孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

香港のウルムチ化への懸念 香港情勢が影響する台湾、シンガポール、更にその先には中国自身も

2019-12-11 23:06:51 | 東アジア

(今年4月、(シンガポール)チャンギ国際空港の新しい観光名所「ジュエル」がオープン。世界最大の人工滝など、世界の観光客を魅了する一方、経済減速、貧困など社会問題山積で一党独裁の陰りも見える【1210日 JB press】)

 

【「昨日の疆蔵(きょうぞう)」「今日の香港」】

香港については、アメリカで「香港人権・民主主義法」が成立したこともあって、普通選挙導入など「五大要求」を掲げる形で抗議活動は未だ収束していません。その性格は、実質的支配権力である中国に対する抗議の様相も強めています。

 

そうした情勢で気になるのは香港政府・中国側の対応。

 

****香港、殺傷武器を連日「発見」 政府発表、デモと関連付け****

香港メディアは11日、警察当局が10日に九竜地区で強い威力のエアガンを所持していた無職の男(22)を逮捕したと伝えた。一連の抗議活動に共感していたという。

 

香港政府は連日、手製爆弾など殺傷力の高い武器を「発見した」と発表。抗議活動との関連を調べているとしており、当局がデモ隊の“凶悪さ”の印象付けを図っているとの批判も出ている。

 

香港の林鄭月娥行政長官は10日の記者会見で「学校で破壊力が非常に高い爆弾が見つかった」と発表した。警察によると、遠隔操作で起爆できる手製爆弾2個を9日に発見。大量のくぎが仕込まれ、殺傷能力があるとみられるという。【1211日 共同】

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上記のような「発見」を根拠に、「抗議活動=テロ」といった解釈で強圧的な鎮圧に出る可能性もあります。

新疆ウイグル自治区では、まさにそういう図式で、100万人以上を「職業技能教育訓練センター」に送り込んでいるとも言われるような対応がなされています。

 

****香港デモ半年 反政府から反中へ抵抗運動続く 当局の「テロ」認定でウイグル化も****

香港で大規模な反政府デモが起きてから9日で半年を迎えた。「逃亡犯条例」改正案の撤回や林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官の引責辞任を求めていた反政府デモはその後、政府を背後で操る中国共産党への抵抗運動に発展した。8日の大規模デモを経て抗議活動はどこに向かい、中国当局はどう対応するのか。

 

「昨日の疆蔵(きょうぞう)」「今日の香港」「明日の台湾」−。

 

8日のデモ行進で掲げられていたのぼりである。「中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区やチベット地方で起きた問題は、香港で起きつつあり、台湾でもこれから起きうる」といった意味だ。

 

中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正問題に端を発した反政府デモが今や、“香港のウイグル化”にNOを突きつける反中運動でもあることを示していた。(中略)

 

スローガンも「香港人、頑張れ!」から「抵抗せよ!」に変わっていった。

  

デモ参加者は「和理非(平和、理性、非暴力)派」と「勇武(武闘)派」に大別される。(中略)

 

勇武派のメンバーによると、理工大でダメージを受けた勇武派は今、態勢の立て直しを図りながら、火炎瓶以外の「武器の強化」、具体的には「爆弾の製造を進めている」という。(中略)

 

今後、爆弾が使用された場合、当局は若者らのレッテルを現在の「暴徒」から「テロリスト」に張り替え、さらなる規制強化の口実にする可能性がある。

 

これは、中国の新疆ウイグル自治区で取られてきた手法だ。新疆では今、「テロ対策」と称して大量の住民が再教育施設に強制収容されている。

 

民主派のある区議は「中国本土と香港の境界付近に反テロ施設が建設されているようだ。警官を訓練するだけでなく、香港市民も収容される恐れがある。新疆での人権侵害は人ごとではない。香港にも差し迫った問題だ」と話し【129日 産経】

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【「今日の香港」「明日の台湾」】

香港の状況は「一国二制度」の実態を明らかにすることで台湾の若者らを刺激し、11日の総統選挙における蔡英文総統再選への強い追い風となっています。

 

****香港デモ、蔡氏に若者の風 台湾総統選まで1カ月****

反政府デモが続く香港情勢が、来年1月11日の台湾総統選の様相を一変させている。台湾に統一を迫る中国への警戒感が高まり、歯切れ良く「一国二制度」を拒否する現職の蔡英文(ツァイインウェン)総統(63)の支持率が急回復。香港と同じく若者が世論を引っ張っている。

 

 ■「一国二制度」の不安、20代7割支持

(中略)台湾の若者が香港のデモに共鳴する背景には、統一をめざし台湾に圧力をかける中国への警戒感がある。

 

中国の習近平(シーチンピン)・国家主席が、香港に適用する一国二制度の「台湾モデル」を模索すると演説したのは今年1月。

 

その香港で6月から本格化したデモを、香港政府はときに実弾を使って抑え込んだ。一国二制度の現実を、台湾の人々は隣で見せつけられている。(中略)

 

若者らの切迫した不安を台湾メディアは「亡国感」と表現する。その受け皿になっているのが再選をめざす蔡英文氏だ。

 

「圧倒的多数の台湾の民意は一国二制度に反対だ」

習氏が統一を呼びかけた1月、蔡氏は即座に反論した。昨年11月の統一地方選で与党民進党が大敗、蔡氏の支持率も2割台に沈んだが、毅然(きぜん)とした姿勢が好感され3割台に急回復した。

 

さらに6月、100万人規模に膨らんだ香港のデモについて蔡氏は「香港人には自由と民主主義を追求する権利がある」と表明。この月、支持率は不支持率を抜いた。

 

対する野党国民党の韓国瑜(ハンクオユイ)氏(62)の支持率は夏まで蔡氏を上回っていたが、親中的な姿勢が嫌われ急落している。

 

世論調査では、20代の7割、30代の5割が蔡氏を支持する。1987年に戒厳令が解かれ民主化が進んだ台湾で、自由な空気を吸って育った若者らだ。

 

2014年3月に当時の国民党政権の対中関係強化策に反対し、立法院(国会)を占拠した「ひまわり学生運動」の世代でもある(中略)この運動が一つの刺激となり、香港では同年9月、民主化を求める「雨傘運動」が起きた。(後略)【1211日 朝日】

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【シンガポールの香港化】

上記のような香港・台湾連動の話はよく見聞きするところですが、香港の混乱はシンガポールにも及んでいるというのは興味深い話です。

 

もとより、経済的に金融センターとして香港とシンガポールはライバル関係にありますので、香港が混乱すれば資金はシンガポールに流出するということはありますが、話はそこに限定されないようです。

 

その前提として、シンガポールの強権的・一党支配的といってもいいような政治体質があります。

 

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そもそも、シンガポールは国際的に報道・言論・表現の自由度で極めて低くランキングされているが、10月、自由度をさらに引き下げる新たな規制法を施行した。

 

政府が虚偽と判断した記事や情報の削除や訂正を命じ、最大10年の禁錮刑を科すことが可能な「フェイクニュース・情報操作対策法」の適用を始めたのだ。

 

早速11月に、野党政治家のフェイスブックへの投稿が虚偽だとして、フェイクニュース対策法に基づく訂正命令を出した。

 

10月には、人気ユーチューバーで東京や大阪にも店を構える香港の飲食店主のアレックス・ヤン氏が、シンガポールで香港デモをテーマとした政治集会を無届で開催したとして、国外退去処分になっている。仮に、彼が届けを出していたとしても、実際には許可されず、国外処分となっていただろう。

 

シンガポールでは、抗議活動に関する規制に違反すれば、最長6カ月間の禁錮刑に科される可能性もあるのだ。

 

ちなみに、多くの企業が混在する金融先進国のシンガポールでは、政府公認の組合が唯一スト権を保有し、いわゆる労働組合は事実上存在せず、活動していない。

 

さらに、大学入学希望者は「危険思想家でない」という証明書の交付をシンガポール政府から発行してもらう必要がある。反政府や反社会的な学生運動などは存在しないのが実情だ。

 

国際的に有力な大学が地元大学と共同事業を展開するなど、教育分野でも魅力があるとされるシンガポールだが、こと言論に関しては自由とはほど遠い。(中略)

 

クリーンで開かれたイメージのあるシンガポールだが、報道メディアや反政府活動の自由さや民主主義の度合いにおいて、現在の香港に比べてもえげつなく劣悪な状態にあると言ってもいいだろう。

 

選挙で野党候補者が当選した選挙区には、政府による“懲罰”が科され、公共投資や徴税面で冷遇されることでも知られている。

 

 形の上では公正な選挙で選ばれたように見えて、その実、選挙区割をはじめ選挙システムなど与党による独裁が守られる「仕かけ」が施されているのだ。

 

また、政府批判勢力には、国内治安法により逮捕令状なしに逮捕が可能で、当局は無期限に拘留することも許される。

 

そして、新聞、テレビなどの主要メディアは政府系持株会社の支配下にあり、独裁国家のプロパガンダを国民に刷り込むことに一役買っている。

 

来年に見込まれる総選挙で政権打倒を目指す野党「ピープル・ヴォイス(人民の声)」の党首で人気ユーチューバーの弁護士、リム・ティーン氏は、「国民の知る権利を剥奪する御用メディアは深刻な問題だ」と現政権を非難する。【1210日 末永 恵氏 JB press

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こうしたシンガポールの強権的一党支配体制は経済的繁栄と引き換えに、当然に大きな不満を抱え込んでいます。

そこに香港の「覚醒」が影響すると・・・・

そしてシンガポールの動揺は、シンガポールを“先生”に選んだ中国の行く末・・・という話にも

 

****香港民主化運動、思わぬ国に飛び火****

鎮まる気配を見せない香港の民主化運動が様々なところに飛び火し、アジアの政治体制を揺るがしている。

 

すぐに思いつくのは、来年1月の台湾総統選だろう。(中略)そして、思わぬところにも飛び火した。

 

香港同様、旧宗主国が英国で、国民の過半数が華人系、しかもアジアの金融センターの主導権争いなど長年、何かとライバル関係にあるアジアの富の象徴、シンガポールだ。

 

実は、シンガポールにとって香港の争乱は経済的にプラスに働いた。

 

米国で最大の投資銀行、ゴールドマン・サックスによる分析では、「香港のデモ激化で最大40億ドル(約4300億円)の資金がシンガポールに流出した」(10月公表)という。(中略)

 

しかし、話がここで終わればハッピーエンドだが、そうは問屋は卸さない。

 

1人当たりGDP(国内総生産)で日本を超えたシンガポールの屋台骨を支えている政治体制に動揺が走っているのだ。

 

建国以来54年、事実上、一党独裁体制を敷いてきたシンガポール政府は、香港の動向に危機感を募らせている。

反政府活動や野党の締め付けを強化しているだけではなく、今秋見込まれていた総選挙も来年に延期した(20211月期限)。

 

(前出)

 

このようにシンガポールでは一党独裁制を崩さない仕組みがきっちり組まれているのだが、一向に収拾に向かわない香港の民主化運動に危機感を抱き、さらなる対策に打って出ようとしている。

 

筆者の取材にシンガポール政府安全危機管理関係者は、「香港の民主化に感化され国内に混乱が発生した場合の『危機管理スキーム』を作成し、暴動クライシスへの対策を取りまとめた」という。

来年見込まれる総選挙を控え、シンガポールの“香港化”を防ぐ準備を行っていることを明らかにした。

 

これまでシンガポール政府は、困難に直面する香港への配慮から、民主化運動への公の言及を避けてきた。しかし、総選挙を延期決定した10月以降、シンガポールの香港化への危惧を公に露わにするようになってきた。

 

リー・シェンロン首相は、10月中旬に開催された一連の会議で「(我々が注意警戒していなければ)香港で起っていることが、シンガポールでも起こり得るだろう」と初めて公式に憂慮を示した。

 

そのうえで、「香港の民主化勢力は妥協を拒み、自由や民主主義を主張するが、真の狙いは香港政府打倒だ!」と声を荒げて民主化勢力を非難。

 

「香港とシンガポールの状況は違うが、シンガポールで社会的混乱が起きれば、シンガポールの国際的信用は破壊され、シンガポールは壊滅し『終わる』だろう」と危機意識を露わにした。(参考:https://www.youtube.com/watch?v=OxxzAs92QH4

 

なぜシンガポール政府が静観から一転して強い懸念を示すようになったのか――。

一つには、あえて国民の危機感をあおり、香港のような民主化運動が起こるのを未然に防ぐ狙いがあったと言える。

 

そしてもう一つの大事な点が、国民の自由を剥奪してきた政策が至る所で綻びを見せ始めているという現実だ。

 

国政メディアは決して伝えないものの、経済発展を果たしたいま、自由を求めて国民の不満が高まり、じりじりマグマ化してきている実態が明らかになってきた。

 

以前、「金持ちなのに 老化と貧困に悩むシンガポール」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57180)で書いたように、シンガポールは日本を上回る超少子高齢化や格差社会の課題を突きつけられている。

 

一方で、ホームレスの増加、若者や高齢者の貧困や自殺、インドや中国からの移民急増による国民の雇用不安や失業、CPFという年金を核にした社会保障制度の不備が社会不安をあおっている。

 

11月、そんなシンガポールで興味深い全国調査の結果が公表された。「シンガポール初の全国規模のホームレス調査」(シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院)だ。

 

人口約570万人のうちホームレスの数が約1000人だったことが明らかになった。

 

シンガポールにもホームレスがいるのは国民も知ってはいたが、その数がここまで多いとは誰も思わなかったのだろう。衝撃的なニュースとして伝わった。(中略)

 

彼らの多くが、人口の約20%にも達している貧困層で、守衛や清掃員、宅配サービスのGrabなどの低賃金の仕事で生計を立てている。

 

さらに特筆すべきは日本との比較。

日本の首都・東京では、人口約1350万人でホームレスは毎年減少傾向で、1126人(今年1月現在)ほど。

 

これに対し、人口約570万人と東京の半分にも満たないシンガポールのホームレス数が東京並みで、かつ増え続けているのだ。

 

1人当たりGDPでは日本を超えたが、国民が幸せに暮らせているかというと、そうでもない。

 

シンガポールの一党独裁の歪は、政治的統制、様々な規制、能力至上主義社会を反映し、米調査会社ギャラップの日常生活の「幸福度」調査では、シンガポールが148カ国中、最下位だったこともある。

 

経済発展がある程度進むと、人々の欲求は人間らしさに向かうのだろう。長年、シンガポールを取材してきて痛感する点である。

 

シンガポール建国の父、リー・クアンユー元首相の長男、シェンロン氏は現首相、次男のリー・シェンヤン氏はかつてはシンガポール最大の通信企業シングテルの最高経営責任者、さらには大手銀行のDBS銀行やシンガポール航空を傘下に収めるテマセク・ホールディングス最高経営責任者は、現首相シェンロン氏の妻、ホー・チン氏だ。

 

シンガポールは一党独裁でありながら経済成長を果たした背景から、「明るい北朝鮮」とも呼ばれる。リー・ファミリーが政治権力だけでなく、富も独占的に保有してきたからだ。

 

香港の民主化運動は、シンガポールのこうした政治体制をも揺るがしかねないパワーを秘めている。

 

政府が必死に飛び火を食い止めようとするのも分かる。しかし、国民の間にマグマのようにたまった不満を強硬な政策で抑え続けることは難しくなりつつある。

 

20153月に建国の父、リー・クアンユー氏が亡くなった時、旧知の間柄だった台湾の李登輝元総統はこう言い放った。「我々、台湾は自由と民主主義を優先させたが、シンガポールは経済発展を優先させた」

 

この時すでに李登輝氏はシンガポールの現在の悩みを予知していたのかもしれない。

 

そして、それは改革開放以来、鄧小平国家主席(当時)の理想理念のもと、シンガポールを“先生”に選んだ中国の行く末でもある。

 

香港の民主化運動が本格的にシンガポールに飛び火するかどうかは、中国の一党独裁を永続させることができるのかという問いでもある。【1210日 末永 恵氏 JB press

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温暖化問題  加速する北極の気温上昇 その影響は世界的規模の政治混乱にも 切実さが乏しい日本

2019-12-10 21:47:46 | 環境

(【アピステコラム】)

 

【加速する北極の変化 中緯度地域の干ばつ、洪水、熱波などの異常気象を誘発する可能性】

スペイン・マドリードで国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)が開催中ということで、温暖化に関する記事を多く目にします。その中からいくつか。

 

世界の気温については、2℃上昇を防げるかどうかが議論になっていますが、地球全体が2℃上昇する時、より敏感に反応する北極では4℃上昇して世界の気象に多大な影響を与えることになる・・・という論文が出されています。

 

****北極は数十年で4℃上昇、温暖化は加速モードに*****

(中略)世界の気温が2℃上昇したとき、北極と南極はどうなっているのかを報告する新たな論文が、124日付けで学術誌「Science Advances」に発表された。それによると、すでに北極は温暖化した世界を先取りしており、近いうちに誰もがその影響を目にすることになるという。

 

「緩和措置を直ちにとらなければ、今後2040年で、北極が加速度的に温暖化する段階に入るでしょう」と論文の著者であるポスト氏は警告する。論文は、複数の国から幅広い分野の科学者が共著者に名を連ね、両極の温暖化が現在と未来に及ぼす影響を検証する内容だ。

 

温暖化を先取りする北極

北極では、地球上のどこよりも速く温暖化が進んでいる。この10年だけで北極の気温は1℃上昇した。論文によると、温室効果ガスの排出がこのままのペースで続けば、北極地方の気温は今世紀半ばに年平均で4℃高くなる。特に秋は最も変化が大きく、気温は7℃上昇するという。

 

同じ頃に地球全体の平均気温は2℃上昇するとみられているが、これは悲惨な影響が生じるかどうかのしきい値とされることが多い。

 

すでに北極地方では、先例のない変化がいくつも起きている。陸と海での氷の大規模な減少や、永久凍土の融解、森林火災、季節外れの嵐、春の訪れの早まりなどだ。

 

今年の夏の海氷面積は、人工衛星による観測が始まった1979年以降で2番目の小ささとなった。また、7月の暑さで、グリーンランドの氷床から数十億トンの氷が解けた。森林火災はアラスカからシベリアにかけて数百万ヘクタールを焼き尽くした。

 

「近年の北極地方の温暖化は、すでに広い範囲に明らかな影響を及ぼしていますが、さらに温暖化が加速した状況ではこんなものでは済まないのです」とポスト氏は言う。

 

北極でも南極でも、数々の憂慮すべき変化が生じている。しかし、変化が格段に速いのは北極だ。近い将来、北極の温暖化の影響が高緯度地域にとどまらず、はるかに広い範囲で感じられるようになると論文は警告している。

 

予想以上に速いペースで海氷が消えている

科学者たちが特に心配しているのは、北極の海氷が失われることだ。夏の海氷は、過去40年にわたって10年ごとに10%を超えるペースで縮小している。温室効果ガスの排出ペースがこのまま続けば2025年以内に消滅すると予想されており、もっと早い時期を予想する研究者もいる。

