孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

欧州  停滞感のなかでも進められるEU統合深化の試み

2013-12-20 22:05:35 | 欧州情勢

(ベルギー・ブリュッセルで開かれる欧州連合(EU)首脳会議の会場に到着したドイツのアンゲラ・メルケル首相(2013年12月19日撮影)【12月20日 AFP】)

途上国における楽観論の台頭と西側諸国における悲観論の台頭
少し長くなりますが下記は、欧米西側社会の停滞感と、その背景にあるグローバル化の流れ、そして停滞感が生み出す極右やポピュリズムといった急進的政治傾向を概観した【英フィナンシャル・タイムズ紙】の記事です。

****将来に自信が持てなくなってきた西側諸国****
西側諸国の定義とは何か? 米国や欧州の政治家たちは価値観や制度について語りたがる。

しかし、この世界に住む何十億もの人々が重視するポイントは、もっとシンプルで理解しやすいところにある。彼らにとって西側諸国とは、この世界において、普通の人ですら快適な生活を送っている一角のことなのだ。

不法移民が自らの命を危険にさらしてでも欧州や米国に入り込もうとするのは、自分も快適な暮らしがしたいという夢があるからにほかならない。

ところが、西側諸国にはまだ人を引き寄せる魅力があるものの、西側諸国自身は自らの将来に自信を持てなくなっている。米国のバラク・オバマ大統領が先週行ったスピーチの内容は、大統領就任後では最も暗い部類に入るものだった。

オバマ氏は、不平等の拡大と社会的流動性の低下について容赦なく指摘し、それらが「アメリカンドリームを、私たちの生活様式を、そして私たちが世界各地で支持しているものを根底から揺さぶる脅威をもたらしている」と述べた。

「子供の世代は親の世代より貧しくなる」
調査機関ピュー・リサーチ・センターが今春に39カ国で行った世論調査で「あなたの国の子供たちは、その親の世代よりも豊かになれそうですか?」と質問したところ、米国では、子供の世代の方が豊かになれるとの回答は全体の33%にとどまり、貧しくなるとの回答が62%を占めた。

欧州の人々はもっと悲観的だった。子供の世代の方がそれ以前の世代よりも豊かになるとの回答はドイツでは28%しかなく、英国では17%、イタリアでは14%、フランスに至っては9%にとどまった。

こうした西側諸国の悲観論と著しく対照的なのが途上国の楽観論だ。中国では82%、インドでは59%、ナイジェリアでは65%の回答者が、将来はさらに繁栄すると考えている。

西側諸国の生活水準が下がっていくという話はホラにすぎない――。そう信じることができたらどんなにいいかと思う。残念なことに、一般の人々が真相に気づいていることはいろいろな数字からうかがえる。(中略)

欧州における絶望感と不安感も、現実的な根拠に基づいている。将来の社会福祉・退職関連の給付金はこれまでほど手厚いものにはなりそうにないとの認識は特にそうだ。

繁栄を脅かす圧力は、債務危機でひどく苦しんでいる国々では非常に強く、ギリシャやポルトガルなどでは賃金や年金が実際に減額されている。

だが、比較的うまくやってきた欧州諸国ですら、生活水準を押し下げる圧力にさらされている。本紙(フィナンシャル・タイムズ)の調べによれば、英国の1985年生まれの世代は、その10年前に生まれた世代よりも高い生活水準を経験していない。これは過去100年間で初めてのことだ。

西側諸国の中で最も成功している経済大国と称されることの多いドイツでさえ、「メルケルの奇跡」の恩恵は主に所得階層の最上位が享受している。
現在の輸出ブームの基礎を築いた経済改革では、賃金の引き下げと社会保障給付の切り下げ、そして非正規従業員の採用拡大が進められていた。

途上国の楽観論と西側の悲観論の背景にグローバル化の影響
途上国における楽観論の台頭と西側諸国における悲観論の台頭との間には関連性がある。
オバマ氏は先週のスピーチで、「社会契約は1970年代後半から綻び始めた」と指摘した。中国が国を開き始めたのも同じく1970年代後半のことだったのは、恐らく偶然ではあるまい。

グローバル化の擁護者でさえ、今は大抵、グローバルな労働力の出現が西側の賃金抑制の一因になったことを認めている。欧州出身の筆者の友人数人は、保護主義――もっと言えばアジアでの戦争――が賃金の高い仕事を西側諸国に送り返してくれることを夢見る人もいる。

だが、実際には、グローバル化を推し進める技術的、経済的、政治的な作用を考えると、グローバル化の流れは決して本当の意味で後退することはないだろう。発展途上国で何億人もの人を貧困から引きずり出した経済トレンドを台無しにすることで西側諸国の生活水準を高めようとすることは、間違いなく道義的に怪しい。

たとえ西側諸国が自国市場を閉鎖したとしても、ホワイトカラーの労働者を含む西側の従業員は次第に、多くの仕事はコンピューターやロボットの方が安くこなせることに気づくはずだ。実際、ロボットの進歩は遠からず、中国の組み立てラインの労働者をも脅かすことになる。

西側の政治が急進化する恐れ
生活水準の低下が続けば、西側諸国の有権者はどう反応するだろうか? 

既に政治の急進化の兆候が見られ、米国でも欧州でもポピュリストの右派が勢力を伸ばしている。だが、今のところは、米国のティーパーティー(茶会)や欧州の国家主義的な政治運動が大国の中央政府を掌握する現実的な可能性があることを示す確かな兆しは見られない。

また、グローバル化を巡るコンセンサスも持ち堪えているように見える。事実、世界貿易機関(WTO)は先週末、新たな国際貿易協定を模索する取り組みで突破口を開いたようだった。

だが、新たな政治運動はまだ西側の既成政党を破る用意はできていないとはいえ、主流派の政治家は新しい経済環境に対応せざるを得なくなっている。格差の拡大は大西洋の両岸で、より再分配効果の大きい税制と最低賃金引き上げを求める圧力を高めている。

西側の経済停滞があと10年続けば――あるいは、考えたくもないが、再び金融危機が起きれば――、より急進的な解決策と政治家が出てくるだろう。【12月10日 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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日本も政治経済的には“西側諸国”の一員であり、基本的には欧米同様の停滞感を抱えています。
ただ、地域的には台頭する新興国が集中するアジアにあって、それらの国々が及ぼす引力圏内にもあります。
この“引力”をうまく使えるかが、日本が将来的にブラックホールに吸い込まれずにすむためのカギにもなりそうです。

その際重要なことは、“発展途上国で何億人もの人を貧困から引きずり出した経済トレンドを台無しにすることで西側諸国の生活水準を高めようとすることは、間違いなく道義的に怪しい”という認識を堅持することかと思います。

国家単位で構成されている現実世界において、自国の利益を最優先することになるのは当然のことではありますが、そのとき上記の認識に照らして調整・修正することが必要になることもあろうかと思います。

自国のことだけを考えた視点では、やがてより大きな世界的な波に飲み込まれるか、悲劇的な衝突を起こすか・・・あまりいい結果とはならないように思えます。

EU統合と不戦の誓い
以上は前置き(長くなりましたが)で、欧州の話です。
欧州経済が困難な状況にあるのは、今さら言うまでもないでしょう。

****EUを1段階格下げ=加盟国の信用力低下で―S&P****
有力格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は20日、欧州連合(EU)の長期信用格付けを最上位の「AAA(トリプルA)」から「AAプラス」に1段階引き下げた。EU加盟各国が債務危機に直面し、資金調達面で信用力を失っている状況を反映させた。格付け見通しは「安定的」に設定した。
S&Pは、「EU財政は悪化しており、EU加盟国の結束も弱まっている」と指摘した。【12月20日 時事】 
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経済的に困難な局面あるEUですが、もとより利害の対立する多くの国々の集まりですから、多くの課題・矛盾を抱えていることは当然であり、昨今は反EUを掲げる政治勢力が各国で台頭しているのも周知のところです。

ただ、昨日・今日に目にしたEU財務相会合や首脳会議に関する記事を見ると、そうした困難な状況にありながらも、前進の試みをやめてはいない・・・という感があります。

****EU財務相会合:銀行破綻処理、一元化で合意****
欧州連合(EU)は18日、ブリュッセルで開いた財務相会合で、ユーロ圏における銀行の破綻処理を一元化する制度に合意した。

経営危機に陥った銀行を破綻させる権限をEU内に設置する委員会が担い、破綻処理に必要なお金を出す「単一破綻処理基金」を新設する。
19日開くEU首脳会議で正式に決め、2015年からの実施を目指す。

欧州危機の抜本対策として創設する「銀行同盟」の議論はヤマ場を越え、実現に向けて前進する。(後略)【12月19日 毎日】
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****EU:口座情報、非加盟国に自動交換要請 課税逃れ対策****
欧州連合(EU)は19日に開く首脳会議で、スイスやリヒテンシュタインなどEU非加盟の近隣国に対し、銀行や信託の口座情報を自動的に交換する協定に応じるよう求める方針を固めた。多国籍企業の課税逃れ対策の一環で、EU加盟国と同等の基準での情報交換を求めることで、課税の「抜け道」をふさぐことを目指す。(中略)また、首脳宣言ではEUと加盟国が「契約」を結び、労働市場改革や教育・研究開発などの取り組みに対して財政的に支援する政策「連帯メカニズム」も盛り込む。【12月20日 毎日】
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EUの抱える問題、EUに対する批判が多々あるなかで、欧州諸国がEUの統合深化の道を進むのは、アメリカ・ロシア・中国という大国に対抗するための政治的なパワーを確保するため、市場統合による経済利益という実利的な側面もありますが、根幹には、過去何百年にわたり戦争を繰り返してきた歴史への反省、不戦の誓いという理念があるように思われます。

特に、20世紀のふたつの大戦は欧州に深い傷跡を残しました。

****ベルギー:第一次大戦の化学兵器、今も処理****
化学兵器禁止機関(OPCW)へのノーベル平和賞授賞が決まったのを機にベルギー国防省は、同国西部で第一次世界大戦時の化学兵器を処理している施設を毎日新聞など一部報道機関に公開した。

第一次大戦の開戦から来年で100年を迎えるが、今なお年間2500発の化学兵器が確認されている。住民は「ここでは化学兵器を使った戦争が、今も暮らしに影響を与えている」と語る。

ベルギー西部の村プルキャペルにある約280ヘクタールの森に処理施設が点在する。倉庫には化学兵器とみられる赤くさびた砲弾が無造作に並ぶ。「触らないで」。担当者が叫んだ。大戦末期、資源の尽きたドイツが粗末な素材を使ったため、中身の漏れる事故が年間40件は起きているからだ。

周辺は、第一次大戦で英露仏などの「連合国」と、独、オーストリアなどの「同盟国」の戦闘が行き詰まり、両者がざんごう戦で計約14億発の砲弾を撃ち合った。このため、今も農作業中などに砲弾が大量に見つかる。

化学兵器は全体の約4.5%、6600万発が発射されたが、不発率も30%程度と高く、100年近くたった今も年2500発、重量で7トン以上が確認されている。大半は英独軍のものだ。

砲弾はマスタードガス弾など67種類もある。中身をエックス線で確認し、化学兵器の場合、特別な処理に移る。中身が取り出せる種類の砲弾なら、分解して毒液を処理業者に委託する。

分解しにくい場合、密閉空間で安全に爆破する炉を使って処理する。現在は機器の入れ替えで処理は中断しているが、テストで動かした爆破処理のごう音が森に響いた。

ベルギーは1980年代まで見つかった化学兵器を海中投棄していたが、処理技術が確立されたため99年から本格的処理に取り組み、1万8000発の化学兵器を廃棄した。

しかし、いつ終了するか先は見えない状況だという。化学兵器禁止条約は第一次大戦での化学兵器の処理は対象にしておらず、各国の自主的な取り組みに任されている。
フランスでも大量の砲弾が見つかるが、手付かずだという。【12月12日 毎日】
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国土を戦場としたか否かでは、欧州大陸と距離を保ってきたイギリスと、フランス・ドイツなどでは状況が異なります。そのことがEU統合に対する温度差にもなっています。

****EU首脳会議、銀行破綻処理一元化で合意 共通防衛政策では溝****
・・・ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、各国が軍備を出し合って共有することと防衛政策で足並みをそろえることの重要性を強調。またフランスのフランソワ・オランド大統領は、無人機など特定の兵器をEU加盟国で共同開発できるのではないかと提案した。

これに対しイギリスのデービッド・キャメロン首相はEUで一体の軍事能力を持つべきという考え方を一蹴、首脳会談は激しい議論の場となった。(後略)【12月20日 AFP】
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ウクライナ加盟には温度差も
今後のEU加盟を希望する東欧やバルカン半島の国々にとっては、EU加盟は経済的利益という面だけでなく、旧ソ連・ロシアによって侵害され、あるいは脅威にさらされる人権や民主主義を守るという側面もあります。

****EU:拡大協議 セルビアの加盟交渉開始に向け合意へ****
欧州連合(EU)は20日の首脳会議で拡大について協議、セルビアと2014年1月に加盟交渉を開始することで合意する。EUが仲介するコソボとの関係正常化交渉が順調に進んでいるのを評価した。

コソボについては加盟の前提になる安定連合協定の交渉開始を14年中に検討する。アルバニアは汚職対策の推進などを条件に6月に加盟候補国として認めるかどうかを決める。【12月20日 毎日】
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EUの東方拡大については、ウクライナの問題が旬な話題としてあります。
EUとロシアの綱引きと言う文脈で語られることが多いウクライナ問題ですが、EU内部にも立場の違いがあり、ロシアの影響力からの離脱を求める反政府デモとは温度差もあるようです。

****EU:ロシア非難回避へ 対ウクライナで首脳宣言****
欧州連合(EU)の首脳会議が20日にまとめる首脳宣言で、EUとの「連合協定」の署名を拒否したウクライナ政府やその背後にいるロシアを非難しないことが、毎日新聞が入手した宣言案でわかった。

ウクライナ、ロシアを巡る政策についてEU内で足並みの乱れが大きく、踏み込んだ見解がまとめられなかった。ウクライナを将来、加盟させる合意もEUにはなく、EU加盟を求めて続くウクライナの反政府デモとEUの立場は大きな隔たりを見せている。

首脳宣言の最終案は、自由貿易協定(FTA)を含むEUとウクライナの連合協定について、ウクライナが合意し、条件が満たされればEU側は「署名する用意がまだある」と強調した。
先月末に協定の署名を拒否したヤヌコビッチ政権に対する非難はしなかった。

署名拒否についてウクライナ野党や欧米主要政治家らはロシアが背後で圧力をかけた、と批判。ロシアは17日、拒否を評価する形で来年からのガス供給価格を3割引き下げた。

しかし、フランスなどがロシアに配慮し、EUとしての非難に強く反対。首脳宣言案には盛り込まれなかった。フランス外交筋は「協定拒否はヤヌコビッチ政権の問題でロシアは無関係」と話す。

EUは連合協定の交渉について「まだテーブル上にある」(メルケル独首相)とウクライナとの関係維持で合意はしているが、交渉担当者のフューレ欧州委員がヤヌコビッチ政権のやる気のなさを理由に交渉打ち切りを一時提案するなど、不満もくすぶっている。

首脳宣言案は反政府デモについて「人々の希望に沿う形で平和的解決を求める」とだけ記し、EU加盟に関する見解は示さなかった。EUでは、東欧諸国がウクライナ加盟を強く支持する一方、西欧諸国に加盟を認める意思はないのが実情だ。

連合協定は中東欧諸国の加盟の前提になった実績がある一方、エジプトなど中東諸国とも締結されており、EU加盟とは直接連動してはいない。

EUからはアシュトン外務・安全保障政策上級代表(外相)らが、ウクライナの反政府デモの現場を訪れているが、協定は「EUとの関係強化」になるとだけ説明し、加盟を示唆する言動は慎重に避けている。【12月20日 毎日】
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“西欧諸国に加盟を認める意思はないのが実情”という話になると、ウクライナの人々のなかには“裏切られた”と感じる人も多いのではないでしょうか。
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南スーダン 首都で武力衝突 紛争拡大時のPKOの対応は?

