孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ベトナム  海外需要減少で外需依存度が高いベトナム経済が後退 進むアメリカの「中国包囲網」構築

2023-08-21 23:18:59 | 東南アジア

(【8月18日 産経】に一部追加)

【米欧中の景気低迷 外需依存度が高いベトナムの景気後退】
不動産大手「中国恒大集団」が17日、アメリカの裁判所に破産法の適用を申請したことなど、中国不動産市場の低迷・混乱、更に若者の失業率の高さ、巨額債務を抱える地方政府の財政問題など、中国経済の後退は連日報じられています。

中国のような大きな経済圏の景気動向は、日本を含めた経済関係を有する多くの国々へ影響が及びます。

中国だけでなく、欧米の需要も停滞しており、途上国からの輸出が減少しています。とりわけ、外需依存の高いベトナムのような国には大きな影響があります。

****輸出減少で新興国景気が減速****
─ 背景にある世界的な在庫調整は当面続く見通し ─

新興国では、主要な需要地である米国、欧州、中国向けの輸出が減少。背景には世界的な在庫調整による財需要の減少があり、当面は輸出の下振れが続く見通し

そのため、新興国では外需依存の高い国を中心に景気は減速へ。なかでもベトナムへの影響は大きく、輸出の減少が関連産業の雇用・所得を通じ、内需にも波及しやすい試算結果

足元で内需が堅調なメキシコや、インバウンド需要の回復に沸くタイも、在庫調整の影響が当面続くと予想されることから、今後は輸出減少が内需に波及するリスクに要注意【7月24日 井上 淳氏 みずほリサーチ&テクノロジーズ】
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“米欧中向け消費財輸出のGDP比率をみると、ベトナムでは2割に達する。したがって、足元の米欧中で進行する在庫調整と、それに伴う財需要の減少は、特にベトナム経済にとって大きな下押し圧力になっていると考えられる”【同上】とのこと。

ベトナムに関しては、4月20日ブログ“ベトナム 成長が期待される経済 反汚職キャンぺーンの国内政治 外交では米中間で微妙なバランス”で、“ベトナム経済は成長著しく、「人口が間もなく1億人を突破して、世界で15番目の人口1億超えの国となり、昨年のGDP成長率は8%超だ」(中国メディアの毎日経済新聞)と、「明るい未来」が期待されています。”と経済面の「明るい未来」を取り上げたのですが、目下の状況は話が違うようです。

****ベトナム経済失速、5000人余りの中国人投資家がインドネシアへ―中国メディア****
2023年5月23日、騰訊新聞は、今年に入ってベトナムの経済成長にブレーキがかかり、中国人がベトナムから離れ始めていると報じた。

記事は、21年夏ごろに「次の世界になるのはベトナムだ」との議論が活発に繰り広げられ、22年のベトナムの経済成長率も8%に達したとする一方で、今年1〜3月期の成長率は3.3%にとどまり、同国政府が定めていた6.5%の目標を大きく下回ったと紹介。

同国経済の急減速は米国市場への過度の依存が背景にあり、米国経済の成長鈍化とインフレによる消費の冷え込みで、ベトナムの輸出が大きく減少したと伝えている。
一方、東南アジア経済への熱視線は相変わらずで、今年に入って中国企業は主にインドネシアにターゲットを定めるようになったと指摘。(後略)【5月25日 レコードチャイナ】
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【ベトナムに多い「一発逆転」の再起を狙う韓国人 その夢もベトナムの不動産バブル崩壊で萎む】
意外だったのは、ベトナムには一発逆転を狙ってやってくる韓国人が多いということ。
ベトナムと韓国の間にはベトナム戦争への韓国参戦による問題が今も尾を引いている・・・という微妙な関係にあるだけに。(5月26日ブログ“韓国 ベトナム戦争での韓国軍による民間人虐殺の賠償責任を初めて認定する判決 政権は「調査せず」”)

ベトナムの景気後退で、そうした韓国人の“一発逆転”の夢が萎んでいるとのことです。

****夢に終わった「一発逆転」、ベトナムでバブル崩壊に巻き込まれた韓国人たち****
ベトナムに滞在していると不思議に思うことがある。それはベトナムに多くの韓国人が暮らしていることだ。日本人は約2万人だが、韓国人は20万人以上がベトナムに住む。ハノイやホーチミン市にはコリアンタウンがある。

韓国の人口は日本の4割程度でしかないのに、なぜ日本人の10倍以上もの韓国人がベトナムに住んでいるのであろうか。

「負け組」が一発逆転を狙ってベトナムに
歴史の中でベトナムと韓国の仲が特に良かったと言うわけでもない。むしろその逆で、ベトナム人は韓国人に対して複雑な感情を抱いている。それはベトナム戦争の時に韓国が米国の要請に従って多くの兵士をベトナムに送ったためだ。ベトナム人は韓国軍兵士が行った数々の残虐行為を今も記憶している。

ベトナム人は日本人と韓国人を識別することができないので、レストランなどで韓国人と間違われることがある。私が自分は日本人だと言うと、おしなべて好意的な態度を示してくれる。おぼつかない英語で「日本人は好きだが、韓国人は嫌いだ」という人までいる。

韓国人は広く東南アジア全体に住んでいるわけではない。特に多く住んでいるのがベトナムだ。私はベトナムに華僑が少ないことが、その理由ではないかと考えている。南北統一後にベトナム政府が南ベトナムにいた華僑を排斥したために、東南アジアの中でベトナムは例外的に華僑が少ない国になっている。

朝鮮半島に住む人々は長い歴史の中で、中国人と付き合うことの難しさを知り抜いている。中国人は朝鮮半島に住む人々の上に立とうとする。中国に進出した韓国企業は日本企業以上にさまざまな嫌がらせを受けてきた。そんな韓国人は、華僑が少ないベトナムを選んで進出したのだろう。

ベトナムにやってくる多くの韓国人はエリートではない。ごく普通の韓国人がベトナムにやって来て、焼肉屋やカフェなどを経営している。

韓国は熾烈な競争社会であり、かつ学歴社会。ソウル大学など一流大学を出て財閥系企業に就職できなかった者は、医者や弁護士を除けば「負け組」とされる。そんな社会なので、「負け組」が一発逆転を狙ってベトナムにやって来るとも言われる。

韓国人は日本人よりもビジネスに積極的だ。ベトナムで何度もそのような話を聞かされた。一発逆転のチャンスがあると聞けば、ベトナムにまでやって来て自分で焼肉店を開業する。そのチャレンジ精神はバブル崩壊後に、何事につけても消極的になってしまった日本人とは大きく異なる。

逆回転し始めた不動産投資
しかしそんな韓国に逆風が吹き始めた。それはベトナムで不動産バブルの崩壊が始まったからだ。ベトナムにも住宅の価格は絶対に下がらないとする神話が存在した。だが、昨年(2022年)の秋から不動産価格の下落が始まった。ベトナムの不動産バブルは中国ほど膨らんではいないものの、それでもその崩壊は経済に大きな影響を与え始めた。今年になって倒産件数が急増している。

ベトナムに進出した韓国人もバブル崩壊の影響を受けている。ベトナムでは新築マンションが販売される際に、総戸数の30%までは外国人が購入できる。韓国人が値上がりを期待して不動産を購入しているとの噂をよく耳にした。「なぜ日本人は買わないのか?」「日本人は消極的だ」昨年夏頃までベトナム人からそんな非難がましい言葉を聞いたものだ。

だが、その不動産投資が逆回転し始めた。そして景気が低迷する中で売り上げが急減し、廃業に追い込まれる飲食店も増えている。

こんな噂を聞いた。韓国人は信用できない。事業が上手く行かなくなると夜逃げして韓国に帰ってしまう。確かに個人が営業する焼肉店やカフェの経営がうまくいかなくなった時には、そのようなことも起きるのだろう。それに比べて日本人は信用できると言っていた。

だが、そもそも個人でベトナムに来て飲食店などを経営する日本人は少ない。多くは日本に本社がある会社の駐在員であり、バブル崩壊が始まったからと言って夜逃げするような立場に追い込まれる人は稀であろう。

中国だけでなくベトナムでもバブルの崩壊が始まった。少し焦点を引いてみれば、これは東アジアにおいて、橋や道路を造り港湾や学校などを整備することによって経済を発展させる時代が終わったことを示している。

日本ではハコモノへの無駄な投資をなくすことは小泉改革や民主党政権の重要な課題であったが、中国やベトナムは今まさにそのような時代を迎えようとしている。(後略)【8月21日 川島 博之氏 JBpress】
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【南シナ海領有権での中国との対立を背景にアメリカとの関係強化】
外交的には米中間でバランスをとるベトナムですが、南シナ海での領有権をめぐる中国との対立が続いています。

****中国、南シナ海で新たに滑走路建設…ベトナム沿岸に最も近いトリトン島****
香港英字紙サウスチャイナ・モーニングポストは18日、南シナ海のパラセル(西沙)諸島のトリトン(中建)島で、中国が新たに滑走路を建設していると報じた。

トリトン島は中国が実効支配し、ベトナムなどが領有権を主張している。輸送能力を高め、実効支配を強める狙いがあるとみられる。

同紙が報じた衛星写真の分析によると、建設中の滑走路は東西約630メートルと比較的短く、利用できる軍用機の大きさには制限があるとみられる。

トリトン島はパラセル諸島の中でベトナム沿岸に最も近く、島には既にヘリポートやレーダー施設があるという。中国軍はトリトン島で軍事訓練を行うなど軍事拠点化を進めている。【8月19日 読売】
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そうした中国との緊張を背景に、アメリカとの関係強化の動きが見られます。

****バイデン米大統領、ベトナムと戦略パートナーシップ協定署名へ=報道****
バイデン米大統領は9月中旬に予定されているベトナム訪問で、同国と戦略パートナーシップ協定に署名する方針だ。米政治専門サイトのポリティコが関係者3人の話として報じた。

ポリティコは、協定締結によりベトナムの半導体生産や人口知能(AI)などのハイテク産業の発展に向けた新たな両国間の協力が可能になるとしている。【8月19日 ロイター】
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【進むアメリカの「中国包囲網」構築 反発を強める中国】
周知のように、18日にアメリカ・キャンプデービッドで行われた日米韓首脳会談で、3か国の首脳は中国や北朝鮮の動きに対応するため、安全保障面を中心に連携の強化を確認しました。

3首脳は「日米韓パートナーシップの新時代」を宣言し、3か国の協力を北朝鮮対応だけでなく、インド太平洋地域全体の平和と安定を強化する枠組みとして打ち出しました。

南シナ海をめぐる問題では、アメリカはフィリピンとの関係も強化しています。

高齢に伴う問題が指摘されるバイデン大統領ですが、外交面での「中国包囲網」構築は着々と成果をあげているようです。

****日米韓で中国対処へ バイデン米政権が構築する多層ネットワークの一環****
バイデン米大統領は18日にキャンプデービッドで開く日米韓首脳会談で、防衛や経済安全保障における3カ国の協力強化を目指す。米国は「唯一の競争相手」と位置付ける中国への対処のため、インド太平洋地域でさまざまな多国間枠組みを構築している。日米韓も対北朝鮮にとどまらず、中国をにらんだ多層なネットワークの一環としたい考えだ。

フィリピンも取り込み
ブリンケン国務長官は15日の記者会見で、日米韓首脳会談に関して「われわれの地域と世界が地政学的競争により試されている瞬間に開かれる」と述べた。念頭にあるのは中国やロシア、北朝鮮の脅威であり、その対処のためにも日米韓連携の重要性が増しているとの認識をにじませた。

インド太平洋での中国への対抗のため、バイデン政権はすでに英国、オーストラリアとの安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」を立ち上げ、日豪のほかインドも加わる協力枠組み「クアッド」を通じた取り組みを重視してきた。

最近ではさらに南シナ海で中国と領有権を争うフィリピンの取り込みも急ぐ。同国で昨年、マルコス大統領が誕生して前政権の対中融和から対米重視に転換したのを好機として、日米比の安保担当高官による新たな協議の枠組みを6月に設置。豪州も交えた4カ国防衛相の初の会談も開いた。

台湾有事への対処能力引き上げ
中国が経済力を背景に浸透を図る南太平洋地域では、日英豪やニュージーランドなどと、太平洋島嶼(とうしょ)国を支援する枠組み「ブルーパシフィックにおけるパートナー」も構築している。

米国が首脳会談の定例化など「制度化」を目指す日本と韓国は中国の隣国であり、中国対応の最前線に位置する。両国には米軍基地があり、3カ国が緊密な連携をとれれば、台湾有事への対処能力を引き上げることになり、対中抑止力を高めることにもなる。

バイデン政権は多彩な枠組みを通じて、軍事分野のみならず、中国との競争に打ち勝つため、新興技術の開発やサプライチェーン(供給網)の強靱化など非軍事分野での対処も重視する。半導体産業に強い韓国との協力強化は経済安全保障にとっても重要となる。【8月18日 産経】
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中国はこうした「包囲網」形成に警戒感を強めています。

****習政権は「包囲網」と警戒 頼氏訪米では軍事演習****
日米韓3カ国が安全保障面で協力強化に動いていることを、中国の習近平政権は「中国包囲網」の強化につながるとして警戒している。習政権は、台湾の頼清徳副総統の立ち寄りを許したとして米国に反発し、19日に台湾周辺で軍事演習を行った。

中国外務省の汪文斌報道官は18日の記者会見で、日米韓首脳会談について「陣営対立や軍事グループをアジア太平洋地域に引き入れるくわだては人心を得ず、地域国の警戒と反対を引き起こす」と非難した。

習政権は、米国が同盟国などとアジア太平洋地域で協力を進めていることを「アジア太平洋版NATO(北大西洋条約機構)」などと呼んで警戒をあらわにしている。硬軟両様の手法で3カ国の連携にくさびを打つ構えを見せている。

一方、中国人民解放軍で台湾方面を管轄する東部戦区の報道官は19日、台湾周辺で軍事演習やパトロールを同日行ったと発表した。報道官は談話で「これは『台湾独立』分裂勢力と外部勢力が結託した挑発に対する重大な警告だ」と強調。頼氏が南米パラグアイ訪問に際して米国に立ち寄ったことへの対抗措置との事実上表明した。

演習は艦船と航空機の連携に重点を置いており、「実戦能力」の検証を行ったと説明した。中国国営中央テレビによると、海軍の多数の駆逐艦や護衛艦、空軍の戦闘機、ロケット軍などの部隊が加わった。

中国軍は今年4月、台湾の蔡英文総統が訪米してマッカーシー米下院議長と会談した後、台湾周辺で軍事演習を実施。その際の演習期間は3日間で、国産空母「山東」も参加した。【8月19日 産経】
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戦前、日本の台頭・アジア進出に対してABCD包囲網といったものがあり、石油などの資源調達が困難になる日本は包囲網の軍事的突破を試み、太平洋戦争突入、そして敗戦の道を進むことになりましたが・・・・。
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トランプ前大統領 ジョージア州で4件目の訴追 これまでの起訴とは趣が異なる裁判になるのか?

2023-08-20 23:26:39 | アメリカ

(トランプ氏の支持者は起訴後も同氏を支持し続けている “起訴はトランプ氏の支持者を活気づけるかもしれないが、ホワイトハウス奪還に必要な中道派有権者の支持を増やす助けにはなりそうにない。”【8月3日 WSJ】)

【ジョージア州の検察当局 トランプ氏に関する4件目の訴追】
トランプ前大統領はこれまでに①ニューヨーク地検による不倫もみ消し事件捜査、②フロリダ連邦地検による秘密公文書秘匿事件捜査、③司法省特別検察官による20年大統領選挙不正介入事件捜査――の3件でそれぞれ起訴されていましたが、8月14日、ジョージア州の検察当局は、同州における2020年大統領選の結果を覆そうと画策したとして、前大統領を起訴しました。

****トランプ氏、4度目の起訴 大統領選巡りジョージア州大番審****
米ジョージア州の大陪審は14日遅く、2020年大統領選の敗北結果を覆そうとしたとして、トランプ前大統領ら19人を起訴した。トランプ氏が起訴されるのは4度目。

起訴状には計41件の訴因が記載されている。19人全員が犯罪組織のメンバーに適用される恐喝罪に問われており、有罪になれば最高20年の禁錮刑を受ける可能性がある。

起訴された19人にはメドウズ元大統領首席補佐官、ジュリアーニ元ニューヨーク市長も含まれる。

米東部時間25日正午までに出頭しなければ、逮捕される。19人の審理を一括して行う方針という。

トランプ氏の弁護士は「今回の大陪審の一方的な発表は、個人的・政治的利害を持つ証人に依拠している」とし「今後、起訴状を精査するが、欠陥があり違憲であることは間違いない」と述べた。

トランプ氏については重罪13件の罪状を認定した。同氏は2021年1月2日、ジョージア州のラッフェンスパーガー州務長官に電話をかけ、僅差で自身が敗北した同州の選挙結果を覆すのに十分な票を「見つける」よう圧力をかけた。州務長官はトランプ氏の要請を拒否した。【8月15日 ロイター】
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****トランプ氏、大統領選の「不正」示す予定の記者会見中止…「怪しげな主張」と止められたか****
米国のトランプ前大統領は17日、21日に開催すると予告していた記者会見を中止すると発表した。

会見では、2020年大統領選で「不正」が行われたことを示す報告書を公表するとしていた。トランプ氏は中止の理由について、「弁護団が報告書を公表するよりも、(裁判所に)正式な法的文書として提出することを望んでいる」としている。

米ABCテレビは、「怪しげな主張を掲げて記者会見を開けば、法的問題を複雑にするだけだ」と法律顧問がキャンセルを促したと報じた。【8月18日 読売】
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トランプ弁護団内でも、トランプ氏の主張について「怪しげな主張」という認識はあるようです。

ただ、トランプ前大統領がいくら起訴されても共和党支持者の間では「政治的陰謀の犠牲者」としてむしろ支持が高まり、選挙資金も集まるという状況は周知のところ。

仮に下級審で有罪とされても最高裁はトランプ大統領の息のかかった判事構成でいかようにも覆せるし、大統領選挙に勝利すれば自身に「恩赦」を与えることもできる・・・そして同氏を有罪にしようとした連中への容赦ない復讐が始まる・・・・といった予測があって、本来は民主主義の根幹を揺るがす前代未聞の事件であるはずのトランプ前大統領起訴の話は今一つ緊張感がありません。

【連邦最高裁・大統領の介入ができないジョージア州RICO法による訴追 有罪になれば刑務所で大統領執務?】
ただ、今回のジョージア州検察の起訴は、マフィアなどの組織的犯罪摘発目的で1970年に制定されたジョージア州法「RICO(Racketeer Influenced and Corrupt Organizations)」法への違反容疑で、連邦最高裁や大統領が介入することができないということで、これまでの3件の起訴とは法的扱いが異なるとか。

そうなると、「有罪」となればトランプ前大統領は実際に収監され、刑務所の中から選挙活動を行い、勝利しても刑務所で執務するという異常事態になるとか。トランプ前大統領にとっては由々しき事態です。

****トランプは組織犯罪者?4度目の起訴で陣営も焦る事情****
米ジョージア州フルトン郡大陪審はこのほど、2020年大統領選挙関連でトランプ前大統領と側近グループ18人を、マフィアの大掛かりな組織犯罪に見立て「恐喝・捏造・窃取・共謀」など41の罪状で起訴した。その深刻さと特異性にトランプ陣営の間でも動揺と衝撃が広がっている。

見逃してはいけない起訴状の2つのワード
(中略)今回4回目の起訴は、過去3回とくらべ、内容、規模、深刻度において際立った特徴がある。すなわち、ジョージア州検察局で捜査を指揮してきたファニ・ウィリス女性検事が当初から、トランプ氏をマフィアの組織犯罪並みの〝首領〟と位置づけ、指揮下の側近グループとの共謀により、大統領選挙結果について大規模な転覆工作を企てたと断じた点にある。

