新設される獣医学部の「平成30年4月開学」は2016年11月18日付けの「文部科学省関係国家戦略特別区域法第26条に規定する政令等規制事業に係る告示の特例に関する措置を定める件(平成27年内閣府・文部科学省告示第1号)の一部を改正する件(案)」によって、〈広域的に獣医師を養成する大学の存在しない地域に限り、獣医学部の設置を可能とするための特例を設ける。〉ことと併せて、〈上記趣旨を満たす平成30年度に開設する獣医学部の設置〉に関するパブリックコメント(意見公募手続制度)が2016年11月18日から12月17日の期間で行われ、内閣府と文科省が公募の結果発表の2017年1月4日を以って、上記2条件が正式に公布されることになった。
但し「平成30年4月開学」を公に打ち出したのはあくまでも2016年11月18日であって、2016年11月18日以前のいつ、どこで、どのような根拠を基準にして「平成30年4月開学」で十分に間に合うと計算したのかは不明である。
いずれにしても、何よりも問題なのは開学の「平成30年4月」という日付がどのような基準を根拠として開学時期としたのかである。どのような決定も基準に従った合理的な根拠に基づいていなければならない。
先ず2017年7月10日の参院閉会中審査の質疑応答から「平成30年4月開学」について見てみる。「産経ニュース」
田村智子参院議員(共産党)「平成30年4月開学は昨年11月18日のパブリックコメントで初めて公になった。今年1月4日の事業者公募でも応募要件となった。獣医医学部新設に具体的な構想をもっていた京都産業大学も平成30年4月という条件を示されたから、もう無理だと諦めた。この条件で応募できたのはなぜか。方針決定の前に今治市でボーリング調査をやっていたのは加計学園だけだ。その意味を前川参考人はどう受け止めているか」
前川喜平文科省前事務次官「平成30年4月開設という大前提であると、官邸も内閣府も共通のスタンスだったと思いますが、『官邸の最高レベルが言っていること』だとか、『総理のご意向』だと聞いていると、これ以上の説明は聞いていない」
田村智子「平成30年4月開設は国家戦略特区でも一切議論になっていない。何で平成30年4月じゃなきゃだめだったのか」
山本幸三「30年開設と記載したのは、いち早く具体的な事業を実施して、効果を検証することが重要だということで、早期開設を制度上担保するためだ。最速で事業が実現するスケジュールの平成30年度開設というものをパブリックコメントのときに示した。時期を示すというのは医学部のときにもやっている。
ただ、獣医学部の設置という特例措置は、手続き全体からみれば入り口の措置。文科省の共同告示における平成30年4月という時期は、目指すべき時期との性格を持つものと考えている。内閣府としてはあくまで公正中立な意思決定をしたところだ」――
山本幸三は「平成30年度開設というものをパブリックコメントのときに示した」と言っているが、「平成30年度開設」が何を根拠として決めた基準なのかの説明とはなっていない。
また、「いち早く具体的な事業を実施して、効果を検証することが重要だ」と言っていることも、「最速で事業が実現するスケジュール」と言っていることも、結構毛だらけ、猫灰だらけだが、両者共に「平成30年4月開学」を基準とすることの根拠とはなり得ない。
要するにパブリックコメントで示した「平成30年4月開設」という期限の根拠がどのよう基準に当てはめて決められたのかについての何の説明にもなっていない。
言い替えると、開学の「平成30年4月」という日付がどのような基準を根拠として開学時期としたのかということである。どのような決定も基準に従った合理的な根拠に基づいていなければならない
期限には起点となる日がある。そして起点となる何年何月から終点の平成30年4月までの期限内に無理のないスケジュールで開学は可能であろうと計算することができた総括した基準が根拠となっていなければならない。
例えば獣医学部新設の場合は敷地面積のボーリングによる地質調査に始まって募集学生数に応じた規模の建物の建設に要する日数、必要人員の年齢構成のバランスの取れた教員確保の日数、獣医学研究に必要な設備調達と整備に要する日数、カリキュラムの編成に要する日数等々、国による新設認可が降りてから計算した諸々の事柄を総括した所要日数を基準とし、その基準が「平成30年4月開学」の根拠となっていなければならないはずだ。