 

論文の共著者で、カナダ、マニトバ大学と米国立雪氷データセンターの極域リモートセンシングの専門家ジュリエンヌ・ストローブ氏は、北極の温暖化により、夏の海氷の縮小はしきい値を超えてしまった可能性があると考えている。

 

「人々が二酸化炭素の排出量を削減して温暖化に歯止めをかけようとしている中でこんなことを言うのは危険なのですが……夏の北極海から海氷がなくなるのは現実になりそうです」

 

ストローブ氏による最近の研究では、北極海の海氷が、現行のほとんどの気候モデルが予測するより速く縮小していることが示唆されている。

 

海氷の縮小は悪循環を引き起こす。つまり、光を反射しやすい海氷が解けると、海面が熱を吸収しやすくなり、海水温が上昇することでさらに多くの海氷が解けるのだ。

 

北極海の海氷が解けると、北半球の中緯度地域に、干ばつ、洪水、熱波などの異常気象が増えるおそれがある。科学者の間でも議論があるが、いくつかの研究では、北極の温暖化によりジェット気流が弱まり、蛇行しやすくなることが示唆されている。そうなると、北極地方の冷たい空気が現在よりも南下し、暖かい空気が北に張り出すようになるという。

 

「北極の温暖化が加速すると、中緯度地域と高緯度地域の温度差が変化して、米国本土をはじめ北半球全体の天気に影響が及びます」と論文共著者である米ペンシルベニア州立大学の大気科学者マイケル・マン氏は説明する。

 

「中・高緯度地域の温度差はジェット気流を作り出しています。温度差が小さくなれば、ジェット気流は遅くなり、高気圧や低気圧が長期にわたって同じ場所にとどまるようになります」

 

マン氏によると、この現象は、今年の夏にヨーロッパを襲った猛暑や、近年、米国東部から中西部までを凍りつかせている北極からの強力な寒波と関連があるという。

 

永久凍土が解けて森林火災が激しくなる

海面上昇も心配されている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が9月に発表した報告書によると、北極圏の陸氷、特にグリーンランドを覆う広大な氷床は、現在の気候モデルの予想より速く解けていて、海面上昇は今世紀末に約1mという現行の予測をかなり上回る可能性があるという。

 

北極圏の永久凍土の融解も進んでおり、強力な温室効果ガスであるメタンを放出して大気中のメタン濃度を急上昇させ、温暖化に深刻な影響を与えている。

 

最近発表された別の研究では、永久凍土が融解した土壌が乾燥することで、北極地方の森林火災の激しさが年々増していくと予測されている。

 

北極ではすでに季節が狂いつつある。(中略)

 

今回の論文は「現在起きている変化と温室効果ガスの排出シナリオとの関係をしっかり評価できています」と米アラスカ大学フェアバンクス校の大気科学者ジョン・ウォルシュ氏は認める。なお氏は今回の論文には関わっていない。

 

2℃の温暖化は排出量を極力少なくできた場合のシナリオですが、この論文は、その場合ですら北極がこれまでとは違った場所になってしまうことを指摘しています」

 

化石燃料の使用による排出量を減らすことで、北極の温度上昇の幅を小さくしたり、数十年遅らせたりすることができるかもしれないと著者らは主張する。

 

「ある意味、北極は私たちに語りかけているのです」とポスト氏は言う。「あとは、私たちがその声に耳を傾けるかどうかです」【1210日 ナショナル ジオグラフィック】

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より身近なところでは、以下のような報告も。

 

****オホーツク海の流氷“今世紀末には消える可能性も”温暖化影響****

北海道の網走市などで見られる冬の風物詩、流氷が地球温暖化の影響で、今世紀末には消えて見られなくなる可能性があるとする調査結果をオホーツク流氷科学センターがまとめました。

 

ロシア沿岸部でできる流氷が気温の上昇で北海道まで南下しなくなるためで、研究グループは「流氷を見られなくなる日が予想以上に早いペースで近づいている」と指摘しています。(中略)


札幌管区気象台は、国連が発表した地球温暖化のデータなどをもとにオホーツク海側の冬から春にかけた平均気温をシミュレーションした結果、今世紀末には3度から最大で6度前後上昇する可能性があるとしています。(後略)【1210日 NHK】

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【気候変動は食糧生産に影響することで、世界的規模での紛争・政治不安定化にも】

“北極海の海氷が解けると、北半球の中緯度地域に、干ばつ、洪水、熱波などの異常気象が増えるおそれがある”・・・・ということで、単に「気象が変化する」ということにとどまらず、世界の広い範囲で食糧生産や居住可能性に大きく影響してきます。

 

****気候変動が世界の食糧供給の脅威に 研究****

気候変動による異常気象が同時に複数の穀倉地帯を襲うと、世界の食料供給が脅かされると警告する研究結果が9日、英科学誌ネイチャー・クライメート・チェンジで発表された。

 

気候は重要な不確定要素だが、ある地域で穀物が不作だった場合、通常は別の地域の生産によって損失分が補われている。また、短期的な混乱には備蓄や貿易で対応している。だが、論文によると「現在の仕組みが、これまで以上の異常気象に耐えられるかは疑わしい」という。

 

オーストリアを拠点とする国際応用システム分析研究所の研究チームは、気候変動は気温を上昇させるだけではなく、干ばつ、熱波、洪水など深刻な異常気象をこれまで以上に発生させていると指摘する。

 

論文の筆頭執筆者であるIIASAのフランツィスカ・ガウプ氏は、気候が農業生産に打撃を与えると、食糧価格の急騰や飢饉(ききん)が発生し、政情不安や移住など他のシステムにまで危険が及ぶ可能性があると指摘する。

 

1967年〜2012年の気候と穀物生産量のデータは、特にコムギ、トウモロコシ、ダイズについて、世界の複数の穀倉地帯で不作が同時に発生する確率が著しく増加していることを示している。(中略)

 

さらに、ネイチャー・クライメート・チェンジ誌に同時掲載された関連論文は、世界の食料生産の最大4分の1を占める北米西部、欧州西部、ロシア西部、ウクライナで、ジェット気流の変化によって熱波が発生する危険性が急速に高まっていると警告している。

 

独ポツダム気候影響研究所の客員研究員カイ・コルンフーバー氏は、「今回の研究では、食糧システムにおける脆弱(ぜいじゃく)性を発見した。世界規模で風のパターンが固定化されると、世界の主要穀倉地帯で熱波が同時発生する危険性が20倍となる」と説明している。

 

また、共著者であるPIKのジョナサン・ドンジュ氏は「今後、異なる地域で同時に熱波が発生する頻度が増えるだけではなく、熱波の深刻さもはるかに増す」と指摘した。

 

「熱波の影響を直接的に受ける地域で食糧不足となるだけではなく、遠く離れた地域も食糧不足と価格高騰に見舞われる恐れがある」 【1210日 AFP】AFPBB News

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食糧供給の不安定化、食糧価格の高騰は、脆弱な地域で政治の不安定化に直結し、地域的な紛争を誘発、より安定した国への膨大な難民の発生を惹起し、世界規模での混乱に・・・・といった事態も想定されます。

 

困ったことに、温暖化による北極などにおける変化は、変化の結果が更に変化を加速させる方向に働くという形で加速度的に進み、ある時点を超えるともはや止められない状況に陥ります。

 

一部の現象はすでにこの限界を超えたのでは・・・と危惧させるところもありますが、全体的なところでは、今はそうした「崖っぷち」に近づいている状況と思われています。

 

【“ステーキを毎日食べたい”小泉環境相が石炭火力の必要性について“丁寧な説明”】

そうした中にあって日本は「化石賞」を授与されるぐらいに評判がよくありません。

 

****石炭火力、日本が支援を継続 途上国の発電所新設、逆行批判も****

地球温暖化対策に逆行するとして批判が強い発展途上国の石炭火力発電所建設への国際援助を、日本政府が今後も続ける方針であることが9日、政府関係者の話で分かった。

 

スペイン・マドリードでの気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)では、石炭火力の廃止を求める声が高まっており、日本の公的援助にはさらに厳しい目が向けられそうだ。

 

政府は「インフラシステム輸出戦略」で「石炭をエネルギー源として選択せざるを得ないような国に限り、要請があった場合は原則、世界最新鋭の発電設備について導入を支援する」と、条件付きながらも石炭支援の実施を明記している。【1210日 共同】

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COP25に出席する小泉環境相は「厳しい批判に対しては誠実に逃げることなく、丁寧な説明をする」と語っていますが・・・・

 

****地球温暖化防止 英大学が食堂で牛肉・羊肉メニュー出さず 畜産農家は猛反発****

小泉環境相の「ステーキ、やっぱりステーキ食べたいですね。毎日でも食べたいね」という20199月の発言が、海外で波紋を呼んだ。

 

牛肉をめぐっても、環境に優しくないと批判の声がある。

というのも、家畜の飼育は温室効果ガスを増やすが、特に牛は、鶏や豚に比べて、排出する温室効果ガスが多く、あるデータでは6倍以上だという。

 

なぜかというと、牛は食べた餌を胃の中の微生物によって発酵することで消化しやすくしていて、その際に発生する大量のメタンガスを、げっぷなどで大気中に排出しているため。

 

こうしたことから、イギリスのあの名門大学の学生食堂では、牛肉を使ったメニューは、もう食べられなくなっている。

 

一方で、畜産業界からは反発の声。

イギリスの名門・ケンブリッジ大学では、すべての学生食堂で、3年前から、牛肉と羊の肉を使った料理を提供することをやめている。

 

学生食堂責任者は、「一番下に豚肉はあるが、冷蔵庫の中に、羊肉や牛肉は一切入っていない」と話した。

温暖化の防止に貢献しようとするもので、大学によると、温室効果ガスの削減量は、1年間でおよそ500トンにのぼったという。これは、乗用車で地球を94周回る際の排出量に匹敵する。

 

大学の環境問題担当者は、「ここまでの削減になるとは思わず、ワクワクした」と話した。

 

一方、地元の畜産業者は、猛反発している。

牧場経営者は、「人々は、責任転嫁先を探しているのだと思う」と話した。この牧場では、牛に与える餌はすべて、ここで栽培した草を与えているという。

 

牧場経営者は、「ここでは加工した餌を使っておらず、車を使った牛の運搬も最小限にしているので、温室効果ガスの排出は少ない」と主張している。

 

牧場経営者は、「車や飛行機などを利用する人間こそが、汚染の原因だ」と話した。

 

学生食堂で牛肉を使ったメニューをやめる動きは、イギリスのほかの大学にも広がりつつある。【1210日 FNN PRIME

********************

 

不可逆的な限界点を目前にして、できることはすべてやらないといけない状況で、“ステーキを毎日食べたい”大臣が石炭火力の必要性について“丁寧な説明”をしても・・・恐らく受け入れられないでしょう。

 

別に小泉氏を揶揄するつもりもありませんが、危機感をどこまで切実に感じているか・・・という問題でしょう。

 

ドイツの環境NGOは、去年1年間に異常気象で世界で最も深刻な被害を受けたのは、記録的な豪雨や猛暑に見舞われた日本だったとする分析を発表していますが・・・。

 

日本についていえば、同じ“危機意識の切実さ”の問題は温暖化だけでなく、今後30年間に70%の確率で起きると言われる首都直下地震についても同様でしょう。

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イラク  シーア派南部から「反イラン」の抗議 親イラン勢力のデモ隊攻撃などで事態は混迷

2019-12-09 23:16:47 | 中東情勢

(イラク首都バグダッドにあるタハリール広場で、死亡した反政府デモ参加者の写真を掲げる人々(2019126日撮影)【127日 AFP】)

 

【「反イラン」色を強める抗議デモ 苛立ちが募るイラン】

世界で同時多発的に発生している政府への抗議行動の主要舞台が中東であり、そのひとつがイラクです。

 

イラクでは10月から、一向に改善しない経済状況、腐敗・汚職にまみれた既成政治への抗議デモが拡散、治安東京の厳しい鎮圧行動で“死者数は7日時点で450人を超え、負傷者は2万人近くに上っている”【128日 AFP】とも。

 

イラクの今回の抗議行動で特徴的なのは、シーア派が政治の中心に位置するイラクに対する大きな影響力を有するシーア派“総本山”のイランに対する不満が表面化していることです。

 

****イラン「中東支配」の野望が頓挫****

・・・・・バグダッドではグリーンゾーンへとつながる橋が市街戦の主要戦場になった。デモ隊は当初、座り込みで橋を占拠したが、治安部隊が簡単に排除したため、次からは各種の障害物を持ち込んでバリケードを築いた。

 

抗議主力はアラブ人の若者で、「イランは出て行け」「イランの傀儡は去れ」「ここはイラクだ」など、反イランのスローガンを唱和する。バスラでは、主要港につながる輸送道路をめぐる攻防が続く。

 

イラクでの騒乱は今回、クルド人自治区やアラブ人スンニ派地区では目立っていない。これまでは政府の支持基盤だった、イスラム教シーア派が多い南部が、抗議の舞台である。

 

シーア派のアラブ人が、「反政府」「反イラン」に回って、抗議の声を上げる。

 

二〇〇三年のサダムーフセイン政権崩壊以降、いっこうになくならない腐敗と汚職、近年のイラン政府の影響力増大に怒っている。

 

デモ隊は「政府はイランの掌中にある」として、アディルーアブドルマフディ首相の現政府退陣とイランの影響力排除を求めている。(後略)【「選択」12月号】

******************

 

事態は、南部ナジャフでデモ隊がイラン領事館を襲撃・放火するまでに悪化。

 

イラン、特に対外戦略の中枢にある革命防衛隊の最精鋭組織「コッズ部隊」のソレイマニ司令官は、こうしたイラクの状況に苛立ちを募らせています。

 

“「コスス部隊」のカセム・ソレイマニ司令官がたびたびバグダッド入りし、腰の定まらないイラク政府を叱咤激励している。”【同上】

 

****イラン、イラクに「断固とした」対応要求 デモ隊の領事館襲撃受け****

 イラク南部ナジャフでデモ隊がイラン領事館を襲撃したことを受け、イラン外務省は28日、声明を発表し、イラク当局に「断固とした実効的な」対応を要求したと明らかにした。

 

イラクでは政府内部の汚職に抗議するデモが続き、イランによる内政介入を拒否する声も出ている。

 

領事館への襲撃と放火は27日に発生。イラン外務省の報道官は暴徒を非難し、イラク政府に「実行犯への責任ある断固とした実効的な」対応を取るよう要求した。

 

(中略)イラクでは約1カ月前にもイスラム教シーア派の聖地カルバラでイランの在外公館が襲撃を受けた。(後略)

1129日 CNN】

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しかし、親イラン勢力が抗議デモに発砲するなどの容赦ない暴力をふるっていること、上記のようにソレイマニ司令官がイラク政治に干渉を厭わないことなどは、逆に抗議デモ側のイランへの反発を強めているようにも見られます。

 

****イラク抗議デモでひびが入るイランとの関係****

10月初めからイラクで始まった反政府デモは、同月中旬にいったん鎮静化の兆しを見せたが、アブドルマハディ首相の就任1年にあたる1025日に再び激化、政府の暴力的な鎮圧などにより、これまでに300人を超える死者と15000人以上の負傷者を出す事態となっている。

 

イラクの抗議デモの当初の主要な標的は、イラク政府の腐敗、電気、水といった公共サービスを提供できない政府の無能さであったが、同時に反イランの要素もあった。

 

デモの発端の一つは国民的英雄であったサアディ将軍の左遷に対する抗議で、左遷の背景にイラン系の国民動員軍がいたということで、イランの干渉に対する憤りが高まった。

 

ここにきて抗議はイラン批判の色彩を強めている。一つには、イランを支援するシーア派民兵組織がデモ隊に暴力を振るったのがイラン批判を強めたと指摘されている。またイラン政府やイランのクッズ部隊の司令官がイラク政府に抗議を厳しく弾圧するよう要請し、イラク人が強く反発したこともあった。

 

さらにシーア派の最高指導者の一人アリ・シスタニ師がイランによるイラク介入に反対の意を表明した。穏健派として知られるアリ・シスタニ師がイランを批判したことは、イラク国民の間での反イラン感情が如何に根深いかを示している。

 

イラクにおけるイラン批判の高まりは、両国関係に大きな影響を与えうる。これまでイラクとイランは友好的な関係にあった。イラクにとってイランは経済的にイラクを支える重要なパートナーであった。

 

イランにとってイラクは、地中海に至るシーア派の三日月地帯の重要な拠点であるとともに、米国のイラン制裁に参加しない国として貴重な存在であった。

 

3月にはイランのロウハニ大統領が大統領就任後初めてイラクを訪問し、エネルギー、鉄道建設、金融関係などの分野での協力関係を強める姿勢を明らかにした。この背景に照らして考えると、抗議デモを契機としてイラクとイランの関係悪化は急速に進んでいるように見える。

 

イラクのイラン批判は、イラクの愛国主義の表われと見ることが出来よう。そして、この愛国主義は、単にイランに反対するものであるのみならず、イランがシーア派を通してイラクへの影響力を強めていることへの反発であり、シーア派対スンニ派という宗派対立の構図への異議申し立てでもあり得る。

 

これまでイラクとイランを結び付けてきた重要な要素の一つはシーア派であった。シーア派が多数を占めるイラク国民がシーア派とスンニ派の対立を批判するとなると、今後、宗派の重要性に影響が出かねない。

 

シーア派とスンニ派の対立がイランとサウジの覇権争いの枢要な要素であることを考えても見逃せない動きである。抗議活動の結果いかんによっては、イラク情勢、イラクとイランとの関係は大きく変わる可能性がある。(後略)【126日 WEDGE

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イランが誇る“シーア派の三日月地帯”において、イラクと並んで重要拠点である、ヒズボラが国政の実質的決定権を持つレバノンでも、イラク同様に親イランのヒズボラを批判する抗議行動が起きています。

 

イラク・レバノンで親イラン路線が頓挫すれば、イランの対外戦略は基本的な見直しを迫られます。

 

こうしたイランをめぐる状況、一方のスンニ派盟主サウジアラビアもイエメンでの強硬路線を修正して和平を模索する動きがあることなど考えると、ここ数年の中東情勢の基本構図であった「シーア派・イラン対スンニ派・サウジ」という対立関係が今後変容する可能性も感じられます。

 

【首相辞任でも混迷の度を深める情勢】

話をイラクに戻すと、首相は辞任に追い込まれていますが、事態収拾の目途は立っていません。

 

****イラク国会、首相の辞任承認 デモ収拾は不明****

イラク国会は1日、辞意を表明していたアブドルマハディ首相の辞任を承認した。10月から抗議活動を繰り広げてきたデモ隊は歓迎の意を示しているが、デモが収拾に向かうとはみられていない。

アブドルマハディ氏は、イラクのシーア派最高権威であるシスタニ師が政治指導者交代を呼び掛けたことを受け、前週末に辞意を表明していた。(後略)【122日 ロイター】

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また、前出の南部ナジャフでは、121日、再びイラン領事館が襲撃・放火されています。

