孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インドネシア  与党党首メガワティ元大統領の「院政」に苦しむジョコ大統領

2015-04-20 22:22:25 | 東南アジア

(ジョコ大統領を操るメガワティ元大統領・・・と揶揄する向きもありますが、ジョコ大統領としてはこの制約を調整して結果を出していくしかないようです。 “flickr”より by chandra diaryBy https://www.flickr.com/photos/chandradiary/13423588724/in/photolist-ntdzYp-mscpfU/

ジョコ大統領 「2015年世界で100人の影響力のある人」】
インドネシアは人口2億5000万人(2013年)と、日本の2倍ほどもある人口大国です。
経済的にも、順調に成長すれば2050年には日本を抜いて世界第4位の経済大国になる・・・との観測もあるようです。

****インドネシア、2050年GDP4位に 世界のトップ5入り****
インドネシアは、2030年に国内総生産(GDP)が世界のトップ5入りを果たし、50年には日本を抜いて世界4位の経済大国となる可能性がある。

英調査会社プライスウォーターハウスクーパース(PwC)によると、インドネシアのGDP(購買力平価換算)は14年の2兆5540億ドル(約305兆4330億円、世界9位)から30年に5兆4860億ドル(同5位)となり、50年には12兆2100億ドル(同4位)になる見通しだ。現地紙ジャカルタ・ポストが報じた。(後略)【4月8日 SankeiBiz】
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“石油産出国の同国は安定的なエネルギー調達が可能であり、今後数年の石油消費量の増加にも対応できることから経済規模と人口の拡大が続く”【同上】というのが予測根拠のようです。

これだけの人口規模ですから経済規模も拡大するのは間違いないところですが、世界第4位にまでなるかどうかはこれからの話です。

そのインドネシア経済を牽引するのが就任して半年になるジョコ·ウィドド大統領ですが、タイム誌による「2015年世界で100人の影響力のある人」に選ばれたそうです。

ジョコ大統領は、これまでの有権者と距離のある有力政治家一族や元軍人の政治家とは異なり、「小さき民」の声を重視する庶民派で、その庶民的人気を背景にソロ市長、ジャカルタ知事、そして昨年7月の大統領選挙に勝利と、インドネシア政界では異例の経歴でトップに上り詰めました。

ただ、与党の闘争民主党の党首を務めるメガワティ元大統領が隠然たる影響力を行使しており、ジョコ大統領にとっては、この党内基盤の弱さが大きなネックになっている・・・・というのが就任以来の評価でもありますので、「2015年世界で100人の影響力のある人」というのは意外な感がありました。

もっとも、100人には日本からは小説家の村上春樹氏と「片づけコンサルタント」の近藤麻理恵氏が選出されているというように、ユニークな基準による選定ではあるようです。

村上春樹氏はともかく、近藤麻理恵氏という方の名前は知りませんでした。著書「人生がときめく片づけの魔法」は「一度片づけたら、二度と散らからない」独自の整理収納法が話題となり、世界で累計300万部の大ベストセラーになっているそうです。

部屋が散らかし放題になっている私にとっては“天敵”のような人です。

閑話休題。インドネシアとジョコ·ウィドド大統領の話です。

課題となっていた燃料補助金削減策を断行
先述のように党内基盤の弱さを指摘しましたが、ジョコ大統領は就任早々に懸案事項であった燃料補助金燃料補助金の削減に果敢に取り組んでおり、そうした政策面での実績は高く評価されています。

低所得層向けの燃料補助金制度は一度導入すると財政全体を圧迫する規模に膨らんでしまい、政治的理由からなかなか手を付けることができない、無理強いすると政権が揺らぐという多くの国が抱える難題でもあります。

****燃料補助金」は廃止したが・・・続く「ジョコウィ政権」の苦悩****
鬼門政策
インドネシアでは、石油、電気、ガスといった公共料金を低所得層のために低く抑えるべく、スカルノ初代大統領の時代以来、政府が巨額の燃料補助金を支出してきた。

燃料補助金は、国際的なエネルギー価格が上昇するほど支出額が増える。また、経済成長にともなって国内での燃料消費量が増加するほど、財政負担が増加する。

政府も経済界も、燃料補助金が本来は開発に振り向けられるべき予算を圧迫していることや、ガソリンなどに対する補助金が自動車を保有する富裕層の所得補償になってしまう逆累進性があることに、以前から気づいていた。

ジョコウィ新政権にとっても、この燃料補助金削減は大きな政策課題であった。所得格差が拡大するなか、限られた予算を低所得層向けの再分配政策に振り向ける必要がある。

また、石炭やパーム油の原料輸出と国内消費に依存した経済成長を、付加価値製品の製造と輸出が牽引する持続的な成長路線へと転換するため、財政をインフラ開発促進に振り向けなければならない。そのためには、大胆な燃料補助金削減策が必要であった。

しかし、補助金カットは、政府にとって鬼門の政策であった。なぜなら、1998年5月に当時のスハルト大統領が長期政権を放棄せざるをえなくなった直接的な原因が、アジア通貨危機で支援を受けたIMF(国際通貨基金)による構造改革に沿って実施した、石油燃料補助金の削減だったからである。

それでも、2004年に始まったユドヨノ政権の下では、国際原油価格の変動に対応して、補助金の削減とそれにともなう燃料価格の引き上げを3度にわたって実施することができた。

ジョコウィは、大統領選挙での当選が決まると、ユドヨノ大統領に、任期終了前に補助金を削減し、燃料価格の引き上げを実施してくれないかと頼んだ。

ジョコウィも、補助金削減の必要性は認めながらも、燃料価格の値上げにつながる不人気政策を実施することは嫌だったのである。しかし、それはユドヨノににべもなく断られた。

国民の反発を抑えられた理由
そうした経緯があっただけに、いくら人気の高いジョコウィといえども補助金削減は容易にはできまいと思われていたが、政権発足まもない昨年11月17日に、ジョコウィは突如として補助金カットを発表した。

さらに、今年1月1日、ガソリンについては燃料補助金を全廃し、基本的に国際市場の変動にあわせた価格へ移行することが発表された。

軽油や灯油については一定の補助金額が支給されるが、国際市場価格の変動にあわせて国内価格も変動することになった。

この補助金廃止・削減により、予算には大きな余裕が生じることになった。補助金のための予算は3分の1以下に縮小され、歳出に占める補助金の割合は14%から4%にまで減少したのだ。

ガソリンの補助金廃止は、インドネシアの経済政策という観点からは歴史的な決定である。
しかし、このような大胆な政策転換にもかかわらず、国民は比較的冷静にこれを受け止めた。補助金削減が発表されると、必ず議会からの強い反発や街頭でのデモが発生するのが常であったが、今回は目立った反対は出なかった。

国際原油価格が低下していたため、補助金の廃止・カットにもかかわらず、燃料価格が引き下げられたことも要因のひとつであろう。

また、ジョコウィ大統領が、補助金廃止を実施する前に、貧困層向けの再分配政策を発表していたことも反発を抑えるのに役立った。

政権発足後2週間という早い段階で、貧困層向けの無償医療・無償教育プログラムと所得補償プログラムを段階的に全国で実施していくことを発表していたのである。(後略)【3月23日 川村晃一氏 フォーサイト】
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メガワティ党首の「院政」 大統領と与党の利害が乖離
このように燃料補助金削減という「鬼門」を無難にこなしたジョコ大統領ですが、人事面では早々に躓きます。

1月に、新しい国家警察長官としてブディ・グナワン国家警察研修所所長を指名しましたが、そのわずか4日後、人事案が議会の承認を得る前に、汚職撲滅委員会(KPK)がこの新長官を汚職容疑者に指定しました。
もともとこの人物は不正な蓄財への関与が疑われており、「クリーン」を看板に掲げるジョコ大統領が敢えてこの者を起用したのは、この者が与党の党首であるメガワティ元大統領と関係が深く、元大統領側からの圧力があったものと見られています。

この問題でジョコ大統領は、ブディ・グナワン氏及び彼を支持する与党勢力と、その汚職容疑を主張する汚職撲滅委員会(KPK)の抗争の板挟みになる形で有効な手をうてず、汚職撲滅に真剣に取り組む大統領という期待を抱いていた市民グループは、ジョコ大統領の消極的な姿勢に大きく失望する結果となっています。
“民間調査機関が今月6日発表した世論調査では、ジョコ氏に「満足」と答えたのは60%で、就任直後の75%から低下”【4月19日 産経】と、国民支持も急速に低下しています。

****大統領は「裸の王様****
ジョコウィ大統領が、人事面で、与党、なかでも第1党の闘争民主党の要求に屈するのは、これが最初ではない。以前のレポートでも指摘したように、内閣発足時、経歴や能力に疑問がありながらも、メガワティの推す人物の入閣を拒否できなかった。政権発足後も、これと同じことが繰り返されている。(中略)

このように、ここにきてジョコウィの政治基盤の弱さが露呈する事態が続いている。

ジョコウィは、高い行政手腕と個人的な人気で、家具商から市長、州知事、そして大統領へと権力の階段を上り詰めてきた。

闘争民主党の党員ではあるが、党役員としての経験はなく、党内に政治基盤はない。議員としての経験もないため、議会にも人脈はない。大統領というと強大な権力を持っているようにみえるが、民主的な議会政治において、政党に支持基盤をもたない大統領は「裸の王様」なのである。

これも以前指摘したように、そもそも大統領制では、大統領と与党の利害が乖離して両者の関係が対立的になる「政党の大統領制化」という現象が起きやすい。
政権が発足して間もないジョコウィも、まさにこの「政党の大統領制化」という事態に直面しているのである。【3月23日 川村晃一氏 フォーサイト】
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ジョコ新党の可能性もあるものの、当面は与党関係に配慮するしかない現状
与党との利害対立を解消する究極の選択は、与党を離れて自分の新党を立ち上げるということになりますが、その可能性も取りざたされています。

****インドネシア大統領、就任半年 基盤強化へ新党結成観測も****
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領が就任して20日で半年。「庶民派」を売り物に、汚職撲滅やインフラ整備への高い期待を背に出発したものの、所属する与党・闘争民主党の党首を務めるメガワティ元大統領が公然と「院政」を敷くなど指導力不足が露呈し、早くも国民からの支持離れを招いている。

「大統領に至るまで、あなた方は党の奉公人だ」
メガワティ元大統領は、9日に開幕した闘争民主党の党大会でこう述べ、ジョコ氏に対して党の方針に従うようクギを刺した。メガワティ氏は2020年までの党首続投を決めたほか、長女と次男を党の要職に就け、「党私物化」の色合いを一層強めた。

インドネシアの大統領選は直接選挙だが、候補者は総選挙で一定の得票率に達した政党が擁立する。メガワティ氏は、当時ジャカルタ特別州知事として絶大な人気があったジョコ氏を大統領選候補に指名し、昨年4月の総選挙で第一党への復活を果たした。

ただ、党内でのジョコ氏はあくまで「党の一員」扱いで、党大会でも発言の機会は与えられなかった。閣僚人事などでもメガワティ氏の「ごり押し」に屈するケースが相次いでいる。

民間調査機関が今月6日発表した世論調査では、ジョコ氏に「満足」と答えたのは60%で、就任直後の75%から低下。ユドヨノ前大統領の1期目に比べ、国民の支持が急速に離れていることがわかった。

「汚職の温床」とも指摘された燃料補助金削減を就任直後に断行し、浮いた財源をインフラ整備や福祉に振り向けた決断への評価は高い。だが、燃料費の上昇で一気に物価が上がり国民生活を圧迫するなど、課題は山積している。

東南アジア研究所(シンガポール)のマックス・レーン客員上級研究員は「支持者だった草の根の無党派層がジョコ氏批判に転じている」と指摘する。事態打開を図るジョコ氏が19年の次回大統領選に向け、「支持グループらを結集したジョコ新党の結成に動く可能性も排除できない」と予測している。【4月18日 産経】
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もともと、メガワティ元大統領は自分が大統領選に出馬して復権を果たしたかったとされており、そのために国民的人気があるジョコ·ウィドド氏を“副”大統領候補にしようとしていました。

ただ、それでは選挙に勝てないとの周囲の判断もあって、ジョコ氏を大統領候補に推すことを了承したと言われています。

それにしてもメガワティ元大統領は、「大統領に至るまで、あなた方は党の奉公人だ」と言いつつ、自分はその党を私物化しており、結局「大統領に至るまで、あなた方は私の奉公人だ」という話にもなります。

メガワティ氏(初代大統領スカルノ氏の長女)の権力欲はすさまじいものがあり、私など凡人には理解しがたいものがあります。スカルノ大統領失脚後は苦しい経験もあったようで、そうしたことが権力への執着を生んでいるのでしょうか。

話をジョコ大統領に戻すと、新党結成とは言ってもなかなか難しい事情もあります。
前出の川村晃一氏は当面は「何をやっても事態は変わらない」とも指摘しています。

****利害調整を図るのみ****
与党、とくに闘争民主党とジョコウィの関係が悪化したことで、ここにきてジョコウィ周辺からは、自らの新党を立ち上げようという動きや、いまの与党連合とプラボウォ率いる野党陣営とをそっくり入れ替えて連立を組み替えようという動きまで出てきている。

しかし、何をやっても事態は変わらない。
そもそも新党を作っても、その新党が議席を得るためには次の2019年の総選挙まで待たなければならない。

しかも、いまの闘争民主党を割って新党を作っても、比例代表制の選挙制度の下では、政党が選挙で獲得した議席数は変更されず、闘争民主党が離党した議員の穴を自ら補充するだけである。

また、連立を組み替えてプラボウォ陣営と協力したとしても、今度はプラボウォ陣営に属する政党からのさまざまな圧力にさらされるだけで、結果は同じである。

つまり、ジョコウィは、「多党制の下での大統領」ゆえに多党連立政権の下で連立与党の意向に配慮せざるをえず、「政党の大統領制化」ゆえに与党との利害調整に悩まざるをえないのである。

ジョコウィがインドネシアの大統領である以上、制度に規定されたこの呪縛から逃れることはできない。
ジョコウィに要求されているのは、このような制度の下で、アメとムチを使い分けながら連立与党と良好な関係を築きつつ、自らの目指す政治を実現することなのである。【3月23日 川村晃一氏 フォーサイト】
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与党との苦しい関係が続きそうですが、政策面での結果を出して自らの影響力を強め、メガワティ氏との力関係を変えていくしかないようです。
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フランス  シャルリーエブド紙襲撃事件を受けて強まる情報管理体制 プライバシー保護からの批判も

2015-04-19 22:09:42 | 欧州情勢

(映画「エネミー・オブ・アメリカ」DVDパッケージより)

【「テロ攻撃の脅威は依然高いままだ」】
1月のシャルリーエブド紙襲撃事件以来、フランスではテロ警戒態勢が続いています。

****仏全土に1万5千人、テロ警戒続く…疲労の色も*****
フランス政府は今年1月の連続銃撃テロ事件以降、「第2次大戦以降で最大規模」(仏軍幹部)となる軍兵士、警察官約1万5000人を連日、全土に展開させる異例の厳戒態勢を続けている。

開始から既に3か月以上が経過し、警官が病気で集団欠勤するなど前線では疲労の色も濃くなっている。

パリ中心部にあるルーブル美術館。年間約930万人が訪れる観光名所には、自動小銃などで武装した軍兵士3人が常時、目を光らせている。

全土警戒に招集された兵士は約1万500人に上り、展開可能な兵員の約15%にあたる。このうち、約6000人は、テロの危険性が高い首都圏に重点配備されている。

駅や空港、観光施設、学校やシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)の巡回など警備対象は約320地区に上る。

オランド大統領は3月、「テロ攻撃の脅威は依然高いままだ」と述べ、厳戒を当面維持する方針を示した。1万5000人態勢は、観光シーズンの最盛期である夏まで続くとみられる。【4月19日 読売】
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通信傍受は「公的利益を守る必要がある場合」にのみ認められる・・・・
単に軍・警察の全土展開だけでなく、情報管理体制も強化されています。

*****<フランス>新情報収集法案、プライバシー保護が議論に*****
シャルリーエブド紙襲撃事件などを受け、フランス下院は情報機関が過激派や危険人物の動向を監視するための新しい情報収集法案の審議に入った。通信傍受手段などの大枠の利用条件を定め、乱用を防ぐのが狙い。

だが、テロ対策以外にも広範な分野での収集が認められる内容で、パソコンのキーボードの動きを同時送信する装置など、情報機関が使用する最新装置の存在も判明。プライバシーをどう保護すべきか議論となっている。

法案は、情報機関の機能強化を図ると同時に、これまで事実上、違法に運用されていた特殊な通信傍受手段からプライバシーを保護するために、仏議会法務委員会で策定した。

市民を対象にした通信の傍受について「法が想定した公的利益を守る必要がある場合」にのみ認められると規定。特殊な手段を使うことのできる分野として、テロ対策や大量破壊兵器の拡散防止、国防、外交に加え経済、科学などの分野も含まれている。

裁判官や弁護士の団体や、人権擁護団体などからは「適用範囲が広すぎる」と批判が出ている。

一方、法案から、情報機関が使用する特殊装置の一端が明らかになった。携帯電話などのデータを遠隔取得できる「接近型情報収集装置」や、パソコンのキーボードの動きを同時送信する「電子情報収集ソフト」などだ。

法案によると、こうした傍受は首相が許可するが、緊急の場合は首相に速やかに報告することを条件に、情報機関による即時の運用が可能。期間は2カ月が基本だが、延長もできる。

