孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シンガポール  外国人労働者依存社会で起きた40年ぶりの暴動

2013-12-10 23:20:19 | 東南アジア

(シンガポール「リトル・インディア」で8日に起きた暴動【12月10日 WSJ】http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702304468904579248713785480286.html#slide/1

40年ぶりの暴動
アジアにあっては例外的に安全・清潔・秩序が保たれており、また日本をも上回る所得水準を実現している国として知られるシンガポールで、暴動があったとして話題になっています。

****シンガポールで40年ぶりの暴動****
観光地としても有名なシンガポールのインド人街「リトル・インディア」で8日午後10時(日本時間同11時)ごろ、交通事故をきっかけに暴動が発生し、かけつけた救急車やパトカーが約400人に取り囲まれてひっくり返され、放火された。治安規制の厳しいシンガポールで、暴動は40年あまり起きていなかった。

暴動は、南アジア出身とみられる外国人労働者が交通事故に遭ったことをきっかけに発生。これまでに10人以上が負傷した。

警察は暴動に加わった南アジア系の労働者ら27人を逮捕。経緯を調べるとともに、現場から逃走した男たちの行方を追っている。多民族国家であるシンガポールでは、60~70年代の暴動の教訓から民族対立を強く警戒していた。【12月9日 産経】
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事件はバングラデシュ人労働者がバスにはねられたもので、「リトル・インディア」に居住するインド人やバングラデシュ人が騒ぎを起こしたとされています。

この事件を受けて、タングリン地域警察本部は9日、リトル・インディアに配備する警官を増やすことを明らかにしています。また、ルイ・タックユー運輸相は自身のフェイスブック上で、リトル・インディアでの酒類販売許可の制限を検討する考えを示しているように、規制を強化する方針のようです。

観光旅行者の視点からは、何かと規則がうるさいシンガポールは息苦しさを感じてあまり好きではありませんが、更に規制を強化されるとのことで、「やれやれ・・・」といった感もあります。

上記記事にあるように、シンガポールは華人(中華系)が76.7%、マレー系が14%、インド系(印僑)が7.9%、その他が1.4%という、隣国マレーシアの華人とマレー人比率を逆転させたような多民族国家であり、やはりマレーシアと似たような“共生しながらもそれぞれ異なるコミュニティーを形成”【ウィキペディア】する社会です。

外国人割合が現状でも38%、将来は45%・・・強まる地元住民の不満
ただ、今回の暴動はそうした伝統的な民族間の対立というよりは、外国人労働者を受け入れて発展してきたシンガポールの移民政策のひとつのあらわれのように見えます。

少ない労働力を補うために外国人労働者を多く受け入れてきたシンガポールでは、地元住民側から雇用が奪われるとの不満があり、絶対的な支配体制を維持してきた与党が11年の総選挙で大きく得票率を減らす結果ともなっています。

今年2月頃には、言論と集会が厳しく制限されているこの国において、政府の移民受け入れ政策に抗議して極めて異例な大規模集会が開催され、国民の不満の強さを浮き彫りにしたものとして話題にもなりました。

****シンガポール 人口政策承認 移民拡大、くすぶる不満****
 ■「仕事失う」「不動産が高騰
シンガポール議会は8日、政府が先月末に発表した移民の大幅な受け入れを柱とする「人口白書」を承認した。白書で示された新人口政策の狙いは、急速に進む少子高齢化による生産年齢人口の減少と労働力不足を移民で補い、経済成長を維持することにある。
だが、国民の反発を誘発し、与党内からも異論が出るなど社会を揺るがしている。
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 ◆「労働力確保」狙い
合計特殊出生率は1・2と低く、生産年齢人口は2020年以降、減少の一途をたどる。これを食い止めるため政府は30年までに、現在531万人の総人口を最大で約3割増の690万人とし、現状では年間1万8500人の国籍取得枠を、最大で35%増の2万5千人に拡大するとした。

この結果、総人口に占める永住者を含む外国人の割合は38%から45%に増え、逆に国民の比率は62%から55%に低下する。

民族構成比は中国系74・2%、マレー系13・3%、インド系9・2%(12年)で、政府はこの比率を将来も維持するとみられ、今後の移民は中国人が主体だとみていい。

白書に合わせ政府は出産奨励策と、人口増に備え70万戸の住宅を建設する開発計画も打ち出した。だが、ネット上には「白書はシンガポールで生まれたシンガポール人に対する背信行為だ」など、批判と反発の書き込みがあふれている。(中略)

反対論の核を成しているのは、移民の拡大で「仕事が奪われ、不動産価格の高騰も招く」「シンガポール人のアイデンティティーの喪失につながる」という懸念だ。
中国系の間には、中国本土からの中国人に対する潜在的な嫌悪感と、一種の差別意識も存在する。

これに対し、リー・イシャン上級国務相(通産・国家開発担当)は「シンガポールは日本を教訓に対策を講じる必要がある。日本は外国人に門戸を閉ざし、そのつけが今、回っている」と、白書を正当化した。

白書は与党が圧倒的多数を占める議会で賛成77、反対13で承認された。だが、集会などが厳しく規制されているこの国にあって、16日に市内の公園内の演説ができる「スピーカーズ・コーナー」に、約千人を集め反対の気勢を上げる動きもあり、不満はくすぶる。

政府は11年の総選挙で国民の不満を背景に与党が敗北して以降、外国人受け入れ拡大路線を転換、流入を厳しく規制する段階的な措置をとってきた。それでも先月の補欠選挙では与党が労働者党に敗北している。

にもかかわらず今回、拡大路線に回帰したことは、少子化の中で「アジアのハブ」として生き残るために、背に腹は代えられないという危機感の表れだろう。
規制による外国人労働力の確保難から、外国企業の一部には撤退の動きも出ている。同時に、国民の統制も難しい局面を迎えた。【2月10日 産経】
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外国人の割合が現状でも38%、将来は45%に増える・・・というのは、閉鎖的な移民政策をとっている日本からすると想像できない全く異質な社会です。

こうした事情の背景には、基本的に人口が少なく、出生率も極めて低いということに加えて、きつい単純労働を地元住民が希望しない、一方、高度のスキルを必要とする職種については、条件を満たすような人材が地元に少ないということもあるようです。

****アジア成長の限界)外国人労働者編 シンガポール、依存と反発****
 ■17年後「45%が外国人」
シンガポール最大級のショッピングセンターにある人気レストラン「キング・ルイス」。食事を楽しむ人々が憩う店内の落ち着いた雰囲気は、厨房(ちゅうぼう)に入ると一転する。シーフードやバーベキュー肉を調理し、後片付けする熱気が充満する。

中でも一番の重労働が皿洗いだ。担当するのはフィリピン人のジョンさん(33)。下げられてきた皿の残りかすを一枚一枚勢いよく水で洗い流す。一度に皿が16枚入る食器洗浄機にすぐ投入。約1分で洗浄機が開くと、皿を棚に戻す。昼夜計10時間、立ちっぱなし。休日は週1日だけだ。

厨房に詰める5人のうち外国人でないのは料理長だけ。「きついからローカル(シンガポール人)は働かない」。レストラン運営会社のセバスティアン・ティアウ副社長は語る。日本料理店7店舗を展開する「ワタミ」も事情は同じで皿洗いの8割は中国人という。

皿洗いの月給は、900~1500シンガポールドル(Sドル)(約7万2千~12万円)ほどと、大卒初任給の約半分。派遣業者のランディー・ルー社長は「給料の話ではない。ローカルは高学歴になり、オフィスでの見栄えのよい仕事を好む」と言う。

人口530万人の都市国家は2007年、1人あたり国民所得で日本を抜いた。65年の建国以来、政権を握る人民行動党の絶対与党体制下で物流などを強化、経済開発をしてきた。

だが、その半面で急速な少子高齢化が進む。出生率は日本を下回る1・2。20年までに、65歳以上の年齢層の割合が14%を超える「高齢社会」に入る。

労働力不足を埋めるのが、周辺諸国などから来る外国人労働者だ。皿洗い、建設作業員、バス運転手まで、働く外国人は計126万人。経済や市民社会を支える陰の主役と言える。

政府は、専門職についても労働市場を開いて、付加価値の高い産業を誘致し成長につなげる戦略をとる。

例えば、北部に320ヘクタールの用地を確保し、航空産業用の工業団地を造成。航空機エンジン大手の英ロールスロイス社が、工場やアジア太平洋地域の研究開発拠点を置く。関連企業も合わせた従業員2千人のうち300人が、欧州などから来た外国人幹部や技術者だ。

同社の工業団地責任者、ポール・オニール氏は「政府の投資奨励策が、進出の理由だ」と話す。法人税率は17%で日本の半分。航空機やバイオなどの先端産業やアジア地域本部を置く企業は、さらに減免される。

高層ビルが林立する金融街の外資系投資銀行で働くIT技術者、ルーマニア人のイオヌトさん(38)は、個人就労ビザ(PEP)という特別なビザを持つ。通常の就労ビザの有効期間は2年程度だが、PEPは5年有効。もし勤務先を解雇されても、半年間は滞在を続けて職探しできる。優秀な人材を「個人」として囲い込む狙いだ。

そんな外国人依存社会のシンガポールで今年、ある数字が論争を呼んだ。
「30年には人口に占める外国人の割合が45%に達する」。政府が1月末、初めて発表した「人口白書」で、外国人が半数に迫る将来像を示したのだ。80年に9%だった外国人は、07年以降、3割を超えるようになっていた。「自国民が少数派に転落してしまう」。そんな不安が現実味を帯び始めた。(後略)【5月1日 朝日】
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リー・シェンロン首相は「シンガポール国民がこれからも社会の核です。でも、経済の進歩とは、(外国人が流入する)蛇口を閉めることではないのです」と政府の移民政策への理解を求めていますが、国民の不満は収まっていません。

厳しい外国人労働者管理対策
外国人労働者増加への国民の不満は強いものがありますが、ここ数年のシンガポール政府の移民政策は、国民の不満を反映して基本的には外国人労働者の増加を厳しく管理するものとなっています。

産業ごとに、国内労働者との比率において外国人労働者を雇用できる割合が決めらており、この“外国人雇用上限率”は引き下げられる傾向にあります。

外国人単純労働者を一人雇用するごとに雇用主が毎月納める税金“外国人雇用税”は2014~2015年に引き上げられることになっています。

“就労ビザ取得条件”も、2014年1月から就労ビザの取得条件となる最低給与額が引き上げられ、厳しくなります。

更に、2014年8月より、企業は、求人条件が月収 12,000シンガポールドル(約 96万円)以下の専門職、管理職、経営幹部職の外国人を採用する前に、シンガポール人向けの求人データベースに最低 14営業日にわたる求人広告を出すことが義務付けられます。
【2013年10月 佐藤憲彦氏 “シンガポール「外国人雇用規制の強化」” より】

また、現状はよくわかりませんが、2009年頃の資料では、雇用主は外国人単純労働者を雇用する際には、政府に労働者1人当たり保証金 5000 シンガポールドル(約40万円)を納めなければならないとされています。
保証金は当該外国人労働者の帰国後に雇用主に返還されますが,外国人労働者が行方不明になったり,罪を犯したりした場合には没収されます。雇用主による雇用管理の強化や不法残留の抑止につながっている制度です。

外国人労働者側の不満
以上は、主に地元住民からの外国人労働者増加への不満、政府の施策の話でしたが、一方で、外国人労働者、とくに単純労働に従事する外国人労働者の側の、労働環境・待遇などの問題も存在します。

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外国人単純労働者は,家族の呼び寄せが認められていない。

さらに,メイドなど女性の単純労働者は入国前に妊娠検査を実施するとともに,滞在中も半年ごとに妊娠検査が義務づけられており,妊娠した場合,雇用主は人材開発省に報告の義務があり,当該外国人労働者は強制送還される。
【竹内ひとみ氏 “シンガポールの外国人雇用対策”】
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メイドの扱いなど、日本的感覚からすると人権上の問題が出るようにも思えます。
また、メイドに対する暴力・虐待などの問題も多くみられます。
一方でメイドによる雇い主殺害などの事件もありますが、要は相互の信頼、人間的な関係がないということでしょう。

また、建設現場などの“3K労働”を主に担っているインド人やバングラデシュ人は、1日働いても800円ほどの収入しか得られないとも言われています。
今回の騒動を起こしたのは、こうした外国人労働者です。

仮にシンガポール式の外国人労働者管理がうまくいって、ローカル住民の不満も収まったとしても、その社会はある意味、人種差別的な、極端に言えば現代的奴隷制的な社会のようにも思えます。
もっとも、それでもいいから移民したいという者に門戸を閉ざす鎖国社会とどちらが倫理的かという問題はあります。

現実世界が国家を単位としている以上、移民の扱いは非常に難しい問題ですが、少子高齢化の日本もやがて直面する問題です。

活性が失われるのを覚悟でこれまでのように門戸を閉ざすか、社会的緊張をはらみながらも厳格な管理体制のもとで受け入れるのか、あるいは共存を可能とする道を模索するのか・・・。

共存のためには、(仮にそのような方策があったとしても)長い時間をかけた周到な準備も必要ですが、なにより受入側の意識を変える必要もあるでしょう。それはまた非常に難しい問題です。
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揺れるウクライナ  反政府デモ拡大、一部暴徒化も 

2013-12-09 22:37:38 | 欧州情勢

(治安部隊の盾にバラを挿すデモ参加の女性 ただ、レーニン像を引き倒すような暴徒もいます。“flickr”より By Jf1234 http://www.flickr.com/photos/kde-head/1838470/in/photolist-aqvL-aqvM-cq3K-cq4d-cq4v-cq4Q-cq55-cq5m-cq5v-cq5J-cq5W-6yegR-6yegS-u1ppb-6x3aXy-hYmEQA-ebLmTt-hQuGUt-crTmhG-crTuUW-crTuoQ-crTyVG-crTiuN-crTr6J-crTq7E-crTjPQ-crTj3b-crTgDS-crTwPN-crTxUU-crToBm-crTya5-crTx89-crTtTS-crToNy-crTkGq-crTthw-crTfnj-crTzqC-crTu8L-crTkpf-crTjAS-crTg9m-crTk99-crTwzG-crThWf-crTeRb-crTwhY-crThD5-crTv8U-crTmQy/)

EU、ロシアの間で危うい綱渡り
東方拡大を進めてきたEUと、勢力圏再構築を狙うロシアの思惑がぶつかり合う場ともなっている旧ソ連ウクライナのヤヌコビッチ大統領は、欧州連合(EU)加盟に道を開く「連合協定」締結直前になって、その条件となっていた親欧米派で拘束中の政敵ティモシェンコ前首相の国外(ドイツ)療養を認めず、「連合協定」署名を見送るという形で、ロシア接近への方向転換を見せています。
(11月28日ブログ「EUとロシアのはざまで揺れるウクライナとモルドバ」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131128

2004年の「オレンジ革命」で成立した親欧米派ユーシェンコ大統領が経済不振・相次ぐ国内政争から国民の支持を失い、2010年、ティモシェンコ前首相を僅差で退けヤ親ロシア派のヤヌコビッチ大統領が誕生しました。

もともとヤヌコビッチ大統領は ロシアとの経済関係が強くロシア系住民も多いウクライナ東部の出身で、ロシア重視の政策をかかげ、選挙戦でもロシアからの支持を受けて当選を果たした親ロシア派ですから、就任直後はロシアとの関係改善に動きました。

しかし、その後はロシアと距離を起き、EUと接近する姿勢を見せていました。
今回見送られた「連合協定」もそうしたEU接近の延長線上にあるものです。

****ロシアか EUか 揺れるウクライナ**** 
・・・・ところが就任後、ロシアとの関係が安定すると見るや、ヤヌコービッチ大統領は路線を修正します。EUとの関係も重視する姿勢を見せ始めたのです。

最初の外遊先に選んだのは、ロシアではなくEU本部のある、ベルギーのブリュッセル。ヤヌコービッチ大統領は「ヨーロッパへの統合を進めることがわが国の外交における優先事項だ」と述べ、将来のEU加盟に向けた協定の締結を目指したのです。

EUとの関係強化に乗りだした背景には、ウクライナ経済を自立させようという狙いがありました。エネルギーの大半をロシアに依存しているウクライナ。 過去に天然ガスの供給を止められた苦い経験がありました。

ヤヌコービッチ大統領を勢いづかせたのが、ウクライナ国内の「シェールガス」の存在です。今月(11月)、ウクライナ政府は欧米のエネルギー企業と、シェールガスの探査を開始する文書に署名しました。
さらにEUとの関係を強化して産業の競争力を高め、ロシア依存の経済から脱却をはかろうとしていたのです。【11月28日 NHK online】
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このウクライナ・ヤヌコビッチ大統領の路線変更は、当然にロシア・プーチン大統領を怒らせます。
勢力圏再構築を図るロシア・プーチン大統領にとって、ウクライナは必要不可欠なピースです。

