安倍晋三も岡田克也も男性側の意識の改革に触れない代表質問での女性の指導的地位への登用となっていた

2016-01-31 10:06:52 | Weblog

 1月26日の衆議院代表質問で民主党代表岡田克也が女性の活躍について問い質した。

 岡田克也「日本を変えるのは、若者と女性です。2年前、安倍総理は、2020年にはあらゆる分野で指導的地位の3割以上が女性となる社会を目指すと華々しく打ち上げました。しかし、昨年末閣議決定された男女共同参画基本計画では、これを大きく下回る数値目標が並んでいます。朝令暮改とは、まさにこのことです。女性活躍社会、本気でやる気があるのですか。答弁を求めます」 

 女性の活躍の問題にしても、若者の貧困問題にしても、アベノミクスの評価に関しても、安倍晋三の答弁は基本的には同じ内容である。代表質問者によって変わるということはない。ときには同じ内容を原稿を早口に読み飛ばして片付けるときもある。安倍政権の成果として強調するときは声を大きくしてゆっくりと読むといったことをする。

 だから、代表質問者が特別に異なる政策を取り上げない限り、安倍晋三の答弁は似たり寄ったりとなる。

 このことを裏返すと、1人の代表質問者の追及とその追求に対する安倍晋三の答弁をじっくりと吟味すれば、安倍政権の成果・政策がほぼ理解できる。

 岡田克也は安倍政権が「女性の活躍」をアベノミクス成長戦略の中核と位置づけて重点的に掲げながら、女性の指導的地位にしめる割合が目標通りに達成できていない、そのため昨年末に目標値を下げた、言ってみれば公約違反ではないのかと追及した。

 岡田克也が言っていることは次のことである。

 政府は12年前の2003年(平成15)に「社会のあらゆる分野に於いて2020年(平成32年)までに指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度となるよう期待する」との目標を掲げ、取組を進めてきた。 

 安倍政権もこの目標を引き継いで最重要課題とし、特に省庁に対して数値目標を与えて実行を迫った。

 その結果、女性の登用が増えたものの、数値目標通りにはいかず、数値目標そのものを下げざるを得なかった。
 
 どう下げたか、《第4次男女共同参画基本計画閣議決定》内閣府/2015年12月25日)から見てみる。 

 国家公務員の女性登用

 本省課室長相当職に占める女性の割合 2015年(平成27年)7月3.5%→2020年(平成32年)度末7%
 係長相当職(本省)に占める女性の割合 2015年(平成27年)7月22.2%→2020年(平成32年)末30%

 民間企業の女性登用 

 課長相当職に占める女性の割合 2014年(平成26年)9.2%→2020年(平成32年)15%
 係長相当職に占める女性の割合 2014年(平成26年)16.2%→2020年(平成32年)25%

 “2020年(平成32年)までに社会のあらゆる分野で少なくとも30%程度”が軒並み数値目標を下げている。特に安倍政権は省庁に対して尻を叩いていながら、課長相当職というより上級職での女性の登用は30%-7%と23%も目標を少なく見積もっている。

 要するに安倍晋三が陣頭指揮を取って尻を叩いていたことが殆ど役に立っていなかった。

 岡田克也の追及に対する安倍晋三の答弁を見てみる。

 安倍晋三「『女性の活躍』推進についてお尋ねがありました。安倍内閣にとって最大の課題であります。社会のあらゆる分野に於いて2020年までに指導的地位に女性が占める割愛が少なくとも0%程度なるように期待するという目標は2003年に立てられました。

 これを政府の最大課題として強力に推進したのは第2次安倍政権が初めてです。この約3年間で新たに100万人の女性が労働市場に参加し、企業に於ける女性の役員がさらなる増加をするなど、女性の活躍は大きく前進しています。

 昨年12月に閣議決定した『第4とき次男女共同参画基本政策』に示す通り、2020年までに指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%となるよう期待し、政権としてあらゆる努力を行っていくことは当然です。

 その上で女性参画遅れている分野に於いて先ずは採用される女性の割合を高め、指導的立場に相応しい経験を積ませ、将来、指導的地位成長していく女性の候補者を増やしていけば、現実に即した着実な取組みにより、30%目標を達成できる道筋をこの5年間でつけてまいります」(以上)

 相変わらず自身に都合の悪い統計は隠して出さない。そして詭弁とも言うべきゴマカシで成果に見せかける言葉の操りを駆使している。  

 「この約3年間で新たに100万人の女性が労働市場に参加」したと誇っているが、2012年から2015年にかけて採用した100万人の女性が後4年しかない2020年までに指導的地位に到達するだけのスキルを積む能力も、安倍晋三が言う「指導的立場に相応しい経験」を十分に積むことのできる年数もあるはずはないにも関わらず、3年間に於ける100万人の女性の労働市場参加が女性の指導的地位登用に関係があるかのように言うゴマカシは流石である。

 このゴマカシは安倍晋三の本質的な才能なのだろう。

 しかも100万人の雇用増と言っても、女性の場合は正規雇用よリも非正規雇用の方が多い。《正規・非正規就業者数の詳細をグラフ化してみる(2015年)》ガベージニュース/2015/06/12 11:18)から、女性の正規と非正規の雇用者数の割合を示すグラスを載せておく。年次推移を見れば、100万人の採用のうち非正規女性の方が多いことが分かる。 

 当然、非正規雇用の場合、例外は何人かはあるとしても、非正規雇用から課長相当職等の指導的地位に就く女性は限りなく少ないだろうことを考えると、安倍晋三はなおさらに指導的地位登用に無関係な女性まで挙げて、さも関係あるかのように言うゴマカシを働いたことになる。

 女性の指導的地位への登用が日本という国で進まない原因はどこにあるのだろう。原因を把握して、その原因を根絶しないかぎり、あるいは少なくとも改善しない限り、与えられた数値目標を達成するという自己目的化した達成が仕方なしのように進むことになる。

 その原因の多くが女性の家事や育児・子育ての時間を奪う日本独特の長時間労働や、会社の仕事のみならず家事や育児・子育てを含めて、これは女性の仕事、これは男性の仕事と類別する男女性別に応じて固定した役割分担意識が一種の制度化をもたらしている労働構造によって女性を高度な仕事に導き、育てる労働環境となっていないことなどを挙げているが、だとしたら、こうした原因を除くことに注力すべきだが、前者の長時間労働の是正は政府や役所等の上からの強制によってある程度可能ではあるものの、後者となると特に男性側に根付いた日本人の意識となっていることから、その是正は困難を極めることになる。

 その結果、政府は相変わらず数値目標の強制やそれを達成した場合の優遇策に重点を置くことになる。

 その一つの例を次の記事、《女性活用の企業、公共工事の入札で優遇へ…政府》YOMIURI ONLINE/2016年01月25日 14時33分)から見てみる。  

 国交省が2016年度中に開始する公共工事入札優遇策である。公共工事の請負業者を決める際、業者の技術力、工事実績、価格などを点数化する「総合評価落札方式」を採用していて、そこに女性やワーク・ライフ・バランスに関する加点基準を追加し、積極的に取り組んでいれば加点して、落札順位を上げるそうだ。  

 記事は男性優位が根強いとされる建設業界などに意識改革を促して女性の活躍の場を広げる狙いだと解説している。

 具体的には4月施行の女性活躍推進法や次世代育成支援対策推進法に基づいて次の項目を満たした場合には加点するという。
 
 〈1〉時間外労働と休日労働の合計の平均が月45時間未満
 〈2〉採用における男女の競争倍率が同じ程度
 〈3〉女性の育児休業の取得率が75%以上

 だが、こういった上からの機械的な目標設定が果たして女性の指導的地位への登用へと繋がるかどうかである。 

 記事は上記3項目に加えて、「管理職に占める女性の割合が15%以上なら、3点加える」と書いているが、《女性登用に対する企業の意識調査》帝国データバンク/2015年8月13日)を見ると、建設業界に於ける女性管理職平均割合は2014年4.1%、2015年4.8%であって、にも関わらず15%以上を目標とさせるのは政府が当初掲げていた「社会のあらゆる分野に於いて2020年(平成32年)までに指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度」と同様、現実に即しているとは言えない、手の届かない欲張った目標設定と言う他ない。 

 欲張った目標設定であることを証明するもう一つの記事がある。《女性総合職1期の80%退社 雇用均等法30年、定着遠く》47NEWS/2016年1月23日 18時36分)    

 記事は冒頭、〈採用や昇進などの女性差別解消を目指す男女雇用機会均等法が施行された1986年に大手企業に入社した現在50代前半の女性総合職のうち、昨年10月時点で約80%が退職していたことが23日、共同通信の調査で分かった。〉と解説している。

 各業界の主要会社計約100社にアンケートを実施、回答28社約千人分のデータの分析結果だとしている。

 〈均等法施行からことし4月で30年。法施行で企業は重要業務を担い幹部候補生である総合職で大卒女性の採用を始めた。しかし長時間労働などの慣習は変わらず、育児と仕事の両立支援も遅れたため、1期生の多くが職場に定着できなかった。〉としている。

 記事挿入の画像から入社年毎の退社の割合と年間退社率を纏めてみた。

 2015年10月時点の退職者

 1986年入社・29年間で79%退社→1年間に平均約2.7%の退社
 1999年入社・16年間で74%退社→1年間に平均約4.7%の退社
 2007年入社・ 8年間で42%退社→1年間に平均約5.3%の退社

 男女雇用機会均等法に則った女性管理職登用(=指導的地位への登用)でありながら、それを果たした女性管理職者の退社率が年々増加しているという逆行した傾向を見せている。

 記事はこの原因を長時間労働や育児と仕事の両立支援の遅れに置いているが、女性管理職が雇用されている各企業が法律の根拠を待つのではなく、現在の日本の企業の殆どが男性の意識を支配要件として成り立っているのだから、それぞれに採用した女性に対する男性側の意識の在り様に関係していたはずだ。

 いわば女性が男性よりもより多い時間、ときには殆どの時間を担うことになる家事や育児・子育ての持間を男性従業員に対して女性が気兼ねなく相殺できるよう、男女共に長時間労働を是正していく男性側の意識の変革、既に触れたように会社の仕事のみならず家事や育児・子育てのみならず、これは女性の仕事、これは男性の仕事と類別する、特に男性側に支配的な男女性別に応じて固定した役割分担意識の是正に努めて、男性のみが働きやすい労働環境から男女共に働きやすい労働環境に改善を図る男性側の意識の変革を必要条件としなければならなかったが、それができなかった。

 これらができていないから、様々な法律を待ってしても、女性の指導的地位への登用が国際的に少なく、また管理職になったとして退職率が高いということであるはずだ。

 役所にしてもそうだが、日本の企業の殆どが男性の意識を支配要件としているのは日本人の思考様式・行動様式となっている権威主義の一つである男尊女卑の名残りがそうさせているからで、それが男性を上に置いて女性を下に置く男女性別に応じた役割分担の固定化意識となって現れているはずだ。

 岡田克也が代表質問で女性が指導的地位に占める割合の政府目標に届かないことと、その目標そのものの変更を余儀なくされたことを追及し、安倍晋三はその追及には直接答えず、「この約3年間で新たに100万人の女性が労働市場に参加した」アベノミクスの成果を以ってさも女性の指導的地位への登用が進むかのような詭弁でゴマカシたが、岡田克也にしても安倍晋三にしても女性の指導的地位への登用、その基礎となる女性が指導的地位へと進むことのできる正規雇用を出発点とした様々なr労働環境の整備を男性側の意識の改革を主たる問題点として議論すべきだったはずだが、両者共に何よりも肝心なその問題点には触れなかった。

 何よりも重要であるこの問題点を解決することによって女性が指導的地位に占める割合はついてくる。


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甘利明の逃げ切れないと観念した閣僚辞任か、記者会見の金銭受領説明は誰もが見破ることができる単純なウソ