集めたデータは種類により最長5年間、保管されるという。【3月24日 毎日】
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国際的人権団体アムネスティー・インターナショナルのガウリ・ヴァン・グリ副部長は、「原案のままでは中身が曖昧で、悪用の危険があり、不相応に広い監視の網をかけてしまう」と語り、“監視国家”への一歩を踏み出す前に法案を再検討すべきであると指摘しています。

また、欧州評議会人権委員のNilsMuznieks氏は、法案は欧州人権裁判所と衝突する可能性があり、制定前にもっと時間かけて協議を行うべきであると語っています。

また、法案によってウェブサービス提供企業は、メタデータ( 通信の内容でない)をモニターするためにシステム を構築することを強制されます。必要があれば、政府は疑わしい者の個人情報へのアクセス を要求することができます。

ウェブサービス提供企業は、こうした措置が顧客を不安にさせ遠ざけてしまうことになることを懸念しています。

これに対し、フランスのヴァルス首相は議会答弁において、9.11後にアメリカで導入された愛国者法(Patriot Act)と対比して、今回新法が制定されても、フランスは膨大な量の通信データを集めるつもりはないと誓っています。

また、今回の法案がフランス版愛国者法になるのではないか、警察国家の悪臭がするといった批判についても、「でたらめであり、そうした批判は、我々が直面している脅威を考えるとき無責任である」と反論しています。【4月13日 ロイターより】http://uk.reuters.com/article/2015/04/13/uk-france-surveillance-idUKKBN0N40VG20150413

なお、今回法案によれば情報機関は裁判所の許可なく電話・電子メールの盗聴が可能となりますが、監視者は容疑者の部屋をパソコンのマイクやカメラで監視することもでき、キー入力監視プログラムを送り込むことですべてのキー操作を追跡することも可能になるそうです。

ヴァルス首相はアメリカとは違うと強調していますが、素人目にはスノーデン元CIA職員が暴露したアメリカの通信傍受体制と似たり寄ったりに思えます。

結局、どこまで政府・情報機関を信用できるか・・・という問題か
一方、シャルリーエブド紙襲撃事件などによって高まった反イスラム・反ユダヤ感情にから行われる人種差別的なネット書き込みを監視・規制する機関も創設されます。

****<フランス>人種差別対策130億円かけネット監視機関創設****
1月のシャルリーエブド紙襲撃事件などの影響で、フランスでイスラム系移民やユダヤ教徒への差別意識が高まっていることを受け、仏政府は17日、人種差別的な発言やインターネット上の書き込みなどの取り締まりを強化する方針を明らかにした。

総額1億ユーロ(約130億円)をかけ、新たなネット監視機関を創設するとともに、学校現場で移民やユダヤ人迫害の歴史関連施設の見学などを義務化する。バルス首相が17日の会見で明らかにした。

現在、差別的な発言や書き込みには、報道関連法の罰則があるが、適用例は限定されている。そこで刑法に禁止条項を設け、一般人の人種差別発言やネット書き込みを罰することができるようにする。

また、ユダヤ系商店を狙った強盗など、他の犯罪に人種差別的な発言などが加わった場合は刑を重くする。

これまでもインターネット上の差別的な書き込みを監視し、削除する機関はあったが、書き込んだ個人を特定し、追跡する専門機関を新たに設ける。

仏議会では現在、最新技術による通信傍受を含んだ情報収集法案を審議中で、表現の自由や個人情報の保護という観点から反対意見もある。

だがバルス首相は「ネット上の無策は終わりだ」と述べ、差別監視の大幅な強化を示唆した。

また教育分野での対策も進め、小、中、高校それぞれの段階で、移民歴史博物館や、奴隷制度廃止博物館、第二次世界大戦中のユダヤ人虐殺の関連資料館などへの訪問見学を義務化する。

民間団体の調査によると、1~3月にフランスで起きたイスラム教徒に対する攻撃や差別は、前年同期の約6倍に上った。ユダヤ教徒に対する攻撃や差別も2014年は前年に比べて倍増し、イスラエルへ移住する人が激増している。

ユダヤ教徒を敵視するイスラム過激思想の広がりや、イスラム過激派と一般のイスラム教徒の混同などが背景にあると指摘されている。【4月18日 毎日】
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テロ行為を未然に防ぐための通信傍受や、差別的な発言・書き込みの監視は、当然の対策だ・・・と言われれば、そのようにも思えます。

ただ、当局の運用が言われているようなものに限定されるのか・・・、個人の情報がすべて政府によって管理される監視国家・警察国家への第1歩になるのではないか・・・という不安もぬぐえません。

情報機関が独自の判断で、政治責任者に無断で監視を強めることも十分に考えられます。情報機関スタッフの人権意識が高いとは到底思えません。目的のためなら手段を選ばない・・・というのが彼らの世界でしょう。

“これまで事実上、違法に運用されていた特殊な通信傍受手段”【前出 毎日】・・・・どんな対策をとったとしても、同じような人間がやっている以上、今後もこれまでと同じように違法行為が行われるとも想像されます。

結局、政府・情報機関をどれだけ信頼できるかというところで、新たな対策への評価もわかれるでしょう。
実施する場合は、情報機関の暴走を防ぐ何らかの歯止め措置は必要でしょう。

もっとも、すでに街中いたるところに監視カメラが設置されている世界に暮らしている訳で、今さら・・・という感もあるのかも。

****「通話傍受したのは欧州情報機関」 米が反論****
米国が欧州で数千万件の通話を傍受したとされる疑惑について、米国の各情報機関トップは29日、「全くの誤解」と反論した。

疑惑の渦中にある米国家安全保障局(NSA)のキース・アレグザンダー局長は、多くの場合実際に通話記録を入手してNSAに提供したのは欧州諸国の情報機関だと主張している。

米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン容疑者からの暴露に基づき、米国が対テロ策の一環で欧州内の通話とオンライン通信を数千万件傍受していたと新聞各社が報道したことを受け、欧州の米同盟諸国はここ数日、怒りをあらわにして抗議していた。

しかしアレグザンダーNSA局長は、米下院情報特別委員会の公聴会で、これらの報道はスノーデン元職員から欧州各紙に提供された情報を誤って解釈したものだと証言。同報道は全くの誤解であり、「これらは欧州市民からわれわれが収集した情報ではない」と断言した。

その数時間前には、米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が、電子スパイ行為を行ったのはフランスとスペインの情報機関であり、その範囲は国境を越えて時には紛争地域にも及び、収集された情報は後にNSAに提供されたと伝えた。

さらに上院情報特別委員会のダイアン・ファインスタイン委員長も、仏独で情報収集したのは米国ではなく仏独であり、情報収集は「市民に関するものではなく、アフガニスタンなど北大西洋条約機構(NATO)が介入する紛争地域での収集活動」だったと言明、欧州メディアの報道を否定する見方に同調した。

もしこの反論が正しければ、NSAが市民のプライバシーを侵害しているとして米国に激しく抗議した欧州諸国政府は赤恥をかくことになる。名指しされた欧州諸国の情報機関からは、これまでのところコメントは出されていない。【2013年10月30日 AFP】
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南アフリカ  広がる外国人への暴力 “暴力依存”という、アパルトヘイト時代からの負の遺産

2015-04-18 21:24:39 | アフリカ

(外国人労働者らを標的とする暴力事件が多発している南アフリカ・ダーバンで、警察と地元住民の集団が衝突するなか、護身用にナイフを手にする外国人男性 【4月17日 AFP】)

移民が自分たちの職を奪っている、犯罪に手を染めている
南アフリカで、エチオピアやソマリア、マラウイなどからの移民や外国人労働者らを標的とする暴力事件、外国人が経営する商店への襲撃が相次いでいます。

****南アフリカで外国人への暴力事件広がる、8500人避難****
南アフリカで外国人を標的とした暴力事件が広がり、ヨハネスブルクでは17日、警察が移民の経営する商店に放火した群衆らに対しゴム弾を発砲し事態の沈静化を図った。
同国で活動する非政府組織(NGO)によると、暴力事件を受け移民ら約8500人が避難をしたという。

ヨハネスブルク市内では、なたで武装した群衆らが外国人が経営する商店に放火した。移民の側からは警察が十分な保護対策を取っていないと批判する声も上がっている。

移民が経営する商店を標的とした暴力事件は南部の港湾都市ダーバンで始まり、外国人2人と南アフリカ人3人が殺害された。

同市の住民は、移民が自分たちの職を奪っているほか、犯罪に手を染めているなどと主張している。政府統計によれば、南アフリカの失業率は25%。

ダーバン近郊の町ベルラムでは15日、群衆が自宅にいた外国人男性を襲撃。男性は遺体で発見された。警察によると、男性は襲撃現場から逃げ出したものの、負傷のため自宅付近で死亡していたという。同町を含むクワズールー・ナタール州全体では、こうした暴力事件に関連して少なくとも112人が逮捕された。

こうした暴力事件を受けて同国のズマ大統領は、政府が懸案の社会問題や経済問題に取り組んでいる点を指摘。移民については、同国経済に貢献していると強調し、「さまざまな犯罪で逮捕される外国人がいる一方で、この国の外国人全てが犯罪に関わっていると見るのは間違いであり誤解を招く」と述べた。

暴力が各地に広がる中、恐怖を感じた移民の間では避難の動きが始まっている。同国を拠点とする救援組織「ギフト・オブ・ザ・ギバーズ」によると、この1週間で、約8500人が仮設の避難センターや警察署に身を寄せたという。【4月18日 CNN】
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混乱の発端については、“一連の事件は、南アフリカの有力部族・ズールー族の王が外国人の排斥を黙認する発言、いわゆる「ヘイトスピーチ」を行ったと伝えられたことをきっかけに、扇動された住民が暴力行為を始めたとみられています。”【4月18日 NHK】とも指摘されています。

背景については、貧困・格差への不満が指摘されています。

****南ア 黒人住民が移民の店襲撃 死傷者も****
・・・・南アフリカは、アパルトヘイト=人種隔離政策を教訓にすべての人種が共存できる国を目指してきましたが、それにもかかわらず外国人の排斥運動が広がっている背景には、社会の格差が拡大して多くの黒人が貧しい生活を強いられ、不満がまん延しているためとみられています。【4月18日 NHK】
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一方で、こうした暴力・外国人排斥を批判する抗議行動も行われています。

****南アで移民への暴力事件が多発、ダーバンでは4000人抗議デモ****
・・・・事件を受けてダーバンでは16日、外国人労働者らを標的とした暴力に抗議するデモが行われ、地元住民や学生のほか、宗教の指導者や政治家など、約4000人が参加。「排外主義反対」「アフリカは一つ」などのスローガンを叫びながら、通りを行進した。【4月17日 AFP】
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2008年にもジンバブエ移民などへの暴力
南アフリカでの外国人排斥暴動と言えば、2008年にも主に隣国ジンバブエからの流入者を対象した暴力がありました。

当時、ジンバブエは天文学的な数字のハイパーインフレーションによる経済崩壊に加え、大統領選挙を力で乗り切ろうとするムガベ大統領支持勢力による野党支持者への暴力が吹き荒れており、ジンブブエから300万人にも及ぶ人々が南アフリカに移民・逃避していました。

南アフリカ側も低賃金労働者の確保のためにこうした流入を黙認していましたが、国内貧困層の間で「職を奪っている」との不満が高まり、その不満のはけ口が外国人への暴力となりました。
(2008年5月19日ブログ「ジンバブエ 決選投票は6月27日、国内外で続く弾圧・苦難」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080519
2008年5月20日ブログ「南アフリカ、イタリア 外国人排斥の高まり 憎しみ・差別の構図」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080520

****南アフリカ:移民への暴力事件多発…42人が死亡*****
南アフリカの最大都市ヨハネスブルクで今月半ば以降、ジンバブエなどからの移民に対する暴力事件が多発し、南部ケープタウンなどに飛び火している。

ロイター通信などによると、24日までに42人が死亡したほか多数のけが人が出ており、2万5000人以上が暴力を恐れて避難した。ヨハネスブルクには軍部隊が投入され、23日には男1人が射殺された。

事件は11日、ヨハネスブルク郊外の旧黒人居住区で発生。商店や自動車が燃やされ、外国人労働者が警察署に避難するなどした。23日にはケープタウン郊外のスラム街で暴徒が外国人住居などを襲撃。200人が逮捕され、外国人1200人が避難した。

外国人襲撃の背景には、24%に達する高い失業率や食糧価格の高騰など、生活条件の悪化への強い不満がある。隣国ジンバブエからの移民約300万人など相対的に低賃金の外国人労働者が、南アフリカの低所得者から「職を奪っている」として標的になっている。【2008年5月24日 毎日】
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2週間にも及んだ2008年の混乱は軍を動員しての鎮圧などで一応収束はしましたが、56人が死亡し、ジンバブエやモザンビークからの移民ら、外国人数万人が自宅を追われることになりました。

人々が物事を暴力で解決しようとする姿勢が背景にある
移民・外国人に矛先が向けられるのは、彼らが「職を奪っている」という貧困層の不満が背景にありますが、一方で、もともと南アフリカの治安状態は非常に悪いという現実があります。

****南アフリカの殺人発生率、過去2年で9%増****
南アフリカの殺人事件発生率がこの1年間で、1日あたり47件と急増した。警察当局が18日、統計を発表した。

警察当局の発表によると、14年3月までの12か月間に殺害された人は1万7068人で、前年比で5%増加した。
「前年より800件増加しており、非常に懸念している」とリア・フィエガ(Riah Phiyega)警視総監は述べた。

統計によれば南アフリカは世界で最も暴力犯罪の発生率が高い国のひとつ。また過去2年間で殺人事件発生率は9%以上増加している。殺人の犠牲者の大半は、貧困地区や黒人居住地域に暮らしている人々だ。

専門家によると、高い犯罪率は法の軽視に関連がある。

安全保障研究所プレトリア事務所のシャンドレ・グールド研究員は、1994年にアパルトヘイト(人種隔離政策)が廃止されるまで、「南アフリカ人には法を尊重する理由がほとんどなく、法の支配を信じる理由は全くなかった」と指摘する。

一方、発表された統計によると、10年単位では犯罪全体の発生率は減少傾向にある。【2014年9月20日 AFP】
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****4分間に1人の割合で発生 南アフリカ、強姦被害が深刻に****
南アフリカの司法長官は最近、同国で女性に対する暴力や強姦の件数が「警戒線」に達していると述べた。
英BBCの報道によると、南アで毎年報告される強姦事件は約6万件で、専門家らは「警察が把握していない事件も加えれば少なくとも60万件に上る」と指摘。

南ア医学研究委員会によれば、同国では4分間に1人の女性が強姦被害に遭っている計算となる。中国・人民日報が伝えた。

女性への暴力が南ア社会に大きな損失をもたらしている。

南ア医学研究会によると、16%の女性が強姦によってエイズウイルスに感染しているほか、予想外の妊娠、性病感染も多い。3分の1以上の強姦被害者がストレスによる障害を抱え、女性がうつ病にかかる割合と自殺、薬物乱用などのリスクが高まっている。

南ア医学研究会性別・健康研究センターの主任は、「こうした暴力文化の背景には南ア社会の男権主義があり、貧困と不平等も南ア社会で女性への暴力が多発する大きな要因だ。また飲酒や薬物乱用、銃の所持、政府の対応不足なども暴力を助長している」と指摘した。

こうした暴力は南アの青少年に悪影響をもたらす。南ア医学研究会では、11歳以上の男子の62%が強制的に性関係を持つことは合理的なことだと考えているとみている。【2013年02月27日新華網】
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****アパルトヘイトの負の遺産、私刑「ネックレス」が復活 南ア****
南アフリカ・ポートエリザベスのニュー・ブライトンタウンシップで、ここでは日常茶飯事と言ってもいい事件が起きた。2人組の男が年配女性の家に押し入り、テレビを奪った上、女性を守ろうとした間借り人を刺し殺したのだ。


翌朝、近所の人々は2人組の居場所を突き止めた。2人を引きずり出してそれぞれの首にタイヤをかけ、タイヤにガソリンを注いで火を付けた。(中略)

「ネックレス」と呼ばれるこの私刑は、アパルトヘイト(人種隔離政策)の負の遺産の中でも最も身の毛のよだつものだ。

少数白人政権との戦闘が激化した1980年代、タウンシップ(非白人居住区)では裏切り者に対してこの私刑が行われた。常習犯が「人民裁判」にかけられ、ネックレスの刑を執行されることもあった。

その「ネックレス」が、ここポートエリザベスでも、自警のための新たな手段として復活しつつある。タウンシップではもともと、警察力が遠く及ばないことへの強いいらだちがある。(中略)

■背景に暴力の歴史と警察不信
(中略)警察広報のグワブ氏は、ネックレス事件では住民同士が結託するため、過去のネックレス事件で逮捕者が出た事例は無いと話す。「われわれはこれまで、住民たちとの会合で、法の裁きを独自に下すことはできないと説明してきたのですが。(被害に遭った)住民たちは怒っていて聞き入れてくれないし、警察そのものを信用していないんです」(中略)

