政治に対する検察の役割が捜査や裁判を用いた権力不正のチェックであるなら、検察官は政治的中立性を常に体現していなければならない。時の政権の意向を汲む、あるいは時の政権の鼻息を窺う(=ご機嫌を取る)、今どきの言葉で言うなら、忖度するようであったなら、政治的中立性など、吹き飛んでしまう。
従来からの検察官人事は検察側作成の人事案を内閣や法務大臣が追認するのが慣例であったということは検察の人事は検察に任せる“検察人事・検察主導論”の体裁を取っていたことになる。つまり内閣、あるいは法務大臣は検察の主体性を重んじて、“検察人事追認機関”に過ぎなかった。
だが、改正案で“検察人事・検察主導論”から“検察人事・内閣主導論”へと舵を切ることになる。内閣による検察人事への介入の始まりを意味する。しかも内閣が定年延長に関わる検察人事に関与する際の判断基準が用意されていない。
判断基準がないということは内閣の判断を縛る基準がないということを意味するから、内閣の自由な判断を許すことになる。改正案によって内閣の自由な判断で検察人事に関与可能となる。当然、検察官の政治的中立性に影響を与えないではおかないことになりかねない。
検察庁法改正案では定年延長に関して、「任命することにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由があると認めるときは」云々と続けて、それぞれ限度を設けて定年延長を認めているが、改正案のどこを読んでも、「内閣が定める事由」の説明がどこにも出ていなくて、理解不明であったが、ネットを検索して、「【全文 文字起こし】検察庁法改正 衆議院内閣委員会2020年5月15日」(犬飼淳/Jun Inukai|note)に行き当たることができ、やっと理解できた。文飾当方
森まさこ(法相)「えー、現行国家公務員法上の勤務延長の要件は改正法によっても緩められておりません。また役職定年制の特例の要件も勤務延長と同様の要件が定められております。
これらの具体的な要件は人事院規則において適切に定められるものと承知してます。改正法上の検察官の勤務延長を・・、や役割特例が認められる要件についても職務遂行上の特別の事情を勘案して当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生じると認められる事由として、内閣が定める事由などと規定しておりまして、改正国家公務員法と比較しても緩められておりません。
かつ、これらの要件をより具体的に定める、内閣が定める事由等についてでございますが、これは新たに定められる人事院規則の規定に準じて定めます。
このように改正法に検察官の勤務延長や役割特例が認められる要件を定めた上で新たな人事院規則に準じて内閣が定める事由でより具体的に定めることとしておりますが、現時点で人事院規則が定められておりませんので、えー、その内容を具体的に、いー、すべて示すことは困難であります」――
「内閣が定める事由」は「人事院規則の規定に準じて定める」が、「現時点で人事院規則が定められておりません」
検察庁法改正箇所をいくら読んでも、「内閣が定める事由」に行き当たらないことが分かったが、法律として未だ確定していない箇所がありながら、その不完全な法案を通そうとしている。
日本の刑事訴訟法248条は、検察官は、〈犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。〉とある。いわば、起訴便宜主義を採用している。
さらに検察庁法第4条は、〈検察官は、刑事(「刑法の適用を受け、それによって処理される事柄」のこと)について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益(「社会一般の利益。公共の利益」のこと)の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。〉とある。
「法の正当な適用」、「公益の代表者」、この言葉自体が既に検察官の全てに亘っての中立性を規定している。
検察官が時の政権から何らかの力を受けて、あるいは何らかの影響を受けて政治的中立性を失い、政権の犯罪に対して起訴便宜主義に走らないよう、検察官は時の政権と政治的心情に於いて共通点があろうとも、相手の政治的立場に対して常に、常に距離を置いていなければならない。
それが政治的中立性ということであり、それを失ったなら、検察の役割である政治権力不正のチェックができなくなる。
当然、政権側も検察及び検察官が自らの政治的中立性を守ることができるように法律で担保しなければならないことなる。その法律がかつては検察庁法であった。上記NHK NEWS WEB記事を見る限り、検察庁法改正案を一体化させている国家公務員法等の一部を改正する法律案が検察及び検察官の政治的中立性を担保することになる法律案には見えない。