2013-12-19 22:47:05 | スーダン

(国連PKO管理下にある南スーダン避難民  12月17日 “flickr”より By Diario El Carabobeño http://www.flickr.com/photos/52324566@N05/11423688245/in/photolist-iptowa-iptvuQ-iptwbY-iptvsW-iptwWA-ipuhxx-iqyDMe-ijA4jD-ip441J-ifvdF6-iqPZ99-ifH5d1-ihpCTM)

400~500人が死亡、1万5千~2万人が避難民
アフリカ・南スーダンで、政権側が“クーデター”と批判する武力衝突が起きており、すでに500人規模の死者が出ています。

スーダンから分離独立した「南スーダン」には、当初から油田地域が絡む国境問題など、スーダンとの緊張関係がありました。

北のスーダンとの関係に関しては、2012年4月にはスーダン・バシル大統領が「南スーダン国民を同国与党のスーダン人民解放運動(SPLM)から解放する」と演説して、南スーダン政府の打倒を明確にしたこともありますが、2013年4月には同バシル大統領が南スーダンを訪問して南スーダン・キール大統領と会談し、閉鎖されていた国境再開で合意しています。

ただ、その直後の5月27日には、スーダン・バシル大統領が「南スーダンが(スーダン国内の)反政府勢力の支援をするなら、石油パイプラインを永久に封鎖する」と述べ、スーダン国内を通過する南側の石油輸出を今後止める可能性に言及するなど、一進一退の状況です。

今回、武力衝突が起きているのは、直接的にはそうしたスーダンとの間ではなく、南スーダン内部の民族対立が絡む問題です。(民族対立が表面化する背景には、スーダンとの関係が停滞して経済振興が進まないということがありますが)

****南スーダン 500人死亡か 首都武力衝突 深まる政情不安****
来年1月で独立から2年半を迎えるアフリカ・南スーダンが政情不安に陥っている。

現地からの報道によると、首都ジュバでは15日夜以降、キール大統領率いるスーダン人民解放軍(SPLA)主流派と7月に解任されたマシャール前副大統領を支持する兵士らの間で武力衝突が断続的に発生した。

 ■米英、大使館員に退避指示
国連当局者は、17日に行われた南スーダン情勢に関する安全保障理事会の緊急会合で、400~500人が死亡、約800人が負傷したとの情報があると報告した。国連外交筋によると、1万5千~2万人が避難民となっている恐れがあるという。

キール氏は16日のテレビ演説でマシャール氏を「破滅の預言者」と呼び、衝突は同氏がクーデターを企てたためだと非難、政府はジュバに夜間外出禁止令を出した。一方、マシャール氏は「クーデターではない」と主張しているという。

こうした中、米英両政府はジュバの各大使館で緊急業務に就いていない職員に同国からの退避を指示した。

ジュバには国連平和維持活動(PKO)で派遣されている陸上自衛隊員約350人のほか、約110人の日本人が滞在しているが、日本人が被害にあったとの情報はない。

南スーダンは2011年7月、20年以上にわたったスーダン内戦の和平合意に基づく住民投票によりスーダンから分離独立。SPLA主流派のディンカ人であるキール氏が大統領に、ヌエル人のマシャール氏が副大統領に就任し、権力の均衡を図ってきた。

しかし、キール氏は今年7月、マシャール氏を解任。これに対してマシャール氏は大統領の座に野心を示すなど、両者の対立がさらに強まった。

SPLAや、その上部組織の与党「スーダン人民解放運動」(SPLM)には、独自の言語や文化を持つ数十の黒人系民族が参加しているとされる。

南スーダンには油田が集中しており、独立当初は原油収入への期待は大きかった。だが、原油輸出ルートにあたるスーダンとの関係が一向に改善せず、経済は低迷したままだ。

南北スーダン問題に詳しいエジプト人研究者は、統治基盤が脆弱(ぜいじゃく)な南スーダンは「建国の大義とキール氏の指導力でかろうじてまとまっていただけだ」と指摘。今後も民族間の権力闘争はくすぶり続けるとの見方を示している。【12月19日 産経】
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キール大統領はクーデター未遂は鎮圧したと発表していますが、首都ジュバで始まった戦闘が北方の都市ボルに拡大しているとも報じられており、このまま収まるのかどうかは定かではありません。

****南スーダンの騒乱悪化、反政府勢力が首都近郊のボル町制圧****
アフリカ南部の南スーダンで深刻化しているクーデタ疑惑に伴う軍部隊同士の武力衝突で、同国陸軍の報道担当者は19日、首都ジュバ近くのボル町が反政府武装勢力に制圧されたと発表した。

同町では戦闘が続き、激しい砲撃にさらされているという。ボル町の町長は、反政府武装勢力が町を陥落させたことを認めた。(中略)

同国のキール大統領は戦闘発生後、クーデター未遂は鎮圧したとも発表。今回の騒乱は、今年7月のマシャル元副大統領解任を含む内閣刷新に反発する元副大統領支持の兵士らによる武装蜂起が原因と主張していた。

南スーダン外務省は18日、政府軍部隊の作戦で治安は回復したとし、ジュバ国際空港の運航業務も回復したと強調。

しかし、国連は国内の政治危機は終息していないと疑問視している。武装衝突後、住民1万5000人から2万人が国連の施設敷地に避難したと主張している。

南スーダンのジョン・コング・ニュオン国防相は、これまでの軍事衝突で最大で10万人の住民らが自宅を捨て避難したと述べた。

南スーダン内の政情悪化を受け、各国は自国民救出のため航空機派遣の動きを加速している。英国外務省報道官はジュバからの退去を19日に望む英国民を退避させるため航空機1機が同国に向かっていると発表していた。【12月19日 CNN】
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【「PKO5原則」による日本のPKO
政治対立が暴力的な武力行使に直結しがちで、また、武装勢力による一般住民に対する暴力が頻繁に起きるアフリカ社会の問題のひとつの表れと言えます。

今回はその問題はさておき、日本との関係、あるいはPKOのあり方の話です。
上記【産経】にもあるように、日本は南スーダンに国連平和維持活動(PKO)として陸上自衛隊員約350人を派遣して、スーダン国境地帯などに比べれば治安が安定していると言われていた首都ジュバで道路・側溝・用地整備や施設建設などの活動にあたっています。

日本の場合、PKO派遣にあたっては「PKO5原則」によるものとされています。
すなわち、(1)紛争当事者間で停戦合意が成立していること、(2)当該地域の属する国を含む紛争当事者がPKOおよび日本の参加に同意していること、(3)中立的立場を厳守すること、(4)上記の基本方針のいずれかが満たされない場合には部隊を撤収できること、(5)武器の使用は要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること、の5項目です。

戦闘は陸上自衛隊の駐屯地に近い場所でも発生したとのことで、戦闘発生後は、駐屯地外での活動を一時停止しています。【12月19日 朝日より】

今回の武力衝突が更に激しくなれば、「PKO5原則」の前提が崩れ、派遣隊員の安全が確保できないということで撤収することも検討されるでしょう。

“派遣隊員の安全”という観点、また、日本が無関係な異国の紛争に巻き込まれないようにするという観点からは当然のことでしょうが、仮に、現地住民が戦闘行為に巻き込まれて多大な犠牲を強いられている、民族対立に根差した住民間の殺戮が発生している、そうした危険から逃れるために住民がPKO派遣部隊に助けを求めてくる・・・というような状況になったとき、派遣隊員の安全のため、また、無関係な紛争に巻き込まれたくないので撤収する・・・ということで済むのか・・・疑問もあります。

極端なケースで言えば、フツ系住民によるツチ系住民の殺戮で50~100万人が死亡したとされる1994年の「ルワンダの大虐殺」を放置したベルギー部隊、旧ユーゴスラビア連邦下のボスニアで1995年、イスラム教徒の成人男性や少年約8000人が殺害された「スレブレニツァの虐殺」を見守るしかなかったオランダ部隊・・・などの事例があります。

南スーダンに派遣されている陸自部隊は“要員の生命等の防護のために必要な最小限”な武器として、5.56mm機関銃MINIMI(計5丁)、89式小銃(計297丁)、9mm拳銃(計84丁)を保有しています。そのほか、軽装甲機動車もあるようです。【2013年10月 防衛省 「UNMISSにおける自衛隊の活動について」より】

武器に関しては何もわかりませんが、正規軍レベルを相手にするようなものでないことはわかります。
しかし、住民同士の殺戮、民兵の襲撃といったレベルであればそれなりの使い道もあるのかも。

日本の陸自が駐屯するジュバには、日本の他、バングラデシュの工兵中隊、カンボジアの医療部隊・MP、そしてルワンダの歩兵・航空部隊が駐屯しています。

他国はともかく、ジェノサイドを経験したルワンダは、万一、かつて自国で起きたジェノサイドに似たような状況になれば、積極的に関与する可能性があります。

大虐殺の混乱当時にルワンダ愛国戦線(RPF)を率い、現在ルワンダ大統領の席にあるカガメ大統領は、目の前で虐殺が行われているときじっと動かなかったUNAMIR(PKOである国連ルワンダ支援団)司令官ダレール将軍のことを「人間的には尊敬しているが、かぶっているヘルメットには敬意を持たない。UNAMIRは武装してここにいた。装甲車や戦車やありとあらゆる武器があった。その目の前で、人が殺されていた。私だったら、絶対にそんなことは許さない。そうした状況下では、わたしはどちらの側につくかを決める。たとえ、国連の指揮下にあったとしてもだ。わたしは人を守る側につく。」と評しています。

国連も変化「常に中立であることはあり得ない」】
上記のルワンダやスレブレニツァの問題もあって、国連のPKOに関する考え方も最近変化しています。

2011年4月、コートジボワールの混乱に関して、国連・潘基文(パン・ギムン)事務総長は安保理非公式協議において、「国連の平和維持活動は公平・公正の立場に立つが、常に中立であることはあり得ない」と強調し、「市民の保護」の観点から人権侵害をしていると見なした相手に対しては、直接的な軍事行動を取ることもあり得ると踏み込んでいます。

こうした流れを受けて、コンゴPKOにおいては、本格的な戦闘行為もできる「平和強制部隊」が派遣されており、実際に反政府軍との戦闘を行っています。
(参考:2月28日ブログ“国連の紛争対応について ルワンダ大使「涙の訴え」 コンゴPKOで「平和強制部隊」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130228

もとより、今回の南スーダンの状況がそこまで悪化している訳でもありませんし、現在派遣されている陸自は“要員の生命等の防護のために必要な最小限”な武器しか携帯していませんので、“「市民の保護」の観点から人権侵害をしていると見なした相手に対しては、直接的な軍事行動を・・・”云々は想定していません。

ただ、今後のPKO活動参加にあたっては、こうした事態にどのように対応するのかという腹をくくった覚悟も必要になるのではないでしょうか。

日本周辺の領土問題など、日本の国家的利害を武力に訴える形で解決しようなどということは全く考えていませんが、世界中には暴力の脅威にさらされている住民が多数存在しており、国際社会はそうした住民を見捨てていいのか? どこか他の国が対応してくれ、日本は武力を伴う対応はできない・・・という論理が許されるのか? という問題です。
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北極海の海氷が消える日も近い? そのとき世界は・・・

2013-12-18 22:19:12 | 環境

(【12月17日号 Newsweek日本版】)

いずれにしろ残された時間は少なく、事態は極めて深刻だ
寒さも本格化する今日のこの頃、“地球温暖化”と言われてもいまひとつ切実感がありません。「温暖化が進めば、冬も暖かくなって過ごしやすいかも・・・」なんて馬鹿なことを考えたりします。

そんな戯言はともかく、何十年、何百年という長い時間をかけて変化していく現象ですから、日々の生活に追われる者にとってはとらえどころがないのも正直なところです。

ただ、そうした長い年月をかけてつくりだされる現象ですから、「やっぱり、これはまずいかも・・・」と気づき、もとへ戻そうととしても、その時にはもうどうにもならない・・・ということでもあります。

温暖化の影響が目に見える形でわかりやすいのは、北極海の海氷の状態とかヒマラヤの氷河の変化などです。

北極海の海氷が縮小している・・・といういのは以前から指摘されているところで、資源開発や新航路開拓などの動きなども併せて、このブログでも何回か取り上げたことがあります。

今までも指摘されきた問題ではありますが、“早ければ2015年に北極海の氷が完全に解けてなくなるかもしれない”と言われると驚きます。“2015年”はともかく、“何十年、何百年”というより早いペースのようです。

****北極が消える*****
ただでさえ異常気象が続く世界に、衝撃のニユースがある。

英ケンブリッジ大学の海洋物理学教授で海氷研究の権威であるピーター・ワダムスが、早ければ2015年に北極海の氷が完全に解けてなくなるかもしれないと警鐘を鳴らしているのだ。

北極の気温上昇が進むにつれて、異常気象が深刻化し海面の水位がさらに上昇するなど、地球規模で環境の変化が加速する恐れが高まっている。

世界の気候が激変する可能性がある。これまで夏も氷に覆われていた北極海から海氷がなくなれば、海水が太陽光をふんだんに吸収して水温は上昇する。海から立ち上る水蒸気で低気圧が発達する。そうした異変が地球全体に津波や干ばっなどの被害を及ぼしかねない。

一方、人間は大惨事の足音をよそに、以前はアクセス不能だった北極の資源確保に目の色を変えている。氷が小さくなって現れた海面上には、資源運搬船や軍艦、石油の掘削装置などが急増している。・・・・【12月17日号 Newsweek日本版】
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いくらなんでも“2015年”はないだろう・・・とも思いますが、残された時間は多くないというのが科学者の見方です。

****ほかの科学者もその日が近いという点で意見は同じ****
科学者たちは北極の氷が小さくなっていくのを止めることはできないとみている。
問題は、いつ完全になくなるのかだ。

地球は恐ろしいことになろうとしている」と、ワダムスは昨年イギリス議会で証言した。

2015年までに夏の海氷がすべてなくなると予測するのはワダムスだけだが、ほかの科学者もその日が近いという点で意見は同じだ。

英エクセター大学の気候変動/地球システム科学部を率いるティム・レントン教授は、「当て推量だが、夏の氷が完全になくなる最初の年は2030年頃か、あるいは2020年かもしれない。いずれにしろ残された時間は少なく、事態は極めて深刻だ」。【同上】
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“北極の気温は、地球の平均気温の倍の速さで上昇している。これは「これから世界で起こることの強力なシンボルだ」”(NASAゴダール宇宙研究所の気候学者、ギャビンーシュミット)

もちろん、自然現象ですから、毎年測ったように・・・という訳ではなく、大きな波・変動があります。
今年の北極圏の海氷はかなり多かったようです。

****北極圏の海氷の量、前年比50%回復****
北極圏の海氷の量が10月、前年比で約50%回復したと16日、欧州宇宙機関(ESA)が発表した。夏に広い範囲で氷が溶けずに残ったことを受けたものだという。

海氷を観測しているESAの地球観測衛星「クリオサット2(CryoSat-2)」が10月に計測した北極の海氷は約9000立方キロメートルだったが、前年同月の海氷の容積は約6000立方キロメートルだった。
1年以上溶けないで残る氷の厚さが昨年よりも約30センチ上回り、20%厚みを増していたことが大きく影響した。

北極の夏の海氷面積は2012年に観測史上最低まで落ち込んだが、今年の夏は最低から6番目にまで回復していた。

海氷の量が回復したことは歓迎すべきだが、長期的な現象を逆転させるまでには至らないと科学者たちは述べている。

今回の論文の共著者で英ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)のアンドリュー・シェパード教授は「1980年代には毎年10月に約2万立方キロメートルあったとされる北極圏の海氷が、現在は過去30年間で最も少ない水準だ」と警告している。【12月17日 AFP】
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減ったり、増えたりを繰り返しながら、長期的には“Xデー”に向けて進行していくということになります。

北極が消えたとき何が起こるのか?】
北極の氷がなくなることによる世界中の人々や生態系への影響を主なもの3つが挙げられています。

****1.異常気象の頻発と食糧難****
北極圏の気温が上がれば、それよりも低緯度の地域との温度差が縮小し、そのために偏西風が弱まると考えられる。北半球では通常、偏西風の影響で天気は西から東へと変わっていくが、この動きが遅くなるだろう。

その結果「より激しく、より長期にわたる豪雨、干ばつ、熱波、寒波」が起きると国連環境計画(UNEP)の報告書は警告している。2010年夏にロシアを襲った記録的な熱波、11、12年の北米での長期的な干ばつはその例だ。・・・・【同上】
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先日、フィリピンを襲ったスーパー台風の記憶もまだ新しいものがありますが、あのようなスーパー台風が日本を直撃することも起きてくるのでしょう。

異常気象による農業生産被害がもたらす食糧難・食糧価格上昇は、世界中の社会、特に今でも不安定な途上国における貧困層の生活を更に難しくし、暴動の多発などで社会を揺さぶります。

****2.海面上昇と難民の急増****
北極の気温上昇により、グリーンランドの氷床の融解が大幅に加速する。「グリーンランドでは年間300立方キロのペースで氷が解けている」と、ワダムスは言う。

「それだけでも世界の海面上昇が2倍も速まる。南極の氷の融解も引き続き加速すれば、22世紀までに海面は1メートル以上、ひょっとすると2メートル上昇するだろう」

これは「とても、とても深刻な事態だ」とワダムスは言う。真っ先に打撃を受けるのは中国東部やバングラデシユなど沿岸部の低地に住む人々だ。

防潮堤などの人工のバリアを建設しない限り、海面が90センチ上がれば、1億4500万人の生活が脅かされる。
東京、上海、ニューヨーク、ロンドンなど世界の主要都市、それにマニラ、ジャカルタ、ダッカなどアジアの首都が洪水に見舞われる恐れがある。(中略)

ワダムスが指摘するように、洪水被害が予想される沿岸部の住民は内陸部に生活拠点を移そうとするだろう。
こうした「難民」の急増で社会的な軋軋轢が高まり、暴力的な抗争も起きかねない。

米軍と英軍が気候変動を21世紀の主要な安全保障上の脅威としているのもそのためだ。【12月17日号 Newsweek日本版】
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22世紀は、沿岸住民と内陸部住民の“住む場所”をかけての抗争の時代になるかも・・・。
海面が1~2mも上昇すれば、キリバスなど消えてなくなる島国もあります。日本地図も大きく変わります。

****3.氷の融解でメタンを放出する****
北極の気温上昇で永久凍土が解け、地中や海中に閉じ込められていたメタンが漏れ出しており、大気中に大量の温室効果ガスが放出される恐れがある。(中略)大気中に放出されたメタンガスは、二酸化炭素の23倍も強力な温室効果を発揮する。

世界の海にも大量のメタンが含まれている。海底のメタンは低温・高圧下でシャーペット状のメタンハイドレートとして眠っているが、北極海の水温上昇とともに気化して放出されるメタンガスも急増している。

権威ある学術誌ネイチャー・ジオサイェンスに先月発表された論文で、シャコフらは東シベリアの海底からこれまでの予測の2倍以上の年間1700万トンのメタンが放出されていると報告した。

氷融解は経済的時限爆弾
経済的打撃も甚大だ。北極圏の永久凍土が解けて大量のメタンガスが放出された場合、その影響は60兆ドルに上る・・・そんな研究論文が今年、英科学誌ネイチャーに発表された。

これまで見過ごされてきたが、北極は海や気候など地球のシステムの中枢的な役割を果たす存在。そこでの氷融解は「経済的な時限爆弾」のようなものだと、論文執筆者の1人であるオランダのエラスムス大学のゲール・ホワイトマン教授は言う。(中略)

北極の気温上昇が進み、大量のメタンガスが放出されると、それによってさらに気温上昇とメタンガスの放出に拍車が掛かり、事態は悪化の一途をたどる。
北極でこのドミノ現象が始まることが最も心配だと科学者たちは言う。そうなればもう歯止めは利かない。【同上】
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“メタンハイドレート”は日本の新たなエネルギー資源として注目されていますが、「日本海の広い範囲に存在する可能性がある」と、喜んでばかりはいられないようです。

“だが、まだ間に合う。流れを変えれば、損害は抑えられる。・・・未来の世代のために今すぐ手を打つ必要がある”【同上】とのことですが、11月末に行われた国連気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)の様子を見ると、相変わらず先進国と途上国の対立が続いており、有効な対応策には程遠い状況です。