「この国が暴力の歴史を歩んできたこともあり、人々は政治家、役人、警察に自分たちの不満を聞いてもらうには暴力という手段しかないと感じているのです。(ネックレスは)政府庁舎に放火する、警察車両に投石する、道路をバリケードでふさぐなど、アパルトヘイト時代に用いられた暴力と同じパターンに属すると言えます」【2011年8月5日 AFP】
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南アフリカ社会に根深い暴力の蔓延の背景には“1994年にアパルトヘイト(人種隔離政策)が廃止されるまで、「南アフリカ人には法を尊重する理由がほとんどなく、法の支配を信じる理由は全くなかった」”“「この国が暴力の歴史を歩んできたこともあり、人々は政治家、役人、警察に自分たちの不満を聞いてもらうには暴力という手段しかないと感じているのです。”という、この国のアパルトヘイト時代からの負の遺産があるようです。

“さまざまな要因や動機があるにせよ、なぜ殺すのか。
デハース氏は、南アの凶悪犯罪や未解決事件の多さに言及し「犯罪者が罰を受けないという状況や、犯罪が文化のようになり、家庭や学校、職場などさまざまな場所で、人々が物事を暴力で解決しようとする姿勢が背景にあるのではないか」と言う。”【2014年4月23日 毎日】

【「黒人は、アパルトヘイトが撤廃された翌日には白人専用ビーチに入ることができたが、教育はそういうわけにはいかない」】
その負の遺産を助長しているのが、改善しない貧困、残存する人種間の経済格差、黒人間でも拡大する格差であることは言うまでもありません。

****格差のブドウ:南ア民主化20年/2 人種「平等」、経済はいつ****
・・・・1994年に全人種が参加する選挙が実施され、白人政権に代わりネルソン・マンデラ氏が大統領に就任。南アは民主化した。

与党「アフリカ民族会議(ANC)」率いる政権は、人種間の経済格差是正のため、黒人の経営参画や雇用促進を図り、黒人の間にも富裕層が生まれた。

このため、01年に白人の平均年間所得は黒人の8・6倍あったが、11年には約6倍にまで縮まった。
だが、国民の格差の状況を示すジニ係数は、南ア政府によると12年に0・69で世界トップクラスだ。

白人と黒人という既存の格差に加え、黒人の間で富裕層と貧困層の格差が生じている。貧困層の困窮状態は変わらず「底上げ」ができていないとの見方は根強い。

(中略)「利益を得ているのは白人農家。苦しんできた者たちは(民主化後の)新生南アフリカでも苦しんでいる」。同州パールにある農場労働者らの労働組合事務局で、ノージー・ピータース事務局長(59)が訴えた。

「人種差別がないというのは、同じレストランで誰もが食事できることだけを指すのではない。必要なのは経済的な平等だ」【2014年02月28日 毎日】
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「経済的な平等」「貧困の解消」を実現していくうえで最も重要なのが教育ですが、「黒人は、アパルトヘイトが撤廃された翌日には白人専用ビーチに入ることができたが、教育はそういうわけにはいかない」という困難さがあります。

****アパルトヘイト時代の経済格差を引きずる南アフリカ、最大の要因は「教育****
南アフリカでは、アパルトヘイト(人種隔離政策)が撤廃されて14年たった現在も、白人と黒人間の経済格差が縮まる気配はない。
 
30業種の組合「UASA」が前週行った調査では、白人の平均収入は黒人の4.5倍、カラード(混血)の4倍であることがわかった。

■一朝一夕には解消できない「教育格差」
調査書は、経済力の最大の決定要因は「教育」であると結論付けているが、アパルトヘイト時代の人種間の教育格差はそう簡単に解消されるものではないとの指摘がある。

「黒人は、アパルトヘイトが撤廃された翌日には白人専用ビーチに入ることができたが、教育はそういうわけにはいかない」と、調査に参加したあるエコノミストは言う。

南ア人種関係研究所によると、アパルトヘイト時代、白人はほぼ国際レベルの教育が受けられる学校や大学への入学資格があったのに対し、黒人は「教育を受けさせるほどの価値はない」とみなされていた。

政府は、そうした14年間の教育格差を埋めようと、黒人が多く通う学校への助成金を増やしたり、アファーマティブ・アクション(黒人の入学を優遇する措置)をとるなどの措置を講じている。

黒人の進学率が低い原因は、タウンシップ(旧黒人居住区)の教師の資質の低下に加え、社会問題がその背景にあるという。

また、親の進学の有無が子どもの進学にも影響を与えるという海外の調査もある。親が大卒だと、子どもも大学に進学する傾向が高いというのだ。

ステレンボッシュ大学のエコノミスト、Servaas Van der Berg氏は、教育のほかに、人口の分布や統計的な平均年齢にも目を向ける必要があると主張する。白人の多くが給料水準の高い都市部に住み、平均年齢も黒人より高い。平均年齢が高い分、収入も多いと同氏は指摘する。

■黒人への入学優遇措置でも進展なし
ルロフ・バーガー氏とレイチェル・ジャフタ氏が2006年に著した『Returns to Race: Labour Market Discrimination in Post-Apartheid South Africa(人種への回帰:アパルトヘイト後の南アにおける労働市場の差別)』も、経済格差が「人種差別」によるものではなく「教育」によるものだと論じている。 

両氏はアファーマティブ・アクションの効果について、「技能職では人種間格差がなくなりつつあるが、その他では目立った進展はない」と分析している。【2008年5月14日 AFP】
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いったん形成された格差は、「教育格差」を通じて、制度が改正されたのちも再生産されるということでしょう。

なお、「犯罪者が罰を受けないという状況や、犯罪が文化のようになり、家庭や学校、職場などさまざまな場所で、人々が物事を暴力で解決しようとする姿勢が背景にあるのではないか」という風潮、それを加速させる貧困・格差の問題は、南アフリカに限った話ではなく、アフリカで絶えない内戦・紛争、暴力の蔓延という現象に共通するもののように思えます。
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地中海難民船でおきた宗教対立

2015-04-17 22:13:48 | 難民・移民

(2013年10月5日 イタリア・ランペドゥーザ島の空港の格納庫に安置されたアフリカ難民船沈没事故犠牲者のひつぎ 【2013年10月6日 AFP】)

現代世界が対応を迫られている主要な問題のひとつが移民・難民の問題です。
よりよい生活を求めて国境を超える移民、身の安全が脅かされる地域から逃れる難民を生み続ける貧困と紛争・混乱をいかに克服するのか。
これら移民・難民をどのように受け入れるか、受入国側も治安や経済的・文化的軋轢から社会の変質も誘発されます。

高い所から低い所に流れる水のように、制約がなければ多くの人が貧しい国から豊かな国へ移動しますが、それを阻止しようとする「国家」の枠組みをどうのように考えるのかという話にもなります。(水と違って人は「どこで暮らしたいか」という意思もありますが)

もうひとつの大きな問題は宗教的不寛容による対立です。
イスラム社会と西欧社会の間の相互不信感、イスラム教における宗派対立・、イスラム過激派などによる残虐・非人道的行為・・現在起きている紛争の相当部分がこうした宗教的問題をはらんでいます。

この移民・難民の問題と宗教的不寛容という、現代の主要課題が凝縮したような悲惨な事件です。

****難民船でキリスト教徒12人突き落とし殺害か、イスラム教徒15人逮捕****
イタリアの警察は16日、リビアからイタリアを目指していた船の同乗者12人を海に突き落として殺害したとして、同船でシチリア島に到着した15人を逮捕したと発表した。

イスラム教徒の乗船者が、キリスト教徒の乗船者を殺害したとしている。

シチリア島パレルモの警察によると、105人を乗せたゴムボートは14日にリビアを出港。地中海を北へ向けて航行中に、コートジボワールとマリ、セネガルから来たイスラム教徒が、キリスト教徒12人を船から突き落したとされる。
ほかの乗船者も突き落とされそうになったが、「人間の鎖を作って必死に抵抗した」と話しているという。

イタリア海軍艦が同船を発見して乗船者をパナマ船籍の船に乗り換えさせ、同船が15日にパレルモに到着したところで容疑者が逮捕された。

死亡した12人はナイジェリアとガーナの出身だったという。

北アフリカや中東の紛争を逃れ、粗末な船で地中海を渡って欧州を目指す難民は後を絶たない。沿岸警備隊によれば、この1週間足らずの間だけで1万人が到着しているという。

船が転覆して死亡する難民も多く、昨年は少なくとも3200人が死亡した。国際移住機関(IOM)によれば、2000年以来の死者は2万2000人に上っている。【4月17日 CNN】
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難民船という極限状態で何がおきたのか・・・詳細はわかりません。

紛争の悪化や貧困などにより、中東・アフリカから密航船で欧州を目指す不法移民や難民の波は止まらず、地中海で遭難して多数が死亡する例も絶えません。気候が温暖になったこともあって、最近はとみに増加しています。

****イタリア漂着の難民激増 8480人救助、400人不明か****
アフリカや中東から欧州を目指す難民を乗せた船の沈没事故が激増している。

イタリア沿岸警備隊は、10日から13日の間に8480人を救助したことを明らかにした。13日だけで遭難船20隻からの救難信号を受信したという。

子ども支援団体「セーブ・ザ・チルドレン」の広報は14日、アフリカ北部リビアの沿岸から約130キロの地中海上で、550人を乗せた船が沈没し、400人が行方不明になった可能性があると語った。(中略)

地中海を横断してイタリアにたどり着く難民は急増を続け、沿岸警備隊の出動回数も増えている。
国際移住機関(IOM)によれば、今年1~3月にイタリアに漂着した難民は1万人を超え、4月に入っても最初の週末だけで約2000人がシチリア海峡で救助された。

ほとんどの難民は西アフリカ諸国やソマリア、シリアから、リビアを経由して来るという。

今年に入って少なくとも480人が地中海を航行中に、悪天候や密航手引き船の過密状態が原因で命を落とした。船長や船員が船を捨て、乗船者が自分たちだけで航行を強いられることもあるという。【4月15日 CNN】
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****地中海に急増する移民船 昨年は3500人死亡 受け入れに苦慮する欧州各国****
・・・・危険を冒して地中海を渡ってくるアフリカや中東からの不法移民が急増する中、欧州各国は難民の受け入れ対策に苦慮している。(中略)

イタリア沿岸警備隊は10日以降、周辺海域で集中的な移民船の捜索作戦を展開し、5日間で約1万人を救助したとしている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2014年に地中海を越えて欧州に渡った移民は前年比3倍超の21万8千人以上にのぼり、航海の途中で約3500人が死亡したとみられる。

英BBC(電子版)によると、欧州に向けて地中海を航海する難民は10年末に始まった「アラブの春」の混乱をきっかけに増加。シリア難民のほか、ソマリアやエリトリアなどアフリカの紛争国の難民も目立つ。

BBCは「欧州では難民受け入れの負担について各国の意見が一致しておらず、貧しい移民の権利を擁護するのは困難な状況だ」と分析している。【4月16日 産経】
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犠牲者の増加、欧州側の移民・難民船を厭う傾向に対し、ローマ法王は昨年11月には「(移民船の遭難が続く)地中海が巨大な墓地になるのは容認できない」と語り、移民の受け入れを促しています。

とは言え、“13日だけで遭難船20隻からの救難信号を受信”とか“5日間で約1万人を救助”とか、欧州側の玄関口ともなっているイタリアは大変です。

現実問題として、欧州各国で移民・難民増加に伴って反移民感情的な排外的雰囲気と政治動向が生じていることは、これまでも再三取り上げてきました。人道とエゴがせめぎあう問題でもあります。

ただ、それも移民・難民を大量に受け入れていることから起因する問題で、日本のように実質的に門を閉ざしている国とは全く事情が異なります。

****地中海での決死の亡命****
・・・・こうした一方で、日本の難民受入数が世界で最低水準であることが世界の複数メディアで報道されています。日本ではほとんど注目されていませんが、昨年の日本の難民申請認定数は5,000人の申請者中で11人しかおらず、トップのドイツの10万人と比較すると大変な格差となっています。

もちろん難民の事情も異なり、就労目的の難民申請が多いということもあって一概に日本の方針が間違いであるとは言えませんが、それでも難民申請の手続きの長期化と複雑化、そして審査基準の透明性については批判を浴びているところです。

難民問題に関しては国連難民高等弁務官事務所が中心となって取り組んでいます。日本は資金拠出で世界第2位と資金拠出の面では協力し、かつて緒方貞子さんが弁務官を務めるなどの貢献も果たしていますが、すでに難民キャンプで生活するなどして難民となっている者を別の国が受け入れる第三国定住プログラムなどをより積極的に行うなどの受入に向けた取組みも必要だと考えます。【4月15日 藤田憲彦氏 BLOGOS】
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移民・難民の受入は多くの問題を抱えることにもなります。実際、欧州各国がそれで苦しんでいます。
しかし、現実に困難に直面した人々が存在するときに門を閉ざしたままでいいのか・・・というのは、別次元の問題であるように思えます。

第三国定住については、日本も2010年~2012年にミャンマー難民約90名を受け入れる試みを行いましたが、2012年には“3家族16人を受け入れる予定であったが、全員来日を辞退”【ウィキペディア】というように、軌道に乗らなかったようです。

難民が日本での暮らしを考えるときに現実的選択肢から日本がはずれてしまうというのは、日本にとっても日本社会の在り方を再考する必要があるのかも。

宗教・宗派対立の方は、世界中で花盛り状態ですが、最近ではアルメニア人虐殺問題でのローマ法王のトルコを非難する発言、それに対する「法王は第一次大戦で死亡したトルコ人、イスラム教徒の悲劇は無視して、キリスト教徒、とりわけアルメニア人の苦しみだけを強調した」というトルコ側の怒りが話題にもなりました。
(4月13日ブログ“ローマ法王 「アルメニア人虐殺」問題に言及 「虐殺」を否定し続けるトルコ”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150413

その後も、トルコのエルドアン大統領は「発言は非常に残念。私は法王を非難し、同じような過ちを繰り返さないように警告する」「私は(法王を)聖職者と呼ばない。あえて政治家と呼ぶ」と、怒りはおさまらないようです。

冒頭の事件での犠牲者もナイジェリア人キリスト教徒のようですが、ナイジェリアを中心にテロ・拉致を続けるボコ・ハラムの問題、先日も取り上げたキリスト教国ケニアで襲撃事件を起こすアル・シャバーブの問題、何よりシリア・イラク・イエメンなど中東全域を巻き込んだスンニ派・シーア派の宗派対立と、サウジアラビア・イランの主導権争い、ISの他宗教・宗派への残虐行為・・・・等々、宗教的不寛容の問題はきりがありません。
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中国  鬱積する住民不満  社会運動を力で抑え、腐敗撲滅運動で国民へアピールする習政権

2015-04-16 23:22:31 | 中国

(13日から14日にかけて四川省内江市威遠県で行われた、コークス工場から出た異臭に抗議する数千人のデモ  【4月14日 City365】http://city365.ca/van/123497)

頻発する集団抗議・暴動
中国では住民による暴動が多発していると言われています。
また、その多くは、公金の横領、恣意的な規制や不公平な建設認可など、官僚の不正、党幹部の腐敗に原因があるとも言われています。

“昨今、中国で発生している暴動は1日平均500件、年間18万件である”【2012年9月7日 宮崎正弘氏 NEWSポストセブン】

“年間18万件”(2011年の数字のようです)という数字の信憑性についてはわかりません。
内容についても、どういうものを含むのか・・・おそらくストライキのような労働争議も含まれるのではないでしょうか。(中国では労働者のストライキ権利を認める明確な法規定はありません。ただ、厳格に禁止されているものでもないようです。)

中国政府の発表で、2000年代には毎年5万件ほどの「集団事件」と呼ばれる官民衝突や集団抗議等が発生しており、2005年には年間8万7000件、発生したと発表されました。その後、政府は暴動件数を発表しなくなっています。

おそらく、あまりの多さと増加傾向に、発表を躊躇するようになったのでしょう。
年間30万件といった数字もネット上では目にします。

正確なところはわかりませんが、国際的に報じられるようなもので見ても、いわゆる“暴動”が日常的に頻発していることは間違いないようです。

****中国で焼却場建設反対の住民1万人が警察署襲撃****
8日付の香港紙・明報によると、中国広東省羅定市で6、7日、ゴミ焼却場の建設計画に反対する住民がデモを行い、警官隊と衝突した。

6日には、集まった住民5000人近くに対し、警官隊が催涙弾や警棒で抑え込み、住民側に多数の負傷者や拘束者が出たという。翌7日には反発した住民1万人近くが、地元政府庁舎を取り囲み、警察署に乱入、警察車両をたたき壊すなどした。同市政府は7日、建設計画の停止を発表した。

中国では近年、ゴミ焼却場の建設に反対する抗議活動が多く、計画が相次ぎ中止に追い込まれている。【4月8日 読売】
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****工場の異臭に数千人抗議=警察と衝突―中国四川省****
中国メディアによると、四川省内江市威遠県で13日から14日にかけ、コークス工場から出た異臭に抗議し、学生や住民ら数千人がデモを行った。

デモ隊は警察車両をひっくり返すなどし、多数の警官と衝突。負傷者が出たほか、十数人が拘束されたとの情報もある。

異臭が出たのは10日。有害物質が漏れ出したとみられ、子供や高齢者が嘔吐(おうと)したり、倒れたりしたほか、工場近くの学校では生徒に発疹症状などが表れた。13日に行政の迅速な対応や工場の生産停止を求める住民が抗議活動を起こし、14日には学生らもデモに加わった。【4月15日 時事】 
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暴動ではありませんが、異様な集団抗議も報じられています。

****タクシー運転手30人が服毒騒ぎ=北京の繁華街で不満訴えか―中国****
中国北京市公安局の発表によると、北京市随一の繁華街・王府井で4日午前11時(日本時間同日正午)ごろ、タクシー運転手ら30人以上が地面に倒れているのを警官が発見した。