 

****イラン領事館にまた放火=シーア派聖地、デモ暴徒化―イラク****

反政府デモが続くイラクで1日夜(日本時間2日未明)、イスラム教シーア派聖地、中部ナジャフにあるイラン領事館がデモ隊に放火された。

 

ナジャフのイラン領事館は11月27日にも暴徒化したデモ隊に襲われたばかり。外交施設を警備する責任はイラク政府にあり、無策に対するイランの反発は必至だ。

 

イランは11月の事件後「イラク政府による襲撃者への断固とした対応」を求めていた。イラクでは11月初めにも別のシーア派聖地、中部カルバラでイラン領事館が襲撃を受けている。

 

政情不安定なイラクに対し、隣国イランは介入を強めてきた。これに対するイラクの民衆の不満が爆発していることが、一連のイラン領事館襲撃の背景に存在する。1日の領事館放火で緊張がさらに高まる事態が懸念される。【122日 時事】

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こうしたイラン・親イラン勢力と抗議デモ側の対立は悪化の様相を強めています。

そうした状態に火に油を注ぐような事態も。

 

****イラク反政府デモの拠点襲撃、12人死亡 米は新たな制裁発表****

反政府デモが続くイラクの首都バグダッドで6日、デモの拠点を複数の男が襲撃し、デモ参加者12人が銃撃により死亡した。

 

イラクをめぐっては米国が同日、イランによる「干渉」を非難し、イランが支援するイラクの武装勢力の幹部3人に制裁を科したと発表した。

 

バグダッドの主要デモ拠点となっているタハリール広場には5日、民兵組織「人民動員隊」を支持する数千人が集結しており、デモ参加者らは混乱を警戒していた。

 

反政府デモは6日、比較的落ち着きを見せていた。しかし、複数の目撃者がAFPに語ったところによると、夜に武装した男らがピックアップトラックに乗って現れ、デモ隊がこの数週間拠点にしていた大きな建物を襲撃した。

 

医療関係筋がAFPに語ったところによると、少なくとも12人が銃撃で死亡し、数十人が負傷。犠牲者の数は増える恐れがあるとしている。現場付近の野外診療所で活動する医師は、軽い刺し傷を負った少なくとも5人の手当てをしたと話した。

 

国営テレビは、「身元が特定されていない男ら」がこの建物に火を放ったと伝えた。

 

反政府デモは101日、バグダッドとイスラム教シーア派が過半数を占める南部で発生。今回の事件により、デモ発生以降の死者数は440人、負傷者は約2万人に達した。

 

米国は6日、反政府デモの参加者に対して死傷者を出す弾圧を行ったとして、イランの支援を受けたイラクの武装勢力の幹部3人に制裁を科したと発表。イランに対し、イラク内政への関与を避けるよう警告した。

 

イランはイラクの政界と軍関係者に対して多大な影響力を持ち、とりわけ人民動員隊における影響力は大きい。 【127日 AFP】AFPBB News

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アメリカによる制裁の対象となった3人は、“財務省は、3人はイラン革命防衛隊の精鋭部隊であるコッズ部隊と関係があり、首都バグダッドでのデモ隊への抑圧などに責任があるとしている。” 【127日 産経】とのこと。

 

また、国務省のシェンカー次官補(中東担当)は6日の記者会見で、「3人はイラン指導部から指示を受けていた」と指摘するとともに、コッズ部隊を率いるソレイマニ司令官が首相の後任選びに関与しているとの見方を示した。【同上】とも。

 

この事態に、デモ隊側はイランへの反発を更に強めています。

 

また、イラク政治が混乱すると必ずと言っていいほど関係が取りざたされるシーア派指導者サドル師も、今回は批判される立場にあるようです。

 

“バグダッドのシーア派指導者、ムクタダ・サドル師は難しい立場にいる。デモ隊の主力は、サドル師の名を冠しか「サドル・シティー」に住む貧しい若者たちだ。同師は「今の政府は去れ」と、デモ隊に同調するものの、「もっと反イランの旗幟を鮮明にして」と若者だちから突き上げられている。”【「選択」 12月号】

 

****イラク混迷、首都ではデモ拠点襲撃に抗議 サドル師宅にはドローン攻撃****

10月上旬から反政府デモが続くイラクで7日、前日に首都バグダッドで起きた武装グループによるデモ拠点襲撃に抗議する大規模デモがバグダッドや南部各地で行われ、参加者たちは襲撃は「殺りくだ」などと怒りの声を上げた。(中略)

 

同じ日、中南部ナジャフでは、イスラム教シーア派の指導者ムクタダ・サドル師の自宅を狙ったドローン攻撃があった。

 

サドル師の側近によれば、攻撃で外壁が損傷した。サドル師本人はイラン訪問中で不在だったが、この側近はこのような攻撃は「内戦」につながりかねないと述べており、10月以降の反政府デモをめぐる混乱は不穏な展開を見せ始めている。

 

イラクでの市民デモとしては参加者数も死者数もここ数十年で最大規模となる反政府デモが、不穏な展開によって政府への不満を示すという目的から大きく外れる恐れが出てきた。

 

AFPが医療関係者や警察、人権委員会の情報を基に集計したところでは、一連の反政府デモに絡んだ死者数は7日時点で450人を超え、負傷者は2万人近くに上っている。 【128日 AFP】AFPBB News

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“サドル師の自宅を狙ったドローン攻撃”に関して、“サドル師が最近では反イランの立場をとるようになったからだ、と説明されている。しかし、それは嘘であろう。”【129日 佐々木 良昭氏 中東TODAY】とも。

 

では、誰がどういう目的でサドル師自宅を攻撃したのか? 知りません。

サドル師側の言う「内戦」というのは、親イラン勢力と反イラン勢力の内戦ということでしょうか?

 

「反イランの旗幟を鮮明にして」と突き上げを受けているサドル師は、イランに出かけて何を相談していたのか?

 

イランを巡る対立を煽るスンニ派バース党残党の暗躍、裏で糸を引くアメリカ・イスラエル・サウジの存在・・・といった見方もあるようですが、実際どうなのか知りません。

 

わからないことばかりのイラク情勢ですが、混迷の度を深めています。

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イラン・アメリカ  米軍の中東増派報道の一方で、拘束者の交換でトランプ大統領がイランに謝意表明

2019-12-08 22:05:53 | イラン

(仏リヨンで開催された米国とイランのサッカーの試合で掲げられた米国旗とイランの国旗(1998621日撮影)【127日 AFP】)

 

【アメリカ、イランの容赦ない鎮圧行動を批判】

アメリカの制裁で財政的に苦しいイランがガソリン価格引き上げ(補助金削減)を行ったところ、悪化する経済状況の中で生活に苦しむ市民の激しい反政府デモが発生し、乏しい資源をシリア・イラク・レバノン・イエメンなどの親イラン勢力につぎ込んでいる現状にも批判が噴出、これに対し政権側は容赦ない鎮圧でこの抗議行動を封じ込めた・・・という件は、1129日ブログ“イラン  容赦ない鎮圧行動で国民不満を抑え込む”でも取り上げました。

 

この鎮圧でどれほどの犠牲者がでたのかは、当時インターネットが遮断されたこともあってよくわかりませんが、百数十人、二百人超、千人超といった様々な推測がなされています。

 

“イラン、窮地の政権 不満募らす市民/勢いづく反米勢力 デモ隊、死者140人超か”【1130日 朝日】

“イラン反政府デモ死者2百人超か 人権団体、当局は「誇張」”【123日 共同】

 

****米代表、イラン死者は「千人超」 反政府デモ弾圧、各国に制裁促す****

米国務省のフック・イラン担当特別代表は5日、記者会見を開き、敵対するイランでの当局による反政府デモ弾圧で「死者が千人を超えた可能性がある」と主張した。約7千人に上る逮捕者の多くが劣悪な環境下で拘束されているとして即時解放を求め、各国に弾圧に関与したイラン当局者への制裁を呼び掛けた。

 

トランプ大統領は5日、ホワイトハウスで記者団に「(当局は)大勢の人を殺し、自国民を拘束している」と述べ、イラン政府を批判した。

 

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは2日、少なくとも208人が死亡したと発表した。【126日 共同】

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上記については、イランと対立するアメリカの発表ですから、そこを考慮する必要がありますが、体制への危機感から容赦ない鎮圧行動がとられてことは間違いないようです。

 

【アメリカ イランの脅威に直面する中東に最大14000人の増派を検討中?】

アメリカが、こうしたイランを批判しているのは当然のところですが、数日前には、イランの脅威を念頭に置いて中東に米軍14000人を増派するとの報道がありました。

 

****中東への米軍14000人増派報道、米国防総省は否定****

米国防総省は4日、米国がイランの脅威に直面する中東に最大14000人の増派を検討中だとする米紙ウォールストリート・ジャーナルの報道内容を否定した。

 

WSJは匿名の米当局者の話として、中東に駐留する米兵を今年初めの規模から倍増し、艦艇「数十隻」を追加派遣する計画が検討されていると報道。早ければ今月中にも、ドナルド・トランプ大統領が増派を決断するとの見方を伝えていた。

 

しかし、米国防総省のアリッサ・ファラー報道官はツイッターへの投稿で、「はっきりさせておくと、この報道は間違っている。米国は中東への14000人追加派兵を検討してはいない」と否定した。

 

中東では艦船への攻撃が相次いでおり、9月にはイランの無人機とミサイルによるとされる石油関連施設への攻撃も発生。米政府は既に湾岸地域の駐留部隊を増強し対イラン経済制裁を拡大するなど、緊張が高まっている。 【125日 AFP】

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しかし、国防総省も否定していますし、シリアから撤退し、アフガニスタンからも抜けたがっているトランプ大統領がなぜ中東に増派?という疑問があります。

 

火のないところに煙はたたないのでしょうが・・・・

 

“国防次官(政策担当)のルード氏は「脅威の事情に関してわれわれが懸念を持って目にしている現状に基づけば、軍の態勢を修正する必要が出てきてもおかしくない」と答え、エスパー国防長官からは必要になれば態勢変更をするつもりだと伝えられていると付け加えた。”【126日 ロイター】

 

何か動きがアメリカ側にあるのでしょうか・・・よくわかりません。首尾一貫しないのはトランプ政権ではよくあることですので。

 

【イランのスポーツ外交不発】

軍を動かすことも検討されるほどの敵対関係・・・とも思われているアメリカとイランですが、そうしたなかで(成功はしなかったものの)関係改善を模索する動きだろうかと感じさせる報道も。

 

****イラン「レスリング外交」不発 米チームを大会招待断られる****

イランが近く開催する男子レスリングの国際大会に米国の選手を招いた。対立する米国の経済制裁に苦しむイランが、「雪解け」の材料にしようとしたとみられるが、「準備期間が短すぎる」と断られた。イラン学生通信が報じた。

 

同通信によると、大会は今月中旬にイラン北東部で開かれる。

 

同国レスリング連盟は1日、米国のクラブチームを正式に招待したことを発表し、滞在費や渡航費はイラン側が負担すると明らかにした。

 

これに対して米側は2日、「選手の最大の目標は来年の東京五輪だ。(イランでの大会には)参加しない」と、代理人を通じて断ってきたという。

 

イランは米国やサウジアラビアと対立し、イラン産原油の全面禁輸といった米制裁で経済が困窮している。外交交渉は行き詰まり、燃料費の値上げに反発したデモまで起きている。

 

そうしたなか、イラン政府関係者は「スポーツ外交は雪解けを演出する」と期待する。

 

2017年には、米国代表がイランであったレスリング大会に参加し、イラン人の観客が米国選手に声援を送って話題になった。今回は不発だった模様だ。【124日 朝日】

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【トランプ大統領 拘束者交換が無事に成功したとして、イランに謝意を表明】

上記“スポーツ外交”は不発に終わりましたが、互いの拘束者を交換・解放することが発表され驚きました。

 

****イランと米国、相手国市民をそれぞれ解放 拘束者を交換か****

米国とイランは7日、双方が拘束していた相手国の市民1人をそれぞれ解放した。両国の緊張関係が高まる中、拘束者を交換したとみられる。

 

米国政府は同国人研究者のシーユエ・ワン氏が帰国途上にあることを発表。その直前、イラン政府は同国人科学者のマスード・ソレイマーニー氏が米国から解放されたことを明らかにした。

 

モハンマドジャバド・ザリフ外相はツイッターに、「マスード・ソレイマーニー氏とシーユエ・ワン氏が間もなく、それぞれの家族と一緒になることをうれしく思う」と投稿。「全ての関係者ら、特にスイス政府に対して厚くお礼申し上げる」とツイートした。スイスはイランにおいて、米国の利益代表部を担っている。

 

国営イラン通信は、ソレイマーニー氏が「違法な拘束から1年を経て、先ほど解放」され、スイスでイラン当局者に引き渡されたと報じた。
 
その一方、ドナルド・トランプ米大統領は、「イランで3年超も捕らわれの身だったシーユエ・ワンさんが米国に戻るところ」であることを明らかにした。

 

中国系米国人であるワン氏は、スパイ罪で禁錮10年の刑が言い渡されていた。

 

米プリンストン大学で歴史学を研究していたワン氏は20168月、イランのカジャール朝について調査していたところに拘束された。 【97日 AFP】AFPBB News

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ザリフ外相が「マスード・ソレイマーニー氏とシーユエ・ワン氏が間もなく、それぞれの家族と一緒になることをうれしく思う」と、自国民のソレイマーニー氏だけでなく、イランが拘束していたアメリカ人シーユエ・ワン氏も同列に触れているところが「おやおや・・・」という感じも。

 

更に驚きは、“あの”トランプ大統領がイランに「謝意」を示したとか。

 

****トランプ米大統領、拘束者交換でイランに異例の感謝示す****

米国とイランの間で緊張が高まる中、ドナルド・トランプ米大統領は7日、「極めて公正な」交渉によりイランで拘束されていた中国系米国人が釈放されるなど、両国の拘束者交換が無事に成功したとして、イランに謝意を表明した。同大統領が敵対関係にあるイランに肯定的な発言をするのは異例。(後略)【128日 AFP】AFPBB News

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国内で激しい抗議行動が起きたイランは尻に火が付いた状況で、なんとかアメリカとの関係を改善して、経済状況を改善させたいとの本音があるであろうことは推測されます。

 

アメリカは・・・やはり、トランプ再選に向けた目に見える「成果」が欲しいということですかね。

 

何はともあれ、両国関係が改善するのは世界の緊張緩和に大きく役立つものであり歓迎すべきものです。

 

ただ、上記のような緊張緩和の方向に向かうのか、あるいは、前出のような米軍の中東増派といった緊張拡大の方向にむかうのか、よくわかりません。

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中ロ蜜月を示すパイプラインの稼働 ロシア側には極東や中央アジアにおける中国の影響力拡大への懸念も

2019-12-07 22:26:33 | ロシア

(ロシア東部ウラジオストクで開催された「東方経済フォーラム」で握手を交わすプーチン大統領(右)と習近平国家主席(2018911日撮影)【7月31日 JBpress】)


【公的事業での汚職にプーチン大統領激怒・・・ただ、それはプーチン体制そのもの】

最近目にしたロシア関連の記事で一番面白かったのが下記記事。

 

****ロシアの宇宙基地建設で巨大汚職 約187億円、プーチン氏が激怒****

ロシアのボストーチヌイ宇宙基地の建設で大規模な汚職が相次ぎ、少なくとも110億ルーブル(約187億円)が詐取されたことが判明、プーチン大統領が激怒する事態になった。重要国家プロジェクトの大規模汚職は、ロシアの腐敗ぶりをあらためて裏付けた。

 

「何十億ルーブルも盗まれたのに、一向に収まらない」。11月の政府会議でプーチン氏は怒りを爆発。これを受け、直後に捜査当局が汚職の規模を明らかにした。

 

ロシアメディアによると、横領容疑などで140件以上が立件され、国営企業幹部ら32人が有罪判決。資材費などを水増し請求し、予算をだまし取る手口だった。【12月1日 共同】

*********************

 

面白く感じた理由は、同じような記事がソチ五輪のときもあったからです。

 

****ロシア権力者にソチ五輪のツケ露と消えた出世のもくろみ****

(中略)ロシア政府関係者や財界のリーダー、そしてプーチン大統領が7日に、メーン会場となる新しいフィシュト・オリンピック・スタジアムへ開会式のために入場する際、そこに(スキー場建設に携わった)ビラロフ氏の姿はない。

 

スキー場は今、ルスキエ・ゴルキ・ジャンピング・センターと呼ばれるジャンプ競技場となった。だが、ビラロフ氏は1年前にロシア五輪委員会の副会長を解任されている。政府首脳によると、建設費が当初概算の12億ルーブル(約35億円)から80億ルーブルに膨れあがったことが背景にある。

 

プーチン大統領は自らジャンプ台の頂上に登り、テレビ中継させたうえで、五輪担当の副首相に膨れあがる建設費と工期の遅延は誰の責任かと問いただした。副首相は「同志のビラロフ」だと答えた。

 

国営「北カフカス・リゾート」の代表を務めていたビラロフ氏は直ちに職を解かれた。同社はソチ五輪が決まった後、カフカス地方にスキーリゾートを建設するために新設された国営企業だ。ロシア当局はビラロフ氏が外遊で散財するなど職権を乱用した疑いで刑事捜査を開始した。

 

(中略)ソチの開催費用が膨らんだのは、ソ連崩壊後のロシアが経験した大プロジェクトを上回る、この地域の壮大な開発スケールも一因だ。五輪関係者はコストの高い変貌を要求した。

 

腐敗も費用を3分の1割程度つり上げたと指摘するウォッチャーもいる。だがプーチン大統領はこれを否定している。(後略)【2014 年 2 月 3 日 WSJ】

*******************

 

デジャビュの感がありますが、プーチン大統領がいくら怒っても、プーチン氏を頂点とする権力の周囲に群がる政商・権力者が利権によって莫大な富を手に入れる、そうした既得権益層がプーチン氏を支える・・・・というプーチン体制そのものに起因する現象であり、ロシア経済が成長軌道に乗れない、ロシアの限界を示すものでもあるでしょう。

 

【「強いロシアの復活」を掲げたプーチン大統領は中国との関係を強化し、アメリカに対抗】

さはさりながら、ロシアが世界有数の軍事大国であり、国際政治に大きな影響力を有しているのは間違いない事実です。

 

周知のようにそのロシアは今、中国に接近して、中ロ蜜月とも言われる形でアメリカに対抗する構図が国際政治の大きな基軸ともなっています。

 

****冷戦終結30年 大国間の新たな争い 世界の分断や軍拡競争の懸念****

(中略)1989年12月3日、当時のアメリカのブッシュ大統領とソビエトのゴルバチョフ書記長は地中海のマルタで会談し、両国の対立で第2次世界大戦後の世界の分断をもたらした東西冷戦の終結を宣言しました。

アメリカはその後、世界唯一の超大国となり、自由と民主主義という価値観に基づくアメリカ主導の国際秩序の構築を図りましたが、2001年の同時多発テロ、イラク戦争、それにリーマンショックなどを経てその地位が揺らいでいきました。

