一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

巻き添えにするバカ

2009-12-09 00:40:04 | プライベート
きのう8日は散歩先の本屋で、光文社発行の「CLASSY」(毎月28日発売・730円)を買った。私がファンである道端ジェシカの表紙と、「100問100答」の巻頭特集があったからである。中倉彰子女流初段の記事が載った「FRaU」は買わなかったのに、こちらは買う。中倉女流初段にはちょっと後ろめたいが、それはとにかく、この私が女性ファッション誌にまで手を出すとは…。もう、恐いものはない。

きのうの夕刊に、8日午前8時35分頃、JR山手線五反田駅で人身事故があり、山手線や埼京線などが1時間20分の運転を見合わせ、約118,000人に影響がでた、という記事があった。また川崎市麻生(あさお)区の小田急電鉄多摩線はるひ野駅でも人身事故があり、最大1時間の電車の遅れと、約2,600人に影響がでたという。
ここでいう「人身事故」とは、たいていが飛び込み自殺だ。上記の2件ももちろんそうである。私がサラリーマンだったときの最寄り駅はJR中央線四ツ谷駅だったが、この路線もよく人身事故があった。とくに通勤時間の時分になると発生し、一時期、電車の遅れは中央線、が常套句となっていた。一説によると、中央線都下のあたりは、原野に線路を敷いたから直線距離がやたら長く、自殺志願者がスーッと身を投げる気分になってしまうらしい。
まあ、たった一度の自分の人生、自殺をしようとどうしようと勝手だが、人間は大なり小なり、他人に迷惑を掛けて生きている。死ぬ直前にまで赤の他人に多大な迷惑を掛ける愚は避けたい。今回も、事故のせいで影響を受けた乗客らがロスした時間を合算すると、相当な数字になる。これだけでも、自殺者の身勝手さが分かるというものだ。
ほかに自殺者の身勝手な例で、一家無理心中というのがある。妻や幼い子供を殺害して、自分が最後に死ぬ、というやつだ。ところが家族を殺しておいて、自分は死に切れず警察に自首、というパターンが少なくない。死にたきゃ独りで死ねボケ!! と罵りたくなる。
かくいう私も、あるバカなアベックの自殺のせいで、いまだに不愉快な毎日を送っている。
自宅の最寄り駅の向こう側にある高台に、かつて五重塔が建立されていた。江戸時代に再建されたものだが、それは約34メートルもあり、関東一の高さだったという。幸い戦争の戦火からも逃れ、本当なら現在もその威容を私たちに誇っているはずだった。「だった」と過去形で書いたのは、昭和32年7月6日未明、その五重塔は不審火によって、焼け落ちてしまったからだ。当時ウチのオヤジとおじが、その炎を自宅から見ている。五重塔は幻想的にあかあかと燃え、それはそれは綺麗だったそうである。
焼け跡からふたりの焼死体が出た。指に嵌めていた「指抜き」から、洋裁店の経営者と縫い子の、不倫による清算心中だと分かった。このバカなアベックはこともあろうに、焼身自殺の舞台に五重塔を選び、建物もろともあの世へ持って行ってしまったわけだ。
まったく、バカなことをしてくれたものだ。私は夜の散歩で、いつもこの五重塔跡地の前を通る。現在は礎石が残っているが、柵があって中へは入れない。設計図は残っているから理論上は再建も可能らしいが、いまは周りを大木が覆い、再建など夢のまた夢だ。
死んだ子の歳を数えても詮ないが、もしこの五重塔が現存していれば、わが町が誇る最大のランドマークになり、人々の精神的な支えにもなっていたはずである。
かつて丹波哲郎が「自殺者は地獄へ落ちる」と言ったが、なるほどな、と思う。何しろいまから半世紀以上も前に勝手に死んだアベックに、何の関係もない私が、怨念を抱いているのだから。そして私は五重塔跡地を通るたび、やりきれない思いに浸るのだ。
かようなわけで、自殺するヤツは悪魔に魅入られて精神状態がふつうではないから、周りがなんと言おうと聞く耳は持たないのだろうが、もしあいつはおかしいな、と気づいた人がいたら、辛抱強くその人の話を聞いてあげることである。
それでもその自殺志願者が、コトを成し遂げたい、死にたい、というのなら仕方がない。しかし死ぬときは、他人に迷惑を掛けないでくれ。巻き添えにしないでくれ。それができなきゃ大人しくして、静かに生きることだ。バカヤロ。
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする