(ベルギー・ブリュッセルで開かれる欧州連合(EU)首脳会議の会場に到着したドイツのアンゲラ・メルケル首相(2013年12月19日撮影)【12月20日 AFP】)
【途上国における楽観論の台頭と西側諸国における悲観論の台頭】
少し長くなりますが下記は、欧米西側社会の停滞感と、その背景にあるグローバル化の流れ、そして停滞感が生み出す極右やポピュリズムといった急進的政治傾向を概観した【英フィナンシャル・タイムズ紙】の記事です。
****将来に自信が持てなくなってきた西側諸国****
西側諸国の定義とは何か? 米国や欧州の政治家たちは価値観や制度について語りたがる。
しかし、この世界に住む何十億もの人々が重視するポイントは、もっとシンプルで理解しやすいところにある。彼らにとって西側諸国とは、この世界において、普通の人ですら快適な生活を送っている一角のことなのだ。
不法移民が自らの命を危険にさらしてでも欧州や米国に入り込もうとするのは、自分も快適な暮らしがしたいという夢があるからにほかならない。
ところが、西側諸国にはまだ人を引き寄せる魅力があるものの、西側諸国自身は自らの将来に自信を持てなくなっている。米国のバラク・オバマ大統領が先週行ったスピーチの内容は、大統領就任後では最も暗い部類に入るものだった。
オバマ氏は、不平等の拡大と社会的流動性の低下について容赦なく指摘し、それらが「アメリカンドリームを、私たちの生活様式を、そして私たちが世界各地で支持しているものを根底から揺さぶる脅威をもたらしている」と述べた。
「子供の世代は親の世代より貧しくなる」
調査機関ピュー・リサーチ・センターが今春に39カ国で行った世論調査で「あなたの国の子供たちは、その親の世代よりも豊かになれそうですか?」と質問したところ、米国では、子供の世代の方が豊かになれるとの回答は全体の33%にとどまり、貧しくなるとの回答が62%を占めた。
欧州の人々はもっと悲観的だった。子供の世代の方がそれ以前の世代よりも豊かになるとの回答はドイツでは28%しかなく、英国では17%、イタリアでは14%、フランスに至っては9%にとどまった。
こうした西側諸国の悲観論と著しく対照的なのが途上国の楽観論だ。中国では82%、インドでは59%、ナイジェリアでは65%の回答者が、将来はさらに繁栄すると考えている。
西側諸国の生活水準が下がっていくという話はホラにすぎない――。そう信じることができたらどんなにいいかと思う。残念なことに、一般の人々が真相に気づいていることはいろいろな数字からうかがえる。(中略)
欧州における絶望感と不安感も、現実的な根拠に基づいている。将来の社会福祉・退職関連の給付金はこれまでほど手厚いものにはなりそうにないとの認識は特にそうだ。
繁栄を脅かす圧力は、債務危機でひどく苦しんでいる国々では非常に強く、ギリシャやポルトガルなどでは賃金や年金が実際に減額されている。
だが、比較的うまくやってきた欧州諸国ですら、生活水準を押し下げる圧力にさらされている。本紙(フィナンシャル・タイムズ)の調べによれば、英国の1985年生まれの世代は、その10年前に生まれた世代よりも高い生活水準を経験していない。これは過去100年間で初めてのことだ。
西側諸国の中で最も成功している経済大国と称されることの多いドイツでさえ、「メルケルの奇跡」の恩恵は主に所得階層の最上位が享受している。
現在の輸出ブームの基礎を築いた経済改革では、賃金の引き下げと社会保障給付の切り下げ、そして非正規従業員の採用拡大が進められていた。
途上国の楽観論と西側の悲観論の背景にグローバル化の影響
途上国における楽観論の台頭と西側諸国における悲観論の台頭との間には関連性がある。
オバマ氏は先週のスピーチで、「社会契約は1970年代後半から綻び始めた」と指摘した。中国が国を開き始めたのも同じく1970年代後半のことだったのは、恐らく偶然ではあるまい。
グローバル化の擁護者でさえ、今は大抵、グローバルな労働力の出現が西側の賃金抑制の一因になったことを認めている。欧州出身の筆者の友人数人は、保護主義――もっと言えばアジアでの戦争――が賃金の高い仕事を西側諸国に送り返してくれることを夢見る人もいる。
だが、実際には、グローバル化を推し進める技術的、経済的、政治的な作用を考えると、グローバル化の流れは決して本当の意味で後退することはないだろう。発展途上国で何億人もの人を貧困から引きずり出した経済トレンドを台無しにすることで西側諸国の生活水準を高めようとすることは、間違いなく道義的に怪しい。
たとえ西側諸国が自国市場を閉鎖したとしても、ホワイトカラーの労働者を含む西側の従業員は次第に、多くの仕事はコンピューターやロボットの方が安くこなせることに気づくはずだ。実際、ロボットの進歩は遠からず、中国の組み立てラインの労働者をも脅かすことになる。
西側の政治が急進化する恐れ
生活水準の低下が続けば、西側諸国の有権者はどう反応するだろうか?