こうした中、存在感を高めたのが「強いロシアの復活」を掲げたプーチン大統領率いるロシアと世界第2の経済大国となり軍事力を急速に増強する中国です。

アメリカはおととし発表した国家安全保障戦略で、ロシアと中国との新たな大国間競争を最大の脅威と位置づけ、両国への圧力を強めているのに対し、ロシアと中国は近年、連携を強化し、アメリカ主導の国際秩序に対抗する姿勢を鮮明にしています。

この結果、冷戦終結後の核兵器の大幅削減に役割を果たした米ロの核軍縮条約は両国の対立で失効し、核軍縮の枠組みが失われるなか、米ロ、それに中国は核を含めた先端兵器の導入を進めています。

さらに米中ロの開発競争は宇宙やサイバーといった新たな空間にも広がり、拡大する様相を呈しています。

冷戦終結から30年がたつなかで激しさを増す大国間の新たな争いは「新冷戦」とも呼ばれ、世界の分断や軍拡競争を再び招くおそれが懸念されています。(後略)【12月3日 NHK】

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その中ロ蜜月を象徴するものとして、ここ数日メディアに取り上げられているのが中ロ間のパイプライン稼働のニュースです。

 

****中国とロシア、550億ドルのパイプラインが示す新たな絆 *****

ロシア産の天然ガスを中国に運ぶ総延長1800マイル(約2900キロ)のパイプラインが2日から稼働する。建設費550億ドル(約6兆円)のプロジェクトはエネルギー輸送だけでなく、政治的にも大きな意味を持つ。

 

ガスパイプライン「パワー・オブ・シベリア」は、ソビエト連邦の崩壊以来で最も重要なロシア政府のエネルギープロジェクトであり、米国に挑む2つの大国の協力体制にとって、新たな時代の幕開けを示す物理的な絆でもある。

 

長年にわたりお互いに不信の目を向けライバル関係にあった中国とロシアは、世界の政治や貿易、エネルギー市場に影響を及ぼすべく、経済的・戦略的なパートナーシップを強化している。貿易面で米中対立が続く中、ロシアも欧米諸国との関係が冷え込んでいる。

 

コロンビア大学のフェローで米中央情報局(CIA)の元エネルギーアナリストのエリカ・ダウンズ氏は、「中国とロシアが手を結ぶことで、米国主導の国際秩序とは異なる選択肢があると示すことになる」と話す。

 

新たなパイプラインの開通式にはロシアのウラジーミル・プーチン大統領と中国の習近平国家主席がビデオ動画で登場予定だ。習氏はプーチン氏について、外国首脳の中でも「最も近く、親しい友人だ」と述べている。

 

一方のロシアも経済の脱ドル化を進める中で、中国元が外貨準備高に占める割合が昨年3月の5%から今年は14.2%まで増えたとロシア銀行(中央銀行)は明らかにしている。

 

ただし両国の協力関係に課題がないわけではなく、中央アジアでの影響力を巡る対立が支障となる可能性もある。

 

ロシア極東地域では中国資本のベンチャーへの反発もあり、中国からの訪問客や企業の進出を「中国による侵略」

ととらえる住民もいる。

 

中国の経済規模はロシアの8倍あり、ロシアでは同国が中国のジュニアパートナーになり、対等な貿易関係を築けていないとする見方もある。

 

パワー・オブ・シベリアは年内に50億立方メートルの天然ガスを中国に輸出し、その後は徐々に量を増やして2025年には輸送量が380億立方メートルに達する見通し。これはブラジルの1年間の天然ガス消費量に匹敵する。

 

中国とロシアはまた、モンゴルを通る次のパイプライン建設についてもすでに協議を始めているという。【12月2日 WSJ】

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このパイプラインは、シベリア地方イルクーツク州と極東サハ共和国の油田でガスを採掘し、中露国境の極東アムール州を経由して中国の黒竜江省まで輸送するものです。

 

“ロシアは、14年のウクライナ南部クリミア併合で欧米との関係が悪化。ガスの主要輸出先としてきた欧州に加え、アジアや中東など販路の多角化を進めている。”【12月3日 産経】というなかにあって、エネルギー確保が急務となっている中国と利害が一致したということでしょう。

 

もっとも、“ロシア政府系天然ガス企業ガスプロムと中国側の交渉は難航し、10年に及んだ”【12月2日 AFP】とのこと。難航したのは両者の力関係があってのことでしょう。

 

中ロ蜜月を印象づけるものとしては、パイプラインの他に中ロ間の道路建設も。

 

****ロシア・中国間、越境道路橋が完成 来春開通へ****

 ロシアの極東・北極圏発展省は12月1日までに、同国のブラゴベシチェンスク市と中国の黒河市を結ぶ初の道路橋が完成したと発表した。ロイター通信が報じた。

 

両国間の貨物輸送の増加を見込んでいる。同省によると、アムール川に架かる橋の利用開始は来年春になる見通し。

 

両国の合弁企業が担った橋の建設では長さ20キロ以上の新たな道路などを整備。ロシア国営のタス通信は今年1月、橋の建設工事は2016年に開始されたと報道。工費は推定で188億ルーブルとしていた。

 

ロイター通信によると、ロシア・アムール州の知事は「新たな国際輸送回廊の誕生」と評価。「橋により我々は中継地点としての可能性を十分に開発出来る」と強調した。

 

ブラゴベシチェンスク、黒河両市間の交流強化を図る事業はこの他にもあり、来年には国境越えのケーブルカー路線が開通予定。オランダ企業の設計によるもので、乗車時間は約7分30秒となる。【12月1日 CNN】

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【ロシア側には、ロシア極東への「中国による侵略」やロシアの「裏庭」中央アジアでの中国の軍事的存在感の高まりへの懸念も】

こうしてロシア極東が中国との関係強化を強めることは、ただでさえ人口・資本が希薄な極東が、中国経済圏に組み込まれてしまうとの不安がロシア側にはあります。前出【WSJ】が指摘する「中国による侵略」とのロシア側の懸念です。

 

また、前出【WSJ】が同時に指摘している中央アジアでの勢力争いについては、以下のようにも。

 

****中ロ蜜月に不穏な香り 中央アジアに吹くすきま風 *****
米国と鋭く対立する中国とロシアの蜜月ぶりが一層、際立っている。6月上旬に訪ロした中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席はロシアと連帯を深める共同声明に署名し、約30件の経済案件をまとめた。

 

ロシアのプーチン大統領も、中国に貿易・ハイテク戦争を仕掛ける米国をあからさまに批判し、習主席に共闘を誓った。北朝鮮やイラン問題でも、両国は米国へのけん制を強めている。

 

この蜜月は今がピークか、それともさらに上り坂を登っていくのか。中ロはこれまで以上に互いを必要としているようにみえる。

 

米欧から制裁を浴びせられるロシアは今年、経済成長が1%台に急減速するとみられ、中国との経済協力に頼らざるを得ない。

 

一方、対中強硬策に走る米国に対抗するため、習主席にとってもロシアの利用価値は高まっている。

 

だからといって、内部に何のあつれきも抱えず、相思相愛の関係が続くわけではない。

ロシアは内心、強大になる中国に「潜在的な脅威を感じてもいる」(ロシア軍事専門家)。中国は国内総生産(GDP)で約8倍、人口では約10倍に膨れ、国力差は広がるばかりだからだ。

 

ロシアが特に心配するのは、「裏庭」とみなす旧ソ連圏の中央アジアが、中国の勢力圏に染められてしまうことだ。経済面ではこの筋書きが現実になっている。

 

2018年には、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギスで中国が最大の貿易相手に躍り出た。公式データが公表されているキルギス、タジキスタンでは、直接投資の累積額でも中国が首位となり、カザフスタンでもロシアを抜いて4位になった。

 

もっとも、中国が経済的に中央アジアに入り込むだけなら、ロシアとしても容認できる。莫大な中国マネーによってインフラが整い、地域が発展するなら、自分にも恩恵が及ぶからだ。

 

だが、その一線を越えて、中国が安全保障の影響力まで強めるとなると、話は別だ。ロシアからすれば、大事な「裏庭」を荒らされていると映るにちがいない。

 

6月半ば、中央アジアのウズベキスタンに、米欧や周辺国の閣僚や高官、識者らが集まり、地域情勢を話し合った。そこで感じたのは、そんな不穏な兆しだ。

 

現地の安保関係者らによると、2~3年前から地域の情勢に変化が表れた。中国がひそかにタジキスタンに軍部隊を送り、駐留を始めたというのだ。中国は公式にはこの事実を認めていないが、同関係者は「アフガニスタンでも似たような兆しがある」と話す。

 

中国は経済の影響力を広げても、ロシアに配慮し、安全保障に首を突っ込むことは厳に慎んできた。

 

その鉄則をあえて破ったのは、新疆ウイグル自治区へのイスラム過激派の侵入を防ぐためだ。タジキスタンに国境管理を任せていたら心もとないため、両国の同意のもとに中国軍を送り、治安活動に乗り出したという。

 

中国はこうした事情をロシア側に説明し、「理解」を得たうえで駐留を始めたにちがいない。だが、現地の外交官によると、中国軍の進出にロシアは内心、懸念を募らせている。

 

ロシアにとってタジキスタンは最大級となる国外軍事基地を構える拠点だ。42年まで駐留する契約を交わしている。

「タジキスタンにはロシア軍も基地を持ち、8千人程度が駐留している。長い目で見て、中ロの軍がタジキスタンで共存できるとは思えない」。中央アジアの安保戦略ブレーンはこう分析する。

 

ロシアを刺激しないよう注意しながらも、テロ対策のため、中国は中央アジアの安全保障に関与を深めざるを得ない。それが意図せずして、ロシアとの不協和音を招く……。そんな筋書きを感じさせる兆候だ。

 

中国との勢力争いも意識してか、ロシアは中央アジア諸国の動きに一層、神経質になっている。

 

今年3月、中央アジア5カ国は2度目の首脳会議を開くことになっていたが、延期され、実現のめどが立っていない。カザフスタンの大統領の突然の交代が表向きの理由だが「ロシアの反発を恐れ、各国が開催に慎重になっている」(現地の外交筋)という。

 

「ロシアには帝国的な思考を残す人々が大勢いる。彼らは依然として、旧ソ連諸国を自分たちの勢力圏だとみなしている」。ウズベキスタンの独立系研究所「ノリッジ・キャラバン」のファーカッド・トリポフ所長はこう語る。

 

将来、中ロのすきま風が強まれば、国際政治にも少なからぬ影響が及ぶ。中ロの枢軸が弱まることは、日米欧などの民主主義国には望ましいといえるだろう。北朝鮮への圧力も強めやすくなる。

 

「中国との覇権争いを優位に進めるためにも、中ロにくさびを打つ布石を探るべきだ」。先月、ポーランド・ワルシャワで開かれた米欧の官民戦略対話では、こんな意見が出た。

 

クリミアを併合したプーチン大統領との融和は無理としても、彼の任期が切れる24年以降、ロシアとの敵対関係を和らげ、中ロの分断を図る必要がある――。ワシントンの軍事戦略家の議論でも、こうした声が聞かれる。

 

2つの巨象は4千キロ以上の長い国境を接する。国境紛争が起きた1969年のような時代に戻ることはないにしても、蜜月が永遠に続くとは考えづらい。【7月25日 日経】

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私事になりますが、先月チャーター便を使った観光ツアーでウズベキスタンを訪問しました。

ウズベキスタンが日本からの観光に力を入れ、資本進出に秋波を送るのも、中ロのどちらかだけに頼るのではなく、国際バランスを多様化したいとの思惑の一環でしょう。

 

****中ロの蜜月、ロシアより中国にはるかに有利****

国際政治の三角関係に異変、属国と化すロシアとどう付き合うか

 

中ロのパートナーシップがどれほど中国側に有利かが明らかになるのは数年先かもしれない。

これこそが、まさしく国際政治の三角関係だ。第2次世界大戦以降、中国、ロシア、米国は繰り返し、パートナーを取り換えてきた。

 

中国と旧ソ連の協力関係はヨシフ・スターリンの死後崩壊し、1972年にはリチャード・ニクソンが中国を訪問、そして30年前にはミハイル・ゴルバチョフが中国とのデタント(緊張緩和)を成し遂げた。

 

現在はロシアのウラジーミル・プーチン大統領と中国の習近平国家主席がペアを組んでいる。ロシアによるクリミア併合後の2014年に強固になった関係だ。

 

これまでの事例を見ると、3カ国のうち孤立してしまった国が、軍事、外交の面で無理を強いられるという形で代償を支払うのが常のようだ。

 

今回は違う。孤立しているのは米国だが、対価を払わされているのは主にロシアだ。

 

中ロのパートナーシップのあらゆる面を中国側が牛耳っている。中国の経済規模はロシアの6倍(購買力平価ベース)。しかも、ロシアが徐々に衰えている一方で、中国の力は伸びている。

 

西側諸国に背を向け、ロシアの影響力を強める絶好の方法に思えた戦略は今、ロシアが抜け出すのに苦労するワナのように見える。

 

ロシアは対等なパートナーどころか、中国の朝貢国になる道を歩みつつある。(後略)【英エコノミスト誌 2019年7月27日号】

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上記のような懸念はプーチン大統領は百も、二百も承知のところでしょう。それでも中ロ蜜月に走る背景には・・・何があるのでしょうか?

 





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インド  未だに多発する性暴力事件 逮捕犯人を署内で警察が射殺 厳罰を求める市民は歓喜 日本は?

2019-12-06 22:40:07 | 南アジア(インド)

(インド西部ムンバイで、女性獣医師殺害事件に抗議するポスターをみつめる女性(2019121日撮影)【12月6日 AFP】)


【「恐怖のない自由を!」 インド社会は変わった?】

インド社会が貧困、宗教対立、カースト制などの差別など多くの問題を抱えていることは、これまでも再三取り上げてきたところですが、そうした問題のひとつが多発する性暴力です。

 

この性暴力の問題が表立って問題視されるようになったきっかけは、2012年に女子大生が“民営バスの車内で酒に酔った男6人に集団レイプされた揚げ句、鉄の棒で性的暴行を受けて車外に放り出され、後に死亡した”という凄惨な事件でした。

 

これを機に、インドでも状況改善に向けた取り組みが進められているようではあります。

 

****インドの風向きが変わった、性的暴行事件とは****

インドの国家犯罪統計局によると、2011年に発生した女性の犯罪被害は、殺人、レイプ、誘拐、性的嫌がらせなどを含め22万8650件にのぼった。同年行われた国際的な調査では、インドはアフガニスタン、コンゴ民主共和国、パキスタンに次いで、世界で4番目に女性にとって危険な国と評価された。

 

公共の場における女性たちへの対応は、長年の懸案となっていた。しかし、インドで女性たちがさらされる危険を容認する考えが崩れるきっかけが訪れた。それは、ジョティ・シン(通称ニルバヤー)の事件だ。

 

当時大学生だった彼女の名が世界に知れ渡ったのは2012年。民営バスの車内で酒に酔った男6人に集団レイプされた揚げ句、鉄の棒で性的暴行を受けて車外に放り出され、後に死亡した。

 

逮捕された成人の加害者は有罪となり、死刑判決を受けた。レイプ事件の4分の1しか有罪判決に至らないこの国にあって、異例の判決だった。

 

インド社会の反応も大きかった。女性たちが連日、路上で抗議活動を行い、「恐怖のない自由を!」と叫んだ。おそらくそれは、変化が始まった瞬間だった。

 

地方や国の機関が、女性向けの新たな安全対策に予算をつぎ込むようになった。2013年には、安全対策を推進するため、当時の政権が約160億円を確保。現政権はその3倍近い金額を投じ、デリーを含む8都市を、より明るく、安全で、女性にやさしい場所に変えようとしている。

 

すでに始動している対策もある。現在、デリーの警察は女性向けに10日間の護身術講座を無料で開講し、受講者が大勢いる場合は市内各地に出向く。南部のケーララ州では女性警官のみの部隊が編成され、街をパトロールしたり、女性たちからの緊急通報に対応したりしている。

 

インドにもある女性専用車両

都市の公共交通機関において、ピンクがさまざまな女性専用サービスを示す色となった。ピンクの三輪タクシーは女性客専用だし、地下鉄には女性専用車が設けられた。駅の保安検査場には女性用の列があり、故意に体を押しつけてくるような男性に悩まされることもない。

 

正直なところ、こうした状況に違和感があることも確かだ。政府に男女を分離してもらわなければ、女性は公共の場で男性と同じように快適に過ごすことができないのだろうか?