目先の利益に狂奔する国々
一方で、北極海の海氷減少に伴う資源開発・新航路開拓については、周辺国・関係国がすでにザワザワと騒ぎ初めています。

****北極海航路が活況、ロシアの思惑は****
北半球が冬に入り、アジアとヨーロッパをつなぐ最短の海上ルートが、間もなく今年のシーズンを終えようとしている。

ロシア沖合の北極海を経由する全長およそ4800キロの「北極海航路(NSR)」は近年、地球温暖化の影響により夏場は解氷が進み、数カ月間限定で商業運行が具体化した。

ロシアの原子力砕氷船団を運用する国営企業ロスアトムフロートによると、今年、大西洋側のバレンツ海と太平洋側のベーリング海峡を結ぶロシア沿海の北東航路を航行した船舶は71隻で、昨年と比較して50%以上の増加だという。

総数としてはまだ小規模だが、わずか4隻だった2010年からは飛躍的な成長を遂げている。なお、NSRを通る際には、ロスアトムフロートの砕氷船の伴走が義務付けられており、手数料を支払う必要がある。(中略)

NSRを利用すれば、ヨーロッパから東アジアの航行距離は35~60%短縮されるという。また、アフリカ沿岸部やマレーシアのマラッカ海峡など、紛争地域や海賊の危険回避も可能だ。ただし航行可能な水域の水深によって、NSRを通過する船舶には喫水制限があり、ロシアから通行許可を得る必要もある。

また、氷が後退したといっても、北極海の気象は非常に過酷で、予測が難しい。視界が悪い上に、風で移動する氷況変化が激しく、予想もできない遅延が生じる恐れがある。
「国際的な商用航路として不的確」と考える専門家も少なくない。(中略)

◆経路ではなく目的地
ブリガム氏をはじめとする一部の専門家は、NSRが「経路」ではなく「目的地」として重要になると考えている。未発掘の石油・天然ガス資源の22%がこの地に眠っているからだ。(中略)

当海域では、ロシアの半国有企業、ガスプロムと民間企業のノバテクが、石油・天然ガス開発でせめぎ合いの真っ最中だ。
ガスプロムが所有する海上石油掘削基地は、グリーンピースの格好の標的となり、エネルギー開発が北極海の環境や地球温暖化に及ぼす影響が懸念されている。(後略)【12月3日 NATIONAL GEOGRARHIC】
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ロシアのプーチン大統領は、極東サハ共和国沖の北極海にあるノボシビルスク諸島に約20年ぶりにロシア軍基地を復活させる方針を明らかにしています。

北極海の地下資源に対する諸外国の関心が高まり、北極海航路を航行する船舶も増加していることから、この海域での軍事的な存在感を確保しておく必要があると判断したと見られています。【9月18日 産経より】

****氷の島」に資源ブーム到来?=レアアース解禁、反対運動も―グリーンランド****
北極圏に位置する世界最大の島、デンマーク領グリーンランドに、空前の地下資源ブームが到来しつつある。

10月には自治政府がウランやレアアース(希土類)の採掘を解禁。大規模な鉄鉱石開発も動き始め、本国デンマークからの独立に向けた経済基盤強化へ期待も大きい。

ただ、環境破壊などへの懸念から反対運動も活発化する。世界経済にも影響を与えかねない膨大な地下資源を前に、「氷の島」が揺れている。【11月3日 時事】 
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北極海にしても、グリーンランドにしても、中国が多大な関心を示していち早く動いているのも、“例によって例の如く”です。

目先の利益には皆目の色を変えますが、遠くに見え隠れする危機についてはなかなか動こうとしません。
やむを得ないことではありますが、これだけ世界的に危険が指摘されてもいる訳ですから、将来に起こる異常気象、食糧難、海面上昇、難民急増、メタンガスによるドミノ現象・・・は、愚かな人類の自業自得というべきでしょう。
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ロシアのミサイル配備で、冷戦構造の亡霊が再び顕在化  現実は“スターウォーズの世界”へ

2013-12-17 22:57:15 | 欧州情勢

(米海軍海洋システム・コマンドが開発し、米海軍のミサイル駆逐艦デューイに暫定的に搭載されたレーザー兵器システム(LaWS)技術デモンストレーター。米カリフォルニア州サンディエゴにて(2012年7月30日撮影、2013年4月9日提供、資料写真)。【12月15日 AFP】)

欧州MDにロシアが反発
大国間のパワーバランスという点では、最近はアメリカと中国の関係が取り上げられますが、当然ながらアメリカと並ぶ膨大な核兵器を保有するロシアとアメリカ及び欧州の関係が、冷戦時代ほどではないにせよ、依然として国際的な重大関心事であることは言うまでもないことす。

ロシア・プーチン大統領がここ数年こだわっているのは、アメリカが欧州で進めているミサイル防衛(MD)計画の問題です。
アメリカ側は、欧州MDはロシアではなくイランを念頭に置いたものであり、将来改良されたとしてもロシアの有するミサイル兵器には対応できないとして理解を求めていますが、ロシア側は自国の核攻撃能力が低下することを警戒し、ロシアを標的としない「保証」を求めて対立しています。

****ルーマニア:米がミサイル施設、建設着工 ロシアは反発****
オバマ米政権が進める欧州ミサイル防衛の迎撃拠点の一つとなるルーマニア南部のデベセル空軍基地で28日、ミサイル施設などの建設が始まった。

イランの中距離弾道ミサイルへの対抗を想定し、2015年に運用を開始する計画。米国の欧州配備のミサイル防衛にはロシアが反発しており、対立は深まりそうだ。

AP通信によると、起工式に出席したミラー米国防次官は「弾道ミサイル攻撃など新たな脅威」に対処する必要性を強調した。同基地には地上配備型迎撃ミサイルSM3(射程約3000キロ)と前方展開のXバンドレーダーを配備する。

ルーマニアでのミサイル施設着工は、米国が北大西洋条約機構(NATO)諸国と進める欧州ミサイル防衛の一環。18年にはポーランドに射程約5000キロのSM3やレーダーを配備し、欧州同盟国を防衛する計画だ。

欧州ミサイル防衛について米国はロシアの大陸間弾道ミサイル(ICBM)を想定したシステムではないと強調している。

しかし、ロシアは自国の核攻撃能力が低下することを警戒し、ロシアを標的としない「法的保証」を米側に求めて対立している。ロシアのメディアによると、ラブロフ露外相は28日、「ミサイル防衛は火急の問題だ」と懸念を示した。

イランは、イスラエルや欧州を射程に入れる中距離弾道ミサイルや核弾頭搭載可能な長距離弾道ミサイルの開発を進めているとされる。

オバマ政権はイランの核開発問題を巡り、イラン政府と対話解決に向けて動き始めたが、イランの弾道ミサイルに対する抑止強化は維持する方針だ。【10月30日 毎日】
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一方、ロシアは、アメリカが進めるミサイル防衛計画に対抗する形で、リトアニアに隣接する飛び地カリーニングラードに、核弾頭を搭載することのできるミサイルを配備したことを認めています。

バルト海沿岸には、ロシアに近い方から、エストニア、ラトビア、リトアニアというバルト3国が並んでいますが、カリーニングラードはそのもっともロシアから遠いリトアニアとポーランドの間に位置する“飛び地”です。

ソ連・冷戦時代は、カリーニングラードは軍事都市として州全体が外国人の立ち入りが規制される閉鎖都市で、重要な不凍港としてバルト艦隊の拠点となっていました。
ソ連崩壊でリトアニアがソ連から独立した結果、カリーニングラード州は東欧エリア・EUエリアの中にポツンと存在するロシアの飛び地となっています。

このカリーニングラードに、核弾頭を搭載することのできるミサイルを配備するというのは、欧州側からすれば喉元に匕首を突き付けられたような形です。

****ロシア、EU国境へのミサイル配備認める****
ロシアは16日、核弾頭を搭載することのできるミサイルを欧州連合(EU)との国境近くに配備したことを明らかにした。

独紙ビルトが前週末、ロシアが2012年に短距離弾道ミサイル「イスカンデル」(最大射程500キロ)10基をポーランドとリトアニアに隣接する飛び地カリーニングラードに配備したと報道したことを受け、ロシア国防省が認めた形だ。

露国防省のイーゴリ・コナシェンコフ報道官によると、ロシアはミサイル数基を既に西部軍管区に配備したという。カリーニングラードを含む同管区は、旧ソ連邦から独立したバルト三国と国境を接している。
現在、リトアニア、ラトビア、エストニアからなるバルト三国は、欧州連合(EU)に加盟している。

ロシア政府は2011年、東欧での北大西洋条約機構(NATO)ミサイル防衛(MD)システム配備計画への対抗措置として、短中距離弾道ミサイルの配備を警告。

これに対しNATO側は、MD配備計画はロシアを念頭に置いたものではなく、いわゆる「ならず者国家」から欧州各国を防衛するものと主張していた。

最新型のイスカンデルは、NATOの新MDシステムに対して使用される可能性があり、米国やポーランドなどロシア近隣諸国からは懸念の声が上がっている。

米国務省のマリー・ハーフ副報道官は、地域の不安定化につながるような行為を避けるようロシアに求める声明を発表した。

一方、ロシア国防省のコナシェンコフ報道官は、イスカンデルの配備は「国際条約や合意に何ら違反するものではなく、西側から批判される言われはない」と主張した。【12月17日 AFP】
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また、ロシアのラブロフ外相は4日、ブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)との会合で、イランの核開発問題が解決されれば、「NATOは欧州にミサイル防衛システムをつくる理由がなくなる」と述べています。【12月5日 時事より】

確かに、これまでのアメリカ側の説明、および、最近のイラン情勢の変化を考えると、ロシア・ラブロフ外相の言い分ももっとものように聞こえます。

ただ、アメリカは前出【10月30日 毎日】にあるように、“イラン政府と対話解決に向けて動き始めたが、イランの弾道ミサイルに対する抑止強化は維持する方針”とのことです。

欧州MD計画とアメリカの方針
【3月20日 YAHOO! JAPAN ニュース】の“アメリカ本土防衛用迎撃ミサイル増強と欧州MD第4段階の中止”(http://bylines.news.yahoo.co.jp/obiekt/20130320-00023960/)によれば、もともとオバマ政権の欧州MD計画は以下のような4段階で構築されていました。

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オバマ政権の欧州ミサイル防衛構想はPAA(Phased Adaptive Approach; 段階的適応アプローチ)という4つの段階に分けられ、現在はその第1段階にあります。

SM3ブロック1A(配備中)地中海にイージス艦
SM3ブロック1B(2015年)ルーマニアに地上型イージス
SM3ブロック2A(2018年)ルーマニア、ポーランドに地上型イージス
SM3ブロック2B(2022年)ルーマニア、ポーランドに地上型イージス

イージス艦や地上型イージスの他に、トルコへ前方展開用Xバンドレーダー「AN/TPY-2」を配備しています。
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第3段階で予定されている“SM3ブロック2A”は日米共同開発のよるもので、アメリカの要請もあって、日本政府は武器輸出三原則の例外として第三国への輸出を認める方針でしたが、2011年12月、当時の野田内閣が「武器輸出三原則」の緩和を決めたことで、欧州への供給への道が正式に開けた形となっています。

限定的な大陸間弾道ミサイル(ICBM)への対処能力が付加された“SM3ブロック2A”を更に改良強化したものが“SM3ブロック2B”で、イランからアメリカ本土へ向かうICBMを欧州の付近で撃墜する目的で計画されたようですが、上記“アメリカ本土防衛用迎撃ミサイル増強と欧州MD第4段階の中止”によれば、開発が凍結されたとのことです。

かわりにアメリカが配備を増強したのが、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を大気圏外で撃墜する為の大型地上配備迎撃ミサイル“GBI”で、北朝鮮によるミサイル攻撃からアメリカ本土を防衛するためのものだそうです。

【「核なき世界」という話もありますが・・・
話をアメリカとロシアの関係に戻すと、オバマ大統領は「核なき世界」に向けた核軍縮交渉をロシアとの間で進めたい意向ですが、ロシア側は、欧州MD計画によって自分たちの核ミサイルも役に立たなくなってしまうと心配しており、そのうえミサイルをさらに減らすような話には乗れない・・・という消極的姿勢のようです。

****核なき世界、再始動 2期目オバマ米大統領、「遺産」意識****
オバマ米大統領が、歴代の米大統領が歴史的な演説をしたベルリンで、「核なき世界」に向けた決意を語った。実現には、核大国ロシアの協力がカギを握る。

オバマ米政権は、2011年に新戦略兵器削減条約(新START)が発効して以降、条約の対象となった戦略核兵器のほかにも、射程の短い戦術核や保管中の戦略核の削減に取り組む意向を示してきた。

「プラハ演説」を踏まえて10年に策定された核戦略の基本指針についても、国防総省、国務省、エネルギー省などで再検討。12年には、今後の配備水準として、300~400発、700~800発、最も現実的な1千~1100発の三つの選択肢を用意した。

こうした動きの背景には、財政赤字の削減圧力が強まる中で、使わない核兵器の維持コストを減らしたいとの思惑もあったとされる。

だが、米国と並ぶ核大国のロシアでは、プーチン大統領が政権に返り咲いた昨年から、核軍縮に向けた協力姿勢が薄れた。
昨年はオバマ氏自身も、再選に向けた選挙戦に追われたこともあり、「核なき世界」に絡む動きが停滞した。

2期目に入ったオバマ氏は、4月にドニロン大統領補佐官(安全保障担当)をモスクワに派遣。歴史に残る「レガシー(遺産)」になりうる核軍縮の再始動に向けて、準備を整えてきた。
ホワイトハウスで核問題を担当したセイモア前調整官は4月、「米国は戦略核を大きく減らす用意ができている」と朝日新聞の取材に語っていた。

オバマ氏はプーチン氏と主要国首脳会議(G8サミット)が開かれた英・北アイルランドで17日に会談した際、「二つの核大国として、我々は新STARTで行った(核軍縮の)努力を続け、緊張を減らす特別な義務があることを議論した」と記者団に語り、ロシアにさらなる協調を迫ったことを明らかにした。

オバマ氏は、19日のベルリン演説で「我々にはやるべき仕事がまだある」として、「核なき世界」への決意を改めて確認した。(後略)【6月20日 朝日】
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核軍縮を阻む壁は、ロシア以外にもあります。アメリカ国内の議会です。
そのため、オバマ大統領は議会での批准が必要な条約ではなく、政治的合意で核軍縮を進めることも検討しているそうです。

****米国:条約結ばず、核兵器削減か 上院批准困難で****
オバマ米大統領が19日に明らかにした核兵器削減について、米国がロシアとこれまでのような条約を締結せず、政治的合意だけで相互に削減を目指すとの見方が浮上している。
削減条約は米上院での批准が困難なのが理由。事実上の一方的な削減もありうるとの見方も出ている。

米国では、条約の批准は上院の3分の2の賛成が必要だが、与党・民主党は3分の2に及ばず、大統領と共和党の関係も悪化しており、核軍縮条約の批准は厳しい情勢だ。

米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は19日、複数の米当局者の話として、政治的合意による削減の可能性を伝えた。

オバマ大統領は19日の演説で「冷戦時代の核兵器態勢を超え、ロシアと交渉して削減するよう決意した」とだけ述べ、条約との言葉は使っていない。ホワイトハウス当局者も「どう相互に検証可能な形で削減できるかロシアと交渉作業する」とだけ述べ、条約への言及を避けた。

一方、オバマ大統領は今回、射程が短く500キロ以下の戦術核も初めて米露交渉の対象とする方針を明らかにし、演説では「欧州で大胆な削減に取り組む」と述べた。

米国は現在、欧州に200発程度の戦術核しか保有していない。核軍縮に詳しいアントワープ大のサウワー教授は「大胆な削減は、事実上の一方的廃棄になるのではないか」と見る。

ロシアの欧州での戦術核数は2500〜5000発と考えられ、けた違いに多い。交渉にはなじみにくく、米国側がゼロに近い数字を提案し、ロシアから譲歩を引き出そうとする可能性もある。

ロシアは既にオバマ演説に懐疑的な見方を示しているが、サウワー教授は「核兵器維持には金がかかり、米露とも減らしたいのが本音。ロシアは実際に減らしている」と指摘。

戦術核の場合は冷戦直後、1990年代に米露首脳の合意で条約なしに削減された経緯もあり「交渉のチャンスはある」とみる。【6月20日 毎日】
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上記はもう半年ほど以前の情報ですが、今現在どのような状況にあるのかは確認していません。
今のオバマ政権にロシアとの交渉を進める余力があるようにも思えませんが。

やがては“スターウォーズの世界”】
最後に、最近目にした“レーザー兵器”の話題。

****米陸軍、車載式レーザー兵器「HEL MD」の試験に成功*****
米陸軍は12日、軍用車両に搭載したレーザー兵器の試験を初めて実施し、成功したことを明らかにした。

試験は米ニューメキシコ州ホワイトサンズ・ミサイル実験場で6週間にわたって実施された。
軍用車両の屋根に取り付けたドーム型の砲塔に設置した高エネルギーのレーザー兵器で、90発以上の迫撃砲弾と数機の小型無人機を打ち落としたという。

「高エネルギーレーザー移動デモンストレーター(HEL MD)」と呼ばれるこの兵器システムは、米ボーイングが主契約者になっている。仮に米軍が導入を決めても、実用化は2022年以降になる見通しだ。

HEL MDは、迫撃砲やロケット砲などの攻撃から遠隔地にある基地を守ることを目的に設計され、3~5基のレーザーを搭載している。イラクやアフガニスタンにある「前進作戦基地」はこの10年ほど、こうした攻撃を頻繁に受けてきた。

複数の関係者によると、今回の試験で使用したレーザーの出力は10キロワット。次回は50キロワットのレーザーで試験を行い、最終的には出力100キロワットのレーザーを試す予定だ。

今回は、射程2000~3000ヤード(1800~2700メートル)、口径60ミリの迫撃砲弾が使用されたが、今後さらに改良が進めば、迫撃弾よりはるかに早い速度で移動する巡航ミサイルなどもHEL MDで迎撃できるようになると見込まれている。


