雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

石になった牛飼い ・ 今昔物語 ( 5 - 31 )

2020-09-02 08:15:09 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          石になった牛飼い ・ 今昔物語 ( 5 - 31 )


今は昔、
未(イマ)だ釈迦仏が現世に出現なさる前のことであるが、天竺に一人の牛飼いがいた。
数百頭の牛を飼っていて、林の中まで来た時、一頭の牛が群から離れてどこかへ行ってしまった。捜したが見つけることが出来なかった。
牛飼いは放牧した後、日暮れになり帰ろうとした時、逃げ去っていた牛を見つけたが、よく見てみると他の牛と様子が違い、格別美しい姿をしている。また、鳴き方も普通とは違っている。また、他の多くの牛は皆、この牛を恐れて近づこうとしない。

このような状態で数日過ごしていたが、牛飼いは怪しい事だと思っていたものの、その理由が分からなかった。
そこで、牛飼いはその牛が行く先を見てみようと思って機会を待っていると、その牛は、山の崖になっている所にある岩穴に入って行った。牛飼いも、その牛の後から入って行った。
四、五里(一里は500m位か
)ばかり進むと眺望の開けた野原があった。天竺には似つかしくない、見事な花畑が広がっていて、果物も満ち溢れている。
牛を見ると、その一か所に立って草を食べている。牛飼いがその果物の樹を見てみると、赤っぽい黄色の実は金(コガネ)のようであった。その実を一つ取って食べてみたいと思ったが、恐くて食べられなかった。

やがて、牛は返り始めた。牛飼いもまた、牛に次いで返って行った。石穴の入り口まで来て、まだ出てしまわない時に、一人の悪鬼が現れて、牛飼いが持っていた果物を奪おうとした。
牛飼いはその果物を食べようと口に含んだ。鬼はさらに、牛飼いの口の中を探った。牛飼いはその果物を呑み込んだ。
果物が腹の中に入ってしまうと、牛飼いの体は突然大きく肥っていった。石穴から出ようとしていたが、頭はすでに出ていたが、体は穴いっぱいになってしまって出ることが出来なくなってしまった。
通りかかった人に助けを求めるも、誰も助けてくれない。家の人がこの事を聞いてやって来て見てみると、牛飼いの姿はすっかり変わってしまっていて、家の人全員が恐れをなした。
牛飼いは、穴の中での出来事を詳しく語った。家の人は、多くの人を集めて引き出そうとしたが、全く動く気配さえしなかった。
国王は、この事を聞いて、人を遣わして掘り出させようとしたが、やはり動かなかった。
数日して、牛飼いは死んでしまった。そして、長い年月を重ねて、人の形を残したまま石になってしまった。

それから後に、国王は、「こうなったのは、仙薬(センヤク・神仙界の霊薬)を服用したためである」と知って、大臣に命じた。「牛飼いは、きっと仙薬のために姿が変わったのだ。石であるといっても、その姿はすでに神霊である。人を遣わして、少しばかり削り取って参れ」と。
大臣は国王の仰せを承って、工匠と共にその場所に行って、力を尽くして削ったが、一旬(イチジュン・十日間)を過ぎても、一斤(イッキン・600g程か?)さえ削り取ることが出来なかった。
その姿形は今もなお残っている、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆
 


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