 

だが一方で、インド女性がSNSでハッシュタグを使った社会運動を展開している姿に元気づけられもする。

 

#TakeBackTheNight(夜を取り返せ)では、勇気ある女性たちが連携し、夜道を歩いた。#MeetToSleep(一緒に眠ろう)では2018年、安全に野宿をしようと、インド各地の女性600人が団結した(インドの男性は夜、戸外で寝ることを好むのだ)。【11月1日 ナショナル ジオグラフィック】

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【レイプ事件、年間3万2000件 更に、通報されないケースが圧倒的に多い】

しかしながら、巨大なインド社会において性暴力のまん延という現実があるのは、そうしたものを生む土壌ともいえる性差別・貧困・身分格差・行き届かない教育等々の社会現実が背景にあるからであり、今も事件が起き続けています。

 

****27歳のインド人女性獣医師、集団レイプの後殺害される 遺体は灰に****

インド南部ハイデラバードで、拉致された27歳の女性獣医師が集団レイプされた後に殺害され、遺体に火を付けられるという残忍な事件が発生した。

 

事件を受けて数百人の市民らは11月30日、容疑者4人を勾留している警察署を取り囲んだ一方、警察は警棒を振りかざし、群衆を建物から押しのけた。

 

容疑者らはすぐに身柄を拘束されたものの、事件は全国にショックを与え、レイプ事件に対する強い怒りの声が改めて上がった。

 

警察によると、獣医師の女性は27日夜、スクーターを高速道路の料金所付近に止め、その場を離れた。容疑者4人はその間にタイヤをパンクさせ、女性が戻ってくると、手伝いを申し出た。

 

女性は妹への携帯電話で、立ち往生していて男たちがスクーターの修理を申し出てくれたと話していたものの、妹が警察に語ったところによると「怖がっていた」という。その後妹は折り返し電話したものの、携帯電話の電源は切られていた。

 

灰となった獣医師の遺体は28日午前に発見され、毛布で包まれ、灯油をかけられていたという。女性の身元は明らかにされていない。

 

同国政府の統計によると、2017年にはレイプ事件の3万2000件報告されているが、専門家らは通報されないケースが圧倒的に多いと指摘している。

 

同国では30日も、近所に住む犯人からレイプされた後に体に火を付けられた16歳の少女が10日後、入院先のニューデリー市内の病院で死亡した事件などが報じられている。 【12月1日 AFP】

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【警察署内で犯人射殺 市民らは歓喜】

従来は(あるいは、今でもと言うべきか)、性暴力は事件にすらならないことが多く、犯人に対する処罰も極めて緩やかなものでした。

 

以前と変わったのは、犯人に対する厳罰を求める人々の意識が強まったことでしょう。

 

今回も“事件を受けて数百人の市民らは警察署を取り囲んだ”とのことですが、こうした事態を受けて、事件は(日本的には)意外な展開をみせました。

 

****インドの女性獣医師レイプ殺害、警察が容疑者4人を射殺 人々は歓喜****

インド南部ハイデラバードで27歳の女性獣医師が男らに拉致されレイプされた後、殺害されて遺体を焼かれた事件で、警察は6日、容疑者として身柄を拘束していた男4人を射殺したと明らかにした。事件の検証中に逃走しようとしたためだという。

 

警察の短絡的な措置に怒りの声もあるが、人々は容疑者の死に歓喜し、インド各地にお祝いムードにあふれている。(中略)

 

警察によると、4人は6日朝、事件の検証時に警備員の武器を奪おうとしたが、警官らに銃撃されて死亡したという。

 

4人が射殺されたとの知らせに、歓喜した市民ら数百人が射殺現場に押し寄せ、爆竹を鳴らしたり、警官たちに花びらを浴びせたりして祝った。

 

殺害された女性の妹も、地元テレビに「容疑者の4人が射殺されて喜んでいる」と4人の殺害を歓迎。「この出来事が今後の前例となるでしょう。支援してくれた警察とメディアにも感謝します」と謝意を述べた。

 

だが、その一方で人権活動家らは、「恣意(しい)的な暴力」を用いた説明責任回避だとして、政府を非難している。

 

インドではしばしば、警察が捜査のミス隠しや市民らの怒りを鎮める目的で、司法手続きを経ずに超法規的に容疑者を殺害し、批判されている。 【12月6日 AFP】AFPBB News

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“警備員の武器を奪おうとしたが、警官らに銃撃されて死亡”とのことですが、市民らの怒りを鎮める目的で超法規的に殺害したようにも思えますね。

 

警察等による超法規的殺害ということでは、フィリピンの麻薬問題で国家的規模で行われていますが、概ね市民の“受け”はいいようです。「悪い奴は殺してしまえ!」

 

【日本 厳罰化を要求する声 市民感覚と司法判断に溝】

インドと日本では、現状も社会背景も全く異なり、同列で比較することはできませんが、日本でも犯罪を犯した者に対して厳罰を要求する声が強まっており、被害者遺族の怒り・悲しみを司法が理解していないとの批判があります。

 

市民感情を反映した裁判員制度による死刑判決が、上告されて破棄されるという事例も相次いでいるように、市民感情と司法の間に溝もうかがえます。

 

****熊谷6人殺害、二審は無期懲役 ペルー人被告「心神耗弱」―一審死刑破棄・東京高裁****

埼玉県熊谷市で2015年、女児2人を含む6人が殺害された事件で、強盗殺人などの罪に問われたペルー国籍ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告(34)の控訴審判決が5日、東京高裁であった。

 

大熊一之裁判長は一審さいたま地裁の裁判員裁判の死刑判決を破棄、無期懲役を言い渡した。高裁は犯行時の被告について、心神耗弱状態だったと判断した。

 

大熊裁判長は判決で、被告は犯行時、統合失調症が悪化した状態で、「スーツの男が危害を加えるため迫っている」との妄想を抱いていたと指摘。被害者を「追跡者」とみなして殺害した可能性が否定できず、「妄想がなければ繰り返し殺人を犯す状況になかった」と述べた。
 

一方、被告が金品を入手したり、証拠隠滅したりしていたことなどを挙げ、「自発的意思も一定程度残されていた」とし、弁護側が主張した心神喪失状態だったとまでは言えないと結論付けた。
 

一審さいたま地裁の裁判員裁判は18年3月、被告が統合失調症だったと認めたが、「残された正常な精神機能に基づき、金品入手という目的に沿った行動を取った」と完全責任能力を認定し、弁護側が控訴した。一審裁判員裁判の死刑判決が高裁で破棄されたのは6件目。
 

ナカダ被告は被告人質問で「殺していません。もし私が6人を殺していれば、私を殺せばいい」などと発言。この日も不規則発言を繰り返し、主文は座ったまま下を向いて聞いていた。(後略)【12月5日 時事】

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事件の概要、ナカダ被告の家庭環境などについては、以下のようにも。

 

****【熊谷6人殺害】死刑判決破棄して無期懲役 ペルー人被告の想像を絶する「家庭環境」……父はDV男、兄は25人殺人犯****

(中略)

埼玉県熊谷市の3軒の住宅で6人が犠牲になったペルー人男性による連続殺人。容疑者は事件前、電話で複数の知人に「誰かに追われていて殺される」と話していたという。(中略)

 

親子3人の遺体をクローゼット内から発見

午後4時半頃には、民家の物置の中に前かがみになって潜んでいる姿が住人に発見されている。さらにその1時間後、近くの30代男性に路上で「カネ、カネ」と無心し、男性の自動車後部に回って内部を物色。

 

「何やってるんだ!」

男性にこう怒鳴られるとナカダは慌てて逃げ出し、足取りが途絶えた。

 

翌14日になり約1・5キロメートル離れた地点で、田崎稔さん(55)、美佐枝さん(53)夫妻が自宅で殺されているのが発見された。

 

社会部記者が語る。

「田崎さん宅で見つかった遺留物からはナカダのDNAが検出され、飲食をした形跡も認められました。また16日午後には白石和代さん(84)が自宅浴槽で殺害されているのが発見された。死亡推定時刻はその前夜から未明にかけて。

 

さらに同じ16日に加藤美和子さん(41)と美咲ちゃん(10)、春花ちゃん(7)の親子3人の遺体がクローゼット内から発見されたのですが、ナカダは母親の美和子さんを殺した後、下校まで姉妹を待って刺殺したと見られています」

 

殺害現場に留まりながら潜伏を続けたナカダ。現場にはスペイン語のような“血文字”も残されていたが、解読は不能だという。

 

16日午後5時ごろ、警察に追い詰められたナカダは冒頭のように加藤さん宅の2階から飛び降り、頭蓋骨を骨折。意識不明の重体となった。(中略)

 

ペルーでの苛酷な生い立ち

熊谷署から逃走した前日の12日朝、ナカダは派遣会社の担当者に電話で突然、「背広を着た人に追われていて工場に行けないので辞めます」と告げ、以後、連絡がつかなくなった。

 

ナカダは05年に来日後、関東、中部、関西、九州など各地で自動車部品工場や食品製造工場などの仕事を転々としていた。日本には兄2人、姉2人がいるが、ペルーの現地報道によれば、「バイロン(ナカダ容疑者)は孤独で、恋人はおらず、兄弟が一緒になることもなかった」という。

 

10年間も日本に滞在していながら、日本語の習得もままならなかった。凶行に至った背景に言語の壁による孤独があったことは想像に難くないが、それ以上に注目すべきは、ペルーでの苛酷な生い立ちだろう。

 

1985年8月29日生まれ、身長164センチ。本国で発行されたナカダの身分証に記載されている出生地は首都リマ郊外の「エル・アグスティーノ」という地区だ。

 

ここは南米の貧困地域として知られる「ファベーラ」で、痩せた赤土の荒涼とした丘の上に、掘っ立て小屋のようなボロボロの家がいくつも立ち並んでいる。

 

ペルーに在住経験のあるジャーナリストが語る。

「貧しい家ほど丘の高い場所に住み、電気、ガス、上下水道も通っておらず、住人が勝手に電線を引っ張って来たりする。水はたまに来る水売り業者から子供が買いバケツで運んできます。大勢が狭い家にひしめき合っているような環境で、何年か住んでいるうちに土地の所有権が認められます」

 

“死の使徒”と呼ばれたシリアルキラーの兄パブロ

ナカダは11人きょうだい。そのうちの1人、兄ペドロ・パブロ・ナカダ・ルデーニャ(42)は過去に25人を殺害した“ペルー最悪のシリアルキラー”として知られている。

 

「兄パブロは、ペルーでは“死の使徒”とあだ名されています。05年1月から06年12月まで殺人を繰り返し、立件されたのは17人で懲役35年の刑に服しています。本人は『25人殺した』と自供している。殺した相手はゲイやホームレス、売春婦、犯罪者で、拳銃で頭を撃ち抜くやり方。本人は『自分は掃除人だ。神が俺に命じた』と語っています」(多嘉山氏)

 

今回の日本での殺人を受け、ペルーでは「兄弟あわせて31人を殺した」と連日トップニュースで報じられている。

 

ナカダの父・ホセはアルコール中毒で、家庭内暴力が酷かった。母や殺人鬼の兄パブロ、ナカダ本人も鉄の棒で殴られたりしていたという。きょうだい11人のうち、上の姉2人だけは父親が別だ。

 

兄パブロは性的虐待を受けていた

「地元報道によればパブロは、6歳のときに姉に犯され、上の兄にはオーラルセックスを強要されていた。まともな教育も受けられず、凄惨な家庭環境だったため、兄弟がまとまることはなかったようです。

 

パブロは逮捕後の精神鑑定で、妄想性の精神病と診断されているが、母も双極性障害を患い、性格がコロコロ変わっていて周囲に信用されなかった。また姉の1人は統合失調症を患い入院歴があるうえ、別の姉は“うつ”で自殺しています」(別のジャーナリスト)(後略)【12月6日 文春オンライン】

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遺族の怒り・悲しみの報復としての厳罰、死刑制度の問題などについては、多くの議論があるところで、特段の見識もない私がとやかく言う話はありません。

 

ただ、遺族の怒りはともかく、ネットやメディアでの感情的とも言えるような発言などには、やや違和感も感じます。

 

****死刑制度、世界では少数派 存続は日本・米国・中国…****

(中略)国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの統計では、18年時点で正式に死刑を廃止した国は106カ国あり、事実上廃止した国を加えると計142カ国にのぼります。「廃止」は制度上も死刑を無くした状態、「事実上廃止」は制度は残しつつ、長年執行していない状態を指します。つまり、世界にある193カ国(国連加盟国)の7割ほどが死刑を執行していないことになります。

 

「先進国クラブ」ともいわれ、日本も加盟する経済協力開発機構OECD)の36カ国に限れば、軍事犯罪をのぞく通常犯罪への死刑制度が残るのは日本と米国、韓国だけです。しかも韓国は長年執行していません。

 

死刑を執行している国はアジアや中東に多く、インドネシアサウジアラビア、イランなどイスラム教徒の多い国では、宗教的な理由で死刑が続いています。

 

一方で、死刑に反対の立場をとるカトリック教徒が多いアルゼンチンなど南米の国々は、廃止に踏み切ったケースが多いです。欧州ではすでに、ベラルーシをのぞくすべての国が廃止しました。(中略)

 

90年代以降、国民は厳罰化を求める傾向にあります。きっかけは90年代後半に起きた大きな二つの事件、神戸の連続児童殺傷事件とオウム真理教の一連の事件です。

 

安全だと思われていた日本で非常に印象的な犯罪が起き、国民は大きな衝撃を受けました。この頃から、政治家が死刑制度を含む刑法全般に言及する機会が増えました。犯罪問題、刑罰問題の政治化です。

 

こうした問題を好んで発言する政治家は厳しい態度をとる場合が多く、結果として法定刑を引き上げる05年の刑法改正につながりました。(後略)【9月14日 一橋大・王雲海教授 朝日】

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インドネシア  ジョコ政権のイスラムへの“すり寄り”現象 いまだに続く「処女検査」

2019-12-05 22:34:22 | 東南アジア

(【2015年10月19日 COURRIER】)

 

【「イスラム教徒が既に勝利を収めている」】

従来、“寛容”や“多様性”が重視されたインドネシアにおいて、昨今、多数派イスラム教徒の支持を背景にイスラム主義的価値観が前面に出つつあることは、これまでも再三取り上げてきました。

 

インドネシアのジョコ大統領は、先の大統領選挙で、イスラム強硬派に支持された対立候補プラボウォ氏の追撃を振り切るために、自らも穏健派イスラム指導者を副大統領に据えることで勝利しましたが、イスラム重視の流れに“すり寄った”とも言えます。

 

****インドネシア大統領、イスラム社会への対応が課題に****

インドネシアで(4月)17日に実施された大統領選は、現職のジョコ大統領が複数の民間調査機関の集計結果を踏まえて勝利宣言した。

 

ただこれらの結果からは、イスラム強硬派がより先鋭化して対立候補のプラボウォ氏に投票した事実も明らかになった。

 

そこで思い出されるのは、同国の作家エカ・クルニアワン氏が2カ月前に、「イスラム教徒が既に勝利を収めている」と主張していたことだ。(中略)

 

ジョコ氏は多様な社会の実現を掲げて再選を果たしたとはいえ、宗教的に両極化が進んでいるインドネシアをうまく統治していかなければならず、同氏を支持したイスラム勢力の要求に応じながら、プラボウォ氏を推したイスラム強硬派の攻撃をかわしていくのは簡単ではないかもしれない。

 

コントロール・リスクの政治アナリスト、アクマド・スカルソノ氏は「短期的にはジョコ氏は国民の多数を占めるイスラム教徒の意見や利益を受け入れていく必要がある。なぜなら多数派が不安を感じれば、少数者を守るのは難しいからだ」と述べた。もっともそれでインドネシアがサウジアラビアのような厳格なイスラム法を適用するような国に変わるわけではないとしている。

 

インドネシアは国民の90%近くがイスラム教徒だが、公式には世俗主義を掲げており、一定数のヒンズー教徒やキリスト教徒、仏教徒なども暮らしている。

 

しかし一部からは、同国の伝統だった宗教的寛容さが危うくなってきていると心配する声が聞かれる。イスラム教を保守的に解釈することがより支持されるようになってきたからだ。

 

それを示す材料として、イスラム金融の需要拡大や、人前で髪を隠す「ヘジャブ」をかぶったり、全身を覆う「ブルカ」をまとう女性が増えていることなどが挙げられる。

 

<分断化>

プラボウォ氏は選挙戦で陣営強化のためにイスラム強硬派と手を組んでいた。実際、民間集計結果を見ると、アチェ、西ジャワ、西スマトラの3州を2014年の前回の選挙に続いて確保しただけでなく、前回ジョコ氏に敗れた州のうち4つを奪取。

 

これらの州はいずれもシャリーア(イスラム法)を導入し、人口の97%余りがイスラム教徒であるため、インドネシアで最もイスラム保守色が強いとみなされている。 専門家によると、こうした分断化は今後も解消されそうにない。

 

オーストラリア国立大学の研究員イブ・ウォーバートン氏は「今回の選挙は政治的な分断化の加速をもたらした。もはやジョコ氏とプラボウォ氏が最前線でぶつかり合うことはないので状況は落ち着くかもしれないが、対立の構図は決してなくならない」と述べた。

 

プラボウォ氏を応援したイスラム強硬派の多くは、以前にキリスト教徒のバスキ・ジャカルタ特別州知事がイスラム教を侮辱したとして大規模な抗議デモを起こした人々と重なる。

 

バスキ氏は一時ジョコ氏と緊密な関係にあったものの、ジョコ氏は反イスラムのレッテルを張られるのを嫌って、その後バスキ氏とは距離を置くようになった。さらにジョコ氏は選挙戦で、自身が真のイスラム教徒である点を強調し、国内最大のイスラム穏健派団体NUやイスラム教の有権者にアピールを続けてきた。

 

こうした中でジョコ氏が副大統領候補にNUの指導者マアルフ・アミン氏を選んだことは、逆に世俗派や進歩派には衝撃を与えた。アミン氏は2016年、イスラム教徒がクリスマスの行事に参加するのを禁止する布告(ファトーワ)を出したほか、バスキ氏がイスラム教冒とくで有罪判決を受けるに至る証言を行った。

 

一方でアミン氏の存在は、ジョコ氏が本当にイスラム教徒との約束を守るか疑っていた有権者の不安を和らげる上で効果を発揮した。ジョコ氏のある側近は、これからアミン氏が特に宗教問題や政策において重要な役割を果たすと予想した。

 

かつてイスラム強硬派はインドネシアの政治において小さな存在にすぎなかったが、今ではイスラム擁護戦線(FPI)などを中心に主要政治勢力となり、インドネシアを保守的なイスラム教の国にすることを提唱している。

 

こうした運動への有権者の支持も拡大しており、2017年にピュー・リサーチセンターが実施した調査では、イスラム教徒の72%がシャリーアを国法とすることに賛成した。【4月21日 ロイター】

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【人権侵害批判を受ける、また、イスラム保守強硬派が支持する政敵プラボウォ氏を国防相に】

“ジョコ氏とプラボウォ氏が最前線でぶつかり合うことはないので状況は落ち着くかもしれないが、対立の構図は決してなくならない”との指摘でしたが、実際は、ジョコ大統領は過去には人権侵害の批判もあるプラボウォ氏を閣内にとりこみ与党化する形で“安定政権”樹立を選択しています。

 

しかし「安定」は得られるかもしれませんが、それは「改革」を停滞させ、プラボウォ氏の背後にいるイスラム強硬派の勢いを更に加速させることに他なりません。

 

****大統領選の対敵抜擢で物議、インドネシアの新内閣****

インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は10月23日に大統領2期目(2019年から2024年)を支える内閣の陣容を発表した。10月20日の大統領就任式でジョコ大統領は「2045年までに世界の5経済大国の仲間入りを目指す」として、経済大国への成長を目標に掲げた。

 

その大きな目標への道筋をつける意味からも、まずは閣僚に若手企業人やベテランビジネスマンなどの経済専門家を起用し、経済中心の内閣をアピールしてみせた。

 

人権侵害疑惑の元軍幹部を国防相に

一方で、政治的思惑が絡む人事も見受けられ、国民の不興を買っている。

 

中でも議論を呼んでいるのが、最大野党「グリンドラ」の党首、プラボウォ・スビアント氏の国防相への大抜擢だ。

 

プラボウォ氏は、4月の大統領選をジョコ大統領の対抗馬として戦い、僅差で敗北した後も、選挙管理委員会や選挙監視庁、憲法裁判所などに選挙結果への不満を訴えるなど、最後まで選挙結果に納得しなかった。彼の起用について、ジョコ大統領の支持者がいい感情を抱くはずがない。

 

プラボウォ氏は軍人時代、(中略)、民主化要求がスハルト政権打倒を叫ぶに至ると、プラボウォ氏は、学生運動家や民主化活動家に対する過酷な弾圧を指揮し、さらに1999年に独立の是非を問う住民投票が行われた東ティモールでも以前から独立派への暴力、殺害の指揮をとったとされており、「人権侵害の張本人」と目されている。(中略)

 

またジョコ大統領は、プラボウォ氏以外にも、国軍の元幹部、現職の国家警察長官など治安組織の要人を再任・新任した。

 

そうした布陣を見ると、国内の治安問題、特にIS関係者らによるテロや、学生団体・人権組織による政府批判、さらにパプア地方での騒乱・独立運動などに厳しい姿勢で臨むような体制となっている。

 

そのことから早くも一部地元マスコミからは、「民主化の停滞ないし後退」との手厳しい批判が上がり始めている。(中略)

 

政治力学に配慮せざるを得ない大統領

(中略)これは、政党党首でもなく、警察や軍に強力なネットワークや支持者を持たない「庶民派」ジョコ大統領の「弱み」を補うための布陣でもあり、メガワティ元大統領らの政治エリート、各政党党首の自薦他薦などという政治力学に左右された結果とも言える顔ぶれでもある。(中略)

 

テロや反政府運動、パプア地方での独立運動など、インドネシア情勢は大きく揺れ始めている。

 

「イスラム教徒が圧倒的多数の国でありながら民主化を達成した国」とされてきたインドネシアだが、その評価を維持したまま、経済成長を続けることはできるのか。不安を抱えつつ、「ジョコ・ウィドド丸」は怒涛逆巻く大海へ漕ぎ出したと言える。【10月29日 大塚 智彦氏 JBpress】

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なお、前出【ロイター】にもある、イスラム主義の攻撃対象となって失脚・服役したバスキ・ジャカルタ特別州知事は出所したようです。

 

****宗教侮辱の元知事、復権=収監経て国営企業重役―インドネシア****

インドネシアの首都ジャカルタ特別州のバスキ前知事が25日、国営石油会社プルタミナの筆頭監査役に任命された。バスキ氏はジョコ大統領の盟友だが、イスラム教を侮辱した罪で収監。1月に出所後は目立った活動をしていなかった。大統領の政権基盤強化とイスラム保守勢力の影響力低下を受け、復権した格好だ。

 

バスキ氏は中華系キリスト教徒。ジャカルタ州知事だったジョコ氏を副知事として支え、ジョコ氏の大統領就任で2014年、知事に昇格した。

 

人気はあったが、イスラム教の聖典コーランを引き合いにした発言が問題視された。17年に宗教冒涜(ぼうとく)罪で禁錮2年の判決を受け、知事選も敗れた。【11月25日 時事】 

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上記記事の“イスラム保守勢力の影響力低下”の意味するものは知りません。

プラボウォ氏と関係強化によって、とりあえずはイスラム保守強硬派の表立っての政権批判が収まっているということを指すものでしょうか?