米軍は数年前からさまざまなレーザー兵器の開発に投資しているが、結果はプロジェクトによってまちまちだ。ただ米海軍は2014年にも、「海上基地」として改造した輸送揚陸艦ポンスに小型船舶の破壊や無人偵察機の撃墜が可能なレーザー兵器を実戦配備する予定だ。【12月15日 AFP】
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“レーザー兵器”は、複雑な弾道計算が不要で瞬時に多数の目標を攻撃することが可能なこと、従来型ミサイルのように1段目のミサイル本体が市街地に落ちるといった危険性がないこと、何回でも使えるため運用コストが従来型ミサイルなどより遥かに安いこと・・・などのメリットがあるようです。

隣国からのミサイル攻撃に対し専守防衛の立場にある日本としては、使える兵器のようにも思えます。

ただ、膨大な電力を必要としますので、移動式の高出力となると原子力潜水艦などのように原子力発電とセットで運用される形も考えられているようです。

核軍縮交渉でもたもたしている間に、現実の方はどんどん先へ進んでいきます。
スターウォーズの世界も近いかも。
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中国  大物政治家・周永康氏の汚職捜査をめぐる権力闘争 “3.19中南海クーデター”の真相 

2013-12-16 22:08:48 | 中国

(捜査の行方が注目されている周永康・元政治局常務委員(左)と、すでに失脚した薄熙来・元政治局委員(右) 【12月14日 新唐人電視台】http://www.ntdtv.com/xtr/gb/2013/12/14/a1023976.html

トラを叩けるか?】
中国共産党の最高指導部である政治局常務委員会の前メンバーで、江沢民前総書記とも関係が深い有力政治家の周永康氏(71)については、かねてよりその側近や家族に汚職捜査が及んでいることが報じられていました。

「ハエもトラも叩く」という汚職官僚の摘発を政権の最大課題に掲げている習近平総書記の意向を受けてのものですが、周永康氏に関する話が出てからも本人に関する捜査進展の情報は公表されておらず、“結局、トラ(大物政治家)は叩けないのでは?”といった声も聞かれていました。

その意味で、薄熙来事件に続いて周永康・前党中央政法委員会書記の不正を追及できるか否かは、党内の権力基盤が強くないとも言われる習近平総書記の権力掌握の度合いを測るものとしても注目されています。

最近、その周永康氏が“軟禁”状態に置かれたことが“複数の共産党筋”から伝えられているそうです。
そうした情報が流されるということは、この先は不正断罪・失脚に向けて一気呵成に進む可能性もあります。

****周永康氏を「軟禁」=不文律変更し、汚職追及―発表へ環境整備か・中国****
中国共産党の習近平指導部が、党最高指導部・政治局常務委員会の前メンバーで汚職などの疑惑が浮上している周永康・前党中央政法委員会書記について、軟禁状態に置いたことが分かった。複数の共産党筋が16日までに明らかにした。周氏の汚職に関して近く何らかの発表があるとの観測も強まっている。

政治局常務委員経験者が汚職容疑で摘発されるのは前例がないとされ、習総書記(国家主席)は「反腐敗」への強い決意を誇示し、権力基盤を強化する狙いだ。【12月16日 時事】 
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ただ、大物政治家・周永康氏をめぐっては、党内指導部でも意見が一致していないとも伝えられています。
下記【産経】14日報道は、“党内では今、激しい力比べが展開されているようだ”として、事態の成り行きに含みを持たせています。

****中国前最高指導部の周永康氏は「拘束」されたのか…警察の“バック”、政局に激震も****
中国共産党の最高指導部である政治局常務委員会の前メンバーで、有力政治家の周永康氏(71)が党の規律検査部門によって事実上拘束され、その失脚が間もなく発表されるとの情報が最近、急増している。北京の多くの共産党筋も同じ証言をする。

しかし一方で、「周氏の取り扱いについて党内の意見が割れており、まだ正式に決まっていない」と語る党高官もいる。
治安、警察部門に大きな影響力を持つ周氏が失脚すれば、政局に激震が走るのは必至。習近平政権は今、重大局面を迎えているようだ。

 ■薄煕来氏と深い関係
周永康氏は、江沢民元国家主席(87)が率いる上海閥の重鎮として知られる。国有企業、中国石油のトップを経て政界入りし、大きな利権を持つ石油閥の中心人物だと今でも言われている。

公安相を経て2007年に政治局常務委員となり、胡錦濤政権で党内序列9位ながら、警察、検察、司法部門を統轄する責任者である党政法委書記として大きな権力を振るった。

昨年春に失脚した薄煕来・元重慶市トップ(64)と深い関係があることもよく知られている。
薄氏の免職が発表された直後の昨年4月から、周氏も事件に巻き込まれ、党規律部門の取り調べの対象となったとの情報が出回った。その後、北京の消息筋の間で、周氏の拘束情報が何度も浮上した。

12月2日付の台湾紙、聯合報は「周氏が汚職容疑で身柄拘束され、2日中にも正式発表される」と伝えた。
その後、カナダを拠点に置く中国語メディアや、米国の情報サイトなども同じような情報を流したが、12月12日になっても、周氏拘束の発表はない。

 ■クーデター未遂情報も
周氏の拘束容疑についても複数の情報が出回っている。石油企業の海外進出を巡る巨額な汚職のほか、部下を使って前妻を殺害したことや、2度にわたって習近平国家主席(60)=党総書記=の暗殺を図ったというクーデター未遂の情報まである。

一連の情報について、共産党高官は「周氏は今、党の規律部門によって一部の行動が制限されている」と明らかにした上で、「経済問題で調べられている。他の容疑は聞いたことがない」と話している。また、「周氏の処遇について党内の意見が割れており、まだ最終結論が出ていない」とも話した。

この高官によると、習氏が周氏の汚職問題を発表し、刑事事件にしたいとしており、周氏の後ろ盾である江氏の同意をも取り付けているという。

しかし、李鵬元首相(85)、宋平・元政治局常務委員(96)ら党内の一部の長老は「汚職金額の全額返済と党内処分」で済ますことを主張しており、今でも慎重論は根強くあるという。

 ■「常務委経験者は罰せず」
北京の共産党史の研究者によると、かつての最高実力者、●(=登におおざと)小平氏(1904~97年)は、党内対立が89年6月の天安門事件を誘発したことの反省から、党内の権力闘争の激化を避けるため、「刑不上常委」という言葉を残した。
最高指導部である政治局常務委員経験者の刑事責任は追及しないという意味で、以降、党内の不文律となった。

今回、習氏が周氏の汚職問題を調査する背景には、周氏の汚職金額が数億元(1元は約17円)にものぼるとされ、大きすぎたことと、資金の流れの証拠が多数あり、事件として捜査しやすい側面があると指摘される。

また、治安部門に大きな影響力を持つ実力者である周氏を倒すことで、習氏の求心力を高めたい思惑もある。

習氏は昨年秋に中国の最高指導者になって以降、「ハエもトラも叩く」と宣言し、大物政治家を含む汚職官僚の摘発を政権の最大のテーマとして掲げた。
しかし、約1年過ぎたところで、次官級クラスの官僚を多く摘発したが、有力政治家にはほとんど手を付けられなかった。インターネットで「トラがハエを叩いている」と揶揄されるようになった。

習政権として、周氏クラスの有力者を摘発することで、反腐敗の成果にしたい思惑がある。しかし、実行すれば、長年の政治的慣行を破ったことになる。他の長老たちの間でも「自分も捜査対象になるのでは…」との不安が広がり、抵抗しているようだ。

「周永康失脚」の発表は、12月中旬と来年3月という2つの説が今のところは有力だ。党内では今、激しい力比べが展開されているようだ。「ここまでやって結局できなかったら、習政権の求心力は逆に弱まる」と指摘する党関係者もいる。【12月14日 産経】
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“2度にわたって習近平国家主席の暗殺を図ったというクーデター未遂”ということについては、“周が爆弾と毒注射で習近平を暗殺しようとした”という話まであるようですが、かなり眉唾です。後述【香港誌・亜州週刊】も否定的です。妻殺しの噂についても同様です。

汚職は間違いないでしょう。それは周永康氏に限った話ではありませんので。
その巨額さと、失脚した薄熙来との深い関係があるということで、権力闘争のターゲットとなっています。

習近平“雲隠れ”事件と“3.19中南海クーデター”の真相
北朝鮮ほどではないにしても、中国共産党内の中南海での権力闘争は部外者には“藪の中”です。
今後の情報を待つしかありませんが、「周永康失脚」に絡んで、習近平氏が昨年の総書記就任を決定する党大会直前に“雲隠れ”した事件、今年3月、薄熙来事件に関連して中南海で“クーデター”とも噂された緊張があったこと、周永康氏と薄熙来氏の妻との関係など、非常に興味深い情報が伝えられています。

どこまで裏が取れている話かは知りませんが、香港誌・亜州週刊による“海外メディアの報道を検証した、かなり確度が高い記事”として紹介されています。

なお、下記記事で“双規”という言葉が出てきますが、“双規”とは汚職の嫌疑をかけられた党員が中国共産党紀律部局による取調べを受けることを指します。

この双規を受けて容疑が固まってから、司法機関に身柄を委ねられます。双規を受けた党員が後に無罪放免になるケースは基本的にはないようです。
双規が行われるかどうかは、薄熙来や周永康などの大物になると、政治局、常務委員会の決定によってなされます。
【6月28日 KINBRICKS NOW より】

****3・19中南海クーデターの真相とは? 周永康失墜の真相―中国****
周永康失墜の内情、習近平の“虎狩り”は驚きの展開に亜州週刊、2013年12月22日号数々の情報源が認めているとおり、かつて200万人近い武装警官、警察、司法関係者を率い栄華を極めた前中国共産党政法委員会書記・周永康は今、急速に失墜している。

かつて手に染めた犯罪行為は詳しく調査され、「刑は政治局常務委員に上らず」の慣例も打ち破られようとしている。周の後ろ盾と目されてきた江沢民、曾慶紅もすでに一線を引いているという。

周永康を取り調べる「二号専案」調査グループは今まさに周永康の取り調べを進めており、家族や側近もみな拘束された。一部海外メディアは先週末に真偽不明のさまざまな伝聞を流した。中には周が爆弾と毒注射で習近平を暗殺しようとしたとの報道もあった。しかし中国共産党高官はこの伝聞を否定している。

ある高位の職にある情報筋によると、12月11日時点の情報として取り調べは事実だと認めたものの、政変や暗殺の噂は否定している。この消息筋によると、習近平はすでに周永康を司法で裁くことを決定したという。

拘束公告文案はいまだ検討中
高官の状況に詳しい消息筋によると、12月10日時点で中国共産党はまだ司・庁級には周永康に関する通達を出していないという。「それどころか部級にもまだ通達されていない。公告をどうまとめるかはまだ検討中だ」という。

ある北京の官僚によると、司級まで通達されれば、現在の中国においては全国に公表されたも同じだという(情報の流出は防げないとの意)。

「二号専案」と呼ばれるこの事件。現在は違法行為、紀律違反行為の黒幕である周永康の取り調べが進められている。

習近平は総書記就任後すぐに「虎狩り」を決意した。そして今、まさに虎は檻へと追い込まれた。

妻殺害容疑は確認されず
別の消息筋によると、周永康は確かに薄熙来を持ち上げ、自らが院政をしく考えを持っていたという。しかしクーデター、毒注射による暗殺といった伝聞は誇張されすぎで事実とは異なると指摘した。
また妻殺しの噂もあるが、これも当局は確認できていないという。(中略)

周永康と薄熙来の事件は中国共産党内部に激烈な政治抗争をもたらすものとなった。
ある北京市の海外メディア関係者によると、2012年9月、すなわち習近平が総書記に就任する十八大(中国共産党第18期党大会)の2カ月前のこと、習近平が2週間にわたり姿を消した時期があった。

休養、全面改革プランの起草と公表されていたが、実際には権力闘争の手段としての休暇であった。習が中国共産党の核心的権力を掌握することを保障せよ、さもなくば総書記には就任しないと江沢民、胡錦濤に迫るためのものだったのだ。

江沢民、曾慶紅は周の支持者だったが、最終的には一線を引くことを決意した。

今年7月、江沢民は訪中したキッシンジャー元国務長官と会見、習近平を絶賛している。

周永康の家族、側近を拘束
李春城、蒋潔敏など多くの配下、側近はすでに双規(党紀律部局による拘束、取り調べ)された。家族も取り調べを受けているが、唯一、次男の周寒だけは拘束されていないという。周寒は中国石油に身を置き、父との関係も少なかった。長男の周濱とその妻は帰国、拘束され取り調べを受けている。

博訊網によると、周永康の兄弟姉妹も取り調べを受けている。当局が兄弟姉妹のオフィスを捜索したところ、数億元もの現金、預金通帳を発見したという。彼らは周永康による売官や収賄の仲介人となっていた。

2012年3月15日、薄熙来の双規が発表された。その4日後の19日、北京には「中南海クーデター」の噂が流れた。多くの著名ネットユーザーが北京と中南海の異常を伝え、大量の軍用車両であふれかえり、警備が強化されたことを伝えている。

当時流行した筋書きとは、周永康が武装警官を動員し中南海を包囲、クーデターを画策したが、胡錦濤が掌握した三十八軍の前に企みは敗れたというものだった。

消息筋によると、19日には確かに衝突があったが、それはクーデターではなく、薄熙来の“お財布”、大連実徳グループの徐明会長の身柄を奪うものだったという。

薄熙来の双規後、周永康は配下の警察に徐明の身柄を確保するよう命じた。中央紀律委員会がその身柄を引き渡すよう要求したが、周の意を受けた警察は拒否。

すると紀律委員会側は周の長男、周濱の汚職の資料を武器に身柄の引き渡しを迫った。周は武装警察に命じて徐明の身柄を移そうとしたが、紀律委員会側も兵力を集め、徐の身柄を奪うチャンスを狙った。

この一触即発の事態に驚いた中国共産党指導部は不測の事態を避けるため、中央弁公庁に命じて中央警衛局を動員させ、中南海の警備を固めた。

かくして武装警察と警察、中央紀律委員会、中央警衛局は緊迫の一夜を過ごし、さまざまな噂が流れることとなった。

消息筋によると、19日の事件後、周永康は全国200万人の武装警察の指揮権を剥奪された。
また習近平は政法委員会の権力削減を決定。十八大後には政法委員会書記は政治局常務委員のポストから格下げされた。また三中全会で発足が決まった国家安全委員会の管轄下に入ることが決まり、習近平は警察権力を掌握することとなった。

谷開来が供述、周永康との関係
薄熙来、王立軍、谷開来が主役となった重慶政治ショー。なかでも薄熙来の後半はそのクライマックスとなった。裁判最終日、薄熙来は自ら谷と王の“関係”を口にし、全国の観衆を驚愕させた。

その谷だが、王立軍とだけではなく、周永康とも“関係”していたのだろうか?

北京の消息筋によると、調査グループ内部の重慶市関係者が次のように話しているという。
薄熙来、王立軍の事件に関する調査はほぼ終わった今年初頭、谷は周永康との関係があったことを認めたという。「谷は軽微な精神障害でしたが、周永康との関係についての発言は事実です」と話している。

また匿名希望の消息筋は「谷が本当にそう言ったのかどうかははっきりしない。窮地を抜け出るために周永康を巻き込もうとしたのではないか」と話している。
ただし谷と周の“関係”については、谷の発言以外では確認が取れていない。【12月13日 KINBRICKS NOW】
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左でも右でも・・・・
習近平総書記は、上記のように、薄熙来に続いて周永康氏に狙いを定めて、「ハエもトラも叩く」姿勢を国民にアピールし、併せて党内権力基盤強化を進めています。

政治路線的には、薄熙来は自由な市場よりも国家機能を重視し、毛沢東思想を掲げる左派になりますが、こうした左派だけでなく、同時に民主化運動への弾圧も強化しています。

****新公民運動」活動家を起訴=「社会進歩の代価いとわず」と無罪主張―中国****
中国で幹部の資産公開や教育の平等など理性的な要求で社会の変革を目指す「新公民運動」の中心人物で、8月に逮捕された著名人権活動家の許志永氏(40)について、北京市検察当局は14日までに公共秩序を乱した罪で起訴した。

許氏の弁護人を務める張慶方弁護士は時事通信の取材に対して最近、接見した際に許氏が「中国では昔から今まで正義の士が、社会の進歩のために代価をいとわなかった。今、自分も代価を払う機会を得られ、非常に光栄だ」と語り、無罪を主張していくと述べたと明かした。【12月14日 時事】 
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左でも右でも、共産党の一党支配体制にとって好ましくないものは許さない・・・という姿勢のようです。
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エイズ  治療薬の進歩、感染拡大に一定の歯止め、されど・・・

2013-12-15 22:32:53 | 疾病・保健衛生

(12月1日 「世界エイズデー」に巨大な赤リボンが掲げられたアメリカ・ホワイトハウス “flickr”より By Ted Eytan http://www.flickr.com/photos/22526649@N03/11161282593/in/photolist-i1husM-i1gtNV-i1gC5z-i1gyL1-i1gRX3-i1grdK-i2upDm-i2uqdY-i2u9cP-i2uugq-hRh7y3-hV6kds-ggYkas-hr7Ew3-hwWAKm-ha9RoY-gPs1HT-i6kALf-h4f7Jx-hGjbrc-hGkjec-hGjC6E-hGjtmp-hGjqSM-hGkFrx-hGkCGK-hGjPKb-hGjHYS-hGkhQ1-hGjhQp-hGjALA-hGjEmS-hGjgJr-hGjzwm-hGjaEc-hGk2mf-hGjsin-hGkfPY-hGjuop-hGkrMi-hGjnup-hGjqdR-hGktHx-hGjuCH-hGjk3a-hGktUp-hGjRQd-hGk83W-hGkyte-hGkwup-hGjTdJ)

【「死の宣告」から「慢性の感染症」へ
先月、エイズ検査目的だったと疑われる献血者からの輸血が、感染初期だったためスクリーニングをすり抜けて、他の患者にエイズに感染するという事件があり話題となりました。

ただ、こうした話題を除くと、日本でのエイズに対する関心は、感染者があまり多くないこともあって、ひところに比べるとあまり高くないように思われます。

しかし、世界的に見ると、エイズは未だ人類にとっての大きな脅威であり、昨年の死者数は160万人にのぼります。
また、世界では今でも約3430万人の感染者がおり、新規の感染者数も毎年約250万人いると言われています。
なお、日本では毎年1500人前後の新規感染者が報告されています。