既に政治の急進化の兆候が見られ、米国でも欧州でもポピュリストの右派が勢力を伸ばしている。だが、今のところは、米国のティーパーティー(茶会)や欧州の国家主義的な政治運動が大国の中央政府を掌握する現実的な可能性があることを示す確かな兆しは見られない。
また、グローバル化を巡るコンセンサスも持ち堪えているように見える。事実、世界貿易機関(WTO)は先週末、新たな国際貿易協定を模索する取り組みで突破口を開いたようだった。
だが、新たな政治運動はまだ西側の既成政党を破る用意はできていないとはいえ、主流派の政治家は新しい経済環境に対応せざるを得なくなっている。格差の拡大は大西洋の両岸で、より再分配効果の大きい税制と最低賃金引き上げを求める圧力を高めている。
西側の経済停滞があと10年続けば――あるいは、考えたくもないが、再び金融危機が起きれば――、より急進的な解決策と政治家が出てくるだろう。【12月10日 英フィナンシャル・タイムズ紙】
*******************
日本も政治経済的には“西側諸国”の一員であり、基本的には欧米同様の停滞感を抱えています。
ただ、地域的には台頭する新興国が集中するアジアにあって、それらの国々が及ぼす引力圏内にもあります。
この“引力”をうまく使えるかが、日本が将来的にブラックホールに吸い込まれずにすむためのカギにもなりそうです。
その際重要なことは、“発展途上国で何億人もの人を貧困から引きずり出した経済トレンドを台無しにすることで西側諸国の生活水準を高めようとすることは、間違いなく道義的に怪しい”という認識を堅持することかと思います。
国家単位で構成されている現実世界において、自国の利益を最優先することになるのは当然のことではありますが、そのとき上記の認識に照らして調整・修正することが必要になることもあろうかと思います。
自国のことだけを考えた視点では、やがてより大きな世界的な波に飲み込まれるか、悲劇的な衝突を起こすか・・・あまりいい結果とはならないように思えます。
【EU統合と不戦の誓い】
以上は前置き(長くなりましたが)で、欧州の話です。
欧州経済が困難な状況にあるのは、今さら言うまでもないでしょう。
****EUを1段階格下げ=加盟国の信用力低下で―S&P****
有力格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は20日、欧州連合(EU)の長期信用格付けを最上位の「AAA(トリプルA)」から「AAプラス」に1段階引き下げた。EU加盟各国が債務危機に直面し、資金調達面で信用力を失っている状況を反映させた。格付け見通しは「安定的」に設定した。
S&Pは、「EU財政は悪化しており、EU加盟国の結束も弱まっている」と指摘した。【12月20日 時事】
****************
経済的に困難な局面あるEUですが、もとより利害の対立する多くの国々の集まりですから、多くの課題・矛盾を抱えていることは当然であり、昨今は反EUを掲げる政治勢力が各国で台頭しているのも周知のところです。
ただ、昨日・今日に目にしたEU財務相会合や首脳会議に関する記事を見ると、そうした困難な状況にありながらも、前進の試みをやめてはいない・・・という感があります。
****EU財務相会合:銀行破綻処理、一元化で合意****
欧州連合(EU)は18日、ブリュッセルで開いた財務相会合で、ユーロ圏における銀行の破綻処理を一元化する制度に合意した。
経営危機に陥った銀行を破綻させる権限をEU内に設置する委員会が担い、破綻処理に必要なお金を出す「単一破綻処理基金」を新設する。
19日開くEU首脳会議で正式に決め、2015年からの実施を目指す。
欧州危機の抜本対策として創設する「銀行同盟」の議論はヤマ場を越え、実現に向けて前進する。(後略)【12月19日 毎日】
