第一章 ( 六 )
その日姫さまは一日中部屋から出ようともせず、お湯などにさえ見向きもされませんので、大納言家の方々は「これは、別の病気ではないだろうか」などと心配されておられました。
そして、その夕方頃、「御幸」という声が聞こえてきました。
御所さまのご到着を告げる声です。
姫さまの耳にもその声が聞こえたのでしょう、とても不安げな様子をされていましたが、何らかの心構えをする間もなくお部屋の襖を引き開けられ、とても馴れたご様子で御所さまが入ってこられました。
「気分が悪いとか。いかがされたのだ」
とお尋ねになられましたが、姫さまは何もお答えにならず、そのまま横になったまま被っている衣をさらに引き寄せました。
御所さまは、姫さまに添う形で横になり、そのお身体を抱き寄せて、
「そなたの成長を待ちかねていた、わたしの気持ちを少しは察してくれ」
などと、さまざまに掻き口説かれます。それは、まだ幼さの残る姫さまにはあまりに直截過ぎる言葉で、姫さまは耳まで赤く染められながらも、ただ身体を固くして御所さまの手の動きから逃れようとされていました。
「この世の中に嘘や偽りが無いのであれば・・・」などという古歌を思い浮かべたりしながら、姫さまは御所さまのお心の静まるのをひたすら待ちますが、今宵の御所さまには相当の決意があったのでしょうか、姫さまの被っている衣をはぎ取り、さらに着ている物にも手をかけられました。
胸に手が差し入れられ、身もだえされる姫さまを押さえつけ、さらに耳元に甘い言葉をかけ続けています。
胸元は大きく引き開けられ、さらに御所さまの片手は下紐を荒々しく解きほぐし、やがて、姫さまのまだ幼さの残るお身体のほとんどが薄明かりの中に浮かび上がりました。
姫さまは両手で顔を覆う他にはなす術もないながらも、『思ひ消えなむ夕煙』と言い送ってきた御方のこと思い浮かべ、このまま御所さまのご寵愛を受ける我が身の情の薄さを考えたりしていました。
姫さまのそのような心のうちが御所さまに伝わるわけもなく、姫さまの両手を顔から荒々しく離させると唇を合わせ、無防備となった姫さまの身体に御身を重ねられました。
『 心よりほかに解けぬる下紐(シタヒバ)の いかなる節に憂き名流さむ 』
心ならずも解けてしまった下紐の結び目の節、その節のようにどのような節目ごとにあたしは憂き名を流すことになるのでしょう、といった意味なのでしょうが、これはその時のお気持ちを表した姫さまの歌なのです。
「輪廻転生というが、次の世、さらには次の世でも、姿形がどのように変わるとしても、こうして契り合った絆は無くなることなどない。こののちたとえ逢えない夜があるとしても、互いの心に隔たりなど決してないのだよ」
などと、御所さまは姫さまに甘い言葉をささやき続け、その身体を離すことはありませんでした。
やがて、夢さえ結ぶ間もない短い夜は明けて、暁の鐘の音が聞こえてきますと、
「いつまでもこのままで、みなをそうそう待たせるわけにもいくまい」
と、御所さまは身を起こされました。
「そなたにとっては、まだまだこのまま居て欲しいという気持ちではないかもしれないが、せめて見送りくらいはしておくれ」
と、姫さまの手を取るようにして催促されました。
さすがに姫さまも、恥ずかしさが先立つとはいえ、常日頃から大切にされてきた御方であれば、たとえこのようなことになったとしても素直に従われました。
ひと晩中泣き濡らした袖を掻き合わせ、その上に薄い単衣だけを羽織って部屋を出ますと、十七夜の月が西に傾き、東の空には横雲がたなびいておりました。
御所さまは、すでに桜萌黄の甘(カン・上皇の着る狩衣直衣)の御衣に薄紫の御衣、固文の御指貫をお召しになっていて、姫さまには、いつものお姿より一層ご立派に見えたことに、何故そうなのかと内心戸惑われておられました。
* * *