 

だとしても、それは政権自体がイスラム主義に近寄った結果であり、“イスラム保守勢力の影響力低下”というようなものではないようにも思うのですが。

 

【イスラム的価値観を反映する「処女検査」】

インドネシアにおいて、イスラム的価値観と結びついた社会風潮が、いまだに続く「処女検査」という慣行。

 

****まだ続いていたインドネシア軍・警察による処女検査 今や軍将校の婚約者まで拡大?****

<「倫理観や身体検査」の一環とする処女検査に科学的根拠はなく、国際社会から廃止を求められているのに>

 

インドネシアで軍や警察を志望する女性は、今も採用時に「処女検査」を強制されている。

 

廃止を求める国際社会の圧力にもかかわらず、インドネシアの警察は採用予定の女性の「倫理観や身体検査」の一環として、2本の指を膣中に挿入して処女膜の有無を調べる「処女検査」をいまだに実施している、とオーストラリア放送協会(ABC)が10月20日に報じた。

 

世界保健機関(WHO)は2014年、処女検査に科学的根拠はないとの見解を発表。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領に対して即時廃止を求める声明を発表した。

 

ABCによれば、ヒューマン・ライツ・ウォッチに寄せられた告発で、身元が分からないようザキアと名乗ったある女性は、今年の警察の採用試験に応募後、処女検査を受けて不採用になった、と語った。

 

「膣だけでなく、肛門にまで指を挿入してきた。検査の間はずっと激痛だった」と彼女は言った。「思い返すたびに泣けて、生きていくのが嫌になる」

面接で自分は処女だと訴えたが、不採用になった。

 

ニュージーランドのオークランド工科大学のシャリン・グラハム・デイビーズ准教授は2015年に発表した報告書で、女性応募者は「見た目」でもふるいにかけられている、と批判した。

 

軍でも横行

処女検査は警察だけでなく、軍の採用試験でも行われている。

 

軍に採用予定のリアンティと名乗る女性は今年8月、香港英字紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストの取材に対し、インドネシア東部パプア州ジャヤプラの軍の仕事に応募したが、男性の衛生兵による処女検査を受けさせられたと語った。

 

「一刻も早く終わってほしかった。人生で最も長く感じた数分間だった。男性に触られた経験が一度もなかったから屈辱的で、ショックだった」と彼女は同紙に語った。

 

ヒューマン・ライツ・ウォッチは2017年の報告書で、処女検査は「性に基づく暴力」であり「無意味なことが広く知られた慣習」と非難した。

 

検査はインドネシア軍の各部署の女性職員の採用で数十年続いており、軍将校の婚約者にまで対象が広がっている、と同団体は指摘する。

 

「軍や警察による侮辱的な処女検査をインドネシア政府が見逃し続けていることは、女性の権利を保護する政治的な意思が恐ろしいほど欠如している証だ」と、女性権利擁護ディレクターを務めるニシャ・バリアは言った。「それらの検査は女性を傷つけ、差別し、平等な就業機会を奪っている」【2018年11月2日 Newsweek】

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“インドネシア軍のモエルドコ将軍は、ジャカルタ・グローブの取材に対して「人の道徳性を判断する他の方法はない。なぜ批判されなければならないのか?」と回答。

また、ガーディアンの取材に対して軍の広報担当者は「処女検査」は不適切な女性を選別する手段であり、「処女でなければそのメンタリティに問題がある」と語っている”【2017年11月29日 HUFFPOST】

 

昨今のイスラム主義的価値観の台頭。ジョコ大統領のイスラムへの“すり寄り”からすれば、こういう慣行はおそらくなくなることはないのでは・・・とも危惧されます。

 

****「非処女」で代表漏れ、インドネシア女性選手の悲劇****

フィリピンのマニラ首都圏周辺一帯のルソン島で11月30日から12日間の予定で東南アジア諸国による国際競技大会「東南アジア競技大会(SEA GAME)」が始まり、各国のアスリートによる熱戦が続いている。(中略)

 

しかしその一方でインドネシアではメダル競争や選手の活躍とは別の話題がニュースとなっている。それは17歳の女子体操選手が大会直前の合宿から強制排除される事件が起きたからである。

 

女子選手の母親などによると強制排除の理由は女子選手が「処女でなかったから」というもの。これは「体操競技とは無関係の選手の極めて個人的なことであり、事実とすれば許されることではない」としてマスコミを中心に強い関心を集め、青年スポーツ省、インドネシア国立スポーツ委員会、体操競技協会や女子選手の出身地の州知事、政府与党関係者まで巻き込んだ論争に発展する事態となっているのだ。

 

「結婚前の性交はタブー」というイスラム教の規範

当該選手を大会選手枠から外した体操競技のコーチは「強制帰国は素行に問題があり、競技への集中力が欠けていたため」として「処女か処女でないか」が理由ではないと主張している。

 

しかし青年スポーツ省は「事実関係を調査してもし処女性が強制排除の理由であれば、人権問題であり放置できない」との立場を示している。

 

女子選手は地元に帰還してから病院での医学的検査を受けた結果「処女である」との診断が下された。

 

だがインドネシア国内ではいまだに「17歳の非処女は国際競技大会に出場する資格がないのか」との主張と、インドネシアの圧倒的多数を占めるイスラム教の「結婚前の性交は禁忌」との規範に照らして「やむを得ない」との考え方が対立。国民の間にイスラム教の規範に基づく考え方が根強いことも示している。

 

過去にはオリンピックでバドミントンや重量挙げでメダルを獲得したこともある東南アジア域内きってのスポーツ大国インドネシアが今、女子選手の「処女性」を巡って揺れ動いているのだ。(中略)

 

圧倒的多数のイスラム教の規範が優先

インドネシアは世界第4位、約2億6000万人の人口のうち88%をイスラム教徒が占める世界で最も多くのイスラム教徒が住む国である。

 

しかしながら宗教、民族、文化、言語などの多様性を認めることで統一国家を維持するため、マレーシアやブルネイなどと異なりイスラム教を国教とは規定しておらず、少数派であるキリスト教、ヒンズー教、仏教なども等しく認めている。

 

しかし、近年イスラム保守派や急進派が圧倒的多数を背景に「イスラム教規範を半ば強制したり、暗黙の優先がまかり通ったりと宗教的少数派には厳しい状況」が生まれつつあるのも事実。

 

インドネシアでは警察や軍隊に入隊を希望する未婚の女子は女医が2本指を膣内に挿入する形での「処女検査」が国際的人権団体やキリスト教組織の強い反対にも関わらず現在も続けられているといわれている。

 

警察官の場合は「法を執行する職務の警察官が未婚で性体験を有するようではその資格がない」というのが処女検査の根拠とされているが、これも婚前交渉を禁忌とみなすイスラム教の影響が深く関係している。

 

国立スポーツ協会、体操協会、青年スポーツ省はいずれも処女が理由の排除をこれまでのところ否定しているが、コーチとのやりとりで実際に何があったのか「詳細な調査を行いたい」としている。

 

しかし当面は841人の大選手団を派遣し56競技中52競技にエントリーして熱戦を繰り広げている大会が開催中であることから「現在はフィリピンでの競技の支援に専念したい」としており、本格的な調査は大会閉幕後になりそうだ。【12月5日 大塚 智彦氏 JBpress】

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ロヒンギャ難民問題  長期化に伴うキャンプ地での軋轢 スー・チー氏、国際法廷で反論か

2019-12-04 23:00:12 | ミャンマー

(あらたに流入したロヒンギャ難民が食料の配給を受け取るために並ぶ。地元住民には配給がないため、不公平感が募る【1128日 龍神孝介氏  WEDGE Infinity】)

 

【長期化に伴い、地元民や以前からの難民たちとの軋轢も】

ミャンマー西部ラカイン州におけるイスラム系少数民族ロヒンギャの弾圧から2年が経過しましたが、バングラデシュに避難した70万人を超えるロヒンギャ難民の帰還にめどが立たないことはこれまでも取り上げてきました。

 

長期化する難民生活で、受け入れ側のバングラデシュ地元住民、そして、以前から難民として暮らしていたロヒンギャの人々と、国際的支援を受ける新たな大量難民との間で生活環境や治安の悪化、雇用機会の競合など様々な軋轢が生じているであろうことは想像に難くありません。

 

****ロヒンギャ大流出で地元住民の生活は?****

20178月に発生したミャンマー軍主導による、大規模なロヒンギャに対する弾圧から2年が経過した。バングラデシュに逃れてきたロヒンギャの多くが早期の帰還を望むも、状況は改善されずキャンプでの暮らしは長期化の様相を呈してきた。

 

ただ、この被害者は大流出したロヒンギャだけではない。地元住民や以前からキャンプで暮らすロヒンギャにもしわ寄せがきている。こうした状況はメディアではあまり報道されていない側面だ。

 

70万人以上の難民を受け入れたコミュニティ

難民キャンプがあるバングラデシュ南東部のコックスバザールは国内でも貧しい地域で、多くの住民が日雇い労働や漁業、農業などに従事している。ここに2年前、あらたに70万人以上のロヒンギャ難民を受け入れることになった。

 

ロヒンギャが流入した当初、地元住民は食料を分け与えたり、寝床を貸したり、洋服をあげたりして献身的に助けていた。同じムスリムであり、困っている人を助けるのは当然だと言う思いがあり、そして何よりいずれ近いうちに彼らはミャンマーに帰るという観測があった。

 

しかし2年が経過するも難民の帰還は進まず、定住化の不安からかホストコミュニティ(ロヒンギャ難民を受け入れている現地の人々)の心境も微妙に変化してきた。

 

ロヒンギャに対しては食料などの援助も届き、無料の診療所が設けられるなど国際社会からの注目も高い。一方で多くの受け入れ側の地元住民は「何の恩恵も受けていない」と訴える。ロヒンギャが流入したことによる様々な問題も生じている。

 

居住地の環境や雇用が悪化

多くの地元住民がロヒンギャの居住地や国際機関、NGOの施設のために、農業用などの土地を政府によって接収された。広大な丘陵は削られて住居や施設のために整備され、森林は伐採され住居や燃料として使われた。

 

地元男性は「ここは以前、とても静かな場所で住みやすかった。ロヒンギャが来てから、井戸が無数に掘られ水源が汚くなった。木も伐採されたためどんどん暑くなってきている」と訴える。(中略)

 

ロヒンギャは国連機関によるインフラ設備、防災工事、NGOの手伝いに従事するケースもあるが、競争率が高いために現地住民が営む農業や漁業などに従事することが多い。

 

本来ロヒンギャは就労が許可されていないため、雇い主も安い賃金でロヒンギャを雇うことが出来る。結果として今まで働いていた地元の人が仕事にありつけなくなってしまう事態が起こっている。

 

地元住民にとっては、働き口が減少して収入は減少した中で、急激に増えた人口による需要の高まりで物価が高騰して暮らしを逼迫させている。(中略)

 

関係性もこじれ、事件も頻発

キャンプ内ではヤバという錠剤で使用されるミャンマー産の覚醒剤が蔓延している。2年前の大流出以降、国境警備の取り締まりが厳しくなり、犯罪組織がロヒンギャ難民を運び屋として利用しているためだ。

 

そのためロヒンギャが密売人や運び屋として逮捕されたり、治安当局によって射殺されたりする事件も数多く報告されている。少女が運び屋として逮捕されたケースもあった。

 

地元の若者がキャンプへ行ってロヒンギャとの関わりによってドラッグに手を染めるのでないかと大人たちは心配する。

 

今年の822日には与党青年組織の地域代表が何者かに殺害される事件が起こった。地元警察は容疑者として10人以上のロヒンギャを射殺した。

 

2年前の流入以来、ロヒンギャによる地元住民への強盗や空き巣が頻発。2年間にキャンプ内で50人近くのロヒンギャが別のロヒンギャに殺害されるなど治安は悪化する一方だ。

 

治安の悪化に怒りを募らせた地元住民によるロヒンギャが営む露店の破壊や、道路封鎖も起きており、関係性は明らかに悪くなっている。(中略)

 

数十万人のロヒンギャ難民が集結した抗議集会に対して、幾つかの地元メディアは「難民が政治活動を行うのは、国連やNGOなどが手厚く保護するからだ」と批判的な記事を掲載した。様々な代償を払い難民を受け入れているホストコミュニティのロヒンギャに対する心境は着実に変わりつつある。

 

2017年以前からキャンプで暮らすロヒンギャの心境

もともとバングラデシュにはおよそ30万人のロヒンギャがバングラデシュのキャンプに暮らしていた。主に彼らは1970年代から20178月までに何度か起こったミャンマーでの弾圧や圧政から逃れてバングラデシュにやってきた。(中略)

 

2017年以前から難民キャンプで暮らすロヒンギャたちは一様に2年前に比べて暮らしぶりが悪くなったと語る。彼らが言うには新しく来たロヒンギャの方が人数も多く、発言力もあって社会からの注目度も高いため、手厚い援助を受けている。「自分たちの方が古くからここで暮らしているのに不公平だ」と主張する。(中略)

 

以前から暮らしていたロヒンギャへの援助は減少し、移動は厳しく制限され、仕事にあぶれることも多くなった。通信も制限され、ミャンマーにいる家族や親戚との連絡手段がなくなった。「難民として最低限の暮らしを強いられてきたが、さらに不自由になった」と嘆く。(中略)

 

同じロヒンギャであり、同じ難民でありながら心境は複雑だ。注目度の高さや発言力により格差が生じている。はっきりとは言わないが彼らの多くがあらたにやって来たロヒンギャに何らかの不満を持っている。

 

2年前に起きた大弾圧で凄惨な体験をしたロヒンギャには安息の場所が与えられるべきである。しかし難民の間にも格差が生じ、ホストコミュニティにも負担が強いられる。

 

昨今、大量の難民が流入した一部のヨーロッパ諸国が体験したようにこの軋轢が今後、大規模な衝突や排斥運動に繋がることも懸念される。早期の帰還へのプロセス作りが最も優先されるべき課題だが、一方で共存への道を探ることも忘れてはならない。【1128日 龍神孝介氏 (フォトジャーナリスト)WEDGE Infinity

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難民生活の長期化に伴って、子供たちの教育をどうするのか・・・という問題も生じています。

 

****ロヒンギャ40万人に教育を 人権団体、バングラデシュを非難*****

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は3日、ミャンマーで迫害され、隣国バングラデシュで暮らすイスラム教徒少数民族ロヒンギャの子どもたち約40万人の教育を受ける権利を、バングラデシュ政府が奪っていると非難する報告書を発表した。

 

報告書は、バングラデシュは難民キャンプで暮らすロヒンギャの子どもたちに、公的な教育を受けることを許可していないと指摘。教育を受けられなかった子どもたちは児童労働や児童婚の被害者になる危険性が高まるとして、直ちに改善するように訴えた。【123日 共同】

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【故郷ラカイン州で活動が活発化する「アラカン軍」 改善しない治安】

問題の解決・緩和のためには、キャンプ地での共存のための施策、教育の提供も必要ですが、やはり本筋としては、早期に帰還できる環境を整えることが一番重要でしょう。

 

もちろん、バングラデシュ政府が検討しているような難民たちをベンガル湾に浮かぶ島へ移住させて実質的に隔離するというのは解決策になりません。

 

難民帰還のためには、故郷ラカイン州の安定が絶対条件ですが、弾圧の主体となったミャンマー国軍がその責任を認めておらず、いまだに状況があんていしないという問題があります。

 

それに加えて、ラカイン州では「アラカン軍」の抵抗という新たな問題が表面化しており、治安改善は見通せない状況のようです。

 

ラカイン州に暮らす地元住民ラカイン人はロヒンギャを迫害したとされていますが、ミャンマー全体からすれば彼らもまた少数民族であり、中央政府の差別に対する武装闘争を劇化させています。

 

****ミャンマー少数民族問題の新たな火種──仏教徒ゲリラ「アラカン軍」という難題****

<少数民族が武装闘争を続けるミャンマーで新たな混迷を呼ぶ「アラカン軍」が支持される複雑な理由>

 

(中略)ミャンマーには、政府に公認されているだけで135もの少数民族が存在する。モザイク国家を絵に描いたようなその多様性は1948年の独立以来、紛争の火種になってきた。少数民族を戦いに駆り立てるのは、政府や国軍の長年にわたる差別や搾取に対する強い不満だ。

 

独立時に掲げられた「連邦制」は名ばかりで、多くの少数民族には自治権はおろか学校で自分たちの歴史や言語を学ぶことも許されていない。

 

さらに彼らの居住地では、国軍による強制労働や土地の収奪、住民に対する暴力が頻繁に起きている。また、戦闘が発生するたびに多くの市民が家を追われ、隣国の中国やタイで難民化した。

 

中央政府は少数民族と和平協議を続けてきたが、その目的は彼らの土地に眠る天然資源や国境貿易の利権だったため、交渉はまとまっては決裂し、新たな紛争が生まれた。

 