では、安倍晋三の検察庁法改正部分に関する国会答弁や記者会見発言等見てみる。
2020年5月12日 衆議院本会議 中島克仁(国民民主党)「最後に検察庁法改正案についてお尋ねします。現在内閣委員会では検察官の定年引き上げを含む国家公務員法等改正案が審議されていますが、国民が強い疑念を抱いている中、ましてや新型コロナウイルス感染症で国民が不自由な生活を強いられている中で強行的に審議を進めるということは絶対あってはならないことであります。 総理にお尋ね致しますが、今回の法改正の動機としてこれまでの『森・加計・桜』など、自らの疑惑を検察に追及されたくないという気持があるのではないのですか。総理には今回の法案から検察官の定年延長及び役職定年の特例を削除することを強く求めます。総理の見解をお尋ねして私の質問は終わります」 安倍晋三「検察官の定年引き上げを含む国家公務員法等改正案についてお尋ねがありました。なお大前提として検察官も一般職の国家公務員であり、検察庁法を所管する法務省に於いて一般法たる国家公務員法の勤務延長に関する規定は検察官にも適用されると解釈されるところでであります。 その上で、今般の国家公務員法等の改正案の趣旨・目的は高齢期の職員の豊富な知識・経験等を最大限に活用する点などにあるところ、検察庁法案の改正部分の趣旨・目的もこれと同じであり、一つの法案として束ねた上でご審議頂くことが適切であると承知をしております。 今般の法改正に於いては検察官の勤務延長に当たっての要件となる事由を事前に明確化することとしており、自らの疑惑隠しのために改正を行おうとしているといったご指摘は全く当たりません。 なお、法案審議のスケジュール等については国会でお決め頂くことであり、政府としてコメントすることは差し控えたいと思います」 |
そもそもからして「検察官も一般職の国家公務員」であり、「一般法たる国家公務員法の勤務延長に関する規定は検察官にも適用されると解釈される」との文言で検察官と一般職の国家公務員を同列に置くこと自体がトンデモない心得違いをしていることになる。
一般職の国家公務員も政治的中立性を求められているが、検察官が裁判を通して政治権力不正チェックの任を与っている点、一般職国家公務員の政治的中立性の比ではない。元々、性格が異なる政治的中立性への要求と見なければならない。
だからこそ、検察官を一般職の国家公務員と同列に置かずに国家公務員法と検察庁法を別建てとした。それを安倍晋三は「一つの法案として束ねた上でご審議頂く」と同列に置いて、かつてので“検察人事・検察主導論”から“検察人事・内閣主導論”へと持っていこうとしている。トンデモない心得違いを侵そうとしている。
このことは検察の政治的中立性を一般職の国家公務員の政治的中立性に近づけることになりかねない。
「改正案の趣旨・目的」を「高齢期の職員の豊富な知識・経験等を最大限に活用する点などにある」と聞こえはいいが、内閣が検察の人事を握ることで検察官の政治的中立性を損なうか、少なくとも影響を受けて、「公益の代表者」たる資格を些かなりともか、大分か、あるいは完全に失うマイナスと比較した場合、「豊富な知識・経験等の最大限の活用」は意味を失う。
つまり、「豊富な知識・経験等の最大限の活用」よりも、検察官の政治的中立性を重要視しなければならない。重要視するためには内閣が検察官人事に関与しないことが何よりの早道となる。
だが、安倍晋三が検察官の政治的中立性よりも検察官の「豊富な知識・経験等の最大限の活用」を重要視していることは検察庁法改正案は検察庁法とは逆の方向を目指していることになる。
「今般の法改正に於いては検察官の勤務延長に当たっての要件となる事由を事前に明確化することとしており、自らの疑惑隠しのために改正を行おうとしているといったご指摘は全く当たりません」
「事由」は改正案そのものには「明確化」されていない。そしていくら後付で明確化しようとも、内閣が検察の人事を握る“検察人事・内閣主導”の体制に持っていく以上、検察官の政治的中立性に影響を与えない保証はない。
安倍晋三は「自らの疑惑隠しのために改正を行おうとしているといったご指摘は全く当たりません」と言っているが、「森友・加計・桜を見る会に関わる不正疑惑の指摘は全く当たりません」とは言っていない。
つまり疑惑を事実と見て、それを隠すための法改正ではないと断わっている。でなければ、「私に掛けられている疑惑は全て事実無根で、それを隠すための法改正など必要のないことで、改正はあくまでも高齢期の検察職員の豊富な知識・経験等を最大限に活用する点などにあります」と答弁するはずである。
