第一章 ( 五 )
御所さまはお帰りになられたとお知らせしましたが、姫さまは御衣を引き被った同じ姿のままで起き上がろうとなさいません。
しばらく経った頃、誰かが「お手紙が届きました」とお声をかけましたが、どうもご機嫌はよろしくないようです。
大納言殿の奥方、尼上さまなどもやってきて、
「どうしたの? なぜ起きないの?」
などとお声を掛けますと、
「昨夜から気分が悪いの・・・」
と、心細げな声が聞こえてきました。
姫さまにすれば、集まってきている人たちが、御所さまとのことを承知しているのですから、「新枕(ニイマクラ)を交わした後の恥ずかしさのせいなのだ」と思っていると察せられるだけに、たとえ御所さまからのお手紙だとしても、とても見る気になどなれないのでしょう。
「御使者の方が待ち疲れていますよ。ご返事はどうするのですか」
などと声をかけても姫さまが起き上がらないものですから、「大納言さまに申し上げて下さい」などと大騒ぎになっているところに、大納言殿がおいでになられました。
「気分が悪いのか。しかし、みなが御手紙を持って騒いでいるのに、起き上がることもしないとはどういうつもりか。ご返事は差し上げないというつもりなのか」
と、叱責なさいました。
さすがに姫さまも身を起こされて、御手紙をお受け取りになりました。
紫色の薄様の紙に書かれている御歌は、
『 あまた年さすがに馴れし夜衣 重ねぬ袖に残る移り香 』
とありました。
集まっている人たちは、この御歌を見て、「『重ねぬ袖』だなんて、どうなっているのでしょう」などと、いぶかしげです。そんな雰囲気に姫さまは余計気分を害されてしまったのでしょうか、またまた御衣を引き寄せて、身を伏せてしまわれました。
「そうそう代筆ばかりというわけにはいかないだろう」
と、大納言殿も困り果てられて、御使者には贈り物だけを差し上げて、「娘は起き上がれないので、いまだ御手紙を拝見しておりません」と言い訳なさったようです。
お昼頃、姫さまに思いがけない御方から手紙が届きました。雪の曙殿からです。
「『 今よりや思ひ消えなむひとかたに 煙の末のなびきはてなば 』
これまでは平気を装って生きながらえてきたが、これからは何を頼りに生きて行けばよいのか」
などと、切々と綴っておられます。御所さまの御幸を知った上での恨みごとなのでしょう。
姫さまは、
『 知られじな思ひ乱れて夕煙 なびきもやらぬ下の心は 』
と、ご返歌されたようです。
御所さまのお心に従わず思い悩んでいるあたしの心に、お気づきにならないのですね、とのご返事なのでしょうが、姫さまも恋する人には一人前の女性になるのでしょうか。
御所さま二十九歳、雪の曙殿二十三歳、そして、二条の姫君十四歳の、切ない恋が渦巻く初春でございます。
* * *
御所さまはお帰りになられたとお知らせしましたが、姫さまは御衣を引き被った同じ姿のままで起き上がろうとなさいません。
しばらく経った頃、誰かが「お手紙が届きました」とお声をかけましたが、どうもご機嫌はよろしくないようです。
大納言殿の奥方、尼上さまなどもやってきて、
「どうしたの? なぜ起きないの?」
などとお声を掛けますと、
「昨夜から気分が悪いの・・・」
と、心細げな声が聞こえてきました。
姫さまにすれば、集まってきている人たちが、御所さまとのことを承知しているのですから、「新枕(ニイマクラ)を交わした後の恥ずかしさのせいなのだ」と思っていると察せられるだけに、たとえ御所さまからのお手紙だとしても、とても見る気になどなれないのでしょう。
「御使者の方が待ち疲れていますよ。ご返事はどうするのですか」
などと声をかけても姫さまが起き上がらないものですから、「大納言さまに申し上げて下さい」などと大騒ぎになっているところに、大納言殿がおいでになられました。
「気分が悪いのか。しかし、みなが御手紙を持って騒いでいるのに、起き上がることもしないとはどういうつもりか。ご返事は差し上げないというつもりなのか」
と、叱責なさいました。
さすがに姫さまも身を起こされて、御手紙をお受け取りになりました。
紫色の薄様の紙に書かれている御歌は、
『 あまた年さすがに馴れし夜衣 重ねぬ袖に残る移り香 』
とありました。
集まっている人たちは、この御歌を見て、「『重ねぬ袖』だなんて、どうなっているのでしょう」などと、いぶかしげです。そんな雰囲気に姫さまは余計気分を害されてしまったのでしょうか、またまた御衣を引き寄せて、身を伏せてしまわれました。
「そうそう代筆ばかりというわけにはいかないだろう」
と、大納言殿も困り果てられて、御使者には贈り物だけを差し上げて、「娘は起き上がれないので、いまだ御手紙を拝見しておりません」と言い訳なさったようです。
お昼頃、姫さまに思いがけない御方から手紙が届きました。雪の曙殿からです。
「『 今よりや思ひ消えなむひとかたに 煙の末のなびきはてなば 』
これまでは平気を装って生きながらえてきたが、これからは何を頼りに生きて行けばよいのか」
などと、切々と綴っておられます。御所さまの御幸を知った上での恨みごとなのでしょう。
姫さまは、
『 知られじな思ひ乱れて夕煙 なびきもやらぬ下の心は 』
と、ご返歌されたようです。
御所さまのお心に従わず思い悩んでいるあたしの心に、お気づきにならないのですね、とのご返事なのでしょうが、姫さまも恋する人には一人前の女性になるのでしょうか。
御所さま二十九歳、雪の曙殿二十三歳、そして、二条の姫君十四歳の、切ない恋が渦巻く初春でございます。
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