2016-01-29 12:24:26 | Weblog

 千葉県白井市の建設会社からの口利き疑惑・金銭受領疑惑をかけられた安倍内閣の重要閣僚、アベノミクス推進の要経済再生担当相の甘利明が1月28日に記者会見して説明、2回の現金授受を認めはしたが、政治資金として適正に処理するよう指示ことから自身に過ちはないとしながら、秘書が受け取った500万円の内、政治資金収支報告書に未記載の300万円は秘書の私的流用が原因で、その監督責任と政治家としての矜持、今後の国会審議への影響などを考慮したとして閣僚を辞任する意向を表明した。

 その秘書はもう一人の秘書と共に建設会社の総務担当者から飲食や金銭授受の接待を複数回に亘って受けていたことから、その責任を取って辞表を提出、1月28日付で受理したという。

 どうもトカゲの尻尾切りに見える。甘利明自身にしても、逃げ切れないと観念しての閣僚辞任表明に見える。政治家は逃げ切れると計算できたなら、徹底的に逃げるからだ。閣僚辞任で全ての幕引きを謀るつもりではないのだろうか。

 安倍晋三がその夕方のうちに辞任を認めて、公認に石原伸晃を任命した、前以て準備していたからできる迅速過ぎる決定にも逃げ切れないと観念した様子を窺うことができる。

 甘利明は 2013年11月1日に大臣室で50万円を、2014年2月1日に神奈川県の地元事務所で50万円の合計100万円を受け取っている。

 最初の11月1日から次の翌年2月1日まで3カ月経過している。何年も経過しているわけではないから、2度目の面会時に1度目の記憶は一定程度鮮明に甦(よみがえ)るはずだ。

 このことが肝心だから、頭に入れておいて貰いたい。

 この2度のカネの受領に関しての記者会見での説明には誰にでも見破ることができる単純なウソがある。このウソを「週刊文春」の記事が報道している事実とその事実に対応させて甘利明の説明を伝えている「NHK NEWS WEB」記事を利用して見てみたいと思う。

 週刊文春(大臣室)「建設会社の社長と総務担当者が大臣室で菓子折の紙袋の中に封筒に入れた50万円を添えて大臣に手渡した。大臣は50万円の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまった」

 甘利明「菓子折の紙袋をもらったが、退出後に、秘書から中にのし袋が入っていると報告を受けた。政治資金としてきちんと処理するよう指示した。スーツの内ポケットにしまったというのは私の記憶とは違う」

 「私の記憶とは違う」とは「記憶にありません」の体のいい言い替えに過ぎない。

 50万円のカネの入った封筒を直接渡されたわけではない。「菓子折の紙袋」とは紙製の手提げ袋ということだと思うが、その中にのし袋にカネを包んで入れてあって、秘書からそのことを教えられた。

 但し秘書に対して「政治資金としてきちんと処理するよう指示した」

 要するに政治献金だと解釈した。しかも「きちんと処理する」ということはその政治献金を適正な性格のカネと判断していたことにもなる。適正なカネでないと判断していたなら、「政治資金としてきちんと処理するよう指示した」りはしない。

 当然、秘書は甘利明の指示に従って直ちに建設会社に対して領収書を発行したはずだ。

 だが、記者会見の詳報を伝えている「産経ニュース」記事によると、甘利明は「A秘書が大和事務所の経理担当者に持ってきた50万円と、この(大臣室で受け取った)50万円の合計100万円につき、S社からの100万円の寄付として、第13区支部として処理するように指示し、S社宛の領収書を作成してもらい、S社に送ったと思う」と説明している。 

 直ちに領収書を発行すべき適正処理が3カ月後になっている。ここに大きな疑問がある。

 この疑問も問題だが、より問題なのは、菓子折りを入れた手提げ袋に一緒に収めてあったのし袋の中のカネをなぜ適正な政治献金だと判断したのかの疑問である。

 甘利明の記者会見での説明によると、何も告げずに紙袋に封筒入りのカネが入れてあったのである。しかも建設会社とUR(都市再生機構)の間にトラブルが発生していて、その補償問題の仲介を甘利明が地元に構えている大和事務所に依頼していた以降に大臣室で封筒に入れたカネを何に使ってくれとかその使途について一切言わないままに紙袋に入れて手渡した。

 そのようなカネを誰が適正な政治献金だと判断できるだろうか。判断できなければ、政治資金として適正に処理するよう指示はしない。

 だが、甘利明が適正な政治献金だと判断したとしているところに単純なウソを見ない訳にはいかないし、そのウソを簡単に見破らなければならない。

 一般的には大臣室とか事務所とか、あるいは車の中であっても、それが怪しいカネではない、正しい目的からの政治献金であるなら、それを手渡すときはカネの入った封筒を直接差し出して、「些少ですが、政治活動にお役立てください」と使途を言って手渡すはずだ。

 受取る側は「政治資金として有り難く頂きます」、あるいは「政治資金として役立たせて頂きます」とか言って、その場で秘書に領収書を書かせる。政治資金収支報告書には判を押した領収書の控えを添付しなければならないからなのは断るまでもない。

 勿論、秘書が同席していなければ、後からの領収書発行となる場合もあるが、政治資金収支報告書への記載を義務付けられている政治献金の受領であるなら、領収書の発行は、少なくとも3カ月後ということにはならないはずだ。

 カネの受け取りにしても、領収証の発行にしても、このように則るべき適正な手続きに反して「菓子折の紙袋の中に」入れて目的も使途も何を告げずに差出したということなら、こっそりと手渡す必要性を持たせたカネであるということぐらいは海千山千の政治家なら理解できるはずで、それに応えることができなかったなら、返金するか、あるいは政治献金という形に変えることにして、そのように処理するために秘書に追っかけさせてでも領収書を切って渡したはずだ。

 急いで追っかけたが、見つからなかったということなら、不正なカネを受け取ったのではないことの証明に可能な限り早い時期に領収書を整えただろう。

 だが、甘利明はこっそりと手渡す必要性を持たせたカネであることを理解もせずに適正な政治献金だと判断して政治資金収支報告書へ適正に記載するように秘書に指示した。

 単純なウソとしなければ、このような経緯を取ることはない。

 そうである証明として週刊文春の報道の方が妥当性があることを挙げることができる。

 「建設会社の社長と総務担当者が大臣室で菓子折の紙袋の中に封筒に入れた50万円を添えて大臣に手渡した。大臣は50万円の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまった」

 甘利明が袋の中の50万円入り封筒をその場で取り出すことができたのは建設会社の社長か総務担当者からそのカネの趣旨について何らかの説明があったからだろう。補償問題の仲介を頼んでいる都合上、「政治活動に役立たせてください」と言ったとしても、趣旨は政治献金としてではなく、骨折りに対する謝礼、「色々とお骨折り頂いている謝礼です」と説明したはずだ。

 「スーツの内ポケットにしまった」かどうかの事実についてまでは今のところ分からないが、カネの趣旨について何らかの説明があったと見ることができる点で甘利明の単純なウソとせざるを得ない説明よりも妥当性ある説明とすることができる。

 次に大和事務所でのカネの受領について。

 週刊文春「総務担当者がURとのトラブルを説明する資料を大臣に渡した。大臣は資料に目を通したあと、秘書に対し資料は大臣秘書官に預けるよう指示した。その後、大臣は総務担当者が差し出した50万円が入った封筒を受け取った」

 甘利明「総務担当者は以前、大臣室を訪問させてもらったお礼と病気の快気祝として事務所を訪れた。その際、総務担当者からは会社の敷地から産業廃棄物が出て困っているという話をされた。

 秘書に対し産業廃棄物などに関する資料を東京の秘書に預けるよう指示した。その後、総務担当者から菓子折の入った紙袋と封筒を受け取った。これについて大臣室訪問の謝礼と病気を克服して頑張れという政治活動の応援の趣旨だと受け取り秘書に対して封筒に入っていた現金を適正に処理するよう指示した」

 週刊文春の報道では建設会社の総務担当者が直接甘利明に50万円入り封筒を手渡したことになる。当然、社長なり、総務担当者なりがカネの趣旨を告げたはずだ。告げもせずに黙って差し出すはずはない。

 一方、甘利明のこの説明だけではその場で菓子折の入った紙袋からカネ入りの封筒を確認したのか、一行が退出してから確認して、秘書に適正処理を指示したのかどうか分からないが、「大臣室訪問の謝礼と病気を克服して頑張れという政治活動の応援の趣旨だと」カネの趣旨を自分で予想しているところを見ると、大臣室と同じパターンで相手が封筒に入れたカネについて何も告げずに菓子折りの入った紙袋として差出したことになる。

 紙袋の中に封筒入りのカネが入っていることを告げていたなら、カネの趣旨についても何か告げることになる。何も告げていないから、甘利明はその趣旨を自分から予想しなければならなかった。

 いわば大臣室に続いて二度までもこっそりと手渡す必要性を持たせたカネをこっそりと受け取ったことになる甘利明の説明ということになる。

 少なくとも大臣室で一度気づかないままにこっそりと手渡され、同じ菓子折りの入った紙袋を大臣室と同じパターで二度まで渡されたなら、カネ入りの封筒の存在を予測するだけの学習能力は持っていたはずで、事実政治資金規正法に則って適正に処理する判断を持っていたなら、二度目はこっそりを避けて、自分で中身を改めるのは憚れるとしたら、秘書に改めさせて、カネ入りの封筒を見つけた場合は、自分の方から「政治献金ですか」と聞くぐらいの良識は働かせたはずだ。 

 だが、そうしたことは一切しなかった。

 受取るカネの適正な趣旨を直接確かめてこそ、そうすることが世間一般の極く当たり前の常識なのだが、そのカネの適正な処理という正しい関係が成り立つ。不正な趣旨のカネを政治資金規正法に則って適正に処理するいう関係は法律には違反していなくても、道義に反する行為となる。

 勿論、不正なカネを収支報告書に載せずに使うというのは法律上も道義的にも最悪である。

 当然のこととして、カネの趣旨を直接確かめずに自分に都合のいい趣旨をつくり上げたこのような金銭受領と秘書に対する適正処理の指示との間には矛盾が横たわることになる。

 この矛盾は事実を事実通りに正直に説明できたなら決して生じることのない矛盾だから、その反対の説明できないための単純なウソがそうさせているものであって、誰もが見破ることができなければならない。

 甘利明は辞任の理由として次のように発言したと上記「産経ニュース」が伝えている。

 甘利明「閣僚のポストは、重い。しかし、政治家としてのケジメをつけること、自分を律することはもっと重い。政治家は結果責任であり、国民の信頼の上にある。たとえ、私自身は全く関与していなかった、あるいは知らなかった。従って、何ら国民に恥じることをしていなくても、私の監督下にある事務所が招いた国民の政治不信を、秘書のせいと責任転嫁するようなことはできません。それは、私の政治家としての美学、生きざまに反します」――

 「私自身は全く関与していなかった、あるいは知らなかった」と自分を正しい人間としている。これを事実と取るか、誰もが見破ることができる単純なウソと取るか。

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安倍晋三の「1億総活躍社会」を信じますか 代表質問答弁でアベノミクス成果を騙し絵で塗り固める男ですよ

2016-01-28 11:01:18 | 政治

 1月22日の安倍晋三の施政方針に対する1月26日の民主・維新・無所属クラブ岡田克也の代表質問でのアベノミクスの成果についての問いに対して代表質問への答弁という、真剣勝負でなければならない大事な場で安倍晋三は事もあろうか内閣府の統計を自分に都合よく解釈、騙し絵の手口で塗り固めたバラ色の成果としていた。