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ウクライナは、旧ソビエト時代に産業、軍事で重要な拠点が集中した場所です。今でも、ロシア海軍の基地はウクライナの黒海沿岸にあるクリミア半島の一部を租借していまして、ロシアにとっては死活的に、戦略的に重要な国です。

(中略)また、プーチン大統領は、2015年に旧ソビエトの一部の国々をメンバーにして、ユーラシア連合という、EUのような経済圏をつくりたいという構想を掲げています。そこにウクライナという多くの人口を抱え、経済規模も大きな国が加わらなければ、その実効性がなくなると考えています。【同上】
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歴史的にみても、12世紀、ウクライナの地に誕生したキエフ公国が、その後のモスクワ公国・ソ連・ロシアと続くロシア史の原点・故郷であるという意識がロシア側には強くあります。

もっとも、ウクライナ側には、キエフ公国とロシアは別物で、自分たちウクライナがその後継者であるとのナショナリズムがあります。
ウクライナの反ロシア・親欧州の意識の根底には、「キエフ公国以来の高い文化を持つウクライナ」と「モスクワ公国から一貫して専制的なロシア」という対比があるようです。
(参考「ロシアの起源とウクライナの起源」http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/5870/zatuwa1.html

いずれにせよ、怒るプーチン大統領は、今年8月、ウクライナ製品の事実上の全面禁輸に踏み切り、ウクライナに圧力をかけます。
また、しばしば“ガス紛争”としてパイプライン下流の欧州各国を巻き込む形で問題となる天然ガスについても、厳しくウクライナに迫っています。

****プーチンに脅されるウクライナ*****
プーチン大統領が天然ガス供給を材料に交渉するのは、今回が初めてではない。

2006年と09年1月の厳冬期にウクライナとの天然ガスの価格交渉が難航したこととガス抜き取り疑惑を理由に、ロシアはウクライナ向け天然ガス供給数量を大きく削減した。

当時欧州向け供給の80%から90%はウクライナ経由のパイプラインで供給されていたので、欧州諸国にも大きな影響を与え、09年の中断の際には、ブルガリアなど6カ国向けのロシアからの供給が全て途絶するなど18カ国が影響を受けた。(中略)

09年の供給途絶の後、ウクライナ政府はロシア・ガスプロムからの購入価格を大きく上げることに合意した。
いま、その価格は、ガスプロムのドイツ向け価格1000立方メートル当たり400ドルを上回る430ドルだ。
ウクライナは「適正価格は250ドル」と主張しているが、プーチン大統領が提示した価格引き下げの条件は、ウクライナ国内のパイプラインをガスプロムに譲渡するか、あるいはロシアが主導する関税同盟にウクライナが参加するかだ。どちらもウクライナが受け入れられる条件ではなかった。

11月29日のEU・ウクライナの連合協定調印予定が決まってからは、プーチン大統領は、サンクトペテルブルク市に勤務していた際の部下であったガスプロムのミレル社長経由で、さらに圧力を強めた。

ミレル社長は、「ウクライナのガス料金支払いは遅れており、10月1日現在で5億5000ポンドが未払いになっている」と主張し、直ちに支払うことを要求した。ロシアの意図がウクライナのEUへの接近阻止にあるのは明らかだった。

一方、ウクライナは、料金値上げ以降の過去3年間で200億ドル以上の過払いがあると反論し、契約の見直しがなければ、ロシアからのガス購入を中断すると10月10日に発表した。

これに対し、10月末にはガスプロムは、未払い問題が解決しない限り前払いが必要とウクライナに要求する。

ウクライナは11月11日にロシアからのガス購入を中止し、ハンガリー、ポーランドなどが輸入しているガスを迂回購入する契約を結ぶが、結局4日後にロシアからのガス購入が再開された。

その6日後には、ウクライナ政府がEUとの連合協定調印の準備作業を中断し、ロシアの関税同盟に関する対話を再開すると発表することになり、国内は大きな混乱に陥った。(後略)【12月5日 WEDGE】
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上記記事では、ウクライナが“変心”する11月後半に、ロシアとの間でどのようなやり取りがあったのかは定かではありませんが、相当にシビアなやり取りがあったであろうことは想像できます。
もっとも、プーチン大統領は、ウクライナに圧力をかけているのはEUの方だと、EU側を批判していますが。

このような流れを経て、突然のヤヌコビッチ大統領のロシア回帰というか変心というか、再度の路線変更が行われました。
EUとロシアの綱引きが行われるなかで、その双方から最大限の利益を引き出そうとするバランス外交との見方もありますが、相当に危うい綱渡りでもあります。

【「オレンジ革命」以来の政情不安定化
ただ、これで話が収まった訳でないことは、連日報じられている反ロシア・親欧州デモに見るとおりです。

****ウクライナ:15年大統領選にらみ溝 反政府デモ続く*****
欧州連合(EU)との連合協定署名見送りに端を発したウクライナの反政府デモは、4日で2週間。
2004年の民主化運動「オレンジ革命」以来の政情不安定化の背景には、15年初頭に予定される次期大統領選をにらんだ与野党の対立がある。ロシアとEUのどちらに接近するかや、地域、年代による政治志向の違いも絡み、国内の溝は深まっている。

首都キエフ中心部に約1万人のデモ隊が陣取る中で開かれた3日のウクライナ国会(定数450)。野党側提出の内閣不信任決議案の投票が行われたが賛成は3野党の169人と無所属議員ら計186人にとどまった。

現地からの報道によると、反政府デモ支援の野党指導者にはオレンジ革命の立役者が多い。04年大統領選でやり直しの決戦投票を実現させ首相だったヤヌコビッチ氏の当選を阻んだ勢力だ。

ティモシェンコ前首相=服役中=を中心とする最大野党「連合野党・祖国」を率いるヤツェニュク氏は親欧米のユーシェンコ前政権で外相と経済相を務めた。野党第2党「ウダル」党首でボクサー出身のクリチコ氏も前大統領顧問として政治活動を開始している。

次期大統領選への出馬を明言するクリチコ氏ら野党側は現政権打倒を目指し、選挙の前倒し実施を求める。与党「地域党」は工業が盛んな東部を地盤に財界の支持も受け一歩も引かない構えだ。

キエフ国際社会学研究所の11月中旬の世論調査では、EU加盟支持は39%、ロシア主導の経済ブロック「関税同盟」加入支持は37%で、ほぼ伯仲。欧州との関係が強い西部では69%がEU加盟支持だが、ロシア系住民の多い東部では関税同盟支持が61%で地域差は歴然だ。18〜29歳のEU志向は5割超だ。

亀裂の走る世論を背景に、ヤヌコビッチ大統領は改めて1日、「EU接近に全力を尽くす」と表明、協定交渉継続の意向を示した。一方、ロシアへは4日、関係改善交渉のため代表団を派遣。再選を目指しバランス外交を続けている。【12月4日 毎日】
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4日には、ヤヌコビッチ大統領の最側近の一人であるアルブゾフ第1副首相は、首都キエフなど全土で続くEU加盟を求める反政権デモを受け、大統領と最高会議(議会)の前倒し選挙を実施する可能性に言及しています。

中国・ロシアからの資金援助
こうした混乱が続く国内情勢のなかで、ヤヌコビッチ大統領は中国・ロシアを訪問してロシアへの返済のための金策・交渉に努めています。

****国内混乱のウクライナ大統領が訪中…援助獲得で****
中国外務省によると、ウクライナのヤヌコビッチ大統領は5日、訪問先の北京で中国の 習近平 ( シージンピン )国家主席と会談し、幅広い分野での経済協力強化で合意した。

大規模な反政府集会でウクライナ国内は大揺れだが、経済立て直しのため、中国への外遊による援助獲得を優先した模様だ。

ロシアのインターファクス通信によると、大統領は約80億ドル(約8200億円)分の援助協力で合意したことを明らかにした。昨年の2国間貿易の総額に匹敵する額だ。

中国紙・環球時報によると、ウクライナはロシア産天然ガスの購入費と政府債務の返済のため、2014年中に約170億ドル(約1兆7400億円)の確保を迫られているという。【12月5日 読売】
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****ウクライナ・ロシア首脳 良好な関係を****
ヨーロッパとロシアのどちらとの関係を重視するかを巡って揺れてきたウクライナで、ヨーロッパへの接近を求める反政府デモが続くなか、ヤヌコービッチ大統領はロシアのプーチン大統領と会談し、ロシアと良好な関係作りに努める姿勢を示しました。

ウクライナでは先月下旬、政府がEU=ヨーロッパ連合に加盟するための前提となる協定の締結を見送ったことに抗議して、野党勢力や市民が集会を開いたり政府庁舎を封鎖したりして、大規模なデモを続けています。こうしたなか、ウクライナのヤヌコービッチ大統領は6日、ロシア南部のソチを訪問し、プーチン大統領と会談しました。

ウクライナ政府の発表によりますと、両首脳は貿易・経済の問題のほか、将来の戦略的パートナーシップに関する条約について意見を交わしたということで、良好な関係作りに努める姿勢を示しました。

会談で両首脳は、ウクライナで続く反政府デモやEUとの関係についても意見を交わしたものとみられます。

ウクライナを巡っては、欧米各国が野党勢力などが続けているデモを支持する一方で、ロシアはヤヌコービッチ政権を支持しており、欧米とロシアを巻き込む形で対立が深まっています。
今回、ヤヌコービッチ大統領がプーチン大統領と会談したことで、ヨーロッパへの接近を求める市民の反発が一層強まることも予想されます。【12月7日 NHK】
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引き倒されたレーニン像
このプーチン大統領との会談で、ヤヌコビッチ大統領は天然ガスの輸入価格の引き下げなどを求めていますが、安価なガスと数十億ドル(数千億円)の援助と引き換えにウクライナがロシア主導の関税同盟に参加することを認めたとする憶測もあり、反政府デモをさらに刺激しています。

****EU加盟デモ、20万人規模に=レーニン像破壊―ウクライナ****
ウクライナで欧州連合(EU)加盟を求める反政権デモが8日行われ、AFP通信によると、首都キエフ中心部「独立広場」には約20万人が集結した。

夜には一部が暴徒化し、旧ソ連の象徴である革命家レーニンの銅像を引き倒した。主要野党は「(破壊は)許可していない」と釈明した。

11月21日にヤヌコビッチ政権がEUとの「連合協定」署名見送りを発表した後、週末の大規模デモは3度目。治安当局は内乱と騒乱の容疑で捜査を始めた。

今回は初めて地方からもデモ隊が大量動員された。
野党は「12月17日に政権が(ロシア、ベラルーシ、カザフスタンでつくる)関税同盟加盟文書に署名するとの情報がある」と主張。

収監中のティモシェンコ前首相は声明を出し、対ロシア関係を最優先させるヤヌコビッチ大統領の即時退陣を要求した。【12月9日 時事】 
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11月30日未明にも、治安部隊がデモ隊の強制排除に乗り出し、広場にいた30人以上の若者らを拘束、立件に向けた捜査に着手したことがあります。
その際に治安部隊の一部がこん棒で若者らを殴る映像が公開される、なりふり構わぬ強権姿勢に出たヤヌコビッチ政権への怒りが一気に爆発してデモが拡大したことがありました。

このときは、ヤヌコビッチ大統領は「独立広場で今朝にかけて起きた出来事に激しい怒りを覚える。対立と人々の苦しみをもたらした行動を非難する」との声明を発表し、責任がある者を罰すると述べて沈静化を図りました。

ただ、8日のデモのように一部が暴徒化すると、治安当局も再び強硬な対応をとることも予想されます。

反政権派は、ヤヌコビッチ大統領が48時間以内に政権を解散しないならば、キエフ郊外のドニプロ川の岸辺にある同大統領の豪邸を封鎖する構えを見せていると報じられています。【12月9日 AFPより】

今後の治安当局の対応、ロシアとの関税同盟の行方次第で、更に緊迫した事態も予想されるウクライナです。

なお、11月25日から抗議のハンストを行っていた収監中のティモシェンコ前首相は、12日目の6日、ハンストを中止しています。
“デモ参加者から健康悪化を懸念する声が高まったのが理由。デモの拡大を踏まえ、一定の成果は得られたと判断したもようだ”【12月7日 時事】
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アメリカ 失業保険延長、最低賃金問題に見る“経済のダイナミズム”と“個人の生活”

2013-12-08 22:58:59 | アフリカ

(賃上げを求めるマクドナルドなどファストフード労働者のスト “I’m worth more”・・・言いたいところはわかります。 一方、経営サイドからは“デモに参加しているのはほとんど「比較的少ない」労働組合のメンバーであり「全国労働組合グループが工作したキャンペーンを抗議デモと呼んでいる」”との批判も。 “flickr”より By John Orvis http://www.flickr.com/photos/55964567@N04/11227334035/in/photolist-i782fK-i6VYXk-i6Wz6i)

11月雇用統計の予想外の改善で、量的緩和の早期縮小論議も
アメリカ経済の話と言えば、先日世界中が大騒ぎした債務不履行(デフォルト)につながる債務上限引上げの問題、政府機関一部閉鎖をもたらした暫定予算の問題、その背景にある議会の与野党対立による機能不全・・・という諸問題があり、現在はとりあえずの一時しのぎ状態にすぎず、年明けには再燃が強く懸念されています。

その話は今回はさておき、アメリカ景気の話。
なんだかんだ言っても、アメリカ経済の動向は、日本を含めた世界経済の動きに大きく影響します。

6日に発表された11月雇用統計は市場の予想を大きく上回る良い数字でした。
これを受けて、これまで米連邦準備制度理事会(FRB)が続けてきた量的緩和策が縮小される時期が早まるのではないかとの観測が出ています。

****米国:量的緩和、早期縮小観測が再燃 就業者数大幅増で****
11月米雇用統計(6日発表)が好内容となり、市場では米連邦準備制度理事会(FRB)による早期の量的緩和縮小観測が再び台頭した。11月は就業者数が大幅に増えた上、失業率も5年ぶりの水準に低下。

「雇用回復は鮮明で、FRBは月内にも緩和縮小を決める」(投資会社)との声が出ている。
一方で「雇用の回復力を判断するには材料不足」(米証券)との見方も根強く、FRBが今月17、18日に開く連邦公開市場委員会(FOMC)の行方が注目される。

11月雇用統計は、景気動向を反映する非農業部門就業者数が前月比20万3000人増と、市場予想(18万人増)を大きく上回った。失業率も7・0%と前月から0・3ポイント低下。就業者数は9〜11月の月平均で約19万3000人増と、失業率を安定的に引き下げるのに必要とされる20万人に近い水準となった。

FRBのバーナンキ議長は今年6月、経済・雇用の持続的な回復を前提に、米国債など月850億ドルの資産を購入する量的緩和策の縮小に年内にも着手する姿勢を打ち出した。

5日発表の今年7〜9月期の米実質国内総生産(GDP)改定値も前期比・年率で3・6%増と1年半ぶりの高い伸びとなり、市場では「早期の緩和縮小に向けた根拠が示された」(米調査会社)と、12月や来年1月のFOMCでの縮小開始説が台頭した。

ただ、失業率低下は、10月の米連邦政府機関再開に伴う特殊要因も影響。感謝祭商戦の不振が伝えられるなど個人消費にも先行き不透明感が漂う。このため、市場では緩和縮小開始は早くて来年3月との見方も根強い。

物価上昇率がFRB目標の2%を大幅に下回っていることや、次期FRB議長に指名されたイエレン氏が11月の議会証言で量的緩和縮小を慎重に判断する姿勢を強調したこともこの見方を後押ししている。

ただ、FOMCメンバーには早期の緩和縮小論者も複数おり、今月の会合で激論が交わされそうだ。【12月8日 毎日】
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“量的緩和”とは、アメリカの中央銀行にあたる米連邦準備制度理事会(FRB)が国債や証券などを買い入れることで、世の中のお金の量を増やすための政策です。

従来の金融緩和政策では、「金利」を調整する方法(景気回復のためには金利を下げる)が重視されてきました。
しかし、金利がほぼゼロに近い状態にまで下がってしまっている場合には、これ以上金利を下げることはできませので、「金利」ではなく「資金量」に着目した政策が行われるようになっています。

アメリカの量的緩和策は2008年から実施されています。

QE1(キューイーワン)は、サブプライム・ローン問題から波及した金融危機に対応するため、2008年11月~2010年6月に実施された量的緩和政策の第1弾で、1兆7250億ドルが供給されました。QE2(キューイーツー)は、米国の景気回復ペースの鈍化を受けて、2010年11月~2011年6月に実施された量的緩和政策の第2弾で、6000億ドルが供給されました。

現在行われているQE3(キューイースリー)は、労働市場(雇用)を刺激して景気を回復させるため、2012年9月に導入された量的緩和策の第3弾です。
市場から住宅ローン担保証券(MBS)を追加的に買い取って、大量の資金を供給しています。【有馬秀次氏「金融用語辞典」http://www.findai.com/yogo001/0054y01.html より】

市場には、量的緩和策が縮小されると金回りが悪化し、景気回復の足を引っ張ることになるのでは・・・との警戒感が強く存在します。
そのため早期縮小につながるような予想外の景気回復が発表されると、市場は逆に下げるのでは・・・とも見られていました。