現場には農薬の入った瓶が転がっており、農薬を飲んで集団自殺を図ったとみられる。病院に運ばれたが、命に別条はない。

倒れていたのは、黒竜江省綏芬河市の運転手らで、タクシーの貸借などをめぐり不満を持ち、陳情のため北京に来たとされる。北京市公安局は黒竜江省の関係当局と連絡を取り、調査を進めている。

北京市では、多くの人が集まる天安門や国家指導者が執務する中南海付近などで、地方から来た陳情者らが集団で農薬を飲んだりする騒ぎが多発している。

多くは土地強制収用や立ち退きといった不満を訴えており、服毒で通行人らの関心を集めるとともに、当局に抗議の意思を表そうとしている。【4月4日 時事】
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【「共産党・政府は社会運動のうねりが広がることを警戒している」】
集団抗議が頻発し、それが治安当局との衝突のような形になりやすいことからは、住民の間で不満が鬱積し、マグマのように噴出しているように思われます。

それだけ、官僚の不正・党幹部の腐敗が蔓延し、経済格差や環境問題などの成長の負の側面が大きくなっているということでしょうが、そうした住民の不満を政治に反映するシステムが共産党一党支配のもとでは機能しいないことが、暴動等の直接行動に人々を駆り立てているようにも思われます。

共産党・政権側の対策としては、著しい経済成長によって国民を豊かにすることで、多少の問題については我慢させる・・・という方策もあるでしょう。

しかし、中国経済成長の減速が明らかになり、“新常態”への移行が課題となっている現状では、また、成長によるひずみが大きくなっている現状では、これまでのような効果は期待できません。

当然に、力で抑え込むという対応もあります。
実際、人々の不満・政権への批判を強めることになりかねない新公民運動や人権・民主化要求などに、習近平政権は前政権以上に神経質・強硬な対応をとっています。

****反セクハラ」で長期拘留=社会運動のうねり警戒―女性活動家釈放要求強まる―中国****
中国の北京、広州(広東省)、杭州(浙江省)で3月6~7日、バス・地下鉄など公共交通機関での痴漢などセクハラ行為を防止する活動を展開しようとした女性活動家5人が一斉に拘束され、「騒動挑発」容疑で刑事拘留処分になって間もなく1カ月が経過する。

内外の反発が高まる中、女性活動家を支援する人権派弁護士は「共産党・政府は社会運動のうねりが広がることを警戒している」と解説した。

今年は1995年に北京で開かれた「世界女性会議」(北京会議)から20周年の節目。当局は4月中旬までに、5人を正式逮捕するかどうか決定する方針だが、逮捕されれば、女性の地位向上を目指した北京会議の精神に反するとして国際社会の中国政府への批判がさらに強まるのは必至だ。

5人は李※(※=女ヘンに亭)※さん、王曼さんら。5人は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、セクハラ防止のスローガンを掲げようと計画したが、相次ぎ各地の派出所に連行された。

多くの家族は公安当局から刑事拘留通知を受け取っていないなど「法的手続きを踏んでいない」(担当弁護士)との批判も強まっている。

女性活動家はこれまで、女性トイレが男性に比べて少ないことなどを問題視し、「公共空間の男女平等」を訴えてきた。深刻な社会問題となっている痴漢やセクハラの防止にも取り組んできた。

欧米政府当局者や国際人権団体は女性活動家の早期釈放を求め、3月末までに1100人分を超える署名が北京市公安局や政府系女性団体・中華全国婦女連合会に送られた。これに対して中国政府は「どの国家の誰であろうが、中国に釈放を要求する権利はない」(外務省報道官)と突っぱねた。【4月4日 時事】 
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アメリカ大統領選に出馬表明したクリントン前国務長官が4月6日、「許せないことだ」と批判。ケリー国務長官も同10日、「誰もがセクハラや世界中の女性への不当行為に反対する権利があり、これに対する努力を強く支持する」として即時釈放を求めたように、この問題への国際批判が高まったこともあって、当局は一応“釈放”する形をとっています。

****女性活動家5人全員釈放=国際社会も要求、逮捕せず―中国****
中国でセクハラ防止や女性の権利向上を訴えようとし、3月上旬に相次ぎ公安当局に拘束され、「騒動挑発」容疑で刑事拘留処分となった女性活動家5人全員が14日未明までに釈放された。担当する弁護人が明らかにした。

国際社会も含めた早期釈放要求の高まりが、釈放につながったとの見方も出ている。

ただ人権派弁護士らによると、5人は不起訴処分になる正式な釈放ではなく、「取保候審」と呼ばれる条件付きの釈放。公安当局は、今後1年間にわたり監視を続け、5人の活動も制限される。支援者は5人について「罪名は成立しない」として「容疑者」扱いしないよう強く要求している。(後略)【4月14日 時事】 
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このように力による封じ込めは、なにかと国際的にも問題になりますし、住民不満を押さえつけるばかりでは国内社会にも険悪な雰囲気が漂い、やがては大きな爆発を起こしかねない・・・ということもあります。

【「トラ退治・ハエ叩き」に「キツネ狩り」】
そこで習近平政権が力を入れているのが、官僚の不正・党幹部の腐敗を一掃しようという綱紀粛正・腐敗撲滅の取り組み「トラ退治・ハエ叩き」です。

住民不満の原因を取り除くということで、しごくまっとうな対応ですし、これをやらないと共産党政権がもたない・・・という危機意識も世間側にあっての取り組みです。

最近は「キツネ狩り」にも力を入れています。

****中国「反腐敗」の照準、国外に 逃亡官僚、昨年は680人摘発****
中国の習近平(シーチンピン)指導部は、官僚の汚職撲滅を目指す「反腐敗」の照準を国外に向け始めた。

国外に逃亡する官僚が後を絶たず、不正に持ち出された資産も膨大な金額に上るとされる。取り締まりをアピールする背景には、政権の求心力アップの狙いもありそうだ。

中国公安省は今月から、「キツネ狩り2015」と称して、国外に逃げた容疑者の捜査強化キャンペーンを始めた。狙いは、公金の着服や収賄などに手を染めた腐敗官僚の摘発だ。

習指導部は昨年7月から年末にも同様のキャンペーンをし、69の国と地域に逃げた680人を摘発した。

腐敗官僚の国外逃亡は1990年代から話題になってきた。中国メディアによると、中国が米国に捜査の協力依頼をした官僚だけで1千人を超え、汚職官僚が国外に不正に持ち出した資産は5千億元(約10兆円)に上るともいわれる。(後略)【4月7日 朝日】
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ただ、薄給の公務員が地位を利用した汚職等でカネを稼ぐというのはこれまで極めてノーマルなことだっただけに、役人の間では「次は自分では・・・」という不安感が募っている、あるいは、「何かすると利権目当て思われたり、目立って摘発されやすくなったりするので、何もしない」という無気力が広まっているという副作用も出ているようです。

****中国の「反腐敗」次官級以上の摘発100人に 地方元公安トップは殺人容疑 「次は自分…」と怯える高官ら****
中国紙「新京報」など複数の中国メディアは22日、内モンゴル自治区政府の諮問機関、政治協商会議の前副主席、趙黎平氏(63)が殺人容疑で公安当局に拘束されたと伝えた。

習近平政権は2012年11月に発足後、「トラもハエもたたく」と宣言し、全国で反腐敗キャンペーンを展開しており、趙氏が失脚した100人目のトラ(次官級以上の幹部)となった。

吹き荒れる腐敗撲滅の嵐は今後も続くとみられ、多くの共産党幹部は「次は自分の番ではないか」と戦々恐々としている。(中略)

中国では最近、知名度の高い幹部が党の規律部門に目を付けられることが多い。15日に失脚した雲南省副書記の仇和氏も「勇気ある改革者」としてよくメディアに取り上げられていた。

党関係者は「知名度が高い幹部は敵が多い。摘発すると、メディアの扱いも大きいから狙われる」と指摘した。そのため、目立つ仕事をすれば捜査対象になる可能性が高いとして、共産党幹部の間では仕事への意欲を失い、怠惰になる傾向が広がっているという。

習政権が僅か2年余の間に100人の高官を摘発したことについて、北京の人権派弁護士は「常識的に考えられない速いペースだ。ずさんな捜査が行われた可能性がある」と指摘する。

また、捜査対象となったのは胡錦濤前主席や江沢民元主席の派閥の関係者が多く、習派の太子党に連なる人脈はほとんどいないことから、「政敵排除だ」といった批判も出ている。【3月22日 産経】
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今後、軍部の反撃・党内抗争激化も
それでも習近平政権は「トラ退治・ハエ叩き」に邁進しています。
特に、トラ退治は国民へのアピールにもなりますし、政敵排除の権力闘争手段としても有効です。

胡錦濤前政権で軍制服組の最高位を務め、江沢民元国家主席に近いとされる郭伯雄・前中央軍事委員会副主席(72)の身柄を拘束し、汚職の疑いで取り調べを始めたことが明らかにされています。

郭氏と同じ時期に軍事委副主席を務めた徐才厚氏(今年3月に死亡)は昨年夏にすでに党籍を剥奪されており、前政権を支えた制服組のツートップがともに失脚するという異例の事態になっています。

トラ退治は国民受けはいいですが、敵対勢力との抗争を激化させることにもなります。

****郭伯雄氏失脚 中国の習体制、大きな賭け 胡錦濤時代の軍制服組ツートップを排除し基盤固め 党内抗争の激化は必至****
中国の習近平指導部が昨年夏に党籍剥奪した徐才厚上将に続き、郭伯雄上将をも拘束したのは、軍掌握に向けて大きな賭けに出たといえる。

胡前政権を支えた2人の軍首脳をともに汚職の名目で排除し、胡錦濤時代の10年間の中国人民解放軍のあり方を否定したことで、長老たちが反発して党内抗争が激しくなることが予想される。また、軍内部には郭氏の息がかかった高官が今も数多くおり、今後、粛清の拡大で現場が混乱する可能性もある。(中略)

習指導部はこれまで、30人以上の将官級幹部を汚職容疑などで立件したが、100人以上に拡大するとの見方もある。また、身の危険を感じた軍幹部が結束して反撃に出る可能性もあり、今後の展開は予断を許さない状況だ。

一方、習氏が反腐敗の名目で党や軍の大物を次々と失脚させる強引な手法に対し、江沢民、胡錦濤両氏は不満を募らせているとの情報もある。8月に河北省の避暑地、北戴河での会議で長老と習派が対決する場面が出てくる可能性もある。【4月16日 産経】
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粛清運動で、軍部だけでなく国有企業など広い分野で敵を作っている習近平主席には常に暗殺の危険があり、食事やお茶など口に入るものすべてに毒味役が付いており、また、中南海のどの建物のどの部屋で就寝しているかも秘密にされているそうです。実際にこれまで何度か暗殺計画があったとか。【4月号 選択より】

住民不満対策としては、経済成長、力による封じ込め、腐敗撲滅運動以上に根本的な対策として、住民の声・批判が政治に反映するような政治システムに転換するという方策がありますが、当然ながら党指導部の選択肢には入っていません。
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混迷の度を深めるイラク・シリア情勢  アルカイダ系「ヌスラ戦線」の台頭など

2015-04-15 23:35:51 | 中東情勢

(シリアの勢力図 【3月14日 毎日】)

イラク:宗派対立を抑えられるかが今後のカギ
周知のようにイラク軍は先月末、中部の要衝ティクリートをISから奪還しました。

****ティクリートをイラク軍が奪還 IS、昨年6月から占拠****
イラクのアバディ首相は3月31日、中部ティクリートを政府軍が制圧したと発表した。昨年6月以来、過激派組織「イスラム国」(IS)に占拠されていた。

イスラム教スンニ派が多数を占める地域で、政府軍が主要都市を奪還したのは初めて。スンニ派に根ざすISの攻略で成功例になると期待される一方、市民の犠牲が新たな宗派対立の火種になる恐れもある。

アバディ氏は声明で「ティクリート作戦の成功を他の地域でも繰り返す」と表明。ISの主要拠点である北部モスルの奪還に向けた足がかりとしたい考えだ。

ティクリートはフセイン元大統領の出身地として知られ、モスルや石油施設が集まるバイジに直結する幹線道路沿いの要衝都市。スンニ派が多数を占め、スンニ派国家の建設をめざすISに共鳴する住民も少なくない。シーア派主導の政府が率いる作戦は「侵略」と映る恐れもあった。

政府軍が奪還作戦を開始したのは3月初め。10日ほどで主要部を包囲したが、シーア派民兵がスンニ派住民やモスクに対して過剰な攻撃をしたとの報告も相次いだ。

3月下旬には、米軍などが空爆に参加。シーア派民兵の前線からの撤退をイラク政府に要求したとされる。政府が地元住民の支持を得られるかどうかが、作戦の成否を左右するカギになりそうだ。【4月1日 朝日】
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イラク政府は、ティクリートを完全に制圧したうえで、ISの最大拠点となっているイラク北部の都市モスルの奪還に向けた作戦の準備を本格化させるものとみられています。

ただ、モスルは首都バグダッドに次ぐ人口200万の大都市で、ISの戦闘員が大勢集結しているとみられるうえ、シーア派中心の政府軍に反感を持つスンニ派の住民の中にはISを支持する人たちもいるため、奪還作戦はティクリート以上に難航することも予想されます。【4月2日 NHKより】

ティクリートでは懸念されていたシーア派民兵による略奪行為等も報じられており、今後の対応が求められています。

****<イラク>スンニ派議員ら略奪や放火被害 ティクリートで****
・・・・ロイター通信などによると、シーア派民兵や政府軍兵士らはティクリート奪還後、少なくとも数百軒の商店や住宅に押し入り、衣類や日用品、家財道具を奪って建物に放火した。壁や窓にシーア派民兵組織の名称を落書きする例もあった。

アバディ首相は地元住民らの苦情を受け、略奪行為の中心になっていたとみられるシーア派民兵をティクリートから撤収させると約束。民兵らの大半は4日に撤収した。(後略)【4月6日 毎日】
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一方、アメリカ、イラン双方がティクリート奪還への貢献をアピールしており、その主導権争いも今後の展開に影響しそうです。

****ティクリート解放は「空爆支援の成果」米が誇示****
イラク中部ティクリート中心部をイラク軍が解放したことについて、オバマ米政権はイスラム過激派組織「イスラム国」掃討を目指す米軍主導の有志連合による「空爆支援の成果」と誇示している。

アーネスト米大統領報道官は3月31日の記者会見で、「(米軍主導の)有志連合の空爆による支援で進撃できているのは明らかだ」と述べた。(後略)【4月1日 読売】
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****<イラン>イラク・ティクリート奪還に祝福の声明****
イラン政府は3月31日、イラク政府側がイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)から同国北部ティクリートを奪還したことを受け、「イラクの軍や国民、部族兵の勇敢な勝利」と祝福する声明を発表した。

イランは要衝ティクリートでの戦いを積極的に支援しており、自国の成果として中東地域での存在感をアピールした形だ。【4月1日 毎日】
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巻き返しをはかるIS
いずれにせよ、アメリカ等の有志連合とイランの支援をうけてのイラク軍の攻勢で、ISはその支配地域を狭めているとの見方があります。

****IS、イラクでの支配地域25~30%失う 米国防総省****
米国防総省は13日、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に対する有志連合の空爆とイラク軍の攻撃を経て、ISがイラク国内での支配地域の「25~30%」を失ったと発表した。

数か月前、ISはイラク北部及び西部の広い地域を支配下に置いていたが、米軍主導の有志連合による空爆作戦とイラク軍の進撃を受けて、ISはイラク国内での掌握力を弱めているという。(中略)

ウォーレン報道官によると一方、シリアではISは地上での影響力を維持しており、北部アインアルアラブ(クルド名:コバニ)周辺の支配は最近失ったものの、中部ホムスや首都ダマスカス、ダマスカス南部のヤルムークにあるパレスチナ難民キャンプでの支配を強めている。【4月14日 AFP】
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しかしイラクにおいても、ISは巻き返しの動きも見せています。

****イラク西部ラマディでISIS攻勢、まもなく陥落か****
イラク西部アンバル州の議会幹部は15日、イスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が数時間以内に同市を完全に制圧する可能性があると述べ、中央政府や米軍に助けを求めた。

同幹部はCNNに、政府軍があとどれくらい持ちこたえられるか分からないと訴えた。そのうえで政府からの兵員増派と、米軍主導の有志連合による空爆支援を要請した。

ラマディは首都バグダッドから西へ約110キロの位置にある要衝。ISISは昨年、市内の一部地域を占拠し、その後も激しい攻撃を続けてきた。

ISISは数カ月前に同市から南方へ向かうルートを支配下に収め、先週から今週にかけて市の東側と北側の地域を掌握。政府軍は唯一残された西側でも苦戦を強いられているという。

米軍は数週間前から、同市周辺でISISの拠点を狙った空爆を実施している。【4月15日 CNN】
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****イラク情勢 劣勢のISが巻き返し図る****
・・・・これに対し、ティクリットから撤退したISは、北におよそ40キロ離れたベイジにある国内最大の製油所に攻撃を仕掛けるなど巻き返しを図っており、予断を許さない状況が続いています。

またISは、北部の遺跡を破壊したとする映像をインターネット上に相次いで公開しており、力を誇示する思惑があるとみられます。(後略)【4月15日 NHK】
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情勢が不透明なイラク情勢ですが、シリアの情勢は更に混沌としています。