 岡田克也「アベノミクス3年の成果として、安倍総理は、雇用が増え、給料が上がったなどと誇らしげに語っています。確かに、数字の中には評価できるものもあるでしょう。しかし、大多数の国民の実感は異なります。多くの調査結果で裏付けられているように、生活は厳しくなっているというのが現実です。安倍総理、謙虚に国民の声に耳を傾けるべきです。答弁を求めます」(民主党HP)  

 安倍晋三「アベノミクスの評価についてお尋ねがありました。

 アベノミクス3本の矢の政策により、もはやデフレではないという状況をつくり出す中で就業者が110万人以上増加し、賃上げ率は2年連続で大きな伸びとなり、パートで働く方々の時給は22年間で最高の水準となるなど、雇用・所得環境は着実に改善しております。

 確かに例えば厚生労働省が実施した『平成26年国民生活基礎調査』に於いて生活意識の状況が苦しいと感じる世帯の割合が上昇傾向となっていることは承知しています。

 他方昨年8月に公表された内閣府の「国民生活に関する世論調査」に基づけば、安倍政権発足後の生活意識と民主党政権時代の意識と比較して現在の生活について『満足』と回答した割合は70.5%へと民主党政権時代よりも5ポイント上がり、『不安』と回答した割合が28.5%へと民主党政権時代よりも下がっております。(拍手が起きる)

 いずれにせよ、景気回復を実感して頂けるよう、キメ細かく、目配りをしながら、経済の好循環をしっかりと回して参ります」――

 騙し絵は視覚的な錯覚を利用して目に見える人物や風景の中に別の存在を隠していたり、現実には存在しない物を存在するかのように見せる一種のトリックだが、安倍晋三のアベノミクス成果の誇示には騙し絵のような錯覚の利用によって貫かれている。

 岡田克也は多くの調査が大多数の国民の生活実感は厳しくなっていると出ているとアベノミクスの成果に疑問を呈した。

 対して安倍晋三はで就業者が110万人以上増加したとか、賃上げ率が2年連続で大きな伸びたとか、パートの時給が22年間で最高の水準になったとか、これらの統計をアベノミクス成果の根拠としているが、いくら統計であったとしても、成果と見えるのは錯覚に過ぎない。

 なぜなら、安倍晋三が掲げるこれらの統計を以てしても大多数の国民の生活実感は厳しくなっていると感じていることに変わりはないからだ。

 もし厚生労働省調査で国民の多くが生活実感が良くなっていると回答したなら、安倍晋三のアベノミクス効果は錯覚でも何でもなくなって、正真正銘の事実とすることができる。

 統計がそうなっていない以上、安倍晋三は騙し絵のような錯覚を用いて、成果でもない統計をさも成果を示す統計であるかのように誇示したに過ぎないことになる。

 このことは個人消費が依然として低迷状態にあることが証明している。

 例えばパートの時給が「22年間で最高の水準」になったことをアベノミクス成果の大きな一つとしているが、元々の時給が他の賃金と比べて極端に低かった場合、「最高の水準」は数字の上だけのことで、パート従業者にとっては「最高の水準」という言葉は響いてこないはずだ。雀の涙程度といったところが正直な気持ということもあるだろう。

 だが、安倍晋三の手にかかると、騙し絵のような錯覚を醸し出して、現実には存在しない成果が現実に存在するかのように見せることになる。

 就業者110万人以上の雇用増にしても、全てが正社員なら、給与を安心して消費に振り向けることができるが、3人に1人が非正規であり、正規と非正規間、男女間共に300万円以上もある賃金格差は決して全体の消費を押し上げる要因とはならないのだから、これらを乱暴にも一緒くたにして110万人以上の雇用増とすること自体がそこに見なければならない実際の姿を隠す騙し絵そのものである。

 賃上げ率2年連続大きな伸びにしても、ピーク時の1997年より平均年収で52万円以上少ない2年連続増に過ぎない。平均以下となると、殆増えていない、あるいは全然増えていない被雇用者も多く存在することになる。

 だが、全てを一緒くたにして2年連続の伸びだと全ての被雇用者の給与が増えたことのようにアベノミクス成果を言うのは見せなければならない実態を見せないで成果を誇る騙し絵の類いに堕する。

 当然、与党席からだろう、大きな拍手が起きたが、内閣府の「国民生活に関する世論調査」を持ち出して、民主党政権時代よりも安倍政権発足以後の国民の生活意識の満足度が増えている、不安感が減っているからといって、大多数の国民が現在実感している生活の厳しさを払拭するわけではないから、それを以てアベノミクスの成果とするのはお門違いというもので、騙し絵でそうだと見せている成果であることに変わりはない。
       
 しかも内閣府の調査をよくよく見ると、正規男性の「満足」小計71.6ポイントの内「まあ満足している」が62ポイント、非正規男性の「満足」小計67.8ポイントの内「まあ満足している」が62.1ポイントで、ここにも正規と非正規の格差があるが、双方共に“程々の満足”に過ぎない。

 この傾向は正規女子と非正規女子についてもほぼ同じ傾向となっている。

 単に満足度の小計を正々堂々と真正面に掲げて、それが“程々の満足”によって殆ど占められていることを隠して、手品師のようにアベノミクスの成果と見せるのも騙し絵の手口そのものである。
         
 厚労省の調査(画像にリンク)を見ても、生活が「大変苦しい」、「やや苦しい」が年々増えていて、逆に生活の良好な状態が年々減っている。

 こうして見てくると、岡田克也の代表質問に対する安倍晋三の答弁は“程々の満足”を全て“正真正銘の満足”であるかのように統計を自分に都合のいい形に見せる騙し絵の手口で塗り固めてアベノミクスの成果を誇示した答弁に過ぎないと言うことができる。

 騙し絵のトリックに長けたこのような政治家がどのような政策を掲げようとも、それが「1億総活躍社会」だとしても、同じく騙し絵で見せる、決して信用できない成果しか期待できないはずだ。

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安倍晋三の岡田克也代表質問に対する答弁に見る甘利明の任命責任を取らないための取っておきの発言

2016-01-27 10:01:26 | 政治

 1月26日の衆議院本会議代表質問で民主党代表岡田克也の甘利明の口利き疑惑・金銭受領疑惑に関するその任命責任を問われて、安倍晋三は巧妙な詭弁で言い抜けた。文飾は当方。

 岡田克也「まず冒頭、極めて残念なことを安倍総理に申し上げなくてはなりません。甘利大臣の政治とカネをめぐる問題です。今日に至るまで、国民に対するまともな説明は一切なされていません。内閣の重要閣僚であり、安倍総理の盟友中の盟友と言われる甘利大臣です。任命責任はもちろん、安倍総理自身にも重大な説明責任があります。逃げずに、その責任を果たさなければなりません。安倍総理の答弁を求めます」(民主党HP・2016年1月26日)  

 安倍晋三の答弁は「衆議院インターネット審議中継」から。

 安倍晋三「閣僚の説明責任・任命責任についてお尋ねがありました。組閣に当たって適材適所の閣僚に任命し、国政を力強く前進させる責任はもとより総理大臣たる私にあります。

 政治資金等の問題については内閣、与党、野党問わず、一人一人の政治家が政治家としての責任を自覚し、国民に不信を持たれないよう、常に襟を正し、説明責任を果たしていかなければならないと考えております。

 甘利大臣に於かれても先ずは事実関係をしっかりと調査し、国民に対してきちんと説明責任を果たして頂きたいと思います」

 安倍晋三は甘利明はきちんと説明責任を果たすべきだと言っているのみで、報道されている口利き疑惑・金銭受領疑惑が事実そのとおりであったなら、任命責任者として自身が何らかの責任を取るとは一言も言っていない。

 また、甘利明は疑惑が事実なら、閣僚を辞任すべきだとも一言も言っていない。

 今後考えられる展開は先ず最初に、いつものことだが、何らかの「政治とカネ」の問題疑惑を持たれた閣僚などが疑惑に関わる説明を行い、それが例え野党・国民が納得できない説明であった場合でも、それを以て十分な説明責任を果たしたとするパターンに甘利明にしても持ち込む手に出るだろう。

 安倍晋三も他の閣僚も「十分に説明責任を果たした。もう問題はない」と一大合唱に出て、甘利明を防護する。

 それでもし野党は兎も角、世論が納得しなかったり、国会運営に無視できない支障が出た場合、甘利明本人が辞任を申し出て、安倍晋三が慰留したが、本人の意思が固いために受理したと、あくまでも本人による自発的辞任の形を取って、恰も甘利明本人だけの問題であるかのように見せかけるに違いない。例えマスコミが事実上の更迭だ、何だと騒ごうと。

 それでも安倍晋三が首相としての任命責任を問われた場合、取っておきの手に出る。

 「例え『政治とカネ』の問題で金銭疑惑を抱えていたとしても、経済閣僚としての甘利明の優れた能力は誰もが認めるもので、そこを見込んで任命した。但し一人の閣僚の適材適所の任命に過ちがあったからと言って、私自身が任命責任を取って総理大臣を辞任した場合、国政を力強く前進させる責任まで政権途中で放棄することになり、その責任は一人の閣僚の任命の過ちに対して取らなければならない責任と比べることはできない」――

 いわば国政を力強く前進させる責任こそ何に増しても優る大事なことだという手に出る。

 安倍晋三自身の任命責任が問われる場面が出てきた場合に備えた「組閣に当たって適材適所の閣僚に任命し、国政を力強く前進させる責任はもとより総理大臣たる私にあります」の言葉であって、決して甘利明の口利き疑惑・金銭受領疑惑が事実と判明した場合に自身が任命責任上何らかの責任を取ることを示唆した言葉ではない。

 主たる主意はあくまでも国政を担い続けることを宣言した言葉であって、任命責任云々が生じた場合に取っておくために代表質問の答弁に仕入れていおいた言葉ということなのだろう。ストレートな物言いからかけ離れた巧妙な詭弁以外の何ものでもない。

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高村の「罠を仕掛けられた感がある」は甘利が口利きでカネを受け取る政治家であることの証明としかならない

2016-01-26 10:20:54 | 政治
 

 口利きとその見返りにカネを受け取ったと週刊誌に報じられて金銭疑惑の渦中にある経済再生担当の甘利明がスイスで開かれたダボス会議に出席、日本時間の1月23日夜、アメリカのシンクタンクの関係者などと共に基調講演後に行われるパネルディスカッションに出席、金銭疑惑報道について釈明している。

 甘利明「大変お騒がせしている。私自身、もう少し明るい気持ちでここに来たかった。安倍内閣の重要閣僚の1人として、安倍総理大臣にご迷惑をおかけしていることは、本当にじくじたる思いがある」(NHK NEWS WEB) 

 ダボス会議とは約2500名の選ばれた知識人やジャーナリスト、多国籍企業経営者や国際的な政治指導者などのトップリーダーが一堂に会し、健康や環境等を含めた世界が直面する重大な問題について議論する場だと「Wikipedia」が紹介しているが、国際シンポジウムであるそのようなダボス会議のパネルディスカッションの場で一国の大臣が自身の金銭疑惑について弁明しなければならない。

 問われもしないのに自分から話すはずはないし、その必要もないはずだから、外国のジャーナリストか誰かに問われたのだろう。

 2日前の当「ブログ」に、安倍晋三が口利き疑惑・金銭疑惑を晴らさないうちに甘利明の2月4日のTPP署名式に参加させることを決めたことについて、〈出席後、疑惑報道が事実とされたなら、疑惑の渦中にあるままの大臣を会議に出席させたことを安倍内閣の失態と糾弾されるだろうし、汚いカネを受け取った大臣が署名した日本のTPPという事実が記録されることになって、日本の恥として記憶されかねない。〉と書いたが、国際的なディスカッションの場で早くも名誉とは決して言えない不名誉な口利き疑惑・金銭疑惑を話題にされた。 