*****************
****EU:口座情報、非加盟国に自動交換要請 課税逃れ対策****
欧州連合(EU)は19日に開く首脳会議で、スイスやリヒテンシュタインなどEU非加盟の近隣国に対し、銀行や信託の口座情報を自動的に交換する協定に応じるよう求める方針を固めた。多国籍企業の課税逃れ対策の一環で、EU加盟国と同等の基準での情報交換を求めることで、課税の「抜け道」をふさぐことを目指す。(中略)また、首脳宣言ではEUと加盟国が「契約」を結び、労働市場改革や教育・研究開発などの取り組みに対して財政的に支援する政策「連帯メカニズム」も盛り込む。【12月20日 毎日】
****************
EUの抱える問題、EUに対する批判が多々あるなかで、欧州諸国がEUの統合深化の道を進むのは、アメリカ・ロシア・中国という大国に対抗するための政治的なパワーを確保するため、市場統合による経済利益という実利的な側面もありますが、根幹には、過去何百年にわたり戦争を繰り返してきた歴史への反省、不戦の誓いという理念があるように思われます。
特に、20世紀のふたつの大戦は欧州に深い傷跡を残しました。
****ベルギー:第一次大戦の化学兵器、今も処理****
化学兵器禁止機関(OPCW)へのノーベル平和賞授賞が決まったのを機にベルギー国防省は、同国西部で第一次世界大戦時の化学兵器を処理している施設を毎日新聞など一部報道機関に公開した。
第一次大戦の開戦から来年で100年を迎えるが、今なお年間2500発の化学兵器が確認されている。住民は「ここでは化学兵器を使った戦争が、今も暮らしに影響を与えている」と語る。
ベルギー西部の村プルキャペルにある約280ヘクタールの森に処理施設が点在する。倉庫には化学兵器とみられる赤くさびた砲弾が無造作に並ぶ。「触らないで」。担当者が叫んだ。大戦末期、資源の尽きたドイツが粗末な素材を使ったため、中身の漏れる事故が年間40件は起きているからだ。
周辺は、第一次大戦で英露仏などの「連合国」と、独、オーストリアなどの「同盟国」の戦闘が行き詰まり、両者がざんごう戦で計約14億発の砲弾を撃ち合った。このため、今も農作業中などに砲弾が大量に見つかる。
化学兵器は全体の約4.5%、6600万発が発射されたが、不発率も30%程度と高く、100年近くたった今も年2500発、重量で7トン以上が確認されている。大半は英独軍のものだ。
砲弾はマスタードガス弾など67種類もある。中身をエックス線で確認し、化学兵器の場合、特別な処理に移る。中身が取り出せる種類の砲弾なら、分解して毒液を処理業者に委託する。
分解しにくい場合、密閉空間で安全に爆破する炉を使って処理する。現在は機器の入れ替えで処理は中断しているが、テストで動かした爆破処理のごう音が森に響いた。
ベルギーは1980年代まで見つかった化学兵器を海中投棄していたが、処理技術が確立されたため99年から本格的処理に取り組み、1万8000発の化学兵器を廃棄した。
しかし、いつ終了するか先は見えない状況だという。化学兵器禁止条約は第一次大戦での化学兵器の処理は対象にしておらず、各国の自主的な取り組みに任されている。
フランスでも大量の砲弾が見つかるが、手付かずだという。【12月12日 毎日】
****************
国土を戦場としたか否かでは、欧州大陸と距離を保ってきたイギリスと、フランス・ドイツなどでは状況が異なります。そのことがEU統合に対する温度差にもなっています。
****EU首脳会議、銀行破綻処理一元化で合意 共通防衛政策では溝****
・・・ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、各国が軍備を出し合って共有することと防衛政策で足並みをそろえることの重要性を強調。またフランスのフランソワ・オランド大統領は、無人機など特定の兵器をEU加盟国で共同開発できるのではないかと提案した。