そして去る14日夜、トランプ氏のほか、一網打尽に正式起訴された共謀者の中には、元ニューヨーク市長でトランプ大統領の個人弁護士だったルドルフ・ジュリアーニ、同大統領の首席補佐官だったマーク・メドウズ、当時司法次官補で司法長官就任もうわさされたジェフリー・クラーク各被告ら重要人物も含まれている。

さらに、公表された起訴状(全文98ページ)の中に、過去3回の起訴状にはなかった重要な「キーワード」が何度か登場する点も見逃せない。それが、「enterprise」と「organization」という2つの特殊用語だ。

今回、検察側が捜査対象にした「enterprise」は、単なる事業や企業の意味ではなく、マフィア摘発などでしばしば登場する「リスクをともなう大がかりな企て」であり、「organization」はその目的達成のために「周到に結成された一団」を意味している。

起訴状はまず、41項目におよぶ「罪状」の中で最も重きをなす第1項目で、トランプ氏ら19人の名前を列挙した上で、マフィアなどの組織的犯罪摘発目的で1970年制定された州法「RICO(Racketeer Influenced and Corrupt Organizations)」法に違反したと説明。

具体的に「トランプらは、大統領選挙での敗北を認めず、選挙結果をトランプへ有利に変更させるために意図的に共謀した。この共謀行為は、ジョージア州フルトン郡、および他州において2件以上の恐喝活動を引き起こす共通の計画と目的を包含していた」と述べた。

そして、こうした大がかりな犯行を「enterprise」と定義し、計画を実行に移すためのトランプ被告らのグループをひとまとめにして「organization=一団」と位置付けた。

しかも、起訴状の中では、この「一団」について、随所で「犯罪集団criminal organization」と形容されており、2年半がかりで捜査に取り組んできた検察当局の執念と意気込みを感じさせるものとなっている。

〝共謀者〟たちの罪は
続いて起訴状は、各被告の具体的罪状に言及している。  

まず、〝首領〟のトランプ氏については、13項目の罪状を挙げているが、このうち主なものは、以下の5項目だ: 1.2020年大統領選の50州における開票結果の集計作業が完了し、バイデン候補の当選が判明したにもかかわらず、虚偽の「勝利宣言」を繰り返した 
2.ジョージア州および他州における開票結果を覆させるために画策、共謀した 
3.大統領選敗北確定後の21年1月2日、大統領執務室からジョージア州の州務長官を電話で呼び出し、1時間にわたり、(同州での勝利確定のために)「あとトランプ支持票1万1780票を見つけ出してほしい」などと具体的数字を挙げて強要した 
4.ジョージア州で確定した「バイデン候補選挙人団」を「共和党選挙人団」とすり替えるよう同州議会共和党議員らに働きかけた 
5.当時のマイク・ペンス副大統領に圧力をかけ、大統領選挙人団の最終認定に臨む上院議長としての立場を利用として、バイデン選挙人団を否認するよう要求した  

大統領の個人弁護士として暗躍してきたルドルフ・ジュリアーニ氏は、13項の罪状で起訴され・・・(中略)、司法次官補だったジェフリー・クラーク被告は・・・(中略)の罪状で起訴された。  

このほか、一味の罪状として(1)ジョージア州コーヒー郡の投票マシン・システムに事前にアクセスして手を加え、投票実施を妨害した、(2)「大規模な選挙不正」という虚偽の情報を各州で拡散させた、(3)ジョージア州選挙管理委員会スタッフの自宅に押しかけ、脅迫し、「選挙不正」を認めさせようとした、(4)投票集計用コンピューター・ソフトウェア、投票イメージ情報、個人投票情報などを窃取した、(5)複数州で法的正統性のない「トランプ選挙人団」を組織、実際に州議会内で非公開の協議を行った――など、悪質極まる具体例が起訴状で列挙されている。まさに「犯罪集団」そのものの犯行ぶりが暴露されたかたちとなっている。

刑務所から大統領執務の可能性も
(中略)トランプ氏は起訴発表後、過去3回の起訴の時と同様、「バイデンにそそのかされた政治的魔女狩りだ」「(来年大統領選に向けた)自分の政治キャンペーンの真最中に仕掛けられたものであり、民主党による腐敗しきった捜査にほかならない」と即座に一蹴して見せ、意に介さないかのような反応を見せた。  

しかし、ニューヨーク・タイムズ紙など複数の有力メディア報道によると、トランプ氏は内実、過去4回の起訴の中で、今回のケースを最も恐れているといわれる。  

その理由として、以下のような点が挙げられる: 
1.ジョージア州RICO法によると、被告が有罪となった場合、必須条件として「最高刑期20年、最低で5年」が定められており、連邦控訴審、連邦最高裁などの介入により覆されることはない 
2.トランプ氏ら被告19人が今月25日に、罪状認否のため、ジョージア州地裁への出頭を命じられており、その際、過去3回の起訴の時と異なり、例外なく全員が一人ずつ、容疑者としての警察記録保存用に「mug shot」と呼ばれる顔写真の撮影が義務付けられる。写真は公表される 
3.来年3月に予定される公判は、連邦裁判所での公判と異なり、審議の模様がTV中継されることになっている 
4.トランプ氏は来年以降に連邦裁判所で有罪判決を受けたとしても、次期大統領選で勝利し、25年1月20日に再び大統領に就任した場合、大統領権限で自らを「恩赦」するか、その時点の副大統領に同様措置を取らせ、罪から逃れる可能性が指摘される。しかし、ジョージア州法に依拠した裁判で有罪判決を受けた場合、連邦政府介入の道は閉ざされる  
5.もし、24年11月の大統領選より以前にトランプ氏がジョージア州で有罪判決を受け、服役を命じられた場合、刑務所内の独房から選挙活動継続を余儀なくされることになる  

上記のような理由を踏まえ、政治メディア「The Hill」は専門家のコメントとして次のように報じている:  
「とにかく、彼が有罪判決を受け服役しながら大統領に返り咲いた場合、米国政治史上、国民がかつて経験したことのない前代未聞の異常事態となることが予想される。刑務所内からの選挙活動や(当選後の)大統領執務という、目を覆いたくなるようなシナリオは誰も考えたくないが、彼が現段階で、共和党指名候補レースで独走態勢にあり、大統領再任もありうるだけにやむを得ないだろう。

いずれにしても、今回のジョージア州フルトン郡大陪審で起訴されたことは、トランプにとって最大の脅威となることは確かだ」(後略)【8月20日 斎藤 彰氏 WEDGE】
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ただ、共謀した犯罪集団を裁くLICO法裁判は非常に複雑で時間がかかるものになりがちで、“RICO法違反の裁判は時間がかかり、複雑になりがちなだけに、トランプ前大統領の裁判は、陪審員にとって非常にわかりにくく、居心地の悪いものになるだろうと、ストリクラー氏は言う。それも、陪審員の選任が済めば――の話だが。
「事件が理解できるようになる、そのはるか前に、陪審員は寝てしまうはず」だと、ストリクラー弁護士は予言した。”【8月18日 BBC】という指摘も。

【支持者を煽る起訴・公判関係者を脅すようなトランプ氏SNS 実際に担当判事へ殺害予告する者も】
トランプ支持者の間では、これらの起訴は政治的陰謀、魔女狩りであるとの認識で、担当判事への殺害予告も。
日本と違って発砲事件など日常茶飯事のアメリカですから、「お前を殺しに行く」と言われると単なる脅しではなく現実味があると考える必要があります。

****トランプ前米大統領の裁判担当する判事に殺害予告、テキサスの女性逮捕****
ドナルド・トランプ前米大統領に対する刑事裁判の審理を担当するタニヤ・チャトカン裁判長の殺害を予告したとして、テキサス州の女性が16日、訴追され、同州の連邦地裁に勾留を命じられた。

米国土安全保障省連邦防護局の捜査員が11日にテキサス州の連邦地裁に提出した告発状によると、アビゲイル・ジョー・シュリ容疑者(43)は今月5日、ワシントン地裁に電話をかけ、チャトカン判事を脅し、その人種を侮蔑するメッセージを残した疑い。発信元を捜査員が追跡した結果、容疑者は脅迫電話をかけたことを認めたという。

チャトカン判事は現在、トランプ前大統領が2020年大統領選の結果を覆すために共謀したとされる事件の裁判を担当している。

このチャトカン判事に向かってシュリ容疑者は、「お前に狙いを定めてるんだ。殺してやりたい」と脅した。さらに、「トランプが2024年に当選しなかったら、お前を殺しに行く」とも述べたという。

容疑者はさらに、首都ワシントンの民主党員全員と性的少数者(LGBTQ+)コミュニティーを脅したほか、民主党のシーラ・ジャクソン・リー下院議員(テキサス州選出)についても殺害すると脅したという。ジャクソン議員はヒューストン市長選に出馬している。(後略)
【8月17日 BBC】
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シュリ容疑者にまともな判断能力があるのかは知りませんが、こうした者を焚きつけているのが、またしてもトランプ前大統領です。

****トランプ前大統領の威圧的なSNS投稿、検察が問題視 証人への圧力など懸念****
(中略)2020年大統領選の結果を覆そうとしたとしてトランプ前大統領は1日、以下の四つの罪(中略)で起訴された。前大統領は3日にワシントンの連邦地裁に出廷し、無罪を主張した。

翌4日午後、トランプ前大統領は自ら運営するソーシャルメディア「トゥルースソーシャル」で、「こっちをやっつけようとするなら、こっちがお前をやっつけにいく!」とすべて大文字で強調しながら書いた。

これを受けて、前大統領を起訴している司法省のジャック・スミス特別検察官は4日夜、前大統領が今後、大陪審記録など非公開資料を公開してしまう懸念があると、裁判所に「protective order(保護命令、秘密保持命令)」を出すよう対応を求めた。

特別検察官の事務所は、トランプ前大統領はこれまでにも自分に敵対するとみなす判事や弁護士や証人に攻撃的な発言を繰り返してきたと指摘。その振る舞いは「証人を威圧し沈黙させかねず、あるいは本件の公平な真理に悪影響を与える」おそれがあるとした。

その根拠として特別検察官は、前大統領による4日の投稿を挙げ、これは起訴されている事件にかかわる人たちを標的にしたものだと主張した。

これに対して前大統領の弁護団は、4日の投稿は裁判関係者ではなく、政治的に対立する相手に向けられたものだと反論した。弁護団は「指摘されている投稿は、政治的発言そのものだ」として、前大統領を攻撃している「うそつきな特殊利益団体」や対立候補の政治行動委員会に向けられたものだと主張した。

前大統領に対する公判を担当するワシントン連邦地裁のタニヤ・チャトカン判事は、現地時間7日午後5時までに回答するよう、弁護団に指示した。弁護団は回答期限の3日延長を求めたが、判事はこれを退けた。

チャトカン判事はこれまで、大統領選の結果を覆そうとした2021年1月6日の連邦議会襲撃事件について、その参加者に対して厳しい判決を下してきた。

判事は8月28日に検察と弁護団を呼びよせ、具体的な審理に入る公判期日を決める見通し。
検察側はすでに、この裁判には素早い審理がふさわしいと述べている。しかし、前大統領を担当するジョン・ローロ弁護士は、なるべく長い準備期間が必要だと反論。検察側は捜査に3年かけたのだから、弁護側にも相応の時間が必要で、検察が示す審理日程は「ばかげている」としている。

特別検察官を「狂人」と攻撃
トランプ前大統領は4日、アラバマ州で開いた支援者集会で、スミス特別検察官を「狂った人間」で「悪者」だなどとさまざまに攻撃した。

こうした中で特別検察官側は連邦地裁に、前大統領の4日の投稿は「特定的に、もしくは示唆する形」で、自分の刑事裁判の関係者に対するものだったと指摘。検察側が地裁に請求する保護命令は、「過剰に制約的」なものではなく、前大統領や弁護団がマスコミで事件について言及することは制限せず、証拠開示請求で得た内容を弁護に利用することも認められるとした。

「今回の保全命令請求が意図するのは、弁護団が証拠開示請求で得た内容を不適切な形で流布もしくは利用することを防ぐことのみ」だと検察側は説明し、その「不適切な流布もしくは利用」の対象には「国民も含まれる」とした。(中略)

トランプ前大統領が訴えられている裁判は、刑事・民事で合わせて5件が進行中ということになる。一連の訴訟に伴い、前大統領の主要政治資金団体が今年だけで払った弁護士費用は4000万ドル以上だという。

トランプ前大統領は2024年11月の大統領選で再選を目指しており、現時点で共和党の候補指名獲得レースで圧倒的なリードを維持している。【8月6日 BBC】
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このままいけば共和党候補はトランプ氏で決まりですし、本選も・・・
アメリカだけでなく世界の政治がまたこの人の手に委ねられる可能性が高まっています。

ポリティカルコレクトネスを並べ立てる「woke」(意識高い系)の連中から政治を取り戻せ・・・というドロドロした怨念に支えられたトランプ支持は、ブラックホールのように全ての批判を呑み込んで更に巨大化するモンスターのような感じもありますが、共和党・民主党支持者を合計した数字に匹敵する割合になっているという無党派層が本選でどのような判断をするのか・・・・・TV中継もされるというジョージア州の公判などが影響するのか?
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欧州(オランダ・イギリス)  苦慮する難民移民対策 

2023-08-19 22:22:14 | 難民・移民

(英ドーバーで、英仏海峡に沈没したボートに乗っていた仏からの移民を引き上げる救助隊員(12日)=Stuart Brock提供、ロイター【8月17日 読売】)

【オランダ 難民流入制限巡る対立で連立政権崩壊 ルッテ首相、総選挙後の極右と連立排除せず】
欧州各国にとって流入する難民・移民への対応が大きな問題となっており、難民・移民に反発する声を背景に政治の右傾化・極右勢力の台頭も起きています。

オランダもその一つ。7月には難民流入制限を巡る与党内の意見対立から連立政権が崩壊しました。

****オランダ連立政権が難民流入制限巡る対立で崩壊、秋にも総選挙****
オランダのルッテ首相が率いる連立政権は7日、難民流入制限を巡る与党内の意見対立が修復不可能となったために崩壊した。秋にも総選挙が実施されるとみられる。

ルッテ氏が属する自由民主国民党(VVD)が、戦争を逃れて既にオランダに滞在している難民の子どもたちの入国を抑制する措置を新たに提案したが、キリスト教民主同盟と民主D66の2党が支持を拒否したことがきっかけだ。

ルッテ氏は「難民政策で連立与党間の見解がそろわなくなったのは明らかだ。残念ながらわれわれは本日、この違いが克服できない事態になったと結論付けざるを得ない。このため私は国王に内閣総辞職を伝える」と述べた。

地元メディアがオランダの選挙委員会の話として伝えたところでは、11月半ばまでには総選挙が行われる見通し。それまでルッテ氏が暫定政権を運営していく。

暫定政権になれば新しい政策を打ち出すことはできない。ただルッテ氏はオランダのウクライナ支援に影響はないと説明した。

オランダは既に欧州で最も難民受け入れ基準が厳しい国の1つだが、連立政権内の右派勢力からの突き上げを受けたルッテ氏は、さらに難民希望者の流入を絞り込む手段を模索していた。【7月10日 ロイター】
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ルッテ首相は、“一時的亡命と恒久的亡命という2つのクラスの創設と、渡来できる家族の数を制限するために、2年間家族を呼び寄せられない期間を設けることを打ち出した。”【7月10日 COURRiER Japon】とのことですが、一部の連立与党の賛同を得られなかったとのこと。

オランダの政治は単に難民対策だけでなく、近年政治全般について大きく変化してきているようです。

****オランダ連立政権崩壊、移民政策の相違が引き金に****
オランダ連立政権は移民政策をめぐる連立4党の意見の相違から金曜日崩壊した。ルッテ首相の率いる連立政権は、自由民主党(VVD)、キリスト教民主党(CDA)、民主66党(D66)そしてキリスト教連盟(CU)の4党からなっていた。難民施設がパンク状態にあることで、VVD党はオランダへの流入難民申請者数を減らそうとしていたが、連立内のCU党とD66党の2党がこれに反対していた。

オランダは過去には難民を積極的に受け入れる国だったが、現在ではEU内でも最も厳しい難民政策をとる国のひとつとなっている。

昨年には申請待ちの難民多数が水やトイレや薬も提供されずに野外で寝るという事態が発生し、大きな問題となっていた。

これに対応するため、ルッテ首相は流入難民数を制限するという政策を発表。難民としてオランダに居住する人の子供がオランダに来ることを禁止する政策を出していた。連立する政党2党はこれに反対し、今回の政府崩壊の引き金となった。

ルッテ内閣は2010年から4期目という長期政権を保持してきた。しかしその期間にオランダの政策はそれまでの社会民主主義から経済成長に力を入れ弱者を顧みない政策へと変わってきた。

オランダは極端な住宅不足や窒素排出問題による農地の接収や新規の建設工事中止など、多くの解決されていない問題をかかえている。総選挙は11月に行われる予定。【7月8日 Portfolio】
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ルッテ首相は11月予定の総選挙後について、極右政党との連立も排除しない考えを表明しています。
実現すれば、難民・移民政策は更に厳格化することが予想されます。

****オランダ、移民厳格化も 与党、極右と連立排除せず****
オランダのルッテ首相は18日、11月22日に予定される下院選後の政権枠組みについて、自身の中道右派の与党、自由民主党(VVD)と、ポピュリスト政治家ウィルダース氏率いる極右野党の自由党(PVV)との連立を排除しないと明らかにした。同国メディアが報じた。

反移民の立場を取ってきたPVVが政権入りすれば、オランダの移民政策が厳格化する可能性がある。

オランダでは7月、ルッテ氏率いる4党連立政権が難民流入抑制策を巡り崩壊した。ルッテ氏は下院選を実施し、政界を引退する考えを表明。新内閣が発足するまで暫定政権を率いている。

VVDは14日、女性のイェジルゲス司法・安全相を首相候補として選挙戦に挑むと発表。VVDが勝利し政権樹立に成功すれば、イェジルゲス氏は同国初の女性首相となる。クルド系で、子どもの時に難民としてトルコからオランダに渡った経験があるが、ルッテ氏が提案した難民流入抑制策を支持していた。【8月19日 共同】
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極右政治家ウィルダース氏・・・・ひと頃、フランスのルペン氏と並んで台頭する欧州極右を代表する存在として注目を集めていましたが、最近はあまりその名前を聞くことはありませんでした。まだ健在だったようです。

“難民としてトルコからオランダに渡った経験がある”イェジルゲス氏が厳しい難民対策で初の女性首相を目指す・・・その考えを聞きたいところですが、あまり情報がないので・・・

このところスウェーデン・デンマークでコーランを焼却したり踏みつけたりする反イスラム行動が目だっていますが、オランダでも。 反イスラムは反難民移民とも大きく重なる考えでしょう。

****コーラン踏みつけ破る オランダ、反イスラム団体****
オランダ・ハーグのトルコ大使館前で18日、反イスラム団体の男性活動家がデモを行い、イスラム教の聖典コーランを踏みつけたり破ったりした。現場周辺にはデモに抗議するため数十人が集まり、一部が石を投げるなどしたため警察が介入する騒ぎとなった。オランダメディアが報じた。
デモを行ったのは反イスラム団体「西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人(PEGIDA)」の活動家。トルコ大使館に向かって「おまえたちはここの者ではない」「エルドアン(トルコ大統領)は売春婦の息子だ」などと叫んだ。
イェジルゲス司法・安全相は、オランダではデモの権利が認められていると強調した上で「本の破壊は幼稚で哀れな行動だ」と非難した。【8月19日 共同】
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【イギリス 不法移民ルワンダ移送計画も進まず対応に苦慮 フランスと協力合意とのことだが・・・】
一方、イギリス・スナク政権はドーバー海峡を渡って密入国する者が増加、海難事故も起きており、その対応に苦慮しています。

****小型ボートで密入国、英政府が対応に苦慮…2018年以降10万人超****
フランスから英国を目指して小型ボートで英仏海峡を渡る不法移民が後を絶たず、英政府が対応に苦慮している。

13日までの1週間に英政府が確認した不法移民は1600人を超え、12日にはボートが沈没して6人が死亡する事故が起きた。スナク政権は対策の強化を図ってきたが、目立った効果は上がっていない。

