『 真心が岩を射る ・ 今昔物語 ( 10 - 17 ) 』
今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]代に李広(リコウ・前119 年没。)という人がいた。勇猛な性格で弓芸の道に勝れていた。
ある時、一頭の虎が李広の母を殺した。ある人が、李広にこの事を知らせた。
李広はそれを聞いて、驚いて来てみると、ほんとうに母が虎に殺されていた。そこで李広は、弓矢を持って、虎の跡を捜し追って行った。そして、ある山の入り口の野中まで追ってきて、見ると、虎が臥せっていた。
李広は、それを見て、喜んで射たところ、矢は虎に命中して矢筈(ヤハズ・矢の上端。)の付け根まで突き立った。李広は、我が母を殺した虎を射たことを喜んで、近寄って見ると、射たところの虎は、すでに虎に似た岩になっていた。
「不思議な事だ」と思って、もう一度この岩を射ると、矢は突き立たず跳ね返った。
そこで李広は、「我が母を殺した虎を射ようと思う心が強かったので、岩にさえ矢が突き立ったのだ。だが、岩だと思って射た時には、突き立たなかったのだ」と思って、泣きながら帰っていった。
その後、この事が世間に広く伝わり、李広が虎を追って射とうとした心を誉め、また哀れんだ。
されば、実の心を尽くす時には、諸々の事がこのようになるのだと世間の人は言い合った、
となむ語り伝へたるとや。
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