もっとも、治療薬の進歩によって、かつては「死の宣告」にも等しかったHIV(エイズウイルス)感染は、今では服薬によってコントロールできる「慢性の感染症」と呼べるまでに状況は改善しています。

****死の宣告ではなくなったHIV***** 
12月1日は25回目の「世界エイズデー」。今年はエイズ治療研究の分野で画期的な成果が報告された年だった。
かつては死を宣告されたも同然だったエイズウイルス(HIV)感染者も、今ではほぼ普通の生活を営めるようになり、治癒に向けた展望も見え始めている。

エイズ・HIV研究を巡っては、今年3月、HIVに感染した子どもが実質的に治癒したという症例が報告され、7月には成人の感染者2人が幹細胞移植を受けてHIVの痕跡が消え、抗HIV薬による治療を中止したという発表があった。

エイズ研究機関amfARのケビン・ロバート・フロスト代表は「世界で3500万人の感染者に応用できる治療法の確立のためにまだやるべきことはたくさんある。だがエイズの治癒に向けた現実的な展望は見え始めている」と指摘する。

HIVが発見された1981年当時、HIV感染の診断は、死の宣告に等しかった。
ジャスティン・ゴフォースさんは92年、看護学を学んでいた26歳の時に陽性と診断された。当時まだ治療の選択肢はほとんどなく、感染者は米食品医薬品局(FDA)が87年に抗HIV・エイズ薬として初めて承認したAZTを処方されていた。

だがこの薬には命にかかわりかねない深刻な副作用があった。
「私はとても具合が悪く、ただ黙って泣き続けた。看護師が私をなぐさめようと、『あなたはまだ感染しただけだから、死ぬまでには6~8年ある』というような言葉をかけてくれたけれど、あまりなぐさめにはならなかった。でも当時はそれしか言いようがなかった」。ゴフォースさんはそう振り返る。

だが今では研究が進んで治療法も進歩した。ワシントンの医療機関の専門医レイ・マーティンズ医師は、「感染者であっても通常の寿命をまっとうでき、非感染者と同じような生活ができる公算が大きい」と指摘する。

薬の服用は1日に1錠だけで済む選択肢もあり、副作用もほとんどなくなった。大部分の感染者にとってHIVは、糖尿病や心臓病といった慢性疾患のような存在になりつつある。

ゴフォースさんは感染が確認されてから21年がたち、47歳になった今も健康で生活している。
1日に5回、40錠あまりの薬を飲んで「恐ろしい」副作用に見舞われていたかつてとは対照的に、今は1日に2回、5錠を服用するだけで、「事実上、副作用はほとんどない」という。

この7年半前からあまりはワシントンの医療機関に看護師として勤務。患者たちに自分の体験を伝え、HIV感染者であっても普通の生活を営めると伝えている。「夢を追い、仕事や家庭を持ち、人生でやりたことは何でもできる。それが今の私たちだ」

感染者の啓発誌のため1994年に発効された雑誌POZは、世界エイズデーを前に毎年11月、エイズとの戦いに功績のあった感染者100人を選んでいる。ゴフォースさんは今年、その1人に選ばれた。【12月2日 CNN】
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今では1日1錠の服薬ですむようになっています。(先進国患者の場合ですが)

“スタリビルド配合剤という日本で今年導入された合剤は、初めて抗ウイルス剤を服用する感染者であれば、本当に1錠で済む。それでウイルスの増殖を抑えられる。それによって30年前は感染したら「半年から3年で死に至る」と言われていたのが、薬を飲み続けることで感染後40年から50年近くも生活できるまでになった。”【11月26日 堀田 佳男氏 日経ビジネス】

【“治癒例”のその後
上記【CNN】にある“治癒例”に関しては、早期治療による子供の“治癒”の方は、今も良好な状態に保たれているようです。

****HIVから治癒した子ども、「偶然ではない」 米研究****
生後すぐにヒト免疫不全ウイルス(HIV)の治療を受けた少女が、HIV感染から治癒したとみられるとの報告が、23日の米医学誌「ニューイングランド医学ジャーナル」に掲載された。
3歳になった現在、少女にHIV感染の兆候はみられないという。

報告書では、誕生翌日にHIVの陽性反応を示したDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)の検査結果にも触れており、本当は感染していなかったのではとの一部専門家から挙がっていた意見への回答が試みられている。

少女には抗レトロウイルス薬が生後18か月まで投与された。その後の経過を1年半にわたって見守ったが、HIV感染の兆候が再び検出されることはなかった。

「われわれの発見は、症状がみられない現状が単なる偶然ではなく、積極的な初期治療が寄与している可能性が高いことを示している」「最大の問いはもちろん『HIVが治癒したのかどうか』だ。現時点での最善の答えは『おそらく』だ」と、報告書は述べている。

一方で研究チームは、今後長期にわたる追跡調査が必要と指摘。この少女の事例が将来のより綿密な研究につながるような理論的根拠を示しているとはいえ、少女に「特有」な事例である可能性もあると警告した。

担当した医療チームは、治療の成功の要因は早期介入にあったと考えている。2014年には、米政府支援の下でより大規模な試験が開始される予定だ。【10月28日 AFP】
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しかし、骨髄移植による“治癒”の方は、再び陽性反応が出ています。

****治癒期待されたHIV感染者2人、再び陽性に****
後天性免疫不全症候群(エイズ、AIDS)を発症させるヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染し、骨髄移植後にHIV陰性に転じていた男性2人が再び陽性になっていたことが、米研究者らの発表で6日までに明らかになった。

専門家らはこの結果について「残念」だと語る一方、HIVの潜伏を解明する上で重要な手がかりを新たに提供するものだとしている。(中略)

(報告を行った)ハインリック氏はAFPに対し、「患者のHIVが検出可能な水準に戻ったのは残念だが、科学的な意義は大きい」と述べ、「この研究でHIVの病原巣が、従来承知されていたよりも深い場所にあり、持続性があることが分かった」と強調した。

また、同氏は「2人は治療を再開し、現時点の健康状態は良い」とコメントし、本人たちの意向を踏まえて、2人の身元はメディアに公表しないと付け加えた。【12月8日 AFP】
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“治癒”に至るまでには、まだまだ多くの研究を要するようです。

新規感染者数は減少を続けている
冒頭にエイズによる昨年の死者数が160万人という数字をあげましたが、この数字自体は、ピーク時2005年の230万人、2011年の180万人から減少してきており、全体としては感染拡大に歯止めがかかっています。

****12年のHIV新規感染者、01年比で33%減少 国連****
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の新規感染者数が2001年と比べて3分の1減少し、特に子どもの新規感染者は半減したと、国連(UN)が23日、発表した。

2012年にHIVに新たに感染した人の数は全世界で230万人で、2001年と比べて約33%減少した。また、新たにHIVに感染した子どもの数は26万人で、2009年と比べると3分の1以上少なく、2001年からは52%減少した。

国連合同エイズ計画(UNAIDS)のミシェル・シディベ事務局長は「HIVの年間新規感染者数は減少を続けている。特に、新たにHIVに感染した子どもの数が急激に減少している」と述べた。

UNAIDSはHIVに感染した妊婦から胎児への感染を防ぐ抗レトロウイルス薬の配布が成果を上げたと評価。今後2年間で子どもの新たな感染を90%まで減少させることができる可能性も出てきたという。

UNAIDSの年次報告書によると、抗レトロウイルス薬により2009~2012年に67万人の子どもの新規感染が防止された。特に、世界の子どものHIV感染者330万人のうち90%が集中するサハラ以南のアフリカでの成果が目覚ましかったという。

さらに、2012年にエイズに関連して死亡した人は160万人で、2005年の230万人、2011年の180万人から減少している。【9月23日 AFP】
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こうした状況改善の柱は感染者の多い中低所得国における治療薬の普及です。

****エイズ治療薬、970万人に普及=中低所得国で対策効果―WHO****
世界保健機関(WHO)は30日、中低所得国でのエイズウイルス(HIV)対策に関する報告書を発表、HIV増殖を抑える抗レトロウイルス薬(ARV)治療を受けた患者数が2012年末時点で970万人と、11年末から160万人増えたと明らかにした。治療薬の普及により、治療を受けた患者の年間増加数はこれまでで最大となった。

地域別の患者数では、アフリカが750万人超と最多。治療を受けた患者数全体が増える傾向にある一方で、薬物注射をする人や男性同性愛者など特定グループへの普及は遅れているという。【6月30日 時事】 
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【“医療の問題”であると同時に、すぐれて“経済問題”“貧困問題”でもある
しかし、厳しい現実が存在します。
性交渉による感染を防ぐためにはコンドームの使用が有効ですが、そうした知識の広まりが十分でないことに加え、コンドームを買うこともできない“貧困”の問題があります。

****コンドーム買うなら生活の足しにする現実****
サブサハラ・アフリカの各国政府がどれほどHIV/エイズ対策に資金を投入しても、解決へまだまだ時間がかかることは確実だ。なぜか。

その答えは、(タンザニアの)Manzese地区のエデュテイメント(エデュケーションとエンターテイメントを合わせた造語)の見物に来ていた地元住民の言葉に現れていた。

「この(コンドーム使用促進を進める)イベントは少なくとも7年前からやっている。この街の様子も集まる住民の身なりも、まったく変わらない。HIV陽性の奴らもこの地域は多いはずだ。
大人は毎日食べることに精一杯でHIVについて子どもに教育する余裕など無い。そもそも、コンドーム1パック(3つ入り)が200タンザニアシリング(約11円程度)で、そんなカネがあったら生活費に消えることがほとんどだろう」

つまり、HIV/エイズ問題の根底には貧困問題があり、それが教育の欠如につながり、問題解決を遠のかせているということなのだ。
Manzese地区などの貧しい地域の住民は、1日1.25米ドル(約2000タンザニアシリング)で暮らす家族がほとんどだ。コンドーム1パックは、1日の生活コストの10%程度ということになる。

タンザニアは、サブサハラ・アフリカの国々のなかでも比較的順調にHIV/エイズ対策が進んでいると言われている。世界基金などから投下される巨額の資金は、さまざまなHIV/エイズ対策プログラムに使われ、構築されたシステムも回っている。だが、問題の解決はまだまだ先だ。

タンザニアのGDP成長率は7.2%(2011~2015年予測、IMF)。しかしこの急成長は、例えばHIV/エイズの問題という暗い影の部分を孕みながら進む、アンバランスで脆いものだということが透けて見える。

その一端が、冒頭のムトワラの例だろう。資源開発による経済発展という光が当たっているが、同時にHIV感染率が上昇という影の部分もはっきりと現れている。

貧困対策とHIV/エイズ対策は、いわば車の両輪なのだ。この二つが揃って行なわれて、初めて脆い成長は足腰の強い成長へと変わるのかもしれない。(後略)【6月14日 DIAMOND online】
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タンザニアはサブサハラ・アフリカ諸国のなかでも、積極的にHIV対策を進めている国のひとつです。

“キクウェテ大統領も積極的にHIV対策に取り組んでいる。2007年7月~12月には、HIV/エイズのテスティングキャンペーンを行ない、キクウェテ大統領自らが、夫人と共にメディアに登場し、テストを受ける様子を広く国民に示した。大統領はそれだけではなく、自らの側近や軍幹部にもテストを受けるように指示し、各担当組織でテスト受けた人数を報告させるという徹底ぶりだった。”【同上】

そのタンザニアにおいてさえ、上記のような厳しい現実があります。

コンドームも買えない“貧困”にあっては、どんなにすぐれた治療薬が開発されても、公的な支援なしには患者の手に届くことはありません。たとえ安価なジェネリック医薬品であったとしても。

エイズの問題は“医療の問題”であると同時に、すぐれて“経済問題”“貧困問題”でもあります。

治療薬の開発に製薬企業は膨大な時間と費用をかけていますので、その資金の回収のためにはどうしても製品は高価なものとなってしまいます。
そのため、貧しい国あってはより安価なコピー薬(ジェネリック医薬品)が必要とされますが、開発企業の“知的財産”特許権と衝突します。

開発企業の“知的財産”特許権を無視しては、そもそも研究開発が行われなくなってしまうという側面がありますので、バランスのとれた配慮が必要とされます。

日本を含む環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉は越年が確実となっていますが、争点のひとつが「知的財産」の問題です。

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難航分野の多くは、交渉を主導する米国が高いレベルの自由化を求め、新興国が難色を示す構図となっている。

「知的財産」では、ディズニーなど有力コンテンツを持つ米国が著作権保護期間の延長を主張。新興国を念頭にDVDなどの海賊版取り締まり強化も求めている。

さらに、国内製薬業界の意向も背景に米国は新薬の特許期間延長も目指すが、新興国は「安価な後発医薬品(ジェネリック)の開発・普及が遅れ、国民に受け入れられない」と猛反発している。(後略)【12月8日 毎日】
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アメリカ製薬業界は、オバマケアの動向、ということはオバマ政権の命運をも左右する強いロビー団体だそうですが、どういう形で決着するのでしょうか。

****米当局、新しいHIV治療薬「ドルテグラビル」を認可--開発途上国への導入時期に疑問残る****
米国食品医薬品局(FDA)が2013年8月13日、HIV治療の新薬である「ドルテグラビル」を認可した。これを受け、国境なき医師団(MSF)は、この有望な新薬が途上国で入手可能となる時期については疑問が残ると指摘している。

これまでの研究では、強力なインテグレーゼ阻害薬ドルテグラビルがHIVウイルス複製の阻害に極めて有効であり、副作用も少なく、耐性獲得も阻むことが報告されている。

同種の医薬品や、広く利用されている既存治療薬と比較しても多くの利点が認められ、今後ドルテグラビルが富裕国で第一選択薬に含まれる可能性は大きい。

しかし、この治療薬が開発途上国の人びとにも入手可能となるかは定かではない。
製造者であるヴィーブヘルスケア社(ViiV Healthcare: ファイザー、グラクソ・スミスクライン、シオノギ製薬による合弁会社)が、低価格での提供に対して積極的な姿勢を示していないからだ。(後略)【8月14日 msn産経】
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バングラデシュ  総選挙を控えて波乱含みの情勢

2013-12-14 23:09:46 | 南アジア(インド)

(イスラム原理主義的な要求を掲げる「ヘファジャット・イスラミ」による示威行動 “flickr”より http://www.flickr.com/photos/auniket/8662483267/in/photolist-ectutM-e9h4oN-e9bvxv-ea326i/)

二大政党の政争とハルタルによる混乱
明後日12月16日はバングラデシュの独立を祝う戦勝記念日です。
バングラデシュ社会の政治的混乱については、これまでも何回か取り上げてきました。

****成長を阻害してきた激しい政争****
ここ数年は6%台の成長が続き、今後が期待されてもいるバングラデシュ経済ですが、これまでバングラデシュの成長を阻害してきた大きな要因のひとつが“混乱を招く政治的争い”と“身内・関係者の利害を優先した政治”であり、その根幹はハシナ首相率いるアワミ連盟(AL)と、ジア前首相率いるバングラデシュ民族主義党(BNP)の争いでした。

2007年1月には、軍を後ろ盾とする暫定政府が全権を掌握、政治的混乱を招いてきたハシナ、ジア両氏が汚職容疑で相次いで逮捕され、各政党では党内改革も同時に実施されましたが、有力指導者が現れず、結局、ハシナ、ジア両氏とも釈放されています。 (後略)【2月21日ブログ「バングラデシュ 独立戦争当時の残虐行為に関連して、最大イスラム政党の非合法化を検討」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130221
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政権を交互に担当してきたALとBNPの両女性党首は、よく似た経歴・境遇とも言えます。
現首相であるアワミ連盟(AL)のシェイク・ハシナ氏は初代大統領であるシェイク・ムジブル・ラーマンの娘です。一方、野党第一党のバングラデシュ民族主義党(BNP)の党首であり前首相のカレダ・ベグム・ジア氏は、ムジブル・ラーマンの暗殺後に就任した二代目大統領ジアウル・ラーマン氏の妻です。

ハシナ首相の父も、ジア前首相の夫も政治的な非業の死を遂げており、二人の女性リーダーは、それぞれ相手のことを「自分の父親と家族を殺した」、あるいは「自分の夫を暗殺した」と憎みあう犬猿の仲だと言われています。

二大政党が政権を交互に担当するという“一見民主的な”政治動向にもかかわらず、政争による混乱が収まらないのは、背景に両女性リーダーの間の根深い“私怨”が存在していることもあります。
もちろん、政権交代が経済的関係の一掃に直結するという基本的構造があるのは、日本の土建屋政治と同じです。

また、政治手法の面でバングラデシュ社会を混乱に陥れているものとして、“ハルタル(ホルタル)”と呼ばれている慣習的政治運動があります。

ハルタルは、ゼネラルストライキと解説されることが一般的ですが、バングラデシュのハルタルは野党勢力が政権転覆を目指して、暴力を伴って行う街頭行動です。
主な活動方法は、「バスや列車、タクシーなどの乗り物の通行を自粛せよ」、「商店や学校、オフィスなどの活動を停止せよ」というものですが、そうした要求を金で雇った若者らを使った暴力的妨害行為で実行しています。

****バングラデシュの政情不安、治安悪化に歯止めがかからない*****
・・・・政党あるいは宗教団体が大掛かりなデモを実施するために街全体を「シャット・ダウン」するのだ。

具体的には、移動中の車やバス、オートリキシャを見つければレンガや火炎瓶を投げつけて動けなくし、燃やしてしまう。線路の枕木をはずし、列車を脱線させる。停車中の列車を爆破する。
幹線道路に丸太を大量に転がして物流網を遮断する。
そして、こうした行為を止めに入る警官隊や機動隊等と衝突するなど、手段を選ばない。

今年3月以降、ホルタルにより100名を超える死者が出ているが、これにはデモ隊だけでなく、応戦する警察や、巻き添えになった一般市民も含まれる。(後略)【4月9日 池田洋一郎氏 「バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その1)」http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-100.html
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多くの死傷者は出てはいますが、
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ホルタルで暴れている多くの暴徒は、双方の政党が追求するアジェンダに心酔しているハード・コアな支持者という訳では決してなく、「一日ホルタルに参加したら100タカ(約100円)」、「カクテル爆弾を見事爆発させたら2,000タカ」という政党からの「求人広告」に応じて動員された、暇をもてあまし不満を抱える若者たちだからだ。