 一点の曇りもなく説明責任を果たすことができなければ、国会審議の場だけではなく、TPP署名式を含めた国際会議でも釈明や弁解を引きずることになるに違いない。

 自分は間違いなくシロだとする説明責任を果たすまでは口利き疑惑・金銭疑惑にまみれることになるこのような甘利明を自民党副総裁の高村正彦が擁護した。

 高村正彦「罠を仕掛けられた感がある。その罠の上に、周到なストーリーがつくられている。記事を裏付けるメモや録音データなどがある。

 甘利氏が説明責任を果たす。その言葉を聞いた上で判断されるべきことだ」(YOMIURI ONLINE/2016年01月24日 09時09分)  
 
 「記事を裏付けるメモや録音データなどがある」と言っていることは口利きを依頼し、カネを渡した人物が週刊文春にその情報を売り込んだとき、自分の身を守る手段として全て事実であると証明することのできる両者間の会話録音、面会記録、領収書とそれぞれがどのような領収書なのか、説明をつけたメモを保管してあると週刊誌に話していることを指す。

 高村正彦は甘利明を陥れるために仕掛けたシナリオにまんまとハマってしまった謀略ではないのかと謀略説を持ち出すことで謀略側に加害者の印象を持たせて、そのことが対比的に甘利明に被害者の印象を与えることになることから、そうすることで野党や世論の追及を和らげたいと欲したのだろう。

 自民党副総裁高村正彦の折角の努力だから、甘利明を陥れるために仕掛けた謀略説を取ろう。

 口利きは千葉の建設会社がUR(独立行政法人都市再生機構)との間で道路建設をめぐりトラブルが発生、その補償問題での口利き依頼だという。トラブルとは建設会社にとっては正当とは言えない何らかの被害をUR側から受けたとしていることであろう。

 当然、その口利きは建設会社の要請を受けて建設会社の利益を図る性質の行為ということになって、相手が週刊誌に「口利きの見返りとして甘利大臣や秘書に渡した金や接待で、確実な証拠が残っているものだけでも1200万円に上ります」と告発している以上、口利きが成功した場合に建設会社が補償として受け取ることができると胸算用した利益は1200万円に数倍する金額でなければならない。

 1200万円相当の補償を受けるための口利き料に1200万円も使うはずはないからだ。5倍や10倍は胸算用していたかもしれない。

 であるなら、口利きを依頼された時点でどの程度の被害規模・被害金額に対してどの程度の金額の補償を求めているかを確認したはずで、その要請をUR側に持ち込んだときも、「これこれこういう話があるが」と、同じ確認をしているはずだ。

 勿論、UR側が金額に納得するかどうかは別問題である。少なくとも単価がどの程度の工事でどの程度の被害を受け、その補償を求めているという事実については確認したはずで、確認できたとき初めて補償についての口利きという行為を開始することができる。

 確認できなければ、口利きに動くことはできない。

 つまり甘利明側が口利きに動いたということはそこに建設会社とUR間に補償問題が浮上していることを確認していたことになる。

 口利きに動き、口利きの時々に接待を受けたり、大臣室で封筒に入れた10万円のカネを甘利明は受け取ったり、占めて1200万円のカネが建設会社から甘利明側に渡った。

 ところがその口利きを建設会社側は週刊誌に内情を暴露する形で告発した。一般的に考えると、その口利きに対して建設会社側が甘利明側から何らかの不利益を被ったために仲間割れが生じて告発することになったと考えるのが自然だが、高村正彦の望み通りにそれが建設会社が甘利明を陥れるために仕掛けた謀略の疑いとすることにする。

 事実謀略だったとしても、口利きを依頼され、業者の利益を図るためにその口利きを引き受けて動き、その代償として接待を受けたり、事務所だけではなく、甘利明自身にしても大臣室でカネを受け取った数々の行為は、そういった類いの口利きをしてカネを受け取る政治家であることを証明していて、謀略如何に関係しないはずだ。

 つまりそのような政治家である以上、謀略だから乗った、謀略だから乗らなかったということではなく、謀略であろうとなかろうと、そうと気づいていなければ、乗ったということである。

 自民党副総裁高村正彦の甘利明を被害者に仕立てる意図の「罠を仕掛けられた感がある」の発言は甘利明が口利きで動き、カネを受け取る政治家であることの改めての証明としかならない。

 この証明は高村正彦がいくら大事な身内だからと言って、そのような発言をするのは贔屓の引き倒し(贔屓が度を越えて、却ってその人を不利にすること)に過ぎないことに気づかない頭の程度をしていることの証明でもあろう。

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文科相馳浩の「公営住宅のある学校の家庭は混乱」発言は公営住宅住人に対する人間蔑視・人間差別

2016-01-25 11:20:15 | Weblog

文部科学相、元体罰教師の馳浩が1月23日、茨城県つくば市で行った講演での発言を2016年1月23日付「asahi.com」記事が伝えている。 

 この講演は全国の市区町村教育委員会の教育長約60人を対象にしたセミナーで行われたものだそうだ。

 このような発言ができるのだから、元体罰教師らしい真の教育者なのだろう。あるいは安倍晋三率いる内閣の一員に相応しい、その精神を受け継いだ温情味のある人間理解者でないはずはない。

 馳浩「公営住宅のある地域の小中学校は、家庭が混乱している。子どもたちも日常生活が混乱しているのだから、なかなか授業に向き合える状況にはない。

 朝ご飯、晩ご飯も食べさせてもらえなかったり、洗濯さえしてもらえなかったりする子どもがいっぱいいる。風呂にも入れてもらえないという状況だ。みなさんは現場で(教員)人事に配慮をしておられると思う。我々は大問題だと思っている」

  講演後、朝日新聞の取材に対して――

 馳浩「教育困難な学校には適切な教員配置が必要だとの趣旨で申し上げた。公営住宅にお住まいの方々、ご家庭を軽んじるような意図はない。誤解を生むようであるなら申し訳ない。今後言葉には配慮したい」・・・・・

 馳浩が言わんとしたことは、公営住宅の子どもたちは親が規律がなくて朝ご飯や晩ご飯を食べさせて貰えなかったりして家庭が混乱しているから、日常生活も混乱していて満足に授業に向き合うことができない、親の規律のなさが子どもの規律のなさとなっていると公営住宅の親と子どもたちの状況を述べ、教育委員会がそういった公営住宅の家庭を抱え込んだ小中学校の教員配置は色々と配慮しなければならないから大変だし、文科省としても大問題であると認識しているということなのだろう。

 要するに公営住宅の親から子へ伝染病のように影響している両者それぞれの規律のなさ(=家庭の混乱)を原因としたそのような家庭の子どもたちの授業が身に入らない状況を教員配置という人事問題でのみ見て、配置に費やす労力は大変だという問題意識で把えていることになる。

 と言うことは、公営住宅の家庭の混乱(=親の規律のなさとそれを受け継いだ子の授業の場に於ける規律のなさ)は由々しき問題だとはしているが、どうにかしなければならないといった問題意識として把えてはいないことになる。

 そのような問題意識を持っていたなら、教員配置の大変さのみを訴えはしない。

 公営住宅の家庭の混乱(=親の規律のなさとそれを受け継いだ子の授業の場に於ける規律のなさ)は授業が身に入らない単なる原因とするのみで、そこにはどうすべきかとする問題意識は存在しない。

 さすが安倍晋三に文科相に抜擢されただけのことはある真の教育者なのだろう。人間をこよなく理解していなければ、教員配置の煩わしさだけを考えることはしない。

 家庭の混乱の原因はどこにあるのだろうか。親が規律をなくし、そのせいで子までが規律をなくしていく原因。義務教育だから毎日学校に行くという慣習から惰性で学校に行き、同じ慣習から惰性で授業を受けて、自分から学ぼうとする規律性(=規律ある態度)を持つことができない原因。

 子どもが親に「朝ご飯、晩ご飯も食べさせて貰えない」原因は殆どの場合、親に朝食・夕食を用意する持間がないからだろう。持間があって、用意しない親が存在したとしても、ごくごく少数派であるはずである。

 その根拠を2001年の《公営住宅管理に関する研究会報告書 参考資料》から挙げてみる。文飾は当方。

 〈公営住宅の入居収入基準の月額は20万円(4人世帯で年収約500万円に相当)以下となっており、既入居世帯の収入(月額)ごとの分布状況は20万円以下の世帯が全入居世帯の約84%を占めている。また、一番低い収入(月額)区分である12.3万円以下の世帯は年々増加しており、平成13年度末では全入居世帯の約68%を占めている。一方、入居収入基準の月額が20万円を超える世帯も平成13年度末で約16%存在している。〉

 〈一番低い収入区分の月額12.3万円以下の世帯が平成13年度末で全入居世帯の約68%を占めている。〉

 資料は2001年と些か古いが、日本は長い不況時代にあったから、給与は殆変わっていないはずだ。月額12.3万円以下の世帯は例外は少しはあるかもしれないが、夫婦2人の共稼ぎとは考えにくい。

 母子家庭が殆で、父親一人世帯が少しは混じっているかもしれない。父親が子育てを担いながら働くとなると、日中8時間、そして2時間程度の残業といった規律ある定職に就くことは子育ての時間が取られて難しく、選択せざるを得ない時間の自由が効く仕事は給料が安く、しかも肉体労働といった誰もが就きたくない仕事しか残されていないということがよくある。

 慣れない肉体労働で身体が慢性的に疲れてくると、疲れを少しでも取るために生活の生命線である仕事の手を抜くことはできず、自ずと子育てや家事の手を抜くことになっていったとしても不思議はない。

 母子家庭にしても事情は大して変わらないだろう。子育てまでしながら、何のためにこんな安い給料で大変な仕事をしなければならないのだろうと疑問が先に立つようになったら、仕事の手を抜いたら仕事を失うことになるから、家事や子育ての手を抜いてしまうことになる。

 要は大本の原因は極度の低収入、あるいは貧困であることにあるはずだ。

 公営住宅自体が低収入世帯や貧困世帯が自然と寄り集まる一種の吹き溜まりの役目を果たしている。カネに余裕のある者が誰が好き好んで制約の多い低家賃の公営住宅に入居するだろうか。

  《悪化する日本の「貧困率」》(nippon.com/2014.08.29)なる記事には、〈厚生労働省が2014年7月にまとめた「国民生活基礎調査」によると、等価可処分所得の中央値の半分の額に当たる「貧困線」(2012年は122万円)に満たない世帯の割合を示す「相対的貧困率」(低所得者の割合を示す指標)は16.1%。これらの世帯で暮らす18歳未満の子どもを対象にした「子どもの貧困率」は16.3%、共に過去最悪を更新。〉、〈日本人の約6人に1人が相対的な貧困層に分類〉されていて、日本のこの貧困率は〈OECD諸国で4番目に高い貧困率〉だという記述がある。 

 文科相の馳浩は子どもたちの教育行政を与る身としてこういった統計を頭に入れているはずだ。いや、常に頭に入れて置かなければならない。

 そしてこのような貧困層が経済格差と教育格差の連鎖の影響を最も強く受け、単身世帯を含めた貧困世帯が主として行政の援助を受ける形で低家賃の公営住宅に吹き寄せられていく傾向にあるなら、公営住宅の家庭の混乱(=親の規律のなさとそれを受け継いだ子の授業の場に於ける規律のなさ)は格差是正、あるいは底辺世帯の収入のアップを解決策としなければならないことになる。