英BBCなどによると、沈没したボートには定員を超す65人ほどが乗っていた。大半がアフガニスタン人で、スーダン人もいたという。

英政府の統計によると、10日に小型ボートで英仏海峡を渡って密入国した移民は756人に上り、1日当たりの人数では今年最多を記録した。12日にも509人が確認された。天候が比較的穏やかで、「海岸警備に当たる仏当局者の人数が休暇のため大幅に減っていた」(英紙タイムズ)との指摘もある。

小型ボートで英国に密入国した移民は2018年の約300人から年々増え続け、22年は約4万6000人と150倍以上になった。今年もこれまでに約1万7000人が確認され、今月には18年以降の累計が10万人に達した。

中東やアフリカの英植民地だった地域から欧州に渡った移民の中には英語が通じ、移民に寛容な政策を取ってきた英国行きを望む人が多い。このため近年、密入国をあっせんする犯罪組織の活動が活発化している。

スナク首相は今年1月、政権の最重要課題の一つに不法移民対策を挙げ、3月のマクロン仏大統領との首脳会談では取り締まりの強化で合意した。スナク氏には、来年にも行われる総選挙に向けたアピール材料にしたい思惑がある。

しかし、今回の沈没事故で不法移民問題に改めて注目が集まる中、与党・保守党内からも政府の対応が不十分だとの声が上がっている。14日付のタイムズ紙は「スナク氏にとって公約を巡るさらなるプレッシャーになるだろう」との見方を示した。【8月17日 読売】
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イギリスでは、ジョンソン前政権からアフリカ中部ルワンダに不法移民らを移送する計画を進めようとしていますが、ルワンダでの安全が保証されていないことへの批判や難民条約上の責任を他国に押しつける行為(グランディ国連難民高等弁務官)といった批判から計画は難航しています。

****英政府、不法移民の対策に苦慮 ルワンダ移送計画は難航*****
英政府が増加する不法移民・難民への対応に苦慮している。小型ボートで英国に入る密入国者は2018年から150倍以上に増え、受け入れ施設の費用などで財政を圧迫。

スナク政権はアフリカ中部ルワンダに不法移民らを移送する計画を推し進めたい考えだが、英控訴院は移送は違法との判決を下した。国連や人権団体、司法が計画に待ったをかけており、円滑な実現は困難とみられている。

(中略)政情が不安定なイラクやシリアなどからの不法移民が増えたほか、バルカン半島のアルバニアからも仕事を求めて若者が殺到。犯罪組織が金銭を受け取り小型ボートを手配しているとの情報もある。

英国は受け入れ施設の費用などで年間約30億ポンド(約5440億円)を負担しているとされ、財政を圧迫。スナク首相は「不法移民の流入を阻止することは優先事項だ」と断言する。

スナク政権はルワンダに1億2千万ポンド(約218億円)を投資する代わりに、英国に密入国した亡命希望者を受け入れてもらう計画の実現を目指す。英国での居住を容認しない方針を明示することで密航を抑止する狙いがある。政権は今月、不法移民らの英国への難民申請を認めないとする法を成立させた。

ルワンダへの移送計画をめぐっては、ジョンソン政権が不法移民の増加は「医療や福祉の負担となる」とし昨年4月に掲げた。

ジョンソン元首相は当時、1990年代の大虐殺を乗り越えて高度成長を遂げ、リビアなどから難民を受け入れたルワンダを「世界で最も安全な国の一つ」と強調した。英政府は難民の生命や自由が脅かされない国を「安全な第三国」と定義している。移送された移民らはルワンダで亡命申請手続きを行い、申請が受理されれば、最長で5年間の教育や支援が受けられる。

しかし、国連や人権団体は計画を受け継いだスナク政権に厳しい目を向ける。グランディ国連難民高等弁務官は難民条約上の責任を他国に押しつけることは「国際的な責任分担に反する」と批判した。

強権的とされるカガメ大統領の下、ルワンダで難民が虐待されたとの報告もあり、メイ元英首相が移送による不法移民の人権状況の悪化を懸念するなど与党・保守党内でも計画に否定的な発言が目立つ。

英控訴院は6月29日、ルワンダを「安全な第三国」とみなせないとし、移送は違法との判決を下した。スナク政権は上訴の意向を表明したが、司法での争いは数年間続く可能性がある。

一方、スナク政権は非正規なルートで渡航した亡命希望者ら約500人を英南西部の港に係留させたバージ船に入居させる計画も準備。1日600万ポンド(約11億円)の宿泊費を削減できるが、この計画に対しても人権団体が亡命希望者らを船に閉じ込めるのは「残酷だ」と非難しており、「円滑に入居が進むかは不透明」(元議員)という。【7月30日 産経】
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バージ船とはいわゆる“はしけ”のことで、停泊中の船と陸地との間や、離れた2地点間を往復して人や荷物を運ぶためなどに使われる荷船のこと。 自分で航行する能力はなく、押し船や曳き船とともに航行します。

居住環境も問題ですが、火災でも起きたら多くの犠牲者を出して大問題にもなりそう。

ドーバー海峡をわたる難民移民を取り締まるためにはフランス側の協力が不可欠です。3月にはイギリスが資金提供しフランスが不法移民収容所の新設などに充てるといった内容の合意が成立したことが報じられていました。

****英仏首脳、英から仏へ対策費用提供で合意 小型ボート使う不法入国めぐり****
小型ボートを使って英仏海峡を渡りイギリスに不法入国する移民の問題をめぐり、英仏首脳は10日、イギリスの資金提供による対策強化で合意した。

イギリスが3年間で約5億ポンド(約810億円)を提供し、フランスはそれを不法移民収容所の新設などに充てる。イギリスでは、政府が提示した移民取締法案への批判が高まっている。

パリで行われた英仏首脳会談で、リシ・スーナク英首相とエマニュエル・マクロン仏大統領は、不法移民対策の強化を宣言。イギリスがフランスに対策資金を提供するほか、フランスも予算措置を講じる方針という。

イギリス側が提供する約5億ポンドは、取締官500人の増員とフランス国内での新しい不法移民収容所の設置に充てられる。ただし、新しい収容所が全面稼働するのは早くても2026年末になるという。

イギリス政府はすでに今年、約6300万ポンドを移民対策費としてフランスに提供する予定だった。今回合意された金額はその倍以上で、イギリス政府は今年から来年にかけてフランスに1億2000万ポンドを提供すると約束した。

フランスも、不法移民取り締まりを強化するため予算を増額するとしているが、具体的な額は示していない。(中略)

「人命売買の商売を終わらせる」
パリのエリゼ宮で共同記者会見したマクロン大統領は、英仏の協力で小型ボートによる不法移民は減少していると主張。両国の合同チームは過去1年間で、3万件の小型ボートによる海峡移動を阻止し、500人を逮捕したと明らかにした。

スーナク首相は、英政府が提供する資金が、「人命を売り買いするこの不快きわまりない商売を終わらせる」ことにつながると述べた。「英仏の協力を通じて、両国の制度を悪用されないようにする」とも強調した。

スーナク氏は、両首脳の合意によって、新たに500人のフランス取締官がドローンなど「増強された技術」を使い、イギリスを目指して海峡を渡る不法移民ボートを阻止することになると説明した。

加えて、フランスにはすでに26カ所の不法移民収容所があるが、イギリスからの資金でさらに1カ所を新設するという。

英首相官邸は、収容所の増設によって「フランスの沿岸部から(さらに多くの不法移民を)遠ざける」ことができると説明した。

「英仏協力の再開」
両首脳は、パリでの会談は英仏関係の新しい始まりだと強調。マクロン大統領は「結びつきを再開した瞬間」だとして、スーナク首相は「英仏協力の再開」だと述べた。

マクロン氏は、近年の両国関係悪化につながっていたのはブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)だったという姿勢を明示し、スーナク氏の前任の英首相3人を言外に批判した。

一方で、共同記者会見では友好関係を強調し、マクロン氏はスーナク氏を「親愛なるリシ」と呼び、スーナク氏はマクロン氏を「モナミ(私の友人)」とフランス語で返した。さらに両首脳は、共同記者会見を抱擁(ほうよう)で締めくくった。【3月11日 BBC】
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新しい収容所が全面稼働するのは早くても2026年末・・・ということで、効果があらわれるのはまだ先のようですし、そもそも、フランスが自国を出ていく不法移民取締りに力をいれるか・・・疑問も。イギリスに出ていってくれればフランスとしては厄介払いできて大助かり・・・という話にもなりますので。

ましてや、相手はEUを勝手に飛び出したイギリス。フランスの協力はあまり期待しない方がいいようにも思えます。

その他、ドイツでは反移民世論を背景に極右政党「ドツのための選択肢(AfD)」の支持率が高まっているという話は、これまでもしばしば取り上げてきましたので今回はパス。

各国が悩む難民移民対応ですが、「だからそうした難民移民は極力受け入れない方がいい」というのは、自分たちさえよければ・・・・といった、いささか短絡的で品格に欠ける発想のようにも。
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イスラエル  強硬な軍事作戦でパレスチナ人に広がる憎悪 不安定な米仲介のサウジとの関係改善交渉

2023-08-18 23:25:43 | パレスチナ

(7月8日、ヨルダン川西岸のジェニン難民キャンプで、イスラエル軍に破壊された家の前に座る住民(共同)【8月15日 47NEWS】)

【「建国以来最も右派の政権」によって悪化するパレスチナの状況】
イスラエル・ネタニヤフ政権の司法制度改革、それに対する抗議が続いていることは、これまでも取り上げてきたましたが、事態は“相変わらず”の状況です。

****イスラエルで抗議デモ続く 「三権分立を脅かす」司法制度改革関連法案めぐり市民反発****
中東のイスラエルでは、「司法制度改革」の関連法案が可決されたことに反対する抗議デモが32週連続で続いている。

イスラエルの国会は7月24日、最高裁判所の権限を制限する「司法制度改革」の関連法案を可決した。これまで最高裁には、「合理性がない」と判断すれば政府の決定を無効にする権限があったが、今回の法案はこれを無くす内容になっている。ネタニヤフ政権によるこの強行採決に、市民は「権限が政府に集中し三権分立を脅かす」と反発を強めている。

反対派の市民による抗議デモは法案可決後から続いている。デモ開始から32週目となった8月12日もテルアビブに数万人が集結し怒りの声を上げていて、事態の収束は見えていない。【8月13日 FNNプライムオンライン】
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“相変わらず”ということでは、パレスチナの問題も全く進展しません。イスラエルとパレスチナの間の互いの憎悪は“相変わらず”ですが、特にイスラエルにおいて「建国以来最も右派の政権」が誕生してからは、“相変わらず”と言うより“悪化するばかり”と言うべきか・・・。

****「兵士は車いすの娘に犬をけしかけて笑った」 過去20年で最大規模のイスラエル軍事作戦、民間人も犠牲…パレスチナ人に広がる憎悪****
イスラエル軍は7月上旬、占領地のヨルダン川西岸で、パレスチナ武装勢力に対する2日間の軍事作戦を展開した。ここ20年間で最大規模の作戦で、千人以上の地上部隊を投入、無人機(ドローン)による空爆も実施した。

双方の対立が激化し、パレスチナ人によるイスラエル人への襲撃事件が相次ぐ中、圧倒的軍事力で武装勢力の一掃を図った形だ。

軍は多数の武器を押収し、戦果を強調したが、民間人の犠牲や民間施設の被害も相次ぎ、パレスチナ人からは怨嗟の声が上がる。憎しみが憎しみを生み、暴力が繰り返される背景がここにある。

 ▽民家押し入り狙撃拠点に
軍事作戦の主な舞台となったヨルダン川西岸北部のジェニン難民キャンプ。約40万平方メートルの敷地に約1万4千人が暮らす人口密集地域だ。武装勢力が拠点を置き、イスラエル軍と市街戦を繰り広げたため、民間人もなすすべもなく戦闘に巻き込まれた。

イスラエル軍は7月3日未明、ジェニンに入った。キャンプの高台の家に住むヌールディン・マンスールさん(63)は「真夜中に自宅の壁が突然爆破され、30人ほどの兵士が豚のように大きな犬を連れて突然なだれ込んできた」と振り返る。

武装勢力との銃撃戦が始まっていた。窓ガラスを割り、銃口を外に向ける兵士ら。壁をハンマーで壊し、狙撃用の穴をつくった。「見晴らしがよい位置に家があったからだろう、兵士はこの家を拠点に10時間ぐらい居座り、銃を撃ちまくっていた」。家具が破壊され、無数の薬きょうが散らばる部屋で説明した。

ヌールディンさんの上階に住むアスマさん(48)の家にも兵士が侵入した。そこで、アスマさんは屈辱的な体験をした。
「兵士が12歳の娘に犬をけしかけたんです。娘は車いすで自由に動けません。恐怖のあまり泣き叫び、私も何度もやめるように頼みましたが、兵士はただ大声で笑っていました」

娘にけがはなかったが、トラウマとなり言葉をうまく発せられなくなったという。アスマさんはせめてもの抵抗でこのときの様子を録音した。音声には泣き叫ぶ少女の悲鳴が残っている。

軍は共同通信の取材に対し、軍事作戦とは無関係とみられる少女への振る舞いを巡り「事実関係を確認できない」と回答した。

アスマさんの長男、アハマドさん(15)は物理的な暴力にさらされた。1人別室に連れて行かれた後、後ろ手に手錠をかけられ、頭に布をかぶせられたという。「銃床で頭を2回殴られ、地面に倒れ込むと、おなかや脚を蹴られ続けました」

 ▽将来見えず武装勢力入りする若者たち
ジェニン難民キャンプは1953年に設立された。多くが1948年のイスラエル建国に伴い故郷を追われた難民やその子孫だ。失業率は高く、国連の支援に頼る難民が多い。希望の描けない未来はイスラエルへの憎しみへと容易に転化され、貧しさは武装勢力の勧誘をたやすくする。

キャンプで活動する過激派「イスラム聖戦」の元メンバーは取材に「積極的に活動すれば月2千シェケル(約7万8千円)の報酬がある。イスラエルと戦え、家族も養える」と、武装勢力に加わる若者たちの動機を説明した。

今回の軍事作戦で、戦闘員の兄をイスラエル軍に殺害されたマハムードさん(18)は「キャンプでの生活に将来が見えず、イスラエルの占領を終わらせるには武装闘争しかないと考え、兄は武器を取った」と語る。「一緒に食事をし服も共有していた兄がいなくなり、言葉も出ない」と涙を浮かべた。

武装勢力メンバーとはいえ、普段は民間人としてキャンプで日常生活を送る。武器を取るか否かは紙一重の差でもある。

イスラエルは1967年の第3次中東戦争でヨルダン川西岸を占領した。以後、撤退するよう求める国連安全保障理事会の決議を無視し、国際法違反のユダヤ人入植地の建設を推進する。住宅地や農地を奪われるパレスチナ人は当然反発し、摩擦が生じる。

イスラエルはパレスチナ武装勢力を「テロリスト」と見なして殺害を正当化するが、パレスチナにとっては占領に対する抵抗運動の担い手だ。国連総会は1982年、植民地支配下の人々が武力闘争を含め、あらゆる手段で植民地や外国の支配からの解放を求め闘争する正当性を認める決議を採択している。

イスラエルでは昨年末、対パレスチナ強硬派の極右政党が参加するネタニヤフ政権が発足、ヨルダン川西岸での入植地拡大をさらに進めるほか、パレスチナ武装勢力への急襲作戦を強化した。

イスラエルメディアによると、今回の戦闘で死亡した12人を含め、西岸でのパレスチナ側の死者は今年に入りこれまでに約150人に上る。パレスチナ人によるイスラエル人襲撃も相次ぎ、イスラエル側で二十数人が死亡した。

 ▽「何千人でも殺せ」息巻く極右閣僚
西岸には今や約40万人の入植者が暮らすが、相次ぐ襲撃事件を受け、入植者らが政府や軍にパレスチナ武装勢力の一掃を強く求め、2000年代の第2次インティファーダ(反イスラエル闘争)以来の規模となる今回の軍事作戦に至ったとみられている。

入植者に支持される極右政党党首、イタマル・ベングビール国家治安相は大規模作戦を強く提言、「何千人でもテロリストを殺せ」と息巻いた。

また、軍を含めイスラエル治安当局にはもう一つ別の思惑があったとも指摘される。武装勢力の軍事力拡大を防ぐ狙いだ。軍は6月中旬にもジェニン難民キャンプを急襲し、6人を殺害した。その際、軍用車両が武装勢力の地雷で走行不能になり、兵士救出のために約20年ぶりに戦闘ヘリコプターを投入する事態となった。

6月下旬には、ジェニンから手製のロケット弾が発射された。試作段階とみられるが、ヨルダン川西岸で本格的にロケット弾が発射されれば、イスラエルは北部レバノン、南部ガザ、東部西岸という3方面からのロケット弾攻撃にさらされる可能性が出てくる。「あらゆる手段で脅威を取り除け」と主張したガンツ前国防相をはじめ、危機感は強い。

難民キャンプを拠点に拡大するパレスチナ武装勢力に資金や武器を援助するのが、イスラエルと対立するイランだ。イスラエル軍の元幹部は「イランは西岸での足掛かりを得ようと、ジェニンなどの武装勢力に資金や武器を援助している。武器はシリアやヨルダンからいくらでも密輸できる」と指摘する。「イスラエルとパレスチナの対立が激しくなれば、関係を深めるイスラエルとアラブ諸国との間に亀裂を入れることができるとの思惑もあるのだろう」

 ▽国連総長も「過剰な実力行使」非難
イスラエル軍は軍事作戦でキャンプ内の舗装道路を徹底的に破壊し、民間インフラに被害が相次いだ。キャンプを運営する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が被害状況を調査中だが、建物被害は数百棟に上ると指摘される。

7月8日に難民キャンプを視察した欧州連合(EU)のフォンブルクスドルフ駐パレスチナ代表は「犯罪者(武装勢力)を拘束するのが目的ならば、ほかの方法もあったはずだ。なぜ空爆や大規模な地上部隊の展開が必要だったのか。イスラエルは国際法を順守しなければならない」と語気を強めた。

国際刑事裁判所(ICC)ローマ規程など国際法は、軍事的利益と比較して、周囲の民間被害が過度になり得ることを認識しながら攻撃することを禁止している。国連のグテレス事務総長もこうした国際法を念頭に「過剰な実力行使だ」とイスラエルを非難した。

フォンブルクスドルフ氏ら外交官の視察を主催したUNRWAのレニ・ステンセス副事務局長は「キャンプでは物理的被害のほかに、戦闘に巻き込まれてトラウマを負った子どもが多く、心のケアが緊急に必要だ」と国際社会に支援を求める。

崩壊した道路を歩き、爆発で黒焦げになった住宅を見ながら、フォンブルクスドルフ氏はこう付け加えた。「ユダヤ人入植地の拡大をやめ、入植者の暴力を止めなければ、パレスチナ人の中から新たなテロリストが生まれるだけで、暴力の連鎖は止められない」

イスラエル軍がジェニンから撤収した翌日、ヨルダン川西岸の入植地付近でパレスチナ人がイスラエル兵を射殺した。犯人は治安当局が把握する武装勢力のメンバーではなかったという。【8月15日 47NEWS】
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上記記事は主にイスラエルの暴力を取り上げていますが、イスラエルから言わせれば、パレスチナ側のテロによって自分達は常に脅かされている・・・・という話にもなるのでしょう。

一般論で言えば、もめごとには双方の言い分はありますが、譲れる余地のある側が多少譲ることで改善の道も開けることも。その意味で言えば、譲れる余地のある有利な立場にいるのはイスラエル側のようにも思えますが・・・。

「建国以来最も右派の政権」にはそういった話は通じず、「何千人でもテロリストを殺せ」という力の行使が目立ちます。

【アメリカ仲介で進むイスラエル・サウジの関係正常化交渉 ただ、イスラエル右派勢力により妨害の懸念も】
外交面では、イスラエルはアラブ諸国との関係を改善し、この地域における孤立から脱却したいところ。
そのアラブ諸国のなかで一番重要なのがサウジアラビア。