2016年にアウンサンスーチー国家顧問が率いる国民民主連盟(NLD)が政権に就き、少数民族との和平を最優先課題に掲げると、やっと状況が変わるという期待が広がった。

 

だが、国軍と少数民族の調整がうまくいかず、和平協議は難航しており、現在も中国国境付近のシャン州などで、複数の武装勢力が戦闘を繰り広げている。なかでも今、勢いを増しているのが仏教徒ゲリラのアラカン軍だ。

 

アラカン軍は2009年に設立された比較的新しいラカイン人の武装組織。今年の1月、ラカイン州北部の警察施設への襲撃を皮切りに独立闘争を開始した。

 

これまでに警察施設のほか国軍の交通・物流の拠点などを幾度も攻撃しており、当初は北部中心だった戦闘地域も南部や市街地にまで伸張している。10月にはラカインの州都シットウェから北部に向かうフェリーをハイジャックして、ミャンマー軍兵士や警察官およそ50人を誘拐する大胆な作戦を敢行し、海外メディアにも注目された。(中略)

 

失望と戦いの悪循環

「ヤンゴンに初めて行ったとき、すごくびっくりした。ビルがたくさんあって、道路も整備されていて、どこでも電気が通っている。僕の村はとても貧しくて、毎晩ロウソクの火で勉強していたから」

 

(元「アラカン軍」メンバーの)アウンは最大都市ヤンゴンを訪れて、初めて故郷ラカインの貧困に気付いた。自分たちの失われた権利や富を取り戻すためには戦うしかない。それが、14年前にゲリラに入隊した理由だった。(中略)

 

かつてラカイン州に栄えたアラカン王国はベンガル湾の覇権を握る大国で、ラカイン人はその歴史に揺るぎない誇りを持っている。

 

1784年にビルマ人王朝に王国が滅ぼされた後も、学識の高さで知られたラカイン人は、英国の植民地政府で要職を得ていたという。だが独立後のミャンマーでは、多数派ビルマ人の言語や宗教、歴史を中心にした「ビルマナショナリズム」による国造りが進められる。

 

その結果、他の少数民族の人々は、経済開発の恩恵や社会的地位を得る機会を失っていく。ラカイン州も同じ道をたどり、同州の貧困率は今や78%と国内平均の倍以上だ。

 

もう1つ彼らが不満を募らせているのが、中国資本の経済開発だ。1988年に誕生した軍事政権下で国際的に孤立したミャンマーは、隣国・中国に依存するようになる。1990年代から対外援助を利用して自国経済の発展を目指した中国は、ミャンマーへの経済・軍事協力を続け、両者は親密さを増していった。

 

「一帯一路」構想が打ち出されると、インド洋に面し、豊富な天然資源を擁するラカイン州でも、中国資本の経済開発が盛んに行われるようになる。だが、こうした開発の収益は中国企業と中央政府で分配されているため、地元にはほとんど還元されていない

民主化の象徴だったスーチーの再起には、ラカイン人も期待を寄せた。ところが、地元の民族政党アラカン国民党(ANP)のミャウー支部で書記を務めるタンニーウィン(33)は、「スーチー氏が政権トップになって3年が過ぎたが、変化は感じられず、NLDに対する失望が広がっている」と話す。

 

誰も助けてくれないのなら独立しかない──ラカイン人の積年の鬱屈を晴らす唯一の希望がアラカン軍なのだ。(後略)【1128日 今泉千尋氏(ジャーナリスト) Newsweek

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「アラカン軍」は武器・資金の支援を中国に求めています。

中国は、紛争状態が続いた方が、調停者としての影響力を発揮できます。

国軍も、紛争状態が続く方が存在感が高まります。

 

このように、ミャンマーがいつまでも紛争から抜け出せない背景には、戦いに乗じて甘い汁を吸おうとする当事者の思惑があるとも上記記事は指摘しています。

あるミャンマー研究者は、「ミャンマーでは紛争が秩序の前提になっている」と指摘しているとも。

 

【スー・チー氏のもとでも状況改善せず 地方部で高まる不満】

そうした状況の打破が期待されたスー・チー氏でしたが、今のところは改善の歩みは遅いようです。

そのため、特に地方部においてスー・チー人気の陰りが見えるようです。

 

****こんなはずじゃなかった スーチー氏、地方で強まる不満****

ミャンマーでは2020年11月に総選挙が予定されている。4年前の選挙で大勝したのはアウンサンスーチー国家顧問率いる現政権党・国民民主連盟NLD)だが、最近は逆風にさらされている。(

 

「期待を裏切られ、悲しかった」。ミャンマー南部モン州議会議員を務める、少数民族モン族中心の政党メンバーのアウンナインウーさん(49)がそうこぼす理由は、州都モーラミャインの橋の名前だ。

 

地元の地名を使うと決まっていたのだが、一昨年、アウンサンスーチー氏の父、アウンサン将軍の名前をつけるようNLD政権から指示された。「この地の名前一つ一つはモンの人々にとって大切。それを権力で変えることが『民主化』なのか」。数万人による抗議活動も起きた。

 

もともと、ビルマ族中心の政府から距離を置いていた少数民族の人々だが、前回選挙では「民主化で平等にしてくれる」とNLDを支持した。(中略)しかし政権の座についたNLDの中央集権的なやり方に、地方では不信感が膨らむ。

 

各地で少数民族系政党の再編が進み、東部カレン州では4党が、モン州や北部カチン州では3党が一本化した。次の選挙でこれらの政党に票が流れる可能性が高まっている。

 

和平も改憲も進まず

NLDが公約した少数民族武装勢力との和平協議は進んでいない。約20ある武装勢力のうち、前政権で8組織が署名した停戦合意はNLD政権では2組織にとどまる。

 

少数民族側からは不満が噴出する。カチン州で強い影響力を持つカチンバプテスト教会のカラム・サムソン氏(58)は「和平の橋渡しをしなければならない州選出のNLDの国会議員には経験も熱意もない」と批判する。「党本部の意向ばかり気にして我々の声を聞こうとしない」(中略)

 

もう一つの旗印、憲法改正も見通しが立たない。スーチー氏らは議会の議席の4分の1を「軍人枠」とする現憲法の改正を求めるが、改憲には4分の3超の賛成が必要なため、軍の同意が不可欠だ。国軍側は少数民族との衝突が続く現状に「国の安定が必要だ」として、スーチー氏らの要求に応じる気配はない。(中略)

 

経済政策にも不満の矛先が向く。前政権で8%超だった経済成長率は5~6%台。増える消費に生産が追いついていないなどの理由から、インフレ率は19年8月に8%を超え、東南アジアで最悪だ。食料品を中心に物価が上がっている。カチン州の農家サラクエシンさん(35)は「NLD政権で暮らしも楽になると思っていた。前政権の時の方が生活はよかった」と憤る。

 

都市部はなお盤石

NLDが前回同様の大勝を収めるのは難しそうだが、都市部を中心にNLDへの支持はなお厚く、第1党は間違いない情勢といえる。(中略)

 

約70万人が難民になっている少数派イスラム教徒ロヒンギャ問題でも、国際社会が厳しい視線を送る中で「自国の問題。自分たちで解決する」と強気の姿勢を崩さないスーチー氏に国内の支持はむしろ強まっている。仏教徒が約9割を占めるミャンマーロヒンギへの視線が冷めているのが理由だ。(後略)【1130日 朝日】

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【ロヒンギャ問題で国際批判に対する“勝負に出る”スー・チー氏】

地方部での人気の陰りがみられるスー・チー氏としては、ロヒンギャ問題で国際批判に屈しない対応を示すことは、国民の支持をつなぎとめる重要な手段ともなります。

 

****スー・チー氏、12月国際法廷に ロヒンギャ巡りリスクも****

ミャンマーのイスラム教徒少数民族ロヒンギャの迫害問題を巡り、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が12月上旬にオランダの国際法廷に赴き、欧米諸国からの厳しい批判に直接反論することになった。

 

国内では歓迎の声が上がる一方、事実上の国のトップだけに、不調に終わった場合のリスクが高すぎるとの懸念も聞かれる。

 

スー・チー氏が出廷するのは国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)。西アフリカのガンビアがイスラム協力機構(OIC)を代表し、ジェノサイド(民族大虐殺)があったとしてミャンマーを提訴した。スー・チー氏は、異議を唱える見通しだ。【1130日 共同】

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これまでロヒンギャ問題について語ることが少なかったスー・チー氏ですが、国際批判に反論する形で“勝負に出る”ようです。

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イスラエル  ネタニヤフ首相への評価で国民の色分けが進む 組閣できない政治混乱の出口は見えず

2019-12-03 23:22:42 | 中東情勢

(宗教研究に勤しむ男たち。エルサレムの超正統派が多く住む地域メア・シェアリームで 【11月27日 COURRIER】

寝ている人もいますね・・・まあ、熱心な人も、そうでない人も)

 

【ネタニヤフ首相起訴で国民の色分けが更に進む 総選挙は「何度やっても結果は同じ」】

イスラエルでは検察が11月21日、大手通信企業に便宜を図った見返りに、傘下のニュースサイトでの好意的報道を求めたなどとしてネタニヤフ首相を収賄、詐欺、背任の罪で起訴したと発表しました。

 

かねてより問題となっていた案件ですが、起訴されても直ちに首相を辞任する必要はないようです。

 

****イスラエル首相、起訴後の辞任義務ない 司法長官が判断****

イスラエルの司法長官は25日、背任などの罪で起訴されたネタニヤフ首相について、辞任する必要はないとの判断を下した。同首相は21日、疑惑が持たれていた3つの事件で背任などのほか、収賄の罪でも起訴された。

現職首相が起訴されるのは初めて。

野党や監視団体からは辞任圧力が強まり、与党の右派「リクード」は近く党首選を実施する。

イスラエルの法律では、ネタニヤフ首相は現時点で辞任する義務はない。首相は罪状を否認しており、政権にとどまる意向を表明している。

ただ、同国ではやり直し総選挙を受けた組閣作業が難航し、すでに政治的な混迷が深まっている。(後略)【11月26日 ロイター】

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ただ、ネタニヤフ首相が辞任する必要がなく、そのまま首相職にとどまれる・・・という白黒が決着しないことで、イスラエルの政治は、何度総選挙を行っても国論が二分し、ネタニヤフ首相側、反ネタニヤフ首相側、いずれの勢力も組閣に十分な議席を獲得できないという「混迷状態」が続いています。

 

****イスラエル、真っ二つ 渦中に首相、3度目総選挙か****

イスラエルで続く政治の混乱が、社会に分断をもたらしている。2度の総選挙を経ても組閣ができず、史上初の3度目の総選挙になる可能性が高まっている。迷走の中心にいるのはネタニヤフ首相。汚職で起訴されることが決まっても人気は根強い。在任13年を超える実力者への賛否で、国民の色分けが進む。

 

選挙の争点は何か――。有権者から返ってくる答えはほぼ決まっている。

「ネタニヤフにイエスかノーか。それだけだ」

 

70歳のベンヤミン・ネタニヤフ首相は、在任期間で歴代トップに立つ。「ビビ」の愛称で知られ、トランプ米大統領ら各国の首脳と巧みに渡り合う。

 

しかし、今年4月の総選挙では、軍の元参謀総長のベニー・ガンツ氏が立ち上げた新党の躍進を許し、議席数で並ばれた。組閣協議の不調を受けて9月に行われた2度目の総選挙でも大勢は変わらず、両者とも政権をとれない状況が続く。

 

ネタニヤフ氏に苦戦を強いる要因の一つは、汚職疑惑だ。大手通信企業に便宜を図った見返りに、自分に好意的な報道を求めたなどとされ、検察は11月21日、起訴の判断に踏み切った。

 

野党支持者らは「起訴されるのに首相を続けるなんてあり得ない」「民主主義の危機だ」といった声をあげ、「クライムミニスター(「犯罪」と「首相」を掛け合わせた造語)」と書かれたポスターを掲げる。

 

それでもネタニヤフ氏が政権を手放そうとしないのは、根強い支持基盤があるからだ。

11月26日、ネタニヤフ氏の起訴に反対するため、商都テルアビブで開かれた集会には数千人が集結。「ビビ! キング・オブ・イスラエル!」という合唱を地鳴りのように響かせた。

 

中高年世代が目立ち、両親と訪れたサリト・ハガグさん(52)は「ビビは経済を発展させ、治安も守る素晴らしい首相。汚職なんてウソ。彼を引きずり下ろすための陰謀だ」と話す。

 

建設業を営むラミ・ニッサンさん(56)はヨルダン川西岸のユダヤ人入植地からデモに駆けつけた。「この国は政治ではなく、司法に支配されている。こんなのは民主主義じゃない」

 

ネタニヤフ氏本人も選挙戦を通じて司法やメディア批判を繰り返し、「彼らは私を陥れようとしている」と主張。国内外に敵を作り上げて攻撃する手法は、トランプ氏をほうふつさせる。

 

過去2回の選挙結果を分析すると、テルアビブなど都会ではガンツ氏率いる野党が強い一方、地方や入植地ではネタニヤフ氏が圧倒的な支持を誇る。この点でも、米国の「ラストベルト」(さびついた工業地帯)の有権者たちがトランプ氏に熱狂する姿との共通性を指摘する声がある。

 

12月11日までに連立交渉がまとまらなければ、来年3月に再々選挙となる見通し。だが、有権者の間では「何度やっても結果は同じ」との見方が強く、混乱の出口は見えない。【12月1日 朝日】

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総選挙ではネタニヤフ首相の汚職体質が争点となっており、パレスチナ対応は争点になっていません。

 

野党「青と白」のガンツ氏は元軍参謀総長としてガザ地区への軍事作戦を指揮した経歴の持ち主で、対パレスチナ政策に関しては「ネタニヤフ氏とガンツ氏には、ペプシとコカ・コーラくらいの違いしかない」(パレスチナ自治政府のシュタイエ首相)とも。

 

ただ、ネタニヤフ首相がアラブ政党との協力を拒否し、イスラエル社会の分断を進めるのに対し、ガンツ氏は「多くの有権者が分断に『ノー』、統一に『イエス』と言った」と語っており、ユダヤ人・アラブ人に分断された社会の在り方については差異があるようです。

 

【兵役にもつかず、就労もせず聖典研究に没頭する超正統派ユダヤ教徒】

ネタニヤフ首相が組閣できないのは、自身の汚職疑惑のほかに、本来は保守強硬派という同じ立場にあるリーベルマン氏率いる「イスラエル我が家」党の協力が得られないことがあります。

 

ネタニヤフ首相はユダヤ教宗教勢力の支持を受けていますが、ネタニヤフ首相より過激な保守強硬派であるリーベルマン氏は超正統派ユダヤ教神学校生徒の徴兵免除廃止を求めており、宗教重視と世俗主義の対立という問題も表面化しています。

 

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・・・・だが結果的に、今回もキャスティング・ボートを握ることになったのは「イスラエル我が家」党のアヴィグドール・リーバーマンである。

 

前回の選挙では、連立の条件として、超正統派ユダヤ教神学校生徒の徴兵免除を廃止する法案の成立を訴えるリーバーマンとネタニヤフの間で連立合意がまとまらず、解散に追い込むかたちとなった。

 

今回の選挙では議席をさらに5から9に伸ばした「イスラエル我が家」は、与党が安定多数で形成される上でカギを握る存在となる。リクードも「青と白」も共に、前回の選挙から議席を減らしているため、多数派工作は組閣の上でますます重要となっている。・・・・【9月19日 Newsweek「イスラエル政治の停滞と混迷は続く......やり直し選挙の行方」】

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超正統派ユダヤ教教徒については

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外見的な特徴としては、男性は頭髪のもみあげを伸ばして黒い帽子・衣服を着用し、女性はスカーフで地毛を隠すことが多い。

 

ユダヤ教の教義を学ぶことを最優先と考え、近代的な教育に否定的で、就労していない者が多い。

 

イスラエル政府から補助金(一家族平均で月3000~4000シェケル)を受け、税や社会保障負担も減免されているが、貧困層が多い。超正統派への公費支出に不満を抱く世俗派ユダヤ教徒もいる。【ウィキペディア】

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とのことで、イスラエルの再建はメシアの到来によってなされるべきであり、人為的に行うものではないという信念からイスラエルの建国を認めていない一派も存在するとか。

 

私のように宗教と縁が薄い人間には理解しがたい存在ですが、イスラエルでも極端な宗教重視には批判・困惑もあるようです。

 

****イスラエル版CIA「モサド」がユダヤ教超正統派の男たちを採用する理由****

聖典の研究と傍受情報の鑑別はそれほど変わらない?

 

イスラエルで「ハレディーム」と呼ばれるユダヤ教超正統派が急増している。その男性たちは聖典研究に専念することを本分としており、女性たちが家族を支えねばならない。ハレディームは兵役を免除されている場合も多い。

この経済的損失は大きく、イスラエル政府は才能ある男性たちを社会になんとか組み入れようとしている。イスラエル諜報特務庁「モサド」もハレディームを積極的に採用する構えだ。


モサドに就職したいユダヤ教超正統派

これまでの十余年、29歳のヨシ(セキュリティ上の理由で、姓は伏せる)は単調な日課をこなしてきた。午前7時起床、8時まで祈りと朝食、それから14時間以上ユダヤ聖典の勉強、その合間に食事とさらなる祈り。

だがこの9月以来、ヨシは宗教的書物の代わりに、数学とプログラミングの教科書を読むようになった。コンピュータサイエンスの学位の取得を目指しているからだ。最終的には、イスラエル公安庁、ひょっとしたら「モサド」(CIAのイスラエル版)に就職できたらと願っている。(中略)

ヨシが参加しているのは、「パルデス・プロジェクト」と呼ばれるプログラムだ。ヘブライ語で「ハレディーム」と呼ばれるユダヤ教超正統派に、そのアイデンティティを維持しつつイスラエル経済にもっと参画してもらうことを目的としたものだ。

 

超正統派男性も働いて!