 教員の配置のみで片付く問題ではない。

 文科相を務めていながら、教員配置にのみ問題意識を持って、「大問題だ」と深刻ぶっている。文科相の資格があるのだろうか。

 本質的解決策が社会や家庭や子どもの存在性や教育を蝕んでいく格差の是正にありながら、安倍晋三のアベノミクスは格差是正どころか、逆に格差拡大に拍車をかけて低所得層に打撃を与えている。当然、公営住宅の家庭の混乱(=親の規律のなさとそれを受け継いだ子の授業の場に於ける規律のなさ)は悪化傾向を辿ることになる。

 このことにこそ安倍晋三共々目を向けるべきであるにも関わらず、教育行政を与る馳浩は教育に於ける由々しい問題として横たわっているこのような公営住宅の家庭の混乱を表面的に眺めるだけで、教員配置の面からしか、つまり教育行政の面からしか問題意識を持つことができなかった。

 この理由は国政を担う閣僚として極度の低収入や貧困に喘ぐ親や子どもをそれぞれに個を成している国民の一人であると見ることができないからだろう。見ることができたなら、安倍晋三にしてもいの一番に格差是正に取り組むはずだ。

 散々格差を拡大させておいて、ここに来て格差是正策を打ち出したのは相対的貧困率を見ても分かるように格差が最悪の状態に差し掛かりつつあるからだろう。だが、アベノミクスは上に厚く、下に薄い国家主義を基本構造としているのだから、格差縮小よりも格差拡大の方向により強く力が働くことになる。破れた服に継ぎ接ぎを縫い込むだけのことしかできないはずだ。

 日本国憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有す」と規定している。

 公営住宅の家庭の混乱を問題意識に置くこともなく言うことで図らずも露わにした国民一人ひとりを等しく見ることができない馳浩の大臣としての感受性は、どう弁解しようとも、公営住宅の住人を下に見ていなければ出てこない感覚であろう。

 公営住宅の住人に対するそれとない人間蔑視意識・人間差別意識を見ないわけにはいかない。

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安倍晋三の金銭・口利き疑惑を抱え、身の潔白を証明できていない甘利明をTPP署名式出席を先に決める感覚

2016-01-24 10:36:21 | 政治

 安倍晋三の腰巾着官房副長官の世耕弘成(ひろしげ)が1月23日、長野市で講演、甘利明が千葉県の建設会社からカネを受け取った週刊文春で報道された「政治とカネ」、金銭疑惑と口利き疑惑について発言した、その内容を「NHK NEWS WEB」記事が伝えている。 

 世耕弘成「甘利大臣は『1週間後に自分のことは調べて説明責任を果たしたい』と言っており、きちんと説明責任を果たして頂けると思う。安倍総理大臣は、甘利大臣にはきちんと事実関係を調べて貰いながらでも、やるべき仕事をやってもらうという立場だ」

 記事解説によると、来月2月4日にニュージーランドで行われるTPP=環太平洋パートナーシップ協定の署名式に甘利大臣を派遣する方針を示したものだという。

 TPPの署名式だけではない、スイスで開かれている世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」に出席のため、金銭疑惑と口利き疑惑を抱えたまま1月23日未明、政府専用機で羽田空港を出発している。

 甘利明は1月21日午前の参院決算委員会で2013年11月に建設会社の総務担当者から大臣室で甘利明自らが50万円入りの封筒を受け取ったと報じられている金銭疑惑を追及されたとき、大臣室での面会を認めた上で、「記憶が曖昧なところがあるので、きちんと整理をして説明したい」と答弁、1周間の猶予を求めた。

 「カネを受け取った記憶はございません」、あるいは「そのような事実はありません」と即座に否定したわけではない。即座に否定できるだけの事実を記憶していなかったことを意味する。

 記憶が曖昧なら、曖昧であることの正当性を提示しなければならない。

 大臣室で初めての人物との初めての面会ということは年に数え切れないくらいにたくさんあるだろう。初めての面会からその後何回か面会を繰返していく人物、あるいは初めての人物であっても甘利明にとってその面会が重要となる人物以外は記憶に残らなくても無理はない。

 だが、封筒に入った50万円を受け取ったかどうかは、差出した人間が別の意味で重要人物となるから、記憶に残るはずだ。報道通りなら、その50万円を受け取った場合、そのカネは不正授受の性格を持つことになるから、いやでも記憶することになる。

 いわば大臣室でカネを差出したのが総務担当者であったとしても、大臣の甘利明と建設会社は贈収賄の関係を結んだことになる。「記憶が曖昧」とすることは事実隠蔽以外に許されない。

 当然、封筒に入った50万円のカネを受け取ったことがあるのか、受け取ったことはなかったのか、その事実の記憶は差出した相手が誰であったかは忘れたとしても、事実隠蔽を図る場合であっても、あるいはウソ偽りのない事実を述べる意思からの発言であっても、前者後者、いずれかでハッキリしていなければ、記憶についての当面の正当性を与えることはできない。

 それを「記憶が曖昧なところがある」と、いずれかをハッキリとさせることができなかった。

 尤も大臣室で50万円や100万円程度の不正なカネの遣り取りはよくあることだとしたら、「記憶が曖昧」を理由とすることはできる。どの50万円だったのか、あるいはその建設会社からも受け取ったのだろうかと、記憶が曖昧ということもあるだろうからである。

 だが、このことを裏返すと、甘利明は「政治とカネ」まみれの大臣という不都合な疑惑を新たに浮上させなければならないことになる。

 「記憶が曖昧なところがある」と答弁して、即座に否定できるだけの事実――その記憶を提示できなかった時点で釈明の正当性を相当程度失ったと見なければならない。

 このようにも金銭疑惑を抱え、業者の便宜を図ろうとした口利きの疑惑もある甘利明を身の潔白が証明できてから派遣を決めるならまだしも、証明できていない金銭疑惑の渦中にある状況で国際会議ともなるTPP協定の署名式への出席を先決させる。

 もし身の潔白を証明できずに金銭疑惑を抱えたまま署名式に出席したなら、同席の他国の閣僚から金銭疑惑の渦中にある大臣だなといった目で見られない保証はないし、各国のマスコミから、日本国内ではこれこれの「政治とカネ」の疑惑が報じられていて、身の潔白を証明できないでいる大臣だと報道されない保証もない。

 出席後、疑惑報道が事実とされたなら、疑惑の渦中にあるままの大臣を会議に出席させたことを、それを決めた安倍晋三の失態と糾弾されるだろうし、汚いカネを受け取った大臣が署名した日本のTPPという事実が記録されることにもなって、日本の恥として記憶されかねない。

 勿論、報道が事実ではなく、身の潔白を証明できるかもしれない。例えそうであったとしても、事実が判明する前の証明できていない状況で出席を先に決める安倍晋三の感覚は、金銭疑惑が事実とされた場合の以上触れたあるかもしれない危険性を考えると、政権運営の危機管理に妥当な策だと言うことはできない。

 金銭疑惑、さらには口利き疑惑(利益供与疑惑)に関しての政権運営上の危機管理の非妥当性は安倍晋三の「政治とカネ」の問題に対する潔癖感の程度に相互対応しているはずだ。「政治とカネ」の問題に強い潔癖感を持っていたなら、例え安倍内閣を形成するの重要な一員であったとしても、身の潔白がハッキリしない時点で国際会議への出席を決めることはできない。

 身の潔白を証明できない万が一の場合を想定して、内々に代理を用意しておいて、誰を派遣するかはギリギリまで決めておかないのが政権運営の危機管理というものであろう。

 だが、シロともクロともつかない早い時点で甘利明の出席を決めてしまった。任命責任者である安倍晋三も担わなければならない説明責任という点でも、政権運営の危機管理という点でも、「政治とカネ」に対する潔癖感の程度という点でも、安倍晋三の感覚には信用できない疑わしいものがある。

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安倍晋三施政方針演説アベノミクス3年間の成果を誇るが、景気はなぜいつまでも緩やかな回復基調なのか

2016-01-23 10:06:59 | 政治

 2016年1月22日、安倍晋三が衆参本会議で第190回国会の施政方針演説を行った。大盤振舞いのバラ色で彩った日本の将来を約束してみせた。これまでの成果が将来に向けた約束に実現可能性を与える。 

 安倍晋三はきっとバラ色の仕上がりだと頭に思い込んでいるアベノミクスの成果に基づいて自身が舵取りを続ければ、日本の将来はバラ色だと約束したのだろう。

 安倍晋三は3年間のアベノミクスの大成果を次のように誇っている。

 「アベノミクスによって、来年度の地方税収は、政権交代前から5兆円以上増加し、過去最高となりました。この果実を全国津々浦々にお届けする」

 「外国人観光客は、3年連続で過去最高を更新し、政権交代前の2倍以上、1千900万人を超えました。20年前、3兆円の赤字であった旅行収支は、55年ぶりに黒字となり、今年度は1兆円を超える黒字が見込まれます」

 「3年間のアベノミクスは、大きな果実を生み出しました。

 名目GDPは28兆円増えました。国民総所得は40兆円近く増加し、政権交代選挙で国民の皆様にお約束した、「失われた国民総所得50兆円」の奪還は、本年、実現する見込みであります。

   企業収益は過去最高となりました。中小企業の倒産は、政権交代前と比べて2割減り、一昨年、24年ぶりに1万件を下回りました。昨年は更に1割近く減少しています。

 雇用は110万人以上増え、正社員も増加に転じました。正社員の有効求人倍率は、政権交代前より5割上昇し、統計開始以来最高の水準です。昨年は17年ぶりの高い賃上げも実現しました」

 「昨年の7月8月9月、企業の設備投資は一年前と比べ11%以上伸びました」

 何度でも繰返しているいつもの如くのパラ色に輝く成果の誇示だが、当然、その成果は景気回復という結果と結びついていなければならない。アベノミクス自体が経済の好循環を着地点とした景気回復策そのものなのだから、当たり前のことである。

 景気回復に至らないアベノミクスなら、逆説そのもので、有名無実化する。

 ところが昨年2015年の政府の月例経済報告の景気主判断は1年間を通して、「緩やかな回復基調が続いている」であって、安倍晋三のアベノミクスのバラ色の成果・各指標と結びつけることができる景気回復の影すらも見えない。

 消費税を5%から8%に増税した2014年4月以前は駆け込み需要で消費が僅かながら上向き、2013年12月の月例経済報告は「上方修正」を3カ月連続で据え置き、約4年ぶりに「デフレ状況」の表現が削除されてはいるが、以後2014年12月まで一貫して「景気は、個人消費などに弱さがみられるが、 緩やかな回復基調が続いている」の景気判断となっていて、2014年1年間も「景気回復」はその実感すらなく、景気停滞の膠着状態のみがはっきりするだけで、見えては消える逃げ水のような状態であった。

 消費税増税は理由にならない。政府は駆け込み需要の反動減に備えて国土交通省関係だけでも2014年と2015年で10兆円の公共事業投資を行っている。文科省関係も2014年と2015年で学校の耐震化工事等で4千億円程度のかなりの公共事業投資を行っている(平成25年度補正1506億円、平成26年度学校耐震化645億円、平成26年度補正985億円、平成27年度学校耐震化1229億円)。

 だが、いずれの公共工事もゼネンコン等を潤すだけで、個人消費には結びつかなかった。

 安倍晋三がアベノミクスのバラ色の成果を誇示するなら、景気回復に結びついていることが絶対条件となる誇示でなければならないが、まさに結びついていないアベノミクスのバラ色の成果となっている。

 当然、安倍晋三の日本の将来に向けた約束にしてもこれまでのアベノミクスが景気回復に成果を挙げてきたことの証明書となって始めて、約束の実現可能性が信用性を帯びることになるはずだが、そうはなっていないとなると、どのような約束も虚ろに響くことになる。

 一度も約束したことを実行できない男が交際している女性に相手を喜ばせるような新たな約束をするようなもので、相手の女性は余程のお人好しでなければ信用しないだろう。お人好しだけが信用する。