サウジラビアとの関係改善にはネタニヤフ首相も乗り気ですし、アメリカもそうした関係改善を後押ししています。

ただ、いかにパレスチナをめぐる「アラブの大義」が形骸化しているとはいっても、アラブ世界の盟主を自任するサウジアラビアとしては、今の状態でパレスチナを見捨て、「アラブの大義」の旗を降ろすことも難しい・・・ということで、サウジ・イラン関係が改善する中で、イスラエル・サウジ関係の方は大きな動きには至っていません。

この状況を動かすことになるか注目されるのが、この秋にも行われるといわれるネタニヤフ首相訪米でのイスラエルとアメリカの首脳会談です。

****秋に米イスラエル首脳会談へ ネタニヤフ政権の発足後初****
米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は9日、バイデン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相が今秋に米国内で会談する見通しだと記者団に明らかにした。ネタニヤフ政権が昨年末に発足して以降、両首脳による初の対面会談となる。

イスラエルでは、ネタニヤフ政権が進める司法制度改革が三権分立を脅かすとして市民の抗議デモが拡大。バイデン政権は懸念を深め、米イスラエル関係がぎくしゃくした。会談で改善に向かうかどうかが注目される。

バイデン氏は先月、イスラエルのヘルツォグ大統領とホワイトハウスで会談し、司法制度改革で国民の幅広い合意を得るよう促した。【8月10日 共同】
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一部報道で、イスラエル・サウジアラビアの関係正常化に関し、仲介するアメリカとサウジアラビアが大筋合意したとの話もありましたが、ホワイトハウスはこれを否定しています。

****イスラエル・サウジ正常化の枠組み合意ない=ホワイトハウス****
米ホワイトハウスは9日、サウジアラビアがイスラエルを国家として承認する可能性を巡り、合意された枠組みはまだないとし、合意までに多くの協議が必要との認識を示した。

米政府はサウジとイスラエルの関係正常化に取り組んでいる。

ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官はこれに関して、米国とサウジが大筋合意したという米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の9日の報道を否定。「まだ多くの協議が必要だ。地域の正常化や安全保障に関して成文化するための枠組み合意はない」と語った。

米国務省のミラー報道官は「生産的な協議」が行われたとした上で、今後数週間にさらなる協議が行われる見込みだとした。

カービー氏はまた、バイデン大統領が年内に米国でイスラエルのネタニヤフ首相と会談すると明らかにした。【8月10日 ロイター】
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合意の有無はともかく、アメリカ仲介で話が一定に進んでいるのは間違いないでしょう。
こうした動きの背景にはイランの影響力拡大への牽制する狙いがあると指摘されています。

しかし、イスラエル国内の右派勢力には、アメリカ仲介で譲歩を強いられることを嫌う動きもあって、アメリカ仲介で進んでいる話を壊すためにパレスチナで問題を起こす・・・といったことも懸念されています。

****イスラエルとアメリカが首脳会談を行う背景にある「それぞれにとってのサウジアラビアの存在」****
外交評論家で内閣官房参与の宮家邦彦が8月11日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。秋に開催予定のアメリカとイスラエルの首脳会談について解説した。

アメリカとイスラエルが秋に首脳会談を開催へ
(中略)
飯田)イスラエルは司法制度改革を行おうとして、かなり抗議デモがあり、アメリカ政権も批判しています。
宮家)アメリカとイスラエルの関係については、1978年にキャンプデービッド合意など協力する時代もありました。当時は両国ともパレスチナ問題をとにかく解決しようとして、蜜月、一心同体だったと思います。(中略)

ギャップが広がってきたアメリカとイスラエル 〜その責任者の1人はネタニヤフ首相
宮家)90年代になるとオスロ合意ができて、日本も含め世界中がパレスチナ問題を解決しようと努力していた時期がありました。ところが、21世紀になったころから、イスラエルの内政が保守化したのです。昔だとネタニヤフさんは極右ではないかと思われていた人でしたが、いまは真ん中にいます。(中略)

もっと保守的な人たちが政界に入ってきているということです。アメリカのパレスチナ問題への解決も含め、中東政策でイスラエルが大事だったことは事実ですが、ここでイスラエルとアメリカのギャップが広がってきてしまった。その責任者の1人はネタニヤフさんだと思います。(中略)

ただ、ネタニヤフさんもイスラエル国内の政治がこれだけ変わってしまうと、政権を維持するため、多少は右傾化することになります。それが司法改革など、いろいろ具体的な形になっているのです。

アメリカが中東で最も心配するのはイランの動き 〜イランがロシアや中国と協力して現状変更勢力として動くのではないか
宮家)アメリカが中東で最も心配しているのはイランです。イランがロシアや中国とつるみ、現状変更勢力として動くのではないかということを重要視していると思います。(中略)

それを最も敏感に感じているのはサウジアラビアです。アメリカにとって、サウジアラビアとの関係も大事ですが、いまは残念ながらムハンマド皇太子とバイデンさんの関係がよくない。ネタニヤフ首相とバイデンさんの関係もよくないので、アメリカの中東政策はいまや八方塞がりなのです。

アメリカが狙うのはイスラエルとサウジアラビアの関係正常化 〜アメリカとサウジアラビアが近付くことを望まないイスラエル
宮家)これを何とか巻き返したい。いまアメリカが画策しているであろうことは、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化です。アラブ首長国連邦やバーレーンなどが行ったアブラハム合意の続きを、サウジアラビアとでもやろうとしているのですが、サウジアラビアもそう簡単には乗れません。(中略)

アメリカに対し、サウジアラビアが何を欲しているのかと言うと、まずはパレスチナ問題でイスラエルが譲歩すること。それから、アメリカの高性能の武器をサウジアラビアに売ること。また、核兵器開発ではありませんが、サウジアラビアが核に関する技術を進めることを支援して欲しいと言っているのです。(中略)

ウランも出るので、ウランの精製なども含めてです。おそらくアメリカはそれに乗ろうとしているのだと思いますが、ネタニヤフさんやそれより右にいる人たちからすると、このままいけばまたサウジアラビアとアメリカがつるんで、イスラエルが望まないことをやろうとするのではないかと考える。

サウジアラビアとアメリカの関係を改善させないためにガザ地区で騒動を企むイスラエル右派 〜それをいかに抑えるかがポイントに
宮家)イスラエルとアメリカの首脳会談が開かれるとなったら、どうするでしょうか? 私だったら潰しますよ。ネタニヤフさんはわかりませんが、右にいる人たちはそうするでしょう。潰すのは簡単です。イスラエル右派が西岸・ガザで騒動を起こせばいい。(中略)

それで全部吹っ飛んでしまいます。いままで何度も我々はそのような煮え湯を飲まされてきましたから、おそらく今回も必ずやると思います。「それをいかに抑えるのか」がこれからのポイントになるでしょう。

飯田)ネタニヤフさんは積極的に抑えると思いますか?
宮家)抑えません。最悪の場合、「首脳会談はどうしよう、とりあえず延期」ということになるのではないですかね。【8月18日 ニッポン放送NEWS ONLINE】
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パレスチナで騒動を起こす種はいくらでもあります。ちょっとした対応次第ですぐに火がつきます。
なんとも不安定な状況で進めざるを得ないイスラエル・サウジの関係改善交渉です。
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台湾  抑制的だった頼清徳副総統訪米 穏当発言で米の信頼獲得狙う 麻生氏、「戦う覚悟」強調

2023-08-17 23:42:48 | 東アジア

(撮影に応じる自民党の麻生太郎副総裁(中央右)と台湾の頼清徳副総統(同左)=8日午後、台北【8月8日 時事】)

【抑制的に行われた次期総統候補の頼清徳副総統訪米 穏当な対中姿勢のアピールでアメリカ側の信頼を得たい狙い】
次期総統選挙に蔡英文総統の後任として与党民進党から立候補している頼清徳副総統は、台湾が南米で唯一外交関係を維持するパラグアイの大統領就任式への出席を目的とし、往路・復路それぞれアメリカに立ち寄る訪米を行いました。

訪米を“立ち寄り”の形で行うのは、台湾とアメリカの間に国交がなく、中国を過度に刺激しないためでもあります。

従来から台湾総統選では主要政党の候補者が選挙前に台湾の安全保障に深く関わるアメリカを訪れて、自らの姿勢に理解を求めることが多く、意地悪く言えば、“候補者がアメリカの面接を受ける”といった感も。

今回の頼清徳副総統訪米もそうしたものではありますが、中国との関係を重視する野党・国民党など台湾内部での反応、過去には「台湾独立派」とみられる発言もある頼清徳氏自身の言動、中国の反発・・・総体的に見ると概ね抑制的に行われたように見えます。

****中国演習1年、台湾に変化 副総統の訪米批判もなく 経済は「脱中」****
昨年8月のペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問に反発した中国が台湾周辺で大規模な軍事演習を開始して4日で1年。演習は中国に対する台湾の警戒を一気に高め、外交や防衛、経済などさまざまな分野で変化をもたらした。

台湾の総統府は2日、外交関係を持つ南米パラグアイの大統領就任式への出席を目的とした頼清徳副総統の外遊を発表。12〜18日の日程で、往路で米ニューヨーク、復路で米サンフランシスコを経由。米側要人と会談する可能性がある。

頼氏は来年1月に行われる総統選の与党、民主進歩党の候補であり、投票約5カ月前の訪米に中国外務省は「断固として反対」と反発した。

以前であれば台湾でも最大野党、中国国民党の関係者や親中派メディアが「中国を刺激すべきではない」と批判するところだが、今回はそうした声はほとんど聞かれない。

昨年夏のペロシ氏訪台以降、米台間の要人の往来は従来以上に活発になった。2020年1月の前回総統選で国民党の韓国瑜(かん・こくゆ)候補は「経済は中国、安全保障は米国に頼る」と、米中間での「等距離外交」を主張した。だが、次回総統選の主要3候補はいずれも「米国との関係を最も重視している」と強調している。

経済の「脱中国」も顕在化しつつある。台湾のシンクタンク、中華徴信所によれば、今年1〜4月の台湾の対中投資は約9億ドル(約1280億円)で、このペースでは通年で40億ドルを下回り、03年以降最低となる可能性がある。中華経済研究院の研究者、王国臣氏は「中国の景気低迷などの理由もあるが、台湾社会の対中不信が強まったことも関係している」と指摘した。

台湾人の防衛意識にも変化が出てきた。ロシアによるウクライナ侵略の影響もあり、「戦争はいつでも起きる」と認識が広がったようで、市民に軍事的な専門知識や技術を教える民間団体が増加した。

その中で注目されるのが「黒熊学院」。大手企業、聯華電子(UMC)の創立者、曹興誠氏が巨額の寄付を行い、3年間で300万人の「黒熊勇士」と称される民兵の育成プロジェクトを発表した。学院関係者によれば、各地で週末に開催する授業には申し込みが殺到し、講師が足りない状態が続いている。

蔡英文政権が昨年末、18歳以上の男子に義務付ける兵役期間を4カ月から1年に延長することを決めた際も、大手シンクタンク、台湾民意基金会の世論調査で73%が賛成した。台湾大学名誉教授の明居正氏(政治学)は「ペロシ氏訪台(と中国の軍事演習)は台湾の人々にとって国際社会や中国との関係を再考する契機となった。米国と連携して中国の脅威に対抗する気持ちは一層強くなった」と話している。【8月4日 産経】
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頼清徳副総統は、“2015年9月30日に台南市議会で中国国民党議員から質疑を受けた際は「私は台湾独立を主張する」、「台湾が独立主権国家であるという台湾の人々の主張を中国は尊重すべき」と述べている。2017年の行政院長就任後も度々台湾の独立について言及し、「台湾は中華民国という名の独立した主権国家である」とした上で、「いかなる国も中華民国が存在する事実を直視すべきだ」と主張している。”【ウィキペディア】というように、「独立派」の色合いが濃いと見なされています。

「独立」云々は中国との決定的対立・軍事衝突を招きますので、中国との武力衝突は回避したいアメリカとしてもそうした言動は望んでいません。

従って、頼氏に関しては、何かを強くアピールすることではなく、問題になりそうな発言をせず慎重に行動することがアメリカの信頼を得ることにもつながります。

****台湾総統選候補の頼副総統、「中華民国の名称変更の計画なし」****
来年1月の台湾総統選の有力候補である頼清徳副総統は、台湾の正式名称を変更する計画はないと述べる一方、台湾は中国に「従属」していないとの見解を改めて示した。メディアとのインタビューで述べた。

頼氏はかつて自身を「台湾独立のための現実的な活動家」と称し、中国の反発を買った。
同氏は繰り返し現状変更は目指していないとし、台湾がすでに中華民国という独立した国で、その将来を決めることができるのは台湾の人々だけだという事実を述べている、と説明している。

ブルームバーグとのインタビューで頼氏は「われわれは真実に従わなければならない。それは台湾がすでに中華民国という主権を持つ独立した国ということだ。台湾は中華人民共和国の一部ではない」とし「中華民国と中華人民共和国は従属関係にない。独立を宣言する必要はない。中華民国(台湾)は中国に従属していない」と述べた。

選挙対策チームが公表したインタビュー記事によると、頼氏は「(台湾の)憲法によれば、現在の名称は中華民国である」とした上で、「蔡英文総統は台湾社会の統一という観点から中華民国という名称を使ってきた。今後もそうするつもりだ。名称を変更する計画はない」と述べた。

蔡総統は中国に何度も協議を呼びかけているが、中国は拒否している。頼氏は「平等と尊厳」がある限り、対話のドアは常に開かれているとし、「われわれは敵になりたいわけでない。そして中国がわれわれと同じように民主主義と自由を享受することを望む」と述べた。その一方で、中国が台湾に対する武力行使を放棄するまで軍事力を強化しなければならないとした。【8月15日 Newsweek】
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****台湾の頼氏、中国対抗措置けん制 「軍事威嚇なら選挙介入」****
来年1月の台湾総統選の与党、民主進歩党(民進党)候補、頼清徳副総統は訪問先の南米パラグアイの首都アスンシオンで15日、記者会見した。自身の米国経由での訪問を口実に中国が対抗措置として軍事的威嚇を強めれば総統選への介入になると主張し、けん制した。

頼氏は、中国が大規模軍事演習などを実施する可能性を念頭に「武力による威嚇を展開すれば、中国が軍事力を用いた総統選への介入を図っているとの国際メディアの報道を裏付けることになる」と述べた。

今回の外遊はパラグアイのペニャ大統領の就任式に、蔡英文総統の特使として参加するのが目的で、総統選候補としてではないと説明した。【8月16日 共同】
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“中国が対抗措置として軍事的威嚇を強めれば総統選への介入になる”云々は、実際には逆でしょう。中国が威嚇すればするほど台湾世論は反発し、中国への警戒感を強め、結果的に与党・民進党に有利になる・・・。

それはさておき、上記のような発言であれば、従来からの台湾の主張に沿ったもので、新たな中国の反発を招くような内容でもなさそうです。

ニューヨークでの在米台湾人との昼食会でも来賓に連邦議会議員の姿はなく、頼氏の訪米に反発する中国を刺激しないよう、台湾側が配慮したためとみられています。
訪米中にアメリカ要人との面会も敢えて行わず、アメリカの信頼を得るための“安全運転”に心がけたようです。

穏当な対中姿勢のアピールには、過去の「台湾独立の仕事人」といった発言が招いたアメリカ側の不信を払拭し、蔡英文総統の後継としてアメリカ政府の支持を得たい思惑があるとも見られています。

****台湾副総統、米国から帰途に 中国刺激避け 抑制的な外遊に****
南米訪問を終えた台湾の頼清徳副総統は17日未明、経由地の米西部サンフランシスコから台湾への帰路に就いた。頼氏は往路で立ち寄った東部ニューヨークを含めて米国で要人らと面会した形跡はなく、全体を通じて抑制的な訪問内容となった。米台要人の交流に神経をとがらせる中国側を刺激することを避けたとみられる。

(中略)台湾メディアによると、(パラグアイ大統領)就任式会場で同席した米国のハーランド内務長官と短時間言葉を交わしたが、米国内では在米台湾人の会合に出席するなどしただけで政府や議会の要人との接触は確認されていない。

台湾海峡の現状維持を掲げる頼氏としては、外遊中の演説やメディアによるインタビューを通じて自らの対中姿勢を示す一方、中国との緊張を高めかねない米要人との交流を控えることで「信頼に足りる指導者」としての資格があると米側にアピールした格好だ。

頼氏はパラグアイの首都アスンシオンでの記者会見で「台湾海峡の安定は中国と台湾、国際社会全てにとって利益がある」として、圧力を強める中国が姿勢を変えることに期待を示した。

中国は米国に立ち寄った頼氏を「トラブルメーカー」(中国外務省)と批判する一方、17日夕の時点で台湾付近での演習など目立った軍事的行動は見せていない。【8月17日 毎日】
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中国は「『台湾独立』の立場を堅持する『トラブルメーカー』」と批判はしていますが、上記記事にもあるように、それ以上の目だった動きはないようです。

****中国側、「トラブルメーカー」と反発 台湾副総統の米国立ち寄り****
(中略)中国外務省は13日、頼氏が米国入りしたことに「強い非難」を表明する報道官の談話を発表した。「強力な措置を講じて国家の主権と領土の一体性を守る」として報復措置を示唆した。
 
談話では、頼氏について「『台湾独立』の立場を堅持する『トラブルメーカー』」だと主張。「いかなる形の米台の公的往来にも断固として反対する」と表明した。

米国に対しても、台湾問題が「越えてはならないレッドラインだ」として「『一つの中国』原則を曖昧にしたり骨抜きにしたりするのをやめるよう促す」と述べた。【8月14日 毎日】
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ただ中国も前述のように、下手に騒ぐと民進党を有利にするような逆効果になりかねないところがありますので、今は慎重姿勢のようです。

【麻生副総裁 訪台で「戦う覚悟」強調 その狙いは抑止力強化とのこと】
台湾・中国双方が抑制的に動いているなかで目だったのが麻生副総裁の「戦う覚悟」発言。
麻生副総裁は8日、台湾での講演で台湾海峡での戦争を回避するため「戦う覚悟」を示すことが抑止力の強化になると訴えました。

「今ほど、日本・台湾・アメリカをはじめとした有志の国に、強い抑止力を機能させる覚悟が求められている。こんな時代は無いのではないか。『戦う覚悟』です」(麻生副総裁)

アメリカも(真意不明なバイデン発言は別にして)公式には台湾有事の際の対応を「曖昧」にしているなかでは目立つ発言です。

****麻生氏「戦う覚悟」発言、台湾で波紋 与党系と親中派で賛否両論****
9日付の台湾各紙は、訪台した自民党の麻生太郎副総裁が8日の講演で、日本や台湾、米国などが中国の軍事的圧力に対抗するために「戦う覚悟」を持つことが地域の抑止力になると強調したことを大きく取り上げた。

与党、民主進歩党に近い大手紙、自由時報は「台湾海峡の安全を守る決意を示す」との見出しを掲げ、1面トップで麻生氏の発言を紹介、2面と3面にも関連記事を掲載した。「麻生氏の今回の台湾訪問で、インド太平洋地域におけるわれわれの協力の方向性が示された」との頼清徳副総統の言葉を紹介した。

同紙はまた、麻生氏が講演の中で、台湾でも人気の漫画「ワンピース」を取り上げ、「主人公のルフィは友達を裏切らない」などと言及したことについても、「日本は台湾を裏切らない意味だ」と解釈している。

大手紙、聯合報は麻生氏の発言について「現在の日本政府の中国に対する強硬姿勢を反映したものだ」と分析した。

一方で、中国寄りとされる台湾紙、中国時報は「戦争をあおっている」「台湾への善意が感じられない」と麻生氏を批判した。

政治評論家、黄澎孝氏は「麻生氏の発言は、台湾社会に対し、安全保障問題や、対日関係などについて改めて考えるきっかけを与えてくれた。非常に意義があったと思う」と話している。【8月9日 産経】
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****中国大使館、台湾訪問した麻生氏の「戦う覚悟」発言に「身の程知らず」批判****
台湾を訪れた自民党の麻生副総裁が台湾海峡での戦争回避のため「戦う覚悟」が求められていると発言したことに対し、日本にある中国大使館は「身の程知らずだ」と反発しました。