しかし、実際のところは11月雇用統計発表を受けて、ニューヨークのダウは200ドル近い上げ幅を記録、合わせてドルが買われるという結果とななっています。
市場の動きと言うのはなかなかわからないものです。

【“時代遅れになったスキルしか持たない労働者は労働市場から追放されている”】
ただ、最近の失業率の改善については、職探しを諦めてしまった人が増えたことで、見かけ上の数字が低く出ているのでは・・・との指摘もあります。

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・・・・もっとも、すべての面で米国経済がバラ色というわけではもちろんない。米国の生産年齢人口は移民が増大していることもあり、毎月増加している。だが労働人口は逆に減少し、非労働人口は増えてきている。これは職探しを諦めてしまった人が増えたことを示唆している。彼等は失業率の母数にはカウントされないので、見かけ上の失業率を低くする効果があるわけだ。

つまり、米国経済はリーマンショックを境にその構造を大きく変えてきており、時代遅れになったスキルしか持たない労働者は労働市場から追放されているのである。これを米国経済のダイナミズムとして肯定的に捉えるか、格差拡大の元凶であるとして否定的に捉えるかは、経済のあり方に関する価値観で大きく変わってくるだろう。
【11月12日 ニュースの教科書】
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“時代遅れになったスキルしか持たない労働者は労働市場から追放されている”という表現は残酷な響きがありますが、アメリカでも日本でも現実の問題です。
まさに上記指摘のように、経済構造の前進を促すダイナミズムと捉えるか、経済格差拡大をもたらす元凶ととらえるかで、対応が全く異なってきます。

労働市場から追放された“時代遅れになったスキルしか持たない労働者”は、失業保険給付もやがて打ち切られることになります。

****米緊急失業保険延長なければ24万人の雇用喪失の恐れ-米政府****
オバマ政権は今月28日に期限切れを迎える緊急失業保険制度の延長問題について、失効すれば来年最大で24万人の雇用が失われる可能性があると警告し、延長を主張する議会民主党を後押しした。

米大統領経済諮問委員会(CEA)と労働省がまとめた報告書によれば、2008年の導入以来繰り返し延長されてきた緊急失業保険制度が失効した場合、130万人が直ちに給付を打ち切られると推定される。来年中にはさらに360万人が給付を受けられなくなる見込みだ。

報告は現在の7.3%の失業率 に言及し、「これほど失業率が高い中で議会が制度を失効させた例はない」と指摘した。
報告はまた、失業給付が打ち切られた場合、求職者の収入は減り、消費が押し下げられると説明。この結果需要が縮小し、最大24万人の雇用が失われる恐れがあると分析した。

オバマ大統領は議会に対し、年末の休会前に制度延長を承認するよう求めている。しかし下院共和党は、米経済が第2次大戦後最悪のリセッション(景気後退)を脱して4年余りが経過する中で、延長に慎重な姿勢を示している。
【12月6日 Bloomberg.co.jp】
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オバマ大統領は、失業保険給付打ち切りは消費を押し下げ、景気を悪化させると、給付延長を求めています。
これに対し共和党などは、給付を延長することは、失業前と同じような職種、自分の希望にあった職種しか探そうとしない失業者のわがまま、自助努力の不足を助長するものだと反論しています。

資本主義経済のダイナミズムを重視するか、個人の生活を重視するかという問題でもあります。

「仕事がないよりはましだが、貧困層から抜け出すことはできないだろう」
仕事には従事しているが、生活に十分な賃金が得られていないという貧困労働者の問題もあります。
日本でも、非正規雇用の拡大などに伴ってワーキングプアが問題視されてきていますが、アメリカでも、多くの先進国でも同様傾向が見られます。

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景気回復で生まれた雇用の大半は、ファストフードの食品加工やレジ係、小売店の販売員など、時給が約13.5ドル以下の低賃金労働だが、米雇用統計の試算では、2010~20年の10年間で最も成長が見込まれる職業30種の大半が、こうした仕事である。

年収にすると、ファストフードの接客や食品加工などの外食産業(10年時点での中央値が1万7950ドル)、レジ係(同1万8500ドル)、清掃作業員(同2万2210ドル)、ウエートレス・ウエーター(同1万8330ドル)など、3万ドルに満たないものが多い。【2月21日 肥田美佐子氏 WSJ】
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アメリカ貧困層は2012年統計で15%と横ばいとのことですが、ロイター通信では“アメリカ統計局は、「政府の貧困撲滅計画は、この国の貧困者の数を昨年(2012年)から減らすことができておらず、その数は、人口の16%、5000万人に及ぶ」と強調”とも報じられているようです。

****米国の貧困層、全人口の15%で横ばい?最貧困層は増加****
米政府の定める貧困ラインを下回る、貧困層の割合は2012年の統計で横ばいとなった。景気後退(リセッション)中やその後の増加傾向が一服している。
ただ貧困層の大半は、ここ数年に比べ貧困の度合いがさらに厳しくなっていることも明らかになった。

国勢調査局の人口動態調査によると、全人口の約15%が貧困ラインを下回った。貧困ラインの定義は四人家族の年収が2万3492ドルとされている。それでもリセッションに陥る前の2007年の12.5%を依然として大きく上回っている。

また、12年の統計によると、年収が公式貧困ラインの半分またはそれ以下の「最貧困層」は、全人口の6.6%にあたる2040万人となった。00年の4.5%から悪化した。最貧困層はこの40年で増え続け、1975年の3.7%から2倍近くになっている。

貧困層のうちの44%が最貧困層と考えられ、リセッション前の42%から上昇し、1975年の統計開始以降、最悪の水準に近づいた。

多くのエコノミストは、60年代に開発された政府の貧困尺度には欠点があり、社会福祉などの手当が考慮されていないと指摘する。失業保険の受け取り分は含まれているが、給付付き勤労所得税額控除(EITC)やフードスタンプ(補助的栄養支援プログラム)は含まれない。

フードスタンプが所得として考慮される場合、400万人が貧困層から脱出できる。連邦政府統計はまた、各州で異なる生活費なども考慮していない。

エコノミストは、最貧困層の増加の理由として、1990年台の福祉改革以降進んだ、子どものいる、極めて所得の低い家族向けの現金給付削減や、景気の減速、07年~09年のリセッション以降続いている失業率の高止まりなどを挙げる。

ミシガン大学社会福祉大学院のルーク・シェファー助教授は「最貧困層の人々は、雇用市場で競争性が最も低く、一つの職に対して多くの求職者が集まる場合、入り込むのが難しい」と述べた。

ニューヨークのラッセル・セージ財団のシェルドン・ダンジャー理事長は、米国が貧困層の割合を低下させるには力強い経済成長を持続させる必要があると述べた。

米経済は遅々としたペースながらも拡大し、多くの貧困者も職を得られているが、得られた職は小売りなど給与も安く、十分な勤務時間も認められていないことが多い。
理事長は「仕事がないよりはましだが、貧困層から抜け出すことはできないだろう」と語った。(後略)【10月16日 WSJ】
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最近話題になっているのは、ファストフードチェーンの従業員たちの賃金引上げ要求です。

****米ファストフード従業員、100都市で賃上げスト****
全米で5日、ファストフードチェーンの従業員たちが「生活可能なレベル」まで賃金を引き上げるよう求めて全日ストライキを決行し、ハンバーガー大手マクドナルドやドーナツ大手ダンキン・ドーナツを始め各チェーン店舗に影響が出た。

ストライキはニューヨークやピッツバーグ、チャールストンなどを含む全米100都市で計画された。

米ファストフード大手の賃金は連邦最低賃金の時給7.25ドル(約740円)が一般的だが、従業員らはこれでは生活が成り立たないとして、時給15ドル(約1500円)への引き上げを要求している。
従業員たちは今回の全日ストに先立って、昨年末と今年8月にも賃金引き上げを求める抗議デモを実施している。【12月6日 AFP】
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オバマ大統領は、現行の米連邦法定最低賃金7.25ドル(約680円)を9ドル(約844円)にすべきだと主張していますが、当然ながら経営者・保守派は反対しています。

*****最低賃金が先進国最下位の米国で賃上げ論争―時給9ドル構想で****
・・・・最低賃金が上がれば、企業はコスト上昇を恐れて採用を手控え、雇用が悪化し、経済回復が遅れる――。これが財界や保守派の主張だが、そもそも米国の最低賃金は、そんなに高いのか。答えはノーだ。

経済協力開発機構(OECD)の統計を見ると、先進国のなかで群を抜いて低い。2番目に安い日本(11年、9.16ドル)を大きく下回っている。トップのオーストラリアは、米ドル換算で15.75ドルという羽振りの良さだ。欧州勢も、ルクセンブルクが14.21ドル、フランス12.55ドル、アイルランド12.03ドル、オランダ11.38ドルという高さである。

米国では、日本と違い、基本的に交通費が支給されない。また、低賃金労働者のなかには、福利厚生を受けていない人も多い。

来年からオバマケア(医療保険制度改革)が完全施行されるが、すでに外食産業や小売り業界には、従業員への医療保険提供義務(週30時間以上の「フルタイム」に適用)を避けるべく、労働時間削減の動きなどが出ていると報じられている。こうした個人の負担を考えると、米国の最低賃金は、かなり低いと言わざるをえない。(後略)【2月21日 肥田美佐子氏 WSJ】
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反対派の主張には、賃金を引き上げると、機械化などの合理化が進み、雇用が失われる結果になる・・・という主張もあるようです。

物価が上がって賃金がそのままだったら安倍内閣、日本は終わる
さて、日本では安倍政権がアベノミクスの成否にかかわると、経済界に異例の賃金引き上げを要請しています。

****賃金上がらなかったら我々は失敗」 甘利経済再生相****
■甘利明経済再生相 
(消費増税で)物価が上がって、賃金がいつまでたっても上がりません、となったら経済は完全に失速します。

安倍総理があそこまで(経済対策を)やったのは、物価が上がって賃金がそのままだったら安倍内閣はいずれ終わるからだ。
安倍内閣が終わるだけだったらそれでいい。だけど、それから先の内閣は消費税にさわれなくなり、日本は終わる。

「だからここは慎重にやるんだ」ということで、あんな手順を踏んだんです。だから、賃金が上がってこなかったら、我々は失敗ですよ。来年の4月から消費税は上がりますから、物価は確実に上がります。あんまり遅れないで(賃金を)上げてもらいたい。

来年の春闘はすごく大事なんです。政労使の会議で、トヨタ(自動車)にしても日立(製作所)にしても経団連にしても、かなり踏み込んだ、いままでと違う発言をしました。

それをてこにして、「企業収益が上がっているのに賃金を上げない、下請け代金を上げないのは恥ずかしい企業だ」という環境を正直つくりたいんです。(テレビ朝日のBS番組で)【10月19日 朝日】
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「本当は(賃上げを)明記したくない、だが賃上げを明記しないと安倍政権がもたない」(経団連の宮原耕治副会長)とも。
トヨタや日立はともかく、問題は非正規雇用や中小企業の底上げが伴うか・・・という点にあります。
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「幽霊国家」中央アフリカ  フランスが国連安保理の承認を得て介入

2013-12-07 22:25:23 | アフリカ

(首都バンギの空港を守るフランス軍兵士 10月10日 “flickr”より By World Aymies http://www.flickr.com/photos/46146685@N04/11227659645/in/photolist-i79G3H)

【「幽霊国家」】
文字通りアフリカの中央部に位置する「中央アフリカ」

隣国コンゴやスーダン同様に、この国も内戦の混乱にあることは、11月8日ブログ「コンゴ:反政府武装勢力M23が降伏 中央アフリカ:忘れられた人道危機」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131108)で取り上げました。

また、旧宗主国フランスが介入姿勢を強めていることは、10月21日ブログ「中央アフリカの混乱拡大 フランスは介入姿勢を強める」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131021)でも取り上げました。

 
****幽霊国家」が崩壊? 中央アフリカの異常事態****
既に無秩序状態にある国で虐殺が拡大 新たなテロの巣窟化に国連も警鐘を鳴らすが

アフリカ大陸のど真ん中にある内陸国で、今また殺戮とレイプの連鎖による深刻な人道危機が起きている。

多くの宗教が混在する中央アフリカ共和国で、少数派のイスラム系武装勢力が貧しい子供たちに武器を持たせ、「聖戦」の先頭に立たせようとしている。このままだと新たなジェノサイド(大虐殺)が起き、国そのものが空中分解しかねない。

旧宗主国フランスは既に、首都バンギに治安維持の名目で400人の兵を駐留させており、さらに1000人規模の増派を準備している。事態を重く見た国連も現地に展開する平和維持部隊の強化を検討中だ。
アフリカ連合からも既に中央アフリカ国際支援任務(MISCA)として2500人の兵士が送り込まれ、来年には3600人にまで増やすという。

中央アフリカは、人呼んで「幽霊国家」。1960年の独立以来、相次ぐ動乱の歴史をたどり、残虐な独裁者や無能な政府が続き、いまだ国家としての体を成していないからだ。

今回の紛争は、北部でイスラム教徒主導の反政府勢カセレカが武装蜂起した昨年12月に始まった。
中央アフリカの人目の半分以上はキリスト教徒で占められ、イスラム教徒は全体の15%程度にすぎないが、セレカは今年3月にバンギを制圧しキリスト教徒のボジゼ大統領を失脚させた。9月にセレカの中心的指導者ミシェルージョトディアが暫定大統領に就任。1年半の移行期間を経て、15年までには総選挙を実施すると宣言した。

しかしジョトディアが自らの地位の正統性を確保するためにセレカの武装解除を打ち出すと、政権奪取に貢献した戦士の多くが猛反発し、国内各地で暴れるようになった。ジョトディア自身、もはや傍若無人な武装集団の行動をコントロールできないと認めている。

国民10人に1人が避難民
国連のヤンーエリアソン副事務総長は先週、この国は「私たちの目の前で全面的な混沌状態」に陥りつつあり、「大規模な残虐行為」が起きていると警鐘を鳴らした。

「国民は想像を絶する苦難を耐え忍んでいる」と、エリアソンは現地調査団の報告を踏まえて語った。「少年兵の増加や性的暴行の拡大。各地で略奪や違法な検問、恐喝、逮捕、監禁、拷問、処刑が報告されている」
調査報告書には、セレカに対抗するために組織されたキリスト教徒の自警団による蛮行もいくつか記録されている。

セレカ系の武装集団はキリスト教徒の村々を襲撃して女性をレイプし、子供や男性を殺害し、殴打して縛ったまま川へ投げ込んだりしている。
住宅や商店は火を放たれ、商品などが略奪されている。役所の建物内部も荒らされ、書類が燃やされている。
国連によれば、既に人目の10%近くに相当する推定40万人が国内避難民となっている。

特に荒れているのは北西部だ。首都から北へ300キロほどのボサンゴアにあるカトリック教会の周囲には、3万人以上のキリスト教徒が避難している。
そして町の反対側にあるイスラム教の学校の前にもイスラム教徒数百人が身を寄せている。このままだと無差別の殺戮が始まりかねない。「地域社会間の調和が恐怖に取って代わられた」と、エリアソンは言う。

統治と治安の空白に国外のテロ組織が付け込んで勢力を伸ばす恐れもある。既にウガンダの凶暴な武装集団「神の抵抗軍(LRA)」が拠点を築いたとされ、ナイジェリアやスーダン、マリのイスラム過激派も国境を越えようとしていると、フランスや国連は指摘している。【12月10日号 Newsweek日本版】
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「破綻国家」「失敗国家」「崩壊国家」という言葉はときおり目にしますが、中央アフリカの場合、そもそも独立以来国家の体をなしたことがないということで「幽霊国家」・・・ということのようです。
たまたまこういう国に生まれあわせた人々は不幸です。

イスラム系武装組織“セレカ”のリーダーで、8月に大統領就任式を挙行したジョトディア氏(上記記事では9月)は“セレカ”の解散を表明していますが、混乱に拍車をかけ、無秩序状態が拡大しているようです。

首都バンギでは5日、宗教対立に起因するとみられる戦闘で120人以上が死亡しています。

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バンギで取材しているAFP記者らが、首都内のあるモスク(イスラム礼拝所)に集められた遺体を数えたところ、その数は54人に上った。また周辺の路上にも25人の遺体が並べられているのが見つかり、そのうちの多くが殴られたり斬りつけられたりして死亡していたという。

この事件を受けて、仏軍はすでに同国入りしていた部隊のうち250人を首都中心部に配置。またミシェル・ジョトディア暫定政府大統領は夜間外出禁止令を出した。(後略)【12月6日 AFP】
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これまで夜間外出禁止令が出ていなかったということは、首都での戦闘はあまりなかったということでしょうか。

オランド大統領「状況は切迫しており、行動を決意した」】
この事態に、旧宗主国フランスは11月26日、中央アフリカに1000人規模の仏軍を増派する方針を明らかにしました。すでに首都バンギに駐留する仏軍410人と合流し、周辺国が展開する平和維持活動部隊を支援する方針です。