ユダヤの伝統で男性の神聖な務めは、学習だ。ハレディームにとってそれは、古代の文書を学び、神とより近い関係を築くことを意味する。

超正統派はイスラエルの人口の10%以上を占める。そのうちのおよそ半分の男たちは宗教研究に専念しており、その妻たちが家族を支えるために働いている。


イスラエル政府は来年までに、現役世代のハレーディ男性たちの63%を労働力に組み込みたいとしている。だが、そうなる可能性はほとんどない。

それでも、成長が減速しているイスラエルとしては、彼らにもっと貢献してもらう必要があると経済学者たちは言う。

「イスラエル民主主義研究所(IDC)」によると、もしハレーディ男性全員がほかのイスラエル人と同じくらい生産的だったら、その経済効果は年間50億ドル(約5500億円)以上になるだろうとのことだ。(後略)【11月27日 COURRIER】

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【遺跡発掘調査が暴動・地域紛争につながりかねないエルサレムで発掘調査が急増 背景には政治】

もう2,3年前になりますが、エルサレムを舞台にしたドラマをネット配信で観ていて、(内容は完全に忘れましたが)その特異性が非常に印象的だったのが、世俗的人間には理解しがたい上記超正統派ユダヤ教教徒の存在と、もうひとつが「遺跡」が非常に敏感な存在であるということ。

 

ユダヤ教・イスラム教の宗教対立が厳しいエルサレムの遺跡は、たとえ石ひとつ動かしても社会問題化する可能性がある非常に敏感な存在のようです。

 

そのエルサレムで近年発掘調査が盛んに行われているとか。

 

****エルサレムの発掘が盛んに、背景に政治的意図****

考古学の発掘調査をすると暴動を招いてしまう土地は、世界広しといえども、エルサレムくらいのものだろう。暴動ばかりか、地域紛争にさえ発展しかねず、国際社会の安定まで脅かしている。

 

1996年、イスラエル当局がかつてのユダヤ教の神殿の西壁に沿って続くトンネルの出口を、旧市街のイスラム教徒地区に設けた。すると、激しい抗議運動が起き、約120人の死者が出た。

 

これをきっかけに、ユダヤ教徒がハル・ハバイト(神殿の丘)、イスラム教徒がハラム・アッシャリーフ(高貴な聖域)と呼ぶ、聖なる高台の地下にある遺跡の管理権をめぐって論争が巻き起こった。この対立は、1993年のパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)を事実上破綻させる一因ともなった。

 

「エルサレムにおける考古学調査は研究者だけでなく、政治家や一般の人々にも関わってくるだけに、非常に神経を使います」。イスラエル考古学庁(IAA)エルサレム事務所のユバル・バルフ所長もそう認める。

 

今やエルサレムは年間100件前後の発掘調査が実施される、世界有数の活発な発掘地となっている。

 

考古学がいつしか政治学に

パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長はこうした発掘事業に異を唱える。エルサレムの地下には1400年の歴史を伝えるイスラム教の遺跡が眠っているが、IAAはそれを圧倒するユダヤ教の遺跡を掘り起こそうとしている、というのだ。

 

エルサレムのイスラム教の聖地を管理する宗教財団「エルサレム・イスラム・ワクフ」(通称ワクフ)のイスラム考古学部門を率いるユスフ・ナシュハも、「ここでは、考古学はただ単に科学知識を求める学問というより、政治学と化しています」と話す。

 

IAAのバルフはこれに対し、発掘調査は公平に進められていると力説する。カナン人の時代であれ、十字軍の時代であれ、どの時代も研究対象として等しく価値をもつ、というのだ。

 

イスラエルの考古学者が世界でも最高レベルの専門的な訓練を受けていることは疑う余地がない。と同時に、パレスチナとイスラエルの紛争で、考古学が政治的な武器として利用されていることもまた事実だ。

 

イスラエル当局はエルサレム市内とその周辺の発掘調査の認可権限をもつため、パレスチナ側に対して優位な立場にある。【11月29日 NATIONAL GEOGRAPHIC】

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暴動・地域紛争を招きかねないエルサレムの地下ほど敏感ではないかもしれませんが、遺跡発掘と政治の関わりは日本の天皇陵にも存在します。

 

仁徳天皇陵など天皇陵の詳しい発掘調査が行われれば、日本史を書き換えるほどの事実も判明するかもしれませんが、管理する宮内庁は「陵墓は皇室の祖先のお墓です。今も祭祀が行われています。静安と尊厳を保つのが本義です」と発掘調査を基本的には認めていません。

 

現在の「天皇陵」に関する説明は、確たる証拠もないまま、江戸末期から明治にかけ幕府や維新政府が神武天皇から連なる万世一系として天皇を政治利用する意図から“創設”したものとの見方がありますが、そうした枠組みが揺らぐことを懸念しているのでしょうか。

 

【西岸地区での入植活動容認 総選挙での支持層固めが狙い】

話をイスラエルに戻すと、トランプ大統領がこれまでのアメリカの立場を翻して、11月、ヨルダン川西岸での入植活動を事実上容認する姿勢に転じたのは周知のところです。

 

****イスラエル、入植拡大承認 米政権の容認転換後初****

イスラエルのベネット国防相は1日、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ヘブロンの内側にあるユダヤ人入植地を拡大する計画を承認した。地元メディアが伝えた。

 

トランプ米政権が11月、西岸での入植活動を事実上容認する政策転換をした後、入植拡大が承認されるのは初めて。

 

入植活動は占領地の地位変更を禁じた国際法に違反するとされる。西岸などを領土とする独立国家樹立を目指すパレスチナは「米国の責任だ」と強く反発している。

 

入植拡大計画を承認した背景には、総選挙をにらみ入植者を中心とする右派層の支持を固める狙いもあるとみられる。【12月2日 共同】

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トランプ大統領・ネタニヤフ首相の動きは国際的には批判が多く出されていますが、それぞれ国内選挙における支持層固めの思惑が優先するようです。

 

いずれにしても、ネタニヤフ・トランプ両氏への評価で国民の色分けが進むのはイスラエルとアメリカ、よく似た状況です。

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アフガニスタンの今後に関心がないトランプ大統領の対タリバン和平協議再開

2019-12-02 23:15:35 | アフガン・パキスタン

(感謝祭に合わせアフガニスタン米軍基地を訪問したトランプ大統領【11月29日 BBC】)

 

【忘れられた大統領選挙】

実を言えば下記記事を見るまで私はすっかり忘れていましたが、アフガニスタンでは9月28日に大統領選挙があったのですが、いまだにその結果が明らかになっていません。

 

*****アフガニスタン大統領選、投票から2か月過ぎても当選者決まらず****

アフガニスタン大統領選は、9月28日の投票から2か月が過ぎても当選者が決まらない事態となっている。

主要候補の陣営が、現職アシュラフ・ガニ大統領(70)陣営の不正投票への関与疑惑を指摘し、集計作業を阻止しているためだ。

 

米国のトランプ大統領は11月28日に旧支配勢力タリバンとの和平協議再開を宣言したが、政治の混乱が和平の先行きに影を落としている。

 

不正を訴えているのは、首相に相当する行政長官のアブドラ・アブドラ氏(59)陣営で、ガニ陣営が選挙管理委員会と協力して票の水増しなどを行った疑いがあるとしている。

 

大統領選には18人が立候補し、選管は当初、11月上旬に開票結果を発表する予定だった。だが、アブドラ陣営が票の集計に必要な立会人を引き上げたため、集計できない状況になった。選管は、結果発表日を「未定」としている。

 

アブドラ陣営は、29日には首都カブールで数千人規模のデモ行進を行い、投票の一部無効を訴えた。

 

アフガンでは2014年の大統領選でも、不正疑惑などにより、第1回投票からガニ氏の当選決定まで5か月以上がかかった。

 

国連や日米欧は、和平には米政府とタリバンの協議だけでなく、アフガン政府とタリバン、市民団体などによる「アフガン人同士の対話」が重要だとの立場だ。国連筋は「大統領選が終わるまでは、彼らがひざを交えて国の未来を語ることは難しい」と話している。【11月30日 読売】

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この大統領選挙はタリバンの妨害のなかで行われましたが、投票率は3割を下回るような状態で、アフガニスタン政府の弱体化・混迷、国民の期待の薄さを表すものともなっていました。

 

*****アフガン大統領選 投票者数は過去最低****

アフガニスタン大統領選(9月28日投票)で、選挙管理委員会は4日までに、投票者数が約260万人だったとする暫定結果を発表した。2014年の前回選挙を大幅に下回り、大統領選で過去最低になる見通し。

 

イスラム原理主義勢力タリバンによるテロを警戒して投票を回避する動きが出たことや、和平を実現できない政府への期待感が薄いことが背景にある。

 

選管は「数字は今後変動する可能性がある」と説明するが、2014年大統領選(第1回投票)の約660万人、09年の約460万人を大幅に下回ることは確実だ。今回の大統領選の登録有権者は約960万人で、投票率は単純計算で30%を切ることになる。

 

タリバンは大統領選について「民衆を欺くものだ」と反発し、選挙の妨害を明言。投票当日には政府施設や投票所などを攻撃し、全国で計29人が死亡、100人以上が負傷した。

 

ガニ大統領は選挙の確実な実施と自らの再選を通じて、政権の求心力を高めたい思惑があった。ただ、これまでアフガン政府は米国とタリバンとの和平交渉に関与すらできておらず、平和を望む国民からの期待感は高くない。

「人々は選挙が平和をもたらさないことを知っている」とは、アフガン政治評論家のモハメド・ハキヤール氏の言葉だ。また、公務員の収賄が横行するなど、政府には腐敗のイメージも強い。

 

選挙戦には18人が立候補したが、事実上はガニ氏と政権ナンバー2のアブドラ行政長官の一騎打ちとなった。14年の大統領選と構図は同じで、新鮮味に欠けたという面もある。

 

選管は10月19日に暫定の選挙結果を発表する見通し。過半数に達した候補がいない場合は、上位2候補の決選投票が行われる。【10月4日 産経】

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このまま“うやむや”になってしまえば、命がけで投票した人々、死者29人負傷者100人以上という犠牲者はいったい何だったのか?という話にもなります。

 

選挙結果が示されれば、負けたとされた側が、前回選挙同様に激しい抗議行動を行い、混乱が続くのでしょう。

(アブドラ行政長官は選挙直後の選管発表がない段階で早くも勝利宣言を行っていますが、ガニ現大統領に近いとされる選挙管理委員会が今後ガニ氏勝利を発表しても、アブドラ氏はそれを認めないでしょう)

 

【米・タリバン交渉再開】

こうしたアフガニスタン政府の現状を見るにつけ、アメリカとしても「アフガニスタン政府に期待しても多くは望めない。アフガニスタンから抜け出るためにはタリバンとの直接交渉しかない」ということになるでしょう。

 

アメリカは、タリバンとの直接交渉を断続的に進めています。

 

前回、アメリカ政府はタリバンに加えてアフガニスタン政府幹部と米大統領山荘キャンプデービッドで三者会談を開く予定でしたが、直前の9月5日に自動車爆弾を使ったタリバンの攻撃で米兵が死亡したことを受け、トランプ大統領は9月7日に会談をキャンセル。 和平協議について「死んだ。私がみる限り、死んだ」と述べていました。

 

ただ、トランプ大統領としては何とかアフガニスタン撤退を実現して、再選に向けた「成果」としたいところで、その後も水面下の交渉は再開し、再び協議再開の機運が高まっています。

 

****トランプ氏、アフガン電撃訪問 タリバンとの協議再開を公表****

ドナルド・トランプ米大統領は28日、予告なしにアフガニスタンの米軍基地を訪れ、アメリカは反政府武装勢力タリバンとの和平協議を進めていると明らかにした。

 

首都カブールのバグラム空軍基地を訪れたトランプ氏は、「タリバンが取引を望んでいる」と説明した。アメリカとタリバンは協議再開の地ならしとして、捕虜を交換したばかりだった。(中略)

 

「うまくいくだろう」

トランプ氏は空軍基地で、タリバンとの和平協議再開について、「彼ら(タリバン)と会い、停戦が必要だと伝えたが、彼らは停戦を望まないと言った。しかし彼らはいま、停戦したいと言っている」と説明。「その方向でうまくいくだろうと信じている」と述べた。

 

アメリカとタリバンの交渉が、どれほど中身があるのかは不明だ。

 

4000人以上削減の計画

トランプ氏はまた、アフガニスタン駐留米兵の「大幅な」削減も表明した。

 

アフガニスタンには現在、約1万3000人の米兵が駐留している。2001年9月11日の米同時多発襲撃事件を受け、タリバン追放のためにアフガニスタンへの駐留を始めてから、18年が経過している。

 

トランプ氏はこの日、駐留米兵を8600人ほどに減らす計画に改めて言及。しかし、どれだけの人数がいつ撤退するのかは明らかにしなかった。

 

「合意に達するか完全な勝利を収めるかして、彼らが取引の必要に迫られるまで、米軍は駐留を続ける」と述べた。

 

捕虜を交換

アメリカとタリバンの捕虜交換は、数週間前に行われた。

アメリカはタリバンの幹部戦闘員3人を解放。これに対しタリバンは、2016年から拘束していたアメリカ人ケヴィン・キング氏とオーストラリア人ティモシー・ウィークス氏の2人の学者を解放した。

 

アメリカとタリバンの和平協議は9月、トランプ氏がタリバーン幹部とガニ氏をワシントン郊外にある大統領専用のキャンプデービッド山荘に招いた直後に中止となった。

 

協議開催の2日前には、タリバンによるテロで米兵1人と市民ら11人が殺害され、トランプ氏が急きょ中止を決めた。

 

国内政治を意識か

アフガニスタン側はしばらく前からタリバンとの停戦を求めてきたが、タリバンはアメリカと合意を結ぶのが先だとして、アフガニスタンとの直接交渉を拒んできた。タリバンは現在、2001年以降で最も広い地域を制圧している。

 

ロイター通信によると、タリバン幹部が米政府高官と先週末からドーハで会談していることを認めた。ただ、正式な交渉は再開されていないという。

 

BBCのクリス・バクラー北米特派員は、今回のトランプ氏の訪問は、同氏がアフガニスタンに興味をもっていることを示すものではなく、去年のクリスマス時期のイラク訪問と同様、国内政治を意識したものだと解説。

 

海外駐留の米兵との団結を示すことは、大統領にとって、国内で支持を得る上で重要だと述べた。【11月29日 BBC】

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和平協議再開については、タリバン側も明らかにしています。

 

****タリバン「ドーハで米代表と会談」和平交渉の再開を明らかに****

アフガニスタンの和平をめぐるアメリカとの交渉について、反政府武装勢力タリバンの幹部は、NHKの取材に対し、今月上旬に、タリバンの政治事務所がある中東のカタールでアメリカ側の代表と会談を行い、和平交渉を再開したことを明らかにしました。(中略)

 

アメリカ側との交渉に関わってきたタリバンの複数の幹部は、NHKの取材に対し、「われわれの政治事務所があるカタールのドーハで、今月上旬、アメリカ側の交渉担当者と協議した」と述べ、トランプ政権でタリバンとの協議を担当するハリルザド特別代表らと会談したことを明らかにしました。

そのうえで、「会談では、アフガニスタン国内で起きるテロによる暴力の削減や、アメリカ軍との停戦の進め方、それに、タリバンの戦闘員の釈放を含む人質の交換について集中的に協議した」と述べ、ことし9月に中止されたアメリカ側との交渉を再開したことを明らかにしました。

アフガニスタンでは、今月、タリバンが、拘束していたアメリカ人などを解放したのと引き換えに、タリバンの幹部3人が釈放されていて、アメリカとタリバンによる和平交渉が再開するのではないかと注目されていました。

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幹部3人の釈放と引き換えに、タリバンが拘束されていたアメリカ人とオーストラリア人の人質2人を解放したのは、アフガニスタン政府とタリバンによる捕虜釈放と人質解放に関する合意の一環であり、ポンペオ米国務長官は、アフガニスタン政府とタリバンの合意について「アフガンの戦争が近く政治的解決を迎えるかもしれないという、希望を抱かせる兆候だ」と指摘しています。

 

【トランプ大統領がタリバンとのアフガニスタン撤退交渉でリスクを冒す可能性】

和平協議の今後については、以下のようにも。

 

****トランプが抱えるアフガニスタン撤退のジレンマ****

(中略)

トランプは早期の部分撤退を欲してきた。2020年の大統領選挙の前には完全撤退を目指している。従って、タリバンとの合意の完成を急がせていた。この動機に変化があるとは思われない。ということは、タリバンとの交渉を再開する可能性は十分あり得るのではないだろうか。

 

仮に、タリバンと交渉が再開されるとして、合意が米国にとって受諾可能なものであるためには、少なくとも二つの条件が充たされる必要があろう。

 

一つは、合意において、タリバンは、アルカイダと絶縁し、アフガニスタンをISなど国際テロ組織のプラットフォームにしないことを保証するようであるが、タリバンにその能力がある筈もなく保証を信用する訳にも行かない。

 

ここは、米軍のテロ対策の部隊の残留とバグラムおよびカンダハールの空軍基地へのアクセスを確保することが必要になろう。

 

もう一つは、タリバンとアフガニスタン政府の和解を米軍の最終的な撤退の条件とすることである。

 

第一弾として、トランプは、1万4000人のうち、4000ないし5000人を撤兵することを主張してきたが、これは2017年のトランプ就任の時点の規模に戻るだけであるので、問題は少ないかもしれない。

 

しかし、最終的な撤退は別である。このような条件を付したとしても、将来を担保は出来ないが、少なくとも両者の合意が成らないままアフガニスタン政府を見捨てることは米国としては無責任のそしりは免れないであろう。(中略)

 

しかし、アフガンにおいて民主的で統一された政治制度や女性の基本的人権の保護のための体制を作ることは、米国の視野からはとうに失せているように思われる。

 

トランプがタリバンとのアフガニスタン撤退交渉でリスクを冒す可能性は依然としてくすぶり続けていると言えよう。【9月10日 WEDGE】

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“少なくとも二つの条件が充たされる必要”とは言うものの、何らかの合意をして米軍が撤退してしまえば、その後にタリバンが合意内容を実質的に覆すような動きに出たとしても、シリア撤退のために同盟勢力のクルド人を“見捨てた”トランプ政権が、大統領選挙も満足に行えないアフガニスタン政府救済のために米軍を再びアフガニスタンに戻すことなない・・・・と、タリバン側も考えているでしょうから、とりあえずの米軍撤退の理由付けになるような合意を結ぶこと自体は、タリバンにとってはそう難しい話ではないのでは・・・。

 

“アフガンにおいて民主的で統一された政治制度や女性の基本的人権の保護のための体制を作ることは、米国の視野からはとうに失せている”状況で、ましてやアフガニスタンのその後に関心などないトランプ大統領ですから、“後は野となれ山となれ”であったにしても、何らかの合意を再選に間に合う形で演出することは十分に感がられるところです。

 

タリバンとは別に、アフガニスタンで戦闘を行っていたISも求心力を失いつつあるようですから、和平協議にとっては追い風でしょう。

 

****アフガンIS、投降相次ぎ千人超 指導者死亡で組織弱体か****

アフガニスタンで活動する過激派組織「イスラム国」(IS)の戦闘員や家族が相次いで政府に投降し、地元メディアによると、1日までの1カ月間で千人を超えた。

 

専門家は政府の掃討作戦強化が奏功したことに加え、10月に指導者のバグダディ容疑者が死亡したことで、組織が弱体化したためと指摘している。

 

特に投降が相次いでいるのはISの一大拠点とされる東部ナンガルハル州。ガニ大統領は11月中旬、「1年前なら誰も信じなかっただろう」と述べて同州でのIS壊滅を宣言し、州当局や治安部隊の健闘をたたえた。【12月2日 共同】

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本来歓迎すべき和平協議合意ですが、トランプ大統領の再選に向けた「成果」づくりのための“後は野となれ山となれ”的な合意も予想される状況で、もうひとつ素直に喜べないところも。

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