ミャンマーの少数民族ロヒンギャ族が多数乗った船が5月中半ば(2015年)インドネシアには約600人、マレーシアには3隻の船で約1000人が相次いで漂着したという。
以前にも似たようなことが起きていた。2009年、小舟に乗ってタイ沖に漂流してきたロヒンギャ族を微笑みの国・仏教国のタイ国軍が拘束、暴行を加えたりして小舟を沖に曳航、僅かな食料と水を与えて公海上に放置した。その数400人近く。
放置された小舟は3週間漂流してインドネシア沖に近づき、インドネシア海軍によって保護された。途中で飢えや疲労で20人近くが死亡している。
但しインドネシア政府は「政治的迫害が理由の難民ではなく、経済的事情による移住目的」として送還を表明した。
似たようなことが起きている大本の理由を「Wikipedia」から見てみる。
ロヒンギャ難民問題
〈歴史的経緯
ビルマ人の歴史学者によれば、アラカン王国を形成していた人々が代々継承してきた農地が、英領時代に植民地政策のひとつである「ザミーンダール(またはザミーンダーリー)制度」によって奪われ、チッタゴンからのベンガル系イスラーム教徒の労働移民にあてがわれたという。この頃より、「アラカン仏教徒」対「移民イスラーム教徒」という対立構造が、この国境地帯で熟成していったと説明している。
日本軍の進軍によって英領行政が破綻すると、失地回復したアラカン人はミャンマー軍に協力し、ロヒンギャの迫害と追放を開始した。1982年の市民権法でロヒンギャは正式に非国民であるとし、国籍が剥奪された。1988年、ロヒンギャがアウンサンスーチーらの民主化運動を支持したため、軍事政権はアラカン州(現ラカイン州)のマユ国境地帯に軍隊を派遣し、財産は差し押さえられ、インフラ建設の強制労働に従事させるなど、ロヒンギャに対して強烈な弾圧を行った。
ネウィン政権下では「ナーガミン作戦」(なる弾圧)が決行され、約30万人のロヒンギャが難民としてバングラデシュ領に亡命したが、国際的な救援活動が届かず1万人ものロヒンギャが死亡したとされる。
結果、1991年~1992年と1996年~1997年の二度、大規模な数のロヒンギャが再び国境を超えてバングラデシュへ流出して難民化したが、同国政府はこれを歓迎せず、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の仲介事業によってミャンマーに再帰還させられている。2015年現在、膨大なロヒンギャの国外流出と難民化は留まるところを知らない。〉――
1992年の海上漂流はバングラデシュに向かわずに海上に逃れた一部なのかもしれない。
今回のロヒンギャ族の海上漂流・海外漂着問題について(マスコミは密航問題としている)タイ政府の呼びかけでタイの首都バンコクで関係17カ国の代表が対策を話し合う高官級会合が5月29日、日米とスイスの3カ国がオブザーバー参加し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も参加して開催されたと「産経ニュース」が伝えている。
国連難民高等弁務官事務所の担当者が「根本的な問題解決には、ミャンマーが責任を完全に負うことが求められる」とロヒンギャへの市民権付与を求めたのに対してミャンマー代表は「名指し批判は何の役にも立たない」と反論、物別れに終わったという。
記事は、〈タイが国内人身売買組織の摘発を本格化した5月に入ってから、マレーシアやインドネシアには、ロヒンギャやバングラデシュからの密航者3千人以上が漂着している。救援機関によると、海上ではなお約2600人が漂流中とみられる。〉と解説している。
5月29日に高官級会合ガタイで開催される前の5月15日、アメリカ国務省が周辺国の政府にロヒンギャ族の受け入れを呼びかけると共にミャンマー政府に少数民族の人権状況を改善するよう求めたと、「NHK NEWS WEB」が伝えている。
ラスキ米国務省報道部長「海で漂流しているロヒンギャの命を救うために迅速に行動するよう、周辺国に強く求める。
(ミャンマー政府に対して)人々の生活状況を改善するとした約束を守り、ロヒンギャの密航問題を解決する必要がある」――
発言からすると、ミャンマー政府は約束を怠っていることになる。
記事は、〈ミャンマー政府から抑圧されているイスラム教徒の少数民族ロヒンギャの人たちは、周辺国を目指して船で脱出したあと、インドネシアやマレーシアに相次いで漂着していますが、一部のケースでは周辺国が受け入れを拒否したと伝えられ、国連は数千人が船で漂流しているおそれがあるとしています。〉と解説している。
6月19日、日本政府はインド洋における漂流・漂着問題に対して国際移住機関(IOM)と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通してシェルター、保健・栄養等に関わる人道支援及び漂流者の海上移動に関わる情報分析・共有強化等の支援を目的に350万ドル(日本円約4億円)の緊急無償資金協支援を行うことを決定、その決定を東京・青山の国連大学で6月20日開催の「アジアの平和構築と国民和解,民主化に関するハイレベルセミナー」の岸田外相の基調演説で発表した。