アサド政権、欧米が支援する自由シリア軍など様々な反政府勢力、クルド人勢力、アルカイダ系イスラム過激派組織「ヌスラ戦線」、さらにはISが入り乱れての戦いを続けています。

ISが首都ダマスカス郊外のパレスチナ難民キャンを制圧したという話は、4月10日ブログ「イエメンでも、シリアでも、戦闘激化で逃げ惑う人々」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150410でも取り上げたところです。

シリアで存在感を強める「ヌスラ戦線」 反政府勢力を結集
イスラム過激派としてはISが世界的に注目されていますが、侮れないのがアルカイダ系「ヌスラ戦線」の存在です。

****<シリア>アルカイダ系勢力、北部イドリブ制圧****
シリアの国際テロ組織アルカイダ系勢力「ヌスラ戦線」など反欧米の反体制派混成部隊は28日、アサド政権の支配下にあった北部イドリブを制圧した。ロイター通信などが報じた。

シリアの全14県のうち、アサド政権が県都の支配権を失うのは、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)が実効支配するラッカに次いで2カ所目。

米軍主導の有志国連合がISへの空爆を続ける中、ヌスラ戦線はアサド政権や親欧米反体制派との戦闘を優位に進め、支配圏を拡大しつつある。(中略)

ヌスラ戦線は昨年後半、親欧米の反体制派を次々と破り、武器などを奪って勢力を拡大。余勢を駆ってイドリブ中心部に迫っていた。

イドリブ県は、政権側と反体制派の激戦が続くアレッポ県や、アサド大統領一族の出身地であるラタキア県に隣接しており、政権側にとってヌスラ戦線の勢力拡大は脅威になりつつある。

ヌスラ戦線はISの前身組織から派生したが、2013年4月にIS側との合併を拒否して関係が悪化。独自の反体制派組織として、アサド政権、親欧米反体制派、IS、クルド人勢力とそれぞれ敵対している。【3月29日 毎日】
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注目されるのは、上記記事の“反体制派混成部隊”という言葉です。
「ヌスラ戦線」は単独ではなく、「司令部」のもとに他の勢力を結集して軍事行動を進めているようです。

****アルカイダ系の意外な指導力****
シリア アルヌスラ戦線の共闘の呼び掛けに応えて、反政府勢力が結束の兆しを見せている

・・・・その混乱に乗じて反アサド勢力の中で台頭しているのが、国際テロ組織アルカイダ系の武装勢力「アルヌスラ戦線」だ。

アルヌスラ戦線はISISの脅威と、穏健派反政府勢力の弱体化に付け込んで成長してきた。他の反政府勢力と手を組む戦略で成功を収め、そうした組織の多くをアサド後のシリア政府に迎え入れることに前向きだ。

アルヌスラ戦線は先月、イスラム過激派を含む他の武装勢力と同盟を結び、「司令部」を通じて協調。北部の要衝イドリブを制圧し、戦略の有効性を実証した。(中略)

アルヌスラ戦線の軍指導者はイドリブ攻勢で主導的役割を果たしたが、他の武装勢力に指揮を執らせることもいとわなかった。

過激派からイスラム穏健派勢力まで幅広い相手と手を組み、「総司令部」に迎える際も忠誠を誓うことを要求しない。アルヌスラ戦線のような比較的小規模な勢力が勝利できたのは、そうした柔軟さのおかげた。

アルヌスラ戦線の正確な戦力は不明だが、シリア国内に5000~8000人の戦闘員がいるとされる。政府軍の約15万人、ISISの推定動員力約3万人と比べれば少ないが、軍事戦略のおかげで、反政府勢力のなかでも特に強力な組織とリソースを共有できる。(中略)
 
単独統治は望んでいない
他の勢力との共闘は、シリア内戦初期からの戦略だった。アルヌスラ戦線は強硬派のイスラム過激派組織だが、単なる極端な宗教支配の推進者ではなく、シリアの守護者とのイメージをアピールしている。

「シリア反体制派の問では、アルカイダのようなイスラム過激派を除けば、見た目もレトリックも同じイスラム同士という雰囲気が増している」とリスターは指摘した。「その一方で、どんなシリア人もシリア人のアイデンティティーを第一に考えていることに変わりはない」
 
シリア政府軍やISISと違い、アルヌスラ戦線の戦闘員の大部分はシリア人なので、イデオロギー基盤が異なる反政府勢力であっても「反アサド」という軸で軍事的に連携することに前向きだ。

対照的に、政府軍は隣国レバノンのシーア派武装組織ヒズボラのとイラン軍の支援を受け、ISISも戦闘員の約
65%を外国人が占めている。 

問題は、アルヌスラ戦線がシャリーア(イスラム法)の厳格な解釈に基づく統治をしたら、他の反政府勢力が参加するかどうかだ。(中略)

イドリブ進軍の同盟が結ばれると、アルヌスラ戦線は「司令部」にシャリーア委員会を加え戦闘中にもアルカイダ流の解釈が守られるようにした。

委員会は「司令部」メンバーが遵守すべき「十戒」を加えた。民間人を巻き添えにしない、爆撃は市外からのみとする、などだ。

13年12月、アルヌスラ戦線の指導者アブ・ムハマド・アルジヤラニは衛星テレビ局アルジヤジ上フのインタビューで、「解放」のお膳立てが整ったときにアルヌスラ戦線単独でシリアを統治するつもりはないと公言。
代わりに複数の反体制指導者による包括的政府を樹立し、アルカイダの解釈に基づくイスラム法支配を目指すとした。

「シリアにおける戦略は、連携する他の反政府勢力と共に共同統治の創出を促し、アルヌスラ戦線がかなりの影響力を持ち、自らのイスラム法解釈に基づく思いどおりの統治を実現できるようにするというものだ」とカファレラは言う。
「アルヌスラ戦線は統治実現の中心勢力になるのを望んでいるが、単独統治を望んでいるわけではいない」

共闘と決別を繰り返してきたシリアの反政府勢力が「反アサド」で結束すれば、シリア内戦の流れは大きく変わるかもしれない。【4月21日号 newsweek日本版】
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自分たち以外はすべて敵とみなすISとは戦略が大きく異なるようです。 

イスラム穏健派と過激派の境は非常に曖昧だということはかねてより指摘されているところで、シリア人による「反アサド」連合を「ヌスラ戦線」が構築できれば、確かに大きな影響を持つでしょう。

なお、イドリブの攻防では、アサド政権側は隣国トルコ・エルドアン政権が過激派を支援したとして怒りを見せています。

****アルカイダ系が制圧 シリア北部の要衝****
・・・ロイター通信やAFP通信、アラブ紙のハヤトなどによると、戦闘は3月28日まで5日間続いた。連合部隊は約7千人で、イドリブを防衛していた政権軍の約4500人を上回り、トルコ経由で届けられた300万米ドル(約3億6千万円)相当の最新兵器を備え、政権軍を圧倒したという。

シリアのアサド大統領は29日に米CBSが放映した米ジャーナリストとのインタビューで、トルコのエルドアン大統領を名指しし、「日常的に、反政府勢力を物資、軍事両面で直接支援している」と批判した。またロイター通信によると、政権軍関係者はイドリブ撤退後、「トルコとヨルダンが作戦立案から実行まで、過激派組織を支援した」と述べたという。【4月1日 朝日】
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クルド人勢力も地歩を固める
一方、クルド人勢力も勢力を強めています。

****対「イスラム国」でクルド台頭=4勢力せめぎ合う―シリア内戦4年***
2011年の民主化要求運動「アラブの春」をきっかけに、シリアでアサド政権に対する大規模抗議デモが発生してから15日で4年。政権と反体制派に過激派組織「イスラム国」を加えた三つどもえの構図で21万人以上の死者が出た内戦は、新たにクルド人勢力が台頭して4勢力がせめぎ合う展開となり、一層複雑化している。

クルド人勢力は現在、シリア北部ラッカを「首都」とする「イスラム国」と北東部の支配圏をめぐり激しい争いを繰り広げる。

クルド人勢力は従来、シリアで拡大する内戦と距離を置いてきたが、「イスラム国」に基盤を脅かされ、全面参戦に転じた。

北東部ではキリスト教少数派のアッシリア人が「イスラム国」に迫害され、その「守り手」としても存在感を高めている。

クルド人勢力はこれまでに、「イスラム国」との対抗上、トルコ国境の町アインアルアラブの攻防戦などで反体制派と協力する局面もあった。しかし、アサド政権打倒の動きを見せておらず、反体制派との協力は限定的なものにとどまっている。【3月14日 時事】 
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アサド政権とも協力すべきだという声も
混戦のなかで、シリア政府軍による化学物質を含んだ「たる爆弾」の使用も指摘されています。

****シリア政府軍、北西部で化学兵器使用か HRW報告****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は14日、シリア北西部イドリブ県で先月、同国政府軍が民間人に化学兵器を使用した可能性が大きいとの見解を示した。

HRWは、イドリブでの目撃証言とこれまでに収集された証拠は、シリア政府軍が民間人に対し有毒な化学物質を使った「たる爆弾」を数回にわたり使用したことを「強く」示唆するものだと発表した。

HRWによると、先月のイドリブでの激しい戦闘の際、政府軍は反体制派の支配地域にヘリコプターで爆発物を入れたたる爆弾を投下した。

一方、シリア治安当局の幹部は「被害を受けた反体制派のうそ」だとして、HRWの主張を否定した。

HRWは、使用された化学物質を特定することはできなかったが、シリア市民防衛団のボランティアらが攻撃があった現場でたる爆弾の残骸を発見し、犠牲者の衣服からは塩素ガスの臭いがしたと話したと述べている。【4月15日 AFP】
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甚だ不透明な混戦状態のなかで、ひとつはっきりしているのは、欧米が支援している穏健派自由シリア軍の影の薄さでしょう。

****シリア内戦 国連が再び和平調停へ****
泥沼化したシリアの内戦の終結に向けて、国連がアサド政権や反政府勢力、それに関係国の代表をスイスに招いて再び調停に乗り出すことになり、過激派対策を優先するにはアサド政権とも協力すべきだという声が上がるなか、事態の打開につながるのか注目されます。

シリアでは、アサド政権と反政府勢力のほかに過激派組織IS=イスラミックステートなども加わって泥沼の内戦が続いていて、この4年間で21万人以上が死亡、400万人が難民として国外に逃れたとみられています。

国連は去年、内戦の終結に向けてアサド政権と反政府勢力をスイスのジュネーブに招いて調停を試みたものの不調に終わり、その後、ロシアによる調停も停滞しています。

こうしたなか、国連のデミストラ特使が来月初めから再びシリアの各勢力や関係国の代表をジュネーブに招いて新たな調停に乗り出すことになりました。

国連のデュジャリック報道官は14日、「デミストラ特使はシリアや関係国の代表を個別に招き、内戦の終結と政治的な安定に向けた対話を始める」と述べ、当面は関係者が一堂に会する国際会議を開催するのではなく、個別に会談を重ねて調停に当たるとしています。

国際社会がISなどの過激派対策に追われ、各国でアサド政権とも協力すべきだという声が上がるなか、国連による新たな調停が事態の打開につながるのか、注目されます。【4月15日 NHK】
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このままでは、もしアサド政権が倒れることがあるとすれば、そのときの支配者はISかヌスラ戦線でしょう。
自由市アリア軍が“死に体”化している今、以前から再三指摘しているように、アサド政権抜きにシリアの安定はあり得ないと思われます。
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ケニア  大学襲撃事件後も残る緊張・不安 杜撰な治安態勢 ソマリア難民の本国送還の動きも

2015-04-14 23:00:58 | ソマリア

(ケニアのダダーブ難民キャンプに暮らすソマリア難民 “UNHCR UN Refugee Agency” https://www.flickr.com/photos/unhcr/14454904333/in/photolist-o2kasv-qTeSsz-qALPCR-qT9FY5-qAEKKU-pWrSQ2-pWrUd2-qT51g6-qQW9M7-qT9GVq-qADK3S-qT51HD-qADKpU-pEFwoF-pEKJ4d-pobVUg-pCA22h-poeofC-oHPXSu-pobVUX-poh2dJ-poh2hS-pEFwnt-pCA1ZJ-pof52v-pCA1Zd-pof52a-poeofs-poeocG-poh2iy-pWdZGL-pzU6Fn-pzZC2y-pS9VCH-oVxg2G-oVAnep-qALPvX-qALSjc-qT54ax-pWsBW2-qAFiJy-pWewLE-qQWGmQ-pWsr8i-pWsrSK-qT5xZX-q6mJTd-qQWF3h-pWsCvZ-qABYHo

緊張・不安が引き越すパニック
アフリカ東部・ケニアでは、ケニアでは、今月2日に北東部ガリッサでソマリアのイスラム過激派組織「アル・シャバーブ」が大学を襲撃、148人(147人とする報道も そのほとんどが学生)が死亡する大規模テロがありました。

半日以上大学に立てこもった武装集団は、学生にイスラム教の聖典コーランの一節を暗唱させるなどしてイスラム教徒と確認できた学生は見逃し、暗唱できなかったキリスト教徒の学生らは殺害したと報じられています。【4月3日 読売より】

“「おまえはイスラム教徒かキリスト教徒か」。過激派はこう叫びながら、約800人が暮らす学生寮の部屋のドアをたたいて回り、キリスト教徒を選別して殺害していったという。”【4月3日 産経】とも。

なお、ケニアは人口の8割以上がキリスト教徒で、イスラム教徒は1割程度と少数派です。

事件後も残る緊張・恐怖は、新たな事故をも引き起こしています。

****電気爆発を襲撃と勘違い、学生パニックで150人死傷 ケニア****
ケニアのナイロビ大学で12日未明、電気系統の爆発をスラム過激派による襲撃と勘違いした学生らがパニックに陥り、建物から飛び降りるなどして1人が死亡、約150人がけがをした。

同大学の副総長がAFPに語ったところによると、死亡した学生は宿舎の5階部分から飛び降りた。現場では逃げようとした学生が押し合いになる事態も発生。負傷者の大半は軽傷だが、20人が病院で治療を受けている。(後略)【4月13日 AFP】
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2日に悲惨なテロで“地獄”を経験したばかりですので、爆発音でパニックになるのも無理からぬところです。

【「(助ける努力が)少なすぎるし、遅すぎる」】
ケニアは2011年、国家破綻状態の隣国ソマリアに展開するアフリカ連合(AU)の平和維持部隊に部隊を派遣。アル・シャバーブが占領していた町を奪還するなど、ソマリア政府のアル・シャバーブ掃討作戦に協力しています。

このため、2013年には首都ナイロビの高級ショッピングモールをアル・シャバーブが襲撃して立てこもり、買い物客ら60人以上が死亡するなど、アル・シャバーブによる「報復」テロが相次いでいます。

住民の安全に加えて、観光を基幹産業のひとつとすることもあって、ケニアにとって治安の問題は重要課題となっており、2日のテロの前日に大統領が安全宣言を行ったばかりでした。

****安全」アピール、面目失う=アルシャバーブ、テロ拡大の兆候―ケニア****
ケニア東部ガリッサで大学がソマリアのイスラム過激派アルシャバーブの武装集団に襲撃され147人が死亡した事件は、国内の安全をアピールして観光や投資の回復を目指していたケニヤッタ大統領にとっては面目を完全につぶされる痛打となった。治安維持への甘い姿勢が改めて露呈し、内外の批判が強まりそうだ。

AFP通信によれば、大統領は事件前日の1日、ケニアは「世界のいかなる国と比べても同じぐらい安全だ」と豪語したばかりだった。しかし、実態はその言葉とは程遠かった。

ロイター通信によれば、ソマリア国境から150キロしか離れていないガリッサではテロリストと疑われる不審な人物が目撃されており、大学が近いうちに襲われるのではないかと警告する向きもあったという。

それにもかかわらず、英BBC放送によると、大学を警備していたのは校門にいた武装警官2人だった。その2人も犯行グループに直ちに射殺された。

大統領は事件を受け、治安要員の不足を認め、警察官1万人を徴募する方針を示したが、付け焼き刃の感は否めない。【4月3日 時事】
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“事件当時、大学から避難していた女子学生の話では、「大学内で見知らぬ男たちがいる」との不審情報が先月30日ごろから大学当局に寄せられ、学長の判断で臨時休校の措置が取られた。しかし、学内には学期中で学生たちが残っており、今回の事件に巻き込まれたようだ。”【4月3日 産経】とも。

学生たちが学内に残っていたのは、学生寮に居住している訳ですからやむを得ないところでしょう。
問題は当局の警備態勢・事件対応です。

****ケニア大学襲撃、特殊部隊の到着は7時間後 記者らより遅いと批判****
ケニア北東地域ガリッサ(Garissa)で大学が襲撃され学生ら148人が殺害された事件で、ケニア当局の特殊部隊が現場に到着したのは事件発生から既に7時間が経過した後だったと、地元各紙が5日報じた。政府は対応に問題はなかったと主張している。

主要紙デーリー・ネーションによると、首都ナイロビにある精鋭治安部隊「レキ中隊」の本部では、2日未明にガリッサ大学が襲撃されたとの一報が入ると同時に警報が鳴っていた。

ところが、主要部隊がガリッサ大学に到着したのは間もなく午後2時になろうとする頃だった。報道によれば、ナイロビからガリッサへ向かう飛行機の第一便には、ジョゼフ・ヌカイセリ内相と警察幹部が搭乗していたという。

