『 亡き妻と大将軍 ・ 今昔物語 ( 10 - 18 ) 』
今は昔、
震旦の漢の先帝(不詳)の時に、霍大将軍(カクダイショウグン・未詳。該当しそうな人物が複数いるらしい。)という人がいた。勇猛な性格で、知識も豊かである。この人は、国王の娘を妻にしていた。
ところが、その妻が亡くなった。将軍はたいそう恋い悲しんだが、再び相見ることはできない。そこで、将軍は、すぐに栢(カエ・高木の一種。)の木を伐って、一つの殿舎を造り、その殿舎の中に妻を祀った。
その後も、将軍は悲嘆の心に堪えられず、朝暮にかの殿舎に行き、食物を供えて礼拝して帰った。
このようにして、すでに一年が過ぎたが、ある時、将軍が日の暮れ方に、かの殿舎に行って、いつものように食物を供えた時に、昔の妻が本(モト)の姿で現れた。将軍はその姿を見て、恋しい思いでいっぱいであったが、同時に激しく恐れおののいた。
妻は将軍に言った。「あなた、わたしをお忘れにならず、このようになさって下さることは、まことに有り難く貴いことでございます。わたしは、たいそう嬉しく思っております」と。
将軍は、その声を聞くと、ますます恐れおののいた。真夜中のこととて、辺りに人はいない。将軍が逃げ去ろうと思っていると、妻は将軍の衣を捕らえて、さらに抱きつこうとした。将軍は、恐怖の余りあたふたと逃げようとしたが、妻は、手で以て将軍の腰を打った。将軍は腰を打たれたが逃げ去ることができた。
しかし、家に帰って後、すぐに腰が痛み出し、夜半のうちに死んでしまった。
その後、天皇(皇帝)はこの事をお聞きになって、その女の霊を貴んで、封五百戸をお加えになった。
それから後は、国に災いが起ころうとする時には、その殿舎の中で鳴る音がしたが、雷の音のようであった。そればかりでなく、霊験あらたかなことが多かった。
その殿舎が鳴る時には、世間の人は、あの栢霊殿(ハクリョウデン)の音が鳴っている、と言い合った。
されば、人を恋い悲しむ心が深くとも、このような事はすべきではない。霊となれば、本の人の時の心は失われて、極めて怖ろしいことなのだ、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます