京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

 母親の弱気を救うもの

2009年08月06日 | 日々の暮らしの中で
五日、東本願寺で得度式があった。授与された黒袈裟を黒衣の上に身につけて、記念撮影のために並ぶクリクリ坊主頭の少年たち。浮かべるなごやかでほぐれた表情の写真が可愛い。宗祖親鸞にちなみ、大谷派では満九歳から授式できる。

生まれた時でさえ目にしない坊主頭に形を変えた息子は、父親と祖母に付き添われての当日であった。小学校四年生の夏、あれから十九年もが経った。
身の引き締まる日ではあったが、仏法聴聞を生活の中心に…といった環境にはなく、本人はわが道を歩んでいる。

彼の将来の選択肢を狭い枠の中に押し込めたくないと考えてしまった母親。広い世間を知ってほしいと、小さいときから目を外へ外へと向けさせる案内人を務めた母親。
新聞記事を目にし、そんな母親だった者としては、心がなんとなくもやもやとするのを感じる日となるのだった。「あたりまえ」、「あたりまえ」の中で育てるべきだったのか。

  春は花 / 夏ほととぎす / 秋は月 / 冬雪冴えて / すずしかりけり      
道元の有名な歌だ。

孫に手をひっぱられ、しなくてはならないことにも目をつぶって過ごしてみたいあと十日余り。明日のよりよい活動のための睡眠時間を削ってまでして遅い時間にDVDなど観てしまう。『禅 ZEN』 新作につき一泊、迷ったが観ることにした。

「汝の中に仏がいる」と道元さんだが、悟りなどには縁遠い。唯一、「母さんには感謝してます」、年一度の息子の言葉が‘迷える愚かな母親の弱気’への力付けにはなっている。
    
                 (写真は8/5付け京都新聞より)

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする