雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

豪快な老法師 ・ 今昔物語 ( 28 - 15 )

2020-01-03 12:19:41 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          豪快な老法師 ・ 今昔物語 ( 28 - 15 )


今は昔、
豊後国の講師(コウジ・諸国の国分寺にあって教法などを主導した僧官。)に[ 意識的な欠字。僧名が入るが不詳。]という者がいた。
講師になってその国に下っていたが、任期が終わったが、さらに任期(当時の任期は六年。)を伸ばしてもらおうと、然るべき財宝を船に積み込んで京に上ろうとしたが、知人たちは、「近頃、海には海賊が多いらしい。それなのに、然るべき兵士も連れず、多くの財宝を船に積んで上京なさるのは、とても心配なことです。ぜひ、しかるべき人に同行を頼んで、連れてお行きなさい」と忠告した。
講師は、「なんの、ひょっとして、私が海賊の物を取るとも、私の物を海賊が取るなどということがあるものか」と言って、船に胡録(ヤナグイ・矢を入れて背負う武具)を三腰(コシ・数の単位。背負ったり腰に付けたりする物を数える時に使う。)ばかりを持ち込んで、腕の立つ武士などは一人も連れずに京に向かった。

さて、国々を通り過ぎていくうちに、[ 欠字あり。地名が入るが不詳。]の辺りで、怪しい船が二、三艘ほど、あと先に現れた。前方を横切り、あるいは後方について講師の船を取り囲んだ。
講師の船に乗っている者は、「海賊が現れたぞ」と叫んで、たいそう恐れおののいた。
しかし、講師は少しも動ずることがなかった。

やがて、海賊の船一艘が押し寄せてきた。それがしだいに近付いて来ると、講師は、青色の織物の直垂(ヒタタレ)を着て(武人の正装)、柑子色(コウジイロ・橙色)の紬(ツムギ)の帽子をかぶって、舳先の方に少しいざり出て、簾を少し巻き上げて海賊に向かって言った。
「どなたが、このように近寄って来られるのか」と。
海賊は、「生活に困っている者が、食糧を少し分けていただくために参っています」と言った。
講師は、「この船には、食糧も少しはあるし、軽くて人が欲しがるような物も少々はある。何なりと、そなたたちの好きに任せよう。生活に困っている者だなどと名乗られれば、気の毒で、たとえ少しでも差し上げたいと思うが、筑紫の者がこれを聞いて、『伊佐の入道はどこそこの海賊に遭って、縛られて船荷を全部取られてしまった』などと言うであろう」と言った。
さらに、「それゆえ、わしの方から進呈するわけにはいかぬ。この能観(ノウカン・伊佐の入道の法名。)、すでに齢八十になろうとしている。この年まで生きようとは、思いもよらなかったことだ。東国での度々の戦いでも生きながらえ、八十に及んで、そなたたちに殺されるのも何かの報いであろう。このような事は、かねてより覚悟のことだ。今さら驚くほどのことでもない。
されば、そなたたち、この船に乗り移って、この老法師の首を掻き切れ。この船に乗っている男ども、決して、かの者たちに手向かってはならぬぞ。いまは出家した身、今さら戦をするつもりはない。この船をすぐに漕ぎ寄せて、かの者たちを乗せて差し上げよ」と言った。
海賊はこれを聞いて「伊佐の平新発(ヘイシンパチ・能観を指すが、「平」は平氏、「新発」は新しく仏門に入った者のこと。)が乗っておいでなのか。早く逃げろ、皆の者」と言うと、船を連ねて逃げ出した。海賊船は、船足が早いように造られているので、鳥が飛ぶが如くに去っていった。

そこで、講師は従者たちに、「どうだ、お前たち。言っていた通りであろう。わしが海賊に物を取られたか」と言い、平穏に財宝を京に持って行き、再びその国の講師になって、下国の時には、しかるべき人が下るのについて筑紫に下った。
先の出来事は上京途中でのことであるが、これを人に聞かせると、「なんとしたたかな老法師だ」と聞く人は褒め称えた。
「伊佐の新発と名乗ろうと思いついた心は、本物の伊佐の新発にも勝る奴だ」と言って、人々は笑い合った。

この講師は、面白いことをよく言う口達者な奴だったので、あんなことが言えたのだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆
 

* 伊佐の入道(能観)と言う人物は、肥前国府知津之惣追捕使伊佐平兼元らしい。そうであれば、その武名は西国にとどろいていたという。

     ☆   ☆   ☆  


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