森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

その縁が宝

2015-09-24 01:20:18 | 梢は歌う(日記)
 
家から巣立つ子供
≪なんでだか、9月20日の夕日にはみんな心惹かれるものがあったようです。いつもは夕日などをアップしないブログなどにもアップしていたのが印象的でした。私も夕日の画像を久し振りに載せて...
 

上の囲みは昨年の9月23日に書いた記事です。

アクセス解析が、私に過去に書いた記事と再会させてくれるので、本当にありがたいなと嬉しいなと再び思った今日だったのですが、夜の転寝から起きてメールチェックをしてみたら、gooさんから一年前に書いたこの記事が送られてきていたのです。

よろしかったらそちらにもお立ち寄りください。

 

20日は息子ラッタ君の独立記念日でした。

私はすっかりそんな事は忘れていました。

いや、そろそろ一年にはなるなとは思っていましたが、それがいつだったのかを意識しなかっただけ。

でも偶然にも20日の日は彼に電話をしました。

なぜならネットで出来る国勢調査の締め切り日だったからです。彼の事です。きっとそんな事も知らずにその辺に放置してあるに違いないと思ったものですから。

電話をすると案の定・・・・・。

電話をしながら、チャッチャとそれを処理していく彼の雰囲気。

「ほかに何かそちらからある?」

「特にないよ。」と彼は言いました。

でも私が国勢調査の事を切り出した時に

「そんな事で電話をしてきたのか。」と言ったのは、今思えば、私の口からもっと違う言葉が出てくるのかと期待したのでしょうか。

いやいや、きっと彼の事だから、私以上に20日で一年経ったことなど忘れてしまっていたと思うのです。

 

彼が家を出て行ってからたった一年なのに、なんだかずっと家にいなかった子供のような気がして、私は寂しいです。

三人で囲む食卓。当たり前のような顔をしているけれど、私は寂しいです。

 

でも私がラッタ君と同じような歳の頃、私自信、自分の親の事を思い出すことも稀でした。そして親の方も、自分たちの事で精一杯で、私の事などそんなに気にかけている風には見えなかったのです。

だからラッタ君だって似たようなものだって、私は思っているしそれで良いのだとも思うのです。

 

だけど、あの時ちっともこちらの方を向いていないと思っていた母は、もしかしたら同じような気持ちでいたのかもしれません。

「あの二番目の娘はどうしているかしら。三番目の娘は何をしているかしら。四番目の娘は元気でいるかしら。」

ずっと母はそう思っていたのかしら。

 

今の、母の朝の日課は仏壇に手を合わせ、私たちの幸せと安全を祈ることなのです。

「お母さんが毎朝祈ってくれるから、私は安心して毎日が過ごせるわ。」と私たちは言います。

これは本音です。

私は近頃、「お母さん二号」になりたいなって時々思います。

もう祈ることしか出来ないからです。

子供たちの事を祈り姉妹たちや母の事を祈る。

そしてある時姉妹たちが私に言うのです。

「あなたがそうやって毎日祈ってくれるから、私たちは安心していられるのよ。」って。

もう私、一族のヘソになっちゃうよ。

でもそう思っているだけ・・・・・・。

 

 

そう言えば私、この二日ほどことあるごとに父の事を思い出すのです。

父が亡くなるその前の数か月は、彼自信が満足の行くラストを迎える事が出来たら良いとそればかりを考えていました。

今思うとそれに気をとられて、大事な事を言い忘れてしまった事を、今頃になって思いだしたのです。

 

「ねえパパ。パパは若い時からずっとハンサムで、今もハンサム。ずっと私の自慢だったわ。」

 

なんでそんな簡単で大事な事を言い忘れちゃったんだろう。

言いたくても、もう言えないじゃないかー。

 

父は私たちには財産と言うものを何も残さなかったし、私自身も長い間働いてきた割には大雑把な性格が災いして、何も財産を築くことが出来なかったと思います。

そんな私には最初に縁した家族が、そしてのちに縁した夫と子供たちが私の最たる宝物だと思っているのです。

 

 

 

 

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コメント (8)
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