10月21日ブログでも取り上げたように、(当然のことですが)あくまでも国益との関連で介入を判断するフランスは、マリのイスラム過激派南進に素早く反応して積極介入したときと比べると、中央アフリカには慎重姿勢でのぞんできました。

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(3月末からの混乱拡大で300人規模の増派を行い、首都空港を確保しているものの)任務は現地在住の自国民1200人の安全確保に限定。内政不介入の姿勢で暫定政権への支持も表明していない。

仏が慎重姿勢である理由は▽1月に軍事介入した西アフリカのマリより周辺地域の仏権益が少ない▽イスラム教徒人口が少なくイスラム過激派の温床となる可能性が低い−−などだ。【4月11日 毎日】
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しかしながら、混乱の拡大で影響力を有する旧宗主国としてもはやこのまま放置できない・・・ということと、Newsweek記事にもあるように“統治と治安の空白に国外のテロ組織が付け込んで勢力を伸ばす恐れ”を無視できなくなったということでしょう。
また、国内経済対策の不調でかつてないほどの低支持率にあえぐオランド政権には、こうした国外での“活躍”しか国民へのアピール手段がないのかも。

フランスは、自国だけの判断による介入ではなく、国連安保理決議の枠組みでAU部隊を支援する形を求めています。

****中央アフリカ共和国:安保理、仏軍介入を承認*****
イスラム教徒とキリスト教徒の宗教間暴力で治安が急速に悪化している中央アフリカ共和国情勢を巡り、国連安全保障理事会は5日、アフリカ連合(AU)主体の部隊の展開と、フランス軍の介入を承認する決議案を全会一致で採択した。

旧宗主国のフランスのオランド大統領は国連決議を受けた5日夜の演説で「状況は切迫しており、行動を決意した」と述べ、本格的に軍事介入する意向を表明した。現在、仏人保護目的で600人規模の仏軍が駐留しているが、数日以内に1200人に倍増する。

決議は国連憲章7章(平和への脅威)に基づき、AU部隊が市民保護などの任務にあたることを決定。周辺国で組織する2500人規模の部隊を3600人規模にまで増強する。派遣期間は1年。仏軍はAU部隊を支援するため「必要なあらゆる手段」を取ることが許される。中央アフリカへの武器禁輸措置も導入された。【12月6日 毎日】
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イギリスもフランスを支援する体制をとっていますが、直接の関与はしない方針のようです。

****フランス軍が軍事介入を開始、無政府状態の中央アフリカ*****
大統領追放後に無政府状態が続くアフリカ中部、中央アフリカ共和国の情勢で旧宗主国フランスは6日、反政府武装勢力掃討のための軍事作戦を首都バンギで開始したと発表した。
アフリカ連合(AU)軍と仏による軍事介入は5日、国連安全保障理事会が決議で承認した。中央アフリカへの武器禁輸も承認された。

ルドリアン仏国防相は6日朝、仏ラジオ局で軍事介入の開始を発表。バンギなどに在住するフランス人の安全確保、首都の空港警備などを主要目的とする作戦を遂行すると述べた。バンギ市内の見回りにも着手した。
作戦に当たる仏軍部隊への増派は数百人規模になる見通し。

英国のヘイグ外相は6日、英軍機が仏軍装備品を中央アフリカに輸送する支援業務を担うと述べた。
AU軍も既に到着したが、人権団体は仏軍と合わせ、国内の政情混乱を正常化させるには十分な兵力ではないと指摘した。

バンギでは国連決議が可決される直前の数時間、大統領宮近くなどで激しい銃撃戦が発生。援助団体「国境なき医師団」によると、首都で2日間続いた戦闘で病院に運ばれた遺体は6日午後時点で92体に増えたと証言した。

国内騒乱による犠牲者総数は治安が悪い遠隔地もあり、把握されていない。国連は、総人口の約1割に当たる40万人以上が自宅などから避難を強いられていると報告した。

同国では独立以来、クーデターが多数発生、今年3月には結託したイスラム武装勢力が当時のボジゼ大統領の政権を打倒し、政情がさらに悪化した。キリスト教徒の自警組織などが武装勢力と衝突している。【12月7日 CNN】
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動かぬアメリカ 積極介入のフランス
一方、シリア・イランでも動かなかったアメリカは「アフリカはフランスにまかせた。頑張ってくれ!」といった感じで、アフリカでの介入を積極化させるフランスとは対照的です。

****仏軍の作戦を称賛=米****
米国務省のハーフ副報道官は6日声明を出し、フランス軍が中央アフリカで治安回復作戦に着手したことを「称賛する」と述べた。その上で、同国の治安悪化は「人道の危機と残虐行為の危険性を増す」として深い懸念を表明した。

声明はまた、フランスの強い指導力と仏軍による「アフリカ主導中央アフリカ国際支援団(MISCA)」の支援は、全ての関係当事者に暴力の停止を呼び掛ける強いメッセージになると強調した。【12月7日 時事】 
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本来は、アフリカ諸国で構成するアフリカ連合(AU)部隊がもっと早い段階で混乱を鎮めるべきところですが、十分に機能していないことは10月21日ブログでも取り上げたところです。

リビア、マリに続いて介入を決断したオランド大統領の思惑は別として、現地住民の安全を考えると「忘れられた人道危機」とならないよう、フランスの介入でとにかく今の混乱を落ち着かせてもらいたいものです。

早期決着のマリの情勢に変化も
ただ、フランスにとっては、早期決着ができれば“活躍”になりますが、長引くと“重荷”になります。
マリの介入は早期決着の成功例のように思われましたが、少し雲行きが怪しくなっています。

****なぜフランスはマリ駐留部隊を増強するのか****
フランスのバローベルカセム報道官は、西アフリカ・マリでラジオ局ラジオ・フランス・アンテルナシオナル(RFI)の記者2人が殺害された事件で、「テロ追放のため、仏部隊を強化することになる」と明らかにした。

これまでフランスは、現地の3000人規模の部隊を来年1月には1000人まで縮小する予定だったが、今回の事件によって事態は大きく変化し始めることとなった。

今年1月から軍事介入
今年1月、フランスは無政府状態に陥っているマリへの軍事介入を始めた。マリ暫定政府の要請に応える形で、北部地域を支配するイスラム武装勢力に対する空爆をおこない、この軍事介入にアフリカ連合(AU)や西アフリカ諸国経済共同体らは歓迎する姿勢を示していた。(中略)4月から5月にかけて作戦は概ね終了し、フランス軍は撤退を開始することとなっていた。

記者の殺害
ところがその後も武装勢力によるフランス軍への攻撃が続いており、軍は警戒を続けていた。そして今月2日、マリ北部の分離独立を主張する遊牧民トゥアレグ人組織幹部へのインタビューをおこなうためキダルへ入ったRFIの記者が殺害。過激派組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織」が6日に犯行声明を出し、フランス国民およびフランソワ・オランド大統領に対する最低限の報復であると述べた。

現在のところフランスは事件に関与した疑いで10数人の身柄を拘束しているが、逮捕者は出していない。
この事件を受けて、フランスのマリ戦略は転換を迫られることになる可能性があり、部隊の増強はこうした中で決定された。【11月10日 The New Classic】
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フランスは、仏記者殺害事件が起きたキダルに展開する200人の仏軍部隊に150人を追加派遣しましたが、ファビウス外相は、記者殺害で「仏軍の撤収計画全体が問題になるわけではない」としています。

もうひとつ、マリ情勢で気になる報道もあります。

****遊牧民組織が「戦争」宣言=政府軍発砲で死者と主張―マリ****
マリ北部の分離独立を掲げる遊牧民トゥアレグ人の武装組織「アザワド解放国民運動(MNLA)」は29日、抗議行動中のトゥアレグ人が殺害されたとして、政府軍に対する「戦争」を宣言した。マリは、議会選の決選投票を12月15日に控えているが、再び情勢が緊迫する恐れが出てきた。

AFP通信によると、マリ北部キダルで28日、リー首相の訪問を阻止するため、数百人のトゥアレグ人が空港を占拠。MNLAは、排除を試みた政府軍の発砲で1人が死亡、女性や子供を含む数人が負傷したと主張し、「これは(MNLAへの)宣戦布告だ。どこで政府軍兵士を見つけようが襲撃する」と宣言した。【11月30日 時事】 
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遊牧民トゥアレグ人組織とフランス軍はこれまで協力関係にあったと見られていますが、政府軍との関係が悪化するとマリは再び混乱します。
軍事介入は撤退が難しいのは、イラクやアフガニスタンが示すところです。
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アフガニスタン  カルザイ大統領、アメリカとの安全保障協定署名を事実上拒否

2013-12-06 22:37:28 | アフガン・パキスタン

(アフガニスタンからの帰還兵士 “flickr”より http://www.flickr.com/photos/47326183@N07/10888788684/in/photolist-hAcTvW-hActi9-hAeDwi-hAcPy9-hAc1nz-hAdmGb-hAeviK-hAeaVB-hAcT3o-hAccKK-hAe6Xg-hAcTQ3-hAcUTq-hAcdHN-hAdLgT-hAd2SM-hAe8Ya-hAd2CY-hAdST1-hAd5XU-hAeskv-hAcSJW-i1ZHQP-i3GthU-i3GeHi-hZ62xp-hZ63f6-hZ6kt3-i3pzLh-i6nPUy-i6nQ9H-i6nQ3v-i6oqmZ-i6nPQL-i5iGhT-hUUbMy-i4GPCs-i4GR9J-hAcMJs-hAdD4h-hAdWoB-hAdbsm-hAcVCU-hAddPh-hAda8j-hAcoNh-hAcLQc-hAdVta-hAeFHc-hAdhGA-hAd9GY)

【「米国ともっと政治取引をする必要がある」】
米軍など外国部隊がアフガニスタンから撤退する14年末以降の一部残留をめぐっては、カルザイ大統領とアメリカ側の交渉で大筋合意したものの、米兵の犯罪に関する裁判権をアフガニスタン・アメリカのどちらが有するかという問題を含む安全保障協定については、カルザイ大統領は「アフガニスタン政府の権限を越えている」として判断を留保、最終判断を国民大会議(ロヤ・ジルガ)にゆだねるとしていました。
(11月19日ブログ「アフガニスタン 米軍“完全撤退”をめぐる議論 ロヤ・ジルガとアメリカ国内悲観論」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131119

アメリカ側は、裁判権で合意が得られなければ残留はできず、完全撤退もやむを得ないとの姿勢を見せています。
実際、イラクでは合意が得られず完全撤退が現実のものになっています。
アメリカとの合意がまとまれば、他のNATO加盟国とも同様内容で話が進みます。

注目された国民大会議(ロヤ・ジルガ)は、アメリカの一部残留を可能とするため「大統領は年内に署名し、議会に付託するべきだ」との結論に至りましたが、カルザイ大統領は年内署名を拒んでいます。

****アフガン国民会議、米軍駐留延長を承認 カルザイ大統領は態度保留****
米軍が2015年以降もアフガニスタンに駐留を続けるための対米協定について、同国の国民大会議(ロヤ・ジルガ)は24日、協定案を承認し、カルザイ大統領に年内の署名を求める宣言を発表した。

米軍の一部の駐留継続へ後押しとなるが、カルザイ氏は「米国ともっと政治取引をする必要がある」として、署名の時期については明言しなかった。

米国側は10年、アフガニスタンに対し14年末までに治安権限を移譲することを決めた。しかし、完全撤退すると再びテロリストの温床になりかねないとの判断から、部隊を縮小して駐留を続ける方針を示している。

問題となっていたのは、駐留を続けるための安全保障協定案。米兵が罪を犯した場合でも裁判権が米国側にあることなどの内容が盛り込まれている。このため伝統的な民意の集約機関で部族長らが集まるロヤ・ジルガが、どのような対応を示すのか注目されていた。

24日の会議では「カルザイ大統領は一刻も早く署名するべきだ」という意見が相次いだ。米軍が撤退すれば混乱は避けられないためで、最終宣言は「大統領は年内に署名し、議会に付託するべきだ」とした。
今後の焦点は、カルザイ大統領がいつ協定に署名するかだ。

米国側は年内締結にこだわる。締結後、同じくアフガンに派兵している北大西洋条約機構(NATO)の他の加盟国もアフガニスタンと同様の協定を結んで、駐留延長に加わる道筋を描いているからだ。

しかし、カルザイ氏はこの日、即時の署名を拒否するとともに、「この国に平和をもたらすために政治取引が必要だ。治安のカギは米国が握っている。署名の条件は平和だ」と、署名の時期について明言しなかった。

さらに、米軍が武器を持って民家を急襲する捜索を問題視し、「今から家宅捜索が一度でも行われたら、協定は締結しない」とも主張。この問題をめぐってはケリー米国務長官からの要請で「米国人の生命に関わる特異な状況に限る」との条件つきで協定案に盛り込まれた。

米国側は「年内に合意できなければ、駐留できなくなる」(カーニー米大統領報道官)と警告している。

カルザイ氏は再選を果たした前回09年の大統領選で大量の不正が明らかになった投票結果をめぐり、米政府が介入した頃から米側との関係が悪化していた。【11月25日 朝日】
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カルザイ大統領は自身の任期中の署名を避け、来年4月の大統領選以降に先送るする考えを明らかにしています。
この背景には、上記の09年大統領選を巡るアメリカへの恨みや、国民に不人気の米国との協定署名を後任に任せたい思惑があると見られています。

【「NATOの完全撤退もありうる」「再交渉ありえない」】
アメリカなどNATO加盟国は、カルザイ大統領に年内署名を強く迫る姿勢で、それができないなら完全撤退も・・・という方向が現実味をおびています。

****NATO:アフガン撤退も視野****
北大西洋条約機構(NATO)は3日から外相会議を開き、アフガニスタンでの2015年からの訓練部隊展開に向けたアフガンとの安全保障協定締結に関し、「今月末が期限」との合意を改めて確認する。

アフガンのカルザイ大統領は署名を事実上拒否しており、加盟国では「NATOの完全撤退もありうる」(外交筋)との悲観論が強まっている。

NATO外相会議は、今年中に米アフガン間の安保協定と、NATO加盟国とアフガンの「枠組み合意」を締結、14年中に戦闘部隊を撤退させ、15年から8000〜1万2000人規模の訓練部隊に再編する従来の計画を改めて確認する。

4日には、NATO主導の国際治安支援部隊(ISAF)参加国の会合にアフガンの内相・国防相を招き、協定締結への取り組みを求める。

安保協定はNATOの兵士・兵員が罪を犯した場合、アフガン側の司法権を認めていない。安保協定がなければ「訓練部隊の駐留はあり得ない」のがNATOの総意だ。

しかし「治外法権」を認める安保協定を結べば将来、責任を問われかねないことからカルザイ大統領は署名せず、来年4月の大統領選以降に先送りし、後任に署名させる意思を先月、表明した。

複数の外交筋によると、締結が来年にずれ込めば、作戦案や予算案の準備が間に合わず訓練部隊の再編計画は策定が困難になり、「完全撤退せざるを得ない」との声も強まっている。

また、年41億ドル(約4200億円)と予想されるアフガン国軍の維持費の9割は米国とNATO加盟国が分担する予定で、各国で議会との調整も難しくなりそうだ。

イラクでは安保協定が締結できず11年末に米軍が完全撤退。現在、毎日のようにテロが発生している。テロ根絶を目指し、犠牲者を出しながらアフガンに駐留してきたNATOにとって「同じ状況は避けたい」(別の外交筋)のが本音だ。【12月3日 毎日】
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カルザイ大統領は、米海軍グアンタナモ基地(キューバ)に収容中のアフガン人の釈放など協定締結に新たな条件を出しているようですが、アメリカ側は一切応じない構えです。

****アフガン:「再交渉ありえない」米国務長官が言明****
北大西洋条約機構(NATO)外相会議に出席したケリー米国務長官は3日の記者会見で、2015年からアフガニスタンでNATO訓練部隊を展開させる基礎になるアフガンとの安全保障協定について「再交渉があるとは思わない」と述べた。

アフガンのカルザイ大統領は米海軍グアンタナモ基地(キューバ)に収容中のアフガン人の釈放など協定締結に新たな条件を出しているが、長官はこれを明確に拒否。「早く締結する必要がある」と大統領に決断を促した。(中略)

ケリー長官は安保協定に関し「カルザイ大統領と合意し(先月の)国民大会議でも承認された。一方的な再交渉があるとは思わないし、オバマ大統領も承認しない」と述べた。(後略)【12月4日 毎日】
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強固なアメリカの姿勢に対し、カルザイ大統領はアメリカとの締結に同意せず、代わりにNATOとの交渉を始める意向を示しています。

****アフガン政府:NATOの分断模索…安保協定で****
北大西洋条約機構(NATO)は4日、アフガニスタンを巡る外相レベルの会合を開き、2015年からのNATO訓練部隊展開の基礎になる米国との安全保障協定についてアフガン外相に年内締結を求めた。