 安倍晋三がどんな約束をしたか見てみる。

 「『2020年までに農林水産物の輸出を1兆円に増やす』。この目標を3年前に掲げた時、『無理だ』という声が上がりました。『できない』とも言われました。

 しかし、輸出額は昨年7千億円規模に達し、その結果、「過去最高」を3年連続で更新いたしました」

 「『攻めの農政』の下、40代以下の新規就農者が年間2万人を超え、この8年間で最も多くなりました」

 「3月に北海道新幹線が開業します。札幌へと工事を続けます。九州新幹線も着実に長崎へとつなげてまいります。東京から富山、金沢を貫く北陸新幹線も、敦賀へと延伸することで、大阪へとつながる回廊が生まれます。

 大阪や東京が大きなハブとなって、北から南まで、地方と地方をつないでいく。『地方創生回廊』を創り上げ、全国を一つの経済圏に統合することで、地方に成長のチャンスを生み出してまいります」

 「経済の好循環によって、内需を押し上げてまいります。日本が、正に世界の中心で輝く一年となります」

 「継続こそ力。3年間の内政、外交の実績の上に、今後も、ぶれることなく、この道をまっすぐに進んで行きます。困難な課題にも真正面から「挑戦」し、結果を出してまいります」

 「皆さん、共に『挑戦』しようではありませんか。そして、『結果』を出していこうではありませんか。それが、私たち国会議員に課せられた使命であります。

 ただ『反対」と唱える。政策の違いを棚上げする。それでは、国民への責任は果たせません」(以上)

 アベノミクスという景気回復策を大々的にブチ上げて景気回復に多額の国家予算を注ぎ込み、規制緩和だと様々に手を打ちながら、確実に景気回復だということのできる経済状況を招き寄せることができなかったにもかかわらず、日本の将来に向けたバラ色の約束をする。

 にも関わらず、冒頭、立派なことを言っている。

 「開国か、攘夷か。

 150年前の日本は、その方針すら決められませんでした。終わらない議論、曖昧な結論、そして責任の回避。滅び行く徳川幕府を見て、小栗上野介は、こう嘆きました。

 『一言以て 国を亡ぼすべきもの ありや、

  どうかなろう と云う一言、これなり

  幕府が滅亡したるは この一言なり』

 国民から負託を受けた私たち国会議員は、『どうにかなる』ではいけません。自分たちの手で『どうにかする』。現実を直視し、解決策を示し、そして実行する。その大きな責任があります」

 あるいは、「批判だけに明け暮れ、対案を示さず、後は『どうにかなる』。そういう態度は、国民に対して誠に無責任であります。是非とも、具体的な政策をぶつけあい、建設的な議論を行おうではありませんか」

 どれもこれも「狼と少年」の「狼が来た」の言葉と重なる。

 果たして誰が信用できると言うだろうか。信用出来ないことを証明してくれる記事がある。《「景気は緩やかに回復」していない》三菱UFJリサーチ&コンサルティング/2015/11)    

 「景気は回復してない」と言い、景気回復のためには「アベノミクスに期待するのではなく」と言っている。

 つまりアベノミクスは期待できないよとやんわりと警告を発している。

 安倍晋三は先ず最初に約束した経済の好循環・景気回復を実現させてから、次の約束をすべきだろう。

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甘利利明の「政治とカネ」の疑惑、説明責任を言いながら、職務の全うを言うのは国民をバカにする態度

2016-01-22 10:24:53 | 政治

 1月20日(2016年)午後に1月21日発売予定の『週刊文春』に安倍晋三の側近、経済再生担当相甘利明が千葉県白井市の建設会社からカネ受け取っていて、一部が政治資金収支報告書に未記載となっていることなどが掲載されるとマスコミが報道し始めた。

 具体的には建設会社が道路工事で損害が出た補償をUR=都市再生機構に求める際、甘利明や甘利明の事務所に現金を提供して口利きを頼んだと言うことのようだ。

 建設会社の関係者が1月20日に実名でコメントを出したという。

 関係者「記事は私が甘利事務所に口利きを依頼し、その見返りとして現金や接待で証拠が残っているものだけでも1200万円を渡したという内容で、すべて真実だ」(NHK NEWS WEB)  

 ところが、甘利明代表の政党支部は2014年、2015年の2年間でこの建設会社から合わせて276万円の寄付を受けた記載しか載っていないという。

 証拠が残っている内の1千万円近くのカネの記載はどうした。?

 ストレートに考えると、口利きのカネだから、隠れ政治資金として未記載のまま事務所の金庫に保管したということなのだろう。自由に使えるのだから、甘利明の懐に入ったも同然である。

 さすが大物大臣、ほんのちょっとした口利きで、証拠が残っているものだけでも占めて1200万円もカネにすることができる。非正規社員がいくら額に汗をかいても、1年やそこらで合計できる金額ではない。証拠が残っているものだけでも、10年も掛かる非正規社員も多く存在するはずだ。証拠が残っていないカネまで計算したら、10年以上ということになる。

 甘利明は2012年12月26日からの第2次安倍内閣発足以来内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)を務めている。要するに安倍内閣の大臣としてカネを受け取り、安倍内閣の大臣として口利きをしたことになる。しかもそんじょそこらのペイペイ大臣ではなく、大物大臣ときている。水戸黄門の葵のご紋が入った印籠程にも効果抜群だったはずだ。

 全て事実として話しているが、カネを出した側の建設会社の関係者がわざわざコメントまで出して、安倍内閣の大物大臣を相手に「証拠が残っている、全て真実だ」と言っている以上、限りなく真っ黒の事実に違いない。後で、「あれは事実ではなかった。当然、証拠など存在しない」と言を翻したなら、恥をかくことになるばかりか、大物大臣に名誉毀損の犯罪に等しい取り返しの付かない大変な無礼を働いたことになる。

 口利き行為をして利益供与を受ければ、斡旋利得処罰法違反になる可能性があるという。また政治資金収支報告書に受け取った金額通りの記載がなく、少ない金額の記載しかない場合は政治資金規正法違反に問われる可能性も出てくる。

 「時事ドットコム」が1月21日予算委員会での疑惑追及の答弁要旨を伝えている。 

 -(週刊誌で報じられた)疑惑について説明責任を果たしてほしい。

 お騒がせをしている。今朝、週刊誌報道を読んだ。しっかり調査をして説明責任をきちっと果たしていきたい。

 -2013年11月に建設会社の総務担当者から大臣室で甘利氏自らが50万円入りの封筒を受け取ったとの記載がある。

 その会社の社長一行が大臣室を表敬訪問したことは事実だ。その一行が来られて正確に何をされたのか、記憶が曖昧なところがあるので、きちんと整理をして説明したい。

 -(建設会社担当者は)14年2月、甘利氏の地元事務所で甘利氏に50万円を渡したのか。

 この方が来られたということは覚えている。事実関係、記憶をたどっているところだ。

 -13年8月、地元事務所長が500万円を受け取ったとされる。

 今回の報道で初めて知った。本当なのかどうなのかも今確認中だ。きちんと調べる。

 -自民党支部などの政治資金収支報告書に同社からの寄付のうち一部が記載されていない。

 今回報道されて、こんなことがあったということは、正直初めて聞いた。書かれていることについて、第三者も入れて調査する。

 -50万円を直接受け取ったことを本当に覚えていないのか。

 事実関係が一部不鮮明なところがある。事実関係を正確に把握して説明する。

 -罪に問われる事実は一切ないと言えるか。

 (法令違反は)一切ない。

 -(閣僚)辞職という選択肢はあるか。

 託された職務を全力で全うする。(以上)

 「説明責任をきちっと果たしていきたい」と断言している。

 その一方で進退については「託された職務を全力で全うする」と、大臣職に留まることを述べている。

 安倍内閣の一閣僚の「政治とカネ」についての疑惑である。説明責任の十分な履行と説明内容の十分な正当性が進退の決定要件であって、十分か十分でないかを判断するのは国政を委託した国民であり、十分だと判断した場合に限って、国民に信任を得ることになって、大臣職に留まることが許されることになるはずだ。

 進退の決定要件として必要とされているこのような過程を踏む前に職にとどまる意思を示すことは、いわば今回起こった「政治とカネ」の疑惑を十分に晴らして国民の信任を得る前に職にとどまることを言うのは国政を委託している国民をバカにする態度以外の何ものでもない。

 誰に顔を向けて政治を行っているのだろうか。

 甘利明はこのこと点に関してだけでも大臣どころか、国会議員の資格もない。

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慰安婦日韓合意は双方の歴史認識は横に置いて日本側が認めていない日本軍関与を認めるとの密約があったのか

2016-01-21 12:05:24 | 政治


 日本の外相岸田文雄とユン韓国外相が2015年12月28日、韓国ソウルで両国間に横たわっていた従軍慰安婦問題で会談して合意に至ったことに関して2015年12月29日の当ブログ記事で、 《日韓慰安婦問題合意は安倍晋三が岸田を背後から操り韓国にペテンを仕掛け、韓国がそれにまんまとはまった - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》と題して、安倍晋三は「河野談話」を否定していながら、「河野談話」を安倍内閣として引き継ぐといったレベルの日本軍の関与と日本政府の責任を認めるといったペテンで韓国を騙し、韓国はそのペテンにまんまとはまったといった内容のことを書いた。

 だが、2016年1月18日の参議院予算委員会で「日本のこころ」代表の右翼中山恭子がこの合意を取り上げた質問に対する岸田文雄と安倍晋三の答弁、及びこの両答弁に対する韓国側の反応を見ると、この日韓合意は密約で成り立たせているのではないかとの疑いを持った。

 先ず中山恭子と岸田・安倍の答弁を文字に起こしたから、見てみる。

 中山恭子「日本のこころを大切にする党中山恭子です。昨年12月21日、党名を『日本のこころを大切にする党』、略称『日本のこころ』と改めました。政治の場では日本の伝統的な考え方は古臭いものとして切り捨てられています。米国から輸入された自由主義、民主主義、共産主義、保守主義など、何とかイズムで表される考え方が殆ど全てを支配しています。

 しかし日本人が長い歴史の中で取捨選択して作り上げてきた風俗や習慣、自然を大切にする穏やかで、しかも進取の気性にに富む文化は素晴らしいものであります。日本の人々は四季折々の美しい風景の中で争いを嫌い、和を以って尊しとなし、相手を思い遣り、美しい物を尊び、細やかな心根と共に暮らしてきました。

 今日本の社会で悲しいべき問題が多く起きています。これは私たちが本来持っている日本のこころを見失っているからではないでしょうか。政治の場でも世界で高く評価される日本の心を主義(?)の考え方に加えて今一歩振返って、しっかり認識し、政策に活かして温かな社会を作っていくことが求められていることと思います。

 『日本のこころを大切にする党』はとても小さな声ですが、どうぞ宜しくお願いします。

 さて、党名変更後1周間後、12月28日に日韓外相会談の共同記者発表がありました。発表文を読んでびっくりし、日本のこころを大切にする党代表として談話を出しました。皆様の机上に配布してございます。

 戦時中であっても、女性たちが貧困などのゆえに体を売るなど人として酷い状況に置かれることは決してあってはならないことです。日本が率先して国連の場でこの問題を取り上げてもよいと考えております。

 しかし今回の共同記者発表は極めて偏ったものであり、大きな問題を起こしたと考えております。共同記者発表では『慰安婦問題が当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、日本の責任を痛感している』。

 すべての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復の代替として日本のために戦った日本の軍人たちの名誉と尊厳が救いのない程に傷つけられています。さらに日本人全体がケダモノのように把えられ、日本の名誉が繰返しがつかない程、傷つけられています。

