日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

何でもかんでも「体罰」とひとくくりにして良いのだろうか?

2013-02-02 22:31:11 | 徒然
大阪の桜宮高校のバスケット部キャプテンだった生徒の自殺から、スポーツに関わる「体罰」がいろいろなトコロで表面化してきている。
拙ブログでも「体罰」という暴力による指導について疑問を投げかけてきているのだが、今日それとは違う「体罰」のニュースがあった。
朝日新聞デジタルで報じている「ハゲ」と言われ平手打ち 神奈川の教諭、生徒16人にと言うニュースだ。

気になったコトは、この事件(と言うべきなのか?)と桜宮高校をはじめとするスポーツの部活動などにおける指導者の体罰とは、意味が違うのでは?と言う点だ。
桜宮高校をはじめとするスポーツの部活動での「体罰」というのは、生徒に非があった訳では無い。
「指導」という名の暴力を生徒が一方的に受けた、と言う「体罰」。
一方今日報じられている神奈川県小田原の市立中学の場合は、生徒側に問題行動があったコトに端を発している。
教師が生徒を平手打ちにする、と言う行為そのものは問題だと思うのだが、今問題となっている「生徒に非がない状況で、殴る・蹴るの暴行をはたらいた」という「体罰」とは、全く違う問題なのではないだろうか?

日本のメディアは、何か一つの事件があると何でもひとくくりにして、報じる傾向がある様に感じるのだが、今回などはその例ではないだろうか?
今回の場合、もし注意を受けた生徒が、素直に着席をし授業に臨めば、担当教師が平手打ちをするコトはなかったと思う。
「平手打ちをする」という注意の方法は、度が過ぎていたと思うが、それ以前に生徒達に問題があったと言う点は、大きいのではないだろうか?

記事によれば、平手打ちをした担当教師はその後謝罪をしたと言うコトだが、授業に遅れ暴言を吐いた生徒は、担当教師に対して謝罪をしたのだろうか?
確かに教師と生徒という力関係のようなコトを考えると、教師のほうが強い。
だからと言って、生徒が何をしても良い訳では無いし、謝るべきコトは謝ると言うのは社会の基本的なルールなのでは?
そんな当たり前のコトを抜きにして、「体罰」とひとくくりに報道するメディアや社会の風潮(?)に、違和感を感じるのだった。