結局、「古文書入門講座」はラストの一番面白そうな回を体調悪く欠席してしまったので、半端な感じで終了してしまいました。だけれどGWに出掛けた「鳥獣戯画展」の展示で古文書が展示してあると、無意識に読もうとしている自分がいました。たった三回の講座でそのような影響があるなんてと思い、最後の一回の欠席が悔やまれました。この先どのように学べばいいのかと言う示唆もなかったので、どうしていいのかも今の段階では分かりませんが、少々「古文書」と言う分野も心にとめて行こうと思いました。
その講座が終了しても、私と野田市の関係はまだまだ切れそうもありません。
21日の木曜日も梅郷と言う所に行きました。
野田に行ったからと言って、そうそう何かがあるとは思えません。
だけれど、野田は侮っちゃいけないのですよ。
公民館を出ると、
子のようなものがありました。
なんて書いてあるのかな。
この公民館のお向かいの家も、なんとなく由緒があるような・・・・・
でも普通の方の家だったので、もちろん画像はないです。
野田って、本当に歴史のある古い街なんだなと思います。
近くに小学校があって、運動会の練習をしていました。そこは南部小学校と言う所です。
にぎやかな声に惹かれて、こちらの道を選んで駅に向かう事にしました。
すると・・・・
「えっ!?学校の中にこんな建物が・・・・!」
この画像を後からよく見ると、ちゃんと向うに仕切りがあるような気がします。
でもここを通り過ぎた時、ここへの入り口は学校の中からにしか見えなかったのです。
この公民館に行く事は、これから先にあるかどうか分からないので、すぐに確かめることは出来ません。
とにかくその時はこの建物が学校の敷地内にあるように見え、まさか外部の人間が小学校に入っていくわけにもいかず外の策の外から写真を撮ったと言う次第なのです。
真夜中にここがなんであるかをカチカチ検索しましたら、どうも「香取神社」と言う所みたいです。
やっぱりここ、ちゃんとこの学校の周りをまわれば、鳥居が小学校の校庭に向けて立っているみたいなんです。
策の所は工事中の車も止まっていたので、小学校以外の入り口が分からなかったのかもしれませんが、ここはたぶん神社のあった場所に後から小学校が出来たのじゃないかしら。
野田市って本当に・・・・以下同じ感想。
そしてこれの検索をしていたら、野田市南部小学校の卒業生には・・・・
ナオト・インティライミ「母校訪問」 と、このような所を見つけ、ちょっとだけ面白くも感じたのでした。