アフガン側は米国との締結に同意せず、代わりにNATOとの交渉を始める意向を伝えた。米国と他の加盟国を分断する動きと言え、交渉の混乱が一層深まり訓練部隊展開に暗雲がさしてきた。

外交筋によると、NATO側から米国との安保協定の早期締結を求められたアフガンのオスマニ外相は、締結について明言せず、代わりにNATOとの「枠組み協定」の「交渉を始める用意がある」と述べた。ラスムセン事務総長は、あくまで米国との締結を優先するよう促した。

NATOは、米国が米兵への治外法権を認める安保協定をアフガンと先に締結し、次に同内容の「枠組み協定」をNATOが結ぶシナリオを描いていた。

アフガンのカルザイ大統領は来年4月の大統領選以降に締結を先送りする意向で、NATO内部のかく乱を狙った模様だ。(後略)【12月5日 毎日】
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イラク:完全撤退で宗派間対立再燃
米軍など軍事行動で多数の民間人犠牲者を出していることから、アフガニスタン国内には強い反米感情があること、アフガニスタン大統領としてそうした声を代弁する立場にあることはわかりますが、この期に及んで署名を避けるカルザイ大統領の対応は納得しがたいものがあります。

ましてや、それが“恨み”とか“責任逃れ”から生じているのであれば、論外です。

もちろん、外国部隊が完全撤退してアフガニスタン政府が国内を統治できるのであれば、それは結構なことであり、是非そうあって欲しいものですが、タリバンが勢力を保ち、政権には腐敗・汚職が横行し、政府を支える勢力も民族ごとのいろんな思惑がある状況で、これまでのアフガニスタン政府の統治実績を考えると難しいものがあります。

単にアフガニスタン政府が崩壊するというだけの話なら自業自得ですが、それによる混乱の代償はアフガニスタン国民がその生命で支払うことになります。

安全保障協定で合意が得られず11年末に米軍が完全撤退したイラクでは、マリキ首相のシーア派重視の強引な政治手法もあって、シーア派とスンニ派の間の宗派間抗争が再燃する様相を呈しています。

****イラク、内戦の影再び テロ急増、民間死者数が最悪ペース****
米軍の完全撤退から間もなく2年を迎えるイラクで、テロが急増している。

民間人死者は11月末に7千人を超えた。アルカイダ系イスラム過激派の動きが、隣国シリアの内戦を受けて活発化。宗派対立も強まり、内戦状態に逆戻りしかねない状況に陥っている。

 ■アルカイダ系、活発化
国連イラク支援団(UNAMI)の集計によると、2009年から年3千人前後で推移してきた民間人死者数が今年4月から急増。
今年の死者数が11月末で計7157人に達し、比較可能な統計が残る08年の6787人を超えた。

米ブルッキングス研究所によれば、内戦状態に陥った06~07年には各2万~3万人超が死亡していた。

カフェやモスク、集会場などに集まるシーア派住民への自爆攻撃が大半だが、アルカイダ系の掃討作戦に加わるスンニ派も標的になっている。

ロイター通信によると、4日には北部の油田地帯キルクークで武装集団がショッピング施設を襲い、買い物客ら15人を人質にとって籠城(ろうじょう)。うち1人が自爆するなどし、計11人が死亡、70人がけがをした。

米ワシントン近東政策研究所の調べでは、2010年には月平均10回だった自動車爆弾が、今年は同68回に激増。複数の場所での同時攻撃も10倍以上となった。攻撃がより高度化、組織化しているのが特徴だ。

テロの中核になっているのが、スンニ派でアルカイダ系の旧「イラク・イスラム国」。4月にシリアのアルカイダ系ヌスラ戦線と合併して「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)に改編すると宣言した。
合併自体はヌスラ側の反発で実現しなかったが、イラクとシリアで攻撃を活発化させた。

 ■米軍撤退が一因
同研究所のマイケル・ナイツ研究員は、11年末の米軍完全撤退が「アルカイダ系復活の一因なのは明白だ」と指摘する。

更に、装備や情報収集能力で劣るイラク軍には、同西部からシリア東部に広がる砂漠や谷間に点在する隠れ家を掃討する能力が足りない。

米軍の支援で掃討作戦を担ってきたスンニ派主体の武装組織「覚醒評議会」も弱体化した。

ISISは7月にはアブグレイブなど2刑務所を襲撃し、アルカイダ系幹部を含む数百人が脱走。多くがISISに加わってシリアに向かったとされる。

宗派対立の深刻化もISISへの追い風となっている。国内では、シーア派のマリキ首相率いる政府に対するスンニ派の抗議デモが激化。
レバノンのシーア派組織ヒズボラが5月、ISISが勢力を広げる隣国シリアの内戦に本格参入し、対立の構図が国境を越えて広がった。

 ■経済にも悪影響
原油増産で明るさが見えていたイラク経済にも暗い影が落ち始めた。
11月に開かれたバグダッド国際見本市では、参加企業数が昨年の約1500社から約700社へと半減した。

来年4月に総選挙を控えて危機感を強めるマリキ首相は10月末、米軍の完全撤退後に初めて訪米した。オバマ大統領とテロ対策での連携で合意したものの、治安改善の抜本策は見えないままだ。【12月6日 朝日】
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マリキ首相の訪米が完全撤退後初めてというのも驚きです。
ここまで混乱が拡大してから再び頼られても、アメリカも困るのではないでしょうか。

イラクにしても、アフガニスタンにしても、アメリカの軍事行動の正当性を否定する向きは多々ありますが、それはそれとして、アメリカの立場に立てば、イラク・アフガニスタンに費やした巨額の資金、そしてなによりも両国で流した自国兵士の血はいったい何だったのか・・・という虚しさに襲われるのではないでしょうか?
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フィリピン  台風30号被害に対する日本支援に好意的反応

2013-12-05 23:01:51 | 東南アジア

(フィリピン・レイテ島のタヌワンの海岸に到着した自衛隊のホーバークラフト型揚陸艇から、感染症予防に必要な物資を積み陸揚げされる車両=26日(早坂洋祐撮影)【11月26日 msn SankeiPhoto】http://photo.sankei.jp.msn.com/kodawari/data/2013/11/26JSDF/)

“スーパー台風”で死者は5560人に
11月8日に「瞬間風速は90メートル近かった可能性がある」という“スーパー台風”30号(アジア名:ハイエン)の直撃を受けたフィリピンでは、懸念されていたように膨大な犠牲者を出しました。
11月28日に発表されたフィリピン国家非常事態局の報告では、死者は5560人に達したとされています。

大きな犠牲が出た背景にはいろんな点があるかとは思いますが、大きな被害を出した高波に対する住民の理解が十分でなかったことも指摘されています。

****フィリピン:「津波」なら逃げた 言葉の壁、被害を拡大****
台風30号の直撃を受けたフィリピン中部レイテ島では、現地語や公用語のタガログ語に「高潮」を明確に意味する単語はなく、メディアや防災関係者は英語の「ストーム・サージ」をそのまま使って警告した。テレビで流れた高潮を意味する英語「ストーム・サージ」を理解する人も少なかった。

地元防災担当者は「大きな波が来る」と警告したが、住民の反応は鈍かった。沿岸集落の責任者は「日本の『津波のような波が来る』と言ってくれていたら」と悔やむ。不十分な避難情報と言葉の壁が、被害を拡大させた。(後略)【11月25日 毎日】
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また、日本の気象庁予測でもフィリピン南部接近時の勢力は中心気圧905hPa、最大風速60m、瞬間最大風速85mとされていました。
この数字の意味、それがもたらす脅威が正しく伝われば、普段の台風とはまったく異質のものだと認識され、住民の避難行動も変わったと思いますが、現地ではこうした情報理解が十分でなく、“台風慣れ”した住民は単に“強い台風”というぐらいの認識しかなかったのではないか・・・とも悔やまれます。

台風シーズンの最終盤になって発生した“スーパー台風”と地球温暖化の関係はさだかではありませんが、被災直後に開催された国連気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)において、台風30号についてフィリピン政府代表団の交渉官が、「温暖化を疑う人は今起きている現実を見てほしい。狂った状況を止めよう」と涙ながらに17分を超える大演説を行い、参加者の共感を呼んでいます。

今世紀末には、温暖化の影響で日本近海の海面水温が2~3度上昇するとされており、「温暖化が進む今世紀末ごろには(今回のような“スーパー台風”が日本に)襲来する可能性がある」「今回の台風の災害は決して遠い南の島の出来事ではない」との指摘もあります。【11月13日 産経より】

11月23日に閉幕したCOP19では、“温暖化で被害増加が見込まれるスーパー台風や洪水などの異常気象や、海面上昇などの徐々に現れる変化に伴う「損失と被害」に対処するため、COPの下に「ワルシャワ国際メカニズム」と呼ぶ新たな機関を設置し、途上国支援を強化する。執行委員会が、科学的情報の収集や既存の途上国救援機関との連携などを図る”【11月24日 毎日】とされています。

積極的平和主義
今回のフィリピンの惨事に対し、日本・安倍政権は資金援助の他、海上自衛隊最大のヘリコプター搭載護衛艦「いせ」やCH47大型輸送ヘリを含む、過去最大となる1180人規模の自衛隊派遣、機密扱いの情報収集衛星データを基にした地図の提供など、迅速で手厚い支援を実施しています。

これは、東日本大震災でフィリピンから受けた支援への返礼の意味合いがあると同時に、中国の影響力が増す東南アジア地域で日本の存在感を示す狙いもあるとされています。
また、自衛隊の海外活動など国際社会での日本の役割拡大を目指す「積極的平和主義」を提唱する安倍首相の意向に沿ったものとも理解されています。

米紙ウォールストリート・ジャーナル(アジア版)は、日本が「第二次世界大戦後として最大規模の海洋部隊の展開」を含んだ支援を表明したことに触れ、「日本は誰からも全うな抗議を受けない形で誇りをもって部隊を南方に進めることになる」と報じています。【11月25日 産経より】

自衛隊の救援活動は現地では非常に効果をあげており、好感をもって迎えられているようです。

****自衛隊、機動力で存在感 フィリピン支援活動、記者ルポ****
台風30号で壊滅的被害を受けたフィリピンで、自衛隊が過去最大規模の支援活動を展開している。洋上の活動拠点に記者が入った。

フィリピン中部レイテ湾。4日早朝、自衛隊の大型ホーバークラフト(LCAC)が中国人民解放軍の白い病院船の脇をすり抜け、台風で壊滅的被害を受けたレイテ島に向かった。

 ■離島に直接
水しぶきと砂を巻き上げ、東沿岸部の浜辺に上陸。ハッチがあき、防疫用薬剤を載せたトラックと四輪駆動車2台が北部タクロバンの避難所へ走り出す。この間、わずか数分。大型船が接岸できないケースで有用な上陸作戦だ。

自衛隊は今回の台風被害で「サンカイ(現地語で友達の意味)作戦」として過去最大の約1180人の支援部隊を編成。計16カ国が軍や関連部隊を派遣しているが、比海軍幹部は「自衛隊の存在感は米軍と並んで極めて高い」と話す。

評価の理由は、護衛艦「いせ」(全長197メートル)と輸送艦「おおすみ」(同178メートル)を洋上に停泊させ、大型ヘリやLCACで人員や物資を運び、点在する被災地や離島に自力で直接運び入れている点だ。中国軍の病院船は患者や隊員の輸送を比軍のボートに頼る。大型ヘリで離島へ物資輸送しているのも自衛隊だけで、重宝されている。

 ■中国を念頭
3~4日、両艦やLCACへの乗艦取材が許可された。「いせ」甲板は洋上の巨大ヘリポートで、4機のヘリが数時間ごとに離着陸を繰り返す。そのたびに艦首を風上に向け、ヘリの安全を確保する。11月27日には米海軍のオスプレイが甲板に降りた。米軍派遣部隊ウエザーラルド少将の視察のためだ。オスプレイの実際の任務での着艦は初だ。

日本政府が大規模な災害支援活動を決めたのは、安倍晋三首相が「積極的平和主義」を掲げていることが背景にある。首相は災害発生直後の先月13日、自身のフェイスブック(FB)に「フィリピンの人々を救うため、矢継ぎ早に支援を行う」と投稿し、国際貢献への積極姿勢を示した。

対中国を念頭にフィリピンとの関係強化を進める狙いもある。日本とフィリピンは東シナ海と南シナ海で中国の海洋進出という共通の課題に直面しており、政府関係者は「フィリピンは地政学的にも非常に重要な国」と説明する。【12月5日 朝日】
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****自衛隊いいね!…首相投稿、フィリピンで大反響****
首相官邸が開設している「フェイスブック」英語版で、11月の台風で多数の死傷者が出たフィリピンへの自衛隊派遣をめぐる安倍首相の投稿が大きな反響を呼んでいる。

英語版のフェイスブックは2011年の東日本大震災直後に開設。投稿に好感を持った人がクリックする「いいね!」の数は通常の首相の投稿で400程度。

しかし、11月14日に日本を出発する自衛隊機の写真とともに「大災害の被害の苦しみは、他人事ではありません」とコメントした投稿には、3日正午現在で過去最高の6万9400件超の「いいね!」が寄せられた。多くのフィリピン人が支援への感謝をつづっている。【12月4日 読売】
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また、近年の日本による現地での治水対策支援が効果を発揮したことも報じられています。

****日本が治水、死者激減 レイテ島、91年「最悪」被害の市 フィリピン台風****
レイテ島は、1991年にも20世紀最悪とされる台風被害にあっている。このときは、同島西部の主要都市オルモックを中心におよそ5千人の犠牲者が出た。しかし今回、同市では、死者ははるかに少なかった。
22年前の台風後、日本の援助でインフラ整備を進め、住民の防災意識を向上させてきたからだ。

タクロバンから、太平洋戦争中に日米両軍が激しい戦闘を繰り広げたリモン峠を越えて2時間余り。オルモックの市街地では、ほとんどの家屋の屋根は飛び、建物の全半壊も目立つ。
ところが、1989人の死者を出したタクロバンに対しオルモックは37人。人口はともに約20万人だ。

91年11月初旬、台風ウリンがフィリピンを襲った。死者は公式記録で5101人だが、死者・行方不明者8千人との説もある。オルモックでも中心部を挟むように流れる二つの川が大氾濫(はんらん)。数千人が亡くなった。
町中が泥に覆われ、遺体があふれた惨劇は、台風30号まで、災害の多発する国にあっても史上最悪の自然災害と記録されてきた。

オルモック市はその後10年をかけて、両川を全面的に改修した。川幅を広げて新たな堤防・護岸を造り、遊歩道を設置して排水を改善した。さらに砂防ダムの一種スリットダムを上流3カ所に設けた。

川上から川下まで一貫整備するとともに、水位を見張るための展望台や堤防の維持管理を地元住民に任せるなど住民参加のシステムの構築をめざしてきた。一連の事業は国際協力機構(JICA)が21億円の無償援助で全面的に協力してきた。

この結果、今回の台風でも川の氾濫はなかった。
レイテ湾に面し、高潮の直撃を受けたタクロバンに対しオルモックは高潮に襲われなかった幸運が大きかったが、来襲の2日前に市当局が一部地区に避難命令を出し、8千人がこれに従ったことも功を奏した。

川沿いの集落に住むネスター・シクスクさん(54)によると、22年前は370世帯で約100人が亡くなったが今回はゼロ。「住民は台風にトラウマを抱えており、今回は学校に自主避難するなど対応が早かった」

エドワルド・コディリア市長(53)は「日本の支援のおかげで、91年より強大だった今回の台風では人的被害を少なく抑えることができた」と感謝を語った。(後略)【11月29日 朝日】
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一方、フィリピンと南シナ海領有権で対立する中国は支援体制が遅れ、外交的に大きな失点となったされています。
“最近では「支援に消極的だ」との批判に神経をとがらせ、国際的な体面を保とうと躍起だ”【11月23日 読売】とも。

****比台風 大型揚陸艦も派遣 中国、海外世論に反発****
台風で被災したフィリピン中部に海軍の病院船を派遣した中国が、同船の支援名目で大型のドック型揚陸艦も派遣することが22日、明らかになった。中国中央テレビ(CCTV)などが報じた。中国メディアは艦艇2隻の派遣を「初の本格的な海外救援活動」と位置づけている。

中国海軍の病院船は21日、呉勝利海軍司令官が見送る中、浙江省舟山の軍港を出港。24日にレイテ島沖に到着する。病院船を支援する揚陸艦「崑崙山号」(排水量2万トン)は、同じく同海域に派遣された海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」(同1万4千トン)を揚陸能力で上回る。

中国は当初の消極支援を「けち」「外交の失敗」と批判した海外世論に反発。22日付の中国共産党機関紙、人民日報(海外版)は、政治や軍事に絡めた論調を牽制(けんせい)し、「被災国に援助の手を差し伸べるのは、大国が有すべき道義であり、見せかけであるべきではない」とアピールした。
同紙傘下の国際情報紙、環球時報もフィリピン政府が病院船派遣に謝意を表明したと強調した。【11月23日 産経】
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歴史認識の問題
中国との援助合戦はともかく、日本が現地の救援・支援に大きな協力ができていることは非常に喜ばしいことです。
ただ、現地の好意的反応によって過去の歴史への認識を変えてしまっていいものでもありません。