そして何よりもその基準をハードルとして、どこが獣医学部新設の手を上げても、そのハードルをクリアできる最短の日時が「平成30年4月開学」ということでなければならない。
具体的には加計学園でなくても、例えば京都産業大学が獣医学部新設を認められた場合は「平成30年4月開学」が可能でなけれれば、一般的な基準とはなり得ない。基準は誰に対しても平等でなければならない。
逆に加計学園しかクリアできない「平成30年4月開学」ということなら、“加計ありき”と見做されても仕方がない。特定の大学しかクリアできない基準と言うのは一般化から外れて、基準とは言えなくなる。
ところが現実には田村智子が言っているように加計学園のみが「平成30年4月開学」をクリアできて、獣医学部新設を望んでいた京都産業大学はクリアできずに開学を断念した。
京都産業大学の2017年7月14日の記者会見。
記者「獣医学部断念の理由は」
黒坂光副学長「獣医学部は京都府が申請主体だったが、国家戦略特区の実施主体として私どもは申請した。構想はいい準備ができたが、今年(2017年)1月4日の告示で『平成30年4月の設置』になり、それに向けては準備期間が足りなかった。
その後、(学校法人)加計学園が申請することとなり、(京都産業大獣医学部も含めて)も2校目、3校目となると、獣医学部を持っている大学は少なく、教員も限られているので、国際水準の獣医学教育に足る十分な経験、質の高い教員を必要な人数確保するのは困難と判断した」――
要するに2017年1月4日の前日までは獣医学部新設を計画していたが、「平成30年4月開学」では「質の高い教員を必要な人数確保」には準備期間が不足することになって申請は困難と判断、断念することにした。
だが、この「困難」は京都産業大学のみならず加計学園も同等の「困難」でなければ、「平成30年4月開学」は一般的な基準とは言えなくなって、どのような根拠を用いて「平成30年4月開学」を基準としたのかが問題となってくる。
「平成30年4月開学」が果たして平等な基準だったのか、その謎を解く鍵として2017年6月5日の衆議院決算行政監視委員会での宮本徹共産党議員と山本幸三の質疑応答を見てみる。
山本幸三「30年4月開校というのはパブリックコメントに出るわけでありますが、これは、最大限早い時期で開校できる時期ということで私どもが決めたわけであります。
しかし、その事前に今治市に対しても京都府に対しても一切そういうことは申し上げておりません」
宮本徹「なぜ、伝えていないのに。ここに持ってきていますけれども、これは今治市の資料ですが、開学までのスケジュール、平成30年4月、なぜ今治市だけがこんな資料をつくれるんですか。
私たちのしんぶん赤旗も、今治市に直接聞いて取材しましたよ。昨年9月から10月にかけて国家戦略特区の会議を内閣府とともに開催する中で、内閣府も2018年4月開学の思いを共有していると判断していたと。思いをずっとあらかじめ共有してきたということを今治市の側が言っているじゃないですか。
極めてアンフェアなやり方で、今治市の側には2018年4月だから早く準備しなさいとこういう情報を提供して、もう一方、京都産業大学の側には、11月18日、公になるところまで一切伝えなかった、こういうことじゃないですか。極めてアンフェアだと総理は思われませんか。
山本幸三「時期をいつにするとかいうような話は一切伝えておりません。したがって、その中で、今治市が獣医学部の校舎建設等なんかについて少し準備をやられていることは、大学側がオウンリスクで行っているものと考えております。
これは、今治市がボーリング調査なんかをやるときにも、今治市議会においても今治市が説明しておりますが、希望者には全部それを認めるというようなことをやっておりまして、私どもは30年4月開校というのはまさにパブリックコメントの段階で初めて示したわけでありまして、それ以前に今治市に対しても京都府にも一切そういう時期については言っておりません。
あとはそれぞれの地元がオウンリスクでやることでありまして、ただ、このことは最終的に認められるかどうかわかりませんから、そこはまさにリスクがあるわけでありまして、ほかの医学部等の場合でもそういうことは行われているというふうに承知しております」――
国家戦略特区の今治市に獣医学部新設が認められたのは2016年11月9日の第25回国家戦略特区諮問会議。
要するに加計学園側の「オウンリスク」(自己責任)で獣医学部の新設が認定される前から、新設の準備に入っているに過ぎないと言っている。
