現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

津軽三味線

2008-07-09 11:53:18 | 筝尺八演奏家
和楽器の中で、今一番人気なのは津軽三味線と太鼓。
ところが津軽三味線と太鼓は邦楽のジャンルには無
かったものだ。今でも「邦楽」として認めない人もいる。

私も正直、津軽三味線には芸術的格調の高さは感じ
ない。「ごぜ唄」同様、土俗の芸能だ。

しかし、高橋竹山の生き様には、大いに関心がある。
何度かTVのドキュメント番組も見た。
また、柴田恭兵主演の『夢の祭り』ともダブらせて、
こうした芸人の生き様に、私は深く感動する。

「虚無僧が尺八を吹いて布施を求めるのはけしからん」
という声があったが、私はこのように考えている。

芸人は、まず芸を見せ、聞いてもらい、その芸に感動した
人から、感動に見合った投げ銭をしてもらえばいい。
「お代は見てのお帰り」だ。高い入場料を払って、時間を
拘束されて、不満足な演奏だったら、それこそ詐欺だろうと。

聞きたい人が聞き、満足いかなければ立ち去ってもいい。
通行人の足を止め、感動と満足を与える演奏ができるか、
真剣勝負が虚無僧の生き様なのだと。

そういえば、津軽三味線の元祖も「坊様」と呼ばれていた。

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高橋竹山役に栗塚旭

2008-07-09 11:12:24 | 筝尺八演奏家
以前「NHKの朝ドラ『私の青い空』で、「アオサバ」役
を演じていたのは鶴田浩二と思い込んでいたら、鶴田浩二
はすでに1987年62歳で亡くなっていた。「あれは誰だった
のか?」と、ブログで書いたが、今日判った。宝田明だった。
宝田明がまだ生きていたとは知らなかった。失礼。

もうひとり。栗塚旭も、とうの昔に亡くなったとばかりと
思い込んでいたが、「10月に高橋竹山役で出演」との記事
を見て。またまたビックリ。

栗塚旭は、『新撰組血風録』(1965)『燃えよ剣』(1970)
で土方歳三を演じ、当たり役だった。以来、栗塚といえば
土方、土方といえば栗塚だった。その後は知らないから
土方歳三とともに消えたとばかり思いこんでいた。

ネットで検索してみれば、水戸黄門などに結構出演していた。
NHKの最近の大河ドラマ「新撰組」では、歳三の兄の役で
出ていたそうな。

気がつかなかったのもそのはず。栗塚旭は、土方歳三の怖い
イメージとはほど遠く、根は明るいキャラらしい。今は、つる
っパゲの好好爺。その相反するキャラで高橋竹山役は、はまり
役かもしれない。今から往年の栗塚ファンにとって、「高橋竹山」
物語が、多いに楽しみ、期待される。

 ドラマリーディング「高橋竹山 津軽三味線ひとり旅」
  出演:栗塚旭(初代竹山)、高林由紀子(ナミコ)、二代目竹山(演奏)

  10月7日 開場13:30 開演14:00 / 開場18:00 開演18:30
  10月8日 開場13:30 開演14:00 / 開場18:00 開演18:30
  チケット S席 6,000円 A席 5,000円(全席指定)

  紀尾井小ホール(紀尾井ホール5階) 



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四住期

2008-07-09 10:51:01 | 虚無僧って?
つげ義春の『無能の人』に虚無僧が出てくる。
虚無僧も無能の人の仲間のようだ。これに関連して
いくつかのブログを開いてみた。中に次のような
記述があった。

 『四住期』を知ってますか。人生を、
  20歳までの「学生期」、
  40歳までの「家住期」、
  60歳までの「林住期」
  それ以降の「遊行期」の四つに分ける。
  40歳までに家庭を築き、40過ぎたら自分を見つめなおし、
  60から旅に出る。釈迦もキリストも、名層高僧も、西行、
  一休、芭蕉も旅をした。乞食の行者は聖者として尊敬され、
  在家は進んで喜捨することで善根を積むという思想は、
  古今東西ある、と。

  そして、つげ義春の「無能の人」や石堂丸の苅萱道心の名も
  あげて「遁世志向」への憧れは誰しも持っている、とあった。

わが意を得たり。私も40代までに家庭を持ち、娘二人を育て?、
50で出家、ではなく家出した。今60歳、還暦。生まれ変わりだ。
放浪の旅に出たいと、願望している。「四住期」通りに実践して
いるではないか。バンザイ!

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役者魂

2008-07-09 10:14:28 | 虚無僧日記
7/9今朝、ラジオで武田鉄也の話を聞いた。
8月、名古屋御園座での公演「母に捧げるラスト
バラード」のキャンペーンとのこと。その中で。

 最近、からだはガタガタだが、舞台は健康が命。
 以前、舞台で声が出なくなった時があった。
 なんとか芝居はこなしたが、歌がうまく歌えない。
 それでも観客は、万来の拍手を送ってくれた。
 不調の時は不調なりに、最高のものを見せること
 ができるもんですね。

 タイガーウッズは、不調の中、それでも優勝した。
 その時、両手を握り締めてガッツポーズをした時、
 ギャラリーも、みんなが拳を握り締めて同じ恰好を
 していた。あれこそスターだ。

「そこになるまでの日頃の鍛錬努力がわかるから
でしょうね」と女子アナのコメント。

筝の梶田昌艶先生も、NHKの録音の時は、いつも
満身創痍、喉もメタメタだが、本番になるとシャキッ
とする。肋骨にひびが入る怪我をされた時も、「押し
手ができない」と云いながら、舞台では苦痛もみせず、
完奏された。“さすが芸術家魂”と皆を感服させた。

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芸術家魂

2008-07-09 09:40:10 | 虚無僧日記
以前、NHK『日曜美術館』だったか、名前は忘れ
たが、ある有名写真家の紹介だった。一枚の富士山の
写真を撮るのに、一年間、忍野村に住み、毎日、
日の出から日の入りまで、カメラをセットし、一日中
富士を眺めながら過ごした。そして撮った一枚。
まさに1年365日の中で、その日その時、その場所に
居合わせなかったら撮れなかった気迫あるすばらしい
写真だった。執念で撮った一枚だ。写真には、写真家の
魂が映る。被写体を通して、自分の魂をどこまで表現
できるかが、プロカメラマンだと、私は思っている。

絵もそうだ。技術だけで描いたものは壁の装飾品にすぎ
ない。音楽も技術だけの演奏は、今やコンピュータでも
できる。だが、コンピュータで作られたような音楽には、
“人間の魂”が無い。

「尺八は難しい。吹くだけなら簡単でしょうが、その人の
“魂”が一番表れる楽器だ」と言ってくれた人がいた。
そこまで言ってくれるとは、すごい卓見だ。

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