 外務大臣にお伺い致します。今回の共同発表が著しく国益を損なうものであることに思いを致さなかったのでしょうか」

 ここで取り敢えず中山恭子の歴史認識を取り上げてみる。

 「日本の人々は四季折々の美しい風景の中で争いを嫌い、和を以って尊しとなし、相手を思い遣り、美しい物を尊び、細やかな心根と共に暮らしてきました」と言っているが、ところがドッコイ、聖徳太子の時代も争いを好んでいたからこそ、時の実質権力者蘇我稲目が皇族や他の豪族を従えて統治する必要上、聖徳太子に十七条憲法第一条で「和を以て貴しと為す、忤(さか=逆)ふること無きを宗とせよ」、いわば争うなと言わしめたに過ぎない。

 大和朝廷で重きをなしていた最初の豪族は軍事・警察・刑罰を司る物部氏であり、天皇に代わって実質的な権力を握っていたが、勢力を台頭してきた蘇我稲目は欽明天皇に二人の娘を后として入れ、後に天皇となる用明・推古・崇峻の子を設けた上、子である崇仏派の蘇我馬子をして対立していた廃仏派の穴穂部皇子と物部守屋を攻め滅ぼし、自分の甥に当たる崇峻天皇を東漢駒(やまとのあやのこま)に殺させて、孫に当たる推古天皇を擁立、母が蘇我稲目の娘である欽明天皇の第三皇女である点では推古天皇とは同じ孫の関係にあり、従姉弟となる聖徳太子を皇太子に据えた。

 誰が実質的に権力を握っていたか。

 蘇我稲目の子であり、蘇我氏の全盛時代を築いた蘇我馬子の子蘇我蝦夷とその子蘇我入鹿は、〈甘檮岡(あまかしのおか)に家を並べて建て、蝦夷の家を上の宮門(みかど)、入鹿の家を谷の宮門と称し、子を王子(みこ)と呼ばせた」と『日本史広辞典』に書かれているが、自らを天皇に擬すほどに権勢を誇れたのは、その権勢が天皇以上であったからこそであり、実質的に権力がどこにあったか証明して余りある。

 このような豪族と天皇家の関係の中で、「和を以て貴しと為す、忤ふること無きを宗とせよ」と争いごとのない平和と秩序を求めた。そのことによって最も利益を得る対象者は天皇家以上に蘇我一族である。

 604年十七条憲法成立、聖徳太子没後約20年後の643年に蘇我入鹿は皇位継承争いから自らの軍を率いて斑鳩宮(いかるがのみや)を襲い、父が聖徳太子とされ、母が蘇我馬子の娘である、一族の血を受け継いでいる山背大兄王を妻子と共に自害に追い込んでいる。

 どこに「四季折々の美しい風景の中で争いを嫌う」日本人の性向を見ることができるのだろう。戦前、中国、韓国に侵略し、対米戦争を起こして各国占領地で残虐行為を繰返した歴史の事実にまともに目を向けることができず、「四季折々の美しい風景の中で争いを嫌う」性向を日本人全体の永遠不変の恒久的な感性とすることができる。

 優れた歴史認識の持ち主でなければできない中山恭子の感性である。

 豪族が自分の娘を天皇家の后や側室にして、産んだ子どもを通して自らの支配力を握っていく、あるいは拡大していく権力掌握術の文化は以後も受け継がれていく。

 蘇我入鹿は大化の改新で後に天智天皇となる中大兄(なかのおおえ)皇子に誅刹されているが、後の藤原氏台頭の基礎を作った中臣鎌足(なかとみのかまたり)の助勢が可能とした権力奪回であるから、皇子への忠誠心から出た行為ではなく、いつかは蘇我氏と天皇家に代って権力を握る深慮遠謀のもと、いわば蘇我氏に続く実質権力者を目指して加担したに過ぎない。

 そのときの歴史の主人公は中大兄皇子に見えるが、実際の主人公は黒衣であった中臣鎌足であった。

 この根拠は鎌足の次男である藤原不比等(ふじわらのふひと)が自分の娘の一人を天武天皇の夫人とし、後の聖武天皇を設けさせ、もう一人の娘を明らかに近親結婚となるにも関わらず、孫に当たる聖武天皇の皇后とし、後の孝謙天皇を設けさせるという、歴代豪族の権力掌握文化の踏襲を指摘するだけで十分であろう。

 藤原氏全盛期の道長(平安中期・966~1027)は娘の一人を一条天皇の中宮(平安中期以降、皇后より後から入内〈じゅだい〉した、天皇の后。身分は皇后と同じ)とし、後一条天皇と後朱雀天皇となる二人の子を産んでいる。別の二人を三条天皇と孫である後一条天皇の中宮として、「一家三皇后」という偉業(?)を成し遂げ、天皇の世ではなく、「この世をば我が世とぞ思ふ」と謳わせる程にも、その権勢を確かなものにしている。

 天皇家が万世一系であったとしても、武家政治時代以前は歴代豪族の血がより多く混じった万世一系ということでなければならない。

 少々講釈が長くなったが、中山恭子の質問に対する岸田文雄の答弁を見てみる。

 岸田文雄「先ずは今回の合意ですが、この慰安婦問題が最終的、不可逆的に解決されることを確認し、これを日韓両政府が共同で、そして国際社会に対し明言した、このことが今までなかったことであり、この点においては画期的なことであると認識しております。その上で、今様々なご指摘をいただきました。まず、この合意に於けるこの認識ですが、これは従来からこの表明してきた歴代の内閣の立場を踏まえたものであります。

 そしてこれも度々申し上げておりますが、日本政府は従来より日韓間の請求権の問題は1965年の請求権協定によって法的に解決済であるという立場をとってきており、この立場は全く変わっておりません。

 このようにこの従来の立場、我が国としてしっかり守るべきこと、確認すべきこと、これはしっかり確認し、変わっていないものであると認識をしております。こうした点を確認した上で、是非この合意に基づいてこの日韓関係を前に進めていきたいと考えております」

 岸田が「この合意に於けるこの認識ですが、これは従来からこの表明してきた歴代の内閣の立場を踏まえたものであります」と言っていることは歴代内閣が「従来から」引き継ぎ、安倍内閣も内閣としてその立場を踏まえると表明してきた「河野談話」の従軍慰安婦に関わる歴史認識に基づいた「日本軍の関与」であり、日韓合意によって何も変わっていないという趣旨となる。

 だが、韓国側は日本軍の従軍慰安婦強制連行を認めた「河野談話」を安倍内閣が内閣としてその立場を踏まえるとしていることを単なるタテマエに過ぎないことを知っている。安倍晋三自身が中山恭子のこの後の質問に対して答弁していることと同じ趣旨となるが、韓国側の従軍慰安婦の強制連行に日本軍が関与していたとする歴史認識に対して、「河野洋平官房長官談話によって強制的に軍が家に入り込み女性を人攫いのように連れていって慰安婦にしたという不名誉を日本は背負っている。安倍政権のときに強制性はなかったという閣議決定をしたが、多くの人たちは知らない。河野談話を修正したことをもう一度確定する必要がある。孫の代までこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」とか、 「河野談話は基本的に継承している。狭義の意味で強制性を裏付ける証言はなかった。いわば官憲が家に押し入って連れて行くという強制性はなかったということだ。そもそもこの問題の発端は朝日新聞だったと思うが、吉田清治という人が慰安婦狩りをしたという証言をしたが、まったくのでっち上げだったことが後(のち)に分かった。慰安婦狩りのようなことがあったことを証明する証言はない。裏付けのある証言はないということだ」とか、国会その他で発言しているからである。

 ここで2点、疑問が生じる。日本側が従来からの歴史認識を変えていないとしているのが事実なら、なぜ韓国側は合意したのか。なぜ日本側は従来からの歴史認識と変わらない「河野談話」否定の立場に立っていながら、合意事項に「軍の関与の下に」とする文言を入れたのか、この2点である。

 続いて質疑の模様を見てみる。

 中山恭子「今回の日韓外相会談共同記者発表の直後から、海外メディアがどのように報道しているか今朝の質疑でも取り上げられていましたが、紹介します。

 お手元に配布してある『なでしこアクション』代表の山岡鉄秀さんが取り纏めた日韓合意直後の主な海外メディアの報道の一覧表です。オーストラリアのザ・ガーディアンの『日本政府は女性の性奴隷化に軍が関与していたことを認めた』。

 また、ニューヨーク・タイムズは、『戦争犯罪の罪ならず、幼女誘拐の犯罪でもある』などと書かれています。BBC、その他米国、カナダでも、極めて歪曲した報道が行われています。この中から、ザ・サンンポ報道のコピーをお手元に配布しました。外務大臣の写真が載っているものです。

 この物(情報)はいつでも誰でもパソコンから引き出せます。日本が軍の関与があったことを認めたことで、その記者発表が行われた直後から海外メディアでは日本が恐ろしい国であるとの報道が流れています。日本人はニコニコしているが、その本心はケダモノのように残虐であると曲解された日本人が定着しつつあります。

 今回の共同発表後の世界の人々の日本人に対する見方で取り返しの付かない事態になっていることを目を逸らさずに受け止める必要があります。外務大臣は今回の日韓共同発表が日本人の名誉を著しく傷つけてしまったことに就いてどのようにお考えでしょうか」

 岸田文雄「先ず、今回の合意につきまして、この海外における評価ですが、この合意直後から米国、豪州、シンガポール、英国、ドイツ、さらにはカナダ、そして国連からもこうした合意について歓迎する声明が出されております。

 国際社会からはこの幅広い支持をいただいていると考えます。

 そして一方、海外のマスコミの反応ということで申し上げますならば、この海外メディア、欧米主要国等においても、日韓関係の改善については高く評価されていると承知をしています。

 ただ、その中にですね、不適切な表現、あるいは事実に基づかない記述が、このマスコミの報道等に散見される。これはしっかりと受け止め、そして対応していかなければならないと思います。

 こうした適切な記述については、しっかりと申し入れを行い、我が国の立場、そしてこの事実につきましてはしっかりと国際社会に明らかにしていかなければならないと考えます。

 今回の合意の内容や意義については、しっかり説明していかなければならないと思いますが、合わせてこうした不適切な表現、あるいは事実に基づかない記述に対しましてはしっかりと我が国としての立場を明らかにしていきたいと考えます」

 中山恭子が共同記者発表で「軍の関与の下に」との文言で従軍慰安婦強制連行に日本軍の関与認めたことが海外のマスコミに歴史の事実とされて報道され、日本の国益を損ねているのではないかと問い質したのに対して岸田は各国が合意に歓迎の声明を出している、海外マスメディアの不適切な記述は訂正を申し入れる等々、「軍の関与の下に」の文言とは直接関係しないことを答えている。

 言葉としては論理的に矛盾することになるが、「軍の関与の下に」の合意文言は日本軍の関与を認めたものではないとの声明を出せば、海外のマスメディアだって中山恭子が紹介しているような反応は示さない。

 尤も別の反応を誘うことになって、ややこしくなることだけは確かである。
 
 中山恭子「『当時の軍の関与の下に』という言葉が入っていて、その言葉が何を意味するのか全く何も説明もないことが、(説明もなく)使われていることが、この世界ではですね、軍の関与は軍の強制連行、慰安婦狩りを始め、性奴隷化したことであるとの解釈が当然のこととして流布されてしまっていると言うことだと思います。

 2007年3月2日、参議院予算委員会第1次安倍内閣の当時ですね、総理は強制連行について、『いわば慰安婦狩りのような強制連行的なものはあったということは存在する証言はない』と述べております。

 まさに現在『吉田証言』は虚言であり、事実ではないと、朝日新聞のいわゆる従軍慰安婦なるものは存在しなかったこと、強制連行がなかったことが明らかになっています。

 にも関わらず、今回説明のないままに『当時の軍の関与の下』と発表してしまいました。『当時の軍の関与の下』が何を意味するのか遅きに逸してしまったかもしれなせんが、明らかにしておくことが政府の責務であると考えております。