****日本への恨み言は聞こえない レイテ島に癒やされ****
このしなやかさは、なんだろう。台風30号により甚大な被害を受けたフィリピンのレイテ島の人たちのことである。
未曽有の暴風に見舞われてから10日あまりして現地で取材した。最悪期は脱していたとはいえ、多くの人が自宅や家族を失っていたはずだ。それなのに、南国の人たち特有の性格だろうか、表情からはあまり悲壮感が伝わってこない。

当初は略奪があったというが、救援物資の配給の列では、みな整然と列をつくり、笑顔で接してくれた。仕事を失ったある男性は、「立ち直るのに1、2年はかかるかな。でも大丈夫だろう」と将来を決して悲観していない。食料も多少の蓄えがあるのか、親類縁者で助け合って何とかしのげているようだった。

食料がないのはむしろ、われわれ外国人の方だ。飲食店や商店は軒並みシャッターをおろしている。そこで、地元のおばさんに頼んだら、1食150ペソ(約350円)でご飯や魚を毎晩用意してくれた。「あしたは、エビにするわね」と言われたときは、翌朝インドへ帰る日。ちょっと惜しい思いをした。

人々からは、第二次大戦で村々を戦火にさらした日本への恨み言は聞こえてこない。当時の日本兵も、私のようにレイテ島の人たちの心に癒やされていたのかもしれない。【12月5日 産経】
****************

“当時の日本兵も、私のようにレイテ島の人たちの心に癒やされていたのかもしれない”という上記記事には強い違和感を感じました。

“何事もなかったような”好意的反応と、“実際に何事もなかったのか”という問題は別物です。
もちろん、戦前日本の置かれていた状況下における日本側の事情とか、欧米列強も植民地支配をおこなっており、当時と現在の倫理観・行動規範には差があること、意図的に日本支配の負の側面を強調するようなプロパガンダもあったであろうこと・・・等々はあったとしても、日本支配のもとで現地社会との間で犠牲を伴う軋轢があったことも事実でしょう。

そうした過去を忘れてしまっていいものではありません。特に、加害者側は忘れてしまいがちですから留意する必要があります。

中国・韓国との間では絶えず歴史認識が問題となります。
いつまでも日本の非を言い立てる対応に辟易することも多々あろうかとは思いますが、立場を入れ替えて、もし日本が同じような植民地支配される立場に置かれ、同じような悲惨な経験をしたら、日本が行っているような説明・主張で納得するだろうか・・・少し考えてみるのがいいかと思います。

「いつまでも訳のわからないことを言う奴だ」という反応からスタートするのと、「立場が逆なら、そうした感情もあるのかも」という認識からスタートするのでは、異なる結論が出るのではないでしょうか。
個人レベルでも、国家レベルでも、相手の立場にたって考えるわずかばかりのイマジネーションがあれば、大方の争い事は緩和されるのではないでしょうか。
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タイ  反政府派と政権側の攻防、国王誕生日で一時休戦

2013-12-04 23:23:58 | 東南アジア

(12月3日 タイ・バンコクの警察本部へと向かう道に立つ警察官にバラの花を渡す反政府デモの参加者 【12月3日 AFP】)

双方に好都合な一時休戦
タイのタクシン支持派と反タクシン派の出口の見えない抗争、最近の反タクシン派による首相府など政府省庁占拠を目指す実力行使については、11月26日ブログ「タイ 繰り返される“不毛の対立” 反タクシン派、省庁占拠で政権を揺さぶる」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131126)でも取り上げましたが、出口が見えないだけに、状況も基本的には変わっていません。

ただ、5日の国王誕生日を政治的騒動で汚す訳にはいかないという、極めてタイらしい理由で一時休戦に入っています。

****デモ隊、タイ首相府占拠 「勝利」宣言、すぐ退去 政権が衝突回避指示****
タイで1カ月にわたって続いてきた反政府デモは3日、反政府派が首相府を一時占拠して「勝利」を宣言し、警官隊とデモ隊の激しい攻防から一転、暴力が停止した。

だが、インラック政権が倒れたわけではなく、政権と反政府派の対立も解消していない。5日に迫った国王の誕生日を前に、「一時停戦」で折り合ったのが実情のようだ。

厳重な警備が続いてきたバンコクの首相府。3日午前、それまで周辺に野営していた警官隊が突如、撤収を始めた。しばらくすると、反政府デモ隊が首相府の鉄門の鎖を切断し、敷地内になだれ込んだ。

首相府周辺では、前日まで2日間、バリケードを突破しようとするデモ隊と催涙弾などで応戦する警官隊の激しい衝突が続き、計192人が負傷していた。
反政府デモを率いるステープ元副首相は2日夜、首相府近くの首都圏警察本部の占拠に向かうと宣言。3日は事態のさらなる悪化が懸念されていた。

ところが、首都圏警察本部長は3日、反政府デモ隊に武力で対抗しない方針を表明。デモ隊が警察本部のある通りを行進し始めると、警官らが沿道に列を作り、デモ隊を迎え入れた。デモ参加者らは「警察が人民の側に立った」とバラの花を警官に配った。

デモ隊が入っていった首相府。
大型トラックの上からリーダーが「人民の勝利を宣言する」と声を上げた。だが「我々は首相府を封鎖しない」と言い、デモ隊は1時間足らずで首相府から退去し、拠点の民主記念塔に向かった。
首相府周辺は静けさを取り戻した。

デモの激化後バンコク郊外に身を移しているインラック首相は3日夕にテレビ演説し、衝突回避について「政府が治安当局に指示した」とし、「状況はまだ正常とは言えないが、前向きな動きだ」と語った。

 ■軍、双方に手打ち促す
事態の一時的な収拾が、5日のプミポン国王誕生日を各派が強く意識した結果であることは間違いない。国民の尊敬を集める王室の最も重要な日を催涙弾が飛び交うなかで迎えるということは、タイでは考えられないからだ。

インラック氏とデモを率いる民主党のステープ元副首相の対立が深まるなかで注目が集まったのは、軍の動向だ。タイ軍は「国王の軍隊」であり「国民の軍隊」という強い意識を持つ。混乱を収められなければ威信に傷がつく。

軍関係者によると、プラユット陸軍司令官が1日、インラック、ステープ両氏をバンコク北部の軍施設で引き合わせ、譲歩を促した。その時司令官は「軍はタイ王国とともにある」と前置きし、どちらにも肩入れしない考えを明確にしたという。

ステープ氏はタクシン体制を根絶し、選挙によらない国民各層の代表者でつくる「人民議会」の創設を求める。選挙で選ばれた正当性を主張するインラック氏との隔たりは大きく、物別れに終わった。だが水面下で動きが続いているようだ。

選挙をやれば劣勢は否めない反タクシン派は「第三者の介入」を期待しており、軍は機嫌を損ねてはならない相手だ。さらに、デモが過激化するにつれて参加者が減り始め、ステープ氏は振り上げたこぶしの下ろしどころを探っていた。

インラック氏も、一般にタクシン派が「反王制」とみられるなか、国王誕生日を間近に流血の事態を起こすことは避けたかった。

デモ隊が最大の標的としていた首相府と首都圏警察本部を一時的にせよ「開放」して反政府派のメンツを立て、「一時停戦」する――。筋書きが2日から3日未明にかけてできた模様だ。
軍、枢密院、王室といったタイ政治を節目節目で動かしてきた力が、今回も働いたとの見方は多い。

 ■あす誕生日、国王発言に注目
反政府派は4日をデモ集会会場の「大掃除日」にすると発表した。拠点とする民主記念塔一帯は、国王誕生日の祝賀電飾などが施されるメーン道路だからだ。しかし、ステージなどは撤去しない。

ステープ氏は3日、群衆の前で「これは第1の勝利でしかない。インラック政権もタクシン体制もそのままだ。闘争を続ける」と演説。4日も、デモ隊とともに国家警察庁に向かうと発表した。

親タクシン、反タクシンの対立の構図に変化はなく、何かの拍子に火を噴けば当事者間では解決できない政治危機に発展してしまうことを、今回の事態ははっきりと示した。

国民は、誕生日に国王がどんな発言をするかに注目している。もし踏み込んだ発言があれば、局面が大きく変わり得るからだ。

にらみ合いが続く場合、選挙には強みを見せるインラック首相が下院を解散し、改めて勝って正当性の主張を強める可能性もある。【12月4日 朝日】
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“振り上げたこぶしの下ろしどころを探っていた”反政府派、「反王制」とみられがちなタクシン派、双方にとって都合のいい国王誕生日休戦のようです。

注目される軍の動向
しかし、国王の権威、軍の意向がないと事態が動かないというのは、タイ政治の困った現実です。
高齢で健康状態にも不安があるということもあって、このところ政治的な場面からは身をひいている国王からは。融和を求める言葉はあっても、おそらく“踏み込んだ発言”はないと思われます。

反政府派が期待するのは軍の動向です。
もともとタクシン元首相は軍のクーデターで追放されたように、タクシン派と軍はあまり関係がよくありません。

過去に何度もクーデター・政治介入を繰り返してきた軍ですが、タクシン元首相を追放したあと思うような統治ができず、結局タクシン派政権を許してしまったことから、最近は政治にはあまり深入りしない姿勢を保っており、今回もこれまでは静観の構えでした。しかし、手詰まり状態のなかで仲介の動きもあるようです。

“国軍幹部は国王誕生日後、混乱収束に向けて協議を行う模様だ。2006年にクーデターでタクシン政権を転覆させた軍は今回、事態を静観してきた。ただ、軍関係者は「軍内部には政府とデモ隊の仲介役を果たすべきだとの考えもある」と語り、何らかの形で関与に動く可能性もある。”【12月3日 毎日】

総選挙を忌避する反政府派の本音
反政府デモ隊を率いる野党・民主党のステープ元副首相は「立憲君主制に基づく真の民主主義を取り戻すため『人民議会』を創設する」と主張し、タクシン元首相の妹であるインラック政権の解体を求めています。
「人民議会」は総選挙を経ずに各階層の代表を選出するもので、その下で内閣を選び新政府に移行しようという主張です。

インラック首相は、総選挙を経ずに「人民議会」によって新たな政治体制への移行を唱える反タクシン派側の要求を「平和に向かう解決なら同意するが、現行の憲法では不可能だ」と退けています。
また、「権力にしがみつくことはない。平和のため、国民の過半数が求めることなら何でもする」と語って、退陣や解散・総選挙で混乱収拾を図る可能性にも言及しています。

****タイ:暫定政府樹立改めて拒否 反政府デモ激化*****
・・・・タクシン元首相を巡る国内対立は2006年以降激化した。

農村部に大票田を抱えるタクシン派が総選挙で政権を獲得してきたが、軍や官僚など旧支配層が支える反タクシン派は、軍クーデターや憲法裁判所命令で政権交代を実現させてきた。

タクシン氏は01年に首相に就任後、貧困対策に力を入れ、農村の低所得層から圧倒的支持を得た。

一方、バンコク住民が多い反タクシン派は「ばらまき政治」だと反感を強め、タクシン氏の「金権政治」も問題とした。反タクシン派はタクシン派が多数を占める議会を「多数派による独裁」と批判する。

ステープ元副首相が唱える「人民議会」も、総選挙で自分たちの意思を反映できないと考える反タクシン派の発想に基づいている。

ただ、06年にタクシン政権を崩壊させた軍は今回、関与しない方針で、その実現に至る道筋は不明だ。

仮に反タクシン派が新政府樹立に成功したとしても、選挙による「民主主義」を訴えるタクシン派によるデモ拡大は必至だ。タクシン派、反タクシン派が互いに自らの「民主主義」の正当性を唱える状況で、和解の糸口は見えてこない。(後略)【12月2日 毎日】
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反政府派・ステープ元副首相が総選挙によらない「人民議会」にこだわるのは、総選挙を行えば北部・東北部農村地帯をおさえるタクシン派が再び勝利すると思われるからです。
一方のインラック首相は、文句があるならもう一度選挙をやろうじゃないか・・・という姿勢です。

****タクシンが票買収で勝つだけ」 反タイ政府デモ指導者、解散総選挙を拒否*****
バンコクの反タクシン元首相・反政府デモを指揮する野党民主党のステープ元副首相は3日午後、デモ隊が占拠しているバンコク郊外のタイ政府総合庁舎で演説し、今後も反政府デモを継続、拡大すると宣言した。

ステープ元副首相は、タクシン元首相の妹であるインラク首相が下院を解散したとしても、タクシン派与党が票買収で総選挙に勝利するだけだと主張。デモ隊による政府機関の占拠で行政府、立法府を麻ひさせ、権力を掌握する方針を改めて示した。

デモ隊は政府総合庁舎のほか、バンコク都内の民主記念塔周辺、財務省を占拠。3日には警官隊の抵抗中止を受け、タイ首相府も攻め落とした。

タイの経済界などからは解散総選挙による事態の収拾を望む声が出ているが、ステープ元副首相があくまで超法規的な権力掌握を主張しているため、政府側は打つ手がない状況だ。

過去3回の下院総選挙の得票数をみると、タクシン政権(2001―2006年)の全盛期だった2005年2月はタクシン派政党1899万票、民主党721万票だった。

タクシン政権をクーデターで追放した軍部が民政移管のため実施した2007年12月の選挙はタクシン派1234万票、民主党1215万票と最も接戦になった。

タクシン派デモ隊によるバンコク都心部の長期占拠、治安部隊による強制鎮圧という大事件の1年後に行われた2011年7月の総選挙はタクシン派1575万票、民主党1144万票と、差がまた開いた。

民主党は南部とバンコクが地盤で、タクシン派の地盤で大票田である東北部を攻略できずにいる。

バンコクの民主党支持層の間では、「教育水準の低い東北人が選挙の度にタクシン派に買収されている」という見方が一般的で、ステープ元副首相の戦略はこうした見方を反映したものだ。【12月3日 newsclip.be】
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軍・枢密院・司法・既得権益層の支持を受け、バンコクなどの都市部中間層に多い反政府派・反タクシン派の本音は、上記記事にある「教育水準の低い東北人が選挙の度にタクシン派に買収されている」という見方です。

おそらく、買収行為などは実際にあるのでしょうが、「教育水準の低い東北人が・・・」というのは、非常に傲慢とも言えます。

買収行為が問題であるなら、それを防ぐような施策を考えるべきでしょう。
東北農村部の支持が得られないなら、そこへ出向き支持を訴えるべきでしょう。

それをせずに「教育水準の低い東北人が・・・」という形で選挙を否定し、農村部貧困層の政治的権利を排除し、実力行使による「人民クーデター」、あるいは軍の介入を求めるというのはやはり容認できません。

インラック政権の「ばらまき政治」にも陰り
もっとも、政権側がこれまで同様に農村部の票を確保できるのかという点については、問題も出てきています。

****デモ続発のタイに経済低迷の足音****
不穏な先行きを示唆する経済指標が次々に明らかに

・・・・タイの経済政策の中で巾場が最も注目しているのが、コメの買い取り制度。インラック政権が人気取りのために11年に始めた目玉政策だ。

稲作農家の所得向上のため、政府は市場より高い価格でコメを買い取って転売している。だが下落傾向にある国際価格より割高なために輸出が減少し、損失は膨らむ一方だ。

タイ当局はコメ買い取り政策を続けるため、先週750億バーツ(約2400億円)の国債を発行したが、訓達できたのは半分以下だった。これを受けて財務省高官は、来年1月に債権市場で追加の資金調達を予定していると語った。

農家がデモに加わったら
一方、タイ農民協会のプラシット・ブーンチョイ会長は、買い取りを担当する国営のタイ農業・農業協同組合銀行(BAAC)が、「資金が底を突いた」ためコメの丈支払ができないと農家に伝えたことを明らかにしている。
国債発行による資金調達の失敗は、こうした農家の不安に一層の拍車をかけている。

首都バンコクだけでなく国内各地で反政府デモが頻発するなか、政府としてはせめて農家への支払いだけは滞りなく実行したいところだろう。市場や国際社会が不安視している抗議デモに、農家の人々までが加わるような事態はなんとしても避けたいからだ。

政情不安が深刻化すれば、タイ経済への信頼が一段と損なわれ、資金調達もさらに難しくなる。
今のところそこまでひどい悪循環に陥る可能性は低いように思えるが、油断は禁物だ。タイの政治経済が進む方向を、市場関係者は固唾をのんで見守っている。【12月10日号 Newsweek日本版】
*******************

インラック政権の「ばらまき政治」も資金が尽きると・・・・という不安があるようです。

いずれにしても、国王誕生日後の反政府派の動き、軍の動向などさしあたり注目されています。
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中国による防空識別圏設定問題 中国側対応に“軌道修正”“トーンダウン”も

2013-12-03 23:30:42 | 中国

(12月3日 バイデン米副大統領(左)と握手を交わす安倍首相【共同通信デジタル】)