彼らの多くは「選挙管理内閣の復活」や「政権交代」に青春をかけている訳では必ずしもなく、単に、バイト感覚で憂さ晴らしが出来る、ということで、ホルタルに参加している訳だ。 この点、ホルタル期間中に、バスや列車が襲われているテレビの中継や新聞報道などを注意深く見ると、石やレンガなどをバスに投げつけ、乗客や運転手が急いで逃げ降りた後に、カクテル爆弾を投げつけて火をつけていること、列車の爆破に関しても、乗客が降りたことを見計らって火を放っているケースが多いことに気付かされる。【同上(その2)http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-101.html
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ということで、自爆テロなどの市民殺傷を目的としたものとは異なるようです。

政権側は社会機能を麻痺させる野党による暴力的なハルタルを非難しますが、その政権与党も野党時代には盛んにハルタルを実施して当時の政権を揺さぶっています。

来年1月の総選挙実施を控えて状況は悪化しているようです。

****野党連合、選挙不参加=争乱で22人死亡―バングラ****
バングラデシュの野党連合は2日、現政権下では選挙の中立性が保証されないとして、来年1月に予定される総選挙への不参加を表明した。

同国ではハシナ政権が選挙日程を発表して以降、反体制派が手製の爆弾を爆発させたり、列車を脱線させたりする抗議活動を展開。AFP通信によると、これまでに22人が死亡するなど混乱が続いている。【12月2日 時事】 
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野党側が“現政権下では選挙の中立性が保証されない”としているのには、それなりの法的背景があります。

従前の憲法には、与党・政府が職権を乱用して公正な選挙活動を妨害したり、結果を操作したりしないよう、前最高裁判所の長官をトップとする選挙管理のための暫定内閣を議会解散後に任命することを定める条項がありました。

しかし、現政権は議会内での圧倒的多数を背景に、この「選挙管理内閣設置条項」を廃止してしました。
そのため、野党側はその復活を求めている・・・という事情があります。

バングラデシュの政治情勢の対立軸のひとつは、これまで述べたようなハシナ首相率いる与党「アワミ連盟(AL)」と、ジア前首相率いる野党「バングラデシュ民族主義党(BNP)」の争いがあり、ハルタルという暴力的な形態で展開されています。
この争いは、来年1月の総選挙を控えてピートアップしています。

【「バングラデシュ人としての一体性」対「イスラムの連帯」】
もうひとつの対立軸は、独立時の戦争犯罪を巡る、「バングラデシュ人としての一体性」を大義とする勢力と「イスラムの連帯」を大義とする勢力の争いです。

****バングラデシュ、イスラム政党幹部を処刑 独立戦争時の戦争犯罪で*****
バングラデシュは12日、1971年の独立戦争時に集団虐殺などを主導したとして、同国最大のイスラム政党「イスラム協会(JI)」の幹部の一人、アブドゥル・カデル・モッラ死刑囚(65)を絞首刑に処した。

同戦争での戦争犯罪で死刑が執行されたのはこれが初めて。クアムルル・イスラム法務副大臣は、同死刑囚の絞首刑を、首都ダッカの施設で同日午後10時1分(日本時間13日午前1時1分)に執行したと発表。

イスラム氏はAFPに対し、「歴史的瞬間だ。1971年の解放戦争から40年を経て、集団虐殺の犠牲者はようやくある程度の正義を実現することができた」と語った。さらに、パキスタンからバングラデシュの独立を勝ち取った戦勝記念日が間近であることに触れ、「12月16日の戦勝記念日を祝うに当たり、国民には最高の贈り物となった」と述べた。
独立戦争時の戦犯を裁くバングラデシュ国内の特別法廷「国際犯罪法廷」は、モッラ死刑囚を含むイスラム主義者5人とその他の複数の政治家に死刑判決を出している。

この法廷で最初の判決が出た1月以降、バングラデシュでは独立後最悪の暴力行為が相次いで230人以上が死亡しており、死刑が執行されたことでさらに緊張が高まる恐れもある。

すでに死刑執行の発表直後に、数都市で新たな衝突が発生したという報告もある。野党は、この法廷はイスラム主義勢力指導者の根絶を目指しているとして強く批判している。
モッラ死刑囚は、バングラデシュの独立に反対する親パキスタンの民兵を率い、同国の高名な学者や医師、作家やジャーナリストを殺害したとして、今年2月に死刑判決を受けていた。

同死刑囚の罪状には、レイプや350人以上の非武装の民間人の集団虐殺なども含まれていた。同死刑囚はその残虐行為の大半が行われた地名から「ミルプールの虐殺者」の異名を取っていた。

大統領からの恩赦を拒否した同死刑囚の処刑は、当初10日に予定されていた。しかし執行の90分前になって、判事が執行の一時保留を命じていた。その後同死刑囚は死刑判決の見直しを最高裁に求めたが、最高裁は12日にその求めを退け、同死刑囚はその数時間後に処刑された。【12月13日 AFP】
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この問題に関しては、8月1日ブログ「バングラデシ イスラム原理主義と世俗主義のせめぎあい」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130801)でも取り上げました。

“イスラム原理主義”という言葉を使用しましたが、もともとは独立時の“戦争犯罪”に関する問題です。

****正義」をめぐる 分断***
あらゆる戦争の背景には、対峙する双方が掲げる正義がある。

42年前、バングラデシュはパキスタンからの独立を果たした。9ヶ月にわたる戦闘で約300万人もの同胞を失うという途方もない犠牲を伴いながら手にした独立だった。

独立に当たって作られた憲法には、バングラデシュ人としての一体性(Nationalisim)、民主主義(Democracy)、そして政治と宗教の分離(Securalism)といった、独立戦争を戦う上での精神的支柱となった正義が、バングラデシュという国民国家の精神として謡われた。

独立戦争を戦い抜いたフリーダム・ファイターは英雄となり、国のあちこちにその像が建てられた。一方、独立戦争に際して、ムスリムの連帯重視という別な正義を掲げていたグループが、当時東パキスタンだったバングラデシュの領土内に存在した。

「イスラム共和国」としての一体性を重視していた、例えば「ジャマティ・イスラム(Bangladesh Jamaat e Islami:イスラム協会)」といったグループは、バングラデシュのパキスタンからの独立に反対し、「インドの回し者である分離主義者」を駆逐すべくパキスタン軍に加担した。

彼らは1971年12月16日までは官軍だったが、パキスタンの敗北により「ラザカー(裏切り者)」の汚名を着る賊軍となった。

独立戦争から42年を経た今、当時ぶつかり合った二つの正義が再び表面化し、バングラデシュの社会に亀裂を走らせている。「戦犯問題」という名のパンドラの箱が開いたためだ。(後略)【4月17日 池田洋一郎氏 「バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その3)」http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-102.html
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死刑執行を「12月16日の戦勝記念日を祝うに当たり、国民には最高の贈り物となった」とする法務副大臣のコメントは、挑戦的に過ぎる過激なものにも思えますが、約300万人もの同胞を犠牲とする独立戦争を戦った初代大統領であるシェイク・ムジブル・ラーマンを指導者とした与党「アワミ連盟(AL)」としては当然のスタンスかもしれません。

こうした独立戦争当時の戦争犯罪を糾弾する若者ブロガーらの行動、政権・司法による断罪に対し、当然ながら「ジャマティ・イスラム(イスラム協会)」側は激しく反発しています。
指導者の生命、組織の存亡がかかっていますので、そのハルタルも通常の政争絡みのものとは異質の激しさとなっています。

イスラム協会は、野党「バングラデシュ民族主義党(BNP)」とは前政権で連立を組んでいたように近しい関係にあります。
BNPはイスラム協会側を支持していますが、その思惑としては、社会の混乱が行き着くところまで行って、軍が介入して選挙管理内閣を作る・・・というシナリオを想定しているとも指摘されています。

このようにこの第2の対立軸に、第1の対立軸であるAL対BNPという政争が絡んできます。

更に、問題を難しくしているのは、裁かれているイスラム協会ともつながりがあるとされるイスラム原理主義的な宗教グループ「ヘファジャット・イスラミ」が、イスラム協会の戦争犯罪を糾弾するブロガーを「ムスリムを冒涜する無神論者」として死刑にするよう求め、政府にはイスラム原理主義的施策を求める大衆行動を大規模に展開していることです。

****イスラム冒とくに死罪要求、大デモ隊が警察と衝突 28人死亡 バングラデシュ****
バングラデシュの首都ダッカで5日、神に対する冒とくに死罪を設けるよう要求する数十万人規模のデモが行われ、警官隊との衝突で少なくとも28人が死亡した。警察当局と医療関係者が6日、明らかにした。

デモはイスラム強硬派のヘファジャット・イスラミ党(Hefajat-e-Islam)が主催したもの。デモ隊は「アッラー・アクバル(アラーは偉大なり)」「要求は1つ、無神論者に絞首刑を」などと叫びながら、ダッカ周辺の高速道路6本を封鎖。首都と郊外と結ぶ交通機能をまひさせた。

デモ参加者の多くは、地方の農村部出身者だという。警察発表によれば、ダッカ中心部まで20万人が行進し、治安部隊と衝突。デモ隊が警官隊に向かって投石し、警官隊側が警棒で応酬した。また、警察当局はゴム弾のみを使用したと発表したが、目撃者や地元メディアによると、警察署に放火したデモ隊を解散させるため治安部隊が実弾数百発を発砲したという。

最近結党されたばかりのヘファジャット党はイスラム原理主義を掲げ、イスラムを冒とくした者に死罪を科すよう要求している。
今回の大規模デモについては、13点の要求項目の推進を掲げて行ったと説明しており、この中には男女が公共の場で自由に同席することを禁じたり、憲法にアラーへの誓いの言葉を復活させることなどが含まれている。【5月6日 AFP】
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「ヘファジャット・イスラミ」に関する最近の動向はよくわかりません。

“「我々バングラデシュ人とは、“パキスタン・イスラム共和国”から独立を勝ち取った者である」と自らを定義する人々”と“「我らバングラデシュ人とは、ムスリムであり、バングラデシュはムスリムの国家である」と自らを定義する人々”の間で、アイデンティティーの分断が生じているとも。

後者の人々は、“バングラデシュという同じ空間を共有しているヒンドゥー教徒やクリスチャンよりも、数千キロ離れたパキスタンやサウジアラビアにいるムスリムのほうが「同胞」としての意識を強く感じる。”人々です。
【池田洋一郎氏 「バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その4)」http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-103.html

こうしたバングラデシュの政治・社会混乱については、このブログでも何回も引用したように池田洋一郎氏のブログ「バングラデシュの混乱と政情不安はどこまで深まるのだろうか?(その1)」http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/blog-entry-100.html~「同(その5)」を読んでいただければ、はるかによく理解できます。
ただ、ちょっと分量がありますので、かいつまんで上記のように紹介しました。

来年1月の総選挙に向けて、野党側のボイコット、軍の介入を含めてひと波乱もふた波乱もありそうなバングラデシュ情勢です。
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アメリカ  進むインフラ劣化  財政難の要因に“節税の進化”

2013-12-13 22:17:02 | アメリカ

(米ニューヨーク市ブロンクスでメトロノース鉄道の列車が脱線し、多数の死傷者が出た事故現場=2013年12月1日、AP 【12月1日 毎日】)

豊かな頃に築いたインフラが、さびつき、腐朽していく
アメリカでは道路や鉄道などのインフラの劣化がしばしば指摘されています。
基本的にはメインテナンスに必要なインフラ投資が財政難などの理由で十分になされていないことによるものです。

****ロス、道路の傷み深刻 60年間放置のツケ 修復へ負担重く****
往年のモータリゼーション(車社会化)の象徴といえるカリフォルニア州の道路が傷んでいる。
特にロサンゼルス市の状況は悪く、細かい修復を除き、「60年間放置」(同市職員)のツケがまわってきた。修復の必要性を訴える声は強まっているが、財政的負担が重くのしかかる。

ロサンゼルス国際空港付近を南北に走るフリーウエー。場所によっては片側7車線ある道路が、通勤、帰宅のラッシュ時は激しく渋滞する。道路はでこぼこが多く、老朽化してくぼんだり、亀裂が入ったりしている所が多いのが、ゆっくり走るとよく分かる。

米国の交通機関を調べるNPO「TRIP」が10月に発表した全米の道路状況調査によると、ロサンゼルス周辺の都市部地域の道路の64%が「ひどい状況」で全米ワースト1。サンフランシスコ(60%)やサンノゼ(56%)、サンディエゴ(55%)が続き、カリフォルニア州がワースト4位までを独占した。

調査は全米の人口50万人以上の都市が対象で、TRIP経営責任者のウィルキンズ氏は「政府の道路財政向けの支援は来年度にカットされる見通しで、各州や自治体は道路の修復費の捻出に頭を痛めている。道路状況はさらに悪化するかもしれない」と指摘する。

ロサンゼルス市の道路の修復を訴えるブスカリーノ市議の政策秘書、グリーソン氏は「長年放置されてきたのは、ひとえに予算不足だからだ」と話す。

ロサンゼルス市の道路の延長距離は約2万771マイル(約3万3234キロ)とされる。グリーソン氏は「市は今年度予算で道路修復費などに1億3300万ドル(約133億円)を計上しているが、この金額は800マイル分の修復しかできない」と語る。

TRIPの調査によると、ロサンゼルス市の道路に放置された穴や亀裂の影響で、運転者が年間に支払う車の修理費は平均832ドル(約8万3千円)と全米平均の2倍以上になる。

ウィルキンズ氏は「政府が道路状況改善にかじを切れば、運転者の負担は減る」としているが、前方の視界はかすんでいる。【11月4日 産経】
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****脱線事故で発覚した米鉄道のずさんな管理****
ニユーヨークで起きた列車事故を機に鉄道の安全管理を危ぶむ声が上かっている

日曜日だったのは不幸中の幸いだと、誰もが思った。12月1日の朝、ニューヨーク市ブロンクスからマンハッタンヘ入る寸前の列車がカーブを曲がり切れずに脱線し、4人が死亡、60人以上が負傷した。平日ならば通勤の時間帯で、死傷者はもっと増えていただろう。

この路線を運行するメトロノIス鉄道は今年だけで2度の脱線事故を起こしており、保守・安全管理の体制を疑問視する声が上がっている。
メトロノース鉄道の利用者は、平日で平均約28万人。その列車事故で乗客に死者が出たのは、30年の歴史で今回が初めてとされる。

ただし、今年5月にはニューヘイブン線の電車が脱線して対向列車と衝突、70人以上が負傷する事故が起きている。その2日前には連邦鉄道管理局(FRA)による検査で、線路の安全性に問題ありと指摘されていたという(この脱線に伴う線路の復旧・修復には約1800万ドル掛かるとされる)。さらに7月には、今回の事故現場のすぐ近
くで貨物列車が脱線する事故も起きている。

相次ぐ不手際で世間から厳しい目が向けられているのは、メトロノース鉄道だけではない。FRAの監督責任も問われるところだ。しかしFRAは、鉄道線路の保守・管理を確実に行うのは鉄道事業者の責任だと突っぱねている。

メトロノース鉄道の路線距離は約600キロに及ぶ。基本的にはニューヨーク州内を走っているが、その路線の3分のIほどはコネティカット州運輸局(CDOT)の管轄下にある。5月の事故はCDOTの管轄地域で起きた。

一方、7月と今回の脱線事故はいずれもニューヨーク市の地下鉄なども監督するMTA(大都市圏交通公社)の管轄下で起きている。CDOTもMTAも、本稿執筆の時点では何ら見解を示していない。

オンボロ車両が人を運ぶ
先にMTAが発表した試算によれば、メトロノース鉄道の線路を一定の水準で維持するには15~19年に34億ドル以上の資金が必要で、34年までには総計90億ドル弱に上るという。

また09年4月にFRAが議会に提出した「鉄道近代化研究」と題する報告書によれば、アメリカの主要公共交通機関7社の鉄道車両の3分の1以上は耐用年数が近づいているか、既に過ぎている。 

現在、アメリカの都市部では27本の通勤路線が走っているが、その車両の大半は73~00年に製造された。そんな老朽車両で1日に150万人以上の乗客を運び、毎日7200キロ以上も走っているのだ。

ロサンゼルスにはアメリカ最大級の鉄道網があり、年間1億7000万ドル超の予算がつぎ込まれている。ただし1日の乗客数は4万2000人と少なく、大半は貨物専用線だ。
それでも08年には市内北部で普通列車と貨物列車が衝突し、死者25人・負傷者135人を出す事故があり、急きよ新型車両を導入する事態になった。

1日30万人以上が利用するシカゴ圏の鉄道でも事故が頻発しており、01年から10年の間に156人が犠牲となっている。

米上木学会の試算によれば、アメリカの貨物鉄道を35年まで使い続けるための保守・管理には、少なくとも1200億ドルの投資が必要だ。では旅客鉄道の保守や近代化にはいくらかかるのか。具体的な試算はないが、FRAによれば数千億ドル単位だろうという。

本気で鉄道刷新に取り組まなければ、いずれ危なくて乗れなくなる。【12月17日号 Newsweek日本版】
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財政難からくるインフラ投資の落ち込みにより、“豊かな頃に築いた高速道・一般道網や上下水道が文字通り、さびつき、腐朽していく”状況にあるようです。

****国力の源泉を損ない続ける****
パススルー企業(説明は後述)の増殖と節税の進化は、米経済に深刻な影響を与えている。国庫に入るべきカネが、企業や個人の懐に消えているのだ。
インフラ投資の不足は特に深刻で、一一年にはGDP比で二・四%程度と、一九六〇年代の半分の水準まで落ち込んだ。

マッキンゼー・グローバル研究所によると、本来必要な投資額から見ると、米国の水準は「GDP一%分が不足している」状態という。豊かな頃に築いた高速道・一般道網や上下水道が文字通り、さびつき、腐朽していくのである。

「オバマ大統領の就任前の公約は『教育、インフラ、科学技術に投資して、強い米国を作る』というもの。過去五年間でそのための原資がないことを思い知った」と在ワシントン政治記者は言う。
オバマ政権は、キャピタル・ゲイン課税や高額所得者への税率引き上げを試み、企業の税逃れを阻む措置も検討したものの、すべて共和党にはね返された。