「asahi.com」記事に誘導されて知ることになったのだが、森友学園の安倍晋三に掛けられた忖度疑惑が事実なのは、「森友学園案件に係る不動産鑑定等に関する調査報告書(概要版)」(大阪府不動産鑑定士協会/2020年5月14日)の次のような記事内容が証明することになる。
〈本件の各鑑定評価書等に共通するのは、 何れも意図的とは断定できないが、依頼者側の意向に沿うかたちで鑑定評価書等が作成され、結果として各成果品が依頼者に都合良く利用され、あるいは利用される恐れがあったという現実である。
それは、とりもなおさず、国有財産の賃貸、処分の場面においては国民の利益に反し、大阪府私立学校審議会への提出の場面においては、私立学校の経営に必要な財産の価格の把握を誤らせることになり、不動産鑑定評価制度に対する国民・府民からの信頼を毀損する結果に繋がるものと言わざるを得ない。不動産鑑定士が作成する鑑定評価書等は、眼前の依頼者や利用者を満足させるだけではなく、社会からも合理的であるとの評価を受けるものでなければならない。
当然のことながら、不動産鑑定士が意図的に依頼者に迎合し、不当な鑑定評価等を行うことは論外である。しかし、本件では、不動産鑑定士に悪意がないとしても、悪意ある依頼者又は不動産鑑定制度の趣旨や価格等調査業務を正確に理解せず、あるいは十分に理解しない依頼者が不動産鑑定士の作成した成果品の都合のよい部分のみを利用しようとすることに対し、不動産鑑定士があまりにも無防備または慎重さを欠いていることが明らかになった。
今回の国有地売却を巡って表面化した不動産鑑定上の問題に関しては、個々の不動産鑑定士の問題あるいは近畿財務局や森友学園という依頼者側の特異性に起因すると捉えるのではなく、不動産鑑定士が社会から求められている専門性や責務について改めて問い直し、鑑定評価制度の土台となる社会的信頼を維持・ 向上させる契機として活かしていくべきと考える。そのような観点から、今般の調査において、当委員会が検討した今後の方策または検討課題を次のとおり提言する。〉――
〈会計検査院報告書81ページによれば、B不動産鑑定士は、依頼者が提示した地下埋設物撤去・処分概算額には依頼者側の推測に基づくものが含まれ、調査方法が不動産鑑定評価においては不適当であったことなどから、「他の専門家が行った調査結果等」としては活用できなかったという。つまり、不動産鑑定士から見て上記概算額は信用性に欠けるということである。
そうであったなら、依頼者の要望により意見価額を記載するとしても、専門家である不動産鑑定士が作成する鑑定評価書の信頼性を確保するため、地下埋設物撤去・処分概算額は依頼者が提示したものであるとするだけではなく、不動産鑑定士として認識した内容(信用性に欠ける部分がある旨)も明記すべきであったと考えられる。〉――
森友学園理事長籠池泰典は国有地を格安で財務省から買い受けるために安倍昭恵の総理大臣夫人の肩書を利用し、財務省は安倍昭恵の背後にいる首相たる安倍晋三を忖度して、不動産鑑定評価額9億3200万円の国有地を鑑定依頼者たる財務省が提示した「推測に基づく」地下埋設物撤去・処分概算額約8億1900万円を差し引いて、約1億3400万円で売却を受けることになった。
安倍晋三が「30年来の腹心の友」と言って憚らない加計学園理事長加計孝太郎と安倍晋三が首相官邸で2015年2月25日に15分程度の面談を行い、獣医学部新設について話し合ったことが愛媛県文書の1枚に書いてある事実を安倍晋三はマスコミが伝えている「首相動静」を用いて、「どこにも記載されていない。面談の事実はない」と否定、加計学園獣医学部認可自体への自身の政治的便宜付与の疑惑そのものを否定しているが、首相官邸正面エントランスホールで待ち構えている記者の前を通り抜けずに首相執務室に行く通路があって、そこを通った場合はマスコミの「首相動静」に記載されないということを幾つかのマスコミが伝えている。
それを知らないはずのない安倍晋三が全ての面会者を把握できるわけではない「首相動静」に加計孝太郎との面会の記載がないことを利用して加計学園獣医学部認可自体への自身の政治的便宜付与の疑惑を否定することは疑惑の事実を自らが証明していることになる。
このように首相である安倍晋三自身が不正疑惑の渦中にある。もし改正案が国会を通過すれば、検察官の人事を内閣が主導することになり、安倍晋三が在任中は数々の不正疑惑の渦中にあるにも関わらず、必要に応じて検察官人事に手を付けることも可能となる。
その必要に応じてが「疑惑隠し」どころではなく、検察官の政治的中立性を蔑ろにする「疑惑潰し」に利用されない保証はない。
検察庁法改正を含めた国家公務員法等改正案に賛成するなら、閣僚が一人でも不正疑惑の渦中にある場合は、ましてや閣僚のトップたる首相がそのような状況に置かれているとしたら、なおさらのこと、検察の人事に関与することを不可とする条件を付けなければならない。