一方、事件一報を聞いてナイロビから365キロの道のりを車でガリッサまで移動したジャーナリストたちの中には、空路を使った特殊部隊より先に現地に到着した記者が何人もいた。

「もはや犯罪レベルの怠慢だ」とデーリー・ネーション紙は5日の社説で指摘。「襲撃犯らは、ゆっくり時間をかけて明らかに楽しみながら大勢の学生たちを射殺していた」との生存者たちの証言を紹介した。

また、英字紙スタンダードは、特殊部隊の隊員が任務中に居眠りしている風刺画を掲載した。風刺画では、いびきをかいて寝ている隊員が「テロの脅威」と書かれたヘビに噛みつかれて飛び起き、その傍らで犬が「(助ける努力が)少なすぎるし、遅すぎる」とほえる様子が描かれている。

アミナ・モハメド外相は4日、AFPの取材に「テロとの戦いはゴールキーパーのようなものだ。100回シュートを防いでも誰も覚えていないが、たった1回の失敗は忘れない」と述べ、政府の対応を擁護した。【4月6日 AFP】
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アミナ・モハメド外相の発言はもっともではありますが、残念ながら“たった1回の失敗”ではないところに問題があります。

2013年のナイロビ・ショッピングモール襲撃事件でも治安部隊の“お粗末さ”が指摘されています。

****ケニア襲撃事件のお粗末な「真相****
市民61人が犠牲になったショッピングモール襲撃事件、ケニア兵士の恥ずべきパフォーマンス

人質を取って立て籠もった武装勢力の制圧は困難を極めたが、治安部隊が4日目に建物に突入。最大15人ほどのテロリストは市民61人を殺害した後、追い詰められて放火し、建物の一部が崩落した──。

これが先月、ケニアの首都ナイロビのショッピングモールを隣国ソマリアのイスラム過激派アルシャバブが襲撃した事件の「公式」な説明だ。

だが実態はかなり違ったようだ。当局は数カ月前から寄せられていたテロ情報を見逃しており、襲撃犯の数はわずか4人だった可能性もある。正規の治安部隊は何時間も現場に現れず、非番の警官が自警団らと協力して市民の救出に当たった。

建物を制圧した治安部隊は店内の商品を略奪し、バーでビールをあおっていた。建物の支柱をロケット弾で破壊して建物を崩壊させたのも彼らだ。瓦礫の下には、行方不明の39人が埋まっているかもしれない。

ケニア政府は犯人グループのうち5人を殺害したとしているが、遺体は見つかっていない。脱出に成功した市民からは、一般人の服を着た襲撃犯が群衆に紛れて逃げたとの証言も出ている。建物の地下駐車場から近くの川に下水管が通じているため、そこから逃亡した可能性もある。【2013年10月15日号 Newsweek】
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襲撃されたショッピングモールにはイスラエル資本が入っており、ナイロビのイスラエル大使館からケニア外務省に対しテロの注意喚起があり、9月が危ないと警告されていたとも、また、複数の閣僚や軍高官が「ナイロビやモンバサで9月にテロが起きる恐れが高まっている」と警告を受けていたとも報じられています。

こうした事前情報についてはすべてに万全を期すことは実際問題としてはむつかしいかとは思いますが、“治安部隊は店内の商品を略奪し、バーでビールをあおっていた”というのは論外でしょう。

過激派がソマリア難民キャンプに浸透・・・副大統領、難民退去を要求
今回4月2日の大学襲撃事件の首謀者が、アル・シャバーブ司令官でソマリア系ケニア人のモハメド・クノ容疑者とされていますが、事件に関与したとして拘束された5人のうち4人はソマリア系ケニア人とみられており、事件はケニア国内のアルシャバブ・ネットワークが主導したとの見方が報じられています。

“ケニア北東部を中心に約250万人のソマリア系ケニア人がおり、多くがスワヒリ語を話す。ソマリアを拠点とするアルシャバブが隣国ケニアのソマリア系にも深く浸透しているとみられる。
アルシャバブはケニア国内で、インド洋沿岸のイスラム教徒が多い地域や首都ナイロビのスラムなどでも戦闘員の勧誘を活発化させている。”【4月5日 毎日】

こうした事情を受けて、国内のソマリア系住民への警戒感が強まっているようです。
度重なる治安当局の失態への批判をそらす狙いでもないでしょうが・・・・。

****ケニア、ソマリア人難民の「退去」要求 3カ月内に****
ケニアのウィリアム・ルト副大統領は11日、国連に対し3カ月内にケニア内にある「ダダーブ難民キャンプ」に身を寄せるソマリア人を本国に移送させることを求めた。

国連が応じなかった場合、ケニアが自力でこの計画を実行するとの強硬姿勢もにじませている。副大統領府の声明は「米国が同時多発テロ後に変わったように、ケニアも東部ガリッサでの大学襲撃テロ後、同様に変わるだろう」などと主張した。

ガリッサで今月2日に発生したテロ事件では計147人が殺害され、隣国ソマリアを拠点とするイスラム過激派「シャバブ」が犯行を認めた。

CNNが入手したケニア政府文書によると、このテロを主謀したシャバブ幹部はケニア内に広範なテロリスト網を築き、同キャンプにも浸透しているとされる。

副大統領によると、ケニア政府はキャンプの今後の処置について国連と協議した。しかし、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)当局者は11日、キャンプ移設についてケニア政府から正式な要請はないと説明した。

UNHCRが運営する同キャンプは世界最大規模の難民受け入れ施設ともされ、ソマリアの内乱の深刻化を受け1991年後半に設置されていた。

UNHCRとケニア、ソマリア両国政府は2013年、ソマリア人難民の本国への移送についてはあくまでも難民自身の自由意思を受けた相互合意や自主的決定を重んじる原則で合意。ルト副大統領の今回の移送計画はこの原則が脱落しているようにもみられる。

難民のソマリア内の移送先も明らかでない。同キャンプには現在、60万人以上が住み、基本的な生活物資の配給も満足すべき状況にないとされる。過去には深刻な干ばつや伝染病などにも襲われていた。

一方でソマリアからキャンプへの移動は容易とされ、CNN記者も過去に抜け道のルートをたどってこれを実証したことがある。同キャンプに忍び込むシャバブ支持者も多いとされる。

ケニア政府はまた、シャバブ構成員の同国への侵入を阻止するため対ソマリア国境で長さ約700キロにわたる壁の建設も進めている。【4月12日 CNN】
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難民キャンプに過激派が入り込む事例は多くありますが、難民を本国へ強制送還するという話になるとまた別の人道問題が生じます。

アル・シャバーブはケニア・エチオピアの軍事介入もあって首都モガディシオから撤退し、次第に勢力を弱めているとは言いますが、未だモガディシオでは日常的にテロが起きています。

今日14日も、首都モガディシオの教育省に、自動車爆弾による大きな爆発の後、武装グループが押し入り、激しい銃撃戦が起きています。警察によると6人が死亡したとのことです。【4月14日 AFPより】

また、地方の中部・南部は依然アル・シャバーブ支配地域になっています。

食糧状態も極めて悪く、多くが飢餓に苦しんでいる国です。
世界最大規模の難民受け入れ施設に暮らす60万人以上の難民をどこへ移送しようというのでしょうか。

ソマリア難民の送還はオランダでも問題になったことがあります。

****オランダで暮らすソマリア難民に忍び寄る危機****
・・・・難民を、強制送還しようという動きがヨーロッパで起きている。デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、英国......。とりわけ懸念されるのは、オランダだ。

オランダ政府は、アルカイダと関連があるイスラム武装グループ「アル・シャバブ」が支配する危険地域に、ある一定の人たちは強制送還してもいいという姿勢を打ち出しているのだ。

対象となるのは、最近、その地域からやってきた者だ。アル・シャバブの支配のもとで暮らしてこられたのだから、保護する義務はない、というのが理由だ。

オランダはまた、『ブラック・ホークダウン』の舞台となった首都モガディシュは、もはや暴力のまん延する地域ではないとして、2012年12月に、他国に先駆けてモガディシュへの送還停止を解除した。そして昨年、2件の強制送還を実施した。

そのうちの1人、アーメッド・ セードさん(26歳)は、その3日後に、自爆攻撃に巻き込まれて負傷した。アーメッドさんは20年以上も前に祖国を離れていた。この自爆では、少なくとも6人が亡くなっている。

狙われる市民

特に危険な地域は、アル・シャバブの支配下にある中部や南部だ。アル・シャバブは、新政府軍や他の武装グループ、アル・シャバブ掃討作戦を展開する外国軍との戦闘を繰り広げ、多くの市民が巻き込まれて犠牲となっている。

また、アフリカ連合ソマリア・ミッションの後ろ盾を受けて政府の統制下にあるモガディシュでも、自爆や手榴弾、手製爆弾などで、たびたびゲリラ攻撃を行っている。
さらにアル・シャバブは、スパイ行為を疑って市民そのものを標的とした攻撃も行っている。(中略)

再び襲いかかる飢餓
人道状況も、極めて深刻だ。100万人が飢えで危機的な状況にあり、200万人が食糧支援を必要としている。食糧事情は、干ばつで飢餓に見舞われた2011年より悪化しているが、紛争地では物資が届かない。
そんな国に、帰れというのか。

UNHCRは今年初め、ソマリアにおいて、人びとが迫害される危険性がないと確信できない限り、ソマリア人を強制的に帰還させるべきではないと、ソマリア難民に対する国際的な保護の継続を要請した。

国連事務総長もこの5月、武力紛争から逃れてくるソマリアの人たちを保護しているすべての国に対し、国際法に従って彼らを強制送還しないよう呼びかけた。

国際法は、生命や自由が脅かされかねない場所に難民を追いやることを禁じている。これは、たとえ難民条約に加盟してなくても、すべての国に課された責務だ。生命を危険にさらす強制送還は無責任であるだけでなく、国際法への悪質な違反である。(後略)【2014年11月5日 アムネスティ・インターナショナル日本】
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今回のケニアの場合は、難民の数が桁違いです。その影響も桁違いになります。

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ローマ法王 「アルメニア人虐殺」問題に言及 「虐殺」を否定し続けるトルコ

2015-04-13 22:22:55 | 国際情勢

(「虐殺」もしくは「不幸」のアルメニア人生存者 “flickr”より By agbu https://www.flickr.com/photos/agbu/2413784997/in/photolist-4FihbH-4ePUJ9-6hpkf3-6hzS2f-k1cJ1U-6hkaip-ehQWBP-4FXYe4-6hpkco-6hpkh3-6hpk9f-nAFbVU-kKFRAQ-ifjabA-5hhWPN-m2hZbv-e9m1ES-2nhJVW-kaVA1M-m3X9DK-a4afsY-2ndx8x-jFKaSA-HN2eu-5nXKDh-edRJyo-HN2ew-8ELcoQ-4FXY7k-cXDWJq-9AYvp6-4Fnvid-6VfkPz-4Fiheg-4FnAMQ-4Fnx2b-4FXY6V-4FnAGY-6VjrqN-6VfdN6-6VjmTU-4G395w-6Vjc1d-6VfeBp-6Vfdov-cVv3t-cTU6D-6VfphV-6VjsDG-6VffPz)

【「虐殺(ジェノサイド)」か、「戦乱の中で起きた不幸」か
アルメニアはトルコの東に位置する小さな国です。

かつてのオスマントルコ領内には多くのアルメニア人が暮らしてしましたが、アルメニア独立運動に伴う政治活動や、露土戦争によってロシアの占領地からオスマン帝国に逃れてきたムスリム・トルコ難民のキリスト教系アルメニア人への反感などもあって、19世紀末から衝突が絶えませんでした。

20世紀に入って第1次大戦中の1915-1917年、オスマン帝国領内の少数派・辺境住民でキリスト教徒が多いアルメニア人は、敵国ロシアと内通し、独立を画策する勢力として強制移住させられ、オスマン・トルコによって組織的に虐殺されたとアルメニアは主張しています。

その犠牲者数には諸説ありますが、100万人から150万人ほどとみる向きが多いようです。
生き残ったアルメニア人の多くは、欧米に移住するかロシア領に逃げ込んだとされています。

アルメニア人移住者が多いフランスやアメリカでも、これを「虐殺(ジェノサイド)」としてトルコを非難する流れがあります。

一方のトルコは「虐殺」を否定し、アルメニア人がアナトリア東部で独立のため武装しロシアの侵略軍を支持した際に、市民間の衝突で30万-50万人のアルメニア人と少なくとも同数のトルコ人が死亡したと主張しており、双方に犠牲者が出た「戦乱の中で起きた不幸」だったとしています。

このあたりは、日本と中国・韓国の間にある歴史認識に関する論争を見るようでもあります。
立場が違えば見方も異なりますし、多くの事実があるなかで、どの事実を重視するかという問題もあります。

ウィキペディアや新聞などに書かれていること以上は知りませんので、どちらの言い分が真実・真相に近いのかは判断しかねます。

ただ、一般論としていえば、人権意識が十分でなかった当時、戦争などによって民族意識が刺激された場合、民族間で多くの衝突が起こったであろうこと、その場合、支配者側にあった方が被支配者へ過酷な扱いをしたであろうことは想像できます。

アルメニアはその後、ソ連に組み込まれ、ソ連解体後に独立を果たしています。
なお、アルメニアは東のアゼルバイジャンと、アゼルバイジャン領内にあるナゴルノ・カラバフ地区(アルメニア人居住地域)の帰属をめぐる領土問題を抱えており、この問題でもアゼルバイジャンを支援するトルコと対立する関係にあります。

対立を続けてきたアルメニア・トルコ両国ですが、2008年には国交正常化の動きがあり、国際的にも注目されました。

2008年9月7日ブログ“アメリカ・リビア、トルコ・アルメニア 「永遠の敵はいない」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080907

この流れは、周辺国との関係強化を図る「ゼロ・プロブレム外交」で地域大国として影響力を強めつつあったエルドアン首相(当時)の指導力もあったと思われます。
2009年10月には、国交樹立に関する合意文書の署名式も行われました。

しかし、トルコ側が批准の条件として、アルメニアと隣国アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ自治州を巡る両国の紛争解決進展を提起。
これに対し、アルメニアの議会与党が「前提条件なしの国交樹立という約束に反する」と反発、2010年4月にはアルメニアのサルキシャン大統領は、国会批准を凍結する大統領令に署名して国交正常化は中断しています。

その後、「アルメニア人虐殺」問題が国際的に注目を集めたのは、フランス国民議会(下院)が2011年12月、「アルメニア人虐殺」について公の場で否定することを禁じる法案を採決したときです。

2011年12月23日ブログ「フランス下院 オスマン・トルコによるアルメニア人「虐殺」の否定を禁じる法案可決」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20111223

この法案は上院でも可決されましたが、2012年2月、フランス憲法院(憲法裁判所)は、アルメニア人虐殺否定禁止法案を「思想や発言の自由に抵触する」として違憲と判断しました。

2014年4月にはトルコ・エルドアン首相(当時)が、トルコの国家元首として初めてアルメニア人虐殺問題で哀悼の意を表明し、周囲を驚かせました。

****トルコ首相、アルメニア人虐殺に初の哀悼表明****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドア首相は23日、第1次世界大戦中のアルメニア人虐殺について、トルコの国家元首として初めて哀悼の意を表明した。

エルドアン首相は、1915年のアルメニア人強制移住開始からちょうど99年の節目の前日に当たる同日、多方面から20世紀最初の大虐殺とみなされているこの事件を「われわれ共通の痛み」と呼んだ上で、1915年に起きた一連の出来事は「非人道的結果」をもたらしたと言明。

だが一方で、それをトルコに対する敵対心の口実に使用することは「容認できない」とも述べた。

アルメニア語を含め複数の言語で発表されたこの首相声明を、トルコのメディアは予想外のものと報じている。

アルメニアは、オスマン帝国の下で最大150万人のアルメニア人が殺害されたとして、この出来事が「ジェノサイド(大量虐殺)」であるとトルコに認めさせようとしてきた。

一方、トルコ側は死者数を50万人程度とした上で、これらの人々が第1次大戦中の戦闘と飢餓によって死亡したと主張。これを「ジェノサイド」と呼ぶことを断固として拒否している。【2014年4月24日 AFP】
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「非人道的結果」をもたらした責任が誰にあるのかまでは明らかにしていませんが、首相は哀悼の意とともに、学術的な検証を呼びかけています。

アルメニア側を含め、国内外は好意的に受け止められましたが、出馬がうわさされていた大統領選への「布石」との声もありました。

【「罪悪を隠し、否定するのは傷を手当てせずに血が流れるままにするようなものだ」】
今、再びこの「アルメニア人虐殺」問題に注目が集まっています。
今度の問題提起者はローマ法王です。

****法王、アルメニア人殺害を「ジェノサイド」と表現 トルコは猛反発***
ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は12日、100年前のオスマン・トルコ帝国で多数のアルメニア人が殺害された事件を「ジェノサイド(集団虐殺)」と表現した。

トルコ政府はこれに強く反発し、法王の認識は「史実から懸け離れている」と批判した。

オスマン・トルコ帝国によるアルメニア人の大量殺害から100年になるのに合わせ、バチカンのサンピエトロ大聖堂で催された荘厳なミサでフランシスコ法王は、2001年に当時のローマ法王、故ヨハネ・パウロ2世とアルメニア教会総主教が署名した声明を引用し、同事件は「20世紀最初のジェノサイドと広く認識されている」と述べた。