麻生副総裁は8日、台湾での講演で台湾海峡での戦争を回避するため「戦う覚悟」を示すことが抑止力の強化になると訴えましたが、日本にある中国大使館の報道官は9日、「身の程知らずででたらめを言っている」と反発。内政干渉だとして、日本側に抗議したことを明らかにしました。

そして、「日本の一部の人間が執拗に中国の内政と日本の安全保障を結びつけることは、日本を誤った道に連れ込むことになる」とけん制しています。

中国外務省も「台湾海峡の緊迫した状況を誇張し、対立をあおり、中国の内政に乱暴に干渉した。日本の個別の政治家が台湾問題でとやかく言う資格はどこにあるのか」と批判を強めています。【8月9日 TBS NEWS DIG】
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麻生氏としては中国の反応は想定内で、そうした反応を惹起するような強い姿勢を示すことが現実的な抑止力につながるという考えのようです。

****異例の台湾訪問 麻生副総裁「戦う覚悟」発言の真意 中国の反発も“狙い通り”****
3日間にわたり台湾を訪問した自民党の麻生太郎副総裁。各国の政治家や有識者を相手にした講演にのぞむと、中国を念頭に「戦う覚悟を持つことが抑止力になる」と訴えた。この発言が中国の激しい反発を招くなど波紋を呼んでいる。しかし、こうした反応も“狙い通りだ”と、麻生氏周辺は強調する。麻生氏はなぜ、このような発言をしたのか。同行した記者が、その真意に迫った。

異例の訪台の背景 麻生氏のこだわり
(中略)断交後では、党の最高位となる麻生副総裁の異例の訪台。その背景について、自民党関係者は次のように明かしている。 「麻生氏は、台湾へのこだわりが昔から強い。本当は、もっと早い段階に行きたかったくらいだ」(中略)

もう一つ背景にあるのが、緊迫する東アジアの安全保障環境だ。以前から麻生氏は、軍事的圧力を強める中国を念頭に、台湾海峡での戦争、いわゆる「台湾有事」が始まった場合「日本でも戦争が起きる可能性は十分に考えられる」と公言してきた。台湾海峡の安全保障環境について憂慮しているのだ。

そして、麻生氏に近い別の関係者は、訪台を前に、こう強調した。「麻生氏が台湾に行くこと自体が、『抑止力』として中国に対するメッセージとなる」

抑止力の強化「戦う覚悟」発言の経緯
(中略)麻生氏は「戦う覚悟」という言葉を使うことを、事前に周辺には伝えていた。「岸田総理の口から言えないからこそ、麻生氏自身の思い入れが強い言葉だった」と、周辺は語っている。

台湾の次の総統が重要 与党候補に注文も
「戦う覚悟」発言の同日、蔡英文総統と会談した麻生氏は、記者団に次のように話した。
「来年の1月に行われる(台湾総統選の)選挙の結果は、日本にとっても極めて大きな影響が出ますから、そういった意味で『次の人を育ててもらいたい』と蔡英文総統に申し上げました」(麻生副総裁)

会談の出席者によると、麻生氏は「来年5月に迫る蔡英文総統の任期中は、台湾有事が起こる可能性が低い」と見ていて、次の総統が台湾有事を起こさせないためには重要であると訴えたというのだ。

また、来年の総統選に立候補する与党民進党の頼清徳副総統との昼食会の冒頭、麻生氏はこう注文をつけた。
「選挙で選ばれて台湾の総統となる方の、この種(台湾有事)の問題に対する見識、いざとなった時に“台湾政府が持っている力”を台湾の自主防衛のために、きっちり使うという決意・覚悟というものが、我々の最大の関心です。」(麻生副総裁)

その後の昼食会の中で、麻生氏と頼氏は、台湾有事が起きた際の対応について認識をすり合わせた。初対面だった2人は「抑止力」を機能させるための議論を深めた。

中国「内政干渉」と反発も 麻生氏周辺“中国の反応は狙い通り”
(中略)一方で、“狙い通りの効果が出ている”と麻生氏周辺は強調する。

「中国が反応しているということは『抑止力』になっているということだ。今回の麻生氏の『戦う覚悟』発言で台湾での戦争リスクは下がる」

また、麻生氏自身も講演でこう主張している。
「台湾海峡の安定のために、それ(防衛力)を使うという明確な意思を相手に伝える。それが『抑止力』になる」(麻生副総裁)

「伝える」という意味では、麻生氏の発言は成功したのかもしれない。しかし、中国に一定の刺激を与えたことで「抑止力」に繋がるのかは、いまだ不透明だ。

麻生氏周辺も「2027年の夏までに、台湾有事が起こる可能性がある」と警戒する。
他方、日中両国は、9月上旬のASEAN関連首脳会議に合わせ、岸田総理と中国の李強首相との首脳会談の調整に入った。対話再開に向けた中国側の“シグナル”とも受け取れる。習近平国家主席との会談は予定されていないが、双方の外交当局が模索を続けている最中だ。

「戦う覚悟」発言が、日本・中国・台湾、この3者の関係にどう変化をもたらすのか。揺れ動く台湾をめぐる情勢は、今後も目が離せない。【8月13日 TBS NEWS DIG】
*********************

台湾次期総統への注文はともかく、麻生氏の「戦う覚悟」は日本にも求められていますが、そのあたりの日本国内での議論は?
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“ドローン戦争”の様相を呈する現代の戦争 日本の対応は?

2023-08-16 22:16:44 | 軍事・兵器

(ウクライナ軍の水上ドローン【8月5日 BBC】 旧日本海軍も敗戦間際にベニヤ板で作ったボート『震洋』に250キロの爆薬を積み、アメリカの軍艦に特攻させました。その現代版ですね)

【ウクライナ 安価なドローンが大きな戦果「これが現代の戦争の形だ」】
無人機・・・ドローンは以前から米軍が中東やアフガニスタンで武装勢力の掃討などで多用してきましたが、大規模な戦争におけるドローンの有効性を一般に広く知らしめたのは、2020年のアルメニアが実効支配するアゼルバイジャン領内ナゴルノ・カラバフ地域をめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの戦いでした。

この戦争でアゼルバイジャンが使用するトルコ製及びイラン製のドローンが戦局を決定づけるような影響をもたらし、戦争の形が変わったことを印象づけました。

状況は更に進み、ウクライナ情勢に関する報道を見ていると、連日のようにドローンを使用した戦闘が報じられています。

ウクライナ側が圧倒的に装備で優勢と思われているロシア相手にここまでの戦いをできているのも、兵士の士気なや欧米から供与された最新兵器などの話は別にして、ドローンを駆使した戦闘の影響も大きいように思われます。

一方のロシア側もドローンによる攻撃を多用しており、双方にとってドローンが重要な兵器となっています。

****「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシア「最新型」戦車を破壊する映像...ウクライナが公開****
<ウクライナが、安価なドローンの攻撃でロシア最新戦車を破壊したと動画付きで発表。戦場におけるドローンの重要性は高まり続けている>

ウクライナ政府は、ウクライナ軍のドローンがロシア軍の最新戦車T-90を攻撃し、さらにロシア軍による戦車の回収も阻止したと発表した。このときの模様としてウクライナ側はドローンがT-90戦車を攻撃する瞬間の映像を公開しており、安価なドローンが大きな戦果を上げていることについて「これが現代の戦争の形だ」とコメントしている。(中略)

ウクライナ国防省はツイッターに、「値段にして数千ドル相当のドローン2機で、300万ドル相当の戦車を破壊した」と投稿した。

ロシアは「画期的」T-90M戦車25台も失った
T-90戦車には幾つものモデルがあり、その値段を断言するのは難しい。最も高額なものは、1台あたり約450万ドルもするとされている。(中略)

検証可能な写真や動画を元にウクライナ軍とロシア軍の装備の損失を記録しているオランダの軍事ブログ「Oryx」によれば、ロシアは2022年2月の侵攻開始以降、T-90A戦車を35台、T-90AK戦車を1台、T-90S戦車を7台失っている。またこれに加え、「画期的な」戦車だと称するT-90M戦車25台も失っているという。

だがロシア軍の損失に関するこの推定は控えめな数字だと考えられており、実際にはもっと大きな損失が出ている可能性が高い。

「現代の戦争とはこういうものだ」と、ウクライナ国防省は12日に述べている。今回の戦争では、ロシア側にとってもウクライナ側にとっても、ドローンが戦闘で重要な役割を果たしている。ウクライナ内務省のアントン・ゲラシチェンコ顧問は2月に本誌に対して、ドローンは「今回の戦いにおいて、まさにスーパー兵器だ」と語っていた。
ドローンは戦場でさらに一般的な存在になる

ロシア軍はミサイル攻撃に代わる格安な攻撃手段としてドローン、とりわけイラン製の「シャヘド」無人航空機を使用しており、ウクライナ側はそれらを撃墜するために、より高額な防空システムを配備せざるを得ないことが多い。

ウクライナ軍参謀本部は12日、ロシア軍が夜間に「シャヘド」ドローン20機でウクライナ国内の複数の標的に向けて攻撃を行ったと明らかにした。(中略)

一方のウクライナ軍も「ドローン軍」に投資を行っており、専門家は、急速に発展しつつあるドローン技術が今後もさらに普及することを、ウクライナ軍は見越しているようだと指摘する。

イギリスにある西イングランド大学のスティーブ・ライト上級研究員(航空電子工学および航空機システム)は、ドローン戦争は「大いにエスカレート」していると指摘。彼は7月に入って本誌に対し、ドローンは今後、戦場においてこれまで以上に一般的に使われるようになっていくだろうと語っている。【7月16日 Newsweek】
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****ウクライナ、海上ドローン攻撃強化 露艦艇相次ぎ損傷 反攻支援狙う****
ウクライナが最近、黒海海域でロシア海軍の艦艇などを標的とした海上ドローン(無人艇)攻撃を強化している。

今月上旬には露軍艦と燃料タンカーを相次いで損傷させたほか、7月にはケルチ海峡にかかるクリミア橋も損傷させた。ウクライナの狙いは、露海軍の物資輸送能力やミサイル攻撃能力を低下させ、地上での反攻作戦を有利にすることだと分析されている。

露国防省は8月4日、黒海に面する南部クラスノダール地方ノボロシースクの軍港に対する海上ドローン2機によるウクライナの攻撃を撃退したと主張。同省は1、2日にも海上ドローン攻撃を阻止したと主張しており、当初は4日も損害がなかったかに思われた。

しかしその後、同軍港に停泊中の露大型揚陸艦「オレネゴルスキー・ゴルニャク」が損傷し、海上で傾いている映像がインターネット上で拡散。ウクライナメディアは、同国の情報機関「ウクライナ保安局(SBU)」当局者が同国海軍との共同作戦だったことを認めたと伝えた。海上ドローンにはTNT火薬450キロが積まれていたという。

英国防省は5日、同艦が重大な損傷を受けたのは確実だと分析。全長113メートルの同艦はクリミア橋が損傷した際、露領土と露実効支配下にあるウクライナ南部クリミア半島の間の兵員輸送などを担っていたとし、同艦の損傷は露海軍にとって大打撃だと指摘した。

さらにロシアは5日、ケルチ海峡付近で露燃料タンカー「シグ」の機関室に穴が開き、海上ドローン攻撃を受けたとみられると主張した。同艦は露軍の燃料補給に関与していたという。

7月17日には南部に展開する露軍の補給路となってきたクリミア橋が水上ドローン攻撃で損傷した。
SBUのマリュク長官は今月5日、一連の攻撃は「完全に合法だ」とし、ウクライナの関与を事実上認めた。

海軍力に乏しいウクライナはロシアの侵略後、水上ドローンに着目。水上ドローン製造のための募金サイトを作り、生産を進めてきた。ボート型の機体に爆薬を積んだ水上ドローンは軍艦に比べて安価な上、小型・高速で発見される可能性も低い。ウクライナの水上ドローンは1艇25万ドル(約3600万円)だという。

一連の攻撃に関し、米シンクタンク「戦争研究所」は5日、「反攻に有利な条件を作り出すための妨害作戦の一環である可能性が高い」と指摘。ウクライナが露軍の兵站(へいたん)と防衛能力を低下させる戦略に基づき、クリミアや周辺海域といった「後背地」への攻撃を強化していると分析した。

ウクライナは今後も水上ドローン攻撃を続ける構えだ。同国は今月、ノボロシースクやソチなど露南部6つの港の周辺海域を「戦争危険区域」に指定。攻撃を警告した形だ。

ウクライナのゼレンスキー大統領も最近、中南米メディアとのインタビューで、露軍が黒海を封鎖してミサイル攻撃を続ければ、「戦争終結までにロシアは一隻の艦艇も持たなくなるかもしれない」と攻撃継続を示唆した。【8月11日 産経】
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1艇25万ドル(約3600万円)の水上ドローンで大型艦船を使用不能にできるなら、ロシアが誇る黒海艦隊も意味をなさなくなります。

ロシア首都モスクワへのドローンによる攻撃も続いています。

****モスクワで爆発や火災続発、60人以上が死傷 無人機攻撃も続く****
ロシアの首都モスクワでは9日から10日にかけて、工場の爆発や幹線道路沿いの火災、無人機(ドローン)攻撃が相次いで伝えられた。工場の爆発では60人以上が死傷する被害を出している。爆発や火災が隣国ウクライナで続く「特別軍事作戦」と関係しているのかは不明だが、相次ぐドローン攻撃と合わせて、首都と近郊の生活に影を落としている。(後略)【8月10日 毎日】
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攻撃による直接の被害というより、モスクワも戦火に無縁でないことを市民に知らしめ、戦争遂行に関する国民世論に揺さぶりをかける狙いでしょう。

【中国 ドローン輸出規制】
ドローン技術は民生用を軍事転用することが容易で、民生用ドローンの世界シェアの7割以上を握っている中国は輸出規制に乗り出しています。

****中国がドローン輸出規制、「安全保障」理由に****
中国商務省は31日、一部のドローン(無人機)や関連機器の輸出を規制すると発表した。「国家の安全保障と利益を守る」ことが狙いとしている。

一部のドローンのエンジン、レーザー、通信機器、対ドローンシステムを含む機器の輸出規制を9月1日から導入する。

同省の報道官は、輸出規制が一部の消費者向けドローンにも影響するとし、いかなる民生用ドローンも軍事目的で輸出することはできないと強調。

「ドローン規制の範囲を小幅に拡大したのは、責任ある大国としての姿勢を示し、国際的な安全保障の取り組みを実施し、世界平和を維持するための重要な措置だ」と述べた。

米政府は半導体製造技術などの対中輸出を制限。中国政府は一部の半導体素材の輸出制限を発表している。
中国はドローンの生産が盛んで、米国など複数の国にドローンを輸出しており、米議員によると、米国で販売されているドローンの50%以上は中国のDJI社製。(中略)

中国商務省は4月、ウクライナの戦場に中国がドローンを輸出しているとの「根拠のない非難」を米欧のメディアが広め、中国企業を「中傷」しようとしていると批判。中国はドローンの輸出規制を引き続き強化していくと述べていた。【7月31日 ロイター】
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【例によって“ドローン戦争”への対応が遅れる日本】
こうした“ドローン戦争”が一般化する世界で、日本の防衛がついていけてるのか・・・・非常に不安です。
コロナ禍で日本のIT活用の遅れが露呈したことでもわかるように、最近の日本は新技術への対応が極めて遅れ、途上国並みあるいはそれ以下の状況。

新技術採用に伴う些細なミスも認めず「安心・安全」をひたすら唱える“安心・安全教”がはびこる日本社会にあって、責任回避のために、これまでと同じことを繰り返し、新しい技術を敬遠する風潮が蔓延しているようにも。

軍事的知識は皆無ですが、そんな日本のことですから、急速な“ドローン戦争”化の流れにも乗り遅れているのでは・・・との(確信に近い)懸念を感じます。

日本が誇る実質的空母の「いずも」や、イージス艦によるミサイル防衛システムにしても、雲霞のように押し寄せる安価なドローン大群にどう対応するのか? 恰好の餌食になるだけでは? かつて巨大戦艦「大和」が米軍の航空戦力の標的となったように・・・といった不安も。

****“ドローン戦争”の様相呈するウクライナ侵略…サイバー防衛の整備が遅れる日本の危機****
ウクライナ・ロシア両国がドローンによる攻撃を活用し、情勢はドローン戦争の様相を呈している。(中略)

ドローン戦ではウクライナが先を行き、ロシアが追う状況
(中略)

クライナとスペースX 民間企業が国の安全保障を左右する時代
(中略)

中国のドローン制御技術は脅威 日本はどう対処するのか
長野美郷キャスター:
日本の2023年度の防衛白書には「ドローン等への対処を含む統合防空ミサイル防衛能力の向上」「ドローン・スウォーム(群)の経空脅威に対する技術獲得と早期装備化」が盛り込まれた。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
ドローンの使用についてのある種のイノベーションが戦場で起こっている。これを見ていくこと。数十のドローンが同時に展開して群れをなすように攻撃してくる「スウォーミング」は、この戦争でまだ起こっていないが対処は重要。中国はこの制御技術が非常に高い。

大澤淳 笹川平和財団 特別研究員:
中国の技術は脅威。高エネルギーの電磁波を面で全てのターゲットに当てることはできず、ドローンが集団で360度から襲ってくると対処不能になる可能性が高い。

佐藤正久 元外務副大臣:
スウォームは非常に防ぐのが難しく、しかもAIが搭載されて自律型となる時代が来る。また中国は、水中を泳ぐ魚型のドローンも作っている。多様化しており非常に頭が痛い。

反町理キャスター: 逆に、日本が攻撃する方法についての検討は。
佐藤正久 元外務副大臣:
攻撃型ドローンも研究項目にはあるが、偵察のため、またマイクロ波やレーザーによるドローンに対する守りの部分がメイン。ただウクライナ情勢を踏まえ、ドローンの価値は高くなっている。

反町理キャスター: 専守防衛という観点からは障害はないか。
佐藤正久 元外務副大臣:
ドローンについては反撃能力レベルまでなら大丈夫。だが、連動するサイバーディフェンスの問題がある。宇宙、サイバー、電磁波、AIなどとドローンは一体のものとして考えなければならない。その意味で乗り越えるべき法律の壁があるのは間違いない。

世界に遅れる日本のサイバー防衛 一刻も早い法整備を
(後略)(BSフジLIVE「プライムニュース」8月11日放送)【8月16日 FNNプライムオンライン】
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****「コスト9万円」中国ドローンを「コスト700万円」F15戦闘機で迎撃する日本 〜軍事ドローン開発に遅れた日本の「現実」*****
(中略)
最新軍事ドローン事情
ロシアとウクライナの戦争で注目を浴びている軍事用ドローンだが、ストックホルム国際平和研究所によると、中国は過去10年間で282機の軍用ドローンを17ヵ国に納入し、世界トップの販売国になっている。一方、アメリカではドローン部隊創設の話題が出ている。

政治がリーダーシップを持ってドローンを十分使えるようにするべき 〜中国は新しいデジタル産業のために新しい周波数帯を用意してきた

飯田)ドローンにおける周波数帯ですが、官僚の皆さんは電波法に従わなければならない部分があるのでしょうか?
部谷(安全保障アナリストで慶應義塾大学SFC研究所上席所員の部谷直亮氏))そうなのですよね。だから官僚の方々を責めてはいけない。総務省も仕方なく規制しているところがあります。でも中国はそのために新しい周波数帯を用意してきたわけです。(中略)

新しいデジタル産業のために。日本では、それを進めてこなかったツケが官僚に回されています。官僚に「責任を取らなくていいよ」と政治がリーダーシップを持って対応することが大事なのだと思います。(中略)

