく寄与していると言われています。
また、ゴルバチョフ元ソ連大統領や、得票率制限に届かず議席を獲得できなかったリベラル派政党、ヤブロコのヤブリンスキー党首などからもやり直し選挙を求める声が出ています。

****露、連日の反政府デモ 著名人続々 ゴルバチョフ氏ら賛同****
(中略)ゴルバチョフ氏は7日、「選挙結果が公正だと信じない人が日に日に増えている。(政権は)多数の不正があり、開票結果は有権者の意思を反映していないと認めるべきだ」とし、選挙をやり直すよう求めた。
得票率制限に届かず、下院の議席を獲得できなかったリベラル派政党、ヤブロコのヤブリンスキー党首も、「結果に不満がある政党は獲得した議席を拒否し、やり直し選挙を求めるよう提案する」と同調する姿勢を示した。

このほか、反政権派の連合体「人民の自由党」の共同代表3人も、今週末10日のモスクワでの反政府デモに参加する方針を決めた。代表の1人はプーチン前政権期の前半に首相を務めた後、たもとを分かったカシヤノフ氏が務めており、政党登録を拒否されて下院選への参加を阻まれていた。

日本文学に詳しいベストセラー作家のアクーニン氏が、自らのブログでプーチン氏以外の政党党首らに対し大統領選に出馬しないよう要請し、大統領選での投票ボイコットを呼びかけるなど、与党批判は政界を超えて広がりつつある。

欧米からも批判が寄せられるなか、政権側は選挙の正当性を強調する姿勢を崩していない。プーチン氏は7日に中央選管を自ら訪れ、大統領選への立候補を届け出るなど、大統領復帰に向けたシナリオに変化がないことを示してみせた。

露メディアによると、6日夜にモスクワ中心街のデモで拘束された約600人の大半が、7日も警察施設に留め置かれたもようだ。これほど多数の参加者の拘束が続くことは珍しく、政権側がデモ続発に神経質になっていることを示すものとみられる。【12月8日 産経】
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軍や治安当局は、「デモ参加者は兵役に送る」と相次いで警告。これに対し、兵士の母親らでつくる団体は「軍隊は『刑務所』ではない」と怒り心頭・・・といった話もあるようです。【12月10日 時事より】

各地で「不正があった」と訴える抗議デモが続く中、ロシア中央選管は9日夜、最終結果を公表して、結果が確定しました。
“チュロフ選管委員長は既に捜査当局に協力を要請する方針を明らかにしているが、イブレフ副委員長は選挙の合法性は揺るがないとの認識を示した”【12月10日 時事】とのことです。

ロシアの反政権・民主化運動に、潮流の変化
しかし、その後も抗議デモは収まらず、10日にはモスクワで、主催者側発表で4万人、警察発表でも2万5千人に達する異例の大規模デモが行われました。

****選挙は無効」「プーチン退陣」と叫ぶ大群衆*****
ロシア下院選での不正に抗議する10日のモスクワでの集会は、プーチン首相が大統領に就任した2000年以降では異例の2万5000人規模にふくれあがった。
「選挙は無効」「プーチン退陣」と叫ぶ大群衆は、強権体制に対する無力感とあきらめに包まれていたロシアの反政権・民主化運動に、潮流の変化が訪れた可能性を示した。

モスクワでの集会は午後2時、クレムリンに近いボロートナヤ広場で始まった。参加者は若者が中心だが、高齢者の姿もあった。(中略)
今回の集会を主催したのは、1990年代後半にエリツィン政権で第1副首相を務めたボリス・ネムツォフ氏が率いる反政権の市民団体などで、野党の共産党や公正ロシアが加わった。

だが、集会参加者は、こうした政治組織を支持しているわけではなく、政権による選挙結果の不正操作がネットなどで伝えられたことでふくらんだ。多くの参加者は与党「統一ロシア」のシンボルマークにバツ印をつけたリボンを胸につけた。

プーチン氏の地元サンクトペテルブルクでも集会が開かれ約7000人が参加した。明確な指導者を欠く中、簡易投稿サイト「ツイッター」などで運動が拡大する展開は、中東の大衆行動「アラブの春」に重なる。【12月11日 読売】
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AP通信によると、同様の抗議デモは極東ウラジオストクから西部サンクトペテルブルクまで50都市以上に広がり、ソ連崩壊後で最大規模の抗議行動となっています。
興味深いのは、ロシア当局がこうした大規模抗議活動を許可したことです。
“拒否すればかえって逆効果との判断”とも報じられています。

****官僚の腐敗に批判、身内からも ****
抗議集会のうねりは、プーチン氏の大統領復帰に向けた「双頭体制」の戦略にも修正を迫っている。
「業界の声を無視するこうした役人が、政権の、党の、そしてあなた、プーチンさん自身の支持率を下げているんです」
8日、プーチン氏が今春つくった運動体「全ロシア国民戦線」の会合で、タクシー連盟の代表が地方官僚の腐敗について直訴した。

野党勢力ではなく、身内から出た激しい与党批判。プーチン氏が党首の統一ロシアは、「汚職にまみれた官僚党」のイメージで大きく議席を減らしていた。
下院選直後、プーチン氏が大統領選の選対本部を置いたのは国民戦線だった。不評の統一ロシアから距離を置く意図は明らかだ。

「政権は野党と対話すべきだ」。抗議の高まりとともにプーチン氏の発言は軟化した。10日の集会もモスクワ市が許可を出したが、この規模では異例。拒否すればかえって逆効果との判断があったとみられる。(中略)