第1次世界大戦中に起きたこの事件については、多くの歴史家が20世紀最初のジェノサイドと表現しているが、トルコはこの見方を強く否定している。

法王の発言に強く反発したトルコ政府は、詳しく話を聞くため駐バチカン・トルコ大使を召還すると発表。メブリュト・チャブシオール外相はツイッターに「法王の発言は、法的事実からも史実からも懸け離れており、容認できない」「宗教当局は、根拠のない主張で怒りや憎しみをあおる場ではない」と投稿した。

トルコ外務省はまた、駐トルコ・バチカン大使を呼んで説明を求めるとともに、当時のイスラム教徒やその他の宗教グループの苦しみからは目をそらした「一方的な見方」に加担したとして、法王を非難した。

フランシスコ法王は自身の言葉で事件をジェノサイドと表現したわけではないが、ローマ法王がサンピエトロ大聖堂という場で、アルメニア関連でジェノサイドという文言を使ったのはこれが初めて。

バチカン専門家のマルコ・トサッティ氏はAFPに対し、「あの事件がジェノサイドだったとはっきり繰り返したのは非常に勇気のある行為だ」と話し、「ヨハネ・パウロ2世を引き合いに出すことで教会の立場を強調し、本件に関する教会の認識を明示した」とみている。【4月13日 AFP】
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今回のローマ法王の発言の背景には、中東やアフリカでキリスト教徒迫害が激しさを増している現状への危機感があると指摘されています。

****<トルコ>バチカン大使を召還…法王「虐殺」発言に抗議措置****
トルコ政府は12日、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王がオスマン・トルコ帝国による第一次世界大戦期のアルメニア人迫害を「20世紀最初の虐殺(ジェノサイド)」と呼んだことへの抗議措置として、自国の駐バチカン(ローマ法王庁)大使を召還した。迫害を巡る法王発言は両国間の外交問題に発展した。

法王は12日、キリスト教徒が多数派のアルメニア人の迫害をホロコースト(ナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺)、ソ連最高指導者スターリンの大粛清と並ぶ「前世紀の前代未聞の3大惨劇」と位置づけ、「20世紀最初の虐殺と広く認識されている」と述べた。その上で「罪悪を隠し、否定するのは傷を手当てせずに血が流れるままにするようなものだ」と語り、虐殺と認めないトルコを批判した。

トルコ外務省は12日、声明で「法王は第一次大戦で死亡したトルコ人、イスラム教徒の悲劇は無視して、キリスト教徒、とりわけアルメニア人の苦しみだけを強調した」と抗議。チャブシオール外相はツイッターで「史実と法的根拠からかけ離れた発言であり、受け入れられない」とバチカンの対応に不満を表明した。

法王は一昨年6月にアルメニア人カトリック聖職者とバチカンで面会した際、迫害被害者の子孫に「20世紀最初の虐殺だった」と声をかけたとされる。
だが、昨年11月のトルコ訪問ではホスト国に気配りして迫害には言及しなかった。

今回、トルコが猛反発したのは、少人数の面会ではなく、迫害100年にあたってバチカンで開いたミサという公の場での発言だったためとみられる。

法王発言の背景には、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=IslamicState)などによる中東、アフリカでのキリスト教徒迫害が激しさを増している現状への危機感がある。

だが、バチカンにとってトルコはイスラム諸国との対話窓口であり、IS対策での重要国。「虐殺」発言は法王が推進するイスラム教との宗教間対話やバチカンとイスラム圏との関係にも影響を及ぼす可能性がある。【4月13日 毎日】
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「罪悪を隠し、否定するのは傷を手当てせずに血が流れるままにするようなものだ」・・・非常に厳しい表現です。
今のエルドアン政権には、法王の言葉を受け入れる余地はないでしょう。

なおイスラム関連で言えば、ローマ法王は仏週刊紙「シャルリーエブド」が襲撃された事件については、「他者の信仰を侮辱したり、もてあそんだりしてはならない」と述べ、「表現の自由」にも一定の限度があるとして、イスラムへ配慮する考えを示しています。

****<ローマ法王>「表現の自由にも限度」他者の信仰侮辱を戒め****
イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載した仏週刊紙「シャルリーエブド」が襲撃された事件について、アジア歴訪中のフランシスコ・ローマ法王は15日、テロを厳しく非難する一方、「他者の信仰を侮辱したり、もてあそんだりしてはならない」と述べ、「表現の自由」にも一定の限度があるとの考えを述べた。AP通信などが伝えた。

スリランカからフィリピンへ向かう機中で、同行記者団の取材に応じた法王は、事件について「神の名をかたって行われる悲惨な暴力は断じて正当化できない」と非難。表現の自由は基本的権利であるとした上で、信仰の自由と対立する場合には制限があると主張した。

法王は隣の側近にパンチをする仕草を示しながら、「私の良き友人である彼でも、もし私の母の悪口を言えば、パンチが飛んでくるのは明らかでしょう」とユーモアを交えながら説明。

「宗教の悪口を言って喜んでいる人は、(私の母の悪口を言う人と)同じことをしている。それには限度がある」と話し、一方的に信仰心が侵害されることがないよう自制を求めた。(後略)【1月16日 毎日】
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ギリシャの対ロシア接近 ロシア・EUの天然ガス戦略 ウクライナがロシア産ガスを買い叩く「市場原理」

2015-04-12 22:57:39 | 欧州情勢

(非常に和やかにも見える、8日に行われたギリシャ・チプラス首相とロシア・プーチン大統領の会談 【4月11日 ロイター】)

ギリシャ:「ロシアカード」でEU牽制
ギリシャ・チプラス首相は3月15日付のドイツ・メルケル首相宛ての書簡で「EUからの金融支援を数週間以内に受けられない場合、4月末までに債務の返済が不可能になる」と窮状を訴えており、債務不履行(デフォルト)も懸念される状況にありますが、IMFに対する4月分返済はなんとかクリアしたようです。

****IMFに一部債務返済=ギリシャ****
ギリシャ政府が9日、国際通貨基金(IMF)に対する債務の一部に当たる4億5900万ユーロ(約590億円)を予定通りに返済したことが分かった。同国の財務当局者が、AFP通信に明らかにした。

ギリシャ政府は資金繰りが逼迫(ひっぱく)しており、IMF融資の返済が滞るとの観測が浮上。バルファキス財務相は今月初めにワシントンを訪れ、IMF側に期限内の返済を確約していた。【4月9日 時事】 
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「ない、ない」と言ってるけど、ちゃんと返せるじゃないか・・・というのは“カネ貸し”的な発想ですが、ギリシャの財務状況の詳細はよく知りません。

ただ、予定通り返済したことがニュースになるというのは、まともな状況ではありません。

そんな窮状にあるギリシャのチプラス首相は、ウクライナ問題でEUと対立を深めているロシアを訪問し、8日にはプーチン大統領と、9日にはメドベージェフ首相(この人の政権内における現在の状況もよくわかりませんが・・・)と会談しています。

その意図は、対ロシア接近によって、金融支援を渋るドイツなどをけん制することにあるとも言われています。

****<ギリシャ首相>ドイツをけん制 対露接近で****
ギリシャのチプラス首相は8日のプーチン露大統領との会談で、ウクライナ問題を巡って欧州連合(EU)が制裁を科しているロシアとの関係強化に本格的に乗り出す。

EUなどから金融支援の継続を取り付けるための交渉が難航する中、資金繰りに苦しむチプラス首相には、対露接近によってドイツなどをけん制する「ロシアカード」を確保したいという思惑がありそうだ。

ギリシャは昨夏以降、EUのユーロ圏諸国などから金融支援を受けていない。チプラス政権は財政破綻の回避を目指して交渉しているが、ギリシャが提示した財政改革案についてユーロ圏側は支援再開決定には「不十分」との立場だ。

4月中に融資の返済や利払い、公務員給与・年金の支払いを控えるチプラス政権にとって支援獲得は「時間との闘い」となっている。

ギリシャ財政が逼迫(ひっぱく)する中、キリスト教正教会という共通の宗教土壌を持つロシアは「頼みの綱」だ。

チプラス首相は訪露前、タス通信のインタビューでEUの対露制裁を「無意味」と批判し、ロシアの報復制裁によって「ギリシャの農産品が禁輸となり、経済に大打撃となった」と述べ、制裁の相互緩和を望む考えを表明した。

首相訪露に先立ち、ラファザニス・エネルギー相はモスクワを訪れ、ロシア国営天然ガス大手ガスプロムのアレクセイ・ミラー最高経営責任者(CEO)と「エネルギー分野での関係拡大」で合意した。

両国の報道によると(1)ギリシャ向けロシア産天然ガスの価格引き下げ(2)ロシア産ガスをトルコ経由でバルカン諸国に送るパイプライン計画へのギリシャの参加--などが検討されているという。

チプラス政権はロシアにすり寄る一方で、最大のギリシャ支援国であるドイツに対しては、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによる占領の損害賠償を請求する構えを示すなど「親露・離独」の動きを強めている。【4月8日 毎日】
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ただ、「ロシアカード」をちらつかせたり、ナチス・ドイツによる占領の損害賠償を請求したりするのは、やりすぎるとドイツ国内の国民感情を逆撫でし、EUによる金融支援を更に難しくする危険もあります。
チプラス首相が、本気でユーロを離脱する覚悟があるなら別ですが。

また、ただでさえEUによる経済制裁と原油価格下落で経済的に苦しい状況にあるロシアに、“カネ食い虫”ギリシャを支えていくだけの余力があるかは甚だ疑問です。

ロシア側も及び腰のところもあります。
“プーチン氏は「ギリシャ側からはどんな支援要請もなかった」と述べ、財政支援は議題の枠外だと強調。両国の過度な接近を警戒するEU首脳部を意識した発言とみられる。”【4月9日 毎日】

ロシア:EU分断を狙う
ロシアにとってギリシャ接近の意図は、EUの結束を揺さぶることにあると言われています。

****ロシア、EU分断図る 財政難ギリシャに接近 エネルギー同盟に影****
ロシアを訪問中のギリシャのチプラス首相は9日、前日のプーチン大統領に続き、メドベージェフ首相と会談した。

経済危機の渦中にあるギリシャに手をさしのべることで、ロシアは欧州連合(EU)の結束を揺さぶる。
ロシアへのエネルギー依存から脱却を図るEUの「エネルギー同盟」構想にも影を落としそうだ。

ロシア側はチプラス首相との一連の会談で、ロシアからトルコを経由して欧州南部に天然ガスを輸出する新しいパイプライン構想「トルコ・ストリーム」を説明し、協力を促した。

ロシアは昨年まで、黒海海底を経由して中東欧にガスを流すパイプライン計画「サウス・ストリーム」を進めようとしていた。これがEUの反対で頓挫した後、昨年12月に急浮上した新パイプライン計画だ。

プーチン大統領は会談後の記者会見で、新パイプライン計画について「ギリシャの地政学的重要性を増すことになる。南欧全域だけでなく、中欧への天然ガスの経由地になり得る。ガスの通過料金だけで、年間数億ユーロの収入が見込まれる」と述べた。

ロシアでは、ギリシャに対して天然ガス輸出価格の大幅な値引きを検討しているという報道もある。格安な天然ガス供給をちらつかせて、ギリシャのEU離れを促す考えとみられる。

ギリシャだけでなく、新パイプラインが南欧や中欧まで届けば、それらの国々が反ロシア的な姿勢をとりにくくなるとの狙いもある。

一方のチプラス政権は、発足当初から親ロシアの態度を鮮明にしてきた。EUが求める緊縮策に反発する中、「米国、ロシア、中国などに支援を求めるプランBがある」(カメノス国防相)と牽制(けんせい)するためだ。

アテネ通信によると、ギリシャは、9日が期限だった国際通貨基金(IMF)に対する債務の返済はなんとか乗り切ったが、資金は底をつく寸前だとされる。

 ■歩み寄りに警戒感
ウクライナ情勢で対立するロシアに歩み寄るギリシャの動きに、EUは警戒感を強めている。

EUでは現在、天然ガスの消費量の3割以上をロシアから輸入。ブルガリアやバルト3国など6カ国は100%ロシアに依存する。

エネルギーの種類や供給元の多様化を進め、エネルギー安全保障の強化を目指そうと構想されているのが「エネルギー同盟」だ。

戦略案では、域外との協力を強化し、北アフリカや地中海からのパイプラインの開発も進める。中央アジアのトルクメニスタンやアゼルバイジャン、北アフリカのアルジェリアなど産出国や通過国とパートナーシップを構築する。

中でも、EUが重視しているのが、中央アジアの国々からトルコ経由で運ぶ天然ガスの「南回廊」パイプラインの整備だ。

だがトルコのエルドアン政権は、原発輸出などでロシアと急速に関係を深めている。EUも先月、トルコとエネルギーに関する協議を始めたが、ロシアが進める「トルコ・ストリーム」が優先されれば、構想がつまずきかねない。

また「エネルギー同盟」では、加盟国がロシアなどと天然ガスの購入契約を結ぶ際には、加盟国にEUと事前協議を求めることも将来的には検討している。加盟国ごとに価格や条件に差をつけられ、分断されることを防ぐためだ。

ロシアがギリシャだけにガス価格の値下げを認めれば、「エネルギー同盟」の狙いを根本から揺るがしかねない。EU報道官は「ギリシャはEUファミリーの一員であり、統合を維持するよう我々は期待している」と述べた。【4月10日 朝日】
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天然ガスパイプライン 「トルコ・ストリーム」と「南エネルギー回廊」】
黒海海底を経由して中東欧にガスを流すパイプライン計画「サウス・ストリーム」は、何かとトラブルを起こすウクライナを迂回してロシアから欧州に天然ガスを供給しようというものでした。
EUはロシアによるエネルギー支配を強化するものとして、これに反対していました。

ロシア・プーチン大統領が昨年12月1日に「サウス・ストリーム」建設計画撤回を突然発表したは、EUの反対により計画がなかなか進まないこともありますが、原油価格下落で財政的に苦しくなったロシア側にとって高コストの同計画が負担になったことがあるとも指摘されています。

株式の大半を政府が所有するロシアの巨大エネルギー企業ガスプロムは最初から、高くつくプロジェクトで、経済的というより政治的に決められた「サウスストリーム」計画を気に入っていなかったとも。【英エコノミスト誌 2014年12月6日号より】

ただ、EUとしての反対姿勢にもかかわらず、パイプラインが通ることで通過料が期待できた国、ロシアからのガスに依存せざるを得ない中東欧諸国には計画撤回に怒り・落胆(ロシア・EU双方への)もあったようです。

この「サウスストリーム」に代えてロシアが持ち出しているのが、ロシアからトルコを経由して欧州南部に天然ガスを輸出する新しいパイプライン構想「トルコ・ストリーム」です。

ギリシャはこの計画への参加(ギリシャまで延長し、更に南欧へ送る)に前向きです。
“ギリシャのラファザニス・エネルギー相は10日、ロシアからトルコにロシア産天然ガスを運ぶガスパイプラインをギリシャまで延長する計画について、ギリシャは参加することで近く最終合意するとの見通しを示した。”【4月11日 ロイター】

一方、EU側はロシアの「トルコ・ストリーム」に対抗して、ロシアに頼らず、カスピ海周辺のガスを欧州にもってこようという「南エネルギー回廊」を計画しています。

とりあえずはガス供給国はアゼルバイジャンが予定されています。
アゼルバイジャンからトルコを陸路で経由して、ギリシャを横断して、アドリア海を渡りイタリアにつなぐパイプライン計画です。

ただ、供給量が少ない割にコストが高すぎるアゼルバイジャンのガスだけでは計画は成立しない、カスピ海東岸のトルクメニスタンからのガスも使えればなんとかうまくいくかも・・・との指摘もあるようです。

ただ、トルクメニスタンのガスは中国も狙っており・・・と、EU・ロシア・中国の三つ巴の資源争奪戦的な話がいろいろあるようです。【3月12日 JBPress 杉浦 敏広氏「激化するカスピ海周辺天然ガス争奪戦」より】

ロシアの「トルコ・ストリーム」にせよ、EUの「南エネルギー回廊」にせよ、重要な地位を占めるのがトルコです。

「南エネルギー回廊」のトルコ横断部分であるアナトリア横断パイプライン(TANAP)はすでに着工されています。

****TANAPのトルコ部分着工 ****
イェニサファク– アゼルバイジャンのシャーデニスガス田からトルコ、ヨーロッパへ天然ガスを輸送するよう設計されたアナトリア横断パイプライン(TANAP)の最初のパイプがトルコの地に敷設され、レジェップ・タイイップ・エルドアントルコ首相とイルハム・アリエフアゼルバイジャン首相、ギオルギ・マルグベラシビリグルジア首相が出席して式典が行われた。

120億米ドルのパイプラインプロジェクトでは2018年までにガス輸送が開始され、2026年には310億立方メートルを輸送する見込みである。


東アナトリア地方のカルスで開催された式典で、エルドアントルコ首相は「同プロジェクトは地域平和と安定性に貢献し、トルコのエネルギー供給拠点としての地位を強化するものである。私たちには他国と他のエネルギーパイプラインプロジェクトがある。しかし、TANAPは他に代替がないことから戦略的に重要だ。私たちは南ガス回廊を介してカスピ海地方とヨーロッパを結ぶ」とエルドアン首相は言及した。

TANAPの主要提携国がアゼルバイジャンとトルコであることに触れ、イルハム・アリエフアゼルバイジャン首相は「シャーデニスガス田はヨーロッパの消費者へガスを供給する新たな主要ガス田になる。私たちはユーラシア大陸で新たな提携関係を構築した」と述べた。