基調演説中、「今後の日本の取組」として、少数民族との和平合意達成に向けたミャンマー政府の努力を後押しするために5年間で最大100億円の支援の実施を表明したが、ミャンマー政府は1982年(当時はビルマ政府)の市民権法でロヒンギャ族の国籍を剥奪、迫害を続けて、5月29日のタイで開催された高官級会合で国連難民高等弁務官事務所の根本的な問題解決の要請に対してミャンマー政府が「名指し批判は何の役にも立たない」と反論したのは要請そのものに対する強い拒絶反応を示したものであろう。
歴史がどうであれ、根本的な問題解決はミャンマー政府が国内に居住しているロヒンギャ族に国籍を回復させて共存する以外にないはずだから、日本政府の5年間で最大100億円がロヒンギャ族から剥奪した国籍の回復に役立たなければならないはずだが、ミャンマー国会は上下院共に国軍最高司令官が指名した軍人議員が4分の1を占め、民政移管時の総選挙では軍事政権翼賛政党が圧勝し、軍推薦枠を含めれば両院とも8割以上を軍に近い議員が占める非民主制を敷いていて、自国民そのものに政治的・経済的差別を設け、さらにその下にロヒンギャ族を差別する社会的構造を取っていることになる。
この軍人独占はミャンマー軍が独自に経済活動を行なっていることと無関係ではない。軍は企業や工場、商店を経営し、退役軍人団体など関連団体を通じて国内でのビジネスへの投資も行なっているという。
つまりカネの独占が国会での独占を許した。そしてこういった構造を軍政時代に育てた。
2014年のミャンマーの貧困率はミャンマー政府発表では26%だが、世界銀行調査では37%以上となっている。特に地方へ行く程高くなり、70%を超える州もあるという。
いわば軍人という特権階級を頂点に差別の差別という階級構造を取っている。もしロヒンギャ族に国籍を与えて自国民として扱い、その差別を取り払ったなら、差別状態に置いている自国民の差別を少なくとも和らげるといったことをしないと不満を持たせることになるが、差別の緩和は軍人の特権を逆に削ることにつながっていく。
特権階級である軍人がそのことを嫌ったなら、軍人をトップとし、軍人により多くの利益が集まる、つまり国の富が軍人に集中する階級制度は維持に執着することになる。ロヒンギャ族に国籍を与えるなど、以っての他というわけである。
となれば、ロヒンギャ族問題の解決のために、例えどのように困難であっても、ミャンマ政府そのものに対して厳正な民主化を求めなければならない。
求めずにインドネシア、その他の国に漂着したロヒンギャ族のために350万ドル(日本円約4億円)の緊急無償資金協支援を行おうと、少数民族との和平合意達成に向けたミャンマー政府の努力を後押しするために5年間で最大100億円の支援の実施を表明しようと、根本的な解決にはつながらないことになる。
そのカネの多くが特権階級中の特権階級を占める有力軍人と元軍人たちに流れていかない保証はない。
ラスキ米国務省報道部長が言っているように米国に約束したことをミャンマー政府が怠っていたとしたら、事実怠っていたことも原因の一つとなって漂流・漂着問題が起きたのだろう、尚更に日本のカネが目的通りに動く保証は薄くなる。
また群馬県館林市ではロヒンギャ族約200人がひっそりと暮らしていると、「asahi.com」(2015年6月19日)記事が伝えている。日本で難民として認定されない場合は本来なら不法滞在者として収容対象となるが、一定期間ごとに「仮放免」の更新を受けることで身柄拘束から免れることができるものの、難民ではないから、就労や国民健康保険の加入も認められず、仕事や医療面で苦境にある人々も少なくなく、その多くが不安定な立場に置かれていると記事は書いている。
要するに生殺しの状態に置いている。ホンネは強制送還してスッキリと片付けたいと思っているが、ロヒンギャ族の国外流亡が跡を絶たない国際問題となっているから、下手に強制送還したら国際的な批判を受けることになりかねないために仕方なく「仮放免」の生殺し状態に置いているのではないかと勘繰りたくなる。
このことの証明として2013年の日本の難民認定数は難民認定申請者3,260人に対してたったの6人であることを挙げることができる。2014年の難民認定者数は申請者数5,000人に対して11人。
群馬県館林市だけでロヒンギャ族が200人も暮らしているのに対して1人2人はいるかもしれないが、根本的な全体的な解決としての難民認定を行わずにインドネシア、その他の国に漂着したロヒンギャ族のために350万ドル(日本円約4億円)の緊急無償資金協支援を行う。
ロヒンギャ族漂流の根本的解決としてミャンマー政府に厳正な民主化を働きかけることをしないことと併せて、両方共にカネだけは出す奇麗事としか見えない。