メガリッチや金融機関は、多額の政治献金で共和党を橋頭堡にした。「小さな政府・減税」という同党の看板は目下、少数の高額スポンサーのためのものに堕している。

共和党内にも危機感を持つ政治家は少なくない。トム・コバーン上院議員は今夏、「企業を優遇して、一般家庭からカネを吸い上げるのは、本質的に間違っている」と喝破し、オバマ大統領に「包括的税制改革」を強く求めた。税制改革こそ何事にも優先する「改革本丸」であるという認識を示した。

ところが、オバマ大統領は、税制改革に本腰を入れる前に、政府機関閉鎖騒動のドタバタでエネルギーを空費し、看板の医療保険制度改革でも大失態を演じた。

米国の将来のために、超党派で税制改革をする素地は完全に失われた。米企業とメガリッチの強欲は、民主党政権の未熟と共和党の腐敗にも助けられ、米国の国力の源泉を損ない続けている。【12月号 選択】
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【「パススルー(通過)企業」「無責任資本主義」】
アメリカ財政の泥沼状態は周知のところです。
先日、ようやく“一歩前進”的な民主・共和両党の合意が成立したことが報じられています。
ティーパーティー勢力に引きずり回されていた共和党の路線変更がうががえて興味深いところですが、その話は今回はパス。

いずれにしても、財政をめぐる対立が激化する背景には、当然ながら厳しい財政事情があります。
アメリカの財政事情を厳しくしている要因は、調べたわけでも何でもありませんが、おそらく支出面では巨額の軍事関連の経費ではないでしょうか。

ベトナムから、イラク・アフガニスタンと、膨大な資金を費やしています。いくらお金があっても足りないであろうことは容易に推察されます。

収入の面でアメリカ財政をむしばんでいる要因として指摘されるのが、前出記事にある“パススルー企業”による節税の進化だそうです。
本来税金を負担すべき法人が、税制を利用して法人税を納めなくなっている現実があるようです。

****税逃れ天国」アメリカの深刻****
超大国を弱らせる「無責任資本主義」

米国で、法人税を課されない特殊な資本形態の企業が増殖している。税逃れの巧みさから「パススルー(通過)企業」と通称され、今では大企業の六割を占めている。

従来型の大企業も、節税技術に磨きをかけており、連邦政府は国内総生産(GDP)の一%しか、法人税を集められない。米国は一部の企業や個人が栄えて、国がやせ細るという無責任経済に陥っている。(中略)

最少の納税を追求する狡知
パススルー企業とは何者なのか。
比較的有名な企業では、シェールガス部門の勇「キンダー・モルガン」、投資ファンド「ブラックストーン・グループ」や「カーライル・グループ」がある。

米国の連邦税法上、法人税の非課税対象になるよう、株主またはパートナーを少数に絞った企業だ。米国の法人税率は三五%で、株配当にはキャピタル・ゲイン税(一五%)が課される。一方、パススルー企業は、パートナーや株主に対する所得税(連邦税の最高は三五%)が課されるだけで、法人としてはほとんど納税しない。

この仕組みには、起業を促す目的があった。
私財を投じて会社を作り、自身も大株主という場合、法人としても、個人としても課税される不利を被る。そこで株主百人以下なら、法人税でなく個人税の納税でよしとされた。

だが、個人で数百億~数兆円を動かせるメガリッチの時代になって、制度は合法的な税逃れ手段になった。「抜け穴」として使われる形態は、「Sコーポレーション(連邦税法S節規定の『小規模特別会社』)」から、「リミテッド・パートナーシップ(有限責任組合)」、「REIT(不動産投資信託)」まで幅広い。

抜け穴企業は目下、投資の半分以上をエネルギー部門に注ぐ。内国歳入庁(IRS)が最後にまとめた二〇〇八年の調査では、パススルーは全米企業総数の二三%を占め、収益総額の六三%をたたき出した。
ウォールストリート・ジャーナル紙によれば、収益百万ドル以上の企業の六割以上、新しい企業の三分の二がこの形態という。

総額は不明だが、本来支払うべき連邦、州税の七分の一程度しか納税していない例もあった。

パートナーや大株主である、富裕な資産家が最高税率を納めるわけがない。有名な例では、昨年の大統領選のミット・ロムニー共和党候補。二千万ドル以上あった彼の年収(メガリッチの水準ではない)の税率は約一四%で、普通の勤労者の税率(二〇%台)より低かった。

こんな企業が跋扈したのでは、従来型の大企業は一段と税逃れに手段を尽くす。
内外のタックスヘイブン(租税回避地)をフル活用し、収益や経費を帳簿上で世界中に動かして、最少の納税を追求する。

納税額で見れば、米企業の狡知は明白だ。経済協力開発機構(OECD)が二〇〇〇~〇五年で、加盟二十七カ国の法人実効税率を調べたところ、米国はOECD平均(一六・一%)を下回る一三・四%だった(日本は一六・四%)。
米会計検査院の一〇年の納税実績調査では、実効税率は一二・六%まで下がっていた。

米国では一九五〇年代に法人税収が連邦歳入の四分の一を占めていた。一〇年にはわずか九%。この年の歳入は四一%が個人所得税、四〇%が源泉徴収税だった。

税逃れできない一般市民が、税の大半を担わされる。GDP比では、五二年に六%だった法人の納税が、今では一%超である。この間、企業収益は過去最高を次々と更新した。企業収益のGDP比は昨年、史上最高の一一%を突破した。

多国籍企業の税逃れぶりは今や信じがたい水準で、アップル社は〇九~一二年の四年間で、世界中で総額七百四十億ドルの税逃れをしたと推計される。産油国オマーンやリビアのGDPに匹敵する数字である。(以下、前出記事に続く)【12月号 選択】
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巨大企業・一部富裕層がますます豊かになり、一般国民は窮乏するという構図で、産業革命初期でもあるまいし・・・という印象があります。

節税対策などで税収が落ち込む分を、取りやすい消費税でカバーする・・・というのは日本の話でした。
その日本でも、1年ほど前の笹子トンネル天井板落下事故にみるように、インフラ劣化が指摘されています。
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タイ  総選挙へ向かう政権・与党 野党対応は未定

2013-12-12 23:09:26 | 東南アジア

(バンコクで開かれた記者会見で、感情的な表情を見せるインラック首相=2013年12月10日、AP 【12月10日 毎日】)

総選挙へ動く政権・与党 野党はボイコットの可能性も
各紙で報じられているように、タクシン派・インラック政権と野党・民主党のステープ元副首相が率いる反タクシン派反政府デモの終わりのない対立が続いているなかで、タクシン元首相の妹でもあるインラック首相は反政府デモが要求する首相辞任及び選挙によらない「人民議会」設置を拒否し、議会の解散・総選挙によって改めて民意を問う決定を下しています。

****首相府前に25万人=最大の反政府デモに―来年2月に総選挙・タイ****
タイの反タクシン元首相派は9日、首都バンコクで予告通り大規模な反政府デモを開催、デモ隊が首相府前に集結した。警察はデモの規模について推計約25万人としており、一連のデモでは最大となった。デモは平和的に行われ、大きな混乱は伝えられていない。

デモを主導する野党・民主党のステープ元副首相は首相府前で演説し、「インラック首相は辞任すべきだ」と述べ、反タクシン派が設置を唱える「人民議会」への権力移譲を改めて要求。

首相が発表した下院解散・総選挙に関しても、まず「人民議会」が選挙制度改革などを行ってから総選挙を実施する必要があると強調した。

ステープ氏はまた、「われわれは40日間にわたって反政府集会を行ってきた。さらに5~10日延ばすことはできる」と述べ、反政府デモを続行する考えを示した。ステープ氏は9日のデモを「最後の闘い」と位置付けていた。

一方、政府報道官によると、プミポン国王は下院解散の勅令に署名した。総選挙は来年2月2日に実施される。【12月9日 時事】 
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与党側はすでに総選挙に向けた候補者選びに入っているようですが、バンコクなど都市部中間層や南部を支持基盤とする野党側は、総選挙をしても北部・東北部の農村部貧困層に強い地盤を誇る与党側に勝てない・・・という事情もあって、総選挙ボイコットの可能性も報じられています。

12月4日ブログ「タイ 反政府派と政権側の攻防、国王誕生日で一時休戦」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131204)でも触れたように、「教育水準の低い東北人が選挙の度にタクシン派に買収されている」というのがバンコクなどの野党支持者の言い分ですが、だからと言って選挙を否定して、軍の介入や選挙によらない「人民議会」設置を求めるというのは、やや筋が違うように思われます。

かつて金権政治を批判された田中元首相が、東京中心のメディアなどの批判にもかかわらず、選挙においては新潟で大量の得票を獲得する、そのことへの東京の苛立ち・・・・というのにも似た感があります。
ただ、それでも新潟には選挙を行う資格がない・・・という表立った議論がありませんでしたが。

****タイ与党、選挙へ候補者選び…野党ボイコットも****
反政府デモが続くタイで、インラック首相が所属する与党・タイ貢献党は11日、2月2日に実施予定の下院(定数500)総選挙に向けて、候補者選びを本格化させた。

一方、野党・民主党は総選挙について沈黙を貫いており、ボイコットする可能性がある。

タイ貢献党は11日の会合で、比例代表や小選挙区の候補者選びについて協議し、今後、正式な候補者を決定する。インラック氏を次期首相候補とする方向で調整している。

民主党は16、17日の会合で新執行部を選出する予定で、同党報道担当者は本紙の取材に、「新執行部が選挙への対応を協議する」と述べるにとどめた。

民主党は2006年、当時のタクシン首相が解散・総選挙に踏み切った際、首相の退陣を求めて総選挙をボイコットした。タクシン派が勝利する結果となったが、プミポン国王が「民主主義ではない」と批判し、選挙は憲法裁判所により「無効」と判断された。【12月11日 読売】
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【「これ以上、何が出来るというのですか」】
そうした情勢で、個人的に一番気をひかれたのは“インラック首相、涙の訴え”という話です。
美い女性の涙に弱い・・・と言えば、確かにその類かもしれませんが。

****タイ:インラック首相 抗議停止、涙で訴え****
タイで反タクシン元首相派の反政府デモが続くなか、タクシン氏の妹のインラック首相は10日、記者会見で「同じタイ人なのになぜ私たち(タクシン氏一族)を追い出そうとするのか」と涙ながらに訴えた。

タクシン氏は汚職罪で有罪判決を受け海外逃亡中だが、反タクシン派はインラック政権を「タクシン氏のかいらい」と批判。首相は解散・総選挙に踏み切ったが、デモ隊は「タクシン体制根絶」を訴え、政権移譲を求めている。

首相は「私はできる限りの譲歩をした」と語り、デモ隊に抗議運動をやめ、総選挙に参加するよう訴えた。【12月10日 毎日】
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“首相は「私たちにも感情というものがあります。私たちはタイ人です。母国にいるのがなぜいけないのですか」「私は(下院解散など)引き下がれるだけ引き下がった。これ以上、何が出来るというのですか」などと涙声でまくしたてた。”【12月10日 読売】とも。

かねてより、緊迫した情勢への政府の対応を述べるインラック首相の様子をTVニュースで観ていると、タイ語独特の鼻にかかったような発音もあって、状況に切実さに反して甘ったるい感じがする・・・と少し笑える感がありましたが、涙目で訴えられると・・・・。

インラック首相が涙ながらに語るというのは、大洪水のときの対応など、これが初めてではなく、そのたびに反対派からは「政治家としての資質に欠ける」との批判が出ています。
ただ、大方の反応はどうでしょうか・・・。

勢いを失いつつある反政府抗議デモ
一方の反政府デモの方については、暴走気味に突っ走るステープ元副首相などは別にして、一般の参加者の中にはそれほどの切実感もないという側面もあるよです

****金もらってデモ、投票はタクシン派にというタイ****
タイの反政府デモは10日も首相府周辺などで約6500人(警察発表)が座り込みを続け、インラック首相の即時退陣を叫んだ。下院は9日解散し、来年2月2日の総選挙実施が決まったが、収束のメドは立っていない。

タイではこれまでもクーデターやデモが繰り返され、政権が移り変わってきた。だがデモを支える人々の動機は、政治への不満だけではなさそうだ。

バンコクのスラム地区クロントイで昼間からビールを飲む労働者の脇に、与党タイ貢献党の看板が立つ。「ここの地区はみんなタクシン(元首相)派だけど、反政府デモにも参加している」。バイクタクシー運転手のニットさん(48)が語る。

デモに参加すれば反政府派から500バーツ(約1600円)、バイクの後ろに誰かを乗せて参加すれば700バーツ(約2200円)がもらえるのだという。だが選挙では「貧乏人に優しいから」と、タクシン派に投票すると明かす。チェンマイ大学のポール・チェンバス研究員(政治学)は「金目当てのデモ参加者が多いのも事実だ」と指摘する。【12月11日 読売】
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****タイ:コンサートや屋台…反政府デモ、緊張感なく****
タイの反タクシン元首相派によるデモ隊は、10日も首相府周辺で座り込みを続け、インラック首相の即時退陣を求めた。デモ隊を率いるステープ元副首相の演説には、約1万人が集結。

ステープ氏は「インラック首相を反逆容疑で告発する」などと気勢を上げ、デモ継続を訴えた。ただ、現場に一歩入ると、緊張の続く政治状況とは違い、デモ隊向けのコンサートや屋台があり、お祭りにも似たムードが漂っていた。「現政権は正統性を失った。国民に権力を戻すべきだ!」。ステージでの男性の絶叫に観客が応じる。だが、ステージでは直前までロック歌手が熱唱、観客は楽しそうに踊っていた。現場に「政権打倒」の緊張感はない。(後略)【12月11日 毎日】
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こうしたなか、ステープ元副首相らは首相府に侵入し、介入を期待する軍幹部への面会を求めています。

****デモ隊がタイ首相府に乱入 軍幹部との面会を要求****
タイのインラック政権打倒を訴える反政府デモ隊の一部が12日、首都バンコクの首相府敷地内に一時乱入した。デモ隊が目指している政治改革について説明するため、タナサック最高司令官ら軍幹部との面会を要求している。

敷地内は警官隊が警備しており、衝突は起きていない。デモ隊は撤収を始めたとの報道もある。インラック首相は11日からバンコクを離れており、首相府にはいない。

デモを主導するステープ元副首相は12日午後8時(日本時間同10時)までに、議会に代わる「人民評議会」の設置など独自の政治改革の詳細を決めると宣言。軍や警察、経済界の支持を取り付けるために面会を求めていた。

陸軍筋によると、軍幹部はステープ氏の要求に対し、面会を拒否する構えを見せていた。【12月12日 msn産経】
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ネット情報によれば、三軍司令官はステープ元副首相らとの会談を拒絶し、陸軍司令官は「軍はどちらにも加担しない」と発言しているそうです。【12月12日 Thailand News より】
ステープ元副首相らの動きに巻き込まれたくないという当然の反応でしょう。
力で国民の声を封じ込めることへの国内外の監視が厳しい現在、敢えて軍が前面に乗り出しても批判の矢面に立つだけです。

【12月12日 Thailand News 】(http://thailandnews1.blogspot.jp/)に、同日で並べられていた写真・情報には、“モップ・ルンガムナンの各(反政府抗議)集会場で残ったのは3,400人 ”“チェンマイ空港で待ち受けた5,000人の支持者から歓迎を受けるインラック首相 ”というものがありました。

インラック首相はバンコクの混乱を避けるように地盤のタイ北部チェンマイに向かったようですが、その歓迎者が5000人に対し、バンコクの反政府抗議集会場に3400人・・・・流れは政権側にあるように見えます。

また、野党のアピシット前首相が正式に殺人罪で起訴されています。

****タイ、アピシット前首相を殺人罪で正式起訴 3年前のデモ弾圧で****
タイ検察は12日、アピシット・ウェチャチワ前首相を2010年の治安部隊による反政府デモ弾圧に関連した殺人罪で正式に起訴した。検察当局がAFPに明らかにした。

アピシット政権下の2010年に、「赤シャツ隊」と呼ばれるタクシン・シナワット元首相の支持者らを中心にバンコクで行われた抗議デモで、治安部隊は実弾を用いてこれを鎮圧。90人以上が死亡、1900人近くが負傷した。

タイ検察は、アピシット前首相とステープ・トゥアックスバン前副首相が治安部隊に出した指示が殺人や殺人未遂を招いたと主張している。

これに対し、アピシット前首相は無実を主張。起訴は政治的動機に基づくものだと反論している。【12月12日 AFP】
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国王誕生日に国王からの踏み込んだ発言はなく、軍も介入の意向を見せていないとなると、政権側のペースで総選挙へ・・・という流れですが、前出記事もあるように野党がボイコットした場合、憲法裁判所により「無効」と判断される可能性は残っているようです。

特に、既得権益層でもある司法内部には、これまでもタクシン派政党を解散に追い込んだように、反タクシン派勢力が強いということもあります。

ただ、そうなるとタイ民主主義はいよいよ出口を失い漂流することになります。


【追加】
****14日、軍首脳と会談=反タクシン派指導者―タイ****
タイで続く反政府デモを主導する反タクシン元首相派のステープ元副首相は12日、軍首脳らと14日に会談すると発表した。今回の政治対立でこれまで中立的な姿勢を取ってきた軍が会談でどのような対応を示すか注目される。【12月12日 時事】
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シリア内戦を契機として動き出したクルド人情勢

2013-12-11 23:31:20 | 中東情勢

(トルコ領内ディヤルバクルを訪問したイラクのクルド自治政府のマスード・バルザーニー大統領を歓迎する人々 “flickr”より By jan Sefti http://www.flickr.com/photos/8605011@N02/10905668625/in/photolist-hBGpkp-hBHgXL-hrkYdF-hrjkPD-hri2z6-hri4ak-hHiowj-hHiK7X-hHiGAp-hHiK8P-hHhUQj-hHhqYg-hHhsbB-hHhYi1-hsQwaJ)

【“国を持たぬ最大の民族”にかつてない追い風
“国を持たぬ最大の民族”と呼ばれるクルド人は、トルコ、イラク、シリア、イランにまたがる地域“クルディスタン”を中心に推計2500~3000万人が居住していると言われています。

【ウィキペディア】によれば、その内訳はトルコ:1140万人、イラク:約400~600万人、シリア:約90~280万人、イラン: 約480~660万人とされています。

