雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

老人の知恵 ・ 今昔物語 ( 5 - 32 )

2020-09-02 08:14:13 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          老人の知恵 ・ 今昔物語 ( 5 - 32 )


今は昔、
天竺に、七十余りの人を流し遣る(流罪というより追放といった意味のようだ。)国があった。
その国に一人の大臣がいた。老いた母の世話をしていた。朝夕に母の様子をうかがい、手厚く孝養を尽くしていた。
このようにして日を過ごしているうちに、いつしかこの母は七十歳を過ぎた。
「朝に会って、夕べに会うことが出来ないだけでも心配でならないのに、遥か遠い国に流し遣って永遠に会えなくなることは、とても堪えられない」と思って、大臣は密かに土を掘って地下の穴蔵を造り、家の隅に隠し住まわせてた。家の人たちもそれを知らず、まして世間の人が知るはずもなかった。

このようにして歳月を送るうちに、隣国から、同じような牝馬(メウマ)二頭を送って来て、「この二頭の親子を明らかにして書き記して伝えよ。もしそうしなければ、出兵して七日の内に国を滅ぼす」と言ってきた。
そこで、 国王は大臣を召して、「この難題をどうすればよいか。もし思いついた事があれば申せ」と仰せになった。大臣は、「この事は、容易く答えられることではありません。退出して、よく考えたうえで申し上げます」と言って、心の中では「隠し住まわせている我が母は、年老いているので、このような事を聞いたことがあるかもしれない」と思って、急いで退出した。

そして、母の地下室に忍んで行き、「然々の事があります。どのように申し上げればいいでしょうか。何かお聞きになったことはありませんか」と尋ねると、母は、「昔、まだ若かった頃、わたしはその事を聞いたことがあります。同じような馬の親子を決めるためには、二頭の馬の真ん中に草を置いてみることです。自分から進んで行って食べるのは子であり、子馬の好きにさせてゆったりと食べるのが親だと分かります。このように聞いております」と話した。
それを聞いて大臣が国王の許に参上すると、国王は「何か思いついたか」と訊ねられたので、大臣は母が話したように「このように思いつきました」と申し上げた。国王は「もっともな考えだ」と仰せられて、さっそく草を持って来させて、二頭の馬の真ん中に置いてみると、一頭は進んで食べ、一頭はその馬が食べ残したものをゆったりと食べた。
これを見て、親子の区別がつき、それぞれに札をつけて送り返した。

その後にまた、上下同じように削った木に漆を塗った物を送って来て、「この木の根元と梢を明らかにせよ」と言ってきた。
国王はこの大臣を召して、また「これに対してどうすればよいか」とお訊ねになると、大臣は前のように申しあげて退出した。そして、母のいる地下室に行って、また「然々の事があります」と尋ねると、母は、「それは実に簡単なことです。水に浮かべてみますと、少し沈む方が根元だと分かりますよ」と答えた。
大臣は宮殿に戻り、この由を申し上げると、すぐにその木を水に入れてご覧になると、少し沈む方がある。その方を根元と標をつけて送り返した。

その後、今度は象を送って来て、「この象の重さを計って知らせよ」と言ってきた。
そこで国王は、「このような事を言って来るとは、大変困ったことだ」と思い悩んで、この大臣を召して、「これをどうすればよいか。この度はさらに考え付かないことだ」と仰せられると、大臣も「まことに思いもつかないことです。しかしながら、一度戻りまして考えを廻らしたうえで方法を申し上げます」と言って退出した。
その時国王は、「この大臣は、自分の前では何も思いつかないのに、あのように家に戻ると名案を思いついて参るのは、いささか合点がいかない。いったい、家に何があるのか」と疑いを持った。

やがて、大臣が返ってきた。国王は、いくらなんでも今回は難しかろうと思いながら、「どうか」と訊ねられると、大臣が申し上げた。「これも、少々思いつきました。まず、象を船に乗せて水に浮かべます。そして、沈んだ船の水際に墨で印をつけます。その後で象を下ろして、次に船に石を拾い入れて、象を乗せた時に書いた墨の印まで水が来た時、その時乗っている石を秤にかけて、全ての石の重さを加えれば、象の重さが幾らだということが分かります」と。
国王はそれを聞いて、大臣が申すようにして計り、「象の重さは幾ら幾らである」と書いて送り届けた。

敵国では三つのことを知ることが出来なかったのを、一つとして違うことなく、毎回返答してきたので、その国の人は大変優れていると感じて、「賢人の多い国だ。並の知識の持ち主では、とても知っているはずもないことを、あのように言い当てて返答してきたのだから。あのように賢い国に敵対心を起こしては、返って計略に懸けられて討ち取られてしまう。されば、互いに親しくして仲よくすべきである」と思った。
そして、長年挑戦的であった方針を変えて、その由を正式の書状として友好関係を結んだので、国王はこの大臣に仰せられた。「我が国に恥をかかせず、敵国を軟化させたのは、そなたの徳によることである。わしは大変嬉しい。ただ、あのような、極めて難しい事をよく知っていたのは、どういうわけだ」と。

すると大臣は、目から涙が流れるのを袖で押さえつつ、国王に申し上げた。「我が国には、往古(イニシエ)より七十歳を過ぎた人を他国に流し遣ると定められた習慣があります。最近始めた政ではありません。ところが、我が母は、七十歳を過ぎてから今年で丸八年になります。朝夕に孝養するために、密かに家の地下に土蔵を造って住まわせております。そこで、年老いた者は見聞が広いものですから、もしかすると聞き覚えていることがあるのではと思って訪ねて聞きましたところ、それらのことをみな教えてくれたのです。あの年寄りがいなければ、どうなっていたでしょう」と。
それを聞いて国王は、「いかなるわけで、昔よりわが国には老人を捨てる風習があったのか。今回のことを考えれば、老いたる者を尊ぶべきなのである。されば、遠い所へ流し遣った老人たちは、貴賤男女に関わらず全員を帰国させるよう宣旨を下すべし。また、老いを棄てるという国の名を改めて、老いを養う国と言うべし」と仰せ事を下された。(本稿には書かれていないが、もとになった書には「棄老国」とあるらしい。)

その後、この国の政は平安となり、民は穏やかにして国内は豊かになった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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2 コメント

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Unknown (jikan314)
2020-08-30 09:18:42
いつものぼろぼろ古本ですが、「塵劫記 象の重さ」で挿し絵をアップしていますので、もしお時間がございましたら、ご覧頂ければ幸いです。
この塵劫記を読む時、数学の知識?が必要だったので、無い知能を絞った事だけ覚えています。もちろん今ではすっかり忘れてしましたが。
返信する
いつもありがとうございます (雅工房)
2020-08-30 15:32:56
Unknownさまへ
いつもながら、ご教示感謝します。
さっそく参考にさせていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
返信する

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