安倍晋三は5月15日夜、ジャーナリストの桜井よしこのインターネット番組に出演、東京高検検事長の黒川弘務の定年延長を閣議決定したのは、黒川弘務が安倍政権に近いからだとの見方を否定して、「私自身、黒川氏と2人で会ったことはないし、個人的な話をしたことも全くない。大変驚いている」と話したと2020年5月15日付「東京新聞」が伝えているが、例え会ったことがなくても、個人的な話をしたことがなくても、第三者を通した忠誠心の間接的確立は不可能ではない。その第一歩が黒川弘務の定年延長の閣議決定ということもあり得る。
閣議決定に対して大いに感激して涙あられ、安倍晋三センセイの方に足を向けて寝ることはできない、命に代えてでもお守りするといった決意はマンガの世界だけのことではないはずだ。
検察官の政治的中立性を第一義としなければならない。第一義とするためには検察官人事から閣僚や国会議員を距離を置くように仕向けなければならない。検察官が従来どおりに定年を迎えることになったとしても、その「豊富な知識・経験」は後に続く検察官が前々から引き継ぎ、少しずつ積み重ねていき、超えていかなければならない「知識・経験」であって、後輩検察官が少なくとも遜色のない「知識・経験」にまで到達できなかったなら、先輩検察官は後輩を育てなかったという謗りを受ける。後輩を満足に育てることができなかった「豊富な知識・経験」は定年延長で居残ったとしても、大した財産とはならない。
要するに検察人事における第一要件はあくまでも検察官の政治的中立性であって、「高齢期の職員の豊富な知識・経験等の最大限の活用」ではないということである。
新型コロナウイルス緊急事態宣言39県解除の「記者会見」でも、「検察庁法の改正法案は、高齢期の職員の豊富な知識や経験等を最大限に活用する観点から、一般職の国家公務員の定年を引き上げること等に合わせて、検察官についても同様の制度を導入するものであります。
そして、そもそも検察官は行政官であります。行政官でございますから、三権分立ということにおいては正に行政、言わば強い独立性を持っておりますが、行政官であることは間違いないのだろうと思います」と発言しているが、その発言全てが以上当記事に書いてきたように心得違いから発している。
この心得違いは疑惑の渦中にあることから、検察官の政治的中立性どころではない「疑惑潰し」が頭にあって、その中立性を忘却していることから発している産物なのだろう。でなければ、検察官の政治的中立性を第一要件としない検察庁法の改正案など発想するはずはない。
◇元検事総長ら 検察庁法改正案に反対の意見書提出 極めて異例(NHK NEWS WEB/020年5月15日 19時31分) 検察官の定年延長を可能にする検察庁法の改正案について、ロッキード事件の捜査を担当した松尾邦弘元検事総長ら、検察OBの有志14人が「検察の人事に政治権力が介入することを正当化するものだ」として、反対する意見書を15日、法務省に提出しました。検察トップの検事総長経験者が、法務省が提出する法案を公の場で批判するのは極めて異例です。 検察庁法の改正案に反対する意見書を提出したのは、松尾邦弘元検事総長など、ロッキード事件などの捜査を担当した検察OBの有志14人です。 検察庁法の改正案は、内閣や法務大臣が認めれば検察幹部らの定年延長を最長3年まで可能にするもので、意見書では「改正案は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化するもので、政権側に人事権を握られ、公訴権の行使まで制約を受けるようになれば、検察は国民の信託に応えられない」としています。 (「公訴権」公訴を提起し裁判を求める検察官の権能。「公訴」刑事事件について、検察官が裁判所に起訴状を提出して裁判を求めること) そのうえで「田中角栄元総理大臣らを逮捕したロッキード世代として、検察を、時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動きは看過できず、定年延長を認める規定の撤回を期待する」と訴えています。 松尾氏は会見で「定年延長は、今までの人事の流れを大きく変化させる懸念がある。検察官にいちばん大事なのは自主・独立だ」と述べました。 松尾氏は平成16年から2年間、検察トップの検事総長を務め、ライブドア事件や日本歯科医師会をめぐる1億円不正献金事件などの捜査を指揮しました。 検事総長経験者が、法務省が提出する法案について公の場で反対意見を表明するのは極めて異例です。 検察庁法の改正案とは 改正案は、すべての検察官の定年を段階的に63歳から65歳に引き上げるとともに、「役職定年制」と同様の趣旨の制度を導入し、検事正や検事長などの幹部は原則63歳で、そのポストから退くことが定められています。 