これに対しイギリスのデービッド・キャメロン首相はEUで一体の軍事能力を持つべきという考え方を一蹴、首脳会談は激しい議論の場となった。(後略)【12月20日 AFP】
******************
【ウクライナ加盟には温度差も】
今後のEU加盟を希望する東欧やバルカン半島の国々にとっては、EU加盟は経済的利益という面だけでなく、旧ソ連・ロシアによって侵害され、あるいは脅威にさらされる人権や民主主義を守るという側面もあります。
****EU:拡大協議 セルビアの加盟交渉開始に向け合意へ****
欧州連合(EU)は20日の首脳会議で拡大について協議、セルビアと2014年1月に加盟交渉を開始することで合意する。EUが仲介するコソボとの関係正常化交渉が順調に進んでいるのを評価した。
コソボについては加盟の前提になる安定連合協定の交渉開始を14年中に検討する。アルバニアは汚職対策の推進などを条件に6月に加盟候補国として認めるかどうかを決める。【12月20日 毎日】
*****************
EUの東方拡大については、ウクライナの問題が旬な話題としてあります。
EUとロシアの綱引きと言う文脈で語られることが多いウクライナ問題ですが、EU内部にも立場の違いがあり、ロシアの影響力からの離脱を求める反政府デモとは温度差もあるようです。
****EU:ロシア非難回避へ 対ウクライナで首脳宣言****
欧州連合(EU)の首脳会議が20日にまとめる首脳宣言で、EUとの「連合協定」の署名を拒否したウクライナ政府やその背後にいるロシアを非難しないことが、毎日新聞が入手した宣言案でわかった。
ウクライナ、ロシアを巡る政策についてEU内で足並みの乱れが大きく、踏み込んだ見解がまとめられなかった。ウクライナを将来、加盟させる合意もEUにはなく、EU加盟を求めて続くウクライナの反政府デモとEUの立場は大きな隔たりを見せている。
首脳宣言の最終案は、自由貿易協定(FTA)を含むEUとウクライナの連合協定について、ウクライナが合意し、条件が満たされればEU側は「署名する用意がまだある」と強調した。
先月末に協定の署名を拒否したヤヌコビッチ政権に対する非難はしなかった。
署名拒否についてウクライナ野党や欧米主要政治家らはロシアが背後で圧力をかけた、と批判。ロシアは17日、拒否を評価する形で来年からのガス供給価格を3割引き下げた。
しかし、フランスなどがロシアに配慮し、EUとしての非難に強く反対。首脳宣言案には盛り込まれなかった。フランス外交筋は「協定拒否はヤヌコビッチ政権の問題でロシアは無関係」と話す。
EUは連合協定の交渉について「まだテーブル上にある」(メルケル独首相)とウクライナとの関係維持で合意はしているが、交渉担当者のフューレ欧州委員がヤヌコビッチ政権のやる気のなさを理由に交渉打ち切りを一時提案するなど、不満もくすぶっている。
首脳宣言案は反政府デモについて「人々の希望に沿う形で平和的解決を求める」とだけ記し、EU加盟に関する見解は示さなかった。EUでは、東欧諸国がウクライナ加盟を強く支持する一方、西欧諸国に加盟を認める意思はないのが実情だ。
連合協定は中東欧諸国の加盟の前提になった実績がある一方、エジプトなど中東諸国とも締結されており、EU加盟とは直接連動してはいない。
EUからはアシュトン外務・安全保障政策上級代表(外相)らが、ウクライナの反政府デモの現場を訪れているが、協定は「EUとの関係強化」になるとだけ説明し、加盟を示唆する言動は慎重に避けている。【12月20日 毎日】
*****************
“西欧諸国に加盟を認める意思はないのが実情”という話になると、ウクライナの人々のなかには“裏切られた”と感じる人も多いのではないでしょうか。