 外務大臣にお伺いします。今回の外相共同記者発表で『当時の軍の関与の下に』とは慰安婦所の設置、健康管理、衛生管理について軍が関与したとの意味であり、日本軍が慰安婦を強制連行したり、惨殺した事実は全くないことを全世界に向けて適切に発言して頂きたいと思っております。

 各国に向けて適切な証言について申し込みを行っているだけでは、世界の中で日本という国の名誉は傷つけられたままになると考えております。如何でしょうか」

 中山恭子は「当時の軍の関与の下に」なる文言の意味は安倍晋三が表明してきているように従軍慰安婦の強制連行に日本軍が関与したということではなく、「慰安婦所の設置、健康管理、衛生管理」等にのみ日本軍が関与したということではないかと、韓国側の歴史認識と矛盾することは無視して自身が望む意味づけに導くべく誘導尋問に出た。

 断るまでもなく、安倍晋三自身の歴史認識とは何ら矛盾しない。だが、今回日韓合意という双方の歴史認識の一致を構造としていなければならない。いわば日韓双方が認めることができ、認めた「軍の関与の下に」でなければならない。

 岸田文雄「ご指摘の点につきましては、今回の合意において、この『慰安婦問題は当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であ』る、このような認識を示しているわけですが、まずこの認識につきましては、従来から我が国政府として表明してきた認識です。当然、歴代内閣の立場を踏まえたものであると考えます。

 その上で、これまで政府が発見した資料の中には、軍や官憲による所謂強制連行は確認できなかったという、政府の立場、平成19年の政府に対する質問書に対する答弁書で、閣議決定した我が国の立場ですが、この立場については何ら変更はないと認識をしています。

 このことにつきましては、何度も明らかにしているところであります」

 要するに従軍慰安婦の強制連行に日本軍の関与は認めていない日本の立場は何ら変わらないが、従軍慰安婦の強制連行を認めている「河野談話」の歴史認識を歴代政権同様に安倍政権も引き継いでいくとする文脈での合意だとしている。

 韓国側の歴史認識と明らかに正反対だから、この国会質疑を韓国側は“妄言”として取り上げ、激しく反発するはずである。

 中山恭子「今の外務大臣だけのお答では今ここで世界で流布されている日本に対する非常に厳しい評価というものが払拭できるとは考えられません。明快に今回の軍の関与の意味を申し述べて頂きたいと思っております。

 安倍総理は私たちの行為が子孫やその先の世代の子どもたちにいつまでも謝罪させる続ける宿命を負わせてはいけないと発言されています。私も同じ思いです。しかしご覧頂きましたようにこの日韓共同記者発表の直後から、事実とは異なる曲解された日本人観がたくさん拡散しています。

 日本政府が自ら日本軍が元慰安婦の名誉と尊厳を傷つけたと認めたことで、日本が女性性奴隷を行った国であるとの見方が世界の中に定着することとなります。この後、私たちの子や孫、次世代の子どもたちは謝罪はしないかもしれませんが、女性にひどいことをした先祖の子孫であるとの日本に対する冷たい世界の評価の中で生きていくことになります。

 これから生きる子どもたちに残酷な宿命を負わせてしまいました。安倍総理はこれら誤解に反する事実の誹謗中傷などに対して全世界に向けて正しい歴史の事実を発信をし、日本及日本人の名誉を守るために力を尽くして頂きたいと考えます。

 総理はこの流れを払拭するにはどうしたら良いとお考えでしょうか。ご意見を聞かせて頂きたいと思います」

 岸田が中山恭子の誘導尋問に程よく乗らなかったものだから、ご本尊の安倍晋三に答弁を求めた。

 安倍晋三「先ほど外務大臣からも答弁をさせていただきましたように、海外のプレスを含め正しくない事実による誹謗中傷があるのは事実でございます。性奴隷 あるいは 20万人 といった事実ではないこの批判を浴びせているのは事実でありまして、それに対しましては政府としては、それは事実ではないということはしっかりと示していきたいと思いますが、政府としてはこれまでに政府が発見した資料の中には、軍や官憲による所謂強制連行を直接示すような記述は見当たらなかったという立場を辻本清美議員の質問主意書に対する答弁書として平成19年、これは第一次安倍内閣の時でありましたが、閣議決定をしておりまして、その立場には全く変わりがないということでございまして、改めて申し上げておきたいと思います。

 また 当時の軍の関与の下にというのは、慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであること、慰安婦所の設置、管理及び慰安婦の移送について旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与したこと、慰安婦の募集については軍の要請を受けた業者が主にこれに当たったこと、であると従来から述べてきている通りであります。

 いずれにいたしましても重要なことは今回の合意が、今までの慰安婦問題についての取り組みと決定的に異なっておりまして、史上初めて日韓両政府が一緒になって慰安婦問題が最終的且つ不可逆的に解決されたことを確認した点にあるわけでありまして、私は私たちの子や孫そしてその先の世代の子供たちに謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかないと考えておりまして、今回の合意はその決意を実行に移すために決断したものであります」

 安倍政権の従軍慰安婦の強制連行問題に関わる歴史認識が何ら変わっていないのに、「今回の合意が、今までの慰安婦問題についての取り組みと決定的に異なっている」ということは何を意味するのだろうか。

 中山恭子「総理の今のご答弁では日韓共同記者発表での『当時の軍の関与の下に』というものが、軍が関与したことについては慰安所の設置、健康管理、衛生管理、移送について軍が関与したものであると、解釈致しますが、それでよろしいでしょうか」

 中山恭子は自身が望んでいる発言を誘導尋問したとおりに得ることができたが、それでも安心できなかったのか、確認した。

 安倍晋三「今申し上げた通りでございまして、衛生管理も含めてですね、管理、設置管理に関与したということでございます」

 中山恭子「総理から明快なお答えを頂いて少しホッとしたところでございます。この後全世界に向けてこの念をしっかりと伝えて、日本に対する曲解を解いていくために私たちは努力していきたいと思っておりますし、政府の方々も是非、お力を入れて国を挙げて日本の名誉を守って頂きたいと思います。

 短期的なその場凌ぎの日本外交が真の意味で日本の平和をもたらすとは考えられません。歴史の事実に反して日本人についての曲解された見方が世界中に伝わり日本の信頼が損なわれたことの方が長い目で見て如何に損失になるか申し上げるまでもないことです。

 しかし日本が軍事力で平和を維持するのではなく、日本の心や日本の文化で平和を維持しようとするとき、日本に対する海外の見る目、海外の評価はとても大切です。子どもや孫、次の世代の子どもたちがあなたの先祖が酷いことを平気でやった人たちだと、事実ではないのに罵られるような事態を私たちが今作ってしまったことを大変情けなく、無念のことと思っています。

 曲解を招くような外交、日本を貶めるような外交は全部慎むべきと考えています。これを挽回するための対応を私たちは直ちに取らなければなりません。政府にも、その旨要求して、質疑を終えます」――

 安倍晋三が憲法違反の憲法解釈で集団的自衛権行使容認の法律を成立させたのはつい最近のことで、軍事力強化に務めているというのに、「日本が軍事力で平和を維持するのではなく、日本の心や日本の文化で平和を維持しようとするとき」とは、ツラの皮が厚くなければなかなか言うことはできない。 

 平気で言うことができるのが「日本のこころ」ということなのだろうか。

 以上の遣り取りで日韓合意の「当時の軍の関与の下に」の「軍の関与」なる文言に日本側が何を意味させているかが分かった。従軍慰安婦の強制連行を認めている「河野談話」を引き継ぐものの、軍の関与は慰安婦所の設置、衛生管理、慰安婦の移送のみだと。

 だが、このこと自体が矛盾する論理となるのだが、「今までの慰安婦問題についての取り組みと決定的に異なっている」方法で凌いだ。

 どのような方法なのか、この質疑に対する韓国の反応を伝えているマスコミ記事がヒントとなる。

 チョ・ジュンヒョク韓国外務省報道官「慰安婦動員の強制性は、どのような場合でも否定するすることができない歴史的な事実だ。女性たちが本人の意思に反して強制的に動員されたことは、被害者の証言や東京裁判の資料などから確認されている。

 重要なことは合意事項を誠実に履行することだ」(NHK NEWS WEB)/2016年1月19日 20時26分) 

 もう一つ別の記事。最大野党「共に民主党」の反応を伝えている。

 ト・ジョンファン「共に民主党」報道担当「(朴)政府の主張通り、慰安婦問題と関連した韓日外相合意が『最善の結果』ならば、今からでも日本政府に合意違反と安倍首相のダブルスタンダード的言動に強く抗議すべきだ。それなのに、これに対する韓国政府の対応は実にひどい。
 
 日本政府による慰安婦強制連行は国際的に既にしっかりと証明された真実であることは誰もが知っている。日本側が慰安婦問題を論争の火種にするなら、『最終的かつ不可逆的』という合意の意味は一体何だったのか、韓国政府に問わざるを得ない。結局、日本の謝罪を引き出したという韓国政府の自画自賛は虚言に過ぎなかった。日本政府に従軍慰安婦問題に対する免罪符を与えただけだ。

 朴槿恵(パク・クンヘ)政権は手遅れになる前に、日本政府の厚顔無恥な行動を糾弾し、拙速的で屈辱的な韓日外相合意が無効になったことを宣言しなければならない」(朝鮮日報/2016/01/20 10:00)    

 本来なら、この韓国野党の激しい反発を朴政権自身がが示さなければならないはずだが、従来からの韓国側の歴史認識に真向から反する安倍政権の従来から何ら変わらない歴史認識の提示を問題とすることよりも、「合意事項を誠実に履行すること」を優先させている。

 このことは韓国の「中央日報」紙が、《安倍首相の「慰安婦妄言」に抗議しない韓国政府》(2016年01月20日07時56分)と題しても取り上げている。参考までにアクセスして頂きたい。   
 
 韓国側の歴史認識に反した合意事項でありながら、それを「誠実に履行する」と言うことも矛盾そのものだが、朴政権は矛盾としていない。

 この疑問を解くとしたら、日韓双方の歴史認識は歴史認識として横に置いて、従軍慰安婦強制連行に関して日本軍の関与はなかったとしている安倍政権の歴史認識に基づいて日本軍の関与を認めて、その代わり韓国の経済発展に力を貸すといった密約があったのではないだろうか。

 我々は実際には認めていませんよ、だが、双方の関係と発展ために認めていないことを認めると言うことにしましょうと。認めたことが日本や韓国以外の海外で問題になったときは軍の関与を認めたものではないと主張することになるが、韓国はこのことを無視して貰いたいと。

 これが安倍晋三が言っている「今までの慰安婦問題についての取り組みと決定的に異なっている」方法ということではないのか。

 こうとでも解釈しないことには、日本側が従来からの歴史認識を変えていないとしているのに対してなぜ韓国側は合意したのか、なぜ日本側は従来からの歴史認識と変わらない「河野談話」否定の立場に立っていながら、合意事項に「軍の関与の下に」とする文言を入れたのか、安倍晋三と岸田が国会答弁で改めて従軍慰安婦強制連行の軍の関与を否定していながら、韓国側の歴史認識と異なるにも関わらず、そのことに激しく反発せずに、反発よりも異なっている歴史認識の合意事項の誠実な履行をなぜ求めたのか、それぞれの疑問に整合性を与えることができる。

 韓国の元従軍慰安婦だけではなく、台湾やフィリッピン、インドネシア、そして日本占領のインドネシに在住していたオランダ人女性等々の元従軍慰安婦を誑(たぶら)かす安倍外交の勝利と言うことができる。

 その外交に韓国は屈した。何と言う「積極的平和主義外交」なのだろうか。

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