京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

 「たましずめ」

2014年08月15日 | 日々の暮らしの中で

早朝から蒸し暑さを感じる日だった。夜にはいって、時折激しい雨が降り出してくる。

歌人・馬場あき子さんが書いておられる。 自身の記憶に残る夾竹桃の紅は、敗戦の記憶だ。燃えるような鮮やかな紅は照りつける太陽の下、戦争の惨禍が極まっていく夏をずっと見届けていたと。そして、こんな歌を添える。
   八月は千万の死のたましずめ 夾竹桃重し満開の花    (山田あき)

戦争を知らない私だけれど、先祖や家族の亡き縁者を供養し、戦死者合同慰霊祭なども続く八月になる。懐かしみを持ってこれまで何度も何度も繰り返し回想してきただろう亡き人の話を、新たに語って聞かす人として私が選出されたかのようだ。まあ、こうやって、目に見えないたくさんの存在に助けられて生かされている、ということかも。生かされている意味など考えてみるが…。

「盆の十五日で精霊様のござる晩だ。活きた御客などは誰だって泊めたくない。定めし家の者ばかりでごろりとして居たかった」、― 私の思いではない。客人に出す魚がないなどと嘆かすことなどさせたくはなかった、ゆっくりしたかっただろう…とは柳田國男で、岩手の小さな漁村、小子内(おこない)にある宿屋・清光館に泊まった時に見た、旧盆の淋しい盆踊りのさまを伝えている(「清光館哀史」)

 踊るのは女ばかりで、一様に白い手ぬぐいで顔を隠し、帯も足袋もそろいのまっ白、新しい下駄をはいて、前掛けは紺無地をしめる。人の顔も見ず笑いもせずに、伏し目がちに静かに踊る。太鼓も笛もない。一つの楽器もない。そして、細々とした声で、一つ文句ばかりを何遍でも繰り返し歌うものだった。6年後、再度訪れてようやくわかった歌の文句からわかったことは、「男に向かって呼びかけた恋の歌」だった、とある。「やるせない生存の苦痛、働いても働いても迫って来る災厄…、数限りない明朝の不安」を汲みとって、「恋に命を忘れようとした」小子内の村民の心情を思いやっている。

富山県八尾の、水音と胡弓の音色の響く風の盆に男女の恋物語を添えながらの『風の盆恋歌』(高橋治著)はReiさんにご紹介いただいた一冊。ここにもしめやかに盆の風景が描かれていた。

亡き人が集った? 亡き人と語らった? そんなお盆も、明日は精霊を送るとする行事「五山の送り火」で締めくくられる。
コメント (4)
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