下院選で反与党の受け皿となった「公正ロシア」(中道左派)のグトコフ議員は「政治リーダーを持たないロシア市民が怒った」と語る。集会は下院選で政党登録を認められなかったリベラル勢力「国民自由党」のメンバーらが呼びかけたが、プーチン氏の長期政権を嫌う市民層まで支持のすそ野を広げつつある。

真の野党かどうか踏み絵を踏まされているのは、今回の下院選で議席を維持した「体制内野党」だ。共産党は市議会議員の参加を決定。公正ロシアは党レベルでは集会は支持しないものの、個人判断で参加した。反プーチンで野党勢力の結集にまでいくかどうかが焦点だ。【12月11日 朝日】
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事態を憂慮するメドベージェフ大統領は、大統領やプーチン首相の退陣要求には不快感を示しつつも、選挙での不法行為がなかったか調査するよう命じたことを明らかにして、国民の反発に対し一定の配慮を示しています。

****ロシア:大統領が違反調査指示…下院選、国民の反発に配慮****
ロシアのメドベージェフ大統領は11日、今月4日の下院選の際に不法行為がなかったか調査するよう命じたことを明らかにした。これまでは「選挙違反はなかった」との考えを示してきたが、ロシア全土で10日、選挙結果に抗議し、再選挙を求める集会が開かれたことから、国民の反発に対し一定の配慮を示した格好だ。

大統領は交流サイト「フェイスブック」に「投票所で公選法が順守されたのかどうか調べるように指示した」と書き込んだ。ペスコフ首相報道官も10日の声明で「抗議者の主張を尊重する」との見解を示した。
一方で大統領は各地で開かれた抗議集会について「憲法で『言論と結社の自由』が保障されているが、集会で唱えられたスローガンや発言には賛成できない」と明記。大統領やプーチン首相の退陣が要求されたことに不快感を表明した。

モスクワの抗議集会の参加者は▽下院選における選挙違反の調査▽再投票の実施▽チューロフ中央選管委員長の解職▽過去の抗議集会で拘束された参加者の釈放などを要求。今月24日に再び集会を開く予定で、政権側が要求に応じない限り、抗議を続ける意向を示している。
10日の抗議集会は、モスクワで10万人近くが参加し、「60都市以上」(AP通信)でも開かれた。インタファクス通信によると、各地で合計130人以上が拘束された。【12月12日 毎日】
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プーチン首相、「一発当選」できないかも・・・・
以前は“盤石”とも見られていたプーチン体制ですが、不正選挙批判でほころびが生じています。
ただ、依然としてロシア国民の大勢は、プーチン体制による安定と“強いロシア”を評価しており、プーチン首相を否定することにつながる、強権支配体質や人権軽視の姿勢への批判というのは、そう大きくないのでは・・・というような印象を持っています。「アラブの春」云々は、やや抗議活動の過大評価ではないでしょうか。

ただ、3月4日の大統領選の第1回投票で当選できない可能性も指摘され始めています。
****ロシア:統一ロシア「総崩れ」 苦境のプーチン首相****
ロシアで下院選の不正疑惑をきっかけとした抗議デモが「反政府」色を強める中、プーチン首相は苦境に立たされている。事態を収束させる見通しはたっておらず、現段階では、来春の大統領復帰は揺るがないものの、3月4日の大統領選の第1回投票で当選できない可能性も指摘され始めた。

今月4日の下院選で議席を激減させた統一ロシアは最終的な全国得票率が49.32%で、数々の不正疑惑もあり、過半数を割った。州や共和国など83の連邦構成体別にみると、モスクワ北部のヤロスラブリ州で最低の29%。プーチン氏とメドベージェフ大統領の出身地である北西部サンクトペテルブルク市や極東の沿海地方など30の自治体でも3割台の得票にとどまった。
統一ロシアは地方行政機関と一体となってプーチン体制を支えてきたが、北カフカスのチェチェン共和国など一部を除き「総崩れ」となったのだ。

プーチン氏は8日、自ら設立した運動体「全ロシア国民戦線」に大統領選の選挙本部を置き、著名な映画監督のゴボルヒン氏を本部長にすると発表した。統一ロシアと距離を置き、批判をかわす狙いだ。ただ、市民の間に体制の抜本的変革を求める声が強まっており、政権側の小手先の対応で事態が収束に向かうとは限らない。
デモが今後も拡大すれば、プーチン氏のさらなる権威失墜につながるため、強硬手段で抑え込みにかかる可能性はある。

また、プーチン氏は支持率低下が続いており、このままでは第1回投票での勝利は難しいとの見方が出ている。プーチン氏は00年と04年の大統領選で「一発当選」しており、決選投票は避けたいのが本音。今後、国営メディアや行政組織を総動員したキャンペーンに出ることが予想されるが、支持率回復につながるかは疑問だ。

一方、下院選で躍進した共産党や公正ロシア、自由民主党は勢いに乗るが、これまで政権に協力的だったことから「体制内野党」とやゆされ、大統領選に出馬予定の各党首も新鮮さに乏しい。在野のリベラル系政党や市民組織を含め、ウクライナで04年の民主化運動「オレンジ革命」を率いたユーシェンコ前大統領のような指導者は見当たらず、プーチン氏の当選を阻止する戦略は描けていない。【12月12日 毎日】
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