(電波法で出力が規制されているため)4キロ飛ぶことができるドローンでも、1キロ〜数100メートルまで性能が低下するわけです。(中略)パラボラアンテナで100Wの電波を送れば、100キロ飛ばすこともできます。でもそれを日本でやると、電波法に引っかかるので許可が必要になるのです。(中略)

9万円のコストのドローンに350万円のコストのF15戦闘機2機で迎撃する日本
飯田)「軍用もの」と言うと「専門につくる」というイメージがあったけれど、そうではない。
部谷)完全に民生と軍事が対等になったわけではありませんが、再びもとに戻ってきている。「近代とはこうやって終わっていくのだな」と感じます。

飯田)中国軍やアメリカ軍などでも、民生品を組み合わせるような研究は進んでいるのですか?
部谷)すごく意識されています。例えば習近平氏は「小型ドローンが次の戦争の鍵だ」というような趣旨の発言をしています。(中略)

中国軍の軍人は「ドローン産業を軍事利用できるのがうちの国の強みだ」と言っています。実際、中国軍では多くの民生ドローンをフルスペックで使っています。日本の自衛隊のように「小型ドローンが1キロしか飛ばない」というようなことはありません。(中略)「防災用だからこれでいいのだ」と自衛隊は言いますが、「戦争で使う気がないのですね」という感想しかありません。(中略)

公表されているだけでも、毎日のように無人機が尖閣諸島に来ているわけです。台湾には毎日来ています。米国防総省がデータを出していますが、映画『シン・ゴジラ』でゴジラを攻撃した「リーパー」というドローンがあります。あのコストがだいたい1時間あたり9万円です。中国が南西諸島に侵入させるドローンもほぼ同じ大きさなので約9万円、もしくはさらに安い可能性もあります。(中略)

自衛隊のF15は通常2機出ますが、1機あたり1時間で350万円のコストが掛かります。9万円に対して700万円で迎撃するのですか、ということです。(中略)

これがすべてですよね。向こうは安く、人間も疲弊しない。こちらは整備兵もパイロットもみんな疲れてしまう。(中略)

他国の多くはドローン前提の軍隊です。米軍もドローン部隊をつくっています。(中略)

無人機を前面に出し、人間はうしろに下がる
飯田)空母から無人機が発艦するようなイメージですか?
部谷)あとは水上ドローンですよね。無人艦、または通常の軍艦から飛んでいくドローンなど。

飯田)長い滑走路は必要ないですものね。
部谷)各国を見ても軍艦がいて、水中ドローンと航空ドローンと自爆ドローンなど、無人兵器を前に出している。航空機も有人機の前に無人機がいて、その無人機から無人機を出すという。(後略)【3月30日 ニッポン放送NEWS ONLINE】
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自衛隊のドローンは防災用? 一体いつの時代の話でしょうか。
「コスト9万円」中国ドローンを「コスト700万円」F15戦闘機で迎撃・・・それでも迎撃できればいいですが、雲霞のようなドローン大群を迎撃できるのでしょうか?
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ウクライナ  難航する反転攻勢 蔓延する徴兵逃れと汚職 冷めるアメリカ世論の支援熱

2023-08-15 23:09:56 | 欧州情勢

(【8月2日 UKRINFORM】 徴兵逃れ関係者摘発の様子)

【難航する反転攻勢】
ウクライナの反転攻勢が進展しているのかどうか・・・よくわかりませんが、6月段階でゼレンスキー大統領が「ハリウッド映画とは違う」と過度の期待を戒めているように【6月22日 読売】、その後もロシア軍の強い抵抗にあってウクライナ及び支援国が期待していたよりは難航しているのは間違いないようです。

****反転攻勢「非常に困難」 ゼレンスキー氏「後退はしない」****
ロシアの侵攻を受けるウクライナのゼレンスキー大統領は8日、領土奪還に向けた反転攻勢について「望んでいたよりも遅く、全てが非常に難しい」との見解を示した。その上で「後退はしない。主導権はウクライナが握っている」とも述べた。地元メディアが報じた。

米CNNテレビは8日、今後数週間でウクライナ軍が劇的に局面を好転させる可能性は非常に低いとの欧米高官の見立てを伝えた。外交官の一人は「ロシア軍は多くの防衛線を築いている。(ウクライナ軍は)第1防衛線を突破していない」とした。

ウクライナ軍高官は地元メディアに対し、南部ザポロジエ州の拠点メリトポリ方面とアゾフ海に面するベルジャンスク方面で攻撃を続け、既に第1防衛線に到達したと主張。前進を続けているものの地雷の影響や戦闘機不足により、進軍が遅れていると説明した。(後略)【8月9日 共同】
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****ウクライナ軍、反転攻勢は「一定の成功」…ロシア軍精鋭部隊の一部は撤退か****
ウクライナの国防次官は14日、ロシア軍への大規模な反転攻勢を展開しているウクライナ軍が南部ザポリージャ州一帯の戦線で「一定の成功を収めている」と述べ、進展を強調した。米紙ニューヨーク・タイムズも12日、ウクライナ軍が南部の二つの戦線で「戦術的に重要な前進を果たした」と評した。

ウクライナの国防次官は記者会見で、アゾフ海に面した港湾都市マリウポリやベルジャンシク奪還への足がかりとなるドネツク州南西部ウロジャイネ周辺での戦果に触れた。

ウロジャイネは、反攻の起点ベリカノボシルカから約10キロ・メートル南方にあり、露軍が地雷原や塹壕ざんごうなどで強固な防御陣地を構築している。露側幹部は13日、集落の北側を奪還されたことを認めた。

露軍の補給拠点メリトポリを目的地とするザポリージャ州西部の戦線でも起点のオリヒウから約13キロ・メートル南にあるロボティネから露軍精鋭部隊の一部が撤退したとの情報がある。

ウクライナ軍南部方面部隊の報道官は13日、地元テレビで、露軍が占領している南部ヘルソン州ドニプロ川東岸コザチラヘリ一帯で拠点確保に向けた作戦を実施したことを明らかにした。

ただ、ウクライナ軍が奪還を目指す拠点都市に年内到達するのは困難との見方が出ている。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは13日、ウクライナ軍の進軍ペースが遅いため、米欧諸国が来年春の反攻に向けた支援策の検討を開始したと報じた。

ニューヨーク・タイムズは最近、ウクライナ軍兵士の死傷者数が15万人を超えたとの推計を伝えており、ウクライナ側の人的犠牲も膨らんでいる。【8月14日 読売】
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なかなか厳しい状況が感じられます。

【蔓延する徴兵逃れと汚職】
そうしたなかで膨らみ続けるのが兵士の損耗。上記記事では“ウクライナ軍兵士の死傷者数が15万人を超えた”とありますが、ウクライナにしても、ロシアにしても“士気”にかかわるこういう数字はあまり発表しないので、正確なところはわかりません。

多く見積もる数字では“退役米陸軍大佐のダグラス・マグレガー氏は、ウクライナ軍の累積戦死者数を約30万~35万人、戦傷者等を合わせた損耗は約60万~80万人に達したと見積もっている。”【8月3日 矢野 義昭氏 JBpress】といった数字も。少し多すぎるような気もしますが・・・。

いずれにしても多大な犠牲者が出ているのは間違いありません。
ウクライナ国民については「祖国防衛」「領土奪還」に向けた強い意思がよく報じられていますが、これだけ死傷者が増えれば、自分の命について真剣に考え、戦争へのためらいが出ても何ら不思議ではありません。(出ない方が不思議でしょう)

****偽装離婚や子供の水増し…ウクライナ“徴兵逃れ”の実態 前線の女性兵士が語る決意【報道1930】****
第2次世界大戦後、最大の戦争となったウクライナ戦争。ロシア、ウクライナ両国の死傷者の合計は35万人を超えたとも伝えられる。そんな中、両国内で徴兵逃れが後を絶たない。大義の無い戦争に強制動員されるロシア国民が海外へ脱出するなど徴兵を逃れようとする動きは去年からあった。だが今急増しているのはウクライナの徴兵逃れだ。1年経った現実を見た。

「父子家庭も動員の対象外なので、偽装離婚して…」
去年2月24日、ロシアの侵攻を受けてウクライナでは総動員令が発せられ18歳から60歳までの男性の出国を禁じた。この時、ウクライナの男性の多くが自ら入隊を志願した。一方的に攻め込まれた国の男たちは“祖国を守る”という大義に燃え、士気は大いに高かった。去年3月の映像を遡ってみると、リビウで志願する男性たちで先が見えないほどの行列ができていた。

ところが、1年が過ぎ状況はずいぶん変わったようだ。
ウクライナの民間シンクタンク、戦争研究所の所長に実態を聞いた。現在志願兵は殆どいない。この半年の動員は事実上強制的な動員。一方で“徴兵逃れ”は後を絶たず、召喚状を出した内およそ1割が何らかの方法で徴兵を逃れようとしているという。

ウクライナ戦争研究所 ルスラン・ボルトニク所長
「(徴兵逃れのため)軍務に従事できないという偽の証明書を手に入れようとするケースが非常に多い。健康診断の結果“不良”という偽証明書、身体障碍者の証明書の作成などがある。18歳未満の子育て中の父子家庭も動員の対象外なので、偽装離婚して子供を一人で育てているふりをする場合も…」

他にも子供が3人以上いれば動員されないので、それを証明する書類を偽造するやり方もある。
これら書類を偽造したり国外逃亡を手助けしたりするブローカーにも番組は直接接触した。話によると徴兵免除の証明書の作成で約80万円というケースもあった。また、モルドバ経由でヨーロッパへ逃亡するのを手配して約67万円という例もあるという。

「前線ではなく後方で死ぬんだ」
徴兵逃れが増えた要因の一つに今年になって変更された給与体系がある。前線の兵士の給料を上げた代わりに後方支援の軍務担当者の給与が半減したという。しかし…。

ウクライナ戦争研究所 ルスラン・ボルトニク所長
「ウクライナに“後方”はない。すべての地域が攻撃される。訓練センターやインフラ施設警備中に死亡した人も多い。前線ではなく後方で死ぬんだ。それなのに給与半減では軍に入るモチベーションに影響が出る」

しかし、徴兵逃れが増えているのは給料の問題ではないというのが大方の見方だ。
神戸学院大学経済学部 岡部芳彦教授
「戦争が1年以上続いて、意識の変化というのは男性だけでなく、国民全体にある。世論調査で“ウクライナが勝つと信じているか”を問えばいまだに9割を超える人が“そうだ”と答えるんですが実際に戦争に行くってなるとプレッシャーであることは間違いない」

防衛研究所 兵頭慎治研究幹事
「戦争の長期化に加えて死傷者の数が増えてる。ロシア側は20万人以上、ウクライナ側も10万人以上が死傷していますから、やはり動員されて戦場に送られた場合は自分の命もなくなるんじゃないかって心配する。当然ですけど…」

ボルトニク所長によれば徴兵逃れは50万人にのぼるとも言われる。取り締まりを厳しくしても無理に動員された兵士の士気は上がらないだろう。これはロシア同様だろうが、その一方でウクライナには急増している兵士もいた…。

「明日生きていられるのかわからない」
男性の志願兵は姿を消したウクライナで急増しているのが、女性の兵士だ。ロシアの軍事侵攻前、ウクライナには3万2000人の女性兵士(21年12月)がいたが、今年3月時点で4万3000人に増えている。34%増だ。(中略)

キーウ市会議員 イリナ・ニコラク氏
「ウクライナの女性たちは固定観念を壊したのです。軍で女性が男性と同様に有能であることを証明したのです。(中略)こうした女性たち(軍に志願した)の選択を尊敬しています。他のウクライナ人のために自分の命を懸けて軍で働く彼女たちを誇りに思っています」

戦争まで女性活躍の場が広がることの虚無。プーチン氏が侵攻を止める決断を早くすることを祈るしかない。(BS-TBS『報道1930』4月13日放送より)【4月18日 TBS NEWS DIG】
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弾が飛んでこない所に身を置く者としては、こうした“徴兵逃れ”の是非を云々するつもりはありませんが、当局としてはこの事態を放置しては戦争遂行ができませんので、対策に乗り出しています。

****ウクライナ全国で徴兵逃れを支援した関係者を摘発****
ウクライナの法執行機関は、総動員期間中に動員対象者の金銭授受による徴兵逃れを支援するキーウ市や他10州の汚職スキームを摘発していると発表した。検事総局広報室が公表した。

発表には、徴兵逃れの組織により、刑事捜査が行われているとし、捜査の一環でキーウ市、オデーサ州、ザカルパッチャ州、キーウ州、ポルタヴァ州、ヴィンニツャ州、チェルカーシ州、チェルニヒウ州、リヴィウ州、ジトーミル州、イヴァノ=フランキウシク州にて約100件の家宅捜索が行われたと書かれている。

法執行機関は、捜査の際に医療関係の文書を摘発・押収しているとし、捜査班が、徴兵を行う地域雇用社会支援センターの職員が軍・医療委員会の委員とともに、第三者の仲介を通じて、動員対象の男性を健康状態により軍役に適さないと判断する証明書を発行し、それら男性を動員対象者登録から除外していたことを判明させたと伝えた。

そのような「サービス」は、平均で6000米ドルかかっていたという。そして、徴兵を逃れようとする男性たちは、その軍役不適切の証明書を出国のために利用していたという。

また、ウクライナ保安庁(SBU)広報室は、本件につき、ビルホロド=ドニストロウシキー軍事委員会と地元軍・医療委員会の幹部が、犯罪集団の中で活動し、同違法行為の組織に関与していたと伝えた。

これらの人物は、兵役逃れを希望する人物を探すために、「仲介者」ネットワークを組織し、その仲介者が前述の地域で関連「サービス」を提案していたという。

偽の「証明書」が発行された後は、これら容疑者が兵役逃れ希望者に対して国外脱出ルートを提示していたという。オデーサ州では、国境検問地点「スタロコザチェ」を通じて出国が行われていたと報告された。

本件の捜査は継続中とのこと。【8月2日 UKRINFORM】
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****ウクライナ、徴兵逃れほう助で軍関係者拘束****
ウクライナの汚職対策当局は3日、金銭を受け取った見返りに徴兵年齢の男性の国外逃亡をほう助した疑いで、軍関係者を拘束したと発表した。

ウクライナは昨年、ロシアの新興を受けて戒厳令を発令。18〜60歳の男性についてはいつでも徴兵される可能性があるとして、出国を禁止した。

国家捜査局によると、キーウ市当局の陸軍部門トップだった容疑者は、依頼者を兵役不適格とする虚偽の書類を発行していた。この書類を携行する男性は例外的に出国することができる。

虚偽書類の発行は1通1万ドル(約140万円)で請け負っていたという。容疑者は3人に書類を渡していたところを現行犯逮捕された。

侵攻が2年目に突入する中、ウクライナは損耗した兵力の穴埋めを徴兵に頼りながら反転攻勢を続けている。

ウクライナ、ロシアの両国では侵攻開始前から徴兵逃れが横行していた。
ウクライナ当局は今年1月、徴兵年齢の男性の国外流出を阻止するため、公務員や重要部門で働く民間労働者の兵役を免除する措置を導入した。 【8月4日 AFP】AFPBB News
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こうした事態に、ゼレンスキー大統領はすべての州の軍事委員会のトップを解任するという“大ナタ”をふるうことに。それだけ事態は深刻で全国に拡散しているということでしょう。

****ウクライナで全州の徴兵責任者を解任 徴兵逃れに絡む 汚職が相次ぐ****
ウクライナでは徴兵逃れに絡んだ汚職が相次ぎ、すべての州の軍事委員会のトップが解任されました。

ウクライナのゼレンスキー大統領は11日、国家安全保障国防会議を開き、徴兵の責任者である軍事委員会のトップをすべての州で解任したと発表しました。

ウクライナでは軍事委員会の幹部らが徴兵逃れに絡んで賄賂を受け取る汚職が相次ぎ、112件の刑事手続きが進められているということです。

ゼレンスキー大統領は後任について「最前線で負傷しながらも尊厳を保っている勇敢な兵士」を据えたとしています。(後略)【8月12日 テレ朝news】
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解任には疑惑と関係のない軍事委員会トップも含まれていますが、招集を担う軍の地方機関の汚職疑惑に国民の反発は強く、汚職対策を重視するゼレンスキー大統領は国民にアピールできる強い措置を選択せざるを得なかったとみられます。

【アメリカで冷めるウクライナ支援熱】
ウクライナにとって国内に蔓延する徴兵逃れや厭戦気分も重大ですが、支援国、特にアメリカの世論動向は気になるところでしょう。

****ウクライナ追加支援、米国55%「反対」 世論調査、共和党で強まる孤立主義****
ロシアに対する反攻作戦を進めるウクライナへの支援に関する米国内の世論調査で「議会は追加支援を認めるべきではない」との回答が55%に上ることが今月、明らかになり、衝撃を広げている。

特に共和党支持者は71%が追加支援に「反対」しており、「賛成」が62%だった民主党支持者との意識の差が鮮明となった。

調査はCNNテレビなどが実施し4日に公表した。ロシアの軍事行動を阻止するために「米国はもっとするべきことがあると思うか」との問いでは、民主支持者の61%が「そう思う」としたのに対し、共和支持者の59%が「もう十分だ」と回答。より積極的な役割を支持する人は全体で48%にとどまった。

ウクライナ侵攻が始まった直後の昨年2月に行われた調査では、同じ質問に全体の62%が「そう思う」と答えており、この約1年半で世論に大きな変化が生じたことが示された。

ロシアの侵略が国際秩序の原則を大きく揺るがす中、民主党のバイデン政権はウクライナに「必要な限りの支援を行う」として国際社会をリード。米議会もその方針をおおむね超党派で支持してきた。

しかし共和党では、2024年大統領選に向けた候補者指名争いで首位を独走するトランプ前大統領が、プーチン露大統領を「天才」「頭がいい」などと称賛してきたほか、最近ではロシアによるウクライナ東・南部の占領固定化につながりかねない「即時停戦」を主張。これを受けてトランプ氏に近い同党の保守強硬派が勢いづき、ウクライナ追加支援への反対論を強めている。

同党で反トランプ派のキンジンガー前下院議員はCNN(電子版)への寄稿で、反攻作戦が難航していることへのいらだちに加え、ウクライナの主権や国際秩序を軽視する「トランプ効果」が支持者の心情に影響していると分析した。

20年大統領選の敗北を覆すために公的手続きを妨害したなどとして今月1日に3度目の起訴を受けたトランプ氏は、自身を「政治迫害」の被害者と主張し、民主党との全面対決を演出することに終始している。南部フロリダ州のデサンティス知事ら他の候補も同様の傾向が強い。

指名争いでは今後、党派的な論争が先行し、外交・安全保障面では孤立主義的な議論が優勢となる懸念が高まっている。【8月9日 産経】
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ゼレンスキー大統領としても、アメリカのこうした動向が気がかりなだけに反転攻勢を急ぎ、その成果を出そうとしているところですが、現実は冒頭のように難航しています。

反転攻勢が大きな成果を出せず、国内で徴兵逃れのような事態が無視できない状況となり、頼みの綱であるアメリカの支援にもかげりが・・・となると、何らかの「出口」を探さない訳にもいかない・・・ということにもなります。

難しい立場のゼレンスキー大統領です。

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中国経済  景気回復の遅れが鮮明に 巨額負債を抱える不動産大手 

2023-08-14 23:29:53 | 中国

(【7月25日 産経】)

【コロナ禍からの景気回復の遅れが鮮明に】
20%を超える若者の失業率、コロナ禍の落ち込みからかの回復が鈍い個人消費、依然として続く不動産不況、地方政府の巨額債務・・・中国経済のコロナ禍からの回復が予想されたより鈍く、大きな問題を抱えていることが明らかになっています。

