かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

古代朝鮮 墳墓にみる国家形成

2010年11月16日 | Books
question2海上保安官が釈放されたという。世間では、同情する声が多いようだが、はたしてそれでいいのか?これこそまさに、文民統制の効いていない軍の姿そのものではないのか?国際社会にどう説明できるのか?いずれにしても、このまま起訴しないのであれば、きちっと関係国に説明し、今後の国防に支障が生じないようにするべきではないのか?

question2裁判員裁判で、裁判官が控訴を勧めたという。こんなことってあるのか?自分の判断に自信がないから?自分で責任のとれない判決自体判決と言えるのか?全くわからない。司法制度そのものへの自己否定のようにしか思えないのだが?



先日関西のK大に行った話はしたが、そこのお土産ショップで、本書をGET。流石、学門の園。とても一般書店では売れないようなマニアックな本だ。ここまで、朝鮮の墳墓を包括的に分析した本があるのだろうか?

朝鮮で墳墓を見たことがある人は、皆感じるだろうことが、日本と朝鮮の関係の深さだ。ただ、本書は、共通点と相違点を冷静に分析している。

朝鮮半島で、日本に最も近いところにある煙台島では、九州からもたされたものも見つかっているという。日本と朝鮮の人々の往来を証明している。
古墳は、墳墓を作ってから、掘り下げて石棺を埋めるタイプと、石棺を埋めてから墳墓をつくるタイプとあるそうだが、この分布がばらばら。資料も限られる中、当時の朝鮮の姿を再現するのは至難の業だ。
紀元300年頃原三国時代があったとされていたが、これにも再考が必要という。青銅→鉄、稲作、支石墓の消滅、硬陶の出現などが、原三国時代の指標とされていたのだが、そんなにすっきり区分できないらしい。日本の昔が、神話なのか史実なのかわからないのと同様、朝鮮半島の歴史も実際闇の中。

墳丘先行型と墳墓先行型の分布をプロットすると、見事に曼荼羅模様になる。数多くの国が存在したとする方が、妥当なようだ。高句麗、百済、新羅、伽耶の他に、諸集団が存在したと考えざるをえないということだ。

館の形状から、倭人が葬られているのではないかと思われるケースもあるという。
6世紀前半になると朝鮮半島で、前方後円墳も見つかっているのだそうだ。前方後円墳は、日本特有のものと思っていたのだが、そうではないらしい。知らなかった。

凄く細かく分析してあるのだが、かえって謎は深まってしまったような気もする。残された文字が限られるのは、やはりつらい。
古代史のミステリー感が却って増してしまった。
コメント
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