中国が東シナ海に設定した防空識別圏の問題については山ほどの記事がありますが、私のような素人には、そもそも“防空識別圏とは何か?領空とどう違うのか?”ということから始まって、“今回の中国の行動の何が問題なのか?”わかりにくい点が多々あります。

下記の高口康太氏の解説は、そのあたりについてわかりやすく説明されていると思いますので、全文を転載します。

****国際的慣例とは違う、異常な“中国式防空識別圏”、ルール作りの大ポカは中国自身のマイナスに****
■国際的慣例とは違う、異常な“中国式防空識別圏”、ルール作りの大ポカが中国自身の首を絞めることに■
2013年11月23日、中国が東シナ海に防空識別圏を策定したと発表。日米が強く抗議するなど、新たな緊張の火種となっている。

もっとも防空識別圏とは各国が勝手に制定していいもので、他国の防空識別圏や領空と重複しても特に問題はない。
ではなぜこれほどの火種となったのか。その根本には中国の防空識別圏が他国のそれとは異なる、異常な規定を持っているからにほかならない。

■防空識別圏とはなにか?
そもそも防空識別圏とはなにか?
多くのメディアが解説記事を出しているが、元航空自衛官・数多久遠氏による解説記事、「中国による尖閣上空への防空識別圏設定の意味と対策」 がわかりやすい。

ポイントをまとめると、
・防空識別圏自体はなんらかの権利を主張するものではない。
・自国の領空に進入する可能性がありそうな航空機を識別する範囲でしかない。
・徹頭徹尾、自国防衛のためのものなので勝手に制定してもいいし、他国と重複していても構わない。陸地で国境を接している国の場合、相手国の領空に防空識別圏がはみ出すことも普通。
・防空識別圏に不明機が入った場合、領空を侵犯しそうな問題のある航空機なのかを考え、無線で連絡したり、あるいは戦闘機をスクランブルさせて確認、警告する「こともある」。
・ただし防空識別圏に入ったこと自体はとがめ立てすることはできない。
というもの。

■中国が防空識別圏を設定するのは自由
となると、中国が防空識別圏を策定するのはどうぞご自由にという話になるし、むしろ今までも公表してなかっただけであったんでしょ?ないならびっくりですわということになろう。

最大の懸念は、尖閣諸島上空で日中の戦闘機が対峙、なんらかの偶発的衝突が起きるという可能性だろう。
船の場合と違い、戦闘機同士のにらみ合いではリスクははるかに大きなものとなりそうだ。

ただしこれも究極的には防空識別圏とは関係ない。中国側の主張では尖閣諸島は彼らの領土。その上空を飛ぶことは当然の権利という話になる。
防空識別圏を策定、公開しようがしまいが、中国のロジックではいつでも巡視飛行が可能だし、その領空に日本機が進入すれば中国機も出動することになる。
つまり戦闘機同士の対峙と防空識別圏にも根本的には関係はないということになってしまう。

■異常な中国式防空識別圏
ならば、今回の防空識別圏策定は特に騒ぎ立てるような必要性はないのだろうか。
それは違う。中国政府はは国際慣例に従って策定したと繰り返し表明しているが、実は中国の防空識別圏は上述してきたような「普通」のそれとは異なるものだからだ。

23日に発表された「中華人民共和国東シナ海防空識別圏航空機識別規則公告」がそのことを明示している。

まず第一条からして「中華人民共和国に東シナ海防空識別圏を飛行する航空機は必ずこのルールを守らなければならない」と、他国の航空機に義務を負わせている。以下、フライトプラン提出、無線通信ができるような状態にしておくこと、そして何より中国側の指示に必ず従うこといずれも義務としている。

従わなければ、「中国武装力量は防御的緊急処置対応をとる」と明記している。

繰り返しになるが、本来、防空識別圏とは自国防衛のため勝手に策定するもので、他国の航空機になにかの義務を負わせることはできない。
他国でもフライトプランを提出しているケースもあるが、それはあくまでお願いに過ぎない。

その意味で義務を強要する中国の防空識別圏は通常とは異なる異質のもの。米国がそんな必要はないと一蹴したのもむべなるかな、だ。

■中国式防空識別圏から通常の防空識別圏へ、静かな路線変更
なぜ、こんな異例なルールにしてしまったのかは定かではないが、やはり中国国防部の勘違いがあることは否めない。
そして、その勘違いは日米をはじめ各国が強く抗議する口実となっただけではない。中国国内の世論の対応に苦慮する困った状態を引き起こしている。

26日昼(北京時間)、米軍の爆撃機B-52、2機がフライトプランなしに中国の防空識別圏を飛行した。上述のとおり、米軍機に中国領空侵犯の意志はないため、米軍に事前通告の必要性もなければ、中国がアクションを起こす必要性もない。通常の防空識別圏の解釈であれば、そういうことになろう。

ところが中国式防空識別圏のルールでみれば、米軍機は義務を怠ったことになる。一部の中国ネットユーザーは「撃墜してしまえ」などの脊髄反射書き込みをネットに残しているが、それも中国式防空識別圏としては当然の話なのだ。
おそらくはこうしたネットの盛り上がりに対応して中国国防部は27日、B-52飛行に関する臨時の記者会見を開いた。そこで「米軍機飛行の全過程を監視し、すみやかに識別し機種も判明していた」と発表している。

本来は防空識別圏に進入されようとも発表する必要はないのだが、通常の防空識別圏としてやるべき仕事はちゃんとやっていたというアピールだ。

ただし中国式防空識別圏としての義務は果たしていないように思われるのだが。
大々的に発表したルールは中国軍の手足を縛るものとなり、「ちゃんと仕事をしているのか」とネットユーザーが突き上げる口実を与えてしまった。

23日のルール発表後、中国側は義務を意味する言葉を使用しなくなっている。代わりに多用されているのが「各関係者は積極的に協力し、ともに飛行の安全を守って欲しい」という言葉。中国式防空識別圏から通常の防空識別圏へと軌道修正を図っているようにも読める。【11月28日 高口康太氏 KINBRICKS NOW http://kinbricksnow.com/archives/51879719.html
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本来、防空識別圏とは各国が自衛的観点から勝手に設定しているもので、重複していたり、相手国領空にはみ出していたりすることは普通にあるもののようです。

国際的慣例に従った“まともな”防空識別圏の設定なら、日本にとって好ましい話ではないにせよ、中国の言うように、自分は44年も前から勝手に設定しておいて、中国が設定するのに文句を言うのは筋違いだ・・・という話になります。

また、高口氏も指摘しているように、尖閣諸島上空での緊張云々は、互いが自国領土としている以上、根本的には防空識別圏があろうがなかろうが存在する問題です。

今回の中国による防空識別圏設定の問題は、中国側の“義務付け”に従わない場合は「中国武装力量は防御的緊急処置対応をとる」といった、“まともでない”点があるところです。

どうも中国側もそのあたりの認識が不十分だったのではないか・・・というのが、上記の高口康太氏を含めて大方が指摘しているところです。

ただ、いかに国際情勢に疎いとしても、国防を決定する立場にある者がそのあたりの理解が不十分だった、あるいは勘違いしたというのは考えにくいようにも思えますが・・・。

****中国主席が4カ月前決断=防空圏「戦略的争い」―香港誌****
香港誌・亜洲週刊の最新号は中国中央軍事委員会に近い消息筋の話として、東シナ海の防空識別圏設定は4カ月前に習近平国家主席(中央軍事委主席)が決断したと伝えた。

同誌によると、東シナ海の防空識別圏設定はかなり前から人民解放軍が提案していたが、共産党指導部は取り上げていなかった。習主席はこの決断に関連して、東シナ海をめぐる日中関係は「資源の争いから戦略的争いに変化した」との見解を示したという。

また、この消息筋は東シナ海の防空圏に関して、中国艦艇が外洋に出る際に通過する宮古海峡をにらんだものだと指摘した。【11月30日 時事】
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****防空圏設定1週間 世界が非難 中国迷走****
 ■無通告の進入に抗議せず/トーンダウン「平和維持」/米の反発は「誤算」分析も
中国が東シナ海に防空識別圏を設定したと発表してから30日で1週間を迎えた。

地域の現状を一方的に変えようとする中国のやり方に対し、周辺国などは強く反発した。日米韓は中国に通告せず、圏内に航空機を進入させたが、中国軍はほとんど対応しておらず、“調整不足”だった可能性もある。

国際社会の厳しい反応に対して中国外務省は声明のトーンを微妙に変えるなどしており、迷走しているようにもみえる。

防空圏の設定を発表した直後、中国当局は周辺国に対し有無を言わせない強硬姿勢を示した。各国に対し、圏内に入る航空機の飛行計画の事前提出を要求したほか、不審機に対し「中国軍が防衛的な緊急措置を講じる」という“恫喝(どうかつ)”とも受け取れる表現を使った。

日米政府が防空圏の設定について中国政府に抗議すると、中国の外務省は日米双方に対し「無責任な発言をやめるように」と逆に抗議した。

しかし、防空圏設定で中国を非難する声は、日米にとどまらず、オーストラリア、韓国、台湾、東南アジアや欧州にも広がったことを受け、中国に態度の軟化がみられた。

中国外務省の秦剛報道官は11月25日の定例会見で、防空圏に韓国が遺憾の意を表明したことについて「中韓は友好な近隣国であり、私たちは韓国側と対話を通じて地域の平和と安全を維持したい」と“弱気”とも取れる発言をし始めた。

さらに、26日から28日にかけて、米軍の爆撃機をはじめ、自衛隊機、韓国の軍用機も中国の防空圏に無通告で入ったが、中国軍は軍用機を緊急発進(スクランブル)させるなどの強制的な手段を取らなかった。中国外務省は各国に抗議すらしなかった。【12月1日 産経】
******************

中国がどういう思惑で設定したにせよ、いったん発表したものを各国から批判されたからと言って取り下げることは100%ありえません。

ただ、中国側の対応に“軌道修正”“トーンダウン”が見られるなら結構な話で、勇ましい非難合戦に終始するだけでなく、公式・非公式のルートを通じて中国側の対応を国際的慣例に沿う形にもっていくことが重要でしょう。

中国の設定した防空識別圏は認めないという立場の日本政府と共同歩調をとっていたと思われたアメリカが、29日、アメリカの民間機が中国の設定した防空識別圏を飛行する際、中国側に飛行計画などを事前通知することも容認する国務省の考えを示したことで、日本側に困惑があることも報じられています。

****日本、真意つかめず困惑 米の柔軟方針「寝耳に水****
日本政府にとって、米国務省が米民間航空機に示した解釈は「寝耳に水」だった。30日午後、ニュースを聞いた外務省幹部は「情報がなく、対応のとりようがない」と困惑した。

外務省は米側に照会。外務省が受けた回答は「米政府から民間航空会社に要請をした事実はない」だったという。首相官邸や外務省は「米国は中国の防空識別圏設定を認めていない」と強調。国土交通省は航空各社に飛行計画を出さないよう求める方針に変わりはない、とした。

中国の一方的な防空識別圏の設定について、日本政府は一貫して強気の姿勢をとってきた。当初、国内航空各社は、中国の航空当局の要請に従って飛行計画を出した。しかし、日本政府は、中国の設定した防空識別圏は認めない、という立場から、航空各社にも飛行計画の提出を中止するよう求めた。

さらに自衛隊機と海上保安庁の航空機を事前通告なしに中国の設定した防空識別圏を飛行させ、「中国の設定は認めない」という立場を鮮明にした。

その日本政府にとって、同じく強硬姿勢をとる米国は心強い仲間と映った。26日に米国が爆撃機を同空域に飛行させると、日本政府内に歓迎の声が上がった。

しかし、米政府が民間機では安全を優先したとすれば、日本とは対応で足並みが乱れる。外務省幹部は不安を漏らす。「米政府は、安全を求める民間航空会社と日本の両方の立場に配慮して、どちらとも取れる表現をしたのかもしれない」(後略)【12月1日 朝日】
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訪中に先立ってのバイデン米副大統領訪日は、こうした日米の対応を調整する意味もあって注目されました。

****中国防空圏、日米が緊密連携 首相と副大統領一致 ****
安倍晋三首相は3日、バイデン米副大統領との会談後の共同記者発表で、中国の防空識別圏設定について、中国の力による一方的な現状変更の試みを黙認せず、日米が緊密に連携して対応することで一致したことを明らかにした。

自衛隊と米軍の運用を含む日米の対応を一切変更せず、民間人の安全確保を脅かす行動は一切許容しないことで一致したとも説明した。

バイデン氏は「東シナ海における現状を一方的に変えようとする試みを米国は深く懸念している」と表明。訪中の際に中国指導部に懸念を伝える考えを示した。「日本と中国の危機管理メカニズム、コミュニケーションの効果的なチャンネルの必要性が示されている」と述べた。(後略)【12月3日 日経】
*******************

バイデン米副大統領は、訪中の際に中国指導部に“懸念”を伝える考えを明らかにしてはいますが、“撤回を求める”とは明言していないようです。

現在の日中間の険悪な雰囲気、日本側にある対中不信感・警戒感を考えると非常に言いづらいところですが、中国の立場からすれば、国力の向上に伴って、それに見合った存在感を示したいという意向は自然な流れです。

それが恫喝的であったり、力で現状をひっくり返そうとするものであっては認められませんが、すべてを44年前と同じ状況に封じ込めようとし、いかなる現状変更も一切認めないというのでは、無用の緊張を生み出すだけのように思えます。

国際情勢の変化を踏まえたうえで、日中双方が国際的慣例に沿う形で関係を調整する現実的な対応をとることを期待します。

両国世論も冷静な対応が求められるところですが・・・。
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エジプト暫定政権 強権的姿勢を強める アメリカは軍事支援で苦慮

2013-12-02 22:59:51 | 北アフリカ

(12月1日 カイロ・タハリール広場 軍主導の暫定政府に抗議する学生ら “flickr”より By Abayomi Azikiwe http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/11166188374/in/photolist-i1HCMd-i18j6K-hZWgV5-hZW981-hZWe1Y-hZkLXc-hZksuE-i11GeN-hZkYuG-i11LnA-i12iWM-i11wzM-hZm6iu-hZk9ni-hZm4N4-i12voK-i1Snt8-i22AZR-i23Py4-i23847-i22VXQ-i1SN6N)

政権側はデモに歯止めをかけ、秩序回復を図りたい考え
国民の要請に応えるという形で行われた軍による事実上のクーデターで成立したエジプト暫定政権は、イスラム穏健派のムスリム同胞団を基盤とするモルシ前大統領支持派による激しい抵抗に対し、非常事態令のもとで、令状なしでの捜査など強権的な手法で同胞団メンバーら数千人を逮捕するなど、力で封じ込める対応を行ってきています。

こうした軍・暫定政権の強い姿勢によって、クーデターを主導したシーシー国防相兼第1副首相や軍への批判を許さない空気が社会に広がり、ムスリム同胞団の動員力は大きく低下し、デモなどの大規模な抗議行動は難しくなっています。
11月14日には、非常事態令と夜間外出禁止令が3カ月ぶりに解除されています。

一方で、暫定政権のこうした強権的姿勢は、モルシ前政権を批判していた民主化勢力の反発を招くところともなっていますが、強権姿勢を強める暫定政府はモルシ前首相支持派だけでなく、民主化勢力の批判行動も抑え込む「デモ規制法」を発令し、秩序の維持を最優先させています。

****エジプトでデモ規制法成立、違反者には禁錮5年も****
エジプトのアドリ・マンスール暫定大統領は24日、国家の治安を脅かすとみなされる場合には抗議デモを禁止する権限を治安当局に与えるデモ規制法案に署名し、同法は成立した。

大統領府報道官によると、新法ではデモ主催者に対し、デモを実施する3日前までにデモ会場の最寄りの警察署に「文書による届け出」を義務付けている。この届け出には、主催者の詳細やデモの目的、掲げるスローガンなどを明記しなければならないという。

また、デモ参加中に覆面で顔を隠す、武器を携行するなどの行為を禁止し、違反者には最長5年の禁錮刑を科すと定めている。

エジプト軍当局は、7月にイスラム組織出身のムハンマド・モルシ前大統領を解任した判断について、約1年続いた政治の混乱に対するエジプト国民の大規模な抗議行動に応えたものだとして正当化している。

エジプトの人権団体は法案について「全ての平和的な集会を犯罪行為とみなす」もので、抗議デモを強制的に解散させる「自由裁量権」を治安当局に与えるとして非難していた。【11月25日 AFP】
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石破茂・自民党幹事長が“テロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われる”とする絶叫戦術が逮捕の対象となるのかは知りません。

“エジプトの裁判所は先月、北部アレクサンドリアで抗議デモに参加していた女性14人に対し、禁錮11年1か月の判決を言い渡しました。14人は、ムスリム同胞団を支持する10代から20代の若者で、法廷では鉄格子の中に収容され、エジプトの国営通信によりますと、武装してデモに参加し治安部隊に暴力をふるった罪などが認定されたということです。”【11月29日 NHK】

「デモ規制法」では最長5年の禁錮刑とのことで、上記の“禁錮11年1か月”との関係はよくわかりません。
「デモ規制法」以前の10月のデモの際の逮捕であり、別の法根拠に基づくものでしょうか。いずれにしても、抗議デモを抑え込もうとするところで根っこは同じに見えます。

****エジプト、デモ規制法 権威主義傾向、強まる 民主化勢力抑制へ先手****
クーデター後の政情不安が続くエジプトの暫定政権が「デモ規制法」を発布し、権威主義的な傾向を強めている。
失脚したモルシー前大統領の支持派や、軍の政治関与を批判する民主化勢力を押さえ込む狙いがある。

エジプトでは2011年のムバラク政権崩壊後、あらゆる勢力がデモを影響力拡大の手段としてきており、デモ規制で存在感が低下しかねないとの危機感が各勢力に広がっている。
規制法は11月下旬に施行され、デモ日時や場所を当局に事前申告し、許可を得るよう義務付けた。

エジプトでは民衆デモをきっかけとした11年の政変後、政治や物価高への不満、公務員による上層部の罷免や賃上げ要求など、街頭行動を通じて、あらゆる問題で主張を通そうとする風潮が広がった。

今年7月のクーデター以降では、モルシー政権の母体だったイスラム原理主義組織ムスリム同胞団が抗議活動を続けており、最近でも同胞団と暫定政権の後ろ盾となる軍の双方に批判的な民主化勢力が、デモで存在感を強めつつある。

一方、政権側はデモに歯止めをかけ、秩序回復を図りたい考えとみられる。

政権側は規制法の導入を機に民主化勢力への圧迫も強めている。
検察は11月25日、規制法に抗議するデモを違法に組織したとして、反ムバラクのデモで大きな役割を果たした民主化グループ「4月6日運動」の創設者アハマド・マーヘル氏らの逮捕を命令。
マーヘル氏は11月30日、当局に出頭したが、反発するデモ隊と治安部隊の衝突が起きた。

平和的なデモでも当局の判断だけで、参加者が大量に逮捕される懸念もあり、「重大な人権侵害につながる恐れがある」(人権団体関係者)との指摘も強い。

また、暫定政権の支持勢力には、選挙基盤が弱く、デモへの参加でかろうじて存在感を示してきた政党も多い。規制法が暫定政権側の政党をさらに弱体化させる可能性もあり、各党の指導者も反対を表明し始めている。【12月2日 産経】
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上記記事が指摘するように、“街頭行動を通じて、あらゆる問題で主張を通そうとする風潮”が社会の混乱を招いてきた側面も確かにあります。
強権支配で抑圧されていた民衆の不満が民主主義が未成熟な状況で噴出し、これが政権側の強硬姿勢を招き、政治行動全般の自由を狭めていくという悪いパターンにも見えます。

カイロでは、「デモ規制法」などの暫定政権の強権姿勢に反発する学生らのデモが行われています。

****反軍政、また1万人 カイロ、デモ規制法を批判****
エジプトの首都カイロのタハリール広場で1日、学生たちが、軍主導の暫定政府に抗議するデモを行った。
暫定政府が先月導入した「デモ規制法」などに反発したもので、1万人以上が集まったとみられる。
治安部隊は催涙弾を使って解散させた。死傷者が出たとの情報はない。

デモには、7月のクーデターで排除されたムルシ前大統領を支持する「ムスリム同胞団」派と、世俗・リベラル派の双方が合流したとみられる。

学生グループの広報担当者は、衛星放送アルジャジーラの電話取材に「ここが(ムバラク政権を倒した)革命の聖地だから集まった」と答えた。

カイロ中心部では11月27日にも、軍政打倒を訴える世俗・リベラル派の若者による1万人規模のデモがあった。【12月2日 朝日】
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暫定政権の強権姿勢は「デモ規制法」だけでなく、憲法改正作業にも及んでいるようです。

****改正憲法の草案策定=軍強権発動に懸念―エジプト****
エジプト暫定政権の政権移行ロードマップ(行程表)に基づき、憲法改正作業を進めていた50人委員会は1日、草案をまとめた。軍に強い権限を認めており、治安維持を名目とした強権発動への懸念が高まっている。

草案は近くマンスール大統領に提出され、大統領は国民投票に付す。投票は来年1月に行われる公算が大きい。【12月2日 時事】 
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足元を見透かされたアメリカ?】
こうした暫定政権の強権姿勢をいさめる立場にあり、それが可能な影響力を有していると思われるのが、エジプトに巨額の軍事支援を行ってきている“人権と民主主義の守護者”アメリカです。

ただ、アメリカもエジプトとの関係が悪化して、中東全体への影響力が低下するのは避けたいとの思惑があり、エジプト暫定政権への対応はためらいがちなところがあります。

アメリカ国内法は、民主的政権が軍事クーデターで打倒された場合の援助凍結を定めているため、オバマ政権は暴力を強く非難しながらも、7月3日にモルシ前大統領が軍によって追放された事態を「クーデター」とは認定せず、エジプトへの年間約13~15億ドルの援助を続ける姿勢をとっていました。

“米国はエジプトを中東政策の「要石」と位置付け、軍事作戦を続けているアフガニスタンを除けば、イスラエルに次ぐ巨額の軍事支援を供与してきた。軍事・民生の総援助額は計700億ドル(約7兆円)に達し、87年からは毎年13億ドル(約1300億円)の軍事援助を事実上の「定額」として供与している。”【8月16日 毎日】

こうした姿勢には当初からアメリカ国内でも批判がありましたが、モルシ前大統領派による抗議行動の強制排除などで多数の死傷者が出る状況で批判が高まり、8月15日のオバマ大統領声明では「エジプト暫定政府の行動を検証し、必要に応じてさらなる措置を取る」と軍事援助停止も考慮する発言となっています。

暫定政府・軍とモルシ前大統領派の衝突はその後も続き、10月6日には少なくとも50人が死亡する事態を受けて、10月9日、エジプトへの軍事支援の一部停止を発表しています。

****エジプト:米 F16戦闘機など軍事支援停止 資金援助も****
米政府は9日、政治的混迷が続くエジプトへの軍事支援を広範囲に停止すると発表した。
戦闘機、戦車など大型装備供与や、2億6000万ドル(約253億円)の資金援助も停止する。
人道・民生支援は継続する方針だが、衝突が続き民主政府樹立への道筋が描けない現状に懸念を強めている表れといえる。

オバマ政権当局者によると、供与を停止するのは、F16戦闘機、M1A1エイブラムス戦車、ハープーン対艦ミサイル、アパッチ攻撃ヘリコプター。ヘーゲル国防長官が9日、エジプト国防省に伝えた。「確固たる民政移行に関する進展」が見られるまで凍結する。ただ、テロ対策やシナイ半島の治安維持のための支援は続ける。

一方、教育や健康、民主化などの分野や民生支援は継続する。サキ国務省報道官は声明で「法の支配、基本的人権、自由で競争のある経済を土台とし、選挙で民主的に選ばれた文民政府」への早期移行に期待を示した。(後略)【10月10日 毎日】
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しかし、エジプト暫定政権は強気の姿勢を崩さず、ロシアと接近する姿勢を見せる形で、アメリカを牽制しています。

****エジプト:武器供給、食料確保、観光…ロシア接近図る****
エジプトとロシアが(11月)13、14日にカイロで初めて外務・防衛閣僚級協議(2プラス2)を開催する。
軍事援助の一時停止などの影響で米国との関係が冷え込むエジプトが、ロシアと急接近する構図だ。

エジプトは過去に旧ソ連から軍事支援を受けていた経緯もある。両国の関係強化が進めば、中東での米国の影響力が一段と低下する可能性もある。(中略)

エジプトは72年に当時のサダト大統領がソ連の軍事顧問団を追放するまで約20年間、ソ連の援助を受けていた。その後、米国と接近し、82年から巨額の軍事援助を受けるようになった。ソ連と疎遠になったが、近年ではロシアとの関係改善もみられる。

エジプトのシンクタンク「アハラム政治戦略研究所」のハッサン・アブタレブ氏は「暫定政権は米国との関係悪化は望んでいないが、武器供給先を多角化できれば、外交でも独自性を発揮しやすくなる。ロシアとはイスラム過激派の抑止という共通の目標もあり、関係を深化させる土壌がある」と指摘する。【11月13日 毎日】
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エジプト暫定政権の強気姿勢の背景には、ロシア以外に、もうひとつあるようです。

****イスラエルの猛抗議で米国のエジプト制裁骨抜きか****
7月にエジプトで起きた事実上のクーデターに対する制裁として米国が10月に発動した対エジプト軍事支援見直しが早くも骨抜きになりそうだ。

米国側はこれまでエジプト側に供治してきたM1A1エイブラムス戦車の部品をストップ。
これに対してエジプト軍はイスラエルに隣接するシナイ半島の警備で手を抜くようになった。

以前からイスラム武装勢力が流人していたこの地域での活動が活発化したため、イスラエルが米国に猛抗議する事態になった。
米国は国際社会の反発を受けないよう「支援再開の裏口を探している」(外交筋)という。

今回の制裁は年間十五億ドル(約一千五百億円)の対エジプト軍事支援の一部である約二億六千万ドル(約二百六十億円)分を凍結したに過ぎない。
しかも発動当初のオバマ政権の方針には「シナイ半島の治安維持、テロ対策に必要な措置は続ける」という一項目が盛り込まれていたはずだった。
 
米国の制裁発動に対し軍主導のエジプト暫定政権は形ばかりの反発をしてみせたが、相変わらず「ムスリム同胞団」への弾圧は継続している。

エジプト軍は「シナイ半島で揺さぶれば、イスラエルがすぐに音を上げる」と最初から米国の足元を見ていたようだ。【12月号 選択】
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エジプト暫定政権がそこまで強気かどうかは定かではありませんが、シナイ半島情勢を通じてイスラエルを動かすというのは、「なるほどね・・・そういうものか・・・」という感があります。

****米国務長官がエジプト訪問、「重要な関係」を強調****
米国のケリー国務長官は3日、エジプトを訪問し、同国との関係は「極めて重要」だと強調した。エジプトで今年7月にムルシ前大統領が追放された後、米閣僚が同国を公式訪問したのは初めて。

前大統領は暴力を扇動した罪で起訴され、現地時間4日に初出廷する。米政府は先月、軍主導のエジプト暫定政権が前大統領の支持母体「ムスリム同胞団」を弾圧したなどとして、同国への軍事支援の一部を凍結すると発表した。

ケリー長官はファハミ外相との会談後の記者会見で、「オバマ米大統領と米国民はエジプト国民の味方だ」と述べた。軍事支援の凍結は「制裁」ではなく、「非常に小さな問題だ」と説明。エジプトへの人道支援や軍によるテロ対策、シナイ半島治安維持への協力は継続すると強調した。【11月4日 CNN】
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「非常に小さな問題だ」・・・・暫定政権への強い姿勢は国際的・国内的に見せなければいけないが、さりとてエジプトとの関係悪化は望んでいないというアメリカの本音が見えます。

シリア化学兵器問題でも、イラン核開発問題でも、オバマ政権の弱腰・迷走する対応を批判する向きは多々ありますが、曖昧で及び腰であること自体は責められるべきことでもないと思います。物事はそれほど単純ではありませんから。
カウボーイ的・短絡的発想で、相手を力でねじ伏せようという強い姿勢がいいとも思いません。
要は、結果が出せるかどうかでしょう。
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イギリス・アメリカ  政府・国家機関にありがちな秘密範囲の拡大傾向

2013-12-01 21:21:28 | アメリカ

(衆院本会議で特定秘密保護法案が可決され、拍手する安倍晋三首相(中央)=26日夜、国会内【11月26日 時事】)

政府に限らず個人レベルで考えても、秘密にしておきたい情報は多々あり、秘密にすることで円滑に処理されることも多々あります。
ましてや政府レベルになれば、安全保障や外交などで必要になる秘密情報は当然にあるでしょう。

ただ、民主主義の基本理念からすれば、重要な情報は公開され、その情報に基づいた議論によって政策は決定されるべきものです。

現実政治の要請と民主主義の理念のバランスをいかに保つかということが、民主主義政治の成熟度を示すバロメーターのひとつでしょう。

一般論で言えば、常識的に考えてわかるように、政府・国家機関は自分たちがやりやすいように、なるべく秘密の範囲を広げようとする強い傾向があります。

****英政府:公文書の破棄、政府が指示 50〜60年代****
英国政府が1950〜60年代、自国に都合の悪い植民地政策関連公文書の破棄を指示していたことがわかった。

11月29日公開の公文書から、指示のメモが見つかった。
英紙インディペンデントによると、指示は英国から独立した少なくとも23カ国が対象。
メモは植民地政策に関し、「最高機密(トップシークレット)」「機密(シークレット)」指定文書を破棄するか、英軍による本国持ち帰りを指示した。

対象文書は主に、独立後に新政府に渡ったり公開されたりすれば、英国に悪影響を及ぼす可能性のある文書とみられる。破棄を指示したメモは、英本国に持ち帰った植民地政策関連文書(約8800ファイル)から見つかった。破棄文書数は不明だ。

英国では、秘密指定から30年(今年からは20年)を経過した公文書は原則公開されるが、植民地からのファイルは非公開だった。

英メディアは、外務省の非公開政策を「違法」と非難。ガーディアン紙によると、公開対象だが「違法」に非公開とされている英政府の文書は計120万ファイルになるという。【11月30日 毎日】
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****不都合な文書は読ませない? 秘密主義化する米政府*****
連邦機関が情報公開法などの法律を踏みにじり、理屈をつけて公開請求を拒むケ-スが増加

民主主義を守りたいすべての人にとって憂慮すべき事態だ。
オバマ大統領は政府の透明性を確保すると約束しているが、政府の情報公開のハードルはむしろ高くなる一方だ。

連邦政府機関が情報公開法や政府公開法などの法律を踏みにじり、ジャーナリストの情報公開請求や手数料免除申請を拒否するケースが増えていると、情報公開の専門家たちは言う(法律の規定により、作家やジャーナリストは、資料請求に対する文書検索手数料を免除されることになっている)。

最近、元ロサンゼルス・タイムズ紙記者のデニス・マクドゥーガルの情報公開請求に対して司法省が手数料免除を拒否したのは、その典型だ。

マクドゥーガルは麻薬取締局(DEA)に、エンターテインメント業界関係者だったデービッド・ウィーラー(故人)に関する記録の公開を求めた。ウィーラーはDEAサンディエゴ支局に出入りしていたことが知られている。

商売敵に関する情報を捜査官に提供し、それと引き換えに自分の違法ビジネスを黙認されていたと、マクドゥーガ
ルらは考えている。

マクドゥーガルが請求した資料は、「(政府の活動についての)国民の理解に大きく資する可能性が高い」という法律の基準に適合するように見えるが、司法省の不服申し立て審査責任者であるショーン・オニールは手数料の免除を拒否した。

17点の文書の検索手数料として1900ドルを納めるよう求めた。しかも、手数料を納めても文書が公開される保証はない。

不可解極まる拒絶理由
このときオニールは、問題の文書がどういう点で政府の活動に「光を当てる」のかが不明確だと断言。また、マクドゥーガルがジャーナリストとして著作を発表する可能性も立証されていないと述べた。
資料は歌手ボブーディランの評伝を古くためのもので、大手出版社ターナー・パブリッシングと出版契約も結んでいるのだが。

オニールは「貴殿は自らの商業的利益のために情報を求めているように見える」と述べている(取材要請にオニールは返答していない)。

情報公開専門の弁護士であるブラッドリー・モスによれば、こうした扱いは珍しくないという。「連邦政府機関は、情報公開請求を恣意的に審査し、手数料の免除や文書公開を拒んでいると言っていい」 

最近は、政府文書を「私的文書」だと主張したり、文書公開と国民の利益に関係がないと主張したりして公開を拒むパターンも増えている。

作家のグレッグームテイットが『火に油-占領されたイラクの石油と政治』の執筆過程で情報公開を求めた際も、そのような対応をされたという。

ムティットの弁護士であるケルーマクラナハンによれば、2人の政府機関職員は、「もっと切実な問題があるので、この件に関心を持つ国民はいないだろう、という不可解な理由」で請求を拒否した(中略)。

政府機関は、読者数が少ないという理由で、定期刊行物による情報公開請求や手数料免除申請を拒むケースもある。「国民の理解に大きく資する可能性」が乏しい、という論法だ。

ジャーナリストが裁判に訴えても、上訴審にもつれ込めば長い年月と裁判費用が掛かる。非効率で腐敗した政府職員たちの高笑いが聞こえてきそうだ。【12月3日号 Newsweek日本版】
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こうした秘密の範囲を広げ、ハードルを高くしたがる政府・国家機関の性向を前提にすれば、いかに秘密を守るか・・・ではなく、いかに情報を出させるか、いかに透明性を確保するかという点に政治・社会システムの力点があってしかるべきでしょう。
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