ケイの読書日記

個人が書く書評

芥川龍之介 「芋粥」

2020-06-05 13:33:50 | その他
 子供の頃に読んだ時に、なんだか日本史の副読本みたいな話だな、と思った覚えがある。

 平安初期、京に下っ端の侍がいた。下っ端といっても正五位または従五位という位の侍で、一応最下位とはいえ昇殿を許される。だから庶民からいえば、偉い人なんだろうけど、はなはだ風采が上がらないので、同僚や上司から軽んじられて冷淡に扱われていた。
 なにせ、犬を打ったり叩いたりしている子どもたちに「もう堪忍してやりなされ」と注意すると、その子たちから「なんじゃ?この鼻赤めが」と言い返されるのだ。もちろん、その後『犬の恩返し』なんて話にはならない。
 また、5、6年前にこの侍と別れた女房は、酒飲みの法師と関係があって家を出て行ったらしい。それも上司や同僚のかっこうの噂話になった。

 つまり、この五位の侍は、職場でも家庭でもイジメられていた。もちろんイジメが、この『芋粥』という短編の主題ではないが、こういう描写を読むと、いつの時代にもイジメというものはあるんだと、暗澹とした気になる。
 この時代の方が、イジメは深刻ではないのかな? だって、簡単に転職できないでしょ? ほぼ世襲でしょ? それに現代以上に階層のコミュニティがカッチリしていて、どんな嫌な相手でも狭いコミュニティの中では繋がらなければならないだろう。

 とにかく、この内面も外面も情けない侍が、ある時、芋粥を飽きるまで食べてみたいと酒席でポロっとこぼすと、それを聞いていた利仁という恰幅の良い同僚が、食べさせてあげると申し出る。
 この芋粥って今のお粥にサツマイモが2~3片混じってるというのでなくて、山芋を薄くスライスして甘葛の汁で煮たもの。つまり甘い飲み物で、当時としては天皇の食卓にも上る高級品だった。
 この利仁という男は、敦賀(今の福井県の)豪族の娘婿になっていて、地位は高くないが、しっかりした領地があり裕福なんだろう。その敦賀に五位の侍を連れていき、どっさり芋粥を食べさせた。

 この短編の主題は、五位の侍がバケツのような器にどっさり入った芋粥を見て、うんざりして食欲がなくなり、昔、芋粥を飽きるほど食べてみたいと熱望していた自分自身を懐かしく思うという部分だろうが、私の印象に残ったのはそこではない。
 貴族たちの間で、遠方の国司は敬遠され、もし任命されても代理の者を派遣して自分は京都にいて、領地から上がった利益だけを受け取る人が大多数だったようだ。地方に行けばそれなりに豊かに暮らせるのに、京都にいたいんだよね。

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