その日姫さまは一日中部屋から出ようともせず、お湯などにさえ見向きもされませんので、大納言家の方々は「これは、別の病気ではないだろうか」などと心配されておられました。
そして、その夕方頃、「御幸」という声が聞こえてきました。
御所さまのご到着を告げる声です。
姫さまの耳にもその声が聞こえたのでしょう、とても不安げな様子をされていましたが、何らかの心構えをする間もなくお部屋の襖を引き開けられ、とても馴れたご様子で御所さまが入ってこられました。
「気分が悪いとか。いかがされたのだ」
とお尋ねになられましたが、姫さまは何もお答えにならず、そのまま横になったまま被っている衣をさらに引き寄せました。
御所さまは、姫さまに添う形で横になり、そのお身体を抱き寄せて、
「そなたの成長を待ちかねていた、わたしの気持ちを少しは察してくれ」
などと、さまざまに掻き口説かれます。それは、まだ幼さの残る姫さまにはあまりに直截過ぎる言葉で、姫さまは耳まで赤く染められながらも、ただ身体を固くして御所さまの手の動きから逃れようとされていました。
「この世の中に嘘や偽りが無いのであれば・・・」などという古歌を思い浮かべたりしながら、姫さまは御所さまのお心の静まるのをひたすら待ちますが、今宵の御所さまには相当の決意があったのでしょうか、姫さまの被っている衣をはぎ取り、さらに着ている物にも手をかけられました。
胸に手が差し入れられ、身もだえされる姫さまを押さえつけ、さらに耳元に甘い言葉をかけ続けています。
胸元は大きく引き開けられ、さらに御所さまの片手は下紐を荒々しく解きほぐし、やがて、姫さまのまだ幼さの残るお身体のほとんどが薄明かりの中に浮かび上がりました。
姫さまは両手で顔を覆う他にはなす術もないながらも、『思ひ消えなむ夕煙』と言い送ってきた御方のこと思い浮かべ、このまま御所さまのご寵愛を受ける我が身の情の薄さを考えたりしていました。
姫さまのそのような心のうちが御所さまに伝わるわけもなく、姫さまの両手を顔から荒々しく離させると唇を合わせ、無防備となった姫さまの身体に御身を重ねられました。
『 心よりほかに解けぬる下紐(シタヒバ)の いかなる節に憂き名流さむ 』
心ならずも解けてしまった下紐の結び目の節、その節のようにどのような節目ごとにあたしは憂き名を流すことになるのでしょう、といった意味なのでしょうが、これはその時のお気持ちを表した姫さまの歌なのです。
「輪廻転生というが、次の世、さらには次の世でも、姿形がどのように変わるとしても、こうして契り合った絆は無くなることなどない。こののちたとえ逢えない夜があるとしても、互いの心に隔たりなど決してないのだよ」
などと、御所さまは姫さまに甘い言葉をささやき続け、その身体を離すことはありませんでした。
やがて、夢さえ結ぶ間もない短い夜は明けて、暁の鐘の音が聞こえてきますと、
「いつまでもこのままで、みなをそうそう待たせるわけにもいくまい」
と、御所さまは身を起こされました。
「そなたにとっては、まだまだこのまま居て欲しいという気持ちではないかもしれないが、せめて見送りくらいはしておくれ」
と、姫さまの手を取るようにして催促されました。
さすがに姫さまも、恥ずかしさが先立つとはいえ、常日頃から大切にされてきた御方であれば、たとえこのようなことになったとしても素直に従われました。
ひと晩中泣き濡らした袖を掻き合わせ、その上に薄い単衣だけを羽織って部屋を出ますと、十七夜の月が西に傾き、東の空には横雲がたなびいておりました。
御所さまは、すでに桜萌黄の甘(カン・上皇の着る狩衣直衣)の御衣に薄紫の御衣、固文の御指貫をお召しになっていて、姫さまには、いつものお姿より一層ご立派に見えたことに、何故そうなのかと内心戸惑われておられました。
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