と言うことは、「平成30年4月開学」という基準は新設が認定される前から「オウンリスク」で新設の準備に入っていなければクリアできない基準と言うことになる。
言い替えると、「オウンリスク」が「平成30年4月開学」の基準をクリアする要因となった。このように解釈しなければ、「オウンリスク」で何かするという必要は生じない。
そのような基準であるなら、その性格から言って、山本幸三は「平成30年4月開学」を初めて出した2016年11月18日のパブリックコメント前には「事前に今治市に対しても京都府に対しても一切そういうこと(「平成30年4月開学」)は申し上げておりません」と言っているが、今治市に対しても京都府に対しても伝えていなければ、公平・平等とは言えないだけではなく、「平成30年4月開学」は一般的な基準であることから逸脱することになる。
もし加計学園が認定されると前以って分かっていたなら、いわば“加計ありき”であったなら、「オウンリスク」の様相が異なってくる。
「平成30年4月開学」という言葉が初めて出てきたのは文部省の調査でその存在が確認されたうちの、2016年の「10/21萩生田副長官ご発言概要」と題した一枚の文書である。文飾は当方。
〈総理は「平成30年4月開学」とおしりを切っていた。工期は24ヶ月でやる。今年11月には方針を決めたいとのことだった。〉
〈工期は24ヶ月でやる。〉と言っているが、2016年10月を基準とすると、1年と5カ月の工期ということになる。ネットで調べて見たのだが、地鎮祭はボウリング工事開始の2016年10月31日から約5カ月後の2017年3月28日で、建物着工は2017年4月1日となっている。
この2017年4月1日を基準とすると、〈総理は「平成30年4月開学」とおしりを切っていた。〉としている「平成30年4月開学」の完成までは1年の突貫工事ということになる。
但し建物、その他の工事着工の前段階として地質調査のボーリング工事、地質確認後の地質に応じた土木工事設計図と建設設計図の作成、作成後の土木工事と建物建築確認申請、建築許可を経て、初めて地鎮祭を行うことができ、資材の調達も順次可能となり、工事に着手することができることを計算に入れると、1年5カ月はかかるということなのだろう。
加計学園の獣医学部新設が認定されたのは2017年1月20日開催の「第27回国家戦略特別区域諮問会議」だから、2017年1月20日以後にボーリング工事許可の申請という手順を踏んでいたなら、地鎮祭まで5カ月を要していたから、そうした場合の地鎮祭は2017年6月20日前後ということになって、それから1年の突貫工事となると、工事完成は「平成30年4月開学」から2カ月半は遅れることになる。
と言うことは、2カ月半の工事完成の遅れを取り戻して、いわば遅れの〈おしりを切って〉「平成30年4月開学」に間に合わせるために2017年1月20日の獣医学部申請認定を待たずに計画を進めていなければならなかったということになる。
もしそれが「オウンリスク」を負わなければならない計画推進だとしたら、「平成30年4月開学」が生み出した「オウンリスク」であって(そうでなければ、獣医学部新設認定の2017年1月20日以後にボーリング工事を開始していなければならなかったし、そうしていれば、「オウンリスク」を負うこともなかったろう)、「平成30年4月開学」の基準そのものが加計学園に対しても欠陥ある基準としなければならない。
だが、加計学園は欠陥ある基準であるにも関わらず、「平成30年4月開学」に合わせて計画を進めることができた。加計学園にとってそうすることの利益は京都産業大学が「平成30年4月開学」の基準に適合できずに撤退し、加計学園が1校のみに残ったことにあるはずだ。
この利益と獣医学部新設認定の2017年1月20日の遥か以前にボーリング工事に取り掛かることができて、「平成30年4月開学」に向けて段階的に計画を進めてきた現実を併せると、京都産業大学を排除するために設けた「平成30年4月開学」であって、その開学時期を前以って把握していたからこそできた計画的行動であって、「オウンリスク」と言っていることは計画的行動を隠蔽するための方便に過ぎないはずだ。
そうでないと言うなら、開学の「平成30年4月」という期限がどのような基準を根拠とした決定事項なのか、「オウンリスク」を負わずにどの大学でもクリアできる一般的基準となっていたのか、その根拠を示さなければならない。