雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

淑景舎、春宮にまゐりたまふ・・その2

2014-11-11 08:00:58 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          (その1からの続き)

あちらの淑景舎の君にもお食事を差し上げる。
「うらやましいねぇ。どちら様も、皆さんお膳が出たようだ。早く召し上がって、じじやばばにも、せめてお下がりなりとください」(自分たちを物乞いの爺婆にたとえて皆を笑わせている)
などと、関白殿は一日中、こっけいな冗談を言っておいでになるうちに、大納言(関白の三男伊周)と三位の中将(四男隆家)が、松君(伊周の長男)を連れて参上してこられました。
関白殿は待ちかねたかのように松君をお抱き取りになって、膝の上にお座らせになっていらっしゃる。その松君の可愛らしいこと。狭い縁に、関白殿は正装のため仰山な御衣装なので、下襲などが無造作に引き散らされています。
大納言殿は堂々たる風采で美しく、中将殿はとても精悍な感じで、どちらもご立派なのを拝見するするにつけても、関白殿は当然のこととして、奥方のご果報というものは実にすばらしいものです。
「御敷物を」などと奥方がおすすめ申し上げなさるも、
「陣の座に出席いたしますので」と言って、大納言殿は急いで座を立っておしまいになられました。

しばらくたって、式部の丞某という者が、天皇の御使いとして参上したので、配膳室の北に寄っている間に、敷物を差し出して座らせました。
中宮様からの御返事は、すぐにお出しになられました。
まだ、その敷物も中に取り入れないうちに、東宮から淑景舎の君への御使いとして、周頼の少将が参上しました。
あちらの渡殿は狭い縁なので、こちらの縁に別の敷物を差し出しました。
東宮のお手紙を中に取り入れて、関白殿、奥方、中宮様など順にご覧になられる。

関白殿から、「ご返事を早く」とお言葉がありましたが、淑景舎の君はすぐにはご返事申し上げなさらないのを見て、
「誰かが見ておりますので、お書きにならないそうな。そうでない時は、こちらの方から、ひっきりなしにお手紙を差し上げになるらしい」
などと関白殿が申し上げられますと、淑景舎の君は、お顔を少し赤くして、ちょっとはにかんで微笑んでいらっしゃるのは、とてもすばらしいご様子です。
「冗談ではありませんよ、さあ早く」などと、奥方も申されますので、向こうをむいてお書きになる。奥方は近くにお寄りになって、お手伝いをしてお書かせになられましたので、ますますお恥ずかしそうでいらっしゃる。

中宮様のお心付けで、萌黄の織物の小袿、袴を御使いへの禄として、縁の方へ差し出されましたので、三位の中将が御使いに授けられる。御使者は肩に掛けられて、重さで首が苦しいのでしょう、手を添えて立ち上がる。
松君が、可愛い声で何かおっしゃるのを、誰も彼もが、可愛いいとほめそやしておられる。
「『中宮様の御子たちだ』と言って人前に出したって、おかしいことはございませんよ」などと、関白殿が仰せられるのを承るにつけ、
「全く、、どうして、中宮様には今までおめでたがないのか」と思いましてね、気がかりなことです。

羊の時(午後二時頃)ぐらいに、「筵道(エンドウ・貴人の通行の際に、通路などに敷いたムシロ)をお敷きします」などと声がすると間もなく、天皇がお召物の衣ずれの音をおさせになってお入りになられたので、中宮様も母屋の方にお入りになられました。
そのまま、御帳台にお二方がお入りになられたので、母屋の女房も遠慮して南の廂に皆衣ずれの音をさせて出て行くようです。
廊に殿上人がとても大勢います。関白殿は、御前に中宮職の役人をお呼びになって、
「果物や酒の肴などをご馳走されよ。皆を酔わせるのだ」などと仰せになる。
本当に皆酔って、南の廂の女房と話をかわす頃は、互いに「楽しい」という気分になっているようです。

日が入るころに、天皇はお起きになって、山の井の大納言(中宮の異腹の兄道頼)をお呼び入れになり、お召替えをされて、お帰りになられる。
桜の御直衣に紅の御衣を召しておいでの、夕日に一層映えた天皇の御姿などもすばらしいが、畏れ多いのでこれ以上書くのは控えましょう。

山の井の大納言はそれほど御縁の深くない御兄としては、中宮様はとても仲良くしておられる方ですよ。お美しさという点では、こちらの大納言(伊周)にもまさっていらっしゃるのに、とかく、世間の人はしきりに悪くゆがめて噂するのが、ほんとにお気の毒です。
関白殿、大納言、山の井の大納言、三位の中将、内蔵頭などが天皇のお供を申し上げなさる。

中宮様が今夜清涼殿にお上りなさるようにとの天皇の御使いとして、馬の典侍(ナイシノスケ)が参上してきました。
「今宵は、とても無理だわ」
などと、中宮様がお渋りになられるのを、関白殿がお聞きになられて、
「それは、とてもよくないことだ。早くお上りなさいませ」
と申し上げられていると、東宮の御使いもたびたび見えるので、とても騒がしい。お迎えに、女房、東宮の侍従などという人も参上して、
「早く」とお急がせになっている。

「ともかく、それでは、淑景舎の君をあちらへお帰し申し上げてから、私も参上しましょう」
と関白殿に中宮様が仰せになると、
「そうおっしゃっても、どうして私が先に参れましょう」と淑景舎の君のお言葉があるのを、
「お見送りしますわよ」
などと、御姉妹で譲り合う光景も、幸せいっぱいの様子で、いいものでした。

「それならば、遠いお方を先にお帰しした方がよいだろう」
ということで、淑景舎の君がお帰りになられる。
関白殿などが、そのお供からお戻りになられてから、中宮様は参上なさいました。
そのお供の道中も、関白殿のおどけたご冗談に、私たち女房たちなどは笑いころげて、あやうく橋から落ちてしまうところでした。


関白道隆はこの時四十三歳。中関白家道隆にとっても、中宮定子にとっても、まさに絶頂期の出来事が描かれています。
天皇の中宮と東宮の女御という美しい姉妹が対面する様子が、見事に描かれていて、少納言さまにとっては、何としても後世に残し伝えておきたい光景だったのではないでしょうか。
絶頂期にあった道隆がこの世を去るのは、この時から僅か二か月足らず後のことなのです。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 殿上より、梅の | トップ | 淑景舎、春宮にまゐりたまふ... »

コメントを投稿

『枕草子』 清少納言さまからの贈り物」カテゴリの最新記事