GDP前年比で見てもと、足元が大きな数字になっているのは大きく落ち込んだ前年に対する反動にすぎず、全体としては失速傾向にあります。

****中国の景気回復遅れが鮮明に…4月から6月のGDPプラス6.3%は上海ロックダウンの反動か***
中国の今年4月から6月のGDPが発表され、新型コロナからの景気回復の遅れが鮮明となっている。

中国の国家統計局は7月17日、今年4月から6月のGDPを発表し、前の年の同じ時期に比べてプラス6.3%と大きく伸びた事が分かった。
ただ、この数字は経済活動がほぼストップした、去年の上海ロックダウンの反動によるものとみられている。1月から3月の前期と比べると、その伸びは0.8%に留まり、回復の勢いは失速しているのが実態。

FNN北京支局の葛西友久特派員が、中国・河北省を取材したが、アジア最大級の鞄の卸売り市場はゼロコロナ政策の影響で閉店が相次いでいた。今ある店舗も、新たな顧客の獲得が難しいとしていて、景気回復に陰りが出ている。【7月17日 FNNプライムオンライン】
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中国指導部も危機感を持って対応してはいますが、劇的な回復は難しいとの見方が多いようです。

****中国共産党 「国内需要が不足している」と危機感 経済支援策を拡大***
中国共産党は24日、経済に関する重要会議を開き「国内需要が不足している」と危機感を示し、経済支援策を拡大することを打ち出した。

中国国営テレビによると、習近平国家主席が主催する中央政治局会議が24日開かれ、2023年後半の経済政策について議論された。

会議では、現在の経済情勢が「国内需要の不足や一部の企業の経営難などがある」と指摘し、「新たな困難や課題に直面している」と危機感を示した。

その上で、自動車や電化製品、家具など消費の拡大を後押しするため、地方債の発行を増やすなどの方針を示した。
また、低迷が続く不動産市場では「需給関係に重大な変化」があるとして、政策を素早く調整していくと明らかにした。【7月25日 FNNプライムオンライン】
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最近の貿易統計や物価動向にも失速感があらわれています。

****コロナ後の“景気回復”進まず…7月の輸出入が大幅減少 中国****
中国が発表した貿易統計で、7月の輸出額と輸入額がドルベースでともに2桁台の大幅なマイナスとなりました。

中国の税関当局が8日に発表した統計によりますと、7月の輸出額は2818億ドルで去年の同じ月と比べてマイナス14.5%となりました。 

また、7月の輸入額は2012億ドルと、こちらも去年の同じ月と比べてマイナス12.4%となりました。コロナ後の景気回復が思ったように進まず、国内需要が伸びていないことなどが主な原因です。

1月から7月の合計ではアメリカへの輸出がマイナス18.6%、日本からの輸入がマイナス16.7%と大幅に減少しています。

一方、ウクライナへの侵攻で西側諸国から制裁を受けているロシアとの貿易額は輸出がプラス73.4%、輸入がプラス15.1%と大幅に増えています。【8月8日 テレ朝news】
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米中の緊張の高まりや、中国での賃金上昇などを受け米企業がサプライチェーンを再編し、中国への依存を減らしていることもあって、対アメリカ貿易が大きく減少しています。

****米国輸入で中国が首位陥落 1~6月、15年ぶり****
米商務省が8日発表したモノの通関ベース(季節調節前)の貿易収支によると、2023年1~6月の輸入額に占める国別割合で、中国が15年ぶりに首位から陥落した。2009年から最大の輸入先だったが、今回はメキシコとカナダが上回り、3位だった。

米中は22年に輸出入を合わせた貿易額で過去最高を更新したが、追加関税や規制強化などを背景に勢いが鈍化。貿易活動の構図が変わり、米中経済分断が加速していく可能性がある。

23年1~6月の中国からの輸入額は2029億6500万ドル(約29兆円)で、輸入額全体に占める割合は13・3%だった。5年前の18年1~6月には20%超だったが、急落した。今回はメキシコが15・5%、カナダが13・8%の輸入を占めた。日本は4・7%で、ドイツに次いで5位だった。

米中の緊張の高まりや中国での賃金上昇などを受け、米企業がサプライチェーンを再編し、中国への依存を減らしているとみられる。ただ、追加関税を避けるために中国からの輸入を過少報告しているという指摘もある。【8月8日 東京】
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****中国の物価が下落 「かなりヤバい状態だ」エコノミストが指摘****
第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏が8月9日、ニッポン放送「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!」に出演し、辛坊と対談。中国国家統計局が同日発表した7月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比で0.3%下落し、2021年2月以来2年5カ月ぶりのマイナスに転じたことが話題となり、「中国経済はかなりヤバい状態だ」と指摘した。

中国国家統計局が9日発表した7月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比0・3%減少した。減少率は6月から0・3ポイント拡大した。

辛坊)中国の物価がマイナスに転じたことが報じられました。どのようにみていますか。
永濱)中国は相当ヤバくなっていますね。一言でいうと、30年前の日本と同じような状況です。不動産バブルが崩壊して経済がかなり厳しくなっていて、なおかつ米中対立の影響が出てきています。

辛坊)アメリカの対中貿易が1位から3位まで落ちたんですよね。
永濱)そうです。ですから、中国経済はかなりヤバい状態です。【8月9日 ニッポン放送NEWS ONLINE】
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【バイデン大統領 中国経済を「時限爆弾」と表現】
こうした中国経済の現状をバイデン大統領は「時限爆弾」と表現し、そのあからさまな言い様が中国をことさらに刺激するとして問題にもなっています。 意図した発言か、判断力低下で外交的配慮に気が回らなくなっているのかはわかりませんが。

****バイデン米大統領、中国を「時限爆弾」と表現 経済問題巡り****
バイデン米大統領は10日、経済的な課題を理由に中国を「時限爆弾」と表現し、経済成長が弱いことから同国が問題を抱えていると指摘した。

ユタ州で行われた政治資金集めのイベントで、「彼らは問題を抱えている。悪い人々が問題を抱えると悪いことをするため、これは良くない」と語った。

バイデン氏は6月に行われた資金集めのイベントでも中国の習近平国家主席を「独裁者」と表現。中国は挑発だとして非難していた。

中国の7月物価統計は消費者物価指数(CPI)が2年5カ月ぶりにマイナスとなり、生産者物価指数(PPI)は10カ月連続で下落した。

バイデン氏は中国に害を与えることは望まず、中国との理性的な関係を望んでいるとも述べた。

バイデン氏は9日、半導体や人工知能(AI)など特定のハイテク分野における対中投資を規制する大統領令に署名した。【8月11日 ロイター】
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上記の対中投資規制など、米中関係については多々ありますが、そこらはまた別機会に。

【「中国一の金持ち村」の“成功モデル”が破綻 強力なリーダーシップは習近平体制にも共通】
中国経済の低調ぶりを示す下記のようなニュースも。

****「中国一の金持ち村」が破綻 負債は8兆円 村営企業は20円で売却 “成功モデル”が崩壊****
中国一の「金持ち村」とも呼ばれた村が、日本円で8兆円もの負債を抱え、財政破綻しました。背景にいったい何があるのか、現場を取材しました。

記者「こちらの高台からは、村の全体を一望できます。あそこに見えるのが、村のシンボルともいえるビルです」
中国東部・江蘇省にある華西村。「中国一の金持ち村」と呼ばれていました。

目をひくのは、ヨーロッパ風の豪華な一軒家が並ぶ住宅街と、中心部にそびえる地上72階建てのビル。ホテルとして使われているこの建物には、1トンもの金を使って作られた牛の像まで展示されていました。

かつて貧しい農村だった華西村が、なぜ「金持ち村」になったのか。(中略)
1978年に始まった中国の「改革開放」路線のもと、当時の村のトップ・呉仁宝氏は強力なリーダーシップで、「集団経済」という特殊なシステムを導入。村民の給与の80%を村営企業が吸収し、株や新たな事業への投資に活かして鉄鋼業などを急速発展させました。2010年には年間の売り上げが6000億円にものぼったといいます。

しかし先月、ある異変が…。「華西村は破産だ。とっくの前から破産しはじめていたのだよ」 なんと、財政破綻したのです。

ここまでさびれてしまった理由について、村の男性は。
村の男性 「幹部は全部トップが認めた人たちばかり。トップの言うことは絶対。もし指示に従わなければ、工場長でも明日は普通の従業員になってしまう。これが華西村の特徴だね」

トップだった呉氏のやり方は村を発展させた一方、人々の自由な起業活動を制限したり、過剰な投資に反対しづらい環境を生んだりするなど弊害も多かったといいます。

2013年に呉氏が亡くなって以降、息子が村営企業の経営を引き継ぎますが、新たな産業を育てることはできず、負債は8兆円にまで膨張。先月、村営企業はたった1元、日本円にしておよそ20円で投資会社に売却されました。(中略)

改革開放の成功モデルとまで言われた村の破綻。地方政府の財政悪化が深刻になっている中国で、今後、第二の華西村が生まれる可能性もあります。【8月11日 TBS NEWS DIG】
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村のトップ・呉仁宝氏の強力なリーダーシップによる“成功モデル”とその破綻は、中国全体の習近平国家主席の指導体制にも通じるものがあります。

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フランス紙「ル・モンド」は「中国は突然崩壊に直面した」と題する文章を発表し、中国経済が直面している十大問題を列記した。すなわち「不動産バブル」「巨額の借金」「デフレ」「人口問題」「米国の制裁」「投資家の離脱」「中央銀行」「政府」「信頼の欠如」「若者の失業率」だ。

「ル・モンド」は、中国政府について「この危機の時に、専制政権の弊害が現れている。特に、(政策が)習近平主席(の考え)と完全に一致しており、習主席の决定は全く予測できないからだ」と主張した。

記事は前例として新型コロナウイルス感染症の対策で、「ほぼ一夜にして、全面封鎖からすべての措置の全面撤廃に突然舵を切った」と指摘し、習主席の行動を「気まぐれ」と評した。【8月14日 レコードチャイナ】
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【不動産市場低迷 「中国恒大集団」に続いて昨年販売実績首位の「碧桂園」も】
“十大問題”のうち「若者の失業率」については、7月2日ブログ“中国 当世若者事情 厳しい競争社会 人生を決める“一発勝負”「高考」 20%超の失業率”などで何回か取り上げてきましたので、今回は「不動産バブル」について。

中国不動産バブルの象徴となったのが2年前の「恒大集団」の経営難でした。その「恒大集団」の苦境は未だ続いています。改めて“傷の深さ”が確認されたという感もあります。

****不動産大手「中国恒大集団」、2年分の赤字は11兆円…負債総額は47兆円でGDP2%相当****
経営危機に陥っている中国不動産大手の中国恒大集団は17日、公表を延期していた2021年と22年の12月期決算をまとめて発表した。最終利益は2年連続の赤字となり、赤字額は2年分で計約5800億元(約11・2兆円)に上った。

22年12月期の負債総額は2兆4374億元(約47兆円)に達し、債務超過に転落した模様だ。中国の国内総生産(GDP)の2%に相当する規模となる。20年12月期の最終利益は80億元の黒字だったが、23年1月まで続いた「ゼロコロナ政策」や、政府による不動産融資の総量規制の影響で業績が大きく悪化した。

開発中や販売目的で保有している不動産の評価損のほか、金融資産の価格下落による損失も広がった。不動産販売も落ち込み、22年12月期の売上高は2300億元と、20年12月期の半分以下に縮小した。

恒大が事業を継続するには海外を中心とした債権者の同意が欠かせず、再建の道筋は一段と不透明感が強まった。経営危機は21年に表面化し、昨夏には財務を巡る不正を理由に夏海鈞最高経営責任者(CEO)が事実上の解任に追い込まれた。【7月18日 読売】
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負債総額は47兆円でGDP2%相当・・・こうなると、潰そうにも潰せない・・・という感も。

今日報じられているのは、不動産大手「碧桂園」 22年の中国不動産販売額で首位だっ不動産大手です。

****中国の不動産大手、1兆円の赤字へ 社債の利払いも履行できず…市場に不安広がる****
中国の不動産大手「碧桂園」は、ことし上半期の純損益がおよそ1兆円の赤字になる見通しを発表しました。社債の利払いも履行できておらず、中国の不動産市場に不安が広がっています。

「碧桂園」によりますと、ことし1月から6月までの純損益は、およそ9000億円(450億元)から1兆1000億円(550億元)の赤字になる見通しで、景気減速に伴うマンション販売の低迷などが影響したということです。

ことし7月までの販売額は、およそ2兆8000億円(1408億元)で、去年の同じ時期に比べ35%の減少、2021年の同時期と比べると61%と大きく減少しました。ロイター通信によりますと、「碧桂園」は、アメリカドル建ての社債の利息が支払えておらず、資金繰りが悪化しているということです。

「碧桂園」の去年の不動産販売額は国内最大で、債務不履行に陥れば、不動産大手・「恒大集団」の経営危機より影響は深刻だとみられています。【8月14日 日テレNEWS】
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不動産大手の経営破綻は関連企業の連鎖的な破綻をもたらします。

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中国の市場関係者の間には、同社(中国恒大集団)の債務の巨大さゆえに、経営危機が(関連業界や金融システムに広く波及する)システミックリスクを引き起こしかねないとの懸念が広がった。  

例えば、恒大集団は大部分の不動産開発プロジェクトの着工にあたり、建設会社や資材の納入業者と「一括請負方式」の契約を結んでいた。

この方式では、建設会社や納入業者が自己資金を投じて先に工事に着手し、恒大集団は代金を後払いしたり、(後日の支払いを約束する)手形で決済したりする。そのため、恒大集団の支払いが滞れば、危機がたちまち取引先に波及するのだ。【7月21日 東洋経済オンライン「中国「恒大集団」、債務超過11兆6000億円の激震」】
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また不動産市場の低迷は巨額の債務を抱える地方政府財政を更に悪化させます。

****地方財政への影響****
中国では土地は公有であり、地方政府が土地使用権を不動産企業に売却して不動産開発が実施されており、地方政府の歳入における土地使用権譲渡収入への依存度は高い。

2021年は、日本の一般会計に近い一般公共予算の税収が17.3兆元であるところ、日本の特別会計に近い「政府性基金」での土地使用権譲渡収入は8.7兆元となっており、その大きさが分かる。 

不動産市場の低迷によって不動産開発が落ち込めば、土地使用権譲渡収入が減少し、地方政府の財政を悪化させる可能性がある。

実際、2022年の1月から8月までの土地使用権譲渡収入の累計は、前年同期比で28.5%減少している。【財務相HP 大臣官房総合政策課 渉外政策調整係 時永 和明氏 「中国の不動産市場」】
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不動産市場の低迷は、まさに「時限爆弾」の起爆装置のような感じも。

ただ、中国指導部は不動産大手や地方政府の破綻をなんとしても避けるべく事実を糊塗することも厭わないでしょう。それは「時限爆弾」を当面不発化させるものであっても、事態を改善させるものではなく、むしろ経済の在り様を更にゆがめ、傷を深めることになるのかも。
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シリア  アサド政権の支配が確実になったものの、未だ戦火はおさまらず 依然として続く各国の関与

2023-08-13 23:21:06 | 中東情勢

(アラブ連盟の首脳会議に出席するためサウジアラビアの空港に到着したシリアのアサド大統領(中央)=サウジアラビア西部ジッダで2023年5月18日 【5月19日 毎日】)

【軍事的優位を確実にしたアサド政権 アラブ連盟復帰でアラブ世界が認知】
シリアでは、アサド政権が反体制派を武力で厳しく弾圧した2011年以降、内戦が続いており、反体制派NGO「シリア人権監視団」によると、内戦での死者は今年3月現在で60万人を超えたとされています。
また、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、国の内外に家を追われた人たちは1300万人以上に上っているとのことです。

政府軍と反体制派の争いに加え、2015年から2017年にかけてはイスラム国(IS)が勢力を拡大し、シリア領内のラッカを首都としていました。

そのISは主に米軍および協力するクルド人勢力の攻勢によって支配地域を失い、内戦の方は、イランそしてロシアの支援を受けるアサド政権が反体制派をイドリブ周辺に追い詰め、軍事的優位を確実にしています。

アサド政権は5月のアラブ連盟復帰によって、(以前はアサド政権と敵対していた)サウジアラビアが主導するアラブ世界においてもその支配を認知された形になっています。

****シリア アラブ連盟復帰の背景****
Q1: アラブ連盟がシリアの復帰を認めた背景は何でしょうか。

A1: アラブの21か国とパレスチナ解放機構でつくるアラブ連盟は、シリアの内戦が始まった2011年、その参加資格を停止しました。アサド政権の弾圧で、大勢の市民が犠牲になったという理由です。

今なお、反政府勢力への攻撃が続く中、復帰が認められた背景には、アサド政権の軍事的優位がもはや動かなくなったこと。および、アラブの大国であるサウジアラビアなどの意向が働いています。(中略)

サウジアラビアは、脱石油の経済改革を進めていますが、外国からの投資や技術を呼び込むためには、この地域を安定させることが不可欠です。そこで、国交を断絶してきたイランとの関係正常化に踏み切り、続いて、イランやロシアの支援を受けるアサド政権との関係も正常化したのです。

同盟国のアメリカが中東への関与を減らす中、近隣の国と敵対するのは得策ではないとの判断でしょう。ただし、アラブ連盟は、決して一枚岩ではありません。(中略)

正面からの反対ではありませんが、カタールは、シリアの復帰を決めた外相会議を欠席し、アサド政権との二国間関係の正常化には否定的です。さらに、欧米各国は、いぜんとして、アサド政権の正当性を認めず、退陣を求めて、制裁を続けています。

Q4: シリア情勢、今後、どこに注目しますか。

A4: (中略)シリアと国境を接し、反政府勢力側を支援してきたトルコも、関係改善に向けて動き始めています。しかしながら、内戦は終結する見通しが立たないうえ、アラブ諸国やトルコに逃れた700万人近くのシリア難民が祖国に戻れる日は、むしろ遠のくのではないかという指摘も出ています。人道危機の解決が何よりも優先されるべきだと思います。【5月17日 出川解説委員 NHK】
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【国際支援に頼る反体制派支配地域住民】
アサド政権の軍事的優位がほぼ確定しているものの、戦火が収まった訳でもありません。
政府軍が包囲するイドリブ周辺北西部の反体制派支配地域には数百万人の人々が国際支援を支えとして暮らしています。

7月には、その「生命線」とも言うべきトルコからのバブアルハワ検問所を通過する越境支援が安保理におけるロシアの反対で一時中断しました。

****シリアへの人道支援活動中断…数百万人の生活に影響のおそれ 国連事務総長「失望している」****
内戦が続く中東・シリアの反体制派地域に物資を届ける国連の人道支援活動が中断に追い込まれました。数百万人の生活に影響が出るおそれがあります。

シリアへの越境支援は、食料や医薬品などをシリア政府の許可なしに隣国・トルコから反体制派地域に届けるもので、国連の安全保障理事会の決議に基づいて行われてきました。国連はこの支援活動が400万人以上の避難民の生活を支えているとしています。

(7月)10日にこの決議が期限切れを迎え、安保理は11日、支援を9か月間延長する決議案の採決を行いましたが、ロシアが拒否権を行使し、否決されました。

シリア・アサド政権の後ろ盾となっているロシアは、国連による反体制派地域への支援に後ろ向きで、より短い期間での延長を求めていました。

国連のグテーレス事務総長は、決議が否決されたことについて、「失望している」と述べた上で、シリアへの越境支援は避難民の「生命線」だとして継続するよう呼びかけ、各国で調整が進められています。【7月12日 日テレNEWS】
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ロシアはシリアへの人道支援は「アサド政権を通じて行うべき」と主張していますが、アメリカなど欧米は「アサド政権を通すと、反体制派に物資が届かなくなる」との懸念から、トルコからの直接輸送を重視しています。

2月のトルコ・シリア大地震後にアサド政権が一時的に認めた2ルートはあるものの、国連の支援物資の85%は延長が否決されたバブアルハワ検問所ルートを通じて輸送されています。

この問題は、その後“一応”合意がなされ、バブアルハワ検問所ルートが再開していますが、状況次第ではいつでも数百万人の生活を支える「生命線」が閉鎖される不安定さが改めて示されました。