クルド人の話題を取り上げるたびに言及しているように、この国境をまたいで居住するクルド人に分離独立、あるいは各国クルド人間の関係強化の動きが強まると、現在の中東の地図が根底から書き換えられる“激動”にも発展します。

“「クルド人にかつてない追い風が吹いている。歴史的な『クルディスタン』が実現する可能性がある」トルコ在住のクルド人男性はうれしそうにこう語る。・・・・クルド人はこれまで、それぞれが居住する国で分断されてきたが、二年半にも及ぶシリア内戦を契機として一体となり、中東の重要な「プレーヤー」になりつつある。”【選択 12月号】

シリア北部でクルド人勢力が暫定統治宣言
先ず、シリア北部に居住するクルド人について見ると、内戦によってアサド政権の支配・統制が緩むなかで、この地域に進出しようとする反政権・アルカイダ系勢力とも衝突しながら自治に向けた独自の立場を強めています。

****シリア:クルド人の実効支配拡大、内戦構図が複雑化****
内戦が続くシリアの少数民族クルド人が北東部で実効支配地域を拡大し、内戦の構図はさらに複雑化している。

クルド人の多くはアサド政権、反体制派の双方から距離を置いてきたが、反体制派の一角である国際テロ組織アルカイダとの衝突を契機に武力活動を活発化させ11月には暫定統治の開始を宣言した。
暫定統治の宣言を「独立に向けた動きだ」と警戒する反体制派との緊張も高まっている。

クルド人はシリアの人口の1割強を占める。
最大勢力「クルド民主統一党(PYD)」など35組織は11月12日、クルド人が多い北東部ハサカ県を中心に暫定統治を始めると発表した。

クルド民主統一党の協力政党のメンバー、アザド・ブラジ氏(37)は「権力の空白を埋め、行政機能や治安を維持するのが目的だ」として、独立に向けた動きだとの見方を否定した。

暫定統治を宣言した背景には、北東部で伸長するアルカイダ系組織の存在がある。アサド政権はダマスカスやアレッポなど主要都市周辺の攻防に重点を置いており、人口が少ない北東部は手薄だ。そのため2012年夏ごろからクルド人の実効支配が強まった。

しかし、今年春ごろからイラク拠点のアルカイダ系組織「イラク・レバント・イスラム国」やシリア人中心のヌスラ戦線が進出し、クルド人住民への攻撃も強めた。

その結果、8月には隣国イラクのクルド人自治区に2週間で4万人以上が避難した。クルド人武装組織はアルカイダに反撃し、10月には一時占拠されていたイラクとの国境検問所を制圧した。

クルド民主統一党は暫定統治について「自衛のためだ」と説明する。だが、反体制派の間では「アサド政権と敵対しない見返りに自治権を与えられた」との見方が広がっている。暫定統治宣言後に政権側から目立った反応がなかったことも疑念を深めた。

反体制派主要組織「シリア国民連合」傘下の「自由シリア軍」のスポークスマンは「混乱に乗じて、シリアの統一性を損なう動きだ」と批判。
国民連合に参加するクルド人の別組織「クルド国民評議会」も「対話に基づかない一方的な分離は支持できない」などと反対。自由シリア軍とクルド人組織の衝突も散発している。

ただ父子2代にわたって40年以上続くアサド政権下で、クルド人は母語での教育を認められないなど抑圧されてきた。民主統一党側は「政権と裏取引などするはずがない」と疑惑を否定している。

 ◇トルコなど周辺国も警戒強める
クルド人の暫定統治の動きに、クルド人住民を抱える周辺国も警戒を強めている。
暫定統治を主導するクルド民主統一党は、隣国トルコで長年分離独立運動を行ってきたクルド労働者党(PKK)と関係が深い。

AFP通信によると、トルコのギュル大統領は「シリアでの分離の動きは受け入れられない」と非難。トルコは10月から国境沿いに密入国を防ぐためのフェンスの設置を始めた。

一方、イラクのバルザニ・クルド自治政府議長も「暫定統治はシリアのクルド人の総意ではなく、民主統一党の独裁的な判断だ」と批判した。バルザニ議長は民主統一党と対立する同じクルド人組織のクルド国民評議会を支援している。【12月11日 毎日】
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非常に分かりづらい関係ですが、上記記事に出てきた各組織・国家の関係を簡単に整理すると以下のようになります。

シリア内のクルド人については、政権側・反体制派双方から距離を起き、自治に向けた動きを強める「クルド民主統一党(PYD)」に対し、反体制派主要組織「シリア国民連合」に参加する「クルド国民評議会」が存在しています。

シリア北部で暫定統治を宣言した「クルド民主統一党(PYD)」は、トルコにおいて反政府武装闘争を行ってきた「クルド労働者党(PKK)」の関連組織とされています。

トルコ・エルドアン政権としては、シリアで「クルド民主統一党(PYD)」が分離独立的な動きを強めると、トルコ国内のクルド人がこれに刺激されて反政権活動を強め、PKKとの間でようやく合意された歴史的停戦もご破算になることを懸念しています。

一方、一足先に自治権を獲得しているイラクのクルド人勢力は、シリア北部で暫定統治を宣言した「クルド民主統一党(PYD)」とは必ずしも良好な関係にはなく、むしろ反体制派主要組織「シリア国民連合」に参加する「クルド国民評議会」を支援しています。

なお、シリア・アサド政権は単に内戦によって北部のクルド人居住地域の支配に手が及ばなくなった・・・というだけでなく、「アサド政権は、クルド人が“反体制”という形で自らに刃向かわないように、反体制派とも距離を保つ「クルド民主統一党(PYD)」に武器を与えて、その動きを支援していた」とも指摘されています。

ただ、上記の関係はあくまでも“これまで”あるいは“現在”の話であり、その時々の事情・思惑で、また、“敵の敵は味方”ということで、流動的に変化します。

イラクのクルド自治政府は“我が世の春”】
イラク北部のクルド自治政府の現況は、一言でいえば宗派対立が再燃する兆しを見せているイラクにあって“我が世の春を謳歌している”という状況です。

そのクルド自治政府が、これまで疎遠だったシリア北部の「クルド民主統一党(PYD)」との関係を修復している・・・との報道があります。

一方、こうしたクルド人の動きに、トルコ・エルドアン政権は自国内への波及を懸念して苦悩を深めているとのことです。

****クルドはいつ独立するか****
・・・・
シリア紛争契機に一体化前述した四つの居住エリアのうち中心となるのは、六百万人が居住するイラクだ。
人口だけで比較すると、トルコ領内に最大の一千百万人以上のクルド人がいる。しかし、国内でも分散して居住しており、「クルド労働者党(PKK)」とトルコ政府は激しい戦闘を繰り返し、クルド語を使うことを禁止されるなど民族の自主性とは程遠い現状だ。

一方のイラク北部のクルド人自治区はわが世の春を謳歌している。
イラク国内でのテロが収まらぬ中、クルド人自治区は嘘のように平穏だ。爆弾の音の代わりに響くのは開発の槌音である。

自治政府のある中心都市アルビールでは現在、ホテルの建設ラッシュだ。ヒルトンやシェラトンといった欧米系の高級ホテルの建設が同時並行で行われており、市内は建設車両が走り回っている。その合間を縫って欧州製高級車が走る街には、この二年間で立て続けに巨大ショッピングモールができた。

夏に現地を訪れた日本人ビジネスマンは「まともなホテルは一泊三百ドル以上。街の勢いを間近でみて自治区が『第二のドバイ』と呼ばれる理由がよくわかった」と語る。この繁栄を支えているのは言うまでもなく自治区内キルクークの巨大油田だ。
イラクは今年、原油生産が日量三百万バレルを突破してロシアを抜き、サウジアラビアに次ぐ世界二位の輸出国になった。

国際エネルギー機関(IEA)の試算では、二〇二〇年には現在の倍、日量六百万バレルに達するとみられている。自治区はこのうち三分の一を算出しており、イラク政府が輸出した際に、売り上げの二〇%ほどが自治区に入る。これ以外に「隣国トルコに密輸してきた収入もある」(イラク政府関係者)。外国からの投資も増加しており、昨年一年間に百億ドル程度が流入したとみられている。「自治区は石油を産出するだけでなく、そのカネで独自の軍隊を所有しているため治安を維持し『独立』を保てる」イラク軍関係者はこう指摘する。

クルド人自治区の軍隊「ペシュメルガ」は歴史的経緯から「ゲリラ軍」と称されることもある。しかし実際には訓練を受け規律のとれた正規軍だ。二十万人以上の兵力や戦車まで保有するとされる。

クルド自治政府は、イラク政府との対抗上、トルコとの関係を重視してきた。今年五月には、トルコのエルドアン政権と独自のパイプライン建設に向けたエネルギー協定に合意している。
つまり、トルコのPKKなど他国のクルド人とは一定の距離を置いてきた。

しかし今年の夏に状況が変化した。シリアの内戦で、同国北部に拠点を置くクルド人組織「民主統一党(PYD)」が、支配地域を拡大してきた。彼らはアサド政権側が撤退した地域を支配下に収めている。
また、アサド政権と戦わないPYDに対して、自由シリア軍など反政府武装勢力やアルカーイダ系武装組織が攻撃を加え戦闘が続いていた。八月にはこの戦闘が激化し、シリア領内からイラクへと大量のクルド人難民が流入する事態になったのだ。

事態を静観していたクルド自治政府のバルザニ議長はこの状況を非難し、「シリアのPYD支援の姿勢を固めた」(自治政府関係者)。クルド自治軍の戦闘員をシリア領内に送り込むとともに、物資援助を行ったという。

結果としてシリアPYDは、アルカーイダ系組織との戦闘に勝利して、十月下旬にはイラクとの国境にあるアルビア検問所という要衝を押さえた。十一月に入りPYDが支配地域での暫定自治政権樹立を発表している。

この事態に頭を抱えているのがトルコ政府だ。シリアのPYDは歴史的にPKKとの?がりが深い。PKK構成員の「三割がシリア出身」(英誌『エコノミスト』)とも言われている。
「トルコ国内のクルド人はシリアでの自治政権樹立に勇気づけられている」トルコ人ジャーナリストはこう語る。

イラクに続いて自治区を獲得したことで、一千百万人以上いる最大勢力であるトルコ領内のクルド人も再び分離独立にむけた機運が高まっているのだ。今年三月、エルドアン政権はPKKとの歴史的停戦合意に至った。これは「PKKのカリスマであるオジャラン師の影響力を使って、シリアPYDの独立を阻止するためだった」(前出ジャーナリスト)という。

しかしこの目論みは脆くも崩れ去ってしまった。
十月に、トルコ政府は同国南部ヌサイビンと、シリア領カミシリの間に壁を構築し始めた。クルド人同士の連携を恐れている証左だ。(後略)【選択 12月号】
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トルコ:自国内クルド人の活発化を懸念して融和策
トルコ・エルドアン首相も、こうしたクルド人の動きをただ眺めている訳ではありません。
10月9日ブログ「トルコ・エルドアン首相の「民主化政策」 進むイスラム化 変わらぬ強権姿勢」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131009)でも取り上げたように、国内に居住するクルド人を取り込むべく“民主化政策”を打ち出しています。

****トルコ:首相「民主化政策」発表 クルド語教育も****
トルコのエルドアン首相が、少数民族クルドの使うクルド語の私立校での教育や、イスラム教徒の一部女性公務員にスカーフ着用などを認める「民主化政策」を発表した。

9月30日に記者会見したエルドアン首相は「過去最大の民主化パッケージだ」とアピール。クルド民族の人権拡大は右派の反発を招くと見られるが、スカーフ着用などを認め、支持基盤のイスラム保守派に配慮した格好だ。

トルコでは来年3月に統一地方選が予定されるが、シリア内戦の影響で南部国境付近の治安が悪化する中でクルドとの衝突を回避すると同時に、イスラム保守派の支持を固める狙いもありそうだ。

クルド人(推計2000万〜3000万人)はトルコのほかイラン、イラク、シリアなど広範囲に居住。「国家を持たない最大の民族」とも呼ばれる。少数派として各地で弾圧を受け、トルコでは公共の場でのクルド語使用などが禁じられていた。

今回、私立校でのクルド語教育を認可するほか、クルド系の小規模政党が、より議席を確保しやすい方向で選挙制度を見直す方針を盛り込んだ。

トルコからの分離・独立を訴え武装闘争を続けてきたクルドの非合法組織「クルド労働者党(PKK)」は5月以降、トルコ南東部から最大拠点のイラク北部クルド自治区へ段階的に撤収中。しかし、AP通信などによると、エルドアン政権による人権拡大政策が不十分だとして先月、撤収を一時中断し、武装闘争の再開もありうると警告した。

シリア情勢が混迷を深めるなか、首相としてはこれ以上の摩擦を回避したい思惑が働いた可能性もある。

また、憲法に政教分離を掲げ、国是とするトルコは、女性職員に公共の場でのスカーフ着用を禁止してきたが、今回、女性公務員の着用を認める。ただ、裁判官や検察官、軍人や治安当局員は除外した。【10月1日 毎日】
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【前出 選択】では“事態を静観していたクルド自治政府のバルザニ議長はこの状況を非難し、「シリアのPYD支援の姿勢を固めた」”とされていますが、イラクのクルド自治政府とシリアで自治を強める「クルド民主統一党(PYD)」の関係は微妙です。

そうした軋轢・微妙な関係を反映して、最初に延期された後、11月24日・25日に北イラクで行われると言われていた、各国クルド人代表を集めた史上初の「クルド民族会議」は再度、 そしてさらには日程未定で延期されています。


一方、11月16日、17日にはエルドアン首相の招待を受けてイラクのクルド自治区のマスード・バルザーニー大統領がトルコ領内ディヤルバクルを訪問して、PKK(トルコ)及びPYD(シリア)と対抗関係にあるトルコ・エルドアン首相と極めて友好的な会談を行っています。

****エルドアンの歴史的ディヤルバクル演説―「クルディスタン」明言*****
レジェプ・タイイプ・エルドアン首相は、バルザーニー北イラク大統領と(歌手でクルド活動家の)シヴァン・ペルヴェルとともにディヤルバクルを訪れ、市民に語りかけた。

マスード・バルザーニー大統領の演説の後、エルドアン首相が壇上に登った。今日は多くの初めてのことが起こったが、最も注目を浴びたのは首相が演説で「クルディスタン」と発言したことだった。【2013年11月16日付 Milliyet紙】
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“エルドアン首相の演説の際、(クルド系の歌手)イブラヒム・タトゥルセスをはじめ、ビュレント・アルンチ副首相やエミネ・エルドアン夫人が涙を流しているのが見られた。”【同上】とのことですが、そのエルドアン首相の演説の一部を以下に抜粋します。

“こうしてそのバルザーニー(バルザーニー自治区大統領の父親)は81年前に兄弟の国であるトルコの客となった。今日もモッラー・ムスタファ・バルザーニーの息子、大切なわが友マスード・バルザーニー(大統領)をディヤルバクルに迎えている。あなたの父、叔父、そして兄弟たちと同様に、この地ディヤルバクルにようこそいらっしゃいました。あなたのクルディスタン地域のわれらが兄弟にも挨拶を。”

“我々の共通の歴史に、対話に国境線を引くことは出来ない。我々の心を、兄弟よ、いかなる時も互いを切り離すことはできない。これを信じて未来に向かって歩もう。トルコ人をクルド人から、クルド人をトルコ人から切り離すことはできない。”

“ディヤルバクルの兄弟よ、トルコ人の兄弟、クルド人の兄弟、ザザ人の兄弟、アラブ人の兄弟よ、
この共和国はあなたの共和国だ。この共和国はイズミルやアンカラの人々の共和国であるのと同様に、あなたの共和国でもある。この国旗はあなたの国旗でもある。あなたはこの国旗の、この国家の持ち主だ。
もはやだれもだれかを侮辱してはいけない。だれもだれかを二級市民として扱ってはならない。いかなる文化もいかなるアイデンティティも、もはや否定されてはならない。新たなトルコには、差別も排除も誰かの感情を傷つけることもあってはならない。”

エルドアン首相が“クルディスタン”という言葉を使用したと言って、それはもちろん現実世界におけるクルディスタンの独立を意味している訳ではなく、あくまでもトルコ人とクルド人の精神世界における融和を表現したものです。

エルドアン首相の狙いは“ディヤルバクルでの会談により、トルコではPKK-BDP(PKKと関係があるとされるトルコのクルド系野党)のラインに属さないすべてのクルド人は、「クルド政治舞台」では「バルザーニーを汎クルド指導者」として支持し、トルコの選挙ではBDPに対しAKP(エルドアン首相率いるトルコの与党)を支援することに向かうであろう。”【2013年11月13日付 Radikal紙】

急がない姿勢のイラク・クルド自治政府
バルザーニー自治区大統領は、優先事項はクルド人の統一だとしながらも、エルドアン首相の和平プロセスを支持し、あくまでも平和的に、忍耐強く行動することをクルド人に呼びかけています。

すでに自治を獲得し、経済的にも“我が世の春”を謳歌するイラクのクルド自治政府としては、混乱を伴うような急変は求めていない・・・ということでしょう。
ただ、今後は着実に「クルディスタン」国家建設の動きが進むのでは・・・との見方もあります。

****無視できぬ存在に****・・・・イラクのクルド人自治区の活況と、シリアでの自治政権樹立。それに刺激されるトルコ領内のクルド人に強力な武装が加われば、明日にでも「クルディスタン」の独立が可能にも見えるが、当のクルド人は自制的だ。

シリアのクルド人組織の幹部は新聞のインタビューに「分離独立を望んでいるわけではない」と語る。

これについて、前出クルド自治政府関係者はこう語る。「イラクの自治区もまだ発展途上にある。シーア派やスンニ派といたずらに衝突をするのではなく、クルド人はしっかりと実力を溜める時だ」

また、この関係者は「米国がどう判断するかが気になる」と漏らす。自治区の独自の石油ビジネスについて、イラク政府の後見人である米国は懸念を示している。また、シリアでの自治政権樹立や支援についても静観しているに過ぎない。

しかし、キルクークの石油権益をバックにした「クルディスタン」国家建設は、既成事実を積み重ねる形で着実に進んでおり、もはや後戻りはできない。今後の中東を占う上で無視できない存在だ。【選択 12月号】
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