しかし特例規定として内閣や法務大臣が「公務の運営に著しい支障が出る」と認めれば、個別の幹部の役職定年や定年を最長3年まで延長できるとしています。 このため内閣の判断で定年が65歳の検事総長は最長で68歳まで、役職定年が63歳の検事長は最長で66歳までそのポストにとどまることができるのです。 論点1「政権の人事介入への懸念」 論点の1つは、検察人事への政治介入の懸念です。 検察庁は法務省に属する行政機関で、検察官の人事権は内閣や法務大臣にあります。 一方、検察は捜査や裁判で権力の不正をチェックする役割も担い、政治からの中立性や独立性が求められるため、実際には検察側が作成した人事案を内閣や大臣が追認することが「慣例」となってきました。 日弁連=日本弁護士連合会などは、内閣や大臣の判断で個別の検察幹部の定年延長が可能になれば、検察官の政治的中立性を脅かし、捜査を萎縮させるおそれが強いなどと指摘しています。 論点2「“個別の定年延長制度” 導入の経緯」 個別の検察幹部らの定年延長を可能にする特例規定が改正案に盛り込まれた経緯も論点です。 法務省が去年10月末の時点で検討していた当初の改正案では「公務の運営に著しい支障が生じることは考えがたい」などとして、個別に検察幹部の定年延長を認める規定は必要ないとしていました。 しかし、ことし1月、政府が従来の法解釈を変更し、東京高等検察庁の黒川検事長の定年延長を閣議決定しました。 個別の検察幹部の定年延長の特例規定は、ことしになって改正案に盛り込まれていて、有志の弁護士の団体などは「法解釈の変更による黒川検事長の違法・不当な定年延長を法改正によって後付けで正当化するものだ」としています。 論点3「定年延長を判断する基準」 また、内閣の判断で検察官の定年を延長する場合の判断基準が示されていないことも論点になっています。 元検察幹部は「恣意的(しいてき)な人事の運用ができないよう基準をできるかぎり細かく、具体的に定めることが必要だ」と指摘しています。 現職の検察幹部 さまざまな意見 検察官の定年延長を可能にする検察庁法の改正案について、現職の検察幹部からは、さまざまな意見が出ています。 NHKの取材に対し、現職の検察幹部の1人は「検察幹部が定年を超えても政府の判断で、そのポストにとどまることができるようになれば、政権の検察への介入を許すのではないかという批判は受け止めるべきだ。検察は巨大な権力を持つ組織で個別の定年延長を認めないことが、検事総長や検事長への過度な権力集中を防ぐ抑止効果にもなっていたと思う。新型コロナウイルスの影響が広がる中、急いで審議を進める話ではないのではないか」と話しています。 また、個別の検察官の定年延長を可能にする特例規定が、去年10月末の時点で法務省が検討していた当初の改正案に盛り込まれていなかったことについて、別の幹部の1人は「昨年の秋に法務省が必要ないとしていた規定を、なぜ黒川検事長の定年を延長した後に加えたのか説明すべきだ」と指摘しています。 一方、別の現職の幹部の1人は「今回の法改正で、政権が人事を通じて検察に介入しやくなるという危惧はよく分かるが、検察は常に正義とは限らず、暴走するおそれもある。検察をどのように民主的にコントロールしていくかという視点も必要だ」と話していました。 また検察幹部の1人は「検察の独立性という問題があることは理解できるが、定年延長を使って事件に介入しようとする政治家が、本当に出てくるとはあまり思えない」と話していました。 元東京地検特捜部検事「国民の信頼を揺るがすおそれ」 元東京地検特捜部検事でリクルート事件などを担当した高井康行弁護士は、今回の検察庁法改正案について「政治と検察の制度的なバランスを変える意味があり、国民の検察の独立性への信頼を揺るがすおそれがある」と指摘しています。 高井弁護士は、これまでの検察官の人事は、検察庁法に規定されている懲戒などを除いて罷免されないという「身分保障」と、定年が来れば一律に必ず退官するという「定年制」が政権の介入を防ぎ、2つの制度は検察の独立性を守る「防波堤」の役割を果たしていたと指摘しています。 このため、内閣や大臣の判断で個別の検察幹部の定年延長が可能になる今回の改正案については「一律の定年制という独立性を担保する制度の1つがなくなることになる。政治と検察の制度的なバランスを変える意味があり、検察の独立性についての国民の信頼を揺るがすおそれがある」と話しています。 また、内閣が個別の検察幹部の定年を延長する場合の判断基準が、現時点で示されていないことについては「恣意的な運用ができないような制度的な歯止めが必要で、基準をできるかぎり細かく具体的に定めることが必要だ」と指摘しています。 |