シャーデニスガス田からの天然ガスは、グルジア、トルコ、ギリシャを通り3500キロメートルのパイプラインを介してイタリアに達し、ロシアの天然ガスの代替となる予定である。

TANAPは2020年までに建設が終了すれば、アドリア海横断パイプライン(TAP)と繋がる。トルコはTANAPの株式30%を保有し、アゼルバイジャンが58%、残りの12%をBPが保有する。

国内エネルギー市場の成長に加え、石油産出国に隣接するトルコは石油及びガスを世界市場に輸送する拠点としての地位を与えられている。【3月19日 INVEST IN TURKEY】
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戦略的に重要な地位を占めるトルコのエルドアン大統領が、近年とみにイスラム色を強め、強権的な姿勢を見せていることはEUにとって好ましくない事態ですが、更にギリシャがロシア寄り姿勢を強めて「トルコ・ストリーム」参加という形になると、ますます「南エネルギー回廊」実現が難しくなります。

大枠としては市場動向に制約される資源国 ウクライナがロシアのガスを買い叩く
また、EUは3月19日に開いた首脳会議で、ロシアの脅威を念頭に置いた「エネルギー同盟」の具体策で合意しています。そのなかでは、これまで加盟国が個別にガス購入契約を結んでいたのを見直し、希望する国が共同で購入し購買力を高める共同購入も検討されています。

ロシアは、ギリシャに対して天然ガス輸出価格の大幅な値引きをするといった国別に異なる条件を提示することでEUとしての統一的な行動を切り崩し、EUの考えている共同購入とか、加盟国とEUとの事前協議といったものを無効にしていこうとする狙いのようです。

なんだかんだで、相変わらずの天然ガスを使ったロシアの攻撃的な戦略のようにも思えますが、そうした感覚からすると意外な感もある事態が、ガス問題の震源地でもあるウクライナで起きています。

****露産ガス急落 「輸入停止も」とウクライナが逆ゆさぶり**** 
ロシアのウクライナへの天然ガス輸出価格が、世界的なエネルギー資源の価格低下を背景に急落している。ガスをウクライナへの政治的圧力として利用していると批判されてきたロシアだが、国際市場の動向を盾にウクライナに逆に揺さぶられる事態になっている。

露紙ベドモスチによると、両国がこのほど合意した4~6月期のロシア産天然ガスの販売価格は1千立方メートル当たり247ドル(約3万円)で、昨年7~9月期の同485ドルの約半分だった。ガス価格が連動する原油価格が昨年比で大幅に下落しており、ウクライナはガスの割引を求めていた。

またウクライナは現在、ロシアなどから欧州に輸出されたガスをスロバキアからパイプライン経由で逆流させて輸入している。

ロイター通信によるとウクライナのデムチシン・エネルギー・石炭産業相は3月末、消費するガスの約4割が欧州からの輸入で、ロシアからの輸入は1割未満だと明らかにした。デムチシン氏は4月からロシア産ガスの輸入を停止するとも述べ、ロシアを揺さぶっていた。

このような状況にあった3月31日、プーチン露大統領はウクライナへのガス価格の「割引」に同意した。プーチン氏は6月までの措置だと強調するが、ガス輸出を担う露国営天然ガス企業ガスプロムは、ウクライナの輸入減で業績が急激に悪化している。

割引の同意は市場シェアの維持を優先させ、同社を支える狙いがあるとみられている。【4月11日 産経】
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「大国」ロシアのエネルギー戦略に翻弄される「小国」ウクライナ・・・・というイメージもありますが、ロシアとても大枠としては市場動向に従わざるを得ないということでしょう。

石油でも産油国の思惑・戦略がとかく強調されますが、そうした産油国も市場動向には逆らえないという点も重要です。
対日戦略としてレアアース輸出を制限した中国も、需要国がレアアースの消費の効率性を高めるとともに、代替的な調達先を見つけたことで、価格支配力は低下し、需要国の中国依存からの脱却が進展しています。

今回ロシアがギリシャに対して天然ガス輸出価格の大幅な値引きを提示したのも、EUの「エネルギー同盟」切り崩しという戦略的側面だけでなく、市場動向からして値引きを提示せざるを得なかったということもあるのではないでしょうか。
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ミャンマー  まだまだ遠い民主化・国民和解のゴール

2015-04-11 22:03:11 | ミャンマー

(軍事政権によるカレン族弾圧を舞台にした映画「ランボー/最後の戦場」より)

【「もし憲法が改正されない場合、彼女は自分で自分の道を選ぶ必要がある」】
最近ミャンマーについて取り上げると、憲法改正など民主化プロセスや少数民族問題の停滞感、その一方で高まる保守的なナショナリズム・・・といった傾向のものになってしまいます。

3月21日ブログ「ミャンマー 強硬派の仏教グループの扇動で高まる仏教ナショナリズム」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150321
2月15日ブログ「ミャンマー ロヒンギャ問題でも、少数民族との停戦でも“黄信号”」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150215
1月17日ブログ「ミャンマー 民主化プロセスに停滞感も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150117

これまで急速なミャンマー民主化を牽引してきたテイン・セイン大統領ですが、ここにきて“失速”というか“停滞”の感があります。
健康面でも、あまり無理がきかない状態にあることはかねてより言われているところです。

****<ミャンマー大統領>民主化推進、正念場 改革停滞に失望も****
・・・・そうした中で国民から「改革は失速している」との批判が増し、スーチー氏は先日、「憲法改正に前向きでない」と、大統領を一転「不誠実」と酷評した。

自らの大統領選「出馬」にも絡む憲法改正論議が進まないことへのいら立ちや、総選挙に向けた政治的思惑も反映しているのだろう。ただ期待値が高かった分、停滞感への失望は大きい。(後略)【4月9日 毎日】
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テイン・セイン大統領はインタビューで次のようにも語っています。

****<ミャンマー大統領>会見の一問一答****
--「民主化」改革の成果と課題は。
◆最大の成果は無血で民主化システムへと移行したことだ。一方、西部ラカイン州で民族・宗教紛争が継続しており、解決に向けて努力している。少数民族武装勢力と「全土停戦」協定の草案に合意する段階までこぎつけた。経済では1人当たりの国内総生産(GDP)を3000~5000ドル(約36万~60万円)に引き上げようとしているが、1000ドル程度にとどまっている。

 --少数民族との和平実現に向けて、相互不信のほかにどんな要素が絡んでいますか。
◆英国の植民地支配下での分割統治政策が民族間の不信をもたらした。そして1948年の独立以来、相互不信は増幅した。彼らは要求を実現するために武力を用い、紛争が始まった。約60年間にわたって、自らの民族や宗教、イデオロギーのための要求ばかりしてきた。これでは、信頼を築くのは難しい。

民政移管後の4年間に多くの障害が解決されようとしている。われわれは停戦協定の草案に署名した。間もなく合意が実現し、政治協議に入る。恒久和平を実現する必要がある。

--憲法が改正されないと、アウンサンスーチー氏は大統領就任の資格がありません。その場合、彼女はどのような政治的役割を果たせばいいでしょうか。
◆憲法改正の有無は、国民が選んだ国会議員が決めることだ。改正は国会次第であり、住民投票での国民の意思による。「もし憲法が改正されなければ」という質問は、一つの意見に過ぎない。もし憲法が改正されない場合、彼女は自分で自分の道を選ぶ必要がある。(後略)【4月9日 毎日】
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“自分で自分の道を選ぶ必要がある”と突き放されたようなスー・チー氏ですが、今秋予定される総選挙について「ボイコット」の可能性にも言及しています。

****総選挙ボイコット排除せず=スー・チー氏会見―ミャンマー****
ミャンマーの最大野党・国民民主連盟(NLD)の党首アウン・サン・スー・チー氏は9日、首都ネピドーで記者会見し、今秋予定される総選挙について「ボイコットも選択肢の一つだ」と述べ、NLDが要求する総選挙前の憲法改正が実現しない場合はボイコットもあり得るとの考えを改めて示した。

スー・チー氏は「政治でいかなる手段も排除しない。政界では何でも起こり得る」と指摘。「ボイコットが必要となる状況が生じないとは言い切れない」と述べた。【4月9日 時事】 
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政権側はスー・チー氏の強い要請を受けて、改憲問題について協議の場を設けてはいますが、“継続協議”とは言いつつも、次第に時間切れに近づいています。

****ミャンマー改憲協議、継続で合意 スーチー氏と大統領側****
ミャンマーの野党党首アウンサンスーチー氏らが求める憲法改正をめぐり、スーチー氏やテインセイン大統領ら政治指導者6人による協議が10日、首都ネピドーであった。

スーチー氏は今年後半の総選挙不参加もちらつかせて改憲を目指すが、選挙前の改憲は時間的に難しくなりつつある。

6者協議には2人に加え、ミンアウンフライン国軍最高司令官とシュエマン下院議長、上院議長、少数民族政党代表が出席。

イェートゥ大統領報道官によると、憲法改正や自由で公正な総選挙の実施などの議題について引き続き協議を重ねていくことで合意した。

スーチー氏は昨年末の記者会見で総選挙不参加の可能性を示唆。今月に入って再び言及し、9日の会見でも「総選挙が自由で公正なものになるには改憲が必要だ」とし、総選挙への参加について「確定的なことは言えない」と語った。

今回、テインセイン氏が協議に応じた背景にはスーチー氏が批判を強めるなか、改革に前向きな姿勢を示す狙いがあるとみられる。

ただ、憲法改正案は国会には未提出。スーチー氏の大統領就任を阻む資格条項や軍人議員の割合などの改正には国民投票も必要で、今後、スーチー氏が速やかに大統領らから妥協を引き出せるかが鍵になりそうだ。【4月11日 朝日】
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【「全国停戦協定」の草案の交渉で合意 「さらなる和平交渉の扉を開くものだ」】
憲法改正問題が停滞するなかで少数民族問題については、テイン・セイン大統領も言及したように、“「全国停戦協定」の草案の交渉で合意”という、ひとつの成果が出てはいます。

****ミャンマー停戦へ協定 政府と少数民族 全土対象に草案****
ミャンマーで1948年の独立直後から内戦状態にあった少数民族武装勢力と政府が31日、「全国停戦協定」の草案の交渉で合意した。双方の交渉団が、政治対話の開始などの内容をまとめた。

少数民族側各組織のリーダーが同意して署名すれば、協定として発効する。国内和平の実現へ大きな前進だ。ただ、一部では戦闘が続く見通しだ。

政府側交渉団長のアウンミン大統領府相と16武装組織の交渉担当者を束ねるナイホンサ団長らが、ヤンゴンで交渉していた。

双方が草案に合意したことを確認する署名には、テインセイン大統領も立ち会い、「1カ月以内には正式署名したい。さらなる和平交渉の扉を開くものだ」と喜んだ。

少数民族側の交渉担当者によると、協定草案には、少数民族が求めてきた自治権拡大や民族間の平等といった問題を話し合う「政治対話」を署名後90日以内に始めると明記。

和平プロセスは停戦交渉の段階から、分権的な連邦制導入といった具体的な政治課題の協議へと移ることになりそうだ。

多民族国家のミャンマーでは、独立直後のカレン民族同盟の蜂起以降、各少数民族が武装闘争を続けてきた。
2011年の民政移管で大統領に就任したテインセイン氏は、和平の実現を最重要課題の一つとし、13年までに14の武装組織と個別に停戦を結んだ。

だが、北部のカチン独立機構(KIO)などとの間ではテインセイン政権になってから戦闘が再燃。すでに停戦を結んだ武装組織とも断続的に衝突が続いた。

政府、少数民族側双方がより実効性のある全土での停戦協定の実現を目指し、13年11月から交渉してきた。

少数民族側は、自分たちの部隊を将来的に正規軍に編入するといった要求を突きつけた。政府軍は反発し、昨年11月にはKIOの訓練施設を砲撃、23人が死亡するなどの攻撃もあった。

今回の交渉は3月17日から始まったが、協定草案の合意に至った背景には政府側が今年後半に行われる総選挙の前に成果を上げたい思惑がある一方、少数民族側にも協定署名によって政府軍の動きを制止したい狙いがあるとみられる。

ただ、交渉で政府側は、激しい戦闘になっているコーカン族の武装組織「ミャンマー民族民主同盟軍」などを交渉相手と認めず、協定への署名もさせない構えで、コーカン地区は戦闘が続く可能性が高い。
北部カチン州も昨年後半から政府軍の攻勢が続いており、いかに停戦を守らせるかが課題だ。【4月1日 朝日】
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北東部の中国系コーカン族との戦闘は、8日にも国軍兵士10人が死亡、62人が負傷する激しい戦闘が起きており、未だ終息していません。
2月9日に戦闘が始まった今武力紛争では、これまでに国軍と武装勢力の双方合わせて200人以上が死亡しています。

ただ、ミャンマー政府は2日、ミャンマー軍機の爆弾が中国領内に着弾して中国人5人が死亡した事件について中国政府に対し正式に謝罪し、その上で犠牲者の家族らに賠償する意向を表明しています。

中国側もパイプラインや国内利権、更には「一帯一路」の世界戦略におけるミャンマーの重要性などを考慮してミャンマー政府との関係を重視しており、ミャンマー政府の正式謝罪によって、微妙な関係にあった中国との関係は一応クリアされましたので、コーカン族問題が大きくこじれることはなさそうです。

【「軍が駐屯する村では、夜は兵士が怖くて外に出られない」】
少数民族との和解については、「(停戦が実現すれば)法の支配がもたらされ、一部の武装組織指導者が(国境地帯での)密輸ビジネスによる膨大な利権を失う」(イエトゥ大統領報道官)という経済的側面があり、問題を難しくしています。

また、一部で続く戦闘も問題ではありますが、ミャンマー国軍の少数民族への対応に懸念されるものがあります。

****民政4年、訪れぬ平穏 内戦のミャンマー北部、避難する少数民族****
軍事政権から4年前に民政移管した後、民主的な改革が進んできたミャンマーで、いまだに国軍を恐れながら暮らす人々がいる。

内戦が再燃した北部で暮らす少数民族カチン族の国内避難民らだ。全土での停戦を目指す和平交渉で前進はあったが、それでも村には帰れないと訴える。

 ■娘殺され、国軍兵の関与問えず
州都ミッチーナにあるジャンマイカウン・キャンプに3月下旬、避難民のルブさん(41)を訪ねた。

ルブさんの長女(20)は辺境の村で、子どもらに勉強を教えるボランティア教員だった。1月の深夜、赴任していたシャン州北部のカチン族の村で、家が何者かに襲われた。同居していた同僚女性(19)とともに強姦(ごうかん)され、殺された。(中略)

長女が赴任した村には、事件の2日前から国軍の部隊が駐屯していた。兵士の犯行が疑われたが、国軍は関与を否定し国営紙で「国軍のせいにする者は法に基づき告訴する」と警告した。

それでも長女らを村に派遣したキリスト教系のカチン・バプテスト協議会(KBC)などには疑念がくすぶる。「軍が駐屯する村では、夜は兵士が怖くて外に出られない」(KBC関係者)事情があるからだ。

兵士の関与が疑われる人権侵害があっても、声を上げるのは容易でない、と人々は言う。2012年に娘(当時14)を軍の銃撃で殺されたと告発したカチン族男性は、逆に虚偽告訴罪で起訴されて罰金刑になった。

ルブさんは「国民を守るべき兵士が近くにいて、なぜ娘を守れなかったのか」とだけ話した。

 ■キャンプに10万人、見えぬ帰還
カチン独立機構(KIO)も含む少数民族武装勢力と政府は3月末に全国停戦協定の草案で合意した。だが、前線では双方の部隊がにらみ合いを続ける。大小120カ所のキャンプに暮らす約10万人の帰還のめどは立っていない。

ミッチーナ郊外にあるマイナKBCキャンプに住むガムアウンさん(46)は時々、軍が駐留する自分の村のミカン畑まで、燃料のまきを取りにいく。米や豆は国連世界食糧計画(WFP)から支援されるが、まきの支給はないからだ。

だがKIOのメンバーと疑われれば拘束される可能性もある。「途中で兵士に出くわし、慌てて林に隠れた」という。

キャンプで人々は竹造りの高床式の長屋で暮らし、建設現場や畑での日雇いで500円ほどの日銭を得る。職業訓練を受け裁縫の職を得たジャンマイカウン・キャンプのナンルウさん(29)は「村では貧しくても自由だった。早く帰れるように祈るしかない」と話した。【4月8日 朝日】
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シルヴェスター・スタローン主演映画「ランボー/最後の戦場」では、ミャンマーの少数民族カレン族へのミャンマー国軍の残虐行為が描かれています。

“本作品の舞台としてミャンマーが選ばれたのは、「現実に、残忍な暴力や虐殺が起こっている地域を舞台にしたい」というスタローン本人の強い希望による”【ウィキペディア】とのことですが、この種の映画にありがちなように、“悪役”国軍の極悪非道ぶりは徹底しており、アジア人として違和感を感じる部分もありました。

しかし、上記記事など見るとまったく荒唐無稽な話でもなさそうです。

たとえ「全国停戦協定」が合意されたとしても、「軍が駐屯する村では、夜は兵士が怖くて外に出られない」状況が改善しない限り、本当の意味での国民和解はありえません。

おそらく、協定合意よりはるかに困難なことでしょう。
軍出身の大統領の数少ない利点は、軍へのコントロールが効くということだと思うのですが・・・。
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