****シリア越境支援、再開で合意=安保理決裂で一時閉鎖―国連****
国連は(8月)8日、内戦が続くシリア北西部の反体制派支配地域に隣国トルコから物資を届ける国際人道支援に関し、閉鎖されていた越境地点、バブアルハワ検問所の運営を再開することでシリア政府と合意したと発表した。同検問所を巡っては、開設の根拠となる安保理決議が先月失効していた。

発表によると、今後半年にわたりバブアルハワ検問所を利用可能とすることで一致した。同検問所は2014年の安保理決議に基づいて設置され、失効直前には越境支援物資の8割以上が通過する重要施設だった。

安保理では先月、米欧が14年決議の効力の9カ月延長を目指したのに対し、シリア政府の後ろ盾であるロシアが半年のみの延長を主張。協議決裂を受けて決議案採択に失敗し、国連とシリア政府の間で利用継続に向けた交渉が続いていた。

シリア政府は再開の条件として、「シリア政府との完全な協調」や、シリア側が「テロリスト」と呼ぶ反体制派と連絡を取らないことを要求。

国連側は、活動の独立性を保つことが重要で、シリア政府の条件は「受け入れられない」と反発していた。詳しい合意内容は明らかになっていないが、グテレス事務総長は声明で「合意を歓迎する」と表明した。【8月9日 時事】 
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【活動が続くIS アメリカ・トルコ・イラン・イスラエル・ワグネルもそれぞれの思惑でシリアに関与】
支配地域は失ったISの活動も依然続いています。(下記記事の“ダーイシュ”という表現は、ISのことです)

****ダーイシュによるシリア軍バスへの攻撃、死者数は33人に増加:監視団****
内戦によって荒廃したシリア東部で、ダーイシュの戦闘員がシリア政府軍を攻撃し、33人の兵士が死亡したと、監視団が12日に発表した。当初発表していた死者数26人から修正した。

10日夜に起きた政府軍バスへの銃撃事件は、過激派グループによる政府軍への攻撃で今年最大の死者数を記録したと、シリア人権監視団は話している。

ダーイシュは2019年にシリアで最後の支配地域を失ったものの、シリアの広大な砂漠に今も隠れ家を残しており、その場所を起点に待ち伏せ攻撃やひき逃げ攻撃を実行してきた。(中略)

(英国に拠点を置き、シリア国内の幅広いネットワークを情報源とする監視団の代表を務めている)アブデル・ラーマン氏によれば、ダーイシュは「最近、兵士の殺害をエスカレートさせており…できるだけ多くの死者を出そうとしている」という。

それにより、ダーイシュは「指導者を標的にされても、依然として活発で力強い」ことを示そうとしているのだという。

ダーイシュは先週、シリア北西部での衝突で指導者アブ・アル・フセイン・アル・フセイニ・アル・クラシが死亡したと発表し、後継者を指名していた。

ダーイシュのメンバーはこの数週間、シリア北部と北東部で攻撃を強めている。
今週初めには、ダーイシュがかつて自らの拠点としていたラッカ県を襲撃し、シリア軍の兵士と親政府派の戦闘員が10人殺害された。(後略)。【8月12日 ARAB NEWS】
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なお、IS掃討作戦のためシリアには900名ほどの米軍が(大部分は東部に)駐留しており、クルド人主導の組織「シリア民主軍」と協力して活動しています。

そのクルド人勢力を敵視するのがトルコ。3回にわたりシリア北部に軍事進攻し、クルド人勢力を退け、勢力圏を築いています。

2022年11月現在で約363万人のシリア難民がトルコに滞在しているとされており、社会的に大きな負担となっています。トルコとしてはシリア北部地域にシリア難民を帰還(強制移送?)させたい狙いとも言われています。

一方、シリアで活動するイランを敵視するのがイスラエル。シリア領内のイラン関連施設への攻撃を続けています。

****シリアにイスラエルのミサイル攻撃=国営メディア****
シリアの首都ダマスカス近郊を狙ったイスラエル軍のミサイル攻撃により兵士4人が死亡し、さらに4人が負傷した。物質的な被害も出ているという。シリアの国営メディアが7日未明、軍関係者の話として報じた。

防空システムがミサイルを迎撃し、一部を撃墜したという。

シリアでは2011年に始まった内戦でイランがアサド大統領を支援し始めてから同国の影響力が増しており、イスラエルはシリア国内のイラン関連の標的に対し攻撃を続けている。【8月7日 ロイター】
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ロシアに関しては、正規軍だけでなく民間軍事会社ワグネルもシリアで活動しています。
反乱後については、ロシア政府が認める新たな組織に取って代わられるのか、ロシア軍に吸収されるのか・・・不透明です。

上記のように、シリアでは、政府軍と反体制派の争いだけでなく、ワグネルを含むロシア、イラン、イスラム国IS、アメリカ、クルド人勢力、トルコ、イスラエルなどの様々な勢力が未だうごめいています。
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南米アマゾンで進行する違法金採掘による水銀汚染、その結果としての「水俣病」

2023-08-12 22:06:10 | ラテンアメリカ

(違法な採掘の状況を調査するブラジル環境当局者の後をついていくヤノマミ民族。2016年4月、ロライマ州で撮影【2020年6月28日 ロイター】)

【大枠としては保全の方向で進むアマゾン】
南米アマゾンの約6割を有するブラジルでは、環境保護より開発を優先するボルソナロ前大統領のもとで違法な森林伐採・金採掘などの森林破壊が進行しましたが、環境保護を重視するルラ大統領に代わって、森林破壊のペースは大きくダウンしているようです。

****アマゾン森林破壊面積、7月は前年同月比66%縮小 17年以来最少に****
3日に公表されたブラジル政府の暫定データによると、7月のアマゾン森林破壊面積はこの月としては2017年以来最少となった。

ブラジル国立宇宙研究所(INPE)の衛星データでは、7月のアマゾン森林破壊面積は500平方キロで、前年同月から66%縮小した。1─7月の累計では、森林破壊面積は前年同期を42.5%下回った。

通常6─7月は乾燥した気候になるため、森林破壊が急速に進みやすいが、今年は6月、7月と続けて森林破壊面積が縮小し、今後に期待できる傾向となっている。【8月4日 ロイター】
******************

また、今月8日からアマゾンを共有する8カ国が首脳会議を開催し、一部意見の相違もあるものの、大枠としては連携して森林破壊と闘う枠組みをつくることになりました。

****アマゾン地域の8カ国が森林保護で共同宣言 目標では合意できず****
南米アマゾン熱帯雨林を共有する8カ国が8日、森林破壊への対処をテーマにした首脳会議(サミット)を、14年ぶりにブラジルの都市ベレンで開いた。森林破壊を終わらせるという目標では合意できていない。

サミットは9日まで2日間の日程。ブラジル、ボリヴィア、コロンビア、エクアドル、ガイアナ、ペルー、スリナム、ヴェネズエラが参加している。

8日に発表された共同声明「ベレン宣言」では、連携して森林破壊と闘う枠組みがつくられた。だが、各国は独自の保護目標を追求することになった。

世界最大の熱帯雨林であるアマゾンの保護は、気候変動対策の中心となっている。
サミットの開幕前には、ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領が、2030年までに森林破壊を終わらせることを共通の目標にしようと呼びかけていた。アマゾンの約6割がある同国は、この目標をすでに政策に組み入れている。

サミット開会にあたって演説したルラ大統領は、「気候危機の深刻な悪化」を指摘。「この時代の課題と、そこから生まれる機会は、私たちが団結して行動することを求めている」と述べた。そして、「これまで以上に急を要している」と訴えた。

ブラジルの森林破壊は、ルラ氏が大統領に就任して以来、劇的に減少している。前任のジャイル・ボルソナロ氏は、保護より開発を優先した。しかし現在も毎年、数千平方キロメートルが失われ続けている。

ベレン宣言は、新たな枠組みによって「アマゾンが引き返せない状態まで行くのを防ぐ」とした。
また、水管理、健康、持続可能な開発、世界的な気候サミットにおける共通の交渉姿勢などで、協力を強化するとした。

表現が弱いと落胆する人もいるだろう。しかし今回のサミットは、現代最大の課題の一つを解決することを、地域の国々が望んでいることを示した。

部分的には意見の相違もみられる。
コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、新たな石油の探査を禁止するという公約を他国にも求めている。しかし、ブラジルはアマゾン川河口での新たな探査を検討している。

こうした違いはあるものの、今回のサミットでこの地域が、気候変動との闘いにおける発言力を身につけたことは疑いない。2025年の国連気候変動会議は今回と同じベレンで予定されている。

サミットが開幕したのと同じ日、欧州連合(EU)の気候変動委員会は、7月が世界的に過去最も暑い月だったことを明らかにした。

アマゾンを構成する何十億本もの樹木は、何世紀にもわたってたまった膨大な量の炭素を保持している。その葉は毎年、大気中に残って地球の気温上昇の原因となる二酸化炭素(CO2)を吸収し続けている。

世界はすでに、産業革命が始まったころと比べて約1.1度、気温が上がっている。世界各国が炭素排出量を大幅に減らさない限り、気温は上昇を続けるだろう。【8月9日 BBC】
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方向性としては、アマゾンの保全の方向で進む流れとはなってきています。

【すでに発生が強く懸念されるアマゾン違法金採掘に伴う水銀汚染「水俣病」】
そうしたなかで、森林伐採がもたらす地球温暖化への今後の影響も重要ですが、アマゾンではすでに深刻な問題が発生していることが強く懸念されています。金採掘に伴う水銀汚染による「水俣病」です。

****アマゾンで「水俣病」懸念 魚に高濃度水銀、健康被害も確認****
ブラジル北部のアマゾン地域で取れた食用魚の2割超から安全基準を超える濃度の水銀が検出されたことが11日までに研究機関の調査で判明した。金の違法採掘で使用される水銀の排出が主な原因。

障害がある新生児が増えるなど深刻な健康被害が確認されている地域もあり、専門家は「『水俣病』が強く疑われる」と懸念する。

水銀と水銀化合物による環境汚染や健康被害の防止を目指す「水銀に関する水俣条約」の採択から10月で10年。ブラジルも締約国だが、世界最大の熱帯雨林があるアマゾンの経済開発に熱心だったボルソナロ前大統領が2019年に就任して以降、条約の履行に向けた動きは停滞している。

ブラジルの研究機関による調査は21年3月〜22年9月、北部の6州17自治体の市場などで流通する魚を対象に行われ、結果は今年5月に公表された。ロライマ州では40%、アクレ州では35.9%の食用魚でWHOなどが定める許容摂取基準量を上回る水銀を検出、全体では21.3%だった。【8月12日 共同】
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****アマゾンの違法金採掘、水銀汚染で生態系に深刻な脅威****
(中略)
<活発な金採掘>
アマゾン熱帯雨林で活動する零細鉱山業者ないし手作業的な採掘者は、大半が自然保護区で違法に操業するか、保護区外で政府のはっきりした許可を得ずに操業している。

マドレ・デ・ディオス地域の大部分を含めた政府指定の「鉱業回廊」にさえ、規制監督を受けない非正規の業者が存在する。

何人かの研究者の話では、多くの零細業者は環境保護規制を無視し、堆積物から金を分離するために有害な液体水銀を使っているという。

この水銀の一部が周辺の自然環境に吸収され、絶滅危惧種に取り込まれるケースも出ている。アーケンズウィック・ワトサ氏は「誰かが金のエンゲージリングを買う際には、アマゾンの汚染が少し進む契機になりかねない」と警鐘を鳴らす。

マドレ・デ・ディオス地域では、世界金融危機と大不況によって安全資産とされる金に世界的な資金流入が起きた2008年に手掘りが活発化。これらの採掘者の動向を正確に追うのは難しいが、手掘り金協会(AGC)によると、世界の金生産全体に占める手掘り作業の割合は約20%で、金額ベースで300億─400億ドルに上る。年間採掘量は2011年の約330トンから今年は500トン前後に増えている。

米国際開発庁が昨年公表した報告書に基づくと、マドレ・デ・ディオス地域で正式な採掘許可を得ている業者は6000程度なのに対して、違法もしくは非正規の業者は4万前後だ。

ペルー政府は2019年、マドレ・デ・ディオス地域に緊急事態宣言を出し、1500人の警察官と兵士を配置して違法採掘の取り締まりに乗り出している。

これはある程度効果を発揮し、人工衛星監視プロジェクトMAAPによると、多くの業者が自然保護区から排除され、政府指定の鉱業回廊に操業場所を移動させられた。

それでもペルー政府の見積もりでは、違法採掘によってマドレ・デ・ディオス地域には年間約180トンもの水銀が廃棄されている。

業者は金採掘に当たり、まず水銀と細かい泥を混ぜ合わせると、水銀が金の破片と結びつき、アマルガムと呼ばれる塊になる。その後、アマルガムを燃やせば金だけが残り、水銀は蒸発してガス化する。

ただ、昨年専門誌に掲載された研究からは、このガス状の水銀は植物の葉の気孔を通じて森林に浸透することが分かっている。雨が降ると、そうした葉から森林の地表面へと流れだす。

動物たちは植物や昆虫などを食べて水銀を取り込み、食物連鎖の上位になるほど水銀蓄積レベルも高まっていく。

ある専門家は、動物が飲む水や呼吸する大気からも水銀を取り込む可能性がある、との見方をしている。

いずれにしても水銀が動物たちの健康に及ぼす影響はまだはっきりしていない。この専門家は、生殖機能が阻害されて個体数減少という形で証明されることもあり得るが、もっと多くのデータがそろわなければ答えは出せないと述べた。【8月12日 ロイター】
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【世界の水銀汚染】
アマゾンにおける水銀汚染は以前から懸念されているものであり、また、水銀汚染はアマゾンだけではありません。

“以前多かった工場廃液や有機水銀系農薬による汚染は、現在でも開発途上国を中心に発生しているものの、次第に減少しています。これに対して近年問題となっているのは、金採掘による水銀汚染、廃鉱山からの水銀汚染、そして工場跡地の残留水銀処理問題などです。”【環境省水俣病情報センター「世界の水銀汚染問題」】

****世界の水銀汚染研究の現状****
ブラジル、アマゾン川流域では、1970年代終わり頃から川底やジャングルの堆積土中の砂金採掘が盛んに行われ、金の精練に使用されている金属水銀による汚染が深刻化しています。

タンザニア、フィリピン、インドネシア、中国等の国々でも同様な汚染が起きており世界の関心を集めています。

これまでの研究で、放出された水銀が河川系に入り、メチル水銀に変化して、魚類などに蓄積していることが明らかになっています。

現在、金の採掘に携わる労働者の無機水銀中毒ばかりでなく、下流の住民へのメチル水銀による健康被害も危惧されています。このため、多くの国々の研究者が現地入りし、汚染の実態解明に向けた共同調査研究が熱心に進められています。【同上】
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【アマゾンにおける違法な金採掘の現状】
アマゾンにおける違法な金採掘の現状については以下のようにも。

****人体に有害な濃度が検出 違法採鉱で垂れ流される「水銀」がアマゾンの河川を蝕んでいる****
熱帯雨林に走る無数の「ひび割れ」
上空750m超から見ると、その汚れた滑走路は、どこまでも続くかのような熱帯雨林に走る、一筋のひび割れにすぎない。その周囲を取り囲むのは泥だらけの採鉱場であり、そこから川底へと有毒な化学物質が流れ出ている。

この滑走路の所有者は、ブラジル政府である。保健局が付近の村に住む先住民の人々に接触するには、これが唯一の手段だ。ところが、この滑走路を違法採鉱者たちが横取りし、道路のない地域への小型航空機による機材・燃料輸送に利用している。そして、他の航空機が近づくと、滑走路に燃料容器をずらりと並べて着陸不能にするのだ。(中略)

鉱夫たちは、付近にさらに4本の滑走路を違法に建設した。ヤノマミ族の土地として保護されていることになっているこの地域に、彼らはあまりにも急激に違法採鉱を拡張させたので、犯罪行為が跋扈(ばっこ)して取り締まりもきかず、公務員たちが怖がって足を踏み入れなくなっている。

だがこれは、規模としては小さいほうだ。違法滑走路群は無数にあり、アマゾン熱帯雨林の最奥部にまで金とスズ鉱石の違法採鉱は広がろうとしている。

青々とした密林の風景の中に穿たれたこれらの滑走路は、巨大な犯罪ネットワークの一部であり、大半が摘発を受けないまま操業している。ブラジル政府の規制・執行当局(軍も含めて)が見て見ぬふりをしたり、無能だったりするからだ。

「ニューヨーク・タイムズ」紙が2021年に、ブラジルのアマゾン熱帯雨林内に確認した無認可滑走路は1269本にのぼった。このうちの多くが、ジャイル・ボルソナロがブラジル大統領になってから勃興した不法産業を支えている。

大統領に就任してからのボルソナロは、アマゾンの盗掘を許しているとして、国際的な批判を受け続けている。急激に広がる不法採鉱が、アマゾン川に頼って生活している何百万もの人々に害を与えかねないし、世界最大の熱帯雨林の破壊を加速させることにもなる、と当局筋は話す。

深刻な環境破壊が進む
(中略)2019年に就任して以来、ボルソナロ大統領は、熱帯雨林破壊を加速させる産業を擁護し続け、森林開発の記録的な増加をもたらしている。ボルソナロは、アマゾンでの伐採と採鉱の拡大のために規制緩和をするとともに、保護も縮小している。さらに、連邦の予算と人材を大幅に削減し、先住民・環境系の法執行機関を弱体化させている。

ボルソナロは長らく、先住民の土地での採鉱を合法化することに賛成している。彼は、保護区とみなされていたはずの土地に違法に造成された金坑の視察までやってのけ、ブラジル・アマゾンでの違法行為を支持していることを公に示してみせたのだ。

「試掘の鉱夫たちを犯罪人にするのは間違っている」。ボルソナロは2021年、首都ブラジリアの自宅前で支持者たちにこう主張した。

およそ9万7000平方キロメートル、ざっとポルトガル一つ分の面積をもつヤノマミ族の土地だけでも、3万人の鉱山労働者が政府の保護する地域で違法に働いている、と法執行機関の職員たちは見積もる。

しかし、取り締まりはほとんど行われていない。近年、鉱山労働者の急激な増加が原因で、死者を出すほどの対立が生じたり、先住民コミュニティが移住を余儀なくされたり、急激な森林開発や土地・河川の破壊を引き起こしたりしている。河川については、けた違いの水銀汚染が判明している。(中略)

違法鉱山は、ヤノマミ族に既に甚大な被害を与えている。
ブラジルとベネズエラにまたがった土地に住む、人口ほぼ4万人のヤノマミ族は、アマゾンで比較的孤立して暮らす先住民族の中では最大の部族である。ヤノマミの非営利団体フトゥカラによる最近の研究では、ブラジル側のヤノマミの地域で暮らすおよそ半数が違法鉱山の被害を受けていると推測されている。

この報告書によれば、農産物へのダメージや、耕作放棄に起因する栄養失調、露天掘りの鉱山や切り拓かれて丸裸になった森林地で大量発生する蚊が原因のマラリアの蔓延などの被害があるという。

さらに違法鉱山は、先住民の間に分断を生んでいる。鉱夫たちと共に働く者がいれば、それに反対する者もいるわけだ。今年、2つの集団間で衝突が起こり、2名が死亡し、5名が負傷した。

しかし、保健局の役人が最も心配しているのは水銀被害だ。川底の泥から砂金を分離するのに使われる水銀が、部族の共同体の命綱である川と魚を汚染しているのである。

ブラジル保健省傘下の研究所フィオクルスの報告書によれば、水銀中毒は子どもの発育を阻害しかねないし、中枢神経を冒すため、失明から心臓病までさまざまな病気の原因になりうるという。

最近ブラジル政府が、ヤノマミの土地に流れる4つの川から採取した水を分析したところ、人体に影響ないと考えられている濃度の8600%もの水銀が検出された。

「いくつかの共同体で被害があれば、全体にもあるということです」と(先住民保健局職員の)エクラリは言う。「鉱山はどこにでもあるのですから」(後略)【2